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Fantasist 2

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Fantasist 2

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     10 遺言

 魔女の長の葬式の日が来た。式は里の広場で行われた。
 出席しているのはティス、リム、グヴェンダリン等の魔女一同。国王であるグリー
ンとブルー、闇の精の長の代理としてナイト、それから火の精の長も参列している。
弥生は、女の集団の角のほうでリィンと一緒に式を眺めていた。ニャーオは、まだ姿
を見せていない。
 実際の進行役であるティスは、心配そうにみどりに尋ねた。
「みどり、本当にニャーオは来るんでしょうね」
 みどりは一瞬目を見張り、にっこりと答えた。
「大丈夫よ、ティス。ニャーオはもう、大丈夫」
 王の話す番が回ってきた。グリーン女王は立ち上がると座の前に立ち、余裕を持っ
てそっと微笑んだ。
「亡き長の遺言を、ここで発表したいと思います」
 その時、一同の背後からざわめきがものすごい速度で伝わっていった。
 弥生が何かと目をやると、そこにはニャーオが立っていた。けれど、ただのニャー
オではない。その髪は、見事な金の色をしていた。
 魔女達は、様々な噂と目の前のものを検証しあった。中には、嫌悪や驚嘆を露にす
る者もいた。
「あたしの話を、聞いていただけますか」
と、いう女王の一言に、一応一同は静まった。
「ちょうど良かった。ミオ・ウィッチ。こちらへいらして下さい」
 ざわめきの中を、ニャーオは歩いていった。緊張で顔がこわばっている。こつん、
と何かが頭に当たったが、ニャーオは気にせず歩き続けた。大丈夫。これくらい、何
でもない。
 みどりはにっこりとニャーオを迎えるとまた前へ向き直り、手で金髪の魔女を示し
た。
「こちらのミオ・ウィッチの、大魔女としての位を取り上げます」
 またざわめき始めていた一同は静まり返った。事情を知っている者も、うすうす感
じていた者も、何も言わなかった。静寂の中、ニャーオはただ、無表情に立っていた。
「そして彼女、ミオ・ウィザードには王室付顧問魔女の位を与えます」
 一同が情勢を把握し、熱狂的な反対と賛同の嵐を送っても、当人は何が起こったか
を把握しかね、ただ呆然としていた。ニャーオは、自分はてっきり追放処分、少なく
とも魔女としては生きていけなくなるものだと思っていた。それが魔法使いに昇格し、
しかも王室付顧問魔女に?
 みどりは、まだあぜんとしているニャーオに、ウィンクをしてみせた。相変わらず
下手ね、とニャーオは苦笑しそうになった。
「前長のご命令よ。逆らう気、ある?」
 ニャーオがまだとまどいを隠せずにいると、またこつんと小石が顔に当たった。思
わず頭を動かしてから、後悔した。どうせ、私のことが嫌になった人に決まっている。
 しかし、そこにいたのはティスとリムだった。二人は笑っていた。決して嫌みな笑
みではない。リムの口が動いた。声は、騒音にまぎれて聞こえない。ゆっくりと言う
唇を読む。
「おめでとう」
 ニャーオが思っていたよりも、ミオ・ウィッチの話は里に広まっていた。そして、
ニャーオの父母がミアとイルメイアであることは、ニャーオ自身が一年前に城でばら
しており、その事実を知らないものは里にはいなかった。だから、ニャーオの黒髪を
不審に思っていた者も少なくはなかった。そしてその中には、ティスとリムもいた。
けれど二人は何も言わなかった。いつか、こんな日が来ることを待っていたのかもし
れない。
 ニャーオは、みどりを見た。みどりも笑っている。あおいだって。
 いいの?
 ニャーオは尋ねた。
 いいの?このままで、そのままの私でいいの?リムも、ティスも、みどりもあおい
も、このままの私でいいの?
 涙が浮かびかけた目で、弥生を探した。すぐに見つかった。魔女達の後ろに小さく
見える弥生は、高く上げた親指を立ててにこにことしていた。言ったとおりだろ、と
言う暖かい声が、心を読まずとも聞こえた。
 既に降りた上座へと目をやると、いつの間にかグヴェンダリンが前へ来ていた。み
どりに呼び出されたのだろう、みどりの隣で下を向いていた。その表情には、後悔の
色は現れてはいなかった。わずかに伺える怯えが、彼女を小さく見せていた。
 ニャーオは、彼女に同情の念を覚えずにはいられなかった。自分さえいなければ、
亡き長の地位は彼女が当然のように受けていたものなのだ。彼女があんな行動を起こ
した理由は、解る。
 そして、みどりは言った。
「グヴェンダリン・ウィザードを、次期の長に推薦いたします。これが長の遺言です」
 グヴェンは、ゆっくりと顔を上げた。嬉しいという表情ではない。その顔は、何を
言われたのか理解しかねる、と言っていた。
 魔女の間では、前長の推薦を受けた者はよっぽどのことがない限り、長となる。し
かも、サマンサを支持するものたちがニャーオ側の勢力の最も主要な人物であった。
グヴェンダリンは長に確定したと言って、不都合なかった。
 グヴェンは周囲を見渡した。笑みを浮かべて拍手をしている者達ばかりではなかっ
たが、反対の声を揚げる者はいなかった。そして、彼女の視界の中には、にこにこと
拍手しているミオの姿があった。金髪の魔女は、素直に祝福しているようにしか見え
なかった。
 グヴェンダリンは、ニャーオのように素直に喜びを表すことはできず、困惑と戸惑
いの中で仲間の祝福を受けていた。


 式典も終わり、イルメイア・グリーンブルー・ファイアはゆっくりと立ち上がった。
もう彼も、決して若くはなかった。彼はミアとの恋の後、サマンサとは一線を画し続
けていた。けれど、一年前にずっとミアを愛し続けていたと告白してからは、ミアを
通しての友人としてつきあっていたので、サマンサの死は少々の痛手だった。
「イルメイアさん」
と、呼ばれて顔を上げると、そこにはミオがいた。彼の愛した唯一人の人、ミアの面
影を遺す、彼の一人娘。
 しかし、彼はこの一年前突如現れたこの娘には、戸惑うばかりであった。ミオは、
ミアを殺したのはお前だと一族の前でイルメイアをなじり、それきり近寄ろうともし
ない。
 そのミオが、自分に話しかけてきている。イルメイアは、全身を緊張させた。
「ミオ・ウィザード。この度は、おめでとうございます」
 ミアそっくりの金髪を持つミオは、一度目を逸らし、またイルメイアを見据えた。
その眼差しは、以前となんら変わるところはなかった。
「イルメイアさん。私は、あなたがしたことが正しいとは到底思えませんし、あなた
のことが嫌いです。でも、あなたが私の父親であることは事実です。それだけを、お
伝えしようと思って」
 イルメイアはきょとんとミオを見つめていたが、そうかと思い当たり、今度はにや
っと笑った。皺が目だつ男がするにしては、餓鬼っぽい笑みだった。
「私は負けませんよ。いずれ、私のことを好きにしてみせます」
 ニャーオはまだ固い笑みのままで答えた。
「どうぞ御勝手に。やれるものならね」
 ニャーオの去ったあとを見つめながら、イルメイアは微笑みが浮かぶのを禁じ得な
かった。
 お前達とは違い、あの子はつよく育てたつもりだと、サマンサが言った言葉が甦った。
あの子は、私のことを認めてくれた。ミアを見殺しにした私のことを。
「陛下方。どんな魔法を使われたのですか」
 イルメイアの様子を見に来た二人は、何もと答えた。
「あたし達は、何もしていません。ニャーオが一人で決めたんです。少し、口論はし
ましたけどね」
 イルメイアには、昨日あおいから総てを話していた。イルメイアには、聞く権利が
あった。イルメイアはニャーオの精神的な親ではないが、イルメイアにとってニャー
オはただ一人の娘なのだから。
 総てを聞いた後、イルメイアは言った。
「それで、今回の黒幕は誰だと思われますか」
 あおいは軽く頷いた。
「私は、サマンサさんは総てを予想していたのだと思っています。総てを」
 グヴェンダリンが自分の死後にニャーオをさらうこと。グヴェンは、人を殺すほど
の度胸は持ち合わせていないこと。そして、ニャーオにはそうされることが必要だっ
たこと。
 ニャーオには、一人が考える時間が必要だった。サマンサさんを喪ったことによる
古い自己の崩壊を乗り越え、金髪である自分、父親がいる自分という新しい自己を見
いだすためには。それは危険な賭だっが、弥生という駒が参加したこともあり、賭は
成功に終わった。
 みどりは、イルメイアに言った。その真っ直ぐな瞳に、彼はもう脅えることはない。
「イルメイアさん。ニャーオのことを、どう思っていますか」
「ミアとは別の意味で、大きな存在ですね。今までそうしてやれなかった分、大切に
してやりたいと思っています。この答えでよろしいですか、陛下」
 みどりは、満点の印に大きく笑んだ。


「ニャーオ、知ってるかい」
と、弥生はニャーオに、みどりの理想郷のことを聞いた。ニャーオは、なんて言うこ
とはないという顔で答えた。
「ええ。『理想郷はあるもんじゃない、創るものなんだ』っていうの」
「つくるもの?」
「そうよ。あ、二人が来たわ」
 弥生は、ニャーオにつられて立ち上がった。
「二人とも、帰るの?」
「ええ。その前に、ニャーオに渡すものがあるの」
 ニャーオは、少し首を傾けた。その目には、この間までのようなあきらめと虚無は
ない。みどりは、にっこりと笑った。
「サマンサさんから、あなたへの伝言よ、ニャーオ」
 みどりは、小さな黒い立方体をニャーオに手渡した。ニャーオは目を細くしてそれ
を見つめた後、それに何事かをささやいた。目を閉じ、貝の海音を聞くように耳にそ
っと当てると、箱から声が聞こえてきた。とても懐かしい、声だった。


 ニャーオ。私がいなくなって、お前はどうしていることだろう。落ち込んでいなけ
ればいいのだが、きっとお前はそうしているだろうね。しかし、何も悪いことが起こ
ったわけではない。来るべき時が来ただけなのだ。
 ミオ。私は、お前にミアのような仕打ちに遭わせないために、その髪をずっと染め
させてきた。だが、ミアが魔女の内であのような目に遭っていたのは、その生まれの
ためだけではない。ミアはとても大きな魔力を持っていたがために、あのような迫害
を受けていたのだ。そう、お前と同じだよ。
 しかし、ミアにはお前のような友人はなく、唯一人――イルメイアしかいなかった。
ミアは、孤独の中で手に入れた唯一つの希望から見捨てられるのを恐れたために、そ
れを自分から手放してしまった。お前はいつの日か、このミアの弱さを理解し、そう
ならないつよさを持ってくれるだろうと信じている。
 何もしていないのに、最初から避けられるのはとても悲しいことだ。私は、お前が
そうされないために、ミアのように対人関係に臆病にさせないために、黒髪という防
御壁を築いた。そしてその結果、お前はいくらかの友人を得たね。ティスやリム、両
陛下。多いとは言えないが、問題はその絆の強さだ。
 しかし、いつまでもその壁の中にいることはできない。お前と親しくなろうとする
者はその壁の存在を感じ、お前を完全に信じることはできないだろう。そしてそれは、
お前も同じだ。壁は、お前を守ると同時に、お前を孤独にしてきた。
 もうそろそろ、お前にも黒髪という防御壁が窮屈になってきた頃だろう。自分で壁
を壊し、外へ出てきなさい。そんなことをしたら誰もいなくなってしまうと、お前は
言うかもしれないね。だが、今のままでも、お前は誰もいないのと同じように感じる
だろう。また最初から始めるのだと思いなさい。一度、総てをなくしたのだと思いな
さい。
 そしてそうしない限り、お前は長となるべきではない。お前自身、皆に何かを隠し
たままで長となる気にはなれないだろう。
 けれどね、お前が思っているほど失うものは多くないということが、私には判って
いるよ。お前が今まで築いてきたものは、それ程もろく、いい加減なものではないと、
私は信じている。
 可愛い子よ。城で、陛下方の下で、彼女たちのつよさを学びなさい。お二方は、こ
の弱い国をつよくされようとしていらっしゃる。お前には悪かったが、私は陛下方と
イルメイアにお前の髪のことを話した。三人とも、無条件にお前の味方となって下さ
る方々だ。
 お前のことを、心より信じている。S・リーザも同じ気持ちだと思う。そして、私
達と同じ想いを持つ者が、生きている者達の中にもいる。その者達を、お前自身で見
つけなさい。そしてお前も、その人達以上に、その人達のことを信じなさい。裏切ら
れることもあるだろうが、お前が、裏切られても構わないと思えるほどに信じられる
人を、より多く見つけられるように、祈っている。


 再生が終わっても、ニャーオは養母の最後の声の余韻に耽っていた。
「もう一つ、今度は報告があるのよ。ジュリス、ジュリウス・ウィッチのことなのだ
けれど」
 ニャーオは、はっと不安げな視線をあおいに送った。あおいは、いつものようにに
っこりと華やかな笑みを浮かべた。
「彼女への告訴は取り下げられたわ。相手のファンタジストにも処分なし」
 魔女三人は、わっと歓声を揚げた。リムは、他の者に知らせにいく。何のことだ、
と弥生が聞くと、ニャーオは浮かれた声で答えた。
「上級試験において、ファンタジストの記憶は消去しなくてもいいことになるのよ」
「まだこれは長老会の結果待ちだけどね。ま、おそらく通るでしょう」
と、あおいはウィンクした。
 弥生は口を開けたまま、目を大きくさせていた。ナイトがくすくす笑う。
「ファンタジストは他の人に言わない確率が高いし、妖精を利用しようとするような
輩には手を下すからってことで、あおいが奮闘したんだよ」
 ニャーオと弥生は目を合わせ、思いきり笑いあった。総てが、心から笑い飛ばせた。

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