Fantasist 2

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Fantasist 2

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     5 独り

 もう、何日経ったろう。
 ニャーオは考えた。だが、彼女からは時間感覚が消失していた。それどころか、ニ
ャーオは感覚遮断されていた。
 感覚遮断とは、その者から全ての感覚を奪ってしまう魔術のことだ。今の彼女には、
視覚・聴覚をはじめとした五感は勿論、運動感覚、身体感もなく、痛みを感じること
すらできない。ただ、彼女の思考のみがそこにはあった。おそらく、今死んだとして
も、ニャーオはそうと気づけずに思考をも失ってしまうのだろう。
 最初は焦って、どうしようかとばかり考えていたけれど、それにはあきらめがつい
た。私は魔力を封印された上で感覚遮断されている。
 封印を解く方法を知っているのは、魔女の長老と王のみ。そして長老のばばさまは
亡くなった。みどりとあおいは王になってから、まだ一年しか経っていない。おそら
くばばさまは、まだ封印の解き方を二人には教えていなかっただろう。誰も、この封
印を解いてくれる者はいない。
 私はもう、魔力を使うことができない。それはつまり、感覚遮断も解けないという
ことなのだ。それくらいの計算もなく、グヴェンが感覚遮断を使うわけがない。
 感覚遮断はとても危険な技で、よっぽどの場合でなければその使用は禁じられてい
る。この術をかけられた者は精神的な孤独に陥る危険性があり、術中に精神が崩壊し
てしまう事例もある。その上、感覚遮断を解く者が失敗すれば、確実に精神に傷を残
すこととなる。
 なんて、里で口頭質疑を受けてるみたいね。
 は、とニャーオは笑おうとしたが、自分が笑えたかどうかは判らなかった。
 食物を摂取していないためか単なる疲れか、その思考能力でさえも少しずつ減退し
ていることに、ニャーオは気付いていた。いくら断食の訓練を受けているとはいえ、
やはり生物だ、限界はある。
 私は一人だ。一人のまま、飢え死にするかどうかして死んでいくのだ。なんて私に
ふさわしい死にざまだろう。
 ニャーオはゆっくりと、今までに起こったことを思い起こした。
 あの前日、ニャーオはみどりとあおいとけんかをして――いや、けんかではない。
ニャーオは完全に論破されていた。二人の言うとおり、自分がそうするべきだという
ことは判っていた。けれど、そうすることができなかった。そうしたくなかった。終
いには、二人が諭すのを黙りこんだまま、ただ聞いていた。二人はため息をつくと、
七日間の休暇を与えると言った。その間に里にでも行って、ゆっくり考えなさい、と。
 しかし、ニャーオはその日、里へは帰らなかった。正しいことを言っている二人に
逆らいたかったのかもしれない。それにどちらにしろ、次の日には里に帰り、ばばさ
ま――魔女の長老でありニャーオの師匠、そして養母でもあるサマンサ・ウィザード
の様子を見に行くつもりだった。このところ長老は体調を崩していて、ニャーオは、
既に二百才にもなるとも言われているサマンサのことが心配だった。
 あの知らせを受け取ったのは、何刻頃だったろう。グヴェンダリンが城の自分の私
室に、ノックもせずに入ってきた時、どうしたのかと思った。
 彼女は魔女の中でも、最もニャーオを敵視していた。無理もないことだ。ニャーオ
がいなければ、年若くして魔女、大魔女そして魔法使いと順調になり、人望も厚い彼
女がサマンサの跡を継ぐことになっただろう。しかしニャーオはいたし、誰から見て
もニャーオの魔女としての才能は里一番だった。
 その彼女が直接に城に突然訪ねてきて、しかもひどく明るい顔をしていたので、ニ
ャーオは戸惑いを覚えた。
「長老、サマンサ・ウィザード殿が先ほど、永眠なされました」
 そう、グヴェンダリン・ウィザードが言った後のことは、よく覚えていない。呆然
とした頭で、手探りでたどり着いた椅子に、落ちるように座ったような気がする。お
そらくその後感覚遮断され、魔力も封印されたのだろう。
 魔女は、見習いになると同時に、ある暗示をかけられる。それは、あるしぐさと音
などを感知すると、魔力が全く使えないようになる暗示である。
 魔女は、大きな力を有する。その力はたくさんの人を助ける薬とも、たくさんの人
を傷つける刃ともなりうる。それゆえに、大きな枷を負わなくてはならない。その枷
の一つが、魔女は常にその所在を明らかにしなければならないというきまりである。
 魔女の見習いとなる者は、それだけで大きな魔力を持っている。そして、修行すれ
ばするほどその力は増していく。強くなっていく力を誇りに思うだけならばいいのだ
が、高慢になり自分はすばらしい人格を持っていると勘違いするようになることは、
若い魔女にはよくあることだ。
 そのような者が暴走したり力を悪用したりした場合に、この封印は用いられていた。
また、魔力を封印することは、ある程度の魔力を有する魔女ならば誰にでもできる。
そのため、この封印は先輩魔女のちょっとしたいたずらにも利用されることがあり、
ニャーオは見習いの頃、幾度か長老にこの封印を解いてもらっていた。
 なぜ、こんなことになったのだろう。
 そんなこと、判りきっている。グヴェンダリンは、地位が欲しいのだ。長亡き今、
城直属の大魔女であるニャーオが国外追放となれば、長老の地位は、間違いなくグヴ
ェンのものだ。
 しかし、ニャーオはそんなことはどうでも良かった。そんなことよりも、ばばさま
の葬式に出られないことの方が、ニャーオには重大事だった。
 ばばさま、私、どうしたらいいの?
 サマンサは、ニャーオの母の師匠であり、ニャーオをとりあげ、ミアの死を看取り、
今までニャーオの親代わりをつとめてくれた人。そして、私の秘密を知っている唯一
人の人だった、とニャーオは心の中でつぶやいた。以前はニャーオの教師である、S・
リーザ・ウィザードもいたのだが、彼女も過日事故で亡くなっていた。
 私の父母のことを知っている者は何人かはいるが、私が母と同じ金髪であることを
知っている者は、ばばさま以外にはいない。そして、その唯一の人であったばばさま
も、もういない。私はもう、どうしたらいいのか判らない。
 魔女の仕事は好きだし、誇りに思っている。母の遺してくれた、唯一の形見だと思
っているのかもしれない。でも私は、別にグヴェンのように、長老になりたくて今ま
で努力してきたわけじゃない。私はただ……自信が欲しかった。
 私は、生まれながらの髪をずっと隠して生きてきた。強い魔力を持った者が普通の
村で過ごす時のように、そのことがばれないように、いつもびくびくと用心してきた。
母のようになりたくなかったらそうしろと、ばばさまが言ったから。母は、あの男と
金の髪のために死んだ。私は、そうはなりたくない。
 けれど、髪を隠すということは、私が私であることを否定することだ。私がミア・
ウィッチの娘、金髪のミオであることを否定することだ。
 今までは、それでも何とかやってこれた。でもそれは、ばばさまとS・リーザ、そ
して弥生がいてくれたから。もう、ばばさまとS・リーザはこの世にいない。私は、
私でいられる自信がない。弥生に、会いたい。
 こういう気持ちになったときは、いつも弥生のことを思い出してきた。私の金髪を
美しいと言ってくれた、あの子のことを。あの頃、私達はまだ子供だった。


 私は上級試験を受けるため、試験官であるS・リーザとともに人間界へ向かった。
 S・リーザ・ウィザードは、私が生まれた頃里にやってきた人で、私のことを年の
離れた妹のように扱ってくれていた。そして私の金髪のことを知っている、ばばさま
と合わせて唯二の人だった。私の不注意からばれたのだけれど、彼女はそのことを誰
にも言わなかったどころか、それを知ったことでよけいに親しく思ってくれているよ
うだった。
 また、彼女はとても優秀な魔女でもあり、十三で里へ来てわずか五年で魔女となり、
今までで最も若い魔法使いとなった。ウィザードは里の指導者のようなものであるが、
教師としての役目も担っている。
 そんな彼女が私の試験官となったのはひいきだからではなく、仕方なかったからだ。
私の試験官をしてくれる人など、この里の魔法使いには一人もいなかった。それもそ
うだ。魔力だけを誇りと生き甲斐にしている魔女達のうちでも上に立つ者である、魔
法使いの中で誰が、自分より魔力の優れた十四の餓鬼の出世のための試験の試験官な
どしたがるものか。彼女たちは、私に怯えていた。
 その中で試験官をかって出てくれたのが、S・リーザだった。彼女は私にいつもの
通り、教師としては厳しく当たった。けれど、いくら厳しくしても十四の私にさえ上
級試験など易しすぎた。
 そう。それほど強い力のために、私は皆から嫌われていた。力が強いだけで嫌われ
るのなら、金髪だということがばれたらどうなるか、と考えると恐ろしかった。
 母のことは、一年前までばばさまは何も教えてくれなかったが、魔女達のうわさ話
で母とあの男のこと、そして母がどんな目に遭っていたかということを私は学んだ。
 母はその髪――生まれとあの男のために、わずか十八で命を失った。今の私と同い
年の時に。ひどすぎる。あの男が幸せに暮らしていた間に、母は苦しみの中で私を産
み、解放されるように死んでいったということだ。
 弥生に会ったのは、そんなことを考えていた時だった。
 弥生は、黒猫の姿で雨を浴びていた私に、声をかけてきた。私は精神体の姿をして
いて、実際に肉体がそこにあったわけではないので、別に困ってはいなかったが、た
だ面白そうだからついていってみようかと思っただけだった。S・リーザに与えられ
た課題も終えて、後は残りの時間内で仕上げをするだけだったし、何よりも、姿を消
していた私を見ることのできるファンタジストの十二歳の男の子なんて、希少価値だ
と思ったからだ。
 弥生は、少し自分の殻に閉じこもっていたけれど、とても素直な可愛い子だった。
学校へ遊びに行って、自分から友人を遠ざけている弥生を見て、少し苦しくなった。
 弥生と私は似ていた。私も彼も、一人にされることを恐れている故に、他の人を遠
ざけていたのだ。けれど、皆に金髪のことを話すわけにはいかない私とは違って、弥
生のそれはとてももろい孤独だった。
 弥生の周囲の人々――家族と友人は既に手を差し伸べているのに、弥生がそれを拒
絶しているだけだった。一度得たものが離れていってしまうのが怖いから。手を取っ
て、相手から放されてしまうのが、怖いから。とんだ甘えだ。私はたとえ手を求めた
としても、差し伸べてくれる人はごくわずかしかいなかった。
 私は弥生がうらやましかった。憎んでいた、と言ってもいい。そして、愛しかった。
弥生は、私がなりたかった私だった。私は、弥生のように生まれたかった。あんなふ
うに、周りの人から無条件に愛されて育ちたかった。
 弥生は、そんな気持ちを抱えていた私を、美しいといってくれた。いつもいつも隠
さなくてはならなかった、邪魔者でしかなかった、できることなら捨ててしまいたか
った私の金髪を、弥生は綺麗だと言ってくれた。
 私はそれまで、こんな髪などなくなってしまえばいいとしか思ったことがなかった。
それがいいものだなんて、綺麗だなんて思ったことは一度もなかった。そこへ降って
きた弥生の言葉は、当時の私の心に輝きを与えた。いつか、本当の自分の姿に戻れる
日が来るような気までしていた。


 けれど、今はもうばばさまもS・リーザもいない。弥生もいない。私はもう、私で
いられる自信がない。このままでは金髪のミオではなく、黒髪のニャーオ・ウィッチ
ができてしまう。私には、それが止められない。
 私は今まで、魔女の修行に精を出すことは、本来の私に戻るための答えを探すこと
だと思っていた。でも違う。力が増し、位が上がるにつれ、私はますます金髪には戻
れなくなっていった。
 地位を失うのが怖いからじゃない。私の位が魔女から大魔女へと上がると、魔女の
間では私に対する反発が一層高まったが、その中にも私の力を認める者が出てきた。
特に若手の魔女が多いのだが、今では、魔女の半数が私を支持していると言える。
 その人達の期待が、私は怖い。以前は、私のことを邪魔なものとしか見ていなかっ
たあの人達が、やっと私のことを思ってくれ、私に期待を寄せてくれるようになって
くれた。やっと手に入れたその人達の手を、失いたくない。
 しかし、それは金の髪の私を否定することだ。金髪を見せれば、魔女たちは去って
いく。私は、昔のようにただの嫌われ者になってしまう。それは嫌だ。
 けれど、黒髪のニャーオ・ウィッチになるくらいならば、このまま死んだ方がいい
のかもしれない。たとえ見かけだけ皆に囲まれていても、それは私ではない。
 ニャーオの開いた目から一筋、涙が流れた。しかし、ニャーオはそれを感じとるこ
とができず、同じ部屋の椅子に座って話しこんでいる見張り達もそれには気付かない。
 あの時、私が弥生の記憶を消して帰るとき、S・リーザは言った。つよくなりなさ
い、と。つよくなれば、いつか金髪に戻せる日が来るから、と。けれど、そのS・リー
ザはその一年後に亡くなった。
 私はあの頃、ずっと一人で生きてきたと思っていた。いいえ、今まではそう思って
いた。でも、違う。ばばさまやS・リーザ、ティス、リム、他の魔女達やみどりやあ
おい、そして弥生がいたから、ここまでやって来れた。私一人じゃ、ここまで来れな
かった。私はまだ、一人でいられるほどつよくはなれていない。
 私の髪のことを知っていた二人はもういない。ティス達魔女は、髪のことを知った
ら離れていってしまう。又従姉妹でもあるみどりとあおいには一年前に会ったばかり
で、受け入れてくれるようなポーズは見せてくれているけれど、今一頼り切る気には
なれない。
 そして弥生は、私のことを覚えてさえいない。当然のこと。この私が彼の記憶を消
したのだから。私には、もう誰も残されていないような気がする。
 けれど、そう思いながらも、まだ助けを求めている。今はもういないS・リーザに、
ばばさまに。そして、あの日の弥生に。
 誰か私を助けて。私を、本当の私を受け入れて。どうか、助けて。弥生。あの時の
ように、言って。
 ニャーオが、そうとも判らずに眠りについた頃、ニャーオのとらわれている小屋の
ような家に伝令が訪れ、何人かが家を出ていった。彼らが急いで行き着いた大屋敷で
は、様々な人が、彼女によって指示され、あわただしく活動を始めていた。

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