分離派建築博物館・・・展示室・・・

石本 喜久治 (1894〜1963)

  1920年に東京帝国大学建築学科卒業と同時に竹中工務店に入社。入社2年目に渡欧しドイツを
はじめとした国々の新しい建築動向に触れ大きな影響を受けた。帰国後は分離派旗揚げ期の表現
主義的指向からモダニズムへ移行する。
  白木屋百貨店の設計を機に設計事務所を立ち上げ独立、住宅から商業系まで幅広い建築作品を
手掛けた。戦後も時代の状況に合わせて発展を続け、組織事務所として今日に至る。
  戦前期には、石本喜久治のもとで山口文象,海老原一郎,西山夘造,立原道造,武基雄らが研鑚
を積んだ。


朝日新聞社屋上にて、ブルーノ・タウト氏エリカ氏山脇夫妻を案内する石本氏(1933(昭和8)年5月19日(日時はタウトの日記による))

分離派時代 〜計画案,竹中工務店在籍時代の作例〜
-1-涙凝れり(ある一族の納骨堂)-卒業設計及び石本家墓碑墓碑は現存
大阪野村銀行祇園出張所存否不明
大阪貯蓄銀行西野田支店存否不明
某氏邸の模型
-2- 〈写真・鷲尾氏と石本氏(堂ビルにて)〉
ある小学校 (大阪市立桃園小学校) 現存しない
平賀邸現存しない
山口銀行東京支店現存しない
-3-旧東京朝日新聞社社屋現存しない

石本式モダニズム 〜建築事務所開設以後〜
-1-コンポジション
白木屋百貨店現存しない
大森白木劇場(白木屋大森分店)現存しない
白木屋大塚分店現存する
-2-山叶商会現存しない
エンパイヤ自動車商会現存しない
銀座パレス現存しない

立原道造の関わり
-1-石本自邸現存しない
某病院計画案 (現・聖ヨゼフ病院) 現存する