Fantasist

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あらすじ
中学一年生の弥生は、魔女見習いのニャーオと出会う。

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 Fantasist (第一回)

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹




 不思議な力、「魔力」を持つ妖精たちの住む幻想界とはまた別に存在する、人間
界。そこに住んでいる人間たちには、妖精の姿は見えないという。
 だがそんな人間たちの中にも、妖精を見ることのできる者たちがいる。妖精は、
その者たちのことを畏怖し、こう呼ぶ。「ファンタジスト」と――。




 目が覚めると、床の上だった。それは、いい。
 俺はいつもベットで寝ているのだけれど、夜中に落ちることは勿論、落ちても気
付かないことなどざらなのだから、それはいい。それは、いいのだけれど。
 隣に、女の子が寝ている。
 言っておくが、俺はまだ中一だ。だから(もちろん、そういう奴もいるのかもし
れないけど)女を部屋に連れ込んだり、ましてや泊めるなどしたことはない。第一、
こんな女の子、見たことない……あ。
「弥生ー。もうそろそろ起きなさーい」
「げっ。七時五十分」
 俺はパジャマのボタンを外し始め、手を止めた。女の子は、顔をしかめて何かう
めいている。この子、どうしよう。
 でも、迷っている暇はない。彼女に背を向けて、ズボンを下ろそうとした時。
「あ、おはよー、やよい」
と、背後で声がした。
 とっさに下ろしかけたズボンを思いっきり上げ、一呼吸おいてからそろそろと後ろ
を向いた。
 そこでは、ちょっと眠そうな顔をした、俺より少し年上に見える女の子があくびを
していた。座っているけど、背は随分高そうだ。うーんと背伸びをする。気持ちよさ
そうだ。
 彼女はだぼだぼで真っ黒い服を着ていて、黒髪に青い瞳だった。なぜそんなことを
確認しているのかと思ったら、顔の造りが日本人離れしているからだった。欧米人と
まではいかないけれど、輪郭がはっきりしていて目は大きいし、肌は白いし。青い瞳
ってことは、外人だな。青い瞳……そうだ。
 俺は、きょろきょろと部屋を見渡した。けれど、そこには昨日見たあの黒い優美な
黒い肢体は見あたらなかった。おっかしいな。ここらに寝てたはずなんだけど。しと
しとと降る雨の中、青の瞳でこっちを調べるように見つめていた、黒猫。
「何やってんの?」
 女の子はだんだん頭がはっきりしてきたようだったけれど、それでもまだのんびり
とした声で言った。
「猫を探してるんだよ」
 黒髪の女の子は、ただでさえ大きい目を更に大きくさせると、けらけらと笑い出し
た。俺は、少なからずむっとした。
「何だよ」
「この私でも、ファンタジストを高く評価しすぎてわ。は、そうか。猫ね」
 ふぁんたじすと?何だそりゃ。第一この子、一体何なんだよ。
 俺のいぶかしげな視線に気付いたのか、女の子は笑いをすっと止めて、こっちに向
き直った。顔はまじめだけれど、目がまだ笑っている。
「ごめんごめん。あたしはニャーオ。昨日はびっくりしたわ。まさか、たった二日目
でファンタジストに会えるなんて」
 俺は、頭をフル回転させた。俺、昨日こんな子に会ったっけ。昨日……まさか、な。
そんなこと、夢でもないと起こるわけない。それとも、これは夢なんだろうか。
 そこまでいって、ドアの向こうから幼い声がした。
「お兄ちゃん、お母さんが起きなさいって言ってるよ」
 泉弥(いずみ)の声だ。
「判ってるよっ。お前もさっさと学校行けっ」
 泉弥は、素直に下に降りていったようだった。俺は改めて女の子に向き直った。
「ニャーオっていったっけな。お前、何なんだよ。どっから入りやがった」
 ニャーオというらしい子は、えらく楽しそうににやにやとしていた。俺の頭の中を
妙な想像が駆け回り、急いで打ち消す。消えた猫、現れた女の子。そんなこと、ある
わけがない。
「弥生、何やってるのっ。本当に遅刻するわよっ」
 ドアのすぐ外で、母さんの声。やばいっ。
 ドアの開く音。くっそー、いっつも勝手に開けるなって言ってるのにっ。
 母さんはきょろきょろと部屋の中を見回すと、言った。
「なんだ、起きてるんじゃない。早く着替えないと、朝御飯食べれないわよ」
 そして、出ていった。階段を降りていく音。何っ?
 その間、ニャーオはにかにかと笑いを浮かべていた。チェシャ猫みたいな奴だな。
猫……。
 俺が首を一生懸命振るのを見て、彼女はひどく楽しそうに言った。
「だから言ったでしょう、あなたはファンタジストだって」
「何だよ、そのふぁんた何とかってのは。何でお前、何も言われなかったんだよっ」
 俺はもう、殆ど錯乱状態に陥っていたかもしれない。のに、ニャーオは、にこにこ
と得意げに説明を始めた。
「ファンタジストっていうのはね、夢と幻想を信じる者のことよ。ま、それはおおざ
っぱな定義で、姿を消した、私達妖精の姿を見ることのできる人のことかな。さっき
は私が姿を消していたから、弥生のお母さんには私の姿が見えなかったって訳」
 夢と幻想という、まるで本の中の物語のような言葉が現実の中に入ってきて、俺は
一瞬、いや二瞬ぐらいうっとりとしていたかもしれない。
「妖精?何言ってんだ、お前」
 どうしよう、この子頭がおかしいんだろうか。いや、俺が幻を見てるのか。
「あら、私達のことよ。人間界に住むのはあなた達人間、そして幻想界に住むのは私
達妖精。私は幻想界のグリーン=ブルーに住む魔女、一級魔女のニャーオ」
 人間界と幻想界?妖精?グリーン?魔女?疑問符だらけだ。
 いくら俺が小さな頃から魔法使いに賢者、王子やお姫さま、小人や妖精なんかが出
てくる物語ばっかり読んでいて、好きな作家がマクドナルドやネズビットだからって、
こんな話を素直に信じるほど世間ずれしていないわけじゃない。
 そうだ、そうに決まってる。こいつは妄想癖と夢遊病、それから仮装癖のある子な
んだ。言われてみればこの格好、本当に魔女みたいだし。
 女の子は、ちょっとだけむっとしたようだった。
「弥生、信じてないわね――そう、いいわ。見せてあげる」
 みせるって、何を。
 ニャーオは俺のことをちらっと見ると、とても可愛らしくにこっとした。ぎくっと
する。今まで気付かなかったけれど、この子、相当の美人だ。
「弥生、空を飛びたいと思ったことはない?」
 空?何言ってんだ、こいつ。とか思いながらも、頷く。だって、そう思ったことの
ない奴なんて、いるのか?
 すると、ニャーオは笑った。ただし、今度は決して可愛いなどと言えるものではな
く、悪餓鬼がいいいたずらを見つけたような、いやそのものの笑い方だった。嫌な予
感がした。
「じゃ、飛ばしてあげる」
 嫌な感じはしなかった。ただ、足が床から離れていった。逆らうことはできなかっ
た。何とかしようともがいているうちに、
「うあっ」
 バランスを崩して、身体が横になってしまった。必死に手足を動かしてみても、下
へも上へも全く移動しない。息が苦しくなったような気がした。こんなに天井が近く
ても、嬉しくないよ……。
 と、けたけたという笑い声が下から聞こえてきた。ニャーオの奴。
「助けてくれよ……降参」
 彼女は涙を拭いながら、勇ましく言った。
「これで、信じるわよね」
 俺が必死に首を縦に振ると身体がすっと下がり、安心できる床へと着陸した。ふう
となんとか息をついたとき、時計が目に入った。七、はちじにじゅっぷんっ?げろっ。
 俺はパジャマを脱ごうとして、また手を止めた。
「お前、どこか行ってろよ」
「どこへ」
「どこへって……じゃあ、あっち向いてろよっ」
 半分怒鳴るような調子で言うと、ニャーオはおとなしく後ろを向いてくれた。俺は
急いで紺色の制服のズボンをはいて、母さんがアイロンをかけてくれたワイシャツを
着た。上着と学校指定の鞄を持って駆け出そうとしたところで、俺は口を軽くへの字
にして、女の子に出てけよと言った。
「どこへ」
「とにかく、俺が帰ってくるまでにはどこかへ行ってろよ」
 ニャーオのすがりつくような目を振り切って、まだ昨日の雨が乾ききっていない道
路を、俺は学校へと駆け出した。もう走ってもぎりぎりの線だった。




 学活の時間が終わり、俺たちは学校という名の牢獄から一時期の自由を得た。小学
校からここへ来て一ヶ月、先生たちは束縛という言葉の意味を悟らせようとやっきに
なっているように、俺には見えた。
 俺は席に着いたまま、大きくため息をついた。結局今日は遅刻だった。その上、あ
のニャーオとかいう子のことが気になって、勉強どころじゃなかった。
 そのままぼんやりと黒板を見ていると。
「だーれだっ」
と、語尾にはあとがついているような声とともに、視界が暗くなった。誰かが目隠し
をしているらしい。声からして、女子らしいけど。え、女の子?
 俺は急いで手を振り払って後ろを見た。すると、そこにいたのは。
「ニャーオっ?」
「やっほ、弥生」
 やっほって、と絶句している俺に、ちゃっかり俺のジーンズとシャツを着てきたニ
ャーオはにっこりと微笑んだ。俺にはぶかぶかなのに、上下ともに窮屈そうなのが悔
しい。完璧だ。何も言い返せやしない。
「弥生君、いとこの顔も忘れたの?」
 俺には男しか従兄弟はいないが、何も言うわけにもいかずに黙り込んでいると、ク
ラスの奴等が好奇心丸だしでわらわらと寄ってきやがった。
「へえ、その子吉川のいとこなのか」
「吉川君とは似てないわね。でも、可愛いー」
 悪かったな、普通の顔で。
 いつもならば半径一メートル以内には寄ってこない奴等が近寄るどころか、話しか
けてきやがった。
 ニャーオは改めてにっこりすると、
「ええ。弥生のいとこで、ミオっていいます。吉川ミオ。よろしく」
と、言った。勝手に名字借りるなよな。でもニャーオで、ミオか。どっちも猫みたい
な名前だな。
 すると、声が聞こえてきた。けれどそれは、耳から聞こえた声ではなかった。
――私の本名はミオっていうのよ。私は、ニャーオの方が好きだけど――
 俺がきょろきょろしていると、周りの奴等は不思議そうに周りを見回したけれど、
すぐにニャーオに興味が移ったらしかった。
 と、いうことは、他の奴等には今の「声」は聞こえてなかったのか。確かに、自分
が考えた言葉のように頭に浮かんだ。じゃ、まさか今の、あのテレパシーってやつか?
 ニャーオのウィンクをぼうっと見ていた俺に、バスケ部の男が話しかけてきた。
「なあ吉川。この子、ハーフなのか?目が青いけど」
「ええ、そうなの。今、ちょっとだけ弥生の家に泊まってて、日本の学校を見学した
くて」
 いけしゃあしゃあとニャーオがそう答えると、放課後の教室はおおっとわいた。
 ちぇ、こんな風にこいつらと関わることになるとはな。今までの一ヶ月間、ずっと
しかとして通した俺の努力も水の泡だぜ。こんな、親と先生の言うことをはいはい聞
いて、先輩にへこへこしてるつまんねえ奴等とは、口も聞きたくなかったのによ。
 中学入学と同時にこの町に引っ越してきた俺は、当然小学校からの友達もなく、当
初からクラスで孤立していたし、仲間に入れてもらう気もなかった。そんな俺とは対
照的に、弟の泉弥は相変わらずの陽気さと子どもにありがちの脳天気さとで、早くも
クラスのリーダー的存在となりつつあるらしい。
 弱冠中学一年では、学校は生活の殆ど全てだ。その全てで孤立している俺は、世の
中から孤立しているような気がしていた。それでいい。こんな世の中、こっちから拒
絶してやる。俺は、こんな世の中に順応していくために生まれた訳じゃない。俺は他
の奴等とは違う。違うんだ。
 じっとうつむいて考え込んでいた俺の耳にニャーオの、わずかに、しかしかなり真
剣味の混じった声が入ってきた。
「この辺りで、このくらいの緑色の石、見たことないかな」
と、彼女は手で十五センチくらいの幅を示した。
 皆は首を傾げて、そんな物どこにでもあるんじゃないとか、見たことないとか言っ
ていた。

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