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 本作品は、世界設定ばらしが非常に多く含まれています。他のGreen-Blue talesシリーズを読んでからの方が、いいかもしれません。


碧 序章
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碧 第二章へ
碧 第三章へ
碧 第四章へ
碧 第五章へ
碧 第六章へ
碧 第七章へ
碧 第八章へ
碧 第九章へ
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碧 終章へ
碧 あとがきへ


   碧


                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

         ほしづくよ
     第三章 星月夜

 次の日の朝は、女の人の声で始まった。
「さ、起きて下さい。グリーン様、ブルー様」
「ぐりーんって、なんのこと……」
「貴女様のことです。さ」
 ひっ。あたし達は、強引に毛布をひきはがされてしまった。
 エカさんは、まだまだねぼけ眼のあたし達をベットから追い出すと、忙しそうにて
きぱきと寝床を整えた。そして、持ってきた衣服をサイドテーブルの上に置くと、
「これを着て下さい。サイズは合うと思いますが、その辺の者に仰れば取り替えます。
では、着替えたら食堂へいらして下さい。場所は判りますね。水と顔ふきの布はそち
らにございます」
と、早口で言い、返事も聞かないで出ていってしまった。大変そうだなあ。
 服を取り上げてみると、それはワンピースで、脇と下腕の幅を紐で調整できるよう
になっていた。粗末な布地だけれど、綺麗な花浅葱色で私は気に入った。が、全く気
に入らない者が約一名いた。
 みどりはひとしきり悩んでいたかと思うと扉へ向かい、廊下を通りかかった十くら
いの黒髪の少年に何か言った。少年が戻ってくるとみどりは満足そうにお礼を言い、
私に振り向くとにんまりと笑った。




 セイトさんは、困惑しているような顔を見せていた。
「グリーン殿下……それは少年の服ですよ」
「この方が楽ですよ」
と、みどりは、かすかとも悪びれた様子を匂わせずに言った。
 その通り、彼女は襟がフードのないパーカーのようになっていて、丈はももまでし
かない少年の服を着ている。運動部に入っているせいか、みどりの足はまだ肉付きが
よくないので、そう刺激的な光景ではない。
 セイトさんはあたしを見て嘆息すると、全くるり様の御子であられるだけのことは
ある、と呟いた。ってことは、ママもこんな恰好をしてたのか。はは。
「この後は、早速授業を始めさせていただきます」
「何をするんですか」
 あおいが尋ねると、セイトさんは長いひげをもてあそびながら答えてくれた。
「そうですね。まず、幻想界とグリーン=ブルーの簡単な地理と歴史。あとは生活習
慣や風俗などですか」
「あと、魔力の使い方も」
と、給仕をしてくれているエカさん。
「魔力、ね。あたし達も使えなくちゃいけないんですか」
          ガード
「もちろん。せめて、防御とテレパシーの制御ぐらいは、学んでいただかないと」
                        ガード  テレパシー
 あたし達がきょとんとしていると、セイトさんは、防御とは精神感応防御壁のこと
で、精神感応を妨げる役目をするもののことだ、と説明してくれた。
「そうしていただかないと、私達の頭が痛くなってしまいます」
 エカさんは、風がささやくようにくすくすと笑った。
 なんと、あたし達が強くものを考えると、他の人たちに聞こえてしまっていて、ひ
どいときにはうるさくて頭痛を起こさせるほどなのだそうだ。がーん。
「私は、王家の血をひいていながらこの歳になってもまだガードが下手で。きっと、
それに向いていないのでしょう。この力は鍛えることもできますが、天性に因るもの
が大きいのです」
 セイトさんは変わった色のお茶を一口飲むと、私達を安心させようと笑んだ。
「王家の血を継ぐ者は大きな魔力を持って生まれますが、無意識にあれほど強いテレ
パシーを送っていらっしゃる殿下方ならば、相当に大きな力を持っておいででしょう。
しかもまだ成人前ですし、訓練さえすれば、すぐにガードどころか他のことも出来る
ようになられますよ」
 それっていいことなのかなあって考えても、おかしくないよね。




「ああ、疲れた」
 あれから私達は、魔力の制御には一番だという精神集中の訓練や、幻想界の地理の
講義を受けて簡単なテストまでさせられた。私がこれだけ疲れるようじゃ、みどりの
ことが思いやられるわ、なんてことを考えていると。
「もうやだ……」
「こらこら、まだ一日目でしょ」
 みどりはベットにうつ伏せになったまま、うめき声を上げた。ま、文句は言っても、
一度決めたことはやる子だから、心配はしていないけれど。
「明日は、最初の試練が出されるんでしょう。確か、ライトの」
「あの、レイっていう、ちっちゃなおじいさんでしょ」
 あたしが顔だけ起こして言うと、ろうそくの光の中で、あおいのしかめた顔が浮か
び上がった。この部屋には照明が一つしかないので、とセイトさんがくれたのだ。確
かに、照明の反対側の壁際は暗い。
「もう、ちゃんと起きてよ。どんなものなのかしら」
「んなの、知るか」
 あおいは思いっきりため息をつくと、ベットにどすんと腰かけた。
「どしたの、難しい顔しちゃって」
「うん。ね、ここって変だと思わない?」
「変?そりゃま、人間界で育ったあたし達に、変に見えるのは、当然なんじゃない。
異世界なんだからさ」
 姉は、細い眉を寄せたままだった。こいつがこういう顔をするのは、決まって難し
いことを言い出す前なんだよね。
「そうじゃなくて。どうも、いろいろと不自然なのよ。あの人たちが嘘をついている
とか、そういうことじゃなくて――そう。例えばよ、この世界の名前自体がおかしい
でしょう」
 へ?幻想界、のどこがおかしいわけ。
「ばか。ここの名前はね、ここの人たちがつけたのよ。どうして自分たちの世界のこ
とを幻想なんて言うのよ。ここの人たちにとってここは現実なのに……そう。まるで
私達の世界の人がつけたみたいじゃない」
 んな、あほな。
 青い照明とろうそくの暖色系の光の中、あおいの顔はどちらに染まったらいいのか
決めかねているようだった。
「他にも、おかしいところはたくさんあるわ。照明はいいとしても、人間にも作れな
いこの翻訳機」
 皆、最初の内は日本語で話してくれていたのだけど、普通の妖精は話せないから後
後困るだろうと、セイトさんが昨日の朝、翻訳機を渡してくれたんだ。相手の話して
いる言葉が音的には判らないんだけど、意味が解ってしまうという、優れもの。あた
し達の話す言葉は、機械が相手に意味を伝えてくれるんだって。テレパシーの応用な
んだろう、ということ。防水もしてあるらしくって、超小型で重さも感じない。
「今は作るどころか、直せもしないのに、昔からあるから使っているだなんて、まる
で昔の方が発展していたみた、い」
 そんなわけ、ないわよね。そんな文明が過去にここにあったとしても、滅ぶ理由が
ないもの。気候は安定しているし、天変地異も起こらないということだし。
「もういいよ。明日、早いんでしょ。早く寝なさいって、言われ、た……」
「だってみどり――みどり?」
 振り向いたときには、既にみどりは安らかに奈落の底へと落ちてしまっていた。私
は小さくため息をつくと、ふっとろうそくを消した。




 「天に生まれ星となり、大地に生まれ花となるものとは、何か」。この問いに答え
るというのが、光の精の出した試練だった。
 あたし達は、あきれに似た顔を見合わせた。天に生まれて星になって、大地に生ま
れて花となるものだと?んなもん知るか。
 考える余地もないので茫然ともできないでいると、あの無表情とその隣の薄ら笑い
が目に入ってきてしまった。ああ、目の毒。
「ナイト殿下はお判りになられたようですが、そちらはいかがですか?」
 何か物騒なことを考えてそうなみどりを押さえると、私はにっこりと微笑んでやっ
た。
「さっぱり判りません」
 すると、ダイは苦虫を三百匹くらいかみつぶしたような顔になり、最長老と光の精
の長は笑いを抑えた。しかし、ナイトはまたしても微かにも表情を変えようとはしな
かった。本当にお人形さんみたいね。顔は綺麗だし、色も白いし。
 光の精の長は宙に浮かんだまま、どちらにしても回答は明日のこの時刻なのでまた
その時に、と小さな声で言うと、ナイトとダイとともに去ってしまった。
「そんなこと言われてもなあ。どうしようか」
「考えても判るわけではない、か。じゃ、ピクニックにでも行きましょうか」
「ぴくにっくう?」
 私は、みどりのまん丸い目に、にっとしてみせた。
「そ。これに答えられなかったら、帰らなくちゃならないんでしょう?その前にここ
をよく見ておきたいし、『何でもやるなら楽しくやらなくては』、でしょう?」
 最後の言葉は、おばあちゃんからの引用だ。あたしは、不安げだった心に涼しい風
が通るのを感じた。
「そうだね、それもいいかもな。行こか」
 用意をしてもらおうとセイトさんの方を向くと、彼は開いた口がふさがらなくなっ
てしまっているようだった。

 食べ物のたっぷり詰まった袋をかつぎ、私達は出かけた。今は重くとも、じきに軽
くなることが判っているので、足どりは軽い。一昨日は丘へ行ったので、今日は森へ
行くことに決めている。
 途中、何人かの妖精とすれ違ったけれど、城の人たちと同じで、皆ほとんどの人が
やせぎすで背が高く、神経質そうな顔立ちだった。人種的に、そういう傾向があるの
だろうか。髪の色は大体が黒か緑、もしくは茶色だけれど、金銀に赤、青など様様な
色の人もいた。しかし、着ているものが同じせいか、誰も余り個性がないように思わ
れた。国中がこうなのだとしたら、少し恐い。
 明日には、帰るんだ。あのお人形さんに王になられるのは悔しいけれど、それはそ
れで仕方がない。試練を越えられないということは、私達に王になる資格がないとい
うことなのだから。ま、期限までしっかりここを見ておくとしますか。
 森の中には日の光が入ってきていて、明るかった。茂るほどには生えていない下草
の間から、ときどき可愛らしい小動物が顔を覗かせては去っていく。あまり、人にな
れてはいないようだ。顔を上げると、木漏れ日が目を射し抜く。
 歩いたせいか、暑くなってきた。立ち止まると、ちょうど良い暖かさだ。学校にい
たら、みんな眠ってしまいそうな気温だった。
 この辺りで休憩することにして、大きな木の根本に座った。一帯には緑色の苔のじ
ゅうたんがびっしりと敷き詰めてある。太い幹には、蔦がいくらか絡まっている。本
当に大きな樹。きっと何百年も、もしかしたら何千年も昔から、ここにいるんだろう
な。
「いい気持ち……ずっとここで眠ってたいな」
「あっそう、じゃあこれは、私が処分してあげる」
 あおいはあたしの愛しい食料ちゃんをぶんどりやがったが、あたしの潤んだ目を見
ると、吐きそうな顔で投げ返してきた。これ、使えるかもな。
 あたしがいい色に焼けた丸いパンを取り出してかぶりつくと、あおいは呟いた。
「さっき、エカさんが言ったこと……」
「『今日は、雨は降りません』?」
 私は頷いた。
 出かけに私が、何気なく雨が降ったらどうしようと言うと、エカさんはそう言った
のだ。天気予報が出来るのかと思ったら、エカさんは、昔から決まっていると言い出
した。雨の降る日、晴れる日は決まっている、と。決まっていなければ、計画の立て
ようがないではないか。
 いったい、なんなのだろう。昔から決まっている、と皆が言う。過去に何があった
のだろう、そして、今は。
「気にしなくていいんじゃない、どうせ明日には帰るんだしさ」
 みどりはそう言うが、私には無理だ。気にし、考えるのが私の性分だし、役目だと
も思っている。いささか楽天家過ぎるみどりの分まで考えなくては。
「楽天家で悪かったな」
「あら、聞こえてた?」
「聞かせてたくせに」
 あおいは、いつものチェシャ笑いを浮かべ、ラズベリーに似た青い実をつまんだ。
あたし、あれ、苦みがあって嫌いだ。
 嫌な奴。あたしだって、ものくらい考えるもんね。
 ナイトは、十八ということだった。あの子は今では少なくとも二十のはずだし、ナ
イトには兄さんなんていないだろうしなあ。まあ、どっちにしてもあの子がここの人
なはずはないんだけどね。
 気がつくと、あおいが隣で苦しそうに腹を抱えていた。一瞬、腹でも壊したのかと
思った。
「き、さまっ。また聞いてやがったなっ」
「ごめんごめん。だって、みどり、可愛い……ぷっ」
 あおいは大笑いしながら、真っ赤になって追いかけるあたしから逃れようと、全力
で走った。そして数分後には、あたしも笑い出してしまい、息をも荒いまま、二人で
草の上に寝転がって、いつまでも笑い続けた。葉の隙間から漏れる光は、まぶたの下
からでも感じとれた。




 夕方になり、暗くなり始めたので私達は家路についた。歩き始めるとすぐに日が落
ち、辺りは暗くなってしまった。太陽とは反対に私達の世界よりも大きめな月の、よ
り明るい月明かりを頼りに、私達は足を速めた。
「明日、か」
 明日、あのうんざりするほどではないが平穏な日常に、私達は戻る。それは、仕方
のないことだと判っていた。しかし、何か、まだ何かがシグナルを送っているのも同
時に、判っているというレベルで感じていた。それは、まだ何かがのこっていると言
っていた。だが、もう時間もない。
 と、森を抜けた。
「わあ」
 この世界で、野外で星を見るのは初めてだった。人間界よりも星が多く見えるのは、
この世界には存在し得ないスモッグのせいだろうか。大げさに言えば、星のないとこ
ろを探すのが苦になるほどだった。その時。
 「星はね、それが天に生まれたものなんだよ」
 声が聞こえたような気がした。聞き覚えのある、優しくてしっかりとした声だった。
「みどり」
「あおい、今の」
 私達には、既に判っていた。私達に遺されたものが、何だったのかが。




 祖母が亡くなって六日、妖精の国へ来てから五日目。私達とナイト、八人の長老た
ちは最初の日の会議場に集まっていた。これだけの人数がいると、いくら広い部屋で
も室温が上がったかのように感じられる。
 セイト老人は少し青ざめていて、かなり緊張しているようだ。
「では、公平を期するために、紙に答えを書いていただきます」
「日本語で書いてもいいんですか」
 みどりが聞くと、すかさず
「白紙で出すのに、文字はいりませんよ」
と、合いの手が入った。全く、こんな子どもみたいな嫌みを言って、気でも晴れるの
かしら。困った御仁だこと。
 光の精の長は、長老は皆日本語と英語は読み書きが出来ますよと、そっけなくはな
く教えてくれた。日本語は、女王が日本人と結婚していたかららしい。すごいなあ。
あたしなんか、自国語だけで苦しんでるのに。
 あのね、みどり。
 ダイ・ダークは、芝居じみた笑いを洩らした。
「ナイト殿下は、三カ国どころか十カ国語以上おできになられますよ。おっと失礼、
覗くつもりはなかったのですが、あまりにもすけすけなので」
 こいつ――みどり、怒らないの?
 いくらあたしでも、呆れちゃうよ。こいつ、大人げないね。
 あら、それいいじゃない。ほら、むっとしてる。
 闇の精の長は眉根を寄せ、不機嫌そうに目線を逸らした。防御を覚えない方がい
いことって、あるのね。
「では、まずナイト・グリーンブルー・サス殿下の方から」
 「妖精」。それが、問いに対するナイトの答えだった。
「聖王国グリーン=ブルーの始祖、グリーン王が『妖精、天に生まれ星となり地に生
まれ花となるもの』という言葉を遺しています」
 珍しく長い台詞を一気にしゃべったナイトは、また黙り込んでしまった。いつ見て
も無表情な顔だけれど、今日はわずかに、気落ちしていることが感じとれた。隣の黒
ずくめの男の方は、腕を組んで満足そうにこちらを見ている。そう言えばこの人、ナ
イトのことを見ないわね。褒めてあげてもいいのに。
「では、次にグリーン・グリーンブルー、ブルー・グリーンブルー両殿下……『妖精
』」
 驚きの熱気が部屋を満たし広い部屋を狭く感じさせ、緑の服の老人の頬に赤みが戻
る。




「あの時のダイの顔ったら、なかったね」
「あれを、ダイが豆鉄砲食らった顔っていうのね」
 私達は、祖母の部屋の大きな窓から星を眺めていた。今日も、満天の星月夜だった。
私は、顔を天に向けたまま目を閉じた。こうしていても、空にある星を感じとれるよ
うな気がする。
「でも、あの時、おばあちゃんが言ったことを思い出さなかったらと思うと、ぞっと
するよ」
 私は、みどりにそっと微笑みかけた。
「終わりよければ全てよし、よ」
「まだ終わってないけどね」
 そう、まだ私達の試練は始まったばかり。王になったとしても、やっていけるのか
しら。いいえ、今は王となることだけを考えなければ。あいつに、王座を渡さないた
めに。
「おばあちゃん、どんな思いで私達にあの言葉を教えてくれたのかしら」
「判るわけないよ。あたし達が小二ぐらいのときでしょ」
 あの時も、これほどではないけれど、東京にしてはよく星の見える夜だった。あの
夜、私達に優しくしっかりとした声で教えてくれたおばあちゃんは、今はもういない。
 祖母が亡くなり、私達は悲しいという感情は覚えなかった。いつかはそうなると、
判っていたから。ただ、今までいた人がそこからいなくなると体験を母に次いで再び
味わい、私達はどことなく淋しかった。じきに消えてしまうと判っているその感覚
を、私達は充分に感じておこうとした。
 ふと、甲高くにぎにぎしい声が宙から降ってきた。小さい声なのに、女子中学生が
大群で押し寄せてきたような錯覚を感じる。
「グリーン様もブルー様も、こんなところで何していらっしゃるんですか」
「リィン」
 光を出しながらふわふわと飛んできたそれは、あたしの肩にそっと止まった。重さ
は少しも感じられない。
「リィンと対面したときのことを、話していたのよ」
「どうせ、悪口でも仰ってたんでしょう」
 ぷいと光の精はそっぽを向いた。短めの金色の巻き毛が揺れる。
「あの時は驚いたわよ。八つの時に三人で見た、あの小さな妖精さんが、ライトの長
の孫、リィン・リー・ウィンクルだったとはね」
 新しくあたし達付きとなった、羽根つき手乗りお人形は、甲高い声でくすくすと笑
った。鈴が鳴ってるみたいだな。あたしは顔をしかめたつもりだったが、きっと笑っ
ているように見えただろう。
「私こそ、グリーン様がすっかり忘れていらっしゃったのに驚きましたよ。私でさえ
覚えていたのに、まさかファンタジストの子がこんなものを見て忘れてしまうなんて」
「あら、私は覚えていたからいいじゃない。小さな妖精さんが、迷子になって泣いて
いたのを」
 リィンは光を強くして、それは言わない約束だったでしょうとふんがいしてあおい
を追う。ふうん、そうだったのか。
 リィンがエカさんに呼ばれて下がり、あたし達はまたしばらく星を見ていた。と。
「みどり、ここで星を見続けて、どのくらい経った」
 あおいのものすごく真剣な顔に面食らいながらも、あたしは答えた。
「どのくらいって、一時間ちょっとくらいは経ったんじゃないかな。どうかした」
「星が、動いていないの」
 あたしは眉をしかめた。いくらあたしでも、星は一時間に十五度動くことは知って
いる。あれ、三十度だったっけ?
「はじめに見たとき、あそこの山にあの赤い星がかかっていたの、今もそのままよ。
他の星もそう」
「そんなばかな。この星は、自転していないってこと」
「そう決めかかるのはまだ早いわ。月と太陽は動いているのだし」
 月と太陽は動いているのに、星は壁に張りついているように動かない。まるで、中
世以前の世界観。
「でも、他に何か理由でもあるの。ここと地球は、一年も一日も一緒なのに」
 あおいは難しい顔で、いらいらと人差し指でさんを叩きながらうめいていた。
「季節がない一年、動かない星、動く月と太陽、決まっている天気。それらは一体、
何を示しているの。一体何を……」

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Last modified 2007.6.12.
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