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Fantasist 2

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Fantasist 2

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     9 帰還

 視界が変わると、そこはうっそうとした森だった。夕方ではあるが、ほとんど何も
見えない状態だ。虫が至る所を飛び回っていて、くすぐったい。
「ニャーオ、ここは」
 弥生は、ニャーオを握っている手が下に引っ張られているのに気付いた。
「ニャーオっ」
 黒い服を着た魔女は、うずくまっていた。息が荒い。あおむけにさせると、真っ青
な顔をしていた。
 弥生は思わずぐるっと首を回したが、助けてくれる者などいない。気ばかりが焦る。
「大丈夫、今」
「ニャーオっ?」
 微かな声でそう言ったきり、ニャーオは深い眠りに落ちてしまったようだった。弥
生はあくまでごく一般的な日本人なので、抱きしめるのにはまだ戸惑いがあり、ニャー
オの頭を片手で支えたまま、ただ不安げな顔をしていた。
 その時、音もなく何かが現れた。気配を感じた弥生が顔を上げると、そこには一人
の若い男が立っていた。
 弥生は、とっさにニャーオの頭を抱きしめた。けれど、どうしようもない。
 誰だろう。グヴェンダリンの追手か、ただの通りすがりの者か。いや、彼は音も立
てずに現れた。ここにテレポートしてきたということは。
 弥生は全く相手にならないのを承知で、男の方へと顔を上げた。さっきのように結
界を張ってくれる者はいない。魔力でやられたら一発だ。けれど、俺はニャーオを傷
つけるわけにはいかない。
 ところが、弥生の思惑とは違い、彼は心配そうな顔でニャーオの側にかがみこんだ。
そしてほっとしたように顔を緩めると、弥生に柔らかな視線を移した。
「弥生、だね。吉川弥生君」
と、日本語で尋ねられて、弥生が呆気にとられているのに気付くと、白い翼の男はく
すりと笑った。
 そこで初めて、弥生はこの青年がひどく美形だということに気付いた。
 さらさらの黒髪は少し長めで、後ろを軽く縛っている。顔は、女性の石膏像を思い
起こさせるほどに整っていて、中性的な柔らかい美しさを持っていた。眉は細く芸術
的で、目は一見黒のように見えるが、ひどく深い青だった。肌は白く、じっとしてい
れば人形のように見えただろう。一種の、完成した美がそこにはあった。
 女性ならば引く手あまただろうし、男ならば女が放っておかないだろう。かといっ
てホスト顔ではない。清純さというか、清らかさといったものがその顔には現れてい
た。二十ほどの青年に清らかさというのも何だが、女の子ならば汚れを知らぬ少女と
いった感じだった。
「俺はナイト。ナイト・グリーンブルー・サス。あおいに聞いたと思うけど」
「え、じゃあ、あなたが」
「あなたが、あのみどりの、だよ」
 ナイトはいかにも楽しそうにくすくす笑い、弥生は照れたように首を振った。
 みどりのやつ、面食いだとかいって、こりゃ相当なもんだぞ。こいつ、綺麗すぎる。
それにしてもこんな人が
「どうしてみどりなんかを、なんて考えてるんじゃないだろうね、弥生」
 心の声が洩れてしまった弥生は口を開けたまま、上目遣いにナイトのことを見てい
た。
 ナイトは、またくすりと軽く笑った。みどりに似ているとあおいが言っていたが、
それは本当のようだ。
「ま、それはいいとして。帰ろうか、城に」
「え、大丈夫なんですか。三人もテレポートして」
 ナイトは、あまり丈夫そうには見えない。だぶだぶの黒い服の上からではよく判ら
ないが女の子のようにほっそりとしているし、とても白い顔をしている。
「大丈夫だよ、心配しないで。俺はこれでも、ニャーオと同じくらいの魔力はあるん
だから。それに、城はすぐそこだし。ニャーオはよっぽど疲れてたらしいね。最初か
ら俺を呼べばいいのに」
 弥生とナイトは目を合わせ、どちらともなく吹き出した。
「みどりと一緒なんですよ。助けてもらうのが、下手なんだ」
「やっぱりそう思ったかい?全く、あの二人ときたら、いつもこっちを助けてばっか
りで、めったに助けさせてくれないんだ。ニャーオを早く戻さないと。跳ぶよ」
 弥生はナイトに急いでつかまり、思った。みどりには、困ったもんだ。こっちでも
そうだったのか。
 でも、この人はみどりのことが良く解っている。この人になら、みどりを任せられ
る。あの危なっかしい、人の手を借りずになんでも一人でやろうとする、そのくせ人
の手助けばかりしている、お人好しなみどりを。彼ならきっと、みどりのことをいつ
も後ろからそっと見守って、いざという時には手助けしてくれるだろう。
「あのばかを、よろしく」
 城に着くと、弥生は小さな声で言った。ナイトは一瞬驚いた顔をした後に微笑みを
浮かべ、弥生に頷いた。その頷き方に、弥生は満足した。
 しかし、弥生は気付いていなかった。ナイトのような人が、もう一人にいるのかど
うかということを。


 屋敷の最上階でも地下でもないある一室に、グヴェンダリンとみどりはいた。窓は
なく、出口は扉一つだ。みどりは、グヴェン以外にたくましい身体の男達と、やや年
配の魔女幾人かに囲まれていた。
 おそらくここは隠し部屋で、屋敷内には何十人もの見張りがいるのだろう。その上、
みどりはこの一角に負の結界が張られていることを感じていた。この結界を維持する
のには、さらに何人かのある程度の力を持った魔女が使われているのだろう。すると、
この屋敷内にはかなりの人数がいる。あおいが予想していたよりも多いな、とみどり
は舌打ちをした。あおいの見当違いなんて珍しい。後でからかってやろ。
 みどりがそんなことを考えているとはつゆ知らず、グヴェンダリンは勝ち誇った笑
みで、魔力の封印をされた上に負の結界の中にあり、椅子に縛り付けられているみど
りを見下した。縄はひどく固く、解けそうにない。
「青玉はどこ」
 ところが、みどりは自分の立場を全く理解していない顔で、グヴェンダリンを見上
げた。その目に、内心グヴェンはたじろいだ。
「こんなことをして、ばれずにすむと思っているの」
「そんなことをお尋ねしているのではありませんよ、陛下。私は、五聖石の一つであ
る青玉をどこにやったか、と聞いているのです」
「私は持ってないわ」
 グヴェンダリンは固く笑んだ。その他の者は、奇妙なまでに微動だにしない。
「そのようですね。けれど、昨日不用心にも里で青玉をティリシスに見せ、それから
空間移動させた形跡もない。どこに隠したのですか」
 みどりは、まっすぐに彼女を見つめた。
「グヴェン。なぜこんなことをするの」
 グヴェンダリン・ウィザードは唇を半分噛み、鼻で笑った。
「聖石を手に入れられるチャンスがあれば、どんな者でも手に入れようとするだろう
と、私は思いますよ。聖石はそれを持つだけで知識や気力、体力を倍増させ、何より
も魔力を強くする効果をもつ石。それを欲しがらない魔女なんていないわ」
 みどりは、残念そうに首を振った。
「そんなことじゃない。なぜニャーオをさらったりしたの。そんなことなどしなくて
も、自分自身の力で渡り合い、長の座を勝ち取ればいいことでしょう」
 グヴェンは小うるさい虫がいるように、首を激しく振るった。
「いいえ。あんな小娘などに、長の座はやれないわ。誰があんな、ハピネスの血を引
く餓鬼に」
「やはりあなたも、実力では敵わないと思っているのね」
 若くしてウィザードの位を得た女は、痛烈にみどりを睨んだ。思わず出そうになる
手を必死に押さえる。
 みどりは、静かに言った。
「サマンサさんが言っていたわ。ニャーオは、コントロールの問題を抜かせば、魔力
は里では一番だと」
「うるさい」
「でもね、グヴェン。それは魔力だけのこと。長老の地位は、魔力の強さだけでなる
ものではないわ。その使い方や人望、人となり、総てがその要素となる」
「お前に教えられずとも、そんなことは知っている。だが、私は」
 グヴェンは周囲の者に目をやり、顔を伏せて弱く言った。
「私はミオには敵わなぬ。あの娘がいる限り、私はどんなに努力しようとも長にはな
れないのだよ、グリーン。ミオ――ミアの娘にはな」
 ふ、とグヴェンダリンは皮肉な笑みを見せた。よかった、とみどりは安心した。
 彼女は、皆の前で口に出して言えるほどに、その事実を自覚している。自分の一部
として認めている。
「あの金髪の魔女がいた時にも同じことを思っていたよ。私は、己の力に自信を持っ
て里へ来た。が、あやつがいる限り、決して長にはなれないのだと思い知らされた。
どんなに人望があったとしても、あの親子の才能の下では私などとるに足らぬ存在な
のだと、思い知らされた」
 グヴェンダリンはみどりに振り返った。先ほどまでの自嘲的な笑みはもうない。臆
病者のろばが、ライオンの毛皮を手に入れられるチャンスが、そこにあるのだ。
「だがな、グリーン。青玉さえあれば、私は有実ともに長となれるのだよ。しかもあ
のミオは追放処分だ。安心しろ、最初からミオを殺すつもりなどない。感覚遮断した
まま、追放してやるのだ」
 私は、彼女たちが即位してから、長が城へ行くときは常について行った。二人はま
だ若いし、コントロールも上手くないときている。サマンサ様は、まだ王に魔力の封
印の解き方は教えていなかった。ミオの封印を解ける者は、この世にはいない。そし
て幸いにも、感覚遮断を解く方法を知っているのはこちらの陣営の者ばかりだ。一生
魔力を使えない、ミオ自身以外は。
 グヴェンは想像した。何も見えず、何も聞こえず、何も感じることもできないとは、
どういうことだろう。自分が城に帰されたとも判らず、追放されたことも知らずに、
飢え死にしていくとは、どういうことだろう。自分の思考だけが、感じることのでき
る総てのもの。狂うかもしれないな。
 あの女の娘には相応しい処罰だ。生まれながらの才能に溺れた者に相応しい。
「私はどうするの?」
 グヴェンダリンは、今にも小踊りしそうだった。至福の笑みで、みどりに答える。
「さあ、どうしましょうか。青玉のありかをしゃべって頂いたら、多少頭をいじらせ
ていただいてもいいのですが」
 みどりは、それも悪くないけどね、と口の端を上げた。
「城にはもう、あなたの名が伝わっているのよ」
「あのライトですね。テレポートされたのは、こちらの者が見ていました。城へ転送
されたことも、追跡しています。でも、証拠はありません。私は別荘ではなく、家に
いることになっていますからね」
「アリバイってやつね。でも、その現場を押さえたら?国王と大魔女を監禁している
現場を」
 グヴェンダリンはみどりへかがみ込み、にこりとした。もともとまあまあの美人で
ある顔が、一層引き立つ。
「もしあなた方がミオを取り戻したとしても、ミオは何も言えませんし、そこにいる
者も何もしゃべりません。そして、ここに正式に踏み込むには、長老会の許可が必要。
長老達の中には、反対する者がいるでしょうね」
 みどりは軽くため息をついた。
「手は尽くしてある、というわけね。あおいの予想したとおり、ハピネス辺りに話を
つけたんでしょうけど」
 側にいた魔女の一人が、わずかに反応を示した。
 一年前の王位争いより、善の精と現二女王との対立は周知の事実だった。二女王の
敵方であったナイトが善の精の血を引いているからだけではなく、人間の血が殆どで
ある女王達を善の精が嫌うのは、当然のことだろう。善の精は政治と主義主張を混同
させるほど、貴族主義、血統主義に侵されていた。
「目的のためならば、手段を選ばないというのは素晴らしいわね。あんなに嫌ってい
たハピネスと手を組むなんて。でも、正式にではなく、あくまで単独で侵入したら?」
「ここには色々と仕掛けもしてありますし、護衛もたっぷりつけてある。手抜かりは
ない。いい加減、諦めてくれないかしら。私も、お話に飽きてきたわ」
「あたしもそれについては同感。でもね、あたしは城に帰るし、ニャーオも連れて帰
る。自首なさい、グヴェンダリン」
 グヴェンはかっとみどりに振り向き、ひるんだ。なんて目をしているの、この娘。
「愚かなことを」
「愚かなことを言っているのはあなたよ、グヴェン」
 今度こそ、グヴェンは怒りに身を任せた。がっと握った手でみどりを思いきり殴り
つけ、拳の痛みにグリーンを睨み付けた。
「実力行使をしても良いのですよ、陛下。我々の中には、表層意識以下の記憶も探れ
る魔女もいます。ただし、頭は相当ぐちゃぐちゃになりますがね」
 グヴェンダリンが残酷な笑みを浮かべた一瞬後、みどりがほんの少しだけ眉を上げ
た。椅子を起こしてもらったみどりは、軽くグヴェンダリンを見上げ、あっさり
「青玉は弥生に渡したわ」
と、言った。グヴェンは少々、あっけにとられた表情でその名を繰り返した。
「ヤヨイ……あの人間にか?本当だろうな」
「本当よ」
 しばし呆然としてから、グヴェンダリンは笑いを洩らし始めた。
「人間などに、聖石を持たせたと?愚かな、何の力も持たない野蛮人などに」
「人間は持っているわ」
「何?」
 みどりは最初と同じ、全く動じない顔で、真っ直ぐな瞳で彼女のことを見つめてい
た。グヴェンは、身動きもできない魔力も使えない、年下の娘から受ける圧迫感に耐
えきれなくなっていた。
「人間も妖精も愚かだけれど、人間は力を持っている。魔力ではない、素晴らしい力
を」
 グヴェンは今度こそ、心からみどりをばかにした。
「何を言っている、ばかばかしい。奴等には何もない」
 子どもに言い聞かせるように、みどりは優しい声で続けた。
「それはつよさよ。つよさという力」
 グヴェンダリンは顔をしかめた。
「あなた達妖精は、とても弱いわ。自分たちと違う者を恐れ、迫害する。どうなるか
判らないからとやるべきことから逃げ、立ち向かう勇気を持たない。あなたも一緒よ、
グヴェンダリン」
 グリーン女王は厳しく、そして破滅的なほどに優しく、彼女のことを見つめた。
「人のことばかり気にしていないで、自分のことも見てごらんなさい。今あなたの側
にいる人たちが、あなたを選んだのはなぜ?あなたにはあなたの、ニャーオとは違う
良さがある。なぜそれが判らないの。あなたはずっと、ニャーオと勝負することから
逃げている。それはよわさよ。逃げていては、解決されないものを残してしまう。あ
なたも、いつまでたってもよわいまま。勇気を持って。あたし達は、あなた達にもっ
とつよくなってもらうために王となったのだから」
「その話は一年前に聞いたよ、グリーン」
 真剣なグリーン女王の目に、グヴェンは完全に気圧されていた。足も顔も動かせな
い。なぜだ、こんな小娘に。これが王族の、王の力だとでも言うのか。
「何度でも言うわ。勇気を出して。逃げないで。立ち向かう、勇気を持って」
 グヴェンはほんの一時、グリーンの言葉に捕らわれていたが、自分を取り戻した。
 私は今、一体何を考えていたのだ。私は正しいのだ、迷うことなどない。あの親子
に罰を下し、長の座を手に入れるのだ。
「うるさい、黙れ。ナディーン、ヤヨイとかいう人間を捜せ。女王の張った結界も切
れている、まだその辺にいるはずだ」
 魔女の内の比較的若い一人が軽く頷き、部屋を出ようとした。そのドアが、機嫌良
くノックされた。出ようとした魔女は、いらついた声でがなった。
「何だ。こちらから言うまで、見張っていろと言っていたはずだぞ」
「あらそうだったの、ごめんなさい」
と、扉の向こうに立っていたのはみどりのそっくりさん、もとい、髪を切ったあおい
だった。みどりは、相変わらずののんびりした声で言った。
「遅刻よ、あおい」
 あおいはにっこり笑って、
「うるさい、みどり。こんにちは、皆さん。もうこんばんは、かしら。そろそろお家
へ帰る時間ですよ」
 グヴェンは、音を立てて唾を飲み込んだ。
「どうやって入った」
「あら、入れてもらったのよ。いつの間に逃げ出したんだ、捕まえたぞって」
 そのあおいの足下には、何人もの男と魔女が倒れている。あおいは何てことない顔
だが、やられた本人達には相当な迷惑だ。
 不安げに顔をうろつかせている手下を、グヴェンダリンは一喝した。
「落ちつけ。ここには負の結界が張ってある。魔力よりも腕力がものを言う。ブルー
女王は運動が得意ではない」
 あおいは少し、むっとしたようだった。こういうところは、年相応で可愛らしい。
「あら、失礼ね」
「運痴なのは事実でしょ」
 みどりのつっこみは気にしないことにして、あおいはじっと立ったまま感覚を広げ
た。そこか。あおいは、見えない手を彼女たちにかざした。
「ま、私は別にこのままでもいいんだけれど、こうしてみたらどうかしら」
 何も音はしなかった。だが、魔女達はこの部屋を囲っていた負の結界が消えていく
のを感じた。ぱりん、とシャボン玉が弾けるように、それは消え失せてしまった。
 負の結界の中で、他人の張った結界を破るなんて。そのけた違いの魔力に、強い魔
力を持つ者達は脅えた。敵わない、という言葉の意味を知った。これは、自分たちの
範ちゅうに収まるものではない。
 あおいはつかつかとみどりの元へ行くと、左耳のピアスを取った。みどりは自分で
縄を切り、立ち上がった。その左の頬には、うっすらと青い色が浮き出始めている。
「一応抵抗してみてもいいけれど、する気はある?」
 グヴェンダリンは、そっぽを向いてじっとしていたが、悔しそうな表情は見せてい
なかった。青玉は得られなかったが、ミオの魔力は封じられた。それだけで満足だっ
た。
 あおいは、半分同情するような声で言った。
「ニャーオの封印は解かせてもらったわ。今頃ナイトが二人を城に連れ帰っている。
グヴェンダリン、あなたの負けよ」
 グヴェンははっと顔を上げ、ゆっくりと落としていった。
「明日、長の葬式の場で、処分を言い渡します。あなたが逃げ出さないことを、期待
していますよ」
 みどりがあおいを見上げると、あおいは浅く頷いた。やはり、そうだったのか。
 ひざまずいたままのグヴェンダリンを残し、二人は去った。彼女たちの、城へ。


「ユートピアなんてあり得ない?みどりが、そう言ったのかい」
 ナイトは、わざとらしく驚いて見せた。弥生は、どうしたものかと目をしばたたか
せている。
 普段着に戻った弥生は、女王達の執務室だという部屋で、ナイトとしゃべっていた。
 ナイトはその見かけよりもずっとくだけた人で、かなり明るかった。いくらか年上
だろう彼と、弥生はいつの間にかタメ口をきいていた。ナイトの日本語はひどく流暢
で、気味が悪いほどだった。
「ああ」
「それで?」
「それでって、何が」
「その続きは、聞かなかったのか?」
 続き、と弥生が顔をしかめると、ナイトはくすりと笑った。
「あれには続きがあってね――」
 ふと、ナイトが顔を上げた。
 弥生が不思議そうに視線の先を追いかけると、がたんと音がした。音の先には、ず
たぼろとは言えないまでも、かなりひどい格好のみどりが立っていた。
 ナイトが立ち上がり、弥生もみどりのところへ行こうとすると、後ろからシャツを
引っ張られた。振り返ると、妙な顔のあおいが、首を振っていた。美少女には似合わ
ない顔だった。
 ナイトは、にこっとみどりに笑いかけた。
「おかえり、みどり。ご苦労様」
「ばかっ」
 みどりは、大きな口を極限まで広げて怒鳴った。
「何で肝心なときにいないのよ。怖かったんだからね。サマンサさんの読みが外れて
たら、ニャーオは死んでたかもしれなかったんだから」
 終わりの辺りは、半べそだった。ナイトは、その美しい顔を微笑ませた。はかなげ
でも細くもない、包容力に満ちた微笑だった。
「君の信じた人は、間違ったりしないよ」
「あたしだって、どうなるか判らなかった」
「君は帰って来るって、信じてたよ」
 すると、涙を浮かばせたままみどりはにっこりと笑み、明るい声で言った。
「そう言って欲しかったの」
「ね、邪魔しなくて良かったでしょう」
 弥生は少々、赤面していた。みどりのあんな顔は、初めてだった。見ているこっち
が照れてしまう。しかもあのナイトの台詞。ナイトって実はとんでもない奴かも。
「でも、本当に何してたの?休暇を取るって言ったきり、連絡もくれないで」
 ナイトはくすりと笑いを洩らした。
「あおいは知っていたんだけどね。みどり」
 ナイトは、みどりの左手を取り上げると、その薬指に触れた。みどりは、はっと顔
を上げた。
「あおいに聞いたんだ。人間界では、婚約するときに指輪を渡すんだってね。ずっと
これを作っていたんだ。すまない」

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