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SIN>FILE 04     SIN

                                斎木 直樹

 

       4

                            アッパー
 ショウが作戦本部に着くと、そこには桜が先着していた。上級都市ではみなゆった
りした高価な服装をしているので、桜の高級なコートもここではあまり目立たない。
                       ロウアー
かえって、そのような服を着慣れていない生粋の下級市民であるショウの方が浮いて
しまっている。
 桜はショウに気づくと軽く会釈をし、すぐに話に戻った。建物の図面が大きく映し
出されたディスプレイを前に、何やら熱心に話している。相手はSINの調査員らしい。
「来たわね」
「アル。あれ、何話してるんだ?」
「桜ちゃんに、事前調査に行ってもらったのよ」
 ショウが顔をしかめると、アルは疲労が明らかな顔を緩ませ、別室に招き入れた。
 アルは徹夜したらしく、金色の柔らかい髪がくしゃくしゃになっている。肌ざわり
のよい素材の上着を脱ぎ捨てると、アルは客用のソファに身を沈ませた。
「桜ちゃんはね、能力者なのよ。感覚系がつよいから、事前の資料に大きな違いがな
いかとか、人員の配置や監視装置の有無をみてきてもらったの」
「でも、桜ちゃんの認識標は」
 アルは頷いた。
「私が初めて会ったとき、桜ちゃんの認識標は赤だった。ミュウがつけ換えさせたの」
 でも、とショウは口を開く。認識標は死ぬときにしか外されることはない。しかも
色の変更は決して出来ない。それがきまりだ。
「知ってるでしょう。莫大な金を出せば、SINを辞めるとき非合法に認識標を換える
ことができる。そのためにSINに入る能力者が多いことも」
 ショウは不服そうに頷いた。ショウは絶対に認識標を換えはしないわね、アルは確
信した。
「ミュウの母親は、そうだった。桜ちゃんも同じことよ。それが、ミユがSINに入るに
当たって出した二つの条件の内の一つ」
「もう一つは」
「二人を上級都市に送って、不自由ない生活を送らせることよ。ミユは、自分のこと
に関しては何一つ、条件を出さなかった」
 その時のミユの大人びた口調を思い出して、アルは顔をしかめた。苦い想いがよみ
がえる。
「じゃあ、桜ちゃんにあんなことさせてもいいのか。能力者であることを隠したいか
ら、わざわざ認識標を取り換えさせたんだろう」
 ショウの声で、アルは現実に返った。
「桜ちゃんが、何かできないかって言ってきたのよ。私に結果を報告してくれるだけ
でいいって言ったんだけどね。それじゃあ、細かいニュアンスまでは行き渡らないっ
て言い張って」
 あの子は、戻ってこないつもりなのかもしれない。もしそうなったら、どうなるの
だろう。私は、SINは。ぐるぐる渦を巻く暗い色の気持ちを、アルは払った。もう、
このことはさんざんリオンとも話し合ったし、私も決めたことだ。
 アルは立ち上がった。やるべきことはたくさんある。考えることはもう止めよう。
今は、最善を尽くすことだ。そう、私は決めたはずだ。

 

 

 ぽんと軽い音が聞こえた。ここでは小さく聞こえるが、反響の具合からいって、本
来はかなりの音だろう。
「始まったな。時間どおりだ」
 Zは武器の最後のチェックをしながら言った。ショウの故郷ではよく見かけた、旧
式の銃だ。無駄な装飾のない機能的な黒い服がよく似合っている。
「しっかし、なんでこんな古いものしか使っちゃいけねえんだよ」
「仕方ねえだろ。設定が設定なんだから」
 SINの調査員たちは、以前ミュウが壊滅せしめたレンダー公国の反政府団体の残党と
して乗り込むことになっている。金がなければ、武器も旧式のものにならざるを得な
いし、能力者もそうそう力を発揮できない。大企業同士が正面を切って争っては、大
きな問題になるからとの配慮だ。
「その中で犠牲者を少なく、とは、指導者の采配が試されるな」
 ショウが顔を曇らせたのを見て、Zは坊主の頭を小突いた。どうも、こいつを見て
いると自然と顔がにやけてくる。
「ばーか。あいつは、そんなやわな女じゃねーよ」
「Zさんは、アルのことが好きなんですか」
 ぶっ、と男二人は唾を吹いた。桜はきょとんと二人を見ている。動きやすいシンプ
ルな衣装は気に入っているようで、しばしばいろんなポーズを楽しそうにとっている。
「……とにかく、Zさんはやめてくれ」
 はい、と桜は素直に応え、追及はしなかった。
 Zは内心、桜に感心していた。このお嬢ちゃん、結構いけるかもしれねえな。上級
市民のコートにこの坊主はだまされているらしいが、その下は豈図らんや。
 Zは立ち上がった。
「もうそろそろ時間だ。じゃ、まず嬢ちゃん、『隠れ』てみてくれ」
 桜は頷き、意識を集中させた。ショウは桜を見つめ続けたが、なぜかとても見づら
くなった。一度目を反らしてしまったら、さっきのように見つけられなくなることは
確実だろう。
 サクラ・K・ノイエの能力は積極的能力とは言いがたい。彼女は、何かに攻撃を加
えることはできない。どこに何があるかといった感知能力と人の意識に対する消極的
な干渉、小さな物質の運動方向のささやかな制御。具体的に言うと、レーダーの役割
をしたり、「ここに、わたしは、いない」と人に思わせたり、カメラに写らなくする
ことができる。物を動かしたり壊したりすることは一切できない。
「上手いもんだな、この俺でもひっかかりそうだ。レーダーや探査関係もごまかせる
自信は」
「SINの機械程度なら」
 謙遜のない言葉に、Zは満足した。
「サンライズは、能力関係の機械ならSINに勝っている。嬢ちゃんのレベルなら、どっ
こいどっこいってとこだろう。俺たちのことは気にするな、自分を守ることだけに専
念しろ。おっと」
 首を傾げたショウに、Zはにやりと笑ってみせた。
「これはま、SINも知ってることだから、機密漏洩にはならないか」
 「SINが知っている」ことを知っている方が問題だな、とショウはひとりごちた。
「時間だ」
 見上げたZの顔は、今まで見たどんなときよりも生き生きとしていた。

 

 

 救急班の部屋に入り、アルテミスは顔を固くした。
 部屋の空気はこもっていて、ほこりっぽい。救急班員が人と機械の中を、忙しそう
に立ち回っている。今のところ重傷の者はいないが、まだまだ負傷者の数は増えそう
だった。
 救急班員に傷を見せると少し待つように言われ、アルテミスはそこにあった椅子に
座った。休憩が半分のつもりで来たので、少しはゆっくりしてもいいだろう。遠くの
爆発音が聞こえてくる。
「ミュウのために、こんなことをしてもいいのかしら」
 口をついて出た言葉に、アルテミスは心を突かれた。始めたときからずっと思って
いたことだったことに気づいたのだ。
       moon
「違いますよ、月」
 アルテミスの前に立った、二十前の女の子が言った。アルは思いだした。食堂でシ
ョウの名を呼んでいた子だ。彼女はあの時、あんなに快活な表情をしていたのに、今
は汚れ、腕を負傷している。
 茶色い髪の娘は、血に汚れた腕を下ろして言った。
「私たちは、自分のために戦っているんです。自分が捕らわれたときも、こうやって
助けに来てくれる人がいるのだと、信じるために」
 でもこれはミュウだからなのよ、とアルは言いたかった。SINは、一介の調査員のた
めにここまで金を浪費するほど甘いところではない。
 若い女は、そばかすの散った決して美人ではない顔をにっこりとほころばせた。ア
ルテミスはその美しさに、心を打たれた。なぜ、人は笑顔を心地よいと思うのだろう。
それは、笑う心が目から伝わってくるからなのかもしれない。
「そうですね。きっと、私たちだったらSINは助けに来てくれはしないでしょう。彼女
は特別だから。なのに、私たちがここに来たのは、仕事だからです」
 アルテミスは、娘を見た。彼女は、彼らを傷つけようとしたアルテミスに、彼女に
相応しい自尊心をもって対している。アルテミスは、心の中でショウの名を呼んだ。
「私たちは誰も、ミュウのためなんかに戦ってはいません。判りますか、アル」
「ええ。私には私情が入っていても、SINには私情はない」
 女は、茶けた髪を揺らして頷いた。口紅を引いていない唇は、くっきりと一文字に
結ばれている。
「あなたは、ユノといったわね」
 暗号名に、女は微笑んだ。
「フラン、です。アル」
「ありがとう、フラン」
 フランは、美しく笑った。

 

 

 これらのデータが全て紙の書類だったら、私は書類に埋まってしまっているだろう
な、とカイン・ゼラフィックはぼんやりと考えた。
 端末の画面には、目を通すべき書類のリストが延々と続いている。何の気もなしに
リストをスクロールさせていると、一つのテキストの表題が目に入った。書類を開き、
読み始めると、たちまち表情が変わった。視線を移動する暇も惜しむように、手探り
で秘書を呼び出す。
「はい」
 ごつい顔と身体の秘書が入ってくる。この顔とは裏腹に、細やかな心遣いが染み通
っているところをカインは気に入っていた。
「なぜSINの件を優先項目に入れておかなかった」
「申し訳ありません」
 男の即座の謝罪にカインは虚を突かれ、口をぱくつかせた。思考能力が回復してく
ると、ゼラフィック社長は頭に手をやった。
「いや、私が悪かった。SINに関する事項は全て緊急伝達事項から外せと言ったのは、
             moon
私だった。すまない。SINの月を呼び出してくれ」
 秘書は無言で会釈をし、退室した。人間工学によって開発された椅子に座って目を
閉じていると、小さなディスプレイに秘書の顔が映った。
『月は作戦実行中のため、リオン課長代理がお話ししたいそうです』
「判った。秘匿回線に回してくれ」
『はい』
 秘書の顔は消え、数秒後にディスプレイのウィンドウに文字が映った。

>>何か?

 リオンらしい簡潔なものの言い方に、カインは苦笑を浮かべるどころではなかった。

>資料を拝見しました。こちらに勝ち目はない。引きなさい。あの人は勝算のない戦
いはしない。

 いつから、彼のことをあの人と呼ぶようになったのだろう。カインは自問した。も
しかしたら、最初からなのかもしれない。彼とは、最初から最後まで親子と呼べるよ
うな関係にはなれなかった。もちろん、彼はそんなことのために私を育てたわけでは
ない。
 友人とも師弟ともともつかない私とあの人の関係は、周囲から見たらさぞ奇妙なも
のなのだろう。

>>そういうわけにはいかない
>十年前、あの部屋に近づくごとに警備は緩くなっていた。彼女の能力を試していた
んだ。彼は。
>彼は彼女と父親の間に何があったかを全て見ていた。彼はあの時、娘と父親のどち
らか生き残った方を使おうと考えていたんだ。当時の警備状況と隠しカメラの存在か
ら、彼が二人だけの状況を作らせようとしていたのは明らかだ。

 あの人の考えていることが私には判る。同じ状況下で私ならばそう考えるだろうこ
とが、全てあの人の考えていることなのだ。私は、あの人によく似てしまった。まる
で呪いのように。

>前回の妹の件も、これの伏線だろう。間違いなく、あの人はミュウに妹を殺させる
つもりだ。それが彼女を永久に手に入れる方法だ。最悪でも、彼女がこちらの手には
渡らなくなる。彼女には父親は殺せない。人員を出すだけ無駄だ。妹も作戦に投入し
ただと?みすみす殺すだけだ。
>>SINはCATを失うわけにはいかない。こちらにはこちらの切り札がある

 カインは数秒手を止めた。

>彼のことですか。
>>ああ。そのために、彼の情報はどこにも保存されていない。データの盗みようが
ないわけだ
>>私も月も十年前のことは判っている。ノイエの頭にはコンピューターなど無かっ
たことも知っている。

 少し置いて、次の文章が流れてきた。

>>私と月はこの作戦に賭けている。

 通信を切ったあと、カインは一人呟いた。
「それがあの男のやり口だ。彼に、それを破るだけの力があると言えるのか……」

 

 

「まだ所々穴がありますが」
「判っている。回せ」
 ユグラドシルはディスプレイの文字に目を通した。代名詞が異常に多用されている
が、自分が十年前から計画していたことがカインに知られていることが読みとれる。
 妹が現在どこにいるかは判らないが、いずれ発見されるだろう。何も今すぐ必要な
わけではない。
「あいつも、一応成長はしているようだな」
 子どもの成長を確かめることは親の至福だな、とユグラドシルは心で呟いてみた。
なかなかいい気分だった。
「この、最後の『彼』とはなんだ」
 秘書は資料を確かめたが、何一つ有力な手がかりはないとのことだった。
「切り札と称される男について調べろ」
 ユグラドシルは人差し指が震えていることに気づいた。この癖が出るのは久しぶり
だった。切り札とは何だろう。十年前からの計画が全てご破算になってしまうような
事態は避けたい。ただでさえ、シドがミュウに異常な執着を見せて困っているのにだ。
「計算外の要素が多いな……」
 老人は、己のつぶやきに驚いたように身をすくめた。

 

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