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Fantasist 2

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Fantasist 2

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     8 巡り巡り、逢い

 ニャーオは、ゆっくりと息をついた。
 空気があること、自分が空気を吸って吐いていることが、感じられた。感じるとい
うことは、こんなことだったのだろうか。それとも、私はまだ空想の中にいるのだろ
うか。
 何か、音声が聞こえた。何日ぶりに聞く音なのだろう、と思った。光が、あった。
眩しいと思って目を閉じ、うっすらとまた開く、そこに何かがあると感じた。人、だ。
 弥生のような気がした。何か言っている。私の名を、呼んでいる。では、これは夢
だ。
 そうか、これは夢だ。私は封印を解かれ、感覚遮断を解いた夢を見ているのだ。け
れど、弥生が目の前にいる。夢でも、嬉しかった。
 ニャーオはうっすらと開けた目を、また閉じてしまった。彼女は安らかな顔をして
いたが、弥生は不安になって少し乱暴に彼女の身を揺すった。
「ニャーオ、大丈夫か?」
 ニャーオはつかまれた腕の痛みをいぶかしみ、また目をゆっくりと開いた。そこに
は弥生ではなく、一人の青年がいた。やはり、弥生がいたというのは夢だったのだ。
 けれど、その青年の瞳は、似ていた。あの時の頑固で、素直で、一途な弥生に。身
体は彼よりも大きくて、がっしりしていて、顔もしまっていて、ごつごつしていたけ
れど、似ていた。
「俺だよ、ニャーオ」
 弥生に似ている青年は、弥生よりも低い声でそう言うと、不安げに微笑んだ。そう
すると、もっと似て見えた。
「そんな」
「弥生だよ」
 ニャーオは、そっと右手を青年の顔に触れさせた。ニャーオの手はひんやりと冷た
かった。
「弥生……?」
 弥生は、涙は流さなかったが、泣いてもいい気分だった。
 この声を、聞きたかった。ニャーオが自分の名を呼ぶ声を、もう一度聞きたかった。
やっと逢えたんだ。
「そうだよ、弥生だよ。覚えてるか?」
 ニャーオは、夕方の白昼夢に半分茫然と、そして半分歓喜に酔っていた。
「忘れるわけ、ないじゃない。本当に、弥生?」
 ニャーオの手は、まるでないものに触れているように、不確かだった。弥生は思わ
ず、ニャーオの手を取って自分に強く押しつけた。
「ああ、本当に俺だよ」
 一人で赤くなっている弥生に構わず、ニャーオはまだ、これは自分の空想ではない
かと思っていた。それは無理もないことだ。何日も感覚遮断されていたのだから、彼
女の感覚を感じる器官はかなり鈍くなってしまっている。
 ニャーオは、辺りを見回した。間違いない、ここは幻想界だ。どこかは判らないが、
民家の中らしい。グヴェンダリンの屋敷にしては粗末だから、おそらく本家ではない
のだろう。
「何で、こんなところに」
 弥生は、ニャーオの手を下ろし、両手で握った。これくらいなら、照れずにできる。
「みどりとあおいさんが、連れてきてくれたんだ」
「二人は?」
 弥生は、ニャーオの手を改めて握り直した。
「あおいさんは、みどりのところへ行った。グヴェンダリンって魔女のところに」
 ニャーオは、もう片方の手で握っていたものに気付いた。青玉だわ。なぜ、こんな
ところに。なぜ、みどりはグヴェンのところに。まさか。
「弥生。青玉を、これをみどりは誰か他の人に見せた?」
「え?ああ。ティスさんに見せてたけど。何か驚いてたな」
「ティスに?まさか、里へ行ったの」
 弥生の肯定の声を聞いて、ニャーオは考えを考えを巡らせた。
 そんな。ではみどりは今。青玉をグヴェンに見せるなんて、いいえ、里へ持ってく
るなんて、何て愚かな。なぜそんなことを、あおいがついていながら。
 ニャーオは、その答えを知っていた。けれど、信じられなかった。そんなことまで
されるだけのことを、した覚えなどなかった。
 ニャーオは、弥生の手を放した。弥生は、ニャーオが突然遠ざかったような気がし
た。
「どうして?」
 その声は、にじんでいた。弥生はとまどいながらも、じっとニャーオを見つめてい
た。
「どうしてこんなところまで来たの?私は、敵にさらわれていたのよ。秘密を守るた
めには、弥生だって何をされてもおかしくなかった。なのに」
「そんなことないよ。俺はずっと安全だった。一番危険な目に遭っているのは、みど
りだ」
 ニャーオは鼻をすすって、正面の壁の黄色い染みを睨んだ。
「どうして?私、みどり達にも弥生にも、何もしてあげてない。弥生には、あんなひ
どいことまでしたのに」
 弥生はゆっくりと、優しく首を振った。
「ニャーオはしてくれたじゃないか。俺に、大切なことを教えてくれた。俺はただ仲
間外れにされることから逃げていただけであること、俺のやるべきことは逃げ続ける
ことではなく、立ち向かっていくことであること。勇気を出して、壁を破って進んで
いくことだということ」
「そんなこと、私言ってないわ」
 ニャーオが目をしばたたかせると、幾筋もの涙がこぼれ落ちていく。
「いいや、君は言った。俺はあの時から変わったんだ。ニャーオのことは忘れてしま
ったけれど、バスケ部に入り、みどりに出会った。他のいろんな奴等とも出会って別
れ、また他の奴等と出会った。いい奴もいたし、嫌な奴もいた。そしてそいつらに出
会ったおかげで、俺はまた変わった。少しずつ、いい方へ変わってきたつもりだ。そ
れはみんな、ニャーオのおかげなんだよ」
 ニャーオは落ちつきなく、視線をさまよわせた。
「そんな、私、そんなこと」
 弥生はしっかりとニャーオの肩をつかむと、ニャーオを真正面から見据えた。
「俺は、ニャーオのおかげで今の俺になれた。俺は、今の俺がとても好きだ。だから
ニャーオにお礼がいいたくて、ニャーオにお返しがしたくて、ここまで来た。今度は、
俺がニャーオの力になりたい。ニャーオが、もっといいニャーオでいられるように」
 ニャーオは涙のたまった目を下に向け、呟いた。
「私、そんなことされる資格ない。弥生の、記憶を消したりして」
 あの時のように、しかしあの時のニャーオのように厳しい声ではなく、弥生は言っ
た。
「きまりなんだろう、仕方ないじゃないか。ニャーオはあの時、そうするべきだった。
それに、俺は憶い出した」
 ああこれは弥生だ、とニャーオは思った。あの甘ったれだった弥生。そして、もっ
と優しくなった弥生。人を包み込める大きさを持って弥生は今、やってきた。
 ニャーオは一回目はゆっくりと、二回目は勢い良く首を縦に振った。つばを飲み込
むと、本当は、と言いかけて涙をこらえた。
「本当は私、弥生に助けて欲しかったの。でも、来てくれるわけがないから、諦めて
たの。もう私には誰もいないんだって、諦めてたの」
 やはり、と弥生は思った。みどりの予想通り、自分の記憶の通りだった。ニャーオ
は、諦めていた。ずっと、自分は孤独でいるしかないのだと、諦めきっていた。
 弥生は、にっこりと笑った。
「俺も、三日前まではこんなことになるとは夢にも思わなかったよ。でも俺はここに
いるし、ニャーオには他にも、心配してくれる人がいるじゃないか」
 ニャーオは、いぶかしげに弥生を見た。その純粋に不思議そうな目に、弥生は、優
しい笑顔で答えた。
「みどりやあおいさん、リィン、ティスさんやリム、セイトさんだって」
 ああ、俺はこれを言いに来たんだな、と弥生は思った。君は一人じゃないって。
 この国の者ではない、直接の関係者でもない。けれどニャーオの秘密を知る者とし
て、ニャーオを大事に思っている者の一人として、俺は言いに来たんだ。君は一人じ
ゃないということを。自分から背を向けないで、少しだけ振り向いてごらん、と。俺
はそれを言いに、ここまで来たんだ。
「でもあの人達は、私の金髪を知らないわ」
「いいや」
 ニャーオは、目を丸くさせた。
「みどりとあおいさんは、知ってたってさ。サマンサさんに聞いたって。ニャーオの
お父さんも知ってるって言ってた」
「あんな奴、父親じゃないわ」
 即座に言い返したニャーオの声には、いらだちと共に戸惑いも混じっていると、弥
生は感じた。ニャーオは戸惑っているんだ。長年会ったことのなかった父親に、どう
接していいのか判らなくて。
「ニャーオ、もういいんじゃないのか」
「何が」
 ニャーオは、ふてくされていた。あんな、母さんを殺した奴のことを、弥生までか
ばうの?もうお説教はごめんだわ、とニャーオは心の中でつぶやいた。
「もう、髪のことは隠さなくてもいいんじゃないか」
「弥生?」
「君のお母さんが、何をされたのかは知らない。でも君は君だ、君のお母さんじゃな
い。魔力だって、今や君が魔女の中では一番なんだろう。君を差別するなんて、でき
やしないさ」
 ひどく弱く、ニャーオは返した。
「でも、友達はなくなるわ」
「そうかな。みどり達は何か言った?そのことについて」
「ティス達は魔女だわ。みどりとあおいは、人間だもの」
 弥生は息をつくと、まっすぐにニャーオを見た。
「今の君は、魔女の半分と対立していると聞いた。その君に味方している人たちが、
君の良さを判っていないなんて思えない。それとも、ティスさん達はそんなことを、
君自身よりも優先させるような人たちなのかい?そう思うのなら、君は間違っている」
 ニャーオは、投げつけるように言った。
「弥生には判らない。ここでは、種族は大きな問題なのよ」
 弥生は、拍子抜けするほどあっさりと、そうだねと認めた。
「俺は判ってないと思う。でも、そんなことおかしいよ。ニャーオだって、そう思っ
てるんだろう。だったら変えていかなくちゃ。おかしなきまりは変えていかなくちゃ
いけないと言ってたのは君だ」
 「校則が嫌なの。ならどうして変えないの。努力次第で何とかなるものなら、すれ
ばいいじゃない。何とかならないことだって、あるのよ」。あの頃の自分には、なく
すものがなかった。ただ、ただなげいていればいいだけだった。
「私なんかに、そんなこと」
 目を逸らしたニャーオを、弥生は追いかける。
「できるさ。ニャーオ、君だからできるんだ。お母さんの辛さを知っている君だから、
長になれるだけの力を持つ君だから、できるんだ」
 まだちゅうちょしているニャーオに、弥生は力を込めて、優しく言った。
「勇気を出して、ニャーオ。俺も、みどりも、あおいさんもついてる。他にも、絶対
に君の味方はいる。君は今回のことで、今の立場をなくした。あの二人がいなかった
ら、国外追放になっていただろう。駄目でもともとさ」
「簡単に言わないでよ」
 ニャーオのむっとした声に、弥生は笑みを返した。少しは元気が出てきたみたいだ。
「簡単じゃないよ。みどりやティスさん達の話を聞いて、ずっと考えてたんだ。俺達
がついてるよ」
 ニャーオは鼻をすすり、息を吐いて大きく吸った。
「私」
 ニャーオは、弥生の広くなった胸に顔を押しつけ、吐き出すように言った。
「私、弥生のように、みんなに愛されて育ちたかったの」
 弥生はほんの少しだけ眉を寄せると、ニャーオにささやいた。
「君は愛されてなかったのかい?サマンサさんやティスやリム、それに四年前の教官
の人や、みどりやあおいさんに」
 ニャーオは、眠っているように見えた。
「大丈夫、君を好きな人はいたし、今もいる。いつでも、君のことを応援してる。手
助けしようと、手を差し伸べている。その手を取らなくてもいいんだ。ただ、俺達は
いつでも、君が一人できると信頼して後ろ姿を見守っている。そのことを忘れないで」
 弥生は、赤く染まった顔を見られませんように、と祈りながら言った。
「君の周りには敵もいるけど、味方もいるよ。だから勇気を出して、ニャーオ。俺は、
君のことを憶い出した。できないことなんてないよ。それに、やるべきことは例えで
きなくても、やらなくちゃいけないんだ」
 ニャーオは、微かに言った。
「怖いよ、弥生。みんなが、ティス達が受け入れてくれなかったら」
「大丈夫だよ、ニャーオ。ティスさんは、君のことをとても心配していた。本当に、
君のことが大好きなんだ。金髪になったって、君は君だ。何も変わらない。いや、一
層綺麗になるかもしれないね」
 言いながら、弥生は耳が熱くなるのを感じた。日本人の男が素面で言うには、きつ
い台詞だ。
「言って、弥生。私の髪は綺麗だと」
「君の髪はとても綺麗だ。他の人に見せてあげないなんて、ひどいよ」
「もっと言って」
「君の髪はとても綺麗だ。ニャーオ、綺麗だ」
 弥生がニャーオの身体の感触に不謹慎な想像を抱いたとしても、思春期の純情な青
少年のすることと、大目に見ていただきたい。

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