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                                斎木 直樹

 

       5

 銃の予備層にエネルギーを充填している間に、Zは興味がなさそうに尋ねた。
「感じるか、お嬢ちゃん」
 子ども扱いの呼び方に、桜は抗しない。
「駄目です……姉さんは、本当にここにいるのですか」
 入ったときから何度も繰り返されてきた問答だった。
 Aグループの攻撃が始まった頃から建物一帯に強い対能力フィールドが張られ、中
の様子は判りにくくなってしまった。中に入ればよく知っている姉の生体波動は判る
だろうと桜は言っていたが、実際に入ってみると中を見通せない更に強いフィールド
がここかしこに張られていて、そのうちのどれにミュウがいるのかはしらみつぶしに
当たっていくしか方法がなかった。
「おいおい、偵察に行ったのは嬢ちゃんだろう」
「私が言っているのは、その後のことです」
 珍しく怒ったような桜の口調にショウは口をぽかんと開けた。ミュウと似てるとこ
ろもあるんだな。
 Zは、くっくと笑いながら足下の男の持ち物を点検した。予想通り、大したものは
持っていない。もうしばらく眠っているように、薬を首筋に打つ。全く、できうる限
り殺さないというSINの方針はやりにくい。なまじ自分の腕がいいだけに、それが可能
だっていうのも考え物だな。
「お嬢ちゃんが考えるぐらいのことは、俺たちだって考えてるさ。彼女はここにいる
と、かなり高い確率で推測されている」
「なぜですか」
「彼女を俺たちから隠す必要性がないからだ」
 ミュウがSINに連れ戻されたとしても、ミュウは「父親」に会いに自分からここへ
戻る。
 桜のくっきりとした声に、Zは思考を遮られた。
「来ます。右から五人、防護マスクを使用しています」
「判った。『隠れ』てろ」
 Zは右の角の壁に寄りかかり、目を閉じたまま銃を額に当てた。五人か。俺のディ
アナは上手くやっているらしいな、とZはアルが聞いていたら蹴られそうなことを考
えた。俺相手に五人とは、嘲りか、故意にか。どっちにしろ、制裁ものだな。
 相手が通路に出た瞬間に、Zは斜め前へ撃った。ショウが反対だよと思った時、弾
が跳ね返った。悲鳴が聞こえる前にZは駆け出し、ショウも後に続く。もちろん相手
も撃ってくるが、Zが当たる前に弾を跳ね返すので意味はない。
 男か女か一目では判らない一人が、カプセルのスイッチを押してこちらに投げた。
カプセルは地に落ち、煙が通路に充満する。この隙にと残りの三人は銃を撃ち込んだ
が、熱センサーに反応がないことに気づいた。
 頭の後ろで、しゃっと綺麗な音がした。振り返ろうとすると、マスクが落ちた。な
ぜマスクが落ちたかなど考える暇もなく、煙が目と鼻と喉を襲う。涙と鼻水と咳が止
まらない。もがいているところに、蹴りが飛んできた。腹部の痛さと苦しさとどちら
が強いのか、もうわけがわからない。
 二人までは、ナイフで切ってマスクを落としてやることで片がついた。最後の一人
と向かい合いながら、Zは考えていた。SINの調査員が対催涙ガスの免疫を持っている
ことぐらい、サンライズは承知のはずだ。それなのに、なぜ使った。
「お姉ちゃん?」
 背後で少女の声がした。そうか。
 ショウは首を巡らせた。何かに腕をつかまれたような感覚がした。
「ミュウ?」
 Zは銃を構えた男にナイフで切りつけ、親指をそぎ取った。四肢に弾を撃ち込んで
振り返ると、そこにはもがき苦しんでいる桜しかいなかった。
「ね、え、さん」
 今のが、ミュウか。
「ユグラドシルが欲しがるはずだ。このフィールドの中で、あの能力」
 俺でさえ、空間転移はこのフィールドの中ではできない。その中で、ショウを連れ
ていきやがった。
 まだ苦しんでいる五人を処置した頃には、桜の苦しみも収まってきた。SINの抗体は
もっているのだが、あまりに最近だったために効き目が薄いのだ。しかし、これでお
嬢ちゃんがここにいることは知られた。
 全てあちらにはお見通しだ。その中で、「切り札」はどう作用する?

 

 

 ショウが転移の後の不安定さから落ちつき、視線を上げると、そこにはミュウがい
た。何もない暗い部屋で、片手を顔に当ててうつむいている。
 ショウが何か言おうとしたとき、ミュウは先制するようにかすれた声で言った。
「ショウ、帰ってちょうだい」
「お前も帰るんだ、ミュウ」
 ミュウはのろのろと頭を上げたが、すぐに苦しそうに顔を歪めた。
「駄目よ。できない……」
 今にも倒れそうなミュウにショウは駆け寄り、腕に手を添えた。冷たい腕だった。
「大丈夫か」
「疲れてるのよ……すごく。――夢を、見るの」
 誰にともなく、熱に浮かされているようにつぶやく。
「夢?」
「昔の夢を……何度も」
 あいまいな調子でミュウは洩らした。視線が落ちつかない。
「十年前にあったことなら、アルに聞いたよ」
「そう……」
 むきになる元気すらないミュウに、ショウは一層不安になった。
「もう、何がなんだか、頭がはっきりしなくて……父さんの顔と母さんの悲鳴が、ず
っと続いて……」
「ミュウ、帰ろう。みんな待ってる」
「駄目よ。父さんの側にいないと……本当は、今もすごく怖いの」
 ミュウはあてもなく目をさまよわせる。ショウは優しく言った。
「チェイサーは、フェリックス・ノイエじゃない」
「わかってるっ――判ってるわ。でも、頭では判っていても、駄目。すぐに打ち消さ
れてしまう。私は、あの人の側を離れられない……」
 ミュウは両手で顔を覆った。泣いてはいない。でも、どうすればいいんだ?
「そう、お前はここにいる」
 ショウは条件反射に近い速さで銃を構えた。引き金を引く前に、大きな音と熱さに
左手を引っ込めた。
 銃は弾け、ショウの手も火傷と傷を負った。
「やめて、ショウ。お願い……」
 ミュウは床にへたり込んだ。左手の痛みと戦いながら、しゃくりあげるミュウにシ
ョウは傷ついていない方の手を伸ばした。
「あなたを殺したくないの……」
 ショウは右手を止めた。チェイサーをねめつける。悔しかった。ミュウをそこまで
追い込んだ者たちが憎かった。
 シドニィ・ロイエンは、自分に向けられた荒々しい感情に満足し、甘美な気持ちを
かみしめた。
「いい子だ、ミユ。では、もう一人のゲストを紹介しよう」
 シドニィは、ナイフを持っていない方の手を芝居じみた仕草で上げた。
「姿を出せ」
 反応がないと、シドニィは軽く首を上げた。すると、悲鳴と共に少女の姿が現れた。
「桜ちゃんっ」
 ミュウはがく然とした顔を上げ、声もない。
――すまん、まずった――
 Zの声がショウの頭に響いてきた。どうして今まで言わなかったんだ。
――その辺りのフィールドが、今切れたんだよ。わからねーのか――
 ショウが返事をしないでいると、心底呆れた調子でZが言った。
――お前、ほんっとーに能力者なのか?――
 俺は、感覚に疎いんだよっ。
――じゃ、殺るぞ――
 だめだ。
――今さら、人を殺したくないなんて言うわけじゃなかろうな、坊や――
 何でもいい。一切手出しするんじゃねえ。ミュウと接触してからは、俺の指示に従
うようにアルから言われたはずだ。
――……了解――
 皮肉な調子で、Zからの通信は切れた。
 ショウとZが話している間、ミュウは待っていた。何も考えず、流れてくる情報の
中につかり、ただミュウは彼の言葉を待っていた。今や、彼がどのように言うか、何
を言うか、一言一句間違えず事細かに描写できそうだった。けれど、ミュウには彼を
切り捨てることはできなかった。そうすることを考えただけで、吐き気とめまいがす
る。
 シドニィは片手で桜の腕をねじりあげ、もう片方の手は桜の首筋に冷たく光を反射
するナイフを当てている。
「桜を殺せ、ミユ」
「なっ」
 ショウは思わず声を出し、左手の焼けつく痛みに顔をしかめた。右手で手首を押さ
える。
 ミュウは一旦身体に力を入れたが、やがてゆっくりと首を振った。
「できない――できない」
「やるんだ、ミユ」
「できないのよっ」
 ミュウを中心として、風が巻きあがった。ショウは吹き飛ばされ、床に手をついた
が間に合わず、肩を床に打ちつける。
 身体を起こして頭を振るうと、その振動が反響して返ってくるような気がした。感
知能力の鈍いショウにでさえ、この部屋の空気がミュウの能力によって変質している
ように感じられる。息をするだけでも、能力に満ちたこの空気に影響を与えそうで怖
い。つばを飲み込むごくりという音が聞こえた。
 桜は目を開き、静かに言った。能力が桜の動きに注目する。
「お姉ちゃん、私、もういいの」
 姉さんがどんなに葛藤しているか、苦しんでいるか、たとえこの能力がなくても私
には解る。でもそれよりも何よりも。
「桜……」
 ミュウは、どんよりとした目を妹に移した。
「私、お姉ちゃんが幸せなら、もう、いいの。私の命は、お姉ちゃんにもらったもの
だもの」
「桜ちゃん、だめだ」
 ショウのいつになく厳しい声に、桜は胸を刺された。叱られた子どものようにうつ
むいたまま、ショウの名をつぶやく。背後にねじあげられた腕よりも胸が痛い。
「それは、君が言ってはならない一番のことだ。ミュウ」
 ミュウの動きに従って、空気中の能力も緊張を高める。次の刺激によっては、暴発
しかねない。多少は感知能力のあるシドニィにもそれが判り、額に汗が浮かんだ。
「お前は、何のために今までSINで働いてきたんだ」
「早く殺せ」
「知らない、判らないっ」
 ミュウが首を振ると、その延長線上の床と壁にすぱっと切り目が入った。壁の中の
配線があらわになる。ショウはそれには目もくれず、ミュウを睨むように見つめ続け
た。
「解るはずだ、ミュウ。お前は、何のために今まで生きてきた。お前のやるべきこと
は、ただ一つだ」
「ひとつ?」
 ミュウは、ショウの言ったことを子どものように反復した。頭が痛い。気持ちが悪
い。自分を囲む何もかもから責めたてられるような感覚。あの時とは違う。あの時に
は、何をしなければならないかが判っていた。判っていて、あるはずのない逃げ道を
探していた。でも今は、答えを与えてくれる人がいない。父さんがいない。
 そう、たった一つなんだ、ミュウ。けれど、それは教えられても解らない、お前で
答えを見つけるしかないんだ。お前自身で、解るしかないんだ。
 判っている?私は、今まで何のために嫌々SINで働いてきたの?――桜のためよ。
それ以外の、何のためでもない。桜のためだけに、私は今まで生きてきた。桜がいな
くては、私は生きてはこれなかった。あんなことがあっても生きてきたのは、桜がい
たから。私は、桜に命を与えたりなんかしていない。私が、桜に与えられてきたの。
ずっと。
 ミュウは胸に当てた手に力を入れ、ゆっくりと頭を起こした。
「桜――」
 シドニィは、緊張していた表情を緩めた。腕を握る手に力が入り、桜が顔をしかめ
る。
「やれ、ミユ」
 桜を殺すなんてできない、それは解った。でも、父さんをもう一度殺すなんて、絶
対にいや。できない。桜を助けるためには、父さんを殺さなくちゃ。でも。
「いやよ。わからない、わからないのっ」
 部屋が揺れた。照明が明滅する。天上に壁に床にひびが入る。風が、部屋に充満す
る。ショウは姿勢を低くし、また吹き飛ばされそうになるのをこらえた。
 シドニィは青ざめ、めちゃくちゃになった部屋を不安げに見回しながら叫んだ。
「そう、お前は私を殺せない。桜を殺せ、ミユ」
「ミュウ、よく考えるんだ。お前はもう、七歳の子どもじゃないっ」
 胸を押さえていた手が解放され、力が、爆発した。

 

 

 Zがその部屋があった辺りにたどり着いたとき、ミュウは桜を抱いて泣いていた。
その瓦礫の中で動いている者は、彼女だけだった。離れたところに手足があらぬ方向
を向いている三十代の男が倒れているのを確認すると、Zはそちらを警戒しながらシ
ョウの生死を確認した。
 ショウは所々血を流してミュウのかたわらに倒れている。あおむけで腕を開いてい
るところからすると、桜をかばっていたらしい。左手は衝撃で皮がむけていてあまり
いい状態とはいえなかった。息も荒い。Zが応急処置を施していると、痛みでショウ
が目を覚ました。
「って……」
「生きてる証拠だ」
 男が悲鳴を挙げるのを肩越しに聞き、Zは桜に首を向けた。これが、ミュウの出し
た答え。それもやむなし――。Zはあぜんとした。
「生きてる、のか」
 ショウは気絶しそうになりながら、痛みをこらえた。他のことに意識を集中した方
がやりやすい。
「そうだよ。最初から――前の時から、どちらも殺す必要なんか、なかったんだ。前
回は、仕方なかったかもしれない。ミュウは、まだ小さかったし、時間がなかった」
 ゆっくりと桜の手が動き、姉の涙に触れた。
「でも、今は違う。今はもう、ミュウは八歳の子どもじゃない。経験も積んだ。手加
減を加えることもできるんだ」
 ミュウは、ショウを見た。ショウは熱くさえ感じられる痛みに涙を浮かべ、荒い息
の中でわずかに微笑んだ。
「解らなかったのか、ミュウ」
 ぼんやりとミュウは答えた。
「そんな方法、思いつかなかった。誰も教えてはくれなかった」
 そうするしかないのだ、と父は言った。
「君は、いつまでも同じ君じゃない。あの頃のままでいる必要なんて、何一つないん
だよ、ミュウ」
 壁に開いた穴から注ぐ光が、顔に浮かぶ汗と涙に反射した。

 

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