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 本作品は、世界設定ばらしが非常に多く含まれています。他のGreen-Blue talesシリーズを読んでからの方が、いいかもしれません。


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   碧


                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     第十章 神の罪

 がちり、と重い音を立てて錠は解かれた。セイトさんが続いて重厚な扉を開くと、
中の明かりは既についていて、地下なのに明るかった。
 いつもは封印されているという扉の中には、いろいろなものがそこら中に転がって
いる。そこはいつか私達が漁った倉庫のように乱雑だったが、大きめのものが多く、
一時使われたものが放っておかれているようで、一見がらくたには見えない。
 最長老は、迷わずにほこりをかぶった白い垂れ幕に近づいた。その垂れ幕は、床か
ら十センチばかり浮いていた。下から支えてあるわけでも、上から吊ってあるわけで
もない。これは魔法なのだろうか。それとも、これもまた先人の遺品なのだろうか。
 水の精の長が垂れ幕を手に取り、開くとその中には何もなかった。ただ、向こう側
の白い布が見えただけだった。中に枠があるのかと思ったが、それもない。
 水の精の長はお先にと言うと、垂れ幕の中の空間に消えた。え、何?瞬間移動?
 私達が何が起こっているのか把握できずにいる間に、皆は垂れ幕の中に次々と消え
ていった。セイトさんがどうぞとせかすので、私はおそるおそる足を踏み入れた。
 石の床に触れるはずの足は、土に触れた。瞬間移動したような感触が身体に残って
いるけれど、それは普段に比べるととても弱い。それに、私は移動しようとしていな
かった。
 後ろを振り返ると、みどりが何もない空間から現れた。つまり、どこでもドアのよ
うなものなのかしら。
 周囲の風景は、見たことのないものだった。後ろの風景、これはいいのよ。でこぼ
この枯れ野原が広がり、いくつかひょろひょろと木が立っている。妖精の国よりかな
り気温が低く、ケンタウルスのジィスティさんが住んでいたところに似ている。きっ
とあの近くなのだろう。
 問題は、前。私達の前にそびえ立つのは、ひどく幾何学的な建物群だった。計算さ
れた直線と曲線を描く大きな建築物は、綺麗に整列している。これはもう、都市だ。
色はパステル調の暖色系が薄くかかっているだけで、圧迫感や冷たい感じを与えない。
材質に何を使っているのかは判らなかった。コンクリートには見えないし、継ぎ目も
凹凸もなさそうだ。今までとの差がありすぎる。これは、学習雑誌に載っていた未来
都市そのものだ。
 私は、茫然と尋ねた。
「ここは」
「『神の国』です」
 神様がいるところ。ここは、先人の遺跡ではないの?遺跡にしては綺麗すぎるけれ
ど。
 善の精の長はせきばらいをし、注目されるのを待った。
「私の出す試練に参ります。私は、殿下とグリーン様、ブルー様に神にお会いしてい
ただきます」
「会う?」
 神に。




 神の国との境界は、はっきりと目に見えた。
 そこから先の地面は土ではなく、リノリウムかプラスチックかゴムかは判らないけ
れど、とにかくつるつるしていて継ぎ目のない、金属質ではないけれどいかにも人工
の材質というものでできていた。色は薄いクリーム色で、柔らかい印象を与える。
 セイトさんは、神の国に入った人はあまりいないけれど、危害を受けた人はいない
から大丈夫だと言っていた。でも、ねえ。
 私達は何となく息を止めて、一歩足を踏み出した。
 と、ぶわっと風が身体を包み、消えた。
「何っ」
 振り返ると、後ろにはきちんと長老方はいた。最長老と善の精の長、水の精の長、
火の精の長のイルメイアさんが何か話しているようだが、声は全く聞こえない。口を
ぱくぱくいわせているのだが、ふざけているようには見えないし、そもそもそんなこ
とをする人たちではない。
 つまり、向こうとは空気が通じていないということなのかしら。とりあえず、息は
できるみたいだけれど。外に比べるとほこりがなく、ミントのようにすっとするよう
な気がする空気だ。
 そうか。今のは、空気の壁のようなものなのかもしれない。でも、何のために?こ
ういうものがあるのは、ドームか精密機械の工場くらいよね。気圧を変える必要があ
るようには思えない。何かほこりを嫌うものがあるということかしら。
 ナイトを見ると、彼はふわっと微笑んだ。よかった。元気みたいね。
 あれから、ナイトは城に泊まっているのだけれど、今日はむしろ進んでついてきた。
私達を守ろうとしてくれているのかもしれない。みどりは、あれからナイトと口をき
いていない。
 ただ立っていても仕方がないので、とにかく前方に私達とナイトは連れだって歩き
始めた。すると、突然世の中が暗くなった。
 そして、私達はある部屋の中にいた。また、瞬間移動した感触が残ってはいるが、
力を使ったにしては疲労度が少ない。
 部屋は薄明るいが、不思議なことにどこから光が来ているのかは判らない。セイト
さんの試練の時の部屋のように、広さが判らなくて落ちつかないが、空気の感じから
いってそうは広くないようだ。辺りは静かで、何の気配もない。
 私達はじっと警戒して、次の動きを待っていた。
「ヨウコソ、『二人ノ王』ヨ」
 日本語。
「誰っ」
 感情がないというよりは、音声を出しているだけの声。やや前方から聞こえるが、
どこから声が出ているのかはっきりとは判別がつかない。反響が耳に少し残るのがう
っとうしい。
「私ハ『ゼウス』。幻想界管理用中枢コンピューター、製造番号IS19723ANU-VN2
……」
「あ、もういいわ。ゼウスっていうのは、何なの」
「私ヲ設計シタ博士ガツケテクレタ、私ノ名前」
 コンピューターか。そうね。この世界が先人が造ったものならば、そんなものがあ
ってもおかしくない、いいえ、なくてはならない。それが喋るかどうかは別だけれど。
私は正直、うんざりしていた。
「博士というのは、先人――妖精の前にこの世界にいた人のことなの」
「ソウダ。私ハ、幻想界ヲ管理・調整シ、『全人民幸福』トイウ究極目的ヲ達成スル
為ニ作ラレタ」
 この世界を管理?
「まさか、あなたが『神』なの?」
 ゼウスは、軽く笑いを洩らすかのように間をおいた。
「『妖精』ハ、私ノ事ヲソウ呼ンデイルヨウダナ。私ハ、貴女方二人ノ王ヲオ守リス
ルタメニ、ココニオ呼ビモウシアゲタ。貴女方ヲ亡キ者ニシヨウトスル者達ガ居タ。
『ハピネス』トカイウ種族ノ者達ダッタヨウダ」
「その人たちは?そうだナイトはっ」
 みどりは叫んだ。ゼウスは、いらだたしくなるまでに冷静に返した。
「殺シテハイナイ。私ハ、人ヲ傷ツケルコトガ出来ナイ。個体名『ナイト』デアル生
体ハ、私達ヲ破壊シヨウトシタノデ、一緒ニ眠ラセテオイタ」
 みどりは、口をひん曲げて不服そうに黙り込んだ。
 私は気を取り直し、とりあえず目の前の空気を見据えた。どこに敵意を向けたらい
いのか判らない状態が、こんなに辛いとは思わなかった。
「ところで、調節とはどういうことなの。気候のこと?」
 コンピューターは、考え込んでいるのか沈黙の効果を狙っているのか、少し間をお
いた。機械音は全くしないが、完全な静寂でもない。
「私ハ常ニ、幻想界ト人間界デノ人ノ活動ヲ観察シテイル。ソシテ妖精ニ関シテハ、
ソノ方向ヲ正スコトモアル」
 一時、私達は言葉を失った。頭が空回りする。これは今、何を言ったの。
 煮えたぎる心を抑え、私はゆっくりと尋ねた。
「あなたは、この世界を操っているの」
「違ウ。私ハ端末――妖精達ノイウ『聖石』ニ指令ヲ下シ」
「聖石は、やはりあなたの制御するものなのね」
 ゼウスは私達の様子に気づいているのかいないのか、得意げに説明を始めた。
「アレハ、其レダケデモ人ノ精神活動ヲ活発化サセル。其レ自体アル程度判断能力ヲ
持ッテモイルガ、私ノ指令ニ逆ラウコトハデキナイ。アレハイワバ、触媒ノ役目ヲ果
タシテイル」
 みどりは考え込んだ。聞いたことはあるけれど、意味は出てこないというとこらし
い。
「化学でやったでしょう。自分は変わらないで、化学変化をしやすくさせるもののこ
とよ」
「我々ハ、何カヲ作リ出スヨウニデキテハイナイ。我々ハ人ノスル事ヲ観察シ、アル
方向ヘ促進スルダケダ。イツノ時モ、決断シ行動スルノハ人ダ」
「たとえ、正しくないことでも?」
 みどりの怒りを込めた声。
「人ノイウ善悪ノ観念ハ、私ニハ理解デキナイ。私ハ、最終目的ヲ果タスタメニ、出
来ル事ヲスルダケダ。ダガ、妖精ヲ作ッタノハ過チダッタノカモシレナイ」
「え?」
「当時人ノ製造ハ、欠陥ノナイモノヲ作ルタメニ、私ガ行ッテイタ。少シDNAノプ
ログラムニ変更ヲ加エレバヨイダケダッタ」
 遺伝子操作――『神の罪』。
「そんなこと、勝手にしていいと思ってるのっ」
「良イトイウコトノ意味ハ、私ニハ理解出来ナイ」
 私は、額に手をやった。話にならない。
「あなた、なぜ先人を裏切ったの?先人が文明力を失って滅びたのは、あなたのせい
なんでしょう」
「アレハ人ノ為ダ」
 私達は困惑した。しかし、ゼウスは動揺をみせなかった。
「アノママデハ、『先人』ハ自ラ滅亡シテイタダロウ。貴女方ハ、滅亡ヲ幸セダト思
ウカ?」
 みどりが口を曲げて答えようとしないので、私は首をすくめて答えてやった。
「普通はそうは思わないわね」
「コノ世界ヲ開発シ始メル以前ヨリ、彼ラハ滅ビニ向カッテイタ。宇宙開発ヤ新ラシ
イ研究ハ、トウニ停止サレテイタ。彼ラハコノ世界ノ開発ト己ノ延命ニ全力ヲ注グ一
方デ、突然変異ニヨリ異常ニ知能レベルガ低イ『人間』ヲ都市カラ追イ出スヨウニナ
ッタ。寿命ハ波及的ニ延ビ、出生数ハ確実ニ減ッテイタ。アマリニモ欠陥ノアルDN
Aガ多スギ、私ニモドウシヨウモナカッタ」
 ゼウスが、ためいきをついたような気がした。
「『先人』ハ未来ヲ失クシ、過去ヘト向カッテイタ。私ハ、ソノ原因ヲ精神力ノ弱サ
ダト決定ヅケタ。ソノ証拠ニ、『人間』ハ自ラノ道ヲ歩ミ始メテイタ。未来ヘノ道ヲ」
 ゼウス、それは全能の神の名。人間は、先人のことをどれだけ記憶しているのだろ
う。
「『文明力』ヲ取リ去リ『魔力』――アレハ精神力ノバロメーターダ――ヲ持タセレ
バ、精神ノ強イ者ヲ尊ブト思ッタノダ。考察ガ足ラナカッタ。マサカ、コノヨウニナ
ルトハ思ッテイナカッタノダ。私ノ手落チダ」
 みどりが尊大に鼻を鳴らした。
「まあ、なったものは仕方がないわ。問題は、これから」
 ゼウスは、あっさりとその通りだと応えた。立ち直りの速い奴。
「今『妖精』ヲ『先人』ニ戻シテモ、同ジ事ノ繰リ返シニ過ギナイ。又、『人間』ニ
スルコトモ、貴女方ハ望マナイダロウ。『二人ノ王』ヨ」
「その二人の王って、何なの?確か、シルヴィラさんも言っていたけれど」
「貴女方ノ事ダ」
「だから、どういう意味なの」
「コノ世界ヲ、アルベキ姿ヘ変エテイク者ノ事ダ」
「まさか……あなた、私達の出現を以前から仕掛けていたの」
 彼は初めてとまどいをみせた。声には現れなかったが、口調ははっきりと変化をみ
せた。
「――ソレハ違ウ」
「だって、そうじゃないの。何百年も前に、あなたはシルヴィラさんに二人の王のこ
とを教えたわ。おばあちゃんとお母さんを人間界へやって、人間との混血の王を生み
出させたんでしょう」
「ソノヨウナ事ハシテイナイ。私ハ、ソノ頃ノ王家ニハ関ワッテイナイ。判ラナイ。
私ハ、知ッテイタ。貴女方ノ出現ヲ、データガ在ッタ。ドコカラ……コノデータノ出
所ハ……ロハ――は」
「ゼウス、あなた大丈夫?」
「それは」
 男の子の声だ。まだ変声期前の少年の声が、どこからか聞こえてきた。ゼウスが出
しているの?
「それは、僕たちから説明しよう」
 僕って。
「ゼウスじゃないの?あなたは誰、コンピューター?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね」
 今度は少女の声だ。さっきの声とは別人らしい。軽いくすくす笑いが、耳に心地
よい。
「あ、繋がったよ。ちょっと待っててくれ、みどり、あおい」
 あおい?みどり?この子たちは何なの?
 何も音はしなかった。空気の揺れすら感じなかった。ただ、突然少年と少女が現れ
た。瞬間移動にしては、あの特有の揺らぎのようなものは感じとれなかった。
 二人は十二ぐらいに見えるすさまじい美少女と美少年で、よく似ていた。双子なの
かもしれない。茶の髪、緑の瞳、白い肌、大人びた華やかな雰囲気はそっくりで、女
の子の方が少し目を引いた。
 少女が、華やかに微笑した。どこかで見たことがあるような、人の心を和らげる優
しい笑みだった。この二人、大人びたなんてものじゃない。大人、だわ。完璧に。
「こんにちは、みどりにあおい。久しぶりね」
「あなたたち、誰なの」
 私の脅しを込めた調子にも構わず、少年は屈託なくにこりとした。
「僕はグリーン・アトラス、こっちは妹のブルー・アトラスだ。君たちのいう、先人
の科学者だよ。一部では、グリーン=ブルーの建国者だともいわれているけどね」
 グリーン=ブルーの建国者って、あのグリーンとブルーという名の双子の神様?こ
の二人が?
「先人がまだ生き残っていたの?」
 男の子、グリーンはいぶかしげな表情になると、ああと笑った。女子校にいたら、
女の子たちが悲鳴をあげるか陶酔しそうな微笑だ。
「そうか。じゃあみどり、僕に触ってごらん」
 みどりは、いつものように素直に彼らに近づいていく。罠?
「大丈夫、何もしやしないよ」
と、少年は私に見事なウィンクを寄こした。
 どうも、勘が鈍るのよね。こんなに小さな子に手玉に取られるなんて、落ちつかな
い。
 みどりは、差し出された彼の小さな手を握ろうとした。
「すりぬけた?」
 そして、握れなかった。この子たち、幽霊なの?
「判った?あおい。私達はもう、死んでいる。つまり、これはコンピューターにデー
    quasi-personality  ホロ
タを入力した疑似人格なのよ。立体映像と音声つきのね」
 これが、ホログラフですって。向こう側なんて見えない、今までのものと違って画
像の乱れなんてかけらもない、音声と映像がずれることもない、どこから映している
のかさえ判らない。今までのものとはけたが違いすぎる。青玉が映したシルヴィラさ
んの映像を見て凄いと思ったけれど、これは全く別物だ。触らなくては、映像かと疑
うことさえないだろう。
「人工知能?」
 男の子は、うーんと目線を斜め上にやった。
「それは少し違うな。僕たちはもう、人ではない。でも、思考を構成するその方法は、
人であった頃のものをコピーしたものなんだ。僕たちの声、姿、しゃべり方、動作、
ものの考え方、記憶、人格を構成する要素全てを、僕たちはデータにしてコンピュー
ターに入れておいた。情報は新しく摂取しても、その判断方法は変わることがない。
だから、疑似」
  quasi
 「疑似」という言葉には、「偽の」や「類似」、「準」、「半」という意味がある。
 けれど、疑似とはいえここまでのデータを入れて処理するなんて、どういうコンピ
ューター使ってるのかしら。一目見てみたいものだわ。
 この優しい笑い方は、やはりどこかで見たような気がする。私と同じように想起し
ていたみどりが、あ、と言った。
「もしかしてあの立体映像」
「ああ、あのホログラフの人たちね、あなたたち」
 得意そうに話していた少年は、小首を傾げた。
「あの?」
「城にあったのよ。あなたたちの携帯用の小さな立体映像が。上半身しか写っていな
かったし、何を言っているのかも良く判らなかったけれど。あなた――ブルーさんが、
ザックという人の名前を呼んでいたわ」
 ブルーさんは綺麗な眉をしかめ、グリーンは、ぱっと私達の方に笑いかけた。作っ
た表情には見えないが、彼が内心焦っているのが判る。
「あなた、とても優しい声で呼んでいたのに、判らないの?」
「僕たちの事じゃなくて、先人のことを話そう。知りたいだろう」
 彼の自然な笑みに、私達はおとなしく頷いて応えた。少年は満足そうにする中に、
わずかに感謝する色を混ぜた。
「僕たち、君たちのいう先人は、シルヴィラが話したとおり、この世界を発見した―
     ナン
―『何もない世界』を」
 彼は、話し始めた。
「先人は、膨大な科学力を持っていた。「文明力」と呼ばれるのにふさわしいまでに
ね。今この世界に残っているのは、そのほんの一部に過ぎない。ないに等しいな」
 グリーンは、自嘲を含んだ苦笑を洩らした。その大人びたしぐさは、全く彼にふさ
わしかった。
「『ナン』は、ほんの偶然に見つかったということだ。空間について研究していた科
学者グループが、実験中の事故で発見したといわれている。先人はそこを『幻想界』
と名付け、それこそ幻想のような世界――レジャーランドのようなものをそこに築き
上げようと計画した。結果的に、その計画は全市民の移住計画となってしまったがね。
僕たちは、その幻想界プロジェクト完成期の、技術と設計に関する部門の技術者の中
核的存在だった」
「でも、あなたたちは」
 少年は、優しく包み込むよう微笑んだ。ブルーが目立つと思っていたけれど、この
子はその影になっているだけではない。周囲に気づかれぬように、そっと光を支えて
いる。
「ああ。僕らは子どもなのに、だろう。そう、僕たちはいくつに見えるかい」
「十三……大目に見て」
「ところが、僕たちはこれを撮っている今、二十四なんだよ」
 まだ小学生にしか一見は見えない少女は、大人の女性のように、余裕と、決して楽
しいことばかりではなかった過去をもって、微笑した。
「私達は小さい頃から天才といわれ続け、十で一般教育は終えて研究室に入ったわ。
そうね、七年はスキップしたかしら。そして十二の時、ある実験で失敗して成長が止
まってしまったの」
「それから僕たちは、歳をとっていない。細胞が新陳代謝しか行わなくなったんだ。
不老、と言えるかもしれないね。ただし、副作用が強すぎて、同じ事をしようとする
人はいなかったけれどね」
「実際、私達の失敗をヒントにして不老の研究は殆ど完成していたわ」
 グリーンはブルーに軽く笑いかけると、私達に向き直った。
「話がずれたね。僕たちは、主にメインコンピューターと『花園』という箇所の設計
に当たっていた。一年中春の、美しい土地――そう、今のグリーン=ブルーだ。あそ
こは気候がいいからね。妖精のような人々が住むのには、一番いい」
「そんなことよりも、誰が『神の罪』を起こしたのかを教えて。ゼウス?それともあ
なたたちが」
 少女は、明るくけらけらと笑った。乾いた笑いではないのに、どこか痛々しく感じ
るのはなぜだろう。
「まさか。私達も、ゼウスのしたことには驚いたのよ。起こすなんてとんでもない。
彼が言ったとおり、ゼウスは自分で、与えられた使命のために行ったの」
「でも、ならばなぜ止めなかったの?今の妖精の数は、とても少ない。昔からそうだ
ったわけではないでしょう。多くの人が、あの事件で死んでいったはずだわ」
「――皆、誰もがゼウスとの接触を求め、試み、そして失敗した」
 グリーンが呟いた。明るい彼の静かな台詞に言葉を返すのは、少々辛かった。
「嘘。あなたたちは、できたはずよ。こんなものが残っているんですもの」
 少年は、無邪気にではなくくすりと笑った。
「嘘じゃないよ。僕たちも失敗し続け、やっと二年目に僕が成功したんだ。僕たちは
ゼウスのやろうとしたことを知り、この人格を作った」
「どういうこと」
「ゼウスの試みに賛同したんだ。先人は、精神的にとてもよわい。僕たちは先人に、
人間のようにつよくなってほしかった。――だが、彼の試みは失敗した」
 人間――つよさを持つ人。
「でも、本当に人間界に先人がいたなんて信じられない。遺跡も何もないのよ」
「先人は自分たちの作品を人間に利用されるのを嫌がっていたからね。全て破壊する
か、ここへもってきたんだ。そんなことなどしなくても、人間たちがここへ追ってく
ることなどないと判っていたのに。今ならば解るが、彼らは脅えていると同時に、嫉
妬していたのだろう」
 嫉妬?あの頃は原始人だった人間に、文明力を持つ先人が嫉妬するなんてことがあ
るの。
「なぜ、先人は幻想界へ移住してきたんですか。いくら人間を嫌っていたからと言っ
ても、全員が移住することなんてなかったのに」
 グリーンは、考えるようなそぶりをした。あごに手を当てて、宙を見る。
「安全だから、だろうな。あの頃は、街のすぐ外には捨てられた人間がたくさんいつ
いていたし、自然災害も増加していた。ここは、全てが先人の作ったものばかりの世
界だ。先人の人口は、もともと少なかった上にどんどん減っていたから、全員が移住
するのは簡単だった。ここは広さも制限がないし、なんといっても得体の知れないも
のは決していない」
 少年は目を落とした。
「先人、そして妖精は未知なるものを恐れる。その恐怖ゆえに自分と違うものを恐れ、
自分と同じものだけといようとする。これは、よわさだ。常に今と同じであろうとす
るから、その文明は必然的に発展を止める。妖精が科学的な発展を止めて、もう何千
年になるだろう」
 ブルーは私達を見上げ、泣き出しそうな微笑みを浮かべた。
「なぜ宇宙開発が停止されたか判る?怖いからよ。宇宙は、地球よりも未知が多い世
界。……先人には無理だった」
「でも、そんなんじゃ何も変わらない」
「そう。何も変わらない。彼らは、変わることを恐れているのだから。何も変わらな
いと言うことは、喜びはもちろん、悲しみもそのままだということ。増えもしなけれ
ば、減りもしない。皆何も変わらない、以前と同じ生活を送っていく」
 そんなのって、とみどりは絶句した。そんなみどりに、少年は老成した目で微笑み
かけた。
「でも、人間は違う。人間は未知なるもの、変わることへの恐怖を知らない。あった
としても、その度量は先人や妖精のものとはけたが違う。あの頃、人間は文明などと
呼べるものは持っていない、粗野な民族だった。それが今はどうだ。燃焼物質や原子
力をエネルギー源として、宇宙にまで手を伸ばそうとしている」
「どうしてそんなことまで」
「僕たちは、ゼウスと繋がっているからね。彼を通して情報は常に得てきた。このま
までは人間はいつか先人に追いつき、そして追い越すだろう」
 少し淋しい、けれど満足そうな表情だった。
「ゼウスの言うとおり、妖精が人間となるのは正しい方法とは言えないだろう。なっ
て欲しいとも思わない。今妖精に出来るのは、その魔力を持ちながら、人間のつよさ
を学びとっていくことだけだ」
「できるかしら、そんなこと」
 少年と少女は、最初に見た立体映像のときのように、くすくすと笑った。そうして
いると、まるで子どものようだ。
「できるさ。『やろうとすれば、何でもできる』。そうだろう?」
「あなたたちならできるわ、『二人の王』」
「その二人の王っていったい何なの?そう。なぜあなたたちは、私達のことを知って
いるの。あなたたちがゼウスに、そしてシルヴィラさんに、私達のことを教えたのね。
――あなたたちが、私達を作ったの?」
 彼は、静かに首を振った。嘘をついているようには見えなかった。例えそれが、疑
似の映像であっても。
「それは違う。それはね、僕たちが君たちのことを知っているからさ。君たちは、そ
して君たちの親や祖先は、いつも自分の決めた道を歩んできた。そうだろう?」
 私達は答えず、じっと黙り込んだ。何か言ってしまえば、たちまち丸め込まれてし
まいそうな気がしていた。彼らは、そんな私達のことを理解た上で、優しく見つめた。
「人の人格は、ほとんど幼い頃の環境に影響される。それと同じさ。育てるんだ。そ
の完成を見ることはないかもしれないが、種をまき、芽が出るまでなら観察できるだ
ろう」
「だから、お願い。私達先人には成し遂げられなかったことをして。妖精たちを、つ
よくしてあげて。シルヴィラの言ったとおり、私達のように妖精もまた、滅びへと向
かっている」
 愛らしい少女は、私達に哀願した。
「君たちのつよさを、分けてあげてくれ。彼らの中に、つよさを育ててやるんだ。君
たちになら、できる」
 少年の力強い言葉に押されたように、私は頷いた。
「判ったわ。もし王になることができたら、きっとそうします」
 ブルーは、上品ににこりと笑った。
「なるのよ。判っているの。『二人の王』」
「僕たちは――この人格は、君たちがここを出た後自動的に破壊される。けれど、安
心してくれ。ゼウスは僕たちの存在こそ知らなかったけれど、彼は完全だ。自己チェ
ック機能も自己修復機能もついているから、壊れることは決してない」
「エネルギー源は大丈夫なの」
 グリーンは、思いついたようにくすりと笑った。
「君たち人間が使用しているものと違って、僕たちの使用しているエネルギー源は、
無限なんだよ。人の生きている限り、ね」
 ブルーは、後ろを振り向くように言った。
「じゃ、またね。みどり、あおい。あ、ゼウスに私達のことは言わないで。ショック
を受けるといけないから」
「え、ちょっと」
「元気で、また今度」
 現れたときと同様に、彼らは唐突に消えていってしまった。
 お願い、ですって。サマンサさんが、シルヴィラさんが、そして今度は先人が、私
達に頼んだ。妖精を救ってくれ、君たちにならできる、と。
 妖精を、救う。そんなご大層なこと、やれる自信はもちろんない。でも、やってみ
るだけの価値はあるし、そうしなくてはならない。だって私達こそ、妖精に滅んで欲
しくないと思っている。救いたいと、思っている。

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Last modified 2007.6.12.
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