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Fantasist 2

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Fantasist 2

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

    6  別れ路

 みどりは立ち止まり、振り返った。
 ニャーオ失踪から十日目の朝だった。今日中にニャーオを連れ戻さなくては、彼女
は資格剥奪だけではなく、国外追放の処分も受けなくてはならない。今日が、期限の
日だ。
 ティスの教えてくれた、グヴェンの屋敷まであと少しだった。
「グリーン様、どうしたの?」
 リィンは、いつものように輝きながらみどりの肩から明るい声で言った。
 みどりは、いつになく無表情な顔をしていた。弥生がみどりに何か言おうとした時、
みどりはリィンにグヴェンダリンの屋敷への地図を持たせた。
「あなたは城に戻りなさい、リィン」
「え」
 リィンに考える暇を与えないように、みどりはすぐさま言った。
「あおいに伝えて欲しいの、あたしがどこへ行ったかを。そうすれば、後はブルー女
王がいいようにしてくれるから」
「嫌です」
 リィンは、きっぱり言った。弥生は、リィンの小さな顔を見つめた。その顔は、決
して引きそうにはなかった。
「リィン、困らせないで」
 リィンはきっとグリーンを見上げ、語気荒く言った。
「私、嫌ですよ。ここまで来て、どうしてそんなこと仰るんですか」
「ここからは、本当に危険なのよ。あたしは人質として利用できるけど、あなたには
利用価値がない」
「そんなこと、理由になんかならないわ。第一、本当に危険なら、グリーン様だけ行
かせられないもの」
 グリーンは答えなかった。畳みかけるように、リィンは続けた。
「それに、人質なんて。殺さなかったら何をしてもいいってことでしょう。女王様に
何かあったら」
「これは国王の命令よ、リィン。お帰りなさい」
 リィンはしばしの間、呆然とグリーンの顔を見つめた。彼女は本気だ。なんてこと。
「そんなの……卑怯ですよ、グリーン様」
「卑怯でも何でもいいの。誰か、あおいに伝えてくれる人が必要なのよ。最初からあな
たは伝達者として連れてきたの。私は大丈夫だし、あおいがすぐに来てくれるわ」
 テレポートさせるのに労力を使わないですむ光の精が、盗聴されずにすむ効率の良い
伝達者であることは、事実であった。リィンも、今まで何回もその役目を果たしてきて
いた。
 しかしそれでもと、リィンは食い下がり続けた。
「そんなの、通信でだってできます。ガードも上手くなったって仰ってたじゃないです
か。そうだ、弥生に行ってもらえば」
 グリーンは 首を振った。
「弥生は重すぎるわ。それに、相手は長になってもおかしくないウィザード。盗聴され
ない自信はない」
 リィンもさすがに黙り込み、みどりはほっとしたのか、顔に少し赤みが差した。
「国王命令よ、リィン・リー・ウィンクル」
 弥生が、うつむいたまま動かないリィンに手を差し伸べようとしたとき、リィンがき
っと顔を上げた。その目には、堅固な決心が浮かんでいた。みどりは目を細めた。
「いくら女王陛下の命令だって、きけません。だって私、女王陛下についてきたんじゃ
ないもの。私、グリーン様についてきたんだもの。グリーン様のことが好きだから、こ
こまでついてきたのよ。私、グリーン様の側にいたい。グリーン様を、守りたい」
 今度黙り込むのは、グリーンの番だった。リィンは、可愛らしく首を傾けた。
「ね、いいでしょう?お願いです、グリーン様」
 グリーンはゆっくりと顔を上げ、リィンに薄く微笑んだ。
「ありがとう、リィン。あたしも、あなたのことが大好きよ」
「グリーン様」
 リィンの暖かな声に、グリーンのあの呪文が被さった。それは、弥生がこの国に来
た日と一昨日に、みどりがリィンに唱えた呪文だった。
 リィンの、戸惑いと悲痛の現れた顔が。
「グリー」
 消えた。


 あおいと一人の青年が、歓談しながら王の執務室に入ると、そこでは一人の光の精
が、小さな声で泣いていた。
「リィン?」
 ブルーが入ってきたのに気付くと、リィンは目を閉じたまま涙をこぼしながら、ふ
らふらとブルー女王の元へと飛んでいった。
 あおいは両手を差し出してリィンを受けとめると、何があったの、と聞いた。
「ブ、ル……さ」
「どうしたの、リィン」
 リィンは泣きじゃくりあげ、グリーン様がと繰り返した。あおいは少し大きな声で、
厳しく言い放った。
「リィン・リー・ウィンクル。あなたのなすべきことは何なの」
 リィンは鼻をすすり上げると何とか泣き止み、涙をぐいと強く拭った。
「……はい。すみません。グリーン様は、グヴェンダリン・ウィザードの屋敷へと向
かわれました」
 ブルーはみどりの机の上に置いてあった地図をあらためると、軽く頷いた。
「そう。判ったわ、ご苦労様」
 リィンがはっと顔を上げると、ブルーは少しも怒ってはいなかった。いつものよう
に、優しい微笑みを浮かべていた。リィンは反省した。ブルー様が私のことを怒るこ
となど無いと判っていたはずなのに、私はどうしてそんなことを考えたのだろう。
 ブルー様もグリーン様も、いつも私のことを思ってくれていて、私達にとても優し
くしてくれる。それなのに、私達がお二人にお返しをすることなど、ほとんどない。
お二人は判っているのだろうか。私達が、お二人に優しくされて、どんなに嬉しく思
っているかを。どんなに、お二人にお返しをしたいかと思っていることを。
「ブルー様。私も連れていって下さい。グリーン様のところへ、行かれるんでしょう
?」
 ブルーは、ゆっくりと微笑んだ。
「リィン。あなたには頼みたいことがあるの。あのばかとニャーオと弥生君のために、
たーくさんたべものを作らせておいてちょうだい。みどりの好きなものは、あなたが
一番よく判っているでしょう?」
「でも、ブルー様」
 ブルーは有無を言わさず、笑んでみせた。
「みどりはすぐに連れて帰るわ。その時食べる物がなかったら、あの子ぶったおれち
ゃう」
「……判りました。失礼いたします」
 リィンがとぼとぼと下がっていった後ろの扉を閉めると、青年とあおいは同時に言
った。
「俺が行く」
「私が行くわ」
 青年は振り返った。色白の顔の上にあるのは、悲痛な表情だった。少し長めの髪は
黒いが、翼は白い。善の精と大地の精の混血だろうか。混血で翼が出るとは、珍しい。
「あおい、君は女王だ。みどりだけではなく、君にまで何かあったら」
「あなたが王となれるのよ、ナイト」
 では、この男はあのナイト・グリーンブルー・サス。
 一年前にみどりとあおいの二人と王位を争い、現在は相談役(摂政)と共に、病に
伏している叔父の代行として闇の精の長の役目も果たしている、あのナイト。翼があ
るのも不思議ではない。ナイトは、その強い魔力でも知られていた。
 ナイトとあおいは見つめ合い、ぶっと吹き出した。
「王なんて面倒くさい仕事、押しつけようったってそうはいかないよ」
「あら、後悔するわよ」
 一時の沈黙の後、ナイトが言った。
「俺が行く」
 あおいは軽くため息をつくと、右手ですっと長いなめらかな髪を掻き上げた。代わ
りに、左側の髪が落ちてくる。
「あのね、ナイト。人質のない者相手に、私達が危険だと思う?」
「君たちは、あの父に囚われても帰ってきた。いいや、と言わずにはいられないね」
 ナイトの実父であり、義理の叔父でもあるダイ・ダークは、一年前の王位争いの際、
グリーン王女殺害未遂で告訴された。だが、二人を虜にしていたとは知らなかった。
「みどりは俺の恩人だ。俺が行く」
「私の妹よ」
 二人は見つめあっていたが、あおいはすっと立ち上がると、自分の机の引き出しを
開けた。
「このままじゃ堂々めぐりね。でも、私に有利な点が一つあるの」
「何だって?」
「これ、よ」
 あおいは引き出しからそれを取り出すと、じゃきっと音を立てた。
「あお、い」
 あおいの美しい黒髪は、ほぼ三分の一の長さになっていた。切り捨てられたものを、
ナイトはいささか情けない顔で見ている。
「私が行くわ、ナイト。留守をお願いね、相談役さん」
「……ずるいな、一人だけ楽しもうなんて」
 あおいは、にっと口の端を上げた。
「そうよ。私はずるいの」


 リィンが消えた後、弥生はみどりを心配そうな目で見つめていた。
「みどり」
 みどりは強引に笑みを浮かばせようとしたがあきらめ、どかっと倒木に座り込んだ。
「大丈夫よ。あなたを城へ届けるような、余分の魔力はないわ。あなたには、ニャー
オを助けに行ってもらいたいの」
「みどり。俺も行くよ」
 みどりは弥生を見上げた。弥生は真剣で、心配そうな顔をしている。みどりは、ほ
んの少しだけ笑みを見せた。
「ニャーオはおそらく、傷つけられてはいない。誰かがニャーオを助けに行かなくち
ゃ、あたしがグヴェンダリンのところへ行く意味がないでしょう」
「あおいさんが行くよ」
 みどりは、くすりと笑いをもらした。
「いいえ。あおいは、弥生とニャーオを戻してからあたしのところへ来るの」
 最初から、総て判っていたのか。弥生は目を逸らしたが、また元に戻した。
「でも俺は、みどりのことが心配だ」
「私は大丈夫。これでも一国の王よ」
「いや、大丈夫じゃない」
 みどりのおどけた調子に、弥生はだまされなかった。みどりとは中学からのつきあ
いだった。だから、みどりのことはよく見ていた。
 みどりはいつも、大抵の奴と仲良くしていたけれど、肝心なときはいつも一人で何
とかしてきていた。他の奴等が手伝いたがっても、一人でできるからと断っていた。
俺はときどき、それが我慢ならなかったけれど、みどりは他の奴等のことを信用して
いないわけではなかったし、彼女にはできることがよく判っていたから、俺は何も言
わなかった。
 よく判ってる。こいつには、全てを可能にする力が、魔力のことじゃない、何かが
ある。でも、俺は手伝いたい。何でもいい。助けになってやりたい。ここまで連れて
きてくれたから。ニャーオのことを、憶い出させてくれたから。それだけじゃない。
俺は、みどりのことが好きだから、何かしてやりたい。
 みどりは、段々といらいらしてきたようだった。
「大丈夫だったら。いーい、あたしには『力』があるの。そして、ただの人間のあな
たにはない。弥生が来ても、何にもならないのよ」
「でも、みどり」
 みどりは、ぽいと弥生に何か青いものを投げた。その青い、ボールのような石は、
昨日みどりがティスに里で見せたものだった。
「これ何なんだ、宝石か?」
「それをニャーオに渡して。弥生には、姿が見えなくなるように魔法をかけておく。
ニャーオのいる場所は判ったから、教えるわ。質問は?」
「俺も行くよ、みどり」
 みどりは一瞬目を丸め、すぐに元に戻した。
「あなたのそういうところ、好きだけど、今は邪魔なだけね。判ってよ。あなたは、
何をしにここまで来たって言った?ニャーオに会うためでしょう」
「でも」
 弥生の頭に、あるイメージが浮かんだ。それは、ニャーオの居場所への地図のよう
なものだった。みどりがテレパシーで送りつけているのだ。弥生は、みどりのことを
見た。
「行って」
 最初は目を見て。
「みどり」
「行って」
 次は目を逸らして。
「行って……行ってっ」
 最後はうつむき、手を固く握って。

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