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 本作品は、世界設定ばらしが非常に多く含まれています。他のGreen-Blue talesシリーズを読んでからの方が、いいかもしれません。


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碧 あとがきへ


   碧


                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     第五章 王とは

 朝、目が覚めるとなんだか頭がぼうっとしていた。二三回頭を振ってみる。くるく
る回ったときのように、へろへろになる。なんだこりゃ。
「おかしいなあ、たっぷり眠ったと思ったんだけど」
「私もよ。少し、熱があるのかもしれないわね」
 熱、か。そう言われてみればそんな気もするけど、ここ十年以上熱なんて出してな
いから、よくわかんないや。
「さすがみどり。あ、これ褒めたんじゃないのよ」
 うるさいなあとか言いながら、枕元に置いてあった服に着替えてベットを整えると、
部屋の外へ出た。薄暗いがなぜか湿気は感じられない廊下には、遅くに起きたせいか
誰もいなかった。
 昨日城へ帰り、あたし達が青玉を見せるともう長老たちは大騒ぎで、お祭りでも始
めてしまいそうだった。あたし達は、それがそんなに凄いものだという実感が今一も
てなくて、ただセイトさんの喜びように、よかったと思うだけだった。
 青玉は魔力を強める働きがあるとかで、試練の間はとりあげられることになってし
まった。セイトさんが管理してくれるなら、とあたし達は承知した。
 と、お腹が苦情を訴えてきた。判ってるよ、あたしも辛いんだ。
 誰かあたし達に食物を与えてくれる人はいないかと、うろうろしていると、光の精
のリィンがへろへろっと飛んできた。相当へばっているようで、苦しそうに息を荒く
して肩を上下させている。
「ど、こ行ってらしたんですか。お食事が用意してありますから、食堂へどうぞって、
エカさんが」
「あらら、ごめんなさい。みどりの肩にのっかってていいわよ」
「こらこら」
 リィンは本当に疲れているようで、何も言わずにあたしの肩にのっかると、大きく
息をついた。あたしは、少し申し訳ない気分になった。
 食堂に着くと、今日は目の粗い生成のワンピースの上に、若緑と草色の混じった大
きな布を上着のように羽織った女の人が、そわそわとしていた。
 エカさんは、ほっとしたような顔であたし達を見た。そのストールの色は、目の色
に似ていて彼女によく似合っていた。
「食事が終わったら、執務室の方へお越し下さるよう、義父が申しておりました」
 あ、はいと返事をすると、食器はそのままにしておいて下さいと言い残して、エカ
さんはせかせかとした足どりで食堂から出ていってしまった。いつも忙しそうなひと
だなあ。
 食事の後で微熱のことを話すと、セイトさんは少し考えてから、何かに思い当たっ
たように言った。
「昨日、セラフィムの沼で大きな力を使ったと仰いましたね」
「ええ、二人とも。それが何か」
「成人なさるのですよ」
 自信たっぷりに、最長老殿はのたまった。成人って、大人に成るってことだよね。
「あの、成人といっても、何か特別な意味があるのでしょうか」
「ああ、すみません。まだ御教示申し上げておりませんでしたね。成人とは――そう
ですね。幼時よりも一段と魔力が大きくなることで、成人するときには一時魔力がな
くなり、体調を崩すことが多々あるのです」
 普通は十四くらいで成人するんだけど、あたし達の場合、今までほとんど魔力を使
っていないところに突然大きな力を使ったので、それに触発されたのだろうと、セイ
トさんは説明した。成人時には、寝込んでしまう人もいるそうだ。
 あ、魔力が使えなくて、こんなに頭がぼうっとしてるんならっ。
 セイトさんはあたしを見ると、くすりと笑った。
「今日の勉強は、なしに致しましょうか」
 みどりは元気に飛び跳ねた。それだけ元気なら、充分勉強できるだろうと思うのは、
私だけかしらね。




 何もすることがなくなってしまった私達は、忙しそうなセイトさんを残して部屋を
出、自分たちの部屋へと戻った。午後に天の精のエヴァさんがやってきて、三つ目の
試練を課すそうだ。
「ずっとこうしてても、暇だね」
「セラフィムさん、この城にあの立体映像があったって言ってたわよ」
 しばしの沈黙のあと、不穏な光を帯びた目が出会った。
「探してみよっか」
「そうね。物置か何かの場所を聞いてみて」
 通りかかった人に話しかけ、うす寒いような気にさせる倉庫のようなところにたど
り着くと、早速宝探しを始めることにした。何時間かかかって、体中埃もぐれにした
結果見つけたものは、以下のようなものだった。
 青く綺麗な石の大きな塊、片手のとれた古びた人形、いくつもの色糸を組み合わせ
た飾り紐、ちびた黒炭。割れた皿、黄色く変色してしまった凝った刺繍入りのドレス、
座ると背が白くなる椅子。あとは、いくつもの木の大箱と、読めない文字で書いてあ
る重たい本、何で描いてあるのか何を描いてあるのかさえも判らない絵、チェッカー
ボードに似た板、布でできた毬。
「あーん、これだけ捜してもみつからないのーっ。面白いからいいけどっ」
「これこれ、発狂するんじゃありませんよ。あ」
 奥の方に、銀色のものが見えた。腕を伸ばして取ると、それはセラフィムが持って
いたものよりも少し大きめで、同じ金属質の板でできていた。思っていたよりも軽い。
 こじ開けようといじっていると、抵抗なくぱかっと開いた。下面に黒い、ガラスか
太陽電池に見えるものが敷き詰められている。
「どうやって見るのかしら」
と、言うと、ぶんと微かな音がし、下面から五センチほど上に、ひどくうっすらとし
た映像が浮かび上がった。
 二人の、外見は十ぐらいに見える女の子と男の子の上半身。薄茶色の細い髪、緑の
瞳。妖精らしく、はっきりとしたしかし繊細そうな顔立ち。二人は、とてもよく似て
いた。双子なのかもしれない。女の子の方がより存在感があり、意志の強そうな目が
印象的だった。外見は、と最初に言ったのは、二人ともどこかひどく大人びて見える
からだ。
 妖精とは違った意味で、変わった服を着ている。素材は合成のものだろうというこ
としか判らない、見たこともない服だ。
 二人は楽しそうに笑っては、何かを話していた。ひどく雑音が入っているので内容
は判らないのだけれど、こちらを見て話しているので、これを撮っている人と話して
いるのかもしれない。女の子がこちらに向かって、ザックという名を優しく発音して
いたのが、心に残った。
 くすくすと二人が笑っているうちに、ぷつんと映像は切れてしまった。
「すごい……立体で動いて、音までついているなんて」
 板の裏には簡略化された文字が二つ、数字が四つとまた文字が二つ彫ってあった。
文字は、何かの略語らしい。
「これ、どういう意味かな」
「製造番号か年、かしら」
 頭をつきあわせてうなっていると、リィンの明るい声が戸口から聞こえてきた。
「グリーン様、ブルー様。エカさんが、お茶にしましょうって」
「はーいっ」




「これは、年のようですね。新暦、とあるようです。〇〇〇三年の――今は五百十七
年ですが、暦法が違います――六月三十二日、だと思います。ずいぶん古いものらし
いですね。字体も、記述方法も今のものとは全く違います」
「あの、これは魔法で動いているんでしょうか」
 何言ってんだよ、あおい。
 エカさんは、軽く顔を歪めて答えた。
「さあ、そういうことは魔女にでも聞かなくては判りませんね」
 ふうん、とか言いながらお茶を口に含んだ。お茶は、人間界の紅茶よりも茶色が濃
く、ラヴェンダーに似た香りがする。
 あたし達は、一階の裏庭にある木陰にあるテーブルでくつろいでいる。温かい空気
があたし達を包み込んでいて、心地よい。
 テーブルの上の、木の実が入っているクッキーに手を伸ばそうとしたとき、子ども
の泣き声がした。まだ小さい、幼児の声だった。振り返ると、二つか三つに見える薄
い青色の髪の子どもが、顔を手で覆ったままで城からこちらへひょこひょこと歩いて
きている。着ているものからすると、男の子らしい。
「あら。すみません、ちょっと失礼いたします」
と、エカさんは子どものところへかけていった。リィンは、呑気に皿の端に座ってク
ッキーのかけらを食べている。
 エカさんは子どもの側にしゃがみ込み、何か話しかけた。子どもが一層激しく泣き
始めたところを見ると、叱っているらしい。
「あの、エカさん。その子、お子さんでしょ。こっちで一緒にお菓子食べましょうよ」
「え、でも……よろしいですか?すみません」
 若いママは、すまなそうにしながらもほっとしたような顔で、子どもの手を引いて
いそいそと歩いてきた。
 子どもはまだしゃくりあげてはいるけれど、ご機嫌は直ったらしくもう泣いてはい
ない。母親のスカートの影から、まだ水滴の残っている丸く大きな水色の目で、上目
遣いにこちらを観察している。セイトさんは一歳だって言ってたけど、でっかいなあ。
もしかしたら、妖精は成長の速度が違うのかもしれない。
「これ、食べる?えーと、名前はなんていうのかな」
 一歳なんだったらまだしゃべれないか、と気づいたとき、水色の瞳の子どもは小さ
な声でティアと言い、あたしの手からクッキーをかっさらっていった。
「これ、ティア。きちんとお礼を申し上げなさい。申し訳ありません、この子はティ
アラ、ティアラ・グリーンブルー・グラスと申します」
 私達は、必死にクッキーを口に入れている子に注目した。
「ティアラって、女のお子さんだったんですか。あたし、男の子かと思ってた」
 みどりが言うと、エカさんはころころと笑って訂正した。
「いいえ、ティアは男の子です。この名前には由来があって……いつか、この子が嫌
がらなければ、王を助ける者になって欲しいと思って」
 ティアラ
「王冠、か。さて、この泣き虫さんがなれるかなっ」
 みどりは、ティアににっと笑いかけた。子どもは、それに気づかずにただ黙々と食
べ続けた。
「ええ、実はそれが心配で。まあ、好きなことをしてくれればよいのですが」
「ねー、ティアちゃ……あれ」
 クッキーをやっとこさ食べ終わって、もう一枚に挑戦とばかりに顔を上げた男の子
は、みどりの視線にびくっとして――あーあ。
「ご、ごめんなさい、エカさん」
「いえ、こちらこそすみません。この子は、本当に泣き虫で。これ、ティア」
 ティアが一層激しく泣き出すと、それまでクッキーを食べ続けていたリィンがふい
と顔を上げた。そして、ふわふわと飛んでいくと、泣き虫坊主の目の前のテーブルに
着地した。ティアはまだ光の精を見たことがなかったらしく、潤んだ目を大きく見開
いて、泣くのを忘れてしまったようだった。
「じゃーねー、ティアちゃん。おねえさんが神様のお話をしてあげようね」
 ティアはもう一回しゃくりあげると、こくんと頷いた。
「リィン……あんたの方が子どもに見えるんだけど」
「まっ、失礼ね。私、これでも二十ですよ」
 絶句している私達にエカさんは苦笑し、光の精は長生きだからと言った。
「昔昔、私達のおばあちゃんのおじいちゃんのおじいさんのおばあさんも、まだ誰も
生まれていなかった頃、この幻想界には何もありませんでした」
 混沌じゃなくて、無なのね。少し変わった神話みたい。
「そこへ、神様が降り立たれ、最初の地をお造りになられました。神はその地を『神
の国』と名付けられ、そこで多くの子をお産みになられました。そして最初は狭かっ
た、この大地をどんどん拡げていかれました」
 うんうん、この辺はありがちね。
「そして、最後に神は誰をお産みになられたのかな?」
「ふたごだよっ。グリーンさまとブルーさまっ」
 双子?
「そうね。そして、神は常春の地を二人にお与えになり、そこをグリーン=ブルーと」
「ちょっと待って。今、双子の神って言ったわよね」
 リィンは小さな可愛らしい顔を不思議そうに傾け、肯定した。
「双子は汚らわしい者だと聞いたわ。それがなぜ神なの」
 エカさんは眉をしかめ、そんな話をどこで聞いたのかと問いただした。けれどあお
いは、更に同じことを尋ねただけだった。
 リィンは細い首を傾げると、知らないと言った。エカさんも知らないそうだ。
 双子とか魔女とか神とか、一体なんなのかしら。神話にはつじつまの合わないこと
や理不尽なことは付き物だけれど、納得いかない。
 でも、あたし達と同じ名前の神様か。なんだか……うん。
 あたし達は、外へ目を向けた。一面の緑。天には淋しい気分にさせるような空色。
なま暖かい風。ねっとりと降り注ぐだいだい色の光。どこかで、誰かが歌っている声。
木々がざわめく音。何かの遠吠え。
 ざわっと寒気に似たものが身体を通り抜ける。自分の身体を抱きしめる。ねえ、聞
いてくれるかな。




 ここに来た初めての日に案内された部屋に、あたし達は通された。
 会議場には、大地の精の長のセイトさん、その妹でありまた天の精の長でもあるエ
ヴァライン・グリーンブルー・ブルー、闇の精の長のダイ、あとは地の精と水の精の
長の五人、そして私達とナイトの、計八人が顔を揃えている。既に日は傾き始めてい
て、暖かい色の光が窓から差し込んでいる。
 エヴァさんは厚みのある声で言った。
「私どもブルーは、ある問いに答えていただくことに致しました。『王とは、何か』。
この問いに、答えていただきます」
 王とは何か?
 第一問と同じ展開になってしまった。わけわからん。
「これは、考えても判るというものではないので、この場で答えていただきます」
 そんなあ。
「では、グリーン、ブルー両殿下方からお願いいたします」
 エヴァさんてあたし達のこと嫌いなのかなあ、とあたしが服をつかむと、何あほな
こと言ってんのよ、とあおいは思い切り脱力した。
「あの、少しだけ時間を頂けませんか」
 エヴァさんが承知してくれたので、あたし達は手を握ってしばらく心で会話し、長
老たちへ向き直った。ダイは、にやにや笑いを浮かべながらこちらを見ている。さす
がに、今回は人の心を覗いてはいないようだった。
 あたしは一呼吸すると、始めた。
「はじめは、成りゆきでした」
 王は何かなんて尋ねられても、判らない。ならば、あたし達が王になろうと思った
理由を話そう、そう決めた。それが、今あたし達が王について思っていることの、全
てだから。
「ただ、ここに来て王になるように言われたので、そうしようと思いました。でも、
ここに少しの間だけれど暮らしてみて、それが変わってきました。ここで、あたし達
は丘や小川、森、湖、色々なものを見ました。セイトさんやエカさん、長老方、リィ
ン、ナイト、色々な人に出会いました。そして、思ったんです。あたし達、この国が
好きだって」
 ナイトが、すっと青白い顔を上げた。その顔にかげってきた日が当たり、少しだけ
眩しそうな表情になる。哀しい瞳。そうだ、この言葉が一番似合う。
「この国はどうだって、言うつもりはありません。ただ、思ったんです。この国が無
条件に好きだって。だからあたしはここにいたい、そしてここにいるためには、王に
なるのが一番ふさわしい方法じゃないのかって、思ったんです。だから――」
「だから?」
 エヴァさんが、優しく問う。この人が、私達にどんなに期待しているかが解る。そ
れは私達がおばあちゃん、ラピス前女王陛下の孫だから。
 みどりは少し口ごもったが、思い切ったように顔を上げた。
「これは、気のせいかもしれません。多分、気のせいだと思います。あたし、聞いて
みたんです。あたし達が、王になってもいいかって」
「誰に」
 そうダイに見下されると、みどりは唇を噛みしめて困った表情をみせた。けれど、
一つ頷くと再びしゃべり始めた。最初はゆっくりと、次第に滑らかに。
「この国に。そうしたら、この国が答えてくれたような気がしました。お前たちは王
になる、そして新しいグリーン=ブルーを築くだろうって」
 黒い翼を背負った男は、鼻で笑った。彼を見ようとすると、どうしても隣のナイト
が目に入ってきてしまう。この親子は、驚くほど似ていない。
「何をばかな。そんなこと、聞いたこともない」
 みどりはかっと燃え上がったが、
「殿下方は王族です。何があってもおかしくはありません」
と、セイトさんが助言するのを聞くと、すぐに落ちついた。
「だから、気のせいだと思うという前提で申し上げたんです。とにかく、それであた
し達は王になろうと決めました。この国が好きだから」
 その瞳は、次第に夢見るような色合いを帯びていく。
「この国にいたいから、この国のためになることがしたいから――この国を愛してい
るから、あたし達は王になります」
「王とは」
「ナイトっ」
 ダイは、白い顔の青年を制した。だが、彼は何かにとりつかれたように続ける。
「王とは、国を愛する者」
 ナイトが、ダイに逆らった?
 そう思ったのもつかの間で、すぐに黒髪の若者は元の哀しげな青い瞳を取り戻して
しまった。
「結構なお答えでした、グリーン殿下。ではナイト殿下、お願いいたします」
 ナイトは、相変わらずの無表情な声でぼそぼそと言った。
「王とは、その国を統べ、代表し、その国を愛する者」
「誰の言った言葉ですか」
「スティファス・グリーンブルー王の」
と、思わずナイトが洩らすと、ダイはしまったという顔をし、あおいを睨みつけた。
当の本人は、そしらぬ顔ですましている。あたしがつつくと、何よ、とつつき返して
きた。
 なるほど、要するに清少納言なわけね。昔の名言なんやらを暗記して、場合に応じ
て言うと。




 皆が引き上げ、がらんとした部屋で、エヴァさんはあたし達を呼び止めた。
「今日は、申し訳ございませんでした。殿下方には、少々きつい質問だと承知してお
りましたが」
「これに答えられなければ、王になどなれませんからね」
 エヴァさんははっと顔を上げたけれど、あおいのにっこりとした顔を認めると、ほ
っと固い顔を緩めた。
「ええ。それに、御二人を信じ申し上げておりましたから。あのラピスの、孫ですも
の」
「祖母を御存知でいらしたのですか?あの、女王としてではなく」
 エヴァさんは、はかなげに微笑んだ。妖精には珍しくふくよかな身体が、もろく崩
れそうに見えた。
「はい。エカからでも聞いたかとは思いますが、王家の者はアルシェ=カーン――人
間界で言う、学校のことです――へは行かずに家庭教師につくので、一緒に育てられ
るのです。私は兄のセイトとラピス、そして先王であらせられたディーン陛下ととも
に育ちました」
 ディーン王って、ナイトのおじいさんだった人だよね。そして、おばあちゃんは姪
から王位を奪った。
「ダイ殿は、ライムがラピスのことを恨んでいたと思っているのかもしれませんが、
ラピスと陛下の御二人はそれは仲のよろしいご兄妹でした。ディーン王が崩御されて、
王后陛下の次に悲しまれたのはラピスでしたもの」
 老婦人は淋しそうに、ごく薄い笑みを浮かべた。
「ライムも、それをよく理解していたようでしたし……あら、お引き留めしてしまい
ましたね。年寄りの話はこれだから。失礼いたします」
「あの、エヴァさん」
と、あたしが呼び止めると、あおいはなぜかわざとらしくぎくっとしてみせた。
「何でしょう」
「ナイトのことなんですけど」
 あーあ。
 エヴァさんの顔に、暗雲がたちこめた。
「ああ。あの子も、昔はあのようではなかったのですよ。城に来たときは、あの事件
のあとでしたから、さすがに暗い顔をしていましたが、一時は本当に明るくなって…
…また、いつの間にかあんな目ばかりするようになってしまった」
「あの事件?」
「ああ、本当に行かなくては。また後日、失礼いたします」
 エヴァさんは、みどりが声をかけるのを避けるようにせかせかと去っていってしま
った。どうやら、その件については話したくないらしい。
 横を見ると、まだみどりはあの事件って何だろうと呟いていた。これはもう、どう
しようもないわね。
「王とは、国を愛する者、か」
「あたし、その言葉気に入ったな」
 私は、わだかまりなく笑んだ。
「ええ。その通りになればいいわね」

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Last modified 2007.6.12.
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