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 本作品は、世界設定ばらしが非常に多く含まれています。他のGreen-Blue talesシリーズを読んでからの方が、いいかもしれません。


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   碧


                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     第六章 魔女

「私達ファイアは、この火を消していただきます」
って、ちょっと。これって一面とはいかないけど、ここら一帯火の海だぞ。
 次の日、あたし達とナイト、それから天、火、大地、闇の精の長は、城の基本部分
の屋上にいた。基本部分といったのは、左右に塔があるからだ。真っ直ぐ前を向いて
いると、鳥が飛んでいるのが遠くに見える。風はあまりない。
 城の前の庭園があった辺りが、燃えている。とにかく、火だらけになっている。も
ったいない、もったいない。けれど、不思議なことに火はそれ以上燃え広がらないよ
うだった。
「ブルーたちはまだなようなので、殿下から試されてはいかがですか」
と、ダイがナイトの方をちらとも見ないで言った。ナイトは相変わらずの青白い顔で
すっと前へ出る。風に押されて動いているように、その動きは自然だ。
 この人、こんな美味しいものがたくさんあるところで、何喰って生きてるのかなあ。
 みどり、あのねえ。
 青年は、神経質そうな細い眉をしかめると眼を閉じ、ぼそっと言った。
「神聖言語を使います」
 すると、皆セイトさんやダイまでもがぱっと手で耳をふさぎ、目までぎっとつぶっ
た。何が起こったのかといぶかしんでいると、ナイトが口を開いた。
「わっ」
 ナイトの口から耳障りな機械のような音が出始めると、翻訳機がテープの超速回し
のようにしゃべりだした。あせって機械をひっぱがす。
 十秒ほどその音を立て続けると、ナイトは口を閉じた。長老たちはやれやれと目を
開きだした。セイトさんに今のは、と尋ねようとしたとき、まるで電気を消されたよ
うにぱっと視界が暗くなった。
 天を見上げると、いい天気だった空に薄黒い雲がもうもうと集まってきている。今
日が雨の降る日だったのかと思っていると、だーっという大きな音とともに、これこ
そまさにバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。ただし、あたし達の目の前、
すなわちあの火が燃えている庭園だけに。
 そして三十秒後に雨がやむと、すっかり火は消えていて――あれ、人がいる。
花もちゃんとある。
 庭には、いつの間にか大勢の人が整列していた。かと思うと、また火が庭を覆った。
なあるほど、あの人たちが火をつけているというわけか。髪が赤い人たちが多いとこ
ろを見ると、火の精の人たちなのかもしれない。
「ナイト殿下、ご苦労様でした。ではグリーン様、ブルー様どうぞ」
 どうぞ、と言われてもねえ。そうか。どうやったのかは判らないけど、今のはナイ
トがやったんだ。うーん、妖怪雨降らしの世界。
 ダイは、にやにやとこちらの様子を窺っている。意外と単純な人なのかもしれない
わね、この人。
 ねえ、みどり。あれは、人が火をつけているんでしょう。なら……。
 ふうん。いいよ、やってみよ。
 私達は、手をつないだ。私達の中に魔力があるのが判る。体の中に、何か熱いもの
があるのを感じる。以前は、これは統制がきかない馬のようだった。しかもこれは、
あの時よりももっと強く、大きくなっている。けれど、柔らかくもなっていることに
私達は気づいていた。この手につかむことができる。そして、何かに変化させること
もできる。この力は、既に私達の一部になっていた。
 あの人たちが、火をつけているなら。
 気がつくと、眼を閉じていた。
 私達の、精神感応の力が強いのなら。
 身体中に、空気から熱が集まってくる。いいえ、私達の周りのものから、私達を焦
点として何かが集まってくる。
 伝えて。あの人たちに。どうか。
 その瞬間。
 

火を、消して。


 という、太く大きい文字が、頭の中にぎりっと押しつけられたような気がした。
「わたっ」
 頭を片手で支えて、顔をしかめながらうっすらと片目を開けると、前庭の火は消え
ていた。
 そしてその代わりに、頭を抱えたりのたうちまわっていたり、倒れてしまっている
人たちがいた。あちゃー、まずいな。
 まだ軽く熱を放散している身体を抱いて振り返ると、長老方も頭を抱えて座り込ん
でしまっていた。ナイトまで、顔をしかめて頭に手を当てている。あちゃー。
「す、すみません。加減の仕方が上手くいかなくて」
「いえ。一瞬でしたから、すぐ治りますよ。殿下方は成人なされたばかりでいらっし
ゃるのですから、仕方ありません。それにしても、凄いやり方をなされましたね」
と、セイトさんは取りなしてくれた。私達は、ぽりぽりと頬をかくしかなかった。ま
だ、自在に使えるとまではいかないみたいね。
「これでは、仕方がありせまんね。お二方とも合格といたします」
 ダイは、ぎろっと火の精の長に視線を飛ばした。もくろみ通りいかないで、すみま
せんでしたね。
 そういえば、このイルメイアさんって、ライムさんと同じで私達のお母さんの従兄
弟なのね。ということは、この人の子どもはナイトと同じ、私達の又従兄弟。お子さ
んいらっしゃるのかしら。




 私達は、とにかく下の人たちの様子を見に行くことにした。階段を下りながら、セ
イトさんに話しかける。
「あの、ナイトが使った神聖言語って何なんですか」
「は?ああ、すみません。お教えしていないことが多くて。まさか、あの時耳をふさ
がれなかったのですか」
「ええ。翻訳機は外しちゃいましたけど」
 みどりがあっけらかんと答えると、セイトさんは珍獣を眺めるように、私達のこと
を無遠慮にじろじろと見た。
「大丈夫でしたか?あの言語は、慣れない者が聴くと気死することもあるのですけれ
ど」
 私達が首を縦に振ると、長老は安堵と羨望の眼差しを私達に向けた。
「やはり、殿下方は魔力がお強い。神聖言語――高等言語とも言います――は、一語
に一千語以上もの意味がある言語で、高等な魔術を行う時に使う言語のことなのです。
魔女のうちでも大魔女以上、あとは魔力の強い王族くらいしか使える者はおりません」
「セイトさん、魔女のことは初めて仰いましたね」
「そうですか?気づきませんでしたが」
 セイトさんが視線を逸らすのに、私はため息をついた。
「城には、魔女はいないのですか」
「幾人かは、仕えている者もおります。中でも王室付顧問魔女は、魔女の長と同等の
地位に当たり、ラピス前女王陛下が設置なされたものです。もっとも、今は長が兼任
しておりますが」
「おばあちゃんが」
 今の口調と態度で充分、セイトさんが魔女を蔑視していることが判る。ニャーオが、
魔女は嫌われると言っていたけれど、長老会の最高責任者である最長老がこれでは、
普通の妖精のことが思いやられる。前女王は、この魔女たちに対する差別を和らげよ
うとして、城に魔女をつけたのかしら。
 そんなことを思いめぐらせていると、上方から押さえられてはいるが激しい声が聞
こえてきた。
「なぜ神聖言語など使ったのだ。そんなことなどしなくても、軽く力を使えばあんな
火など消すことができたはずだ」
 ダイの声だった。
「でも、そんなことをすればあの人たちは」
「お前は、私の言うことを訊いてさえいればいいのだ。王には、私がしてやる」
 私達が下に降りていくのに従って、声は小さくなっていった。
 あの人に、いったい何があったというのだろう。貴族、血統主義の善の精どころか、
王族にもあまり評判のよくない闇の精の平民が、善の精の長と前王を祖父に持つ王女
と結婚するならば相当反対されただろうに、その人との子がそんなに憎いものだろう
か。

 下の人たちの様子を見回ってみたところ、あまりひどい人はいないようだったので
安心した。
 落ちついて周囲の人を観察してみると、皆遠巻きにしていながらも、私達に好意と
はいかないまでも少なくとも興味は抱いているようだった。
「あの、グリーン殿下」
 五、六歳に見える女の子が、はにかんだ笑顔で話しかけてきた。赤茶の巻き毛に縁
取られた顔の、紅を差したような頬が愛らしい。
「なあに?」
 みどりはしゃがみこんで、女の子に笑いかけた。女の子はほっとしたようだった。
相変わらず、こいつは子守が上手い。
「あの、握手していただけますか」
 周囲でどっと笑いが起こり、どこかからこっちへいらっしゃいという女の声が聞こ
えてきた。母親だろう。
 その笑いは感じのいいものだったが、女の子は顔中真っ赤にしてうつむいてしまっ
た。けれど、みどりは思いっきり破顔し、何も聞こえなかったかのように右手を差し
出した。
「もちろん。あたしは、グリーン・グリーンブルーよ。あなたはのお名前は?」
「ティセ」
 ティセは顔を擦ると赤い顔を上げ、にっこりと笑った。和やかな雰囲気が漂い、人
人の輪が狭まったような気がした。その時。
 人混みの向こうから、わっと言う声が一つ挙がった。そしてそこから、ざわめきが
波紋のように広がってきた。
「……じょ」
「魔女?」
「なぜ、魔女がこのようなところに。いつもこそこそしている奴等が」
 魔女?
 最初の声が聞こえた辺りから人がどんどん離れていき、そのあとには一人の少女が
残った。彼女は、大きな黒服を纏っていた。
「ニャーオ、じゃないかしら」
 私に会ったことは城の者には言わないように、と口止めしたのは彼女の方なのに。
「うん。ニャーオ、どうしたの?」
と、みどりが大声で言うと、私達の周囲から人々がさっと退いた。高まった気温がす
っと零下に下がったようだった。ティセこっちへおいで、と彼女の母親らしい女が、
とまどっているティセを強引に連れ去る。
 そうして、ニャーオと私達の周りには人でできた大きな円ができた。
「魔女――不吉――」
「魔女と知り合いなのか」
「やはり双子か」
「汚らわしい」
 ざわめきの中から、そんな声が聞き取れた。
「どうかいたしましたか」
と、セイトさんは顔を固くした。
 ニャーオは、そんな周囲など何も目に入っていないかのように堂々としている。つ
んと尊大に顔を上げ、前髪を掻き上げ、セイトさんの後ろに立っていた火の精の長の
元へつかつかと歩くと、きっと彼を睨みつけた。
「イルメイア・グリーンブルー・ファイア。私は、お前に会いに来た」
 火の精の長は珍しくも、ぼうっとニャーオのことを見つめていた。彼は、話しかけ
られて初めて、冷静な自分を取り戻したように言った。
「私に、何か」
 ニャーオは、口を動かすのも忌々しいといった具合だった。
「私の名は、ニャーオ・ウィッチ。イルメイア、私の母の名が判るか」
「いや」
 黒髪をポニーテールにした魔女は、激しい目をして鼻で笑った。
「そうだろうな。私の真の名はミオ。私の母はミア・ウィッチだ」
「な、に」
 イルメイアはがく然としたように、眼を見開き腕をだらんとさせた。
「私は、お前の犯した汚い行いをさらけ出しに来たんだ。お前は母をもてあそび、捨
てた。母は私を産んで、五日も経たずに死んだ。全てお前のせいだ。お前のせいで」
「ああ、そうだ。私が悪かった。しかし、では君は、私の」
 イルメイアさんの目は、気がつくと、愛しい者を見る目になっていた。ニャーオは、
一層頭に血が昇ったようだった。
「私は、あんたの何でもないっ。あたしは、あたし。ニャーオ・ウィッチ。ただ一人
の力で、魔女になったのよ」
 真っ赤な髪の男は、しつこく言い下がる。
「うるさいっ。あんたは、どうせどっかのお嬢といいことやってたんでしょっ。母さ
んのことも忘れて」
「私は、結婚したことはない」
 ニャーオはぐっと詰まったけれど、すぐにまた気を取り戻した。
「でも、あんたは生きてる。そうよね」
「ああ、そうだ。その通りだ」
 火の精の長はいつもの自信を失い、今にも崩れ落ちそうだった。ニャーオの燃え盛
る青い瞳は、今にも泣き出しそうにも見えた。
「あんたがいけないんだ。あんたが、全部っ」
「それは違うよ、ニャーオ」
 どこからか現れた老婆が言った。人混みの中をかき分けてではなく、降ってわいて
のでもなく、いつのまにか、しごく当然に彼女はそこにいた。
 老婆は、私達の背の三分の二くらいの大きさだった。妖精は人間よりも背が高いの
で、妖精のうちではかなり低いのだろう。地の精の血が混じっているのかもしれない。
黒づくめの長衣からすると、この人も魔女なのだろう。皺は少なく、その眼以外は若
若しい、おばさんと言った方がふさわしいような人だった。落ちついていて厳しいけ
れど冷たくはない、どこかおばあちゃんを想い出させる声だった。
「長老」
「ばばさま、どうして」
 へ、じゃあこの人があの魔女の長にして王室付顧問魔女、そしてニャーオの育て親
であるサマンサ・ウィザード。え、この人があの百何十歳の人っ。
 ばばさまは、にやっと笑った。
                             trace
「後をつけられたくなかったら、追跡されないようにしっかり軌跡を消しておくよう、
何度も言ったはずだけどね、ニャーオ」
 若い魔女は男の代わりに地面を睨みつけ、唇を噛みしめた。
「ニャーオ、お前の母さん――ミアは、この男を愛していたんだ。死ぬまでね」
 ニャーオは老婆の顔を見ようとし、その視線に耐えきれずにまた顔を落とす。
「いや……違う。違うわ。こいつは、母さんを」
 サマンサの顔と声は、厳しく言い放つ。
「違わないんだよ、ニャーオ。事実を認めるんだ。お前だけは、つよくならなくては
いけない」
 ニャーオの青い瞳には、涙が浮かび始めていた。
「違う。ちがう、ちがうっ」
と、叫んだとたん、ニャーオの身体がすっと消え失せた。
 テレポーテーション
 瞬間移動。
 あたし達は目を合わせると、頷いた。うん、行ける。
「セイトさん。私達、ニャーオの後を追います。あとをよろしく」
「え?でも、殿下方にはまだ瞬間移動のやり方など――」
 セイトさんの見開かれた眼を置き去りにして、私達はニャーオの後を追った。




 閉じた目を開くと、あたし達はどこかの森の中にいた。さわさわと葉がこすれ合う
音がする。手で陰をつくって見上げると、日に透けた葉の色が心に染みた。近くに何
か池があるらしく、たまった水の臭いがする。
「ニャーオ?」
 この辺りにいるはずだけど。あたし達は首を巡らせた。ニャーオは、斜め前の木に
寄りかかって立っていた。あらぬ方を向いて言う。
「何しに来たのよ」
 涙声だけれど、元気らしいので少し安心した。
「ニャーオ。今の話を聞いて、大体のところは判ったつもりよ」
「グリーンブルーなんかに、魔女の何が解るってのさ」
 あおいは淋しそうになった瞳を、厳しいものへと変えた。表情そのものは、嫌にな
るほど変化しない。
「その通りだとしたら、私には解らないわね。ということは、あなたも自分の気持ち
が判らないということなのかしら」
「何?」
     グリーンブルー
「あなたも王族なんでしょう、ミオ・グリーンブルー・ウィッチ」
 ミオ・ウィッチは、一歩後ずさった。
「違う……私は、あんな奴の血などひいていない。そんな名など、いらない」
 あおいは優しく、そして無情なまでに厳しく、ニャーオを見つめる。
「事実なのでしょう、ニャーオ。あのイルメイア・グリーンブルー・ファイアが、父
なのでしょう。認めるのよ、ニャーオ」
「違う、ちがうもの」
 もう泣き出しそうになってしまっている少女に、又従姉妹は容赦なく追い打ちをか
ける。
「そうでなければ、あなたのお母さんは恋人以外の子をつくったということになるわ
ね」
「母さんはそんな人じゃないっ」
 あおいは、とても優しい顔をして言った。
「ニャーオ、認めなさい。それからなら、あの人をどんなに嫌いになってもいいの。
ただ、事実を認めるの。逃げていては何にもならない。進まなくては」
 ニャーオが何か言おうと口を開きかけたとき、サマンサさんが現れた。
「殿下方の仰るとおりですよ、ニャーオ」
「ばばさま――っ。何でこいつまで」
「私が連れてきたんだ、ミオ。先王の孫のイルメイアの力でも、お前の追跡はできぬ
からな」
 黒い長衣を纏った老婆は、意味ありげに私達をちらりと見た。
「どうして、こんな奴を。ばばさまは憎くないの?」
「イルメイアには、お前のことを知る権利がある。ニャーオ。お前が結婚するときに
と言われていたのだが――お前への伝言を渡すよ」
「母さんの?」
 ニャーオはゆっくりと、何かに憑かれたように養母へ手を差し出した。サマンサさ
んは、淋しさに似た表情を浮かべていた。
「ああ。ミアがお前に遺した、お前の命以外のただ一つのものだ」
 サマンサさんがニャーオの、黄色人種にしては白すぎる手を握ると同時に、頭の中
           テレパシー
に映像が浮かんできた。精神感応の映像版だ。どうやら、サマンサさんが私達とイル
メイアさんに見せてくれているらしい。よく見えるように目を閉じる。
 金髪の、ニャーオによく似た勝ち気そうな印象を与える若い娘がいた。娘は、少女
と呼びたくなるまでに幸せそうに微笑んでいる。だがその瞳は独り、大人びた光を湛
えていた。ミア・ウィッチ。わずか十八で子を産み、死んだ娘。




 ミアは十の時、善の精の名家の出でありながら魔女の里へやってきた。昔から血統
を重んじる善の精と、魔女が多く貴族を持たない闇の精は敵対関係にあったために、
彼女はひどい迫害にあった。が、それはそれで、生まれつき魔力が強かったミアが故
郷で受けていたものと大して変わりはなかった。そして何よりも、この里は実力がも
のを言う世界だったために、ミアは里を出ていこうとはしなかった。
 彼女はひたすら修行に励み、鍛練を重ねた。その努力は長にも認められ、更に厳し
い修行を受けることとなった。その結果、ミアは齢十六にして一人前の魔女となった。
これはこの百年来のことであった。ただし、この記録はその娘ミオの十四歳という快
挙によって破られるが。
 しかし、彼女が魔女となっても迫害はやむどころか、苛烈をきわめた。魔女は名字
を持たず、その称号を名字の代わりに用いる。魔女になろうという者は、ほとんどが
その力故に故郷を出ざるを得なかった者であり、自分の力に高いプライドを持たなく
ては生きていけなかった。そしてそのプライドは己より下であるべき者へと向けられ、
その者が己より実力が上ともなれば、迫害が増すのは当然とも言える。しかし、ミア
はそれにひたすら耐え続けた。
 そしてその時、彼女は彼と出会った。彼の名は、イルメイア・グリーンブルー・ナ
ン。父は火の精の長、母は王位継承権はなくしたとはいえ、先王の第二王女であった。
ゆくゆくは火の長になると目されている少年だった。
 二人は恋に落ち、そして溺れた。ミアは幼い頃より迫害され続け、頼れる者をほと
んど持っていなかった。イルメイアはそのミアが知らぬ甘え方を存分に使いこなして
育っていた。
 二人ともあまりに若すぎ、そしてよわすぎたために、この恋は全く必然的とも言え
る破局を迎えた。イルメイアの母、サリアは当初よりこのつきあいに反対していたが、
煮え切らぬ息子の態度に業を煮やし、直談判をしに出向いた。しかしてミアはその身
を引き、後になって子がいることに気づいたが、結局一人で産み、そして一人で死ん
でいった。




「あのあと、私が何度会いに行っても、誰も会わせてはくれなかった。最後に、彼女
たちはミアが死んだと言った」
 男の声に、そっと目を開く。赤い毛が、今は燃え尽きてしまったようだ。
「皮肉なことだ。皆はイルメイアと別れたミアに同情し、哀れんだ。しかし、残され
た時は少なかった」
 ニャーオは私達とは違う映像、おそらくミアさんの遺言を確かめるように、胸のと
ころで手を握りしめて、じっとしている。
「ニャーオ。ミアは、お前の母さんは、そしてイルメイアはよわすぎたのだ。二人は
あまりにも若く、よわすぎ、それゆえにミアは死んだのだ。どちらが悪いということ
ではない。全てをこの者のせいにするのは楽であろう。だが、お前までよわくなるで
ない、ニャーオ」
 若い魔女の姿は、再び消え失せた。この辺りからはいなくなったようだ。
「サマンサ。あの子は、髪を染めているのですか」
 あれ。そういえば、イルメイアさんは赤で、ミアさんは金。ニャーオはもっと明る
い色の髪のはず。
「ええ、生まれたときからずっと。あの子の本来の髪は金髪ですが、私が染めさせま
した」
「あんなに美しい髪を染めてしまうなんて……ミアは、素晴らしい金の髪だった」
 イルメイアさんは、夢見るような目でもらした。
「私は、ミアを愛していた。今でも忘れられないほどに。そして、ミアも。なのに、
どうして」
 そんなイルメイアさんを、サマンサさんは厳しい目つきでじっと見つめていた。軽
く首を振り、悔しいような表情を隠す。
「ミアは、迫害には慣れていたが、愛し続けるつよさは持っていなかった。そんなあ
の子を支えるには、そなたはまだ若すぎた。お前は母を捨てることに戸惑い、ミアは
お前に捨てられることを恐れた。そしてミアは逃げたのだ。これは、全てよわさだ。
私は、ミオをあの子のようによわくは育てなかったつもりだ」
「ありがとうございます。私は、これで」
「あの、イルメイアさん」
「はい?」
「あの、うまくいえないけど、ニャーオはいつか判ってくれると思います」
と、みどりがいうと、火の精の長は私達を初めて見たように見つめた。やがて、笑み
に似たものを顔にのせる。
「ありがとうございます、グリーン王女殿下。でも、私は解ってくれなくともいいと
思っているのです。やはり、ミアは私が殺したのです……」
 イルメイアさんは消えた。
 サマンサさんは男がいた場所にため息をついてみせると、私達に振り返りにっこり
とした。
「殿下方は、ニャーオのことを理解していて下さるのですね」
 みどりは、慌てて両手を振った。
「いいえ、そんな。ただ、そう思っただけです。一回しか会ったことないし」
「ところで、殿下方は大きな力を持っておいでのようですが、少しみせていただけな
いでしょうか」
 みる、と私達は困惑した。いったいどういうことなのか、さっぱり判らない。何か
やって見せろってことかしら。
「手を出せってことよ」
と、ぶすっとした顔のニャーオが木の上から降ってきた。いつの間に来たのだろう。
それにしても、最初に会ったときといい、ニャーオって木の上が好きなのね。
「これ、失礼ですよ。ニャーオ」
 サマンサさんは、平然として言った。どうやらそこにいたことを知っていたらしい。
 手を差し出されてしまったので、私達は不得要領な顔をしながらも、サマンサ・ウ
ィザードの手を握った。ぴりっと、電気のようなものが流れたような気がした。
「あ」
 頭の中を、様々な光景がものすごいスピードで流れていく。
 ――高校のつるつるした緑色の廊下。「あの、先輩」「何?」「お友達になって下
さい」真っ赤な顔の女の子。少しみどりに似てる。セーラー服の黒いリボン。
 ――隣の中学の体育館の天井。「お前、女のくせに強いな」「お前も、男のくせに
強いな」切れた息の合間に、せき込むような笑い声。汗に濡れた顔の上を流れる涼し
い風。
 ――「ああ、お宅はお母さまがいらっしゃらなかったわね」「ええ、そうです」笑っ
ている
あおい。震えるほどに固く握られた小さな手。
 ――はさみを持った、更に小さい手。耳元で、じゃり、と切る音。畳の床に落ちた黒
いもの。前を見つめた、つよい瞳。「ママ、あたしやってみるよ」
 ――ママ、ママ、ママ。「みどりはみどり、あおいはあおい」
「くっ」
 イメージの奔流が不意に消え、気がつくと魔女の長はへたりこんでいた。ニャーオ
の手を貸りて立ち上がる。
「ばばさま、大丈夫」
「少し、流された。殿下方、失礼いたしました。あのように深くまで覗くつもりはな
かったのですが」
               ウィザード
 額の汗を皺の少ない手で拭い、魔法使いは力のこもった声で言った。
「殿下方は、おつよい。私めの予想以上に大きな力を持っておいでです。どうぞ、大
切にお使い下さい」
「つよい?」
 サマンサさんは、視線を斜め下に向けて応えた。
「これは、私個人の所見なのですが、遺伝を別にすると精神のつよい者ほど大きな魔
力を持っている、と私は思っています」
 私達の戸惑った顔を見て、彼女はくすりと笑った。
「例えば、殿下方のように双子であれば、必ずもう一人と比べられることがあるでし
ょう。そうでなくとも、もう一人にコンプレックスを持つ。そして、それを乗り越え
たときに人は一回り大きくなる――つよくなるのです。それ故、双子には力の強い者
が多いし、魔女にも多い。」
 セラフィムも双子だった。
「まさか、それで双子が不吉だと言われるのですか」
「そのことですか。魔力が強いから――精神がつよいから、魔女も双子も忌まれるの
です」
 みどりは固く、震えるほどに手を握りしめた。こわばった顔を確認しなくとも、考
えていることが判る。
「グリーンブルーはどうなのですか」
「王族は、遥か昔からの力の強い者の交合によってその力を増してきたのです。その
幼子は絹でくるむように保護されて育ち、よわい子どもに、そしてよわい大人となる。
グリーンブルーはよわい。それ故、『聖なる者』なのです」
 みどりは髪を逆立てて吠えた。
「そんな、そんなのばかげてるっ」
 みどりとは対照的に、ごく静かにサマンサさんは応じた。
 しかし私は、そのみせかけの静かさよりも、年老いた眼の輝きに惹かれた。待って
いた、そう彼女の目は告げていた。私は、あなたたちを待っていた。
「そう。つよい者をいとわしいと追いやり、よわい者を讃える。それが今の妖精なの
です。私は、それを殿下方に変えていただきたい。人間の血が混じった殿下方ならば、
それがお出来になる。魔力ではなく、そのつよさで――」
 魔女の長は、私達を元気づけるようににこりとすると、魔女は殿下方につきますと
確約した。しかし私は、そんなことよりも気になることがあった。
「サマンサさん、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい」
 これを見て下さい、とあおいは銀色の板を差し出した。昨日城で見つけた、立体映
像の出るやつだ。魔法使いは、用心深くそれにそっと触れた。板は開くと、この間見
たのと同じ映像を流した。
「これは、セラフィムのと同じものですね」
「はい。これが、魔力で動いているものかどうかを見ていただきたいんです」
 きょとんとしているあたしとニャーオ、不得要領な顔をしているサマンサさんに構
わず、あおいは極めて真剣だった。
 サマンサさんは板を手に取ったままじっと眼を閉じ、ふ、と開いた。
「違いますね」
「魔力を蓄積していて動いている、ということはありませんか」
「ありません。これには、魔力は全く関係していません」
 サマンサ自身、結果に驚いているようだった。
 あおいは、じっと考え込んでしまった。あたしはといえば、なぜあおいがそんなこ
とを疑問に思ったのか、ということさえさっぱり判らないでいた。
「気づかなかったの?私達は、魔力が使えない時にあれを見たのよ。つまり、魔力を
使わずにこの映像を見ることができた。魔力をためておく方法でもあるのかと思って
いたのだけれど、これでは――」
「じゃあ、これは科学で作ったって言うの」
 そんな。立体映像を作るなんて、せめて今の人間と同等の技術がなくてはできない。
それに、私が知っている人間の作る立体映像は、もっとプリズムのような色をしてい
て見にくく、こんな写真やビデオのようなものではなかった。それを、こんな生活を
している妖精が作れるものかしら。
 これは城にあった。他にも妙なものはあるわ。照明や、人間にも作れない翻訳機。
夜になったらつくもの。昔からずっとあったもの。作ることはできない。壊れても直
せない。
「妖精の前に、いたんだわ。何かが。これらを作り出す力を持った何かが」
 独り言のように言ったあおいに、年老いた魔女が応えた。
 マン
「先人、でしょうか」
「マン?何ですか、それは」
 せかすあおいに構わず、サマンサさんはゆっくりと、おさらいをするように語った。
「昔――神話時代に妖精の前にここにいた、人のことです。何でも、偉大な『文明力』
という力を持っていたとか」
「文明力」
 あたし達はオウムのように繰り返した。
「彼らは魔力を持たずに、その力で様々なことを可能にしたとか聞きました。それも、
その先人の遺品ではないでしょうか。私も、セラフィムに聞いただけなので詳しいこ
とは知りませんが。セラフィムも、姉上に聞いたと言っていました」
 絶句したままの私達に、二人の魔女は別れを告げた。
「殿下方は、あのラピス陛下の御孫。きっと王になられることでしょう。どうか、お
願いいたします。この国を、つよくしてください」
 二人の消えたあとをぼんやりと見つめたまま、みどりが呟いた。心から洩れたよう
だった。
「つよい……?」

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