Fantasist 2

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Fantasist 2

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     1 妖精国、グリーン=ブルー

「ここは、一体」
 弥生は思わず、声をもらしてしまった。
 ここは一体、どこなんだ?どうして校舎が消えて、あの森と山は何だ?どっから生
えてきたんだ?東京の目黒区にこんな景色があるなんて、聞いたことないぞ。それに
あの太陽、少し小さいし……二つあるように見えるのは、俺の目の錯覚か?
「弥生」
 疑問符だらけの弥生には、みどりがひどく落ちついているように見えた。
「みどりぃ、これ、何なんだよ……」
 みどりと弥生は、お互いに相手が話し出すのを待っていたが、じきにみどりの方が、
あきらめたように口を開いた。
「何だって、何でって聞きたいのはこっちよ。何で、弥生がここにいるの」
 みどりは、人間界では背が高い方だけれど、男子バスケ部の選手である弥生には敵
わない。しかし、見上げられた弥生は、少なからず圧倒された。何だろう、いつもの
みどりとは少し違うような気がした。
「俺は、ただお前の後に付いてきたら暗くなって、気がついたらここに」
 そこで初めて気がついたのか、弥生は羽が付いた小さなものと、緑色の頭をした日
本人らしからぬ顔の人を、じろじろと怖ろしそうにに眺めた。緑色の髪の人は、顔は
美形だが真面目そうで、とてもパンクをやっている人のようには見えない。それに、
色が綺麗すぎる。
 みどりは、またため息をついた。
「質問を変えましょう。何で、吉川弥生君は、授業中適当な理由で教室を抜け出した、
あたしの後を追ってきたの」
「俺は、お前がニャーオって言ったから」
 弥生がもごもごとその名を口にすると、みどりははっきりと顔色を変えた。
「ニャーオ?ニャーオを知ってるのね。そうだ、結界が見えたってことは、弥生はフ
ァンタジストだったんだ」
「え、何、ふぁんた?」
 みどりは、じれったそうに早口でファンタジスト、と言い直した。
「幻想界に存在しているような者の存在を信じている人間、妖精の姿を見ることがで
きる人間のことよ」
 日常聞き慣れない言葉の連発にすっかり面食らってしまっている弥生に、みどりは
顔を思いきりしかめた。
「仕方ないな。じゃ、ニャーオのことは後で聞くとして。弥生、あんた、あたしの姉
のことは知ってるでしょう」
 弥生は当惑したようだったが、素直に答えた。
「ああ。あの文化祭の時に来てた、名門女子校に通ってる、お前とは似てもにつかな
いけれど一応双子の、楚々とした美少女の見本のような子だろう」
 みどりが、似てもにつかない美少女と繰り返しているのを、弥生は不思議そうに眺
めていた。
 少しして、みどりは気を取り直したように言った。
「その姉とあたしは、人間界では夢や幻だと思」
「人間界では?」
「ちょっと、邪魔しないでよ。人間界では夢や幻だと思われているものが、すべて存
在すると言われている幻想界の唯一の国、妖精の王国グリーン=ブルーの現二女王な
の」
 口をぱくぱくいわせている弥生に、みどりは苦笑した。
「信じられないなら、そこのライトのリィンでも眺めてたら」
 リィンと呼ばれたものが、上機嫌そうに羽ばたかせて宙に浮かんでいるのを見て、
弥生はトリックを探そうとしたが、無駄な努力だと悟った。だってさ、どっかから吊
るすとしたって、こんなただっぴろい平原の中で、どっからどうやって吊るすんだよ。
 弥生が諦めたのを認めると、みどりはにやにやと笑みを浮かべた。
「さすがファンタジスト。順応性があるねー。じゃ、今度はニャーオのことを話して
もらいたいんだけど、急ぎたいから歩きながらにしてもらうわ」
「歩くって、どこへ」
 みどりは、少し緑かがっているようにも見える黒の瞳をくりっとさせると、こんも
りとした丘を指さした。
「あの丘の向こうよ。王城」
 開いた口がふさがらない弥生を、みどりはまたくくと笑った。


 王城への道を歩きながら、弥生はぽつぽつと話し始めた。
「ニャーオとは、中一の時に遭ったんだ。五月だったかな」
 弥生は、ごたまぜの記憶に混乱していた。何なんだろう、これは。
 教室で、みどりが「ニャーオ」と言った瞬間、どっと彼女の記憶が弥生の頭に押し
寄せてきた。たった四年前のことをすっかり忘れていたこともおかしいが、ニャーオ
のことを思いだしたとたん、彼女のことで頭が一杯となってしまった。しかも、じれ
ったいことにその記憶はとぎれとぎれで、順番もめちゃくちゃ。まるで、映画の予告
編のようだった。
「四年前――上級試験」
 みどりの苦々しげな口調に、弥生は全く気付いていなかった。
「ああ、そう言ってたな。ニャーオは受かったのか?」
 弥生は、尋ねてから思い出した。そういえば、ニャーオは受かったと聞いたような
気がする。何か変な感じだ。まるで、頭の中のニャーオに関する部分だけが霧にかか
っていて、手の届くところだけを手探りで当てるしかないみたいな。
 そこへ、弥生の感覚では羽付き人形にしか見えないものが、少々甲高すぎる声で言
った。
「でもグリーン様。私、この子の前を通って女王様のところへ行ったけど、この子私
のこと見てなかったわよ。それなのに、どうしてファンタジストなの」
 弥生は、可愛らしい光の精に「子」と呼ばれてしまったことと、みどりが聞き慣れ
ない名前と「女王様」という名称で呼ばれたことに、戸惑いを覚えた。
「それはね、弥生が記憶を閉じられれていたからなの。だから、リィンが弥生の前を
通った時、弥生はまだ普通の人間だったのよ」
 弥生は、眉をしかめた。
「なぜ」
 みどりは、言ってはいけないことを言ってしまったときのように、あ、と言うと、
珍しく弥生から目を逸らした。
「あなたはまだ、総てを思い出してはいないでしょう、弥生。そのことはまた後で。
今はニャーオの行方を探すことの方が先決よ」
「行方って、行方不明なのか?」
 みどりは肯定し、それ以降は何も答えそうになかったので、弥生は気まずそうな顔
で口をつぐんでしまった。
 弥生とみどり、お供の妖精達は黙々と歩いていたが、城が見えてくると、唐突にみ
どりが明るい声で言った。
「じゃ、リィンは先に行ってセイトさんに伝えて」
「はい」
 弥生は、じゃああのちょうちょ人間は速く飛べるのか、と感心していた。
 が。みどりは何かぶつぶつ言うと、光の精を指さした。すると、それは消えた。消
えた?
 弥生の声なき驚きを、みどりは思いっきり笑い飛ばした。
「瞬間移動よ。自分を運ぶこともできるけど、越界で力を使っちゃったから、できる
だけ短距離で、小さなものを運びたかったんだ」
「って、お前、エスパーなのかっ」
 弥生の叫び声に、みどりは異様にのんびりとした口調で答えた。
「人間界で言うと、まあそうね。サイキックが正しい名称かな。ここでは魔法って呼
んでる。この国の者なら、誰でも微弱ながらも持っているものなんだけどね」
 弥生のもの言いたげな視線を、みどりはいぶかしんでいたが、すぐに気が付いた。
「ああ。あたしとあおい、姉は四分の三人間で、残りは妖精なんだ。つまり、クォー
ターだね」
「よ、せ……」
 弥生は、意識がもうろうとしてきた。


 そうしているうちに、一同の前に城らしい建物が近づいてきた。
 それは大きな石造りの建物だったが、大きいといっても広さだけで、主な部分は四
階建てだった。古い建物にはありがちなことに天井は高そうだったが、ビルを見慣れ
た弥生の目にはそう大きくは見えなかった。
 それよりも弥生の注意を引いたのは、城以外のものだった。城といえば城砦。真っ
先に堀と城壁を想像していた弥生には意外なことに、このグリーン=ブルーの城には
そのどちらもが存在しなかった。
 城壁の方はあると言えばあるのだが、それは木でできていた。木と言ってもそれは
本物の木、つまり生えている木のことだ。その城と、良く手入れされた広い前庭は、
木ですっかり囲われていた。それがこの城の唯一の城壁だったのである。
 これまた木でできた門のところには、側にある小屋から出てきた、門番らしい男が
立っていた。サーファーのように茶けた髪の男はにこやかに女王に挨拶すると、妙な
格好をした見かけない青年に、不審げな視線を浴びせた。みどりはそれに軽く笑みを
見せると、手を振って応えた。
 広い広い庭園を抜けて城に入ると、そこは吹き抜けの大きな、ホールと言っていい
玄関だった。そこには、一人の老人が立っていた。
 深い緑色の、ずるずるとした服を着た、白い髭と髪をふさふさに生やした老人は、
みどりの姿を認めると、こちらに歩いてきた。老人の不安そうな表情は、弥生を落ち
つかなくさせた。
「あおいは」
「ブルー陛下は、既に執務室にてお待ちです。グリーン陛下」
「判りました。すぐに行きます」
 その、決して教室では聞いたことのないみどりの口調と声に、弥生は目を見開いた。
今のみどりの顔は、高校生のものではなかった。
 老人は、孫のような年齢のみどりに、少し怯えているような調子で言った。
「あの、そちらの方は。見た所、人間のようですが」
 姿形で判ったというよりは、服装から推察したのだろう。弥生が今まで見たところ、
それほどに、人間と妖精はよく似ていた。平均身長は日本人より高いようだが、やせ
気味なところと皆美形ぞろいのところ、それから時々むちゃくちゃな髪の色があると
ころを除けば、全く同じと言っても差し支えはなさそうだった。
「これはあたしの友人です。ニャーオの知人だということなので、少し話を聞こうと
思って」
「では、お部屋を用意いたしましょう」
「そうですね。必要ないと思うけど」
 みどりはふいと振り向くと、弥生の顔に一つため息をつき、右手の人差し指でくい
くいとついてくるように示した。
 みどりは弥生を従えていくと、ある部屋の前で立ち止まり、扉を雑に押し開けた。
すると扉は、思いの他にものすごい音をたて、みどりはしまったと顔をしかめた。
 そこへ、のんびりとした声が言った。
「あらあら、女王様がはしたないこと」
「あんたね、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうがっ」
と、みどりが吠えると、質素な応接セットの椅子に座った娘は、全く動じないようす
で細い肩をすくめた。テーブルの上の薄い青色の人魚のガラス細工の上に陣取ってい
るリィンは、くすりと笑った。
「急いでどうにかなるわけでもないでしょうに。あら、そちらは?」
「こいつは弥生、同じクラスの吉川弥生っていうんだけど……ついてきちゃったんだ」
 みどりの双子の姉、グリーン=ブルーのもう一人の女王は、美しい眉をしかめて苦
笑した。
「ああ、あのバスケ部の。でもついてきちゃったって、あんた不用心ねえ」
 みどりは、軽くふくれた。
 この二人、並べてみると確かに似ては見えないが、みどりの髪を倍の長さにすれば、
いくらかは似て見えるのかもしれない。あおいの容姿は、美人というのが一番適切だ
ろう。ただし、弥生の言うように、楚々とした美少女という言葉が似合うとは思えな
い。とりあえず、水のような美しさと言っておこう。
「ごめんね、不手際で」
 あおいは既に、グリーン=ブルーの簡素な服に着替えていた。しかしそのような服
を着ていても、彼女の美しさは全く損なわれてはいなかった。
「で、状況は」
 二人は、その一言で真剣な表情になった。
「悪いわね。どうやら、休みの間ニャーオはどこかに行ったようなの。そして、帰っ
てくる様子がない」
「里には」
 あおいは首を振った。
「里から連絡があったのよ。長老の葬式にはニャーオを返してくれってね」
「サマンサさんが」
 あおいが無表情に頷くと、みどりはどすんと椅子に座り込んだ。途方に暮れた表情
で、呟くように言う。
「そんな。お悪いとは聞いていたけれど、こんなに早く」
「長老の死の知らせは、城には伝わっていなかった。誰かが隠匿していたとしか思え
ないわ」
 みどりは、あおいを見上げた。みどりには、その言葉の意味が判っていた。もしか
したら、失踪の知らせを受けたときからそう思っていたのかもしれない。ニャーオが、
魔女をやめるはずがないから。
 見上げたあおいの目は、冷たくも冷静な目だった。
「使者は」
「ティス」
「ちょっ、ちょっと待てよ」
 弥生は、双子の突き刺すような視線をこらえた。
「どういうことなんだか、さっぱり判んねえよ。俺にも判るように、説明してくれな
いか」
 あおいが、みどりを問いかけるような目で見た。
「弥生は、上級試験の時にニャーオに遭ったんだって。どうやらニャーオの名前が、
  ワード
その言葉だったらしくってさ」
 あおいは、先ほどのみどりのように目を丸くさせた。そういう目をしたいのはこっ
ちだよ、と弥生はため息をついた。
 みどりは、ふてくされたように顔で言った。
「残念ながら、あんたには何も教えるつもりはない。今すぐ人間界に帰ってもらう」
「どういうことだよ」
 みどりは、当たり散らすようにわめいた。
「あんたには関係ないっての。さっきは焦ってたから目の前で話しちゃったけど、こ
れからはそうするつもりはない。早くニャーオを助けなきゃ」
 あおいが顔を手で押さえた。けれどリィンは、その口の端が笑っているのを見逃さ
なかった。
 弥生は、みどりの言葉を反復した。
「助けなきゃ?」
「そ、そう。きっと道に迷ってるから。連れ戻しに」
 弥生は、がっとみどりにつかみかかった。
「シャツが伸びるよ」
「お前は相変わらず嘘が下手だよな、みどり。ニャーオはどうしたんだ?」
「さらわれたのよ」
「あおいっ」
 弥生は、あおいを振り返った。予想した答えと同じだったのかどうか、呆然とした
顔をしている。
「少なくとも、私達はそう推測しているわ、弥生君。みどりを放してもらえないかし
ら」
「さらわれた」
 弥生の手が緩みかけた時。
「みどりさんっ」
と、子どもの声が聞こえた。男の子の声だ、と思った時、弥生の頭はショートした。
 倒れていく頭の中で、ああこれが気絶ってやつか、と弥生は妙に納得していた。

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