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 本作品は、世界設定ばらしが非常に多く含まれています。他のGreen-Blue talesシリーズを読んでからの方が、いいかもしれません。


碧 序章
碧 第一章へ
碧 第二章へ
碧 第三章へ
碧 第四章へ
碧 第五章へ
碧 第六章へ
碧 第七章へ
碧 第八章へ
碧 第九章へ
碧 第十章へ
碧 第十一章へ
碧 終章へ
碧 あとがきへ


   碧


                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     第一章 ようこそ、夢と幻想の国へ

 そして、白――ん?これは白い壁、じゃなくて天井だ。天井が見えるってことは、
あたし寝てたのかな。
 頭の後ろをさすりながらベットから身を起こしたけど、痛みはないし、たんこぶさ
えできていない。あの妙な気持ち悪さも残ってない。
「ここ……」
「どこ、かしらね」
 家じゃないことは、確かだけれど。
 そこはこじんまりとした部屋で、白を基調として所々に紺青色と深緑を散らしたと
いう配色は、清潔な雰囲気を醸し出していてなかなか心地よかった。どことなく、お
ばあちゃんの部屋に似てる。ほら、あの年季の入っていそうな机なんかそっくり。
 敷物とお揃いの深緑色の飾りが縁についたカーテンからは、明るい光が洩れてきて
いる。雨は上がったのかしら。
 私達は状況がよく理解できずに、そのまま二人でただぼうっとしていた。すると、
ドアがこんこんという音を立て、間もなく開いた。
「あら、起きていらっしゃったんですか」
と、のんびり言ったのは、群青色の瞳のおばあさんだった。
 白い髪を器用に結い上げていて背は高く、歳の頃はおばあちゃんくらいだった。粗
末な藍色のワンピースを着、殆ど紐のようなベルトで腰を縛り、鮮やかな紺瑠璃色と
松葉色の、花やら葉っぱやら枝やら奇妙に細かい模様のスカーフを肩からかけている。
派手なおばあさん。
 あたしは、またぼうっとしているわけにもいかないので、とにかく口を開いた。
「ここはどこなんですか」
 うーん、記憶喪失みたい。
 しかし、そのやっと絞り出した問いも、
「それは後で。どうぞこちらへ、皆さんお待ちです」
と、簡単にあしらわれてしまい、もう何も言えなくなってしまった私達は、ふらふら
とその人の後についていってしまった。
 廊下の天井は高くて声がよく響きそうだ。壁と床は白い石でできていて、叩くとい
い音がする。石造りの建物?そんなもの、日本に住居として存在してるのかしら。で
も、この肌触りは確かに石よね。
 滑らかな壁には所々に年季の入っていそうな肖像画やタペストリーがかかっている。
タペストリーにデザインされている模様は何かの紋章のようなものらしく、私達の前
をしずしずと歩いている老婦人のスカーフと同じものだった。
 そんな中を、履いたままのスリッパの音がぺたぺたとこだましているのは、妙な気
分だ。
 壁にある隙間の空いた鉄の半球から洩れる、薄青の光の中を私達は歩いていたが、
前方から日の光が見えてきた。私達は、なんとなくほっとした。薄暗い中を歩くのは、
なんとはなし心細い。
 が、その窓の向こうにあったものは、私達をもっと不安にさせるものだった。
 赤やピンク、黄色、青や紫の花たちが整列している、その広さはといえば端から端
まで駆けたらへたりこみそうなほどの前庭。それを囲むようにして立っている大きな
木々。木でできた門の向こうに広がる草原。ぽこっとはりでた丘。その向こうに見え
るのは、さらさらと流れる川。左手にあるのは、決してうっそうとはしていないこん
もりとした深い緑色の森と、その後ろに落とされただいだい色の染み。遠く彼方、水
色に見えるアルプス山脈のような険しい山の群々。そして、そして青い、どこまでも
青い空。
「ここ、どう見ても成城……東京じゃないよね」
「日本でもないわよ、あの山……」
 あたし達は、何が起こっているのかさっぱり把握できなかった。これ、何なの?こ
こ、一体どこ?こんな夢みたいなとこ、見たことないよ……。
「こちらです」
 おばあさんは静かに、しかししっかりと命令口調で、茫然自失状態の私達を促すと、
さっきとはけた違いに重厚な扉へと導いた。そして、ノックもせずに大きな音を立て
て開くと、こう言った。
「ブルー・グリーンブルー、グリーン・グリーンブルー両殿下のお越しでございます」
 何で?




         あおい
 私の名前は、水越碧。某私立女子高校の一年生です。ブラスバンドで、クラリネッ
トを吹いています。肩から背中の辺りを流れる真っ直ぐな黒髪、日本人らしからぬ白
い肌に桜色の頬、どちらかと言えば切れ長の紫黒色の瞳。自分で言うのもなんだけれ
ど、美人だと思います。成績は、まあ上の方でしょう。先生の受けには、自信があり
ます。
          みどり
 あたしの名は、水越碧。都立高の同じく一年で、バスケ部に入っているって言えば
判ると思うけど、よく言えば元気、悪く言えばうるさい奴ってわけ。日に焼けたショ
ートカットで、少し焦げた肌に太い眉とぐりぐりのどんぐり眼、丸い鼻の下には大き
めの口がのっかってる。昔はよく、男の子と間違われてたんだ。
 そして、あたし達は誕生日が二時間違いで一日違いの十六才。つまり双子ってわけ。
あ、あたし、みどりが妹。二卵性だから、そんなにそっくりというわけにはいかない
だろうけど、子どもの頃は髪型が同じだったので、それなりに似ていたということだ。
 薄い勿忘草色の瞳を持った、日本人ではないらしい祖母は、生前にしばしば私達に
はもう一つ名前があると言っていた。あおいにはブルー・グリーンブルー。みどりに
はグリーン・グリーンブルー。おばあちゃんの国の名前なのかしら、なんて思ってい
たのだけれど。
 それを、何でこの人が知っているの?




 気を落ちつけてゆっくりと扉の中を眺めると、そこは外国の豪華なお屋敷の大広間
のようなところだった。ここに来るまでからしてもそうなんだけど、ここ、誰か大金
持ちの家らしいんだよね。有名人かな、えらくでっかいみたいだけど。
 正面の大きな白い石の壁には、廊下にあったタペストリーの大型版がかかっている。
左手の大きく開かれた窓からはまだ日が射し込んできていて、中は明るい。中央には
大きな縦長の高価そうな黒い木製のテーブルがあり、その周りには九つの椅子が並ん
でいて、六人の人が席に着いていた。でも、それを人と言っていいのか、あたし達に
は判らなかった。
 そこにいた人たちは皆外人らしく、目鼻立ちがはっきりしていたけど、性別も体型
も髪の色も服も、年でさえ様々としか言いようがなかった。ううん、みんな奇妙な恰
好をしていて、美形で、どこかしら似たような雰囲気を持っているところは同じなん
だけど……この連中の恰好といったら。
 服の基本的なデザインは、一緒なんだ。それをデザインというなら、だけど。とい
うのも、その服というものが、首の穴を開けた布を頭からかぶって袖を付けただけと
いう極めて簡素な服なんだ。それぞれ素材や部分部分は少しずつ違うらしいけど、全
くそれは原始的な服という言葉が似合いすぎるような服だった。まるで、中世ヨーロ
ッパの洗い立ての農民だ。
 それはまだいい。問題は、その色だ。これがまた、様々、それぞれ、色々で。手前
左から右回りに言うと、白、薄い水色、海松色、カーキ、紅、黒。まるでてんでばら
ばら。そして更に、認めたくないけど、この中には翼を生やしている者が二人いる。
 その人たちは、私達のことをうさんくさげに、または観賞するように見つめていた。
 私達の方は、こう仰天しっぱなしでは感覚が麻痺してしまったのか、まだ口が利け
る状態にあったので、こそこそと会話を交わした。
「何なんだよ、この人たち……仮装大会でもしてんの」
「それはそれでいいけど、外の景色は?なぜ私達をここに呼んだの」
 すると上座の、他よりは装飾が多く、主を持たない椅子の右隣に座っている老人が、
私達にくしゃっと笑いかけてきた。彼は、少し厚手の海松色の衣装を纏った上に模様
のある布を羽織っていて、白いひげと髪が頭部を覆っている。微笑むと一変し、人な
つっこく見える老人は、
「ああ、お二人とも御存知ではいらっしゃらなかったのですね」
と、言った。
 御存知?何を。
「私は最長老の、卑しくも聖なる王家グリーンブルーの血をひくセイターン・グリー
          グリーン
ンブルー・グリーン。大地の精の長も兼ねております。ここは、殿下方のいらっしゃ
った人間界とはまた別の、夢と幻想が支配する幻想界に存在する唯一の国、妖精国グ
リーン=ブルーなのです」
「へ」
「は?」
 質問さえできなくなってしまった私達に構わず、老緑の瞳の老人はとうとうと続け
た。
「そして、殿下方の御祖母上、ラピス・グリーンブルー陛下はこの国の御母堂、つま
り国王であらせられたのです。その陛下が崩御なされ、陛下の今は亡き一人娘、ラピ
スラズリ殿下の御令嬢であられる貴女様方は、この国を統治する次代、サイアス王朝
第九十五代目のグリーン=ブルー国王となる第一王位継承者としてここへいらっしゃ
った」
 な、なにい?
 やたらと敬語が多い台詞だったけど、ここは妖精の国で、おばあちゃんは国王だっ
た。つまり、おばあちゃんは妖精だったていうわけ。お父さんとおじいちゃんは真性
の日本人だったはずだから、あたし達は人間と妖精のクォーター。
 んな、あほな。
「ちょっと待ってよ」
「いくらなんでも、それはないんじゃないかしら」
「これでも、そう仰いますか」
と、あたし達をここに連れてきたおばあさんは、無表情に指を鳴らすしぐさをした。
 と、と。
「わ」
「きゃ」
 私達の足が、唐突に地につかなくなった――もとい、身体が宙に浮いた。
 心の中ではうんざりしながらも、必死に手足をばたつかせながら、とりあえず話
を聞くと私達は約束した。すると、青い服を着た神経質そうな老女は、安堵したよ
うに微笑み、そっと私達を降ろしてくれた。悪意があるとしたら、凄い演技力ね。
「大変失礼いたしました、これが一番手軽な方法なもので。私は、エヴァライン・
            ブルー
グリーンブルー・ブルー。天の精の長をしております」
 彼女は深く礼をし、上座の左の席に着いた。地位の高い人なのだろう。最初は何
も感じなかったが、この部屋ではどこか威厳があるように見える。
 彼女が席に着くのを待っていたように、その右隣の席の人が立ち上がった。
   アクア
「私は水の精の長、イレーン・アクアでございます」
 その女の人は全体的に細い感じで、弱々しそうな姿が印象的だった。青ざめてほ
っそりとした、無表情な冷たくも美しいその顔の上には、銀青色の長い髪が揺れて
いる。冷酷というよりは、無感情の方が近いだろう。
 女の人が、肌触りの良さそうな薄い水色の服をしゃらんと音を立ててまた席に着
くと、その隣りに座っていた老人が口を開いた。厚手の布を適当に切って、裂いた
布で腰を巻いて止めた、というような適当な服を着ている。
「私は背が低いので、このまま失礼させていただきますよ。私達ノームは、みんな
                 アース
こんなものでしてね。名はヴォルフ、地の精の長をしとります」
 どこかなまったような口調の、親しみやすそうな、子どもぐらいの背の老人は、
最後のところで私達ににっと笑いかけてきてくれた。その笑いは、皺だらけの、と
もすれば恐そうにも見える顔を、子ども好きの人のいいおじいさんの顔に変えた。
たとえ、その焦げ茶色の目が、抜け目なさそうに蠢いていたとしても。
                             ファイア
「次は私ですね。私はイルメイア・グリーンブルー・ファイア、火の精の長です」
 おっと、この人は若いぞ。うちのお父さんぐらいだけど、むすっとしていて無口
そうなのが大違い。真紅のマントが見事に似合っていて、きりっとしているのは、
おじさんながらかっこいい。若いときには相当もてただろう。でも、あの葡萄酒色
の髪だけは、ごめんだな。
 赤い男が座ると、その前の空席のあたりで、かなり甲高く小さな声がした。
「はじめまして、グリーン殿下、ブルー殿下」
 その光の玉はふらふらと私達の方に近寄ってくると、そう言った。え?これ人だ、
羽のついた手のひら大の人が、光を出してるんだ。
 あら?私、こういうの見たことあるわ。
 へ?
 ほら、小学生の頃、庭で三人で見つけたじゃない。あの時は、女の子だったけれど。
 あたし、物覚え悪いからなあ。
 もう。
 光を出している妖精は、ふたりごとをしているあたし達をじっと見つめていたが、
くすっと笑いを洩らした。
             ライト
「私の名は、レイ・ライト、光の精の長。どうぞ以後、御見知りおきを」
 光のおじいさんは、あたし達の前でちょこんとお辞儀をすると、ふらふらと席の背
もたれに飛んでいった。か、可愛い。
 と、その隣の、流れるようなひだを持つ服を着た人が立ち上がり、
 ハピネス
「善の精の長です。よろしく」
だけ言うと、また席に着いた。
 しかし、そのそっけなさはまた、その人の美しさをより増させることとなった。け
れどそれはこう、野の花みたいに可憐な綺麗さじゃなくて、例えば人外魔境みたいな
近寄りがたいものだった。
 だってこの人、天使みたいなんだよ。金髪碧眼に白い肌、中性的な整った彫刻のよ
うな顔立ち、長いまつげに大きな潤んだ瞳、可愛らしい唇。後ろで無造作に縛った金
髪は光をはらんで、それはもう見つめてるのが酷なほどなんだけど、何よりもその白
くて真っ白な、身体を覆うほど大きくて白い翼が。
 その、一枚一枚手入れをしているんじゃなかろうかという羽は、しっかり断固とし
てその身体にくっついて離れようとしなかった。やっぱり、本物だよね。動いてるみ
たいだし。それにしてもこの人、男なのかな、女なのかな。
 と、見とれていると、その前でがたと粗雑な音がした。
「私が最後ですね。私の名は、ダイ・ダーク。どうぞよろしく、グリーン様、ブルー
様」
 黒ずくめの男は、にっと笑った。
 その笑みに私達は、好意というよりも悪意を感じた。さっきの天使が、優しそうに
見えたほどだった。それほど、その黒い翼を生やした男は嫌な感じだった。悪魔のよ
うに、角こそ生えてはいないけれど。
 愛想の良さそうな微笑みを顔に張りつけているくせに、その瞳はぎらぎらしすぎて
いたし、柔らかい癖のついた黒髪は、余り手入れをしていないようだった。中年に手
が届きそうな色黒のオリエンタルな顔立ちは、きりっとしていて恰好いいのに。もっ
たいない。
 自己紹介が一回りすると、最初の緑の衣装の老人が一息つき、厳かに言った。
「さて、これが殿下方の御祖母上、故ラピス女王陛下が治めていらっしゃった王国、
グリーン=ブルーの長老、国王と同等もしくはそれ以上の権力を持つ長老会の構成員
です」
 この長老会では、政治的な様々な事柄を多数決で決めることができる団体で、主な
八つの種族の代表者が集まってできているものなのだそうだ。
「それで、あたし達にどうしろと。王になれ、とでも?」
 冗談じゃない。なれったって、やってやるもんか。
「いえ、こちらとしましても、そういうわけには参りません」
 ずこっ。
「こちらにも色々と事情がございまして、殿下方と同じ資格を持つ方がもう一人いら
っしゃるのです」
 じゃ、その人にやってもらったら?あたし達、別に王になりたいわけでもないし。
「ですので、御三人方の内で、どの御方が王になるにふさわしい資質をお持ちなのか、
こちらでテストさせていただきます」
 なにも、こんなとこにきてまで、テストしなくても……。
 あたしがあんまりにも切ない顔をしていたのだろう、おじいさんは思わず笑みをこ
ぼした。
「ここにおります私共八人の言うことをしてもらう、というごく簡単なものなのです
よ。『九つの試練』といって、王位継承の資格を持つ者が複数現れた場合の解決方法
として、古くに行われていたものなのです」
「あら、八人なのに九つ」
 老人はあおいの言葉に軽く目を見開いて、黒い服の男に目線をやった。
「もう一つは、古の昔からあるものなのですよ。ご心配なく」
 ふうん、なんて感心している場合じゃないんだよね。あたし達が、やれって言われ
ているんだから。どうしようか、学校もあるのに。
 とか考えていると、八人の長老たちは次々に立ち上がり、挨拶もそこそこにそそく
さと去ってしまった。あたし達は、その素早さに呆然と立ち尽くしている間に、広い
部屋には私達二人と大地の精の長老だけになってしまっていた。
 厚手の緑色の服を着込んだおじいさんは、あたし達のところへゆっくりと歩いてく
ると、少ししわがれた声で言った。
「いらっしゃると、信じ申し上げておりました」
 あたし達が不可思議そうな顔をしていると、ほっほっほとおじいさんは笑った。
「殿下方のことは、ラピス陛下より頼まれておりました。自分が死んだらあの子たち
が来るかもしれない、もし来れたらよろしく頼む、と」
「おばあちゃんが。でもあたし達、まだあなたたちの話を信じた訳じゃないんですか
らね」
「なぜ」
 なぜって、と答えに詰まってしまって、顔を見合わせるあたし達に、おじいさんは
緑の目を緩めた。
「殿下方はここへいらっしゃった。それが、全ての証拠ではありませんか」
 むむ、それはなかなか、真相を突いているな。
 そうね。まず、ここはどう見ても私達のいた世界じゃない。
 うん。次に、ここのいる人たちは人間じゃないし、本物である。あの力と翼、光の
精がその証拠と。ま、超能力者かもしんないけどさ。
 おばあちゃんがここの人でなければ、ここへの道があんなところにあるはずがない。
そして、おばあちゃんが私達をここへよこそうとしていたことは、明らかである。
 ここへの道って、あの箱のこと?
 それ以外に、何があんのよ。
 う。じゃさ、あたし達が、実の孫じゃないって線は?
 あたし達が口を閉じたまま、手をつないで会話していると、大地の精の長老さんは
唐突に声を出した。あせって出したように、声が裏がえっている。
「御二人とも、実に御母上、るり様によく似ていらっしゃいますね」
「ママに?」
 あ、ママって言っちゃった。お母さんが死んだとき、あたし達まだちっちゃかった
から、ついママって言っちゃうんだよね。
「ええ。ブルー殿下は外見が、グリーン殿下はそのお転婆な御気性が、そっくりでい
らっしゃいます」
 おてんば、ねえ。こんな短い時間で本性がばれてしまうあたしって、一体。
「それでは、セイターン様は母のことを御存知なのですか?」
「セイトで結構ですよ、ブルー殿下。ええ、もちろん。るり様は、少女時代をこちら
でお過ごしになられましたので」
 へえ。そういえば、お母さんの田舎って見たことなかったな。東京なのかと思って
たけど、そういうわけだったのか。
「るり様は、幼い頃からそれはお転婆な御方で、こちらとしても手を焼いたものでし
た。終いには、反対を押し切って人間界に行ってしまわれるし――」
「そして、父に会ったんですね」
「ええ。殿下方は、魔力をお持ちではいらっしゃいませんか」
 魔力って、あの、魔女がほうきで飛んだりするやつのことかな。
「さっき、エヴァのしたような、私達妖精特有の、このような力のことです」
と、老人は私達を睨み付けた。と、頭の中で言葉が勝手に整列した。
                      テレパシー
――お判りいただけますか。これは、人間界では精神感応というそうです――
 私達は、すっかり仰天していた。だってまるで、これは。
 衝撃を受けている私達に気付いているのかいないのか、老人はのんびりとした口調
で話を続けた。
「『魔力』またはただ、『力』と私達は呼んでいます。他にも、先ほどのようにもの
を動かしたり、場所を移動したり、ものを透かして見たり、未来や過去の出来事が判
ったり、ええと……」
「超能力」
「そう、それです。女王陛下が、人間界ではそう呼ぶらしいと仰っておられました」
 セイトさんの陽気な声が、遠く聞こえた。
 だって、もしかして、私達の間にあるあれが、双子だからではなく、この人たちと
同じ妖精だからだとしたら。
「人間とのハーフでいらした、るり様も使っていらっしゃったので、殿下方もお持ち
かと。どうか致しましたか」
 黙り込んでしまったあたし達を心配そうに覗き込んだセイトさんに、あおいは何も、
と軽く笑んでみせた。すると、彼はそれを全く違う方向にとってしまったらしかった。
「大丈夫ですよ。殿下方は、あのラピス前女王陛下のお孫さんでいらっしゃいます。
この国を、統治なさられます」
 そうじゃないんだけどなあと、あたしはあごを人差し指でかいた。
「なぜ」
「先ほども申しましたが、殿下方がここにいらっしゃることができたからです」
 全然意味が判らない。だってあたし達、おばあちゃんからもらった鍵で、箱を開け
ただけだよ。
 あたし達の顔が余りにも読みやすいのか、心を読まれているからなのか、セイトさ
んは軽く頷くと、
「それが重要なのです。実は、あの箱には三つの鍵がかけてあったのです」
と、言った。
「三つ」
 何それ。どう見ても、鍵穴は一つだったよね。鍵は二つだったけどさ。
「一つは文字どおり、鍵です。御祖母上から、頂いていらしたのでしょう」
 あたし達が肯定すると、緑のおじいさんは熱心に頷く。
「殿下方は、その鍵で開けられる前に、一つ目の鍵を外しておいでだったのです」
 鍵を開ける前に開けていた?
「それは、箱を見るという鍵です」
「箱を見るって、見えない人がいるとでも言うんですか」
「はい」
 はいって、おいおい。裸の王様じゃないんだから。
「つまり、あの箱には魔法がかけてあったのです。ファンタジスト――夢と幻想を信
じる者以外には見えないようにする魔法が」
 夢と幻想、ねえ。あたし達は視線をお互いにやり、逸らしあった。
「殿下方は、その箱を御覧になることができた。つまり、この歳までファンタジスト
でいられた、ということです。人間界では、これは並大抵のことではありません」
 そう言われると、少し嬉しくなってきてしまう。あたしは、浮かんでくるにやにや
を押さえた。
「そして最後の鍵は、『グリーン=ブルー』。この言葉です」
「でも、あれは偶然」
「それも王となる才能の内です」
 んな、無茶な。
 あたし達が顔をしかめていると、おじいさんはくすくすと笑った。
「しかし、いくらファンタジストでも、ここまで驚かないとは思いませんでした」
 充分驚いたってば。
「でも、私達妖精の存在自体には、驚いていらっしゃらなかったように見受けられま
したが?」
 ……意地悪。
 それからセイトさんは、王位のことについて色々と話してくれた。
 前々々王――サイアス王朝(前王朝の百代目が次の王朝の一代目となり、その名が
王朝名となる)第九十三代グリーン=ブルー国王、シアネス・グリーンブルーは、王
妃との間に三人の子を設けた。一人息子のディーンと長女ラピス、そして次女のサリ
アである。健康上の理由のためにシアネス王は廃位、ディーンは二十一の若さで第九
十四代国王となった。
 しかし、なんとその四年後に、ディーン・グリーンブルー王が急逝してしまったの
だ。ディーン王が崩御した当時、一人娘ライムはまだ二つだったので(グリーン=ブ
ルーでは、王位継承権は十五から効力を発揮する)、王妹である私達の祖母、ラピス
が跡を継いでしまった。
 そういうわけで、前王の直系の子孫が王位を継承するという原則が破られ、もう一
人の候補者にディーン王の孫(ディーン王の娘さん既に亡くなられたそうだ)、私達
には又従兄弟にあたるナイト・グリーンブルー・サスが立ったのだそうだ。
 しかし、真実を言えば、私達が人間の血をひいていて、人間界で育ったことが不安
の材料になったのだろう。そんなことが、ぼそぼそとした口調から感じとれた。
「他にもいないんですか、セイト様も、王家の血筋でいらっしゃるんでしょう」
 グリーンブルーという名字は、聖王家の血をひいている者のものなのだそうだ。つ
いでに言うと普通は名字は二つで、種族名など名字が一つなのは長の印なのだそうだ。
 緑の衣装の老人は、少し困ったような顔をして答えた。
「私などは年をとりすぎていますし、息子は病弱です。孫はまた一つですし、第一血
が遠すぎます。火の精の長イルメイアは、その母であるサリアが継承権を放棄してい
ますので、権利がありません。よって、王位を争うのは殿下方とナイトの三人だけ、
ということになります」
 私はしばらく考え込むと、あの青い服の老婦人のことを思いだした。彼女も、確か
グリーンブルーという名字だったはずだ。ところが、それも不発に終わってしまった。
「エヴァには、子がありません。幼い頃に病気で」
「そうですか」
 不謹慎だろうが、私達はため息が出るのを押さえなかった。




 私達は、とにかく今夜は家で休みたいと申し出、家に帰してもらうことになった。
次の日、また来ることを約束して。
「でも、来るってどうすれば」
「いらっしゃったときと、同じようになされば結構です」
 ここに来たときね。またあの、吐き気と痛みを味あわなくちゃならないのかしら。
 セイトさんは広間を出、私達が寝ていたあの寝室へと案内した。外はもう、すっか
り暗くなってしまっていた。都会のようにどこからか来る光がないので、窓からはほ
とんど何も見えない。
「ここは、陛下の私室だったのです」
「それにしちゃ、地味だね」
と、言ったあたしのお腹を、あおいが思いっきり肘で突いた。
 いったいなあ。だって、本当のことじゃん。こんな凄い家なのに、王様の部屋がこ
れ、と言いたげに、あたしはしらっとしている姉を睨みつけた。
 すると、おじいさんはくっくと笑った。ちょっと見は気むずかしそうなんだけど、
本当によく笑うんだよね、セイトさんって。きっと孫には甘い、いいおじいちゃんな
んだろう。
「私達も、もっと広い方がと申していたのですがね」
 そうだね。おばあちゃんは、そういう人だった。
 セイトさんはあたし達に背を向けると、机の引き出しからあの箱を取り出した。
「あ」
「はい、貴女様方が持っていらっしゃったものです。でも、おいでになられたときは
驚きました。着地が上手くいかなかったのでしょう、御二人ともベットで頭を打たれ
て、気を失っていらっしゃって」
 あれはベットだったのか……とほほ。じゃ、行き来するときには、頭は別に痛くな
らないんだ。
「では、また明日」
「はい」
 あたしが鍵を差し込もうとすると、セイトさんが止めた。
「鍵は、来るときとは違うものにしてください」
 あたしは素直に、箱をあおいへ手渡した。あ、この箱の模様って、エヴァさんの肩
掛けや、廊下のタペストリーと一緒の模様なんだ。
 少し震えているあおいの手の上にあたしの手を載せ、回そうとすると、回らない。
逆に動くんだ。
「グリーン=ブルー」
 あたし達以外の全てのものが、動くのを感じる。そう、空気までがあたし達をおい
ていこうとしている。ううん、あたし達がおいていこうとしているんだ。
 だんだんと辺りが暗くなってきて、また明日、グリーン殿下ブルー殿下と言うセイ
トさんの声が、遠くなっていった。




 恐る恐る目を開くと、おばあちゃんの部屋だった。
「帰って、きたのね」
「夢じゃ、ないよね」
 手の中には、あの箱があった。
 私達はそのまま、そこで放心していたらしい。気がつくと、電話の呼び出し音が騒
いでいた。そういえば、ずっと鳴っていたような気がする。
 十時二分を示している電話の文字盤を見てから、ゆっくりと受話器を取ると、よく
知っている声がものすごい雑音入りで聞こえてきた。
「どうした、もう寝てたのか」
「お……っとおさん」
「何だ」
 雑踏の後ろから聞こえる、こののんびりとした声がまた憎らしい。
 あたし達は力を込めて、先ほどまでの経験を、えんえんと事細かに話した。が、お
父さんはといえば、あたし達が期待していたような反応など、鼻にかけてもくれない
のだ。
「で」
「でって、お父さん」
「どうするんだ」
「どうするんだって――まさか、お父さん知ってたの?」
「ああ」
 ああって……お父さん。
 あたしは、すねたような口調でお父さんをとがめた。
「知ってたんなら、教えてくれれば良かったのに」
 あんなに一生懸命説明した、あたし達の立場がないじゃないか。
「お前たちで、知って欲しかったんだ」
 お父さんの声は、いつしか真面目なものとなっていた。
「お義母さんに口止めされていたのもあるんだが、私は見てみたかったんだ。お前た
ちが、本当にファンタジストになれるのかどうかを」
「お父さんは、そうなんでしょう」
「ああ。でも、この歳までそういられたのは、るりに会えたからだ」
「嘘ばっかり。お父さんなら、大丈夫だよ」
 淋しそうな笑い声が伝わってきた。お父さんも、もう四十二。世界を飛び回るほど
には、若くない。夢と幻想を信じるのにも。
「ありがとう。お前たちは、自分たちだけでファンタジストになれたんだ。そのこと
は素晴らしいことだし、王にだってなろうとすればなれるということだ。どうするか
は、全てお前たちが決めることだがな」
「お父さんの、自由論ね」
 お父さんは昔から、他人に迷惑をかけない限り、何をするのもお前たちの自由だ。
自分で決断して、自分でその責任をとるならば、お前たちには何でもできる自由があ
るんだよ、と私達に言い聞かせていた。そしてそれ以外は、何も言わなかった。
「その通り。人間界の一見平和そうな楽で便利な生活を取るか、幻想界の不便な生活
を取るかは、お前たちが決めるんだ。私は、お前たちがどちらをとっても祝福するし、
応援する」
「うん、判った。よく考えてみるよ」
「そうしなさい」
 優しい声を通して、気持ちが伝わってくる。
「でも、お父さん何で電話なんかしてきたの。いつもはしてこないのに」
「あ、お義母さんがいないから、戸締まりと火の始末に気を付けろって言おうと思っ
てな」
 私は、ふざけるような調子で返した。
「やあねえ。それくらい、ちゃんとやるわよ」
「ああ、そうだな。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 受話器を置こうとしたとき、気付いた。今までにも、おばあちゃんが何日もいない
ときがあったけれど、週一回の定期便と連絡先を知らせるもの以外、お父さんは電話
をかけてきたことなどなかった。
 不思議な暖かさが、胸の辺りにやってきた。
「心配してくれてたんだ」
 あんなに忙しいくせに。
「今度の出張、ドミニカ共和国だって言ってたね」
「今、空港かしら」
 悪い水飲まないようにね、お父さん。

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