First updated 09/20/1996
Last updated 04/03/2024
渋谷栄一校訂(C)

  

若 紫

 [凡例]
定家本「若紫」(『定家本源氏物語 若紫』八木書店 2020年3月)を底本とし、本文整定した。

 [主要登場人物]

 光る源氏(ひかるげんじ)
呼称---君・源氏の中将・光る源氏・源氏の君・中将の君・男君、十八歳 参議兼近衛中将
 藤壺の宮(ふじつぼのみや)
呼称---宮・女宮、父桐壺帝の妃、光る源氏の継母
 紫の上(むらさきのうえ)
呼称---若草・若君・初草・君、兵部卿宮の娘、藤壺宮の姪
 尼君(あまぎみ)
呼称---尼・北の方・祖母上・故尼君、紫の上の祖母
 僧都(そうず)
呼称---なにがし僧都・僧都、紫の上の祖母の兄
 王命婦(おうみょうぶ)
呼称---命婦の君・命婦、藤壺宮の女房
 左大臣(さだいじん)
呼称---大殿・大臣、源氏の岳父
 葵の上(あおいのうえ)
呼称---女君、源氏の正妻
 頭中将(とうのちゅうじょう)
呼称---頭中将、葵の上の兄
 兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)
呼称---親王・宮・父宮、紫の上の父
 惟光(これみつ)
呼称---惟光・大夫、源氏の乳母子
 良清(よしきよ)
呼称---播磨守の子

光る源氏の十八歳春三月晦日から冬十月までの物語

第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語

  1. 三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く---瘧病にわづらひたまひて
  2. 山の景色や地方の話に気を紛らす---すこし立ち出でつつ見渡したまへば
  3. 源氏、若紫の君を発見す---人なくて、つれづれなれば
  4. 若紫の君の素性を聞く---「あはれなる人を見つるかな
  5. 翌日、迎えの人々と共に帰京---明けゆく空は、いといたう霞みて
  6. 内裏と左大臣邸に参る---君は、まづ内裏に参りたまひて
  7. 北山へ手紙を贈る---またの日、御文たてまつれたまへり
第二章 藤壺の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語
  1. 夏四月の短夜の密通事件---藤壺の宮、悩みたまふことありて
  2. 妊娠三月となる---宮も、なほいと憂き身なりけりと
  3. 初秋七月に藤壺宮中に戻る---七月になりてぞ参りたまひける
第三章 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語
  1. 紫の君、六条京極の邸に戻る---かの山寺の人は、よろしうなりて
  2. 尼君死去し寂寥と孤独の日々---十月に朱雀院の行幸あるべし
  3. 源氏、紫の君を盗み取る---君は大殿におはしけるに

【定家注釈】
【校訂付記】

 

第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語

 [第一段 三月晦日、加持祈祷のため、北山に出向く]

 瘧病にわづらひたまひて、よろづにまじなひ加持など参らせたまへど、しるしなくて、あまたたびおこりたまひければ、ある人、「北山になむ、なにがし寺といふ所に、かしこき行ひ人はべる。去年の夏も世におこりて、人びとまじなひわづらひしを、やがてとどむるたぐひ、あまたはべりき。ししこらかしつる時はうたてはべるを、とくこそ試みさせたまはめ」など聞こゆれば、召しに遣はしたるに、「老いかがまりて、室の外にもまかでず」と申したれば、「いかがはせむ。いと忍びてものせむ」とのたまひて、御供にむつましき四、五人ばかりして、まだ暁におはす。

 やや深う入る所なりけり。三月のつごもりなれば、京の花盛りはみな過ぎにけり。山の桜はまだ盛りにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひもをかしう見ゆれば、かかるありさまもならひたまはず、所狭き御身にて、めづらしう思されけり。

 寺のさまもいとあはれなり。峰高く、深き岩の中にぞ、聖入りゐたりける。登りたまひて、誰とも知らせたまはず、いといたうやつれたまへれど、しるき御さまなれば、

 〔聖〕「あな、かしこや。一日、召しはべりしにや、おはしますらむ。今は、この世のことを思ひたまへねば、験方の行ひも捨て忘れて(校訂01)はべるを、いかで、かうおはしましつらむ」

 と、おどろき騒ぎ、うち笑みつつ見たてまつる。いと尊き大徳なりけり。さるべきもの作りて、すかせたてまつる。加持など参るほど、日高くさし上がりぬ。

 [第二段 山の景色や地方の話に気を紛らす]

 すこし立ち出でつつ見渡したまへば、高き所にて、ここかしこ、僧坊どもあらはに見おろさるる、ただこのつづら折の下に、同じ小柴なれど、うるはしくし渡して、清げなる屋、廊など続けて、木立いとよしあるは、

 〔源氏〕「何人の住むにか」

 と問ひたまへば、御供なる人、

 〔供人〕「これなむ、なにがし僧都の、この二年籠もりはべる方にはべるなる」

 〔源氏〕「心恥づかしき人住むなる所にこそあなれ。あやしうも、あまりやつしけるかな。聞きもこそすれ」などのたまふ。

 清げなる童など、あまた出で来て、閼伽たてまつり、花折りなどするも、あらはに見ゆ。

 〔供人〕「かしこに、女こそありけれ」
 〔供人〕「僧都は、よも、さやうには、据ゑたまはじを」
 〔供人〕「いかなる人ならむ」

 と口々言ふ。下りて覗くもあり。

 〔供人〕「をかしげなる女子ども、若き人、童女なむ見ゆる」と言ふ。

 君は、行ひしたまひ(校訂02)つつ、日たくるままに、いかならむと思したるを、

 〔聖〕「とかう紛らはさせたまて、思し入れぬなむ、よくはべる」

 と聞こゆれば、後への山に立ち出でて、京の方を見たまふ。はるかに霞みわたりて、四方の梢、そこはかとなう煙りわたれるほど、

 〔源氏〕「絵にいとよくも似たるかな。かかる所に住む人、心に思ひ残すことは、あらじかし」とのたまへば、

 〔供人〕「これは、いと浅くはべり。人の国などにはべる海、山のありさまなどを御覧ぜさせてはべらば、いかに、御絵いみじうまさらせたまはむ。富士の山、なにがしの嶽」

 など、語りきこゆるもあり。また西国のおもしろき浦々、磯の上を言ひ続くるもありて、よろづに紛らはしきこゆ。

 〔良清〕「近き所には、播磨の明石の浦こそ、なほことにはべれ。何の至り深き隈はなけれど、ただ、海の面を見わたしたるほどなむ、あやしく異所に似ず、ゆほびか(付箋@)なる所にはべる。

 かの国の前の守、新発意の、女かしづきたる家、いといたしかし。大臣の後にて、出で立ちもすべかりける人の、世のひがものにて、交じらひもせず、近衛の中将を捨てて、申し賜はれりける司なれど、かの国の人にも、すこしあなづられて、『何の面目にてか、また都にも帰らむ』と言ひて、頭も下ろしはべりにけるを、すこし奥まりたる山住みもせで、さる海づらに出でゐたる、ひがひがしきやうなれど、げに、かの国のうちに、さも、人の籠もりゐぬべき所々はありながら、深き里は、人離れ、心すごく、若き妻子の思ひわびぬべきにより、かつは、心をやれる住まひになむはべる。

 先つころ、まかり下りてはべりしついでに、ありさま、見たまへに寄りてはべりしかば、京にてこそ、所得ぬやうなりけれ、そこらはるかに、いかめしう占めて造れるさま、さは言へど、国の司にてし置きけることなれば、残りの齢、ゆたかに経べき心構へも、二なくしたりけり。後の世の勤めも、いとよくして、なかなか法師まさりしたる人になむはべりける」と申せば、

 〔源氏〕「さて、その女は」と、問ひたまふ。

 〔良清〕「けしうはあらず。容貌、心ばへなどはべるなり。代々の国の司など、用意ことにして、さる心ばへ見すなれど、さらにうけひかず。〔入道〕『我が身の、かくいたづらに沈めるだにあるを、この人ひとりにこそあれ、思ふさまことなり。もし、我に後れて、その志とげず、この思ひおきつる宿世違はば、海に入りね』と、常に遺言しおきてはべるなる」

 と聞こゆれば、君もをかしと聞きたまふ。人びと、

 〔供人〕「海龍王の后になるべきいつき女ななり」
 〔供人〕「心高さ、苦しや」とて笑ふ。

 かく言ふは、播磨守の子の、蔵人より、今年、かうぶり得たるなりけり。

 〔供人〕「いと好きたる者なれば、かの入道の遺言、破りつべき心はあらむかし」
 〔供人〕「さて、たたずみ寄るならむ」

 と言ひあへり。

 〔供人〕「いで、なにしに、さ言ふとも、田舎びたらむ。幼くよりさる所に生ひ出でて、古めいたる親にのみ従ひたらむは」

 〔供人〕「母こそ、ゆゑあるべけれ。よき若人、童など、都のやむごとなき所々より、(校訂03)にふれて尋ねとりて、まばゆくこそ、もてなすなれ」

 〔供人〕「情けなき人、なりて行かば、さて心安くてしも、え置きたらじをや」

 など言ふもあり。君、

 〔源氏〕「何心ありて、海の底まで深う思ひ入るらむ。底のみるめも(自筆本奥入01・奥入01・付箋A)、ものむつかしう」

 などのたまひて、ただならず思したり。かやうにても、なべてならず、もてひがみたる(校訂04)こと、好みたまふ御心なれば、御耳とどまらむをや、と見たてまつる。

 〔供人〕「暮れかかりぬれど、おこらせたまはずなりぬるにこそはあめれ。はや、帰らせたまひなむ」

 とあるを、大徳、

 〔聖〕「御もののけなど、加はれるさまにおはしましけるを、今宵は、なほ静かに加持など参りて、出でさせたまへ」と申す。

 「さもあること」と、皆人申す。君も、かかる旅寝も慣らひたまはねば、さすがにをかしくて、

 〔源氏〕「さらば暁に」とのたまふ。

 [第三段 源氏、若紫の君を発見す]

 人なくて、つれづれなれば、夕暮のいたう霞みたるに紛れて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人びとは帰したまひて、惟光朝臣と覗きたまへば、ただこの西面にしも、仏据ゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見たまふ。

 清げなる大人二人ばかり、さて童女ぞ出で入り遊ぶ。中に十ばかりやあらむと見えて、白き衣、山吹などの萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに、似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうに、ゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

 〔尼君〕「何ごとぞや。童女と腹立ちたまへるか」

 とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、「子なめり」と見たまふ。

 〔紫君〕「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに、籠めたりつるものを(校訂05)

 とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、

 〔少納言乳母〕「例の、心なしの、かかるわざをして、さいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」

 とて、立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とそ、人言ふめるは、この子の後見なるべし。

 尼君、
 「いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。おのが、かく、今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひたまふほどよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを、心憂く」とて、「こちや」と言へば、ついゐたり。

 つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。「ねびゆかむさまゆかしき人かな」と、目とまりたまふ。さるは、「限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるゝなりけり」と、思ふにも涙ぞ落つる。

 尼君、髪をかき撫でつつ、
 〔尼君〕「梳ることをうるさがりたまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて、殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしかし。ただ今、おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」

 とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

 〔尼君〕「生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき」

 またゐたる大人、「げに」と、うち泣きて、

 〔少納言乳母〕「初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ」

 と聞こゆるほどに、僧都、あなたより来て、

 〔僧都〕「こなたはあらはにやはべらむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の瘧病まじなひにものしたまうけるを、ただ今なむ、聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにもまでざりける」とのたまへば、

 「あないみじや。いとあやしきさまを、人や見つらむ」とて、簾下ろしつ。

 〔僧都〕「この世に、ののしりたまふ光る源氏、かかるついでに、見たてまつりたまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢延ぶる、人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ」

 とて、立つ音すれば、帰りたまひぬ。

 [第四段 若紫の君の素性を聞く]

 〔源氏〕「あはれなる人を見つるかな。かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よくさるまじき人をも見つくるなりけり。たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ」と、をかしう思す。「さても、いとうつくしかりつる稚児かな。何人ならむ。かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや」と思ふ心、深うつきぬ。

 うち臥したまへるに、僧都の御弟子、惟光を呼び出でさす。ほどなき所なれば、君もやがて聞きたまふ。

 〔僧都〕「過りおはしましけるよし、ただ今なむ、人申すに、おどろきながら、さぶらべきを、なにがしこの寺に籠もりはべりとは、しろしめしながら、忍びさせたまへるを、憂はしく思ひたまへてなむ。草の御むしろも、この坊にこそ、設けはべるべけれ。いと本意なきこと」と申したまへり。

 〔源氏〕「いぬる十余日のほどより、瘧病にわづらひはべるを、度重なりて、堪へがたく(校訂06)はべりつれば、人の教へのままに、にはかに尋ね入りはべりつれど、かやうやうなる人の験あらはさぬ時、はしたなかるべきも、ただなるよりは、いとほしう思ひたまへつつみてなむ、いたう忍びはべりつる。今、そなたにも」とのたまへり。

 すなはち、僧都参りたまへり。法師なれど、いと心恥づかしく、人柄もやむごとなく、世に思はれたまへる人なれば、軽々しき御ありさまを、はしたなう思す。かく籠もれるほどの御物語など聞こえたまひて、〔僧都〕「同じ柴の庵なれど、すこし涼しき水の流れも御覧ぜさせむ」と、せちに聞こえたまへば、かの、まだ見ぬ人びとに、ことことしう言ひ聞かせつるを、つつましう思せど、あはれなりつるありさまもいぶかしくて、おはしぬ。

 げに、いと心ことによしありて、同じ木草をも植ゑなしたまへり。月もなきころなれば、遣水に篝火ともし、灯籠などにも参りたり。南面いと清げにしつらひたまへり。そらだきもの、いと心にくく薫り出で、名香の香など匂ひみちたるに、君の御追風、いとことなれば、内の人びとも心づかひすべかめり。

 僧都、世の常なき御物語、後の世のことなど聞こえ知らせたまふ。我が罪のほど恐ろしう、「あぢきなきことに心をしめて、生ける限り、これを思ひ悩むべきなめり。まして後の世のいみじかべき」。思し続けて、かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから、昼の面影、心にかかりて恋しければ、

 〔源氏〕「ここにものしたまふは、誰れにか。尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな。今日なむ、思ひあはせつる」

 と聞こえたまへば、うち笑ひて、

 〔僧都〕「うちつけなる御夢語りにぞはべるなる。尋ねさせたまひても、御心劣りせさせたまひぬべし。故按察使大納言は、世になくて久しくなりはべりぬれば、えしろしめさじかし。その北の方なむ、なにがしが(校訂07)妹にはべる。かの按察使かくれて後、世を背きてはべるが、このごろ、わづらふことはべるにより、かく京にもまかでねば、頼もし所に籠もりてものしはべるなり」と聞こえたまふ。

 〔源氏〕「かの大納言の御女、ものしたまふと聞きたまへしは。好き好きしき方にはあらで、まめやかに聞こゆるなり」と、推しのたまへば、

 〔僧都〕「女ただ一人はべりし。亡せて、この十余年にやなりはべりぬらむ。故大納言、内裏にたてまつらむなど、かしこういつきはべりしを、その本意のごとくもものしはべらで、過ぎはべりにしかば、ただこの尼君、一人もてあつかひはべりしほどに、いかなる人のしわざにか、兵部卿宮なむ、忍びて語らひつきたまへりけるを、本の北の方、やむごとなくなどして、安からぬこと多くて、明け暮れ物を思ひてなむ、亡くなりはべりにし。物思ひに病づくものと、目に近く見たまへし」

 など申したまふ。「さらば、その子なりけり」と思しあはせつ。「親王の御筋にて、かの人にもかよひきこえたるにや」と、いとどあはれに見まほし。「人のほどもあてにをかしう、なかなかのさかしら心なく、うち語らひて、心のままに教へ生ほし立てて見ばや」と思す。

 〔源氏〕「いとあはれにものしたまふことかな。それは、とどめたまふ形見もなきか」

 と、幼かりつる行方の、なほ確かに知らまほしくて、問ひたまへば、

 〔僧都〕「亡くなりはべりしほどにこそ、はべりしか。それも、女にてぞ。それにつけて物思ひのもよほしになむ、齢の末に、思ひたまへ嘆きはべるめる」と聞こえたまふ。

 「さればよ」と思さる。

 〔源氏〕「あやしきことなれど、幼き御後見に思すべく、聞こえたまひてむや。思ふ心ありて、行きかかづらふ方もはべりながら、世に心の染まぬにやあらむ、独り住みにてのみなむ。まだ似げなきほどと、常の人に思しなずらへて、はしたなくや」などのたまへば、

 〔僧都〕「いとうれしかるべき仰せ言(校訂08)なるを、まだむげにいはきなきほどにはべるめれば、たはぶれにても、御覧じがたくや。そもそも、女は、人にもてなされて、大人にもなりたまふものななれば、詳しくはえとり申さず、かの祖母に語らひはべりて、聞こえさせむ」

 と、すくよかに言ひて、ものごはきさましたまへれば、若き御心に、恥づかしくて、えよくも聞こえたまはず。

 〔僧都〕「阿弥陀仏ものしたまふ堂に、することはべるころになむ。初夜、いまだ勤めはべらず。過ぐしてさぶらはむ」とて、上りたまひぬ。

 君は、心地もいと悩ましきに、雨すこしうちそそき、山風ひややかに吹きたるに、滝のよどみもまさりて、音高う聞こゆ。すこしねぶたげなる経の、絶え絶えすごく聞こゆるなど、すずろなる人も、所からものあはれなり。まして、思しめぐらすこと多くて、まどろまれたまはず。初夜と言ひしかども、夜もいたう更けにけり。内にも、人の寝ぬけはひしるくて、いと忍びたれど、数珠の脇息に引き鳴らさるる音、ほの聞こえ、なつかしううちそよめく音なひ、あてはかなりと聞きたまひて、ほどもなく近ければ、外に立てわたしたる屏風の中を、すこし引き開けて、扇を鳴らしたまへば、おぼえなき心地すべかめれど、聞き知らぬやうにやとて、ゐざり出づる人あなり。すこし退きて、

 「あやし、ひが耳にや」とたどるを、聞きたまひて、

 〔源氏〕仏の御しるべは、暗きに入りても(奥入02・自筆本奥入02)、さらに違ふまじかなるものを」

 とのたまふ御声の、いと若うあてなるに、うち出でむ声づかひも、恥づかしけれど、

 〔少納言乳母〕「いかなる方の、御しるべにかは。おぼつかなく」と聞こゆ。

 〔源氏〕「げに、うちつけなりとおぼめきたまはむも、道理なれど、

  初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ

 と聞こえたまひてむや」とのたまふ。

 〔少納言乳母〕「さらに、かうやうの御消息、うけたまはりわくべき人も、ものしたまはぬさまは、しろしめしたりげなるを。誰れにかは」と聞こゆ。

 〔源氏〕「おのづからさるやうありて聞こゆるならむと思ひなしたまへかし」

 とのたまへば、入りて聞こゆ。

 〔尼君〕「あな、今めかし。この君や、世づいたるほどにおはするとぞ、思すらむ。さるにては、かの『若草』を、いかで聞いたまへることぞ」と、さまざまあやしきに、心乱れて、久しうなれば、情けなしとて、

 〔尼君〕「枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔に比べざらなむ

 乾がたうはべるものを」と聞こえたまふ。

 〔源氏〕かうやうの(校訂09)つて(校訂10)なる御消息は、まださらに聞こえ知らず、ならはぬことになむ。かたじけなくとも、かかるついでに、まめまめしう聞こえさすべきことなむ」と聞こえたまへれば、尼君、

 〔尼君〕「ひがこと聞きたまへるならむ(校訂11)。いとむつかしき御けはひに、何ごとをかは答へきこえむ」とのたまへば、

 〔女房〕「はしたなうもこそ思せ」と人びと聞こゆ。

 〔尼君〕「げに、若やかなる人こそ、うたてもあらめ。まめやかにのたまふ、かたじけなし」

 とて、ゐざり寄りたまへり。

 〔源氏〕「うちつけに、あさはかなりと、御覧ぜられぬべきついでなれど、心には、さもおぼえはべらねば。仏はおのづから」

 とて、おとなおとなしう、恥づかしげなるにつつまれて、とみにもえうち出でたまはず。

 〔尼君〕「げに、思ひたまへ寄りがたきついでに、かくまでのたまはせ、聞こえさするも、いかが」とのたまふ。

 〔源氏〕「あはれにうけたまはる御ありさまを、かの過ぎたまひにけむ御かはりに、思しないてむや。言ふかひなきほどの齢にて、むつましかるべき人にも、立ち後れはべりにければ、あやしう浮きたるやうにて、年月をこそ、重ねはべれ。同じさまにものしたまふなるを、たぐひになさせたまへと、いと聞こえまほしきを、かかる折、はべりがたくてなむ、思されむところをも憚らず、うち出ではべりぬる」と聞こえたまへば、

 〔尼君〕「いとうれしう思ひたまへぬべきことながら(校訂12)も、聞こしめしひがめたることなどやはべらむと、つつましうなむ。あやしき身一つを、頼もし人にする人なむはべれど、いとまだ言ふかひなきほどにて、御覧じ許さるる方も、はべりがたげなれば、えなむうけたまはりとどめられざりける」とのたまふ。

 〔源氏〕「みな、おぼつかなからずうけたまはるものを、所狭う思し憚らで、思ひたまへ寄るさまことなる心のほどを、御覧ぜよ」

 と聞こえたまへど、「いと似げなきことを、さも知らでのたまふ」と思して、心解けたる御答へもなし。僧都おはしぬれば、

 〔源氏〕「よし、かう聞こえそめはべりぬれば、いと頼もしうなむ」とて、おし立てたまひつ。

 暁方になりにければ、法華三昧行ふ堂の懺法の声、山おろしにつきて聞こえくる、いと尊く、滝の音に響きあひたり。

 〔源氏〕「吹きまよふ深山おろしに夢さめて涙もよほす滝の音かな」

 〔僧都〕「さしぐみに袖ぬらしける山水に澄める心は騒ぎやはする
 耳馴れはべりにけりや」と聞こえたまふ。

 [第五段 翌日、迎えの人々と共に帰京]

 明けゆく空は、いといたう霞みて、山の鳥どもそこはかとなうさへづりあひたり。名も知らぬ木草の花ども、いろいろに散りまじり、錦を敷けると見ゆるに、鹿のたたずみ歩くも、めづらしく見たまふに、悩ましさも紛れ果てぬ。

 聖、動きもえせねど、とかうして護身参らせたまふ。かれたる声の、いといたうすきひがめるも、あはれに功づきて、陀羅尼誦みたり。

 御迎への人びと参りて、おこたりたまへる喜び聞こえ、内裏よりも御とぶらひあり。僧都、見えぬさまの御くだもの、何くれと、谷の底まで堀り出で、いとなみきこえたまふ。

 〔僧都〕「今年ばかりの誓ひ深うはべりて、御送りにもえ参りはべるまじきこと。なかなかにも思ひたまへらるべきかな」

 など聞こえたまひて、大御酒参りたまふ。

 〔源氏〕「山水に心とまりはべりぬれど、内裏よりもおぼつかながらせたまへるも、かしこければなむ。今、この花の折過ぐさず参り来む。

  宮人に行きて語らむ山桜風よりさきに来ても見るべく」

 とのたまふ御もてなし、声づかひさへ、目もあやなるに、

 〔僧都〕「優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそ移らね」

 と聞こえたまへば、ほほゑみて、〔源氏〕「時ありて、一度開くなるは、かたかなるものを」とのたまふ。

 聖、御土器賜ひて、

 〔聖〕「奥山の松のとぼそをまれに開けて(校訂13)まだ見ぬ花の顔を見るかな」

 と、うち泣きて見たてまつる。聖、御まもりに、独鈷たてまつる。見たまひて、僧都、聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の、玉の装束したる、やがてその国より入れたる筥の、唐めいたるを、透きたる袋に入れて、五葉の枝に付けて、紺瑠璃の壺どもに、御薬ども入れて、藤、桜などに付けて、所につけたる御贈物ども、ささげたてまつりたまふ。

 君、聖よりはじめ、読経しつる法師の布施ども、まうけの物ども、さまざまに取りにつかはしたりければ、そのわたりの山がつまで、さるべき物ども賜ひ、御誦経などして出でたまふ。

 内に僧都入りたまひて、かの聞こえたまひしこと、まねびきこえたまへど、

 〔尼君〕「ともかくも、ただ今は、聞こえむかたなし。もし、御志あらば、いま四、五年を過ぐしてこそは、ともかくも」とのたまへば、「さなむ」と同じさまにのみあるを、本意なしと思す。

 御消息、僧都のもとなる小さき童して、

 〔源氏〕「夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞の立ちぞわづらふ」

 御返し、

 〔尼君〕「まことにや花のあたりは立ち憂きと霞むる空の気色をも見む」

 と、よしある手の、いとあてなるを、うち捨て書いたまへり。

 御車にたてまつるほど、大殿より、「いづちともなくて、おはしましにけること」とて、御迎への人びと、君達などあまた参りたまへり。頭中将、左中弁、さらぬ君達も慕ひきこえて、

 〔頭中将〕かうやう(校訂14)の御供は、仕うまつりはべらむ、と思ひたまふるを、あさましく、おくらせたまへること」と恨みきこえて、「いといみじき花の蔭に、しばしもやすらはず、立ち帰り(校訂15)はべらむは、飽かぬわざかな」とのたまふ。

 岩隠れの苔の上に並みゐて、土器参る。落ち来る水のさまなど、ゆゑある滝のもとなり。頭中将、懐なりける笛取り出でて、吹きすましたり。弁の君、扇、はかなううち鳴らして、「豊浦の寺の、西なるや(奥入03・自筆本奥入03)」と歌ふ。人よりは異なる君達を、源氏の君、いといたううち悩みて、岩に(校訂16)寄りゐたまへるは、たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ、何ごとにも目移るまじかりける。例の、篳篥吹く随身、笙の笛持たせたる好き者などあり。

 僧都、琴をみづから持て参りて、

 〔僧都〕「これ、ただ御手一つあそばして、同じうは、山の鳥もおどろかしはべらむ」

 と切に聞こえたまへば、

 〔源氏〕「乱り心地、いと堪へがたきものを」と聞こえたまへど、け憎からずかき鳴らして、皆立ちたまひぬ。

 飽かず口惜しと、言ふかひなき法師、童べも、涙を落としあへり。まして、内には、年老いたる尼君たちなど、まださらにかかる人の御ありさまを見ざりつれば、「この世のものともおぼえたまはず」と聞こえあへり。僧都も、

 〔僧都〕「あはれ、何の契りにて、かかる御さまながら、いとむつかしき日の本の末の世に生まれたまへらむと見るに、いとなむ悲しき」とて、目おしのごひたまふ。

 この若君、幼な心地に、「めでたき人かな」と見たまひて、

 〔紫君〕「宮の御ありさまよりも、まさりたまへるかな」などのたまふ。

 〔少納言乳母〕「さらば、かの人の御子になりて、おはしませよ」

 と聞こゆれば、うちうなづきて、「いとようありなむ」と思したり。雛遊びにも、絵描いたまふにも、「源氏の君」と作り出でて、きよらなる衣着せ、かしづきたまふ。

 [第六段 内裏と左大臣邸に参る]

 君は、まづ内裏に参りたまひて、日ごろの御物語など聞こえたまふ。「いといたう衰へにけり」とて、ゆゆしと思し召したり。聖の尊かりけることなど、問はせたまふ。詳しく奏したまへば、

 〔帝〕「阿闍梨などにもなるべき者にこそあなれ。行ひの労は積もりて、朝廷にしろしめされざりけること」と、労たがりのたまはせけり。

 大殿、参りあひたまひて、

 〔左大臣〕「御迎へにもと、思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと思ひ憚りてなむ。のどやかに一、二日うち休みたまへ」とて、「やがて、御送り仕うまつらむ」と申したまへば、さしも思さねど、引かされてまかでたまふ。

 我が御車に乗せたてまつりたまうて、自らは引き入りて、たてまつれり。もてかしづききこえたまへる御心ばへのあはれなるをぞ、さすがに心苦しく思しける。

 殿にも、おはしますらむと心づかひしたまひて、久しく見たまはぬほど、いとど玉の台に磨きしつらひ、よろづをととのへたまへり。

 女君、例の、はひ隠れて、とみにも出でたまはぬを、大臣、切に聞こえたまひて、からうして渡りたまへり。ただ絵に描きたるものの姫君のやうに、し据ゑられて、うちみじろきたまふこともかたく、うるはしうてものしたまへば、思ふこともうちかすめ、山路の物語をも聞こえむ、言ふかひありて、をかしういらへたまはばこそ、あはれならめ、世には心も解けず、うとく恥づかしきものに思して、年のかさなるに添へて、御心の隔てもまさるを、いと苦しく(校訂17)、思はずに、

 〔源氏〕「時々は、世の常なる御気色を見ばや。堪へがたうわづらひはべりしをも、いかがとだに、問うたまはぬこそ、めづらしからぬことなれど、なほうらめしう」

 と聞こえたまふ。からうして、

 〔葵上〕問はぬは、つらきもの(自筆本奥入04・付箋C)にやあらむ」

 と、後目に見おこせたまへるまみ、いと恥づかしげに、気高ううつくしげなる御容貌なり。

 〔源氏〕「まれまれは、あさましの御ことや。訪はぬ、など言ふ際は、異にこそはべるなれ。心憂くも、のたまひなすかな。世とともにはしたなき御もてなしを、もし、思し直る折もやと、とざまかうさまに試みきこゆるほど、いとど思し疎むなめりかし。よしや、命だに(自筆本奥入05・付箋D)

 とて、夜の御座に入りたまひぬ。女君、ふとも入りたまはず。聞こえわづらひたまひて、うち嘆きて臥したまへるも、なま心づきなきにやあらむ、ねぶたげにもてなして、とかう世を思し乱るること多かり。

 この若草の生ひ出でむほどのなほゆかしきを、〔源氏〕「似げないほどと思へりしも、道理ぞかし。言ひ寄りがたきことにもあるかな。いかにかまへて、ただ心やすく迎へ取りて、明け暮れの慰めに見む。兵部卿宮は、いとあてになまめい(校訂18)たまへれど、匂ひやかになどもあらぬを、いかで、かの一族におぼえたまふらむ。ひとつ后腹なればにや(校訂19)」など思す。ゆかりいとむつましきに、いかでかと、深うおぼゆ。

 [第七段 北山へ手紙を贈る]

 またの日、御文たてまつれたまへり。僧都にほのめかしたまふべし。尼上には、

 〔源氏〕「もて離れたりし御気色のつつましさに、思ひたまふるさまをも、えあらはし果てはべらずなりにしをなむ。かばかり聞こゆるにても、おしなべたらぬ志のほどを御覧じ知らば、いかにうれしう」

 などあり。中に、小さく引き結びて、

 〔源氏〕「面影は身をも離れず山桜心の限りとめて来しかど

 夜の間の風も、うしろめたくなむ」

 とあり。御手などはさるものにて、ただはかなうおし包みたまへるさまも、さだすぎたる御目どもには、目もあやにこのましう見ゆ。

 〔尼君〕「あな、かたはらいたや。いかが聞こえむ」と、思しわづらふ。

 〔尼君〕「ゆくての御ことは、なほざりにも思ひたまへなされしを、ふりはへさせたまへるに、聞こえさせむかたなくなむ。まだ「難波津」をだに、はかばかしう続けはべらざめれば、かひなくなむ。さても、

  嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ
 いとどうしろめたう」

 とあり。僧都の御返りも同じさまなれば、口惜しくて、二、三日ありて、惟光をぞたてまつれたまふ。

 〔源氏〕「少納言の乳母と言ふ人あべし。尋ねて、詳しう語らへ」などのたまひ知らす。「さも、かからぬ隈なき御心かな。さばかりいはけなげなりしけはひを」と、まほならねども、見しほどを思ひやるもをかし。

 わざと、かう御文あるを、僧都もかしこまり聞こえたまふ。少納言に消息して会ひたり。詳しく、思しのたまふさま、おほかたの御ありさまなど語る。言葉多かる人にて、つきづきしう言ひ続くれど、「いとわりなき御ほどを、いかに思すにか」と、ゆゆしうなむ、誰も誰も思しける。

 御文にも、いとねむごろに書いたまひて、例の、中に、「かの御放ち書きなむ、なほ見たまへまほしき」とて、

 〔源氏〕「あさか山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらむ」

 御返し、

 〔尼君〕「汲み初めてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見るべき」

 惟光も同じことを聞こゆ。

 〔少納言乳母〕「このわづらひたまふこと、よろしくは、このごろ過ぐして、京の殿に渡りたまてなむ、聞こえさすべき」とあるを、心もとなう思す。

 

第二章 藤壺の物語 夏の密通と妊娠の苦悩物語

 [第一段 夏四月の短夜の密通事件]

 藤壺の宮、悩みたまふことありて、まかでたまへり。主上の、おぼつかながり、嘆ききこえたまふ御気色も、いといとほしう見たてまつりながら、かかる折だにと、心もあくがれ惑ひて、何処にも何処にも、まうでたまはず、内裏にても里にても、昼はつれづれと眺め暮らして、暮るれば、王命婦を責め歩きたまふ。

 いかがはたばかりけむ、いとわりなくて、見たてまつるほどさへ、現とはおぼえぬぞ、わびしきや。宮も、あさましかりしを思し出づるだに、世とともの御もの思ひなるを、さてだにやみなむと深う思したるに、いと憂くて、いみじき御気色なるものから、なつかしうらうたげに、さりとてうちとけず、心深う恥づかしげなる御もてなしなどの、なほ人に似させたまはぬを、「などか、なのめなることだにうち交じりたまはざりけむ」と、つらうさへぞ思さるる。何ごとをかは聞こえ尽くしたまはむ。くらぶの山に宿りも(奥入04・自筆本奥入06、13)取らまほしげなれど、あやにくなる短か夜にて、あさましう、なかなかなり。

 〔源氏〕「見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがて紛るる我が身ともがな」

 と、むせかへりたまふ(校訂20)さまも、さすがにいみじければ、

 〔藤壺〕「世語りに人や伝へむたぐひなく憂き身を覚めぬ夢になしても」

 思し乱れたるさまも、いと道理にかたじけなし。命婦の君ぞ、御直衣などは、かき集め持て来たる。

 殿におはして、泣き寝に臥し暮らしたまひつ。御文なども、例の、御覧じ入れぬよしのみあれば、常のことながらも、つらういみじう思しほれて、内裏へも参らで、二、三日籠もりおはすれば、また、「いかなるにか」と、御心動かせたまふべかめるも、恐ろしうのみおぼえたまふ。

 [第二段 妊娠三月となる]

 宮も、なほいと心憂き身なりけりと、思し嘆くに、悩ましさもまさりたまひて、とく参りたまふべき御使、しきれど、思しも立たず。

 まことに、御心地、例のやうにもおはしまさぬは、いかなるにかと、人知れず思すこともありければ、心憂く、「いかならむ」とのみ思し乱る。

 暑きほどは、いとど起きも上がりたまはず。三月になりたまへば、いとしるきほどにて、人びと見たてまつりとがむるに、あさましき御宿世のほど、心憂し。人は思ひ寄らぬことなれば、「この月まで、奏せさせたまはざりけること」と、驚ききこゆ。我が御心一つには、しるう思しわくこともありけり。

 御湯殿などにも親しう仕うまつりて、何事の御気色をも、しるく見たてまつり知れる、御乳母子の弁、命婦などぞ、あやしと思へど、かたみに言ひあはすべきにあらねば、なほ逃れがたかりける御宿世をぞ、命婦はあさましと思ふ。

 内裏には、御物の怪の紛れにて、とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし。見る人もさのみ思ひけり。いとどあはれに限りなう思されて、御使などの隙なきも、そら恐ろしう、ものを思すこと、隙なし。

 中将の君も、おどろおどろしうさま異なる夢を見たまひて、合はする者を召して、問はせたまへば、及びなう思しもかけぬ筋のことを合はせけり。

 〔占者〕「その中に、違ひ目ありて、慎しませたまふべきことなむはべる」

 と言ふに、わづらはしくおぼえて、

 〔源氏〕「みづからの夢にはあらず、人の御ことを語るなり。この夢合ふまで、また人にまねぶな」

 とのたまひて、心のうちには、「いかなることならむ」と思しわたるに、この女宮の御こと聞きたまひて、「もしさるやうもや」と、思し合はせたまふに、いとどしく(校訂21)いみじき言の葉尽くしきこえたまへど、命婦も思ふに、いとむくつけう、わづらはしさまさりて、さらにたばかるべきかたなし。はかなき一行の御返りのたまさかなりしも、絶え果てにたり。

 [第三段 初秋七月に藤壺宮中に戻る]

 七月になりてぞ、参りたまひける。めづらしうあはれにて、いとどしき御思ひのほど限りなし。すこしふくらかになりたまひて、うちなやみ、面痩せたまへる、はた、げに似るものなくめでたし。

 例の、明け暮れ、こなたにのみおはしまして、御遊びもやうやうをかしき空なれば、源氏の君も暇なく召しまつはしつつ、御琴、笛など、さまざまに仕うまつらせたまふ。いみじうつつみたまへど、忍びがたき気色の漏り出づる折々、宮も、さすがなる事どもを多く思し続けけり。

 

第三章 紫上の物語(2) 若紫の君、源氏の二条院邸に盗み出される物語

 [第一段 紫の君、六条京極の邸に戻る]

 かの山寺の人は、よろしくなりて出でたまひにけり。京の住処尋ねて、時々の御消息などあり。同じさまにのみあるも道理なるうちに、この月ごろは、ありしにまさる物思ひに、異事なくて過ぎゆく。

 秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所に、からうして思ひ立ちたまへるを、時雨めいてうちそそく。おはする所は、六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立、いともの古りて、木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、

 〔惟光〕「故按察使大納言の家にはべり。一日、もののたよりに、とぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごともおぼえず、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、

 〔源氏〕「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて消息せよ」

 とのたまへば、人入れて案内せさす。わざとかう立ち寄りたまへることと、言はせたれば、入りて、

 〔供人〕「かく、御とぶらひになむ、おはしましたる」と言ふに、おどろきて、

 〔女房〕「いとかたはらいたきことかな。この日ごろ、むげにいと頼もしげなくならせたまひにたれば、御対面などもあるまじ」

 と言へども、帰したてまつらむはかしこしとて、南の廂ひきつくろひて、入れたてまつる。

 〔女房〕「いとむつかしげにはべれど、かしこまりをだにとて。ゆくりなう、もの深き御座所になむ」

 と聞こゆ。げに、かかる所は、例に違ひて思さる。

 〔源氏〕「常に思ひたまへ立ちながら、かひなきさまにのみもてなさせたまふに、つつまれはべりてなむ。悩ませたまふこと、重くとも、うけたまはらざりけるおぼつかなさ」など聞こえたまふ。

 〔尼君〕「乱り心地は、いつともなくのみはべるが、限りのさまになりはべりて、いとかたじけなく、立ち寄らせたまへるに、みづから聞こえさせぬこと。のたまはすることの筋、たまさかにも思し召し変はらぬやうはべらば、かくわりなき齢過ぎはべりて、かならず数まへさせたまへ。いみじう心細げに見たまへ置くなむ、願ひはべる道のほだしに思ひたまへられぬべき」など聞こえたまへり。

 いと近ければ、心細げなる御声、絶え絶え聞こえて、

 〔尼君〕「いと、かたじけなきわざにもはべるかな。この君だに、かしこまりも聞こえたまつべき(校訂22)ほどならましかば」

 とのたまふ。あはれに聞きたまひて、

 〔源氏〕「何か、浅う思ひたまへむことゆゑ、かう好き好きしきさまを、見えたてまつらむ。いかなる契りにか、見たてまつりそめしより、あはれに思ひきこゆるも、あやしきまで、この世のことにはおぼえはべらぬ」などのたまひて、「かひなき心地のみしはべるを、かのいはけなうものしたまふ御一声、いかで」とのたまへば、

 〔女房〕「いでや、よろづ思し知らぬさまに、大殿籠もり入りて」

 など聞こゆる折しも、あなたより来る音して、

 〔紫君〕「上こそ、この寺にありし源氏の君こそ、おはしたなれ。など、見たまはぬ」

 とのたまふを、人びと、いとかたはらいたしと思ひて、「あなかま」と聞こゆ。

 〔紫君〕「いさ、『見しかば、心地の悪しさ、なぐさみき』と、のたまひしかばぞかし」

 と、かしこきこと聞こえたりと、思してのたまふ。

 いとをかしと聞いたまへど、人びとの苦しと思ひたれば、聞かぬやうにて、まめやかなる御とぶらひを聞こえ置きたまひて、帰りたまひぬ。〔源氏〕「げに、言ふかひなのけはひや。さりとも、いとよう教へてむ」と思す。

 またの日も、いとまめやかにとぶらひきこえたまふ。例の、小さくて、

 〔源氏〕「いはけなき鶴の一声聞きしより葦間になづむ舟ぞえならぬ

 同じ人にや(奥入05・自筆本奥入07)

 と、ことさら幼く書きなしたまへるも、いみじうをかしげなれば、「やがて御手本に」と、人びと聞こゆ。少納言ぞ聞こえたる。

 〔少納言乳母〕「問はせたまへるは、今日をも過ぐしがたげなるさまにて、山寺にまかりわたるほどにて。かう問はせたまへるかしこまりは、この世ならでも、聞こえさせむ」

 とあり。いとあはれと思す。

 秋の夕べは、まして、心のいとまなく思し乱るる人の御あたりに心をかけて、あながちなるゆかりも尋ねまほしき心まさりたまふなるべし。「消えむ空なき」とありし夕べ思し出でられて、恋しくも、また、見ば劣りやせむと、さすがにあやふし。

 〔源氏〕「手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草」

 [第二段 尼君死去し寂寥と孤独の日々]

 十月に朱雀院の行幸あるべし。舞人など、やむごとなき家の子ども、上達部、殿上人どもなども、その方につきづきしきは、みな選らせたまへれば、親王達、大臣よりはじめて、とりどりの才ども習ひたまふ、いとまなし。

 山里人にも、久しく訪れたまはざりけるを、思し出でて、ふりはへ遣はしたりければ、僧都の返り事のみあり(校訂23)

 〔僧都〕「立ちぬる月の二十日のほどになむ、つひに空しく見たまへなして、世間の道理なれど、悲しび思ひたまふる」

 などあるを見たまふに、世の中のはかなさもあはれに、「うしろめたげに思へりし人もいかならむ。幼きほどに、恋ひやすらむ。故御息所に後れたてまつりし」など、はかばかしからねど、思ひ出でて、浅からずとぶらひたまへり。少納言、ゆゑなからず御返りなど聞こえたり。

 「忌みなど過ぎて京の殿になむ」と聞きたまへば、ほど経て、みづから、のどかなる夜おはしたり。いとすごげに荒れたる所の、人少ななるに、いかに幼き人恐ろしからむと見ゆ。例の所に入れたてまつりて、少納言、御ありさまなど、うち泣きつつ聞こえ続くるに、あいなう、御袖もただならず。

 〔少納言乳母〕「宮に渡したてまつらむとはべるめるを、〔尼君〕『故姫君の、いと情けなく憂きものに思ひきこえたまへりしに、いとむげに稚児ならぬ齢の、まだはかばかしう人のおもむけをも見知りたまはず、中空なる御ほどにて、あまたものしたまふなる中の、あなづらはしき人にてや、交じりたまはむ』など、過ぎたまひぬるも、世とともに思し嘆きつること、しるきこと多くはべるに、かくかたじけなきなげの御言の葉は、後の御心もたどりきこえさせず、いとうれしう思ひたまへられぬべき折節にはべりながら、すこしもなぞらひなるさまにもものしたまはず、年よりも若びてならひたまへれば、いとかたはらいたくはべる」と聞こゆ。

 〔源氏〕「何か、かう繰り返し聞こえ知らする心のほどを、つつみたまふらむ。その言ふかひなき御心のありさまの、あはれにゆかしうおぼえたまふも、契りことになむ、心ながら思ひ知られける。なほ、人伝てならで、聞こえ知らせばや。

  〔源氏〕あしわかの浦に(自筆本奥入11・付箋E)みるめはかたくともこは立ちながらかへる(校訂24)かは
 めざましからむ」とのたまへば、

 〔少納言乳母〕「げにこそ、いとかしこけれ」とて、

 〔少納言乳母〕「寄る波の心も知らでわかの浦に玉藻なびかむほどぞ浮きたる
 わりなきこと」

 と聞こゆるさまの馴れたるに、すこし罪ゆるされたまふ。「なぞ恋ひざらむ(奥入06・08・自筆本奥入08、12)」と、うち誦じたまへるを、身にしみて若き人びと思へり。

 君は、上を恋ひきこえたまひて泣き臥したまへるに、御遊び(校訂25)がたきどもの、

 〔女童〕「直衣着たる(校訂26)人のおはする、宮のおはしますなめり」

 と聞こゆれば、起き出でたまひて、

 〔紫君〕「少納言よ。直衣着たりつらむは、いづら、宮のおはするか」

 とて、寄りおはしたる御声、いとらうたし。

 〔源氏〕「宮にはあらねど、また思し放つべうもあらず。こち」

 とのたまふを、恥づかしかりし人と、さすがに聞きなして、悪しう言ひてけりと思して、乳母にさし寄りて、

 〔紫君〕「いざかし、ねぶたきに」とのたまへば、

 〔源氏〕「今さらに、など忍びたまふらむ。この膝の上に大殿籠もれよ。今すこし寄りたまへ」

 とのたまへば、乳母の、

 〔少納言乳母〕「さればこそ。かう世づかぬ御ほどにてなむ」

 とて、押し寄せたてまつりたれば、何心もなくゐたまへるに、手をさし入れて、探りたまへれば、なよよかなる御衣に、髪はつやつやとかかりて、末のふさやかに、探りつけられたる、いとうつくしう思ひやらる。手をとらへたまへれば、うたて例ならぬ人の、かく近づきたまへるは、恐ろしうて、

 〔紫君〕「寝なむ、と言ふものを」

 とて、強ひて引き入りたまふにつきて、すべり入りて、

 〔源氏〕「今は、まろぞ思ふべき人。な疎みたまひそ」

 とのたまふ。乳母、

 〔少納言乳母〕「いで、あなうたてや。ゆゆしうもはべるかな。聞こえさせ知らせたまふとも、さらに何のしるしもはべらじものを」とて、苦しげに思ひたれば、

 〔源氏〕「さりとも、かかる御ほどを、いかがはあらむ。なほ、ただ世に知らぬ心ざしのほどを、見果てたまへ」とのたまふ。

 霰降り荒れて、すごき夜のさまなり。

 〔源氏〕「いかで、かう人少なに心細うて、過ぐしたまふらむ」

 と、うち泣いたまひて、いと見棄てがたきほどなれば、

 〔源氏〕「御格子参りね。もの恐ろしき夜のさまなめるを、宿直人にてはべらむ。人びと、近うさぶらはれよかし」

 とて、いと馴れ顔に御帳のうちに入りたまへば、あやしう思ひのほかにもと、あきれて、誰も誰もゐたり。乳母は、うしろめたなうわりなしと思へど、荒ましう聞こえ騒ぐべきならねば、うち嘆きつつゐたり。

 若君は、いと恐ろしう、いかならむとわななかれて、いとうつくしき御肌つきも、そぞろ寒げに思したるを、らうたくおぼえて、単衣ばかりを押しくくみて、わが御心地も、かつはうたておぼえたまへど、あはれにうち語らひたまひて、

 〔源氏〕「いざ、たまへよ。をかしき絵など多く、雛遊びなどする所に」

 と、心につくべきことをのたまふけはひの、いとなつかしきを、幼き心地にも、いといたう怖ぢず、さすがに、むつかしう(校訂27)寝も入らずおぼえて、身じろき臥したまへり。

 夜一夜、風吹き荒るるに、

 〔女房〕「げに、かう、おはせざらましかば、いかに心細からまし」
 〔女房〕「同じくは、よろしきほどにおはしまさましかば」

 とささめきあへり。乳母は、うしろめたさに、いと近うさぶらふ。風すこし吹きやみたるに、夜深う出でたまふも、ことあり顔なりや。

 〔源氏〕「いとあはれに見たてまつる御ありさまを、今はまして、片時の間もおぼつかなかるべし。明け暮れ眺めはべる所に、渡したてまつらむ。かくてのみは、いかが。もの怖ぢしたまはざりけり」とのたまへば、

 〔少納言乳母〕「宮も御迎へになど、聞こえのたまふめれど、この御四十九日過ぐしてや、など思うたまふる」と聞こゆれば、

 〔源氏〕「頼もしき筋ながらも、よそよそにてならひたまへるは、同じうこそ、疎うおぼえたまはめ。今より見たてまつれど、浅からぬ心ざしは、まさりぬべくなむ」

 とて、かい撫でつつ、かへりみがちにて、出でたまひぬ。

 いみじう霧りわたれる空もただならぬに、霜はいと白うおきて、まことの懸想もをかしかりぬべきに、さうざうしう思ひおはす。いと忍びて通ひたまふ所の道なりけるを思し出でて、門うちたたかせたまへど、聞きつくる人なし。かひなくて、御供に声ある人して、歌はせたまふ。

 〔源氏〕「朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな」

 と、二返りばかり(校訂28)歌ひたるに、よしある下仕へを出だして、

 〔女〕「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしに(自筆本奥入14・付箋G)さはりしもせじ」

 と言ひかけて、入りぬ。また人も出で来ねば、帰るも情けなけれど、明けゆく空もはしたなくて、殿へおはしぬ。

 をかしかりつる人のなごり恋しく、独り笑み(校訂29)しつつ臥したまへり。日高う大殿籠もり起きて、文やりたまふに、書くべき言葉も例ならねば、筆うち置きつつ、すさびゐたまへり。をかしき絵などをやりたまふ。

 かしこには、今日しも、宮わたりたまへり。年ごろよりもこよなう荒れまさり、広うもの古りたる所の、いとど人少なに寂しければ、見わたしたまひて、

 〔兵部卿宮〕「かかる所には、いかでか、しばしも、幼き人の過ぐしたまはむ(校訂30)。なほ、かしこに渡したてまつりてむ。何の所狭きほどにもあらず。乳母は、曹司などして、さぶらひなむ。君は、若き人びとなどあれば、もろともに遊びて、いとようものしたまひなむ」などのたまふ。

 近う呼び寄せたてまつりたまへるに、かの御移り香の、いみじう艶に染みかへらせたまへれば、「をかしの御匂ひや。御衣はいと萎えて」と、心苦しげに思いたり。

 〔兵部卿宮〕「年ごろも、あつしく、さだ過ぎたまへる人に添ひたまへる。かしこにわたりて、見ならしたまへなど、ものせしを。あやしう疎みたまひて、人も心置くめりしを。かかる折にしも、ものしたまはむも、心苦しう」などのたまへば、

 〔少納言乳母〕「何かは。心細くとも、しばしは、かくておはしましなむ。すこしものの心思し知りなむに、わたらせたまはむこそ、よくははべるべけれ」と聞こゆ。

 〔少納言乳母〕「夜昼恋ひきこえたまふに、はかなきものもきこしめさず」

 とて、げにいといたう面痩せたまへれど、いとあてにうつくしく、なかなか見えたまふ。

 〔兵部卿宮〕「何か、さしも思す。今は、世に亡き人の御ことは、かひなし。おのれあれば」

 など語らひきこえたまひて、暮るれば帰らせたまふを、いと心細しと思いて、泣いたまへば、宮、うち泣きたまひて、

 〔兵部卿宮〕「いとかう、思ひな入りたまひそ。今日明日、渡したてまつらむ」など、返す返すこしらへおきて、出でたまひぬ。

 なごりも慰めがたう泣きゐたまへり。行く先の身のあらむことなどまでも思し知らず、ただ年ごろ、立ち離るる折なう、まつはしならひて、今は亡き人となりたまひにける、と思すがいみじきに、幼き御心地なれど、胸つとふたがりて、例のやうにも遊びたまはず。昼は、さても紛らはしたまふを、夕暮となれば、いみじく屈したまへば、かくては、いかでか過ごしたまはむと、慰めわびて、乳母も泣きあへり。

 君の御もとよりは、惟光をたてまつれたまへり。

 〔源氏〕「参り来べきを、内裏より召あればなむ。心苦しう見たてまつりしも、しづ心なく」とて、宿直人たてまつれたまへり。

 〔女房〕「あぢきなうもあるかな。戯れにても、もののはじめに、この御ことよ」
 〔女房〕「宮、聞こし召しつけば、さぶらふ人びとの、おろかなるにぞさいなまむ」
 〔女房〕「あなかしこ。もののついでに、いはけなくうち出できこえさせたまふな」

 など言ふも、それをば何とも思したらぬぞ、あさましきや。

 少納言は、惟光に、あはれなる物語どもして、

 〔少納言乳母〕「あり経て後や、さるべき御宿世、逃れきこえたまはぬやうもあらむ。ただ今は、かけてもいと似げなき御ことと見たてまつるを、あやしう思しのたまはするも、いかなる御心にか、思ひ寄るかたなう乱れはべる。今日も、宮渡らせたまひて、『うしろやすく仕うまつれ。心幼くもてなしきこゆな』とのたまはせつるも、いとわづらはしう、ただなるよりは、かかる御好き事も、思ひ出でられはべりつる」

 など言ひて、「この人もことあり顔にや思はむ」など、あいなければ、いたう嘆かしげにも言ひなさず。大夫も、「いかなることにかあらむ」と、心得がたう思ふ。

 参りて、ありさまなど聞こえければ、あはれに思しやらるれど、さて通ひたまはむも、さすがにすずろなる心地して、「軽々しうもてひがめたると、人もや漏り聞かむ」など、つつましければ、「ただ迎へてむ」と思す。

 御文は、たびたびたてまつれたまふ。暮るれば、例の大夫をぞたてまつれたまふ。「障はる事どものありて、え参り来ぬを、おろかにや」などあり。

 〔少納言乳母〕「宮より、明日にはかに、御迎へにと、のたまはせたりつれば、心あわたたしくてなむ。年ごろの蓬生(校訂31)を離れなむも、さすがに心細く、さぶらふ人びとも思ひ乱れて」

 と、言少なに言ひて、をさをさあへしらはず、もの縫ひ、いとなむけはひなど、しるければ、参りぬ。

 [第三段 源氏、紫の君を盗み取る]

 君は大殿におはしけるに、例の、女君、とみにも対面したまはず。ものむつかしくおぼえたまひて、あづまをすががきて、「常陸には田をこそ作れ(奥入07・自筆本奥入09)」といふ歌を、声はいとなまめきて、すさびゐたまへり。

 参りたれば、召し寄せて、ありさま問ひたまふ。しかしかなど聞こゆれば、口惜しう思して、「かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、好き好きしかるべし。幼き人を盗み出でたりと、もどきおひなむ。そのさきに、しばし、人にも口固めて、渡してむ」と思して、

 〔源氏〕「暁、かしこにものせむ。車の装束さながら。随身一人二人仰せおきたれ」とのたまふ。うけたまはりて立ちぬ。

 君、「いかにせまし。聞こえありて、好きがましきやうなるべきこと。人のほどだに、ものを思ひ知り、女の心交はしけることと、推し測られぬべくは、世の常なり。父宮の、尋ね出でたまひつらむも、はしたなう、すずろなるべきを」と、思し乱るれど、さて、外してむはいと口惜しかべければ、まだ夜深う出でたまふ。

 女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ。

 〔源氏〕「かしこに、いとせちに見るべきことのはべるを、思ひたまへ出でて、立ちかへり参り来なむ」とて、出でたまへば、さぶらふ人びとも知らざりけり。わが御方にて、御直衣などはたてまつる。惟光ばかりを、馬に乗せておはしぬ。

 門、うちたたかせたまへば、心知らぬ者の開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫、妻戸を鳴らして、しはぶけば、少納言、聞き知りて、出で来たり。

 〔惟光〕「ここに、おはします」と言へば、

 〔少納言乳母〕「幼き人は、御殿籠もりてなむ。などか、いと夜深うは、出でさせたまへる」と、もののたよりと思ひて言ふ。

 〔源氏〕「宮へ渡らせたまふべかなるを、そのさきに聞こえ置かむとてなむ」とのたまへば、

 〔少納言乳母〕「何ごとにかはべらむ。いかにはかばかしき御答へ、聞こえさせたまはむ」

 とて、うち笑ひてゐたり。君、入りたまへば、いとかたはらいたく、

 〔少納言乳母〕「うちとけて、あやしき古人どもの、はべるに」と聞こえさす。

 〔源氏〕「まだ、おどろいたまはじな。いで、御目覚ましきこえむ。かかる朝霧を知らでは、寝るものか」

 とて、入りたまへば、「や」とも、え聞こえず。

 君は、何心もなく寝たまへるを、抱きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたると、寝おびれて思したり。

 御髪かき繕ひなどしたまひて、

 〔源氏〕「いざ、たまへ。宮の御使にて、参り来つるぞ」

 とのたまふに、「あらざりけり」と、あきれて、恐ろしと思ひたれば、

 〔源氏〕「あな、心憂。まろも同じ人ぞ」

 とて、かき抱きて出でたまへば、大夫、少納言など、「こは、いかに」と聞こゆ。

 〔源氏〕「ここには、常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心やすき所にと聞こえしを、心憂く、渡りたまふべかなれば、まして聞こえがたかべければ。人一人、参られよかし」

 とのたまへば、心あわたたしくて、

 〔少納言乳母〕「今日は、いと便なくなむはべるべき。宮の渡らせたまはむには、いかさまにか聞こえやらむ。おのづから、ほど経て、さべきにおはしまさば、ともかうもはべりなむを、いと思ひやりなきほどのことにはべれば、さぶらふ人びと苦しうはべるべし」と聞こゆれば、

 〔源氏〕「よし、後にも人は参りなむ」とて、御車寄せさせたまへば、あさましう、いかさまにと思ひあへり。

 若君も、あやしと思して泣いたまふ。少納言、とどめきこえむかたなければ、昨夜縫ひし御衣どもひきさげて、自らもよろしき衣、着かへて、乗りぬ。

 二条の院は近ければ、まだ明うもならぬほどにおはして、西の対に、御車寄せて下りたまふ。若君をば、いと軽らかにかき抱きて下ろしたまふ。

 少納言、
 〔少納言乳母〕「なほ、いと夢の心地しはべるを、いかにしはべるべきことにか」と、やすらへば、

 〔源氏〕「そは、心ななり。御自ら渡したてまつりつれば、帰りなむとあらば、送りせむかし」

 とのたまふに、笑ひて下りぬ。にはかに、あさましう、胸も静かならず。「宮の思しのたまはむこと、いかになり果てたまふべき御ありさまにか、とてもかくても、頼もしき人びとに、後れたまへるが、いみじさ」と思ふに、涙の止まらぬを、さすがにゆゆしければ(校訂32)、念じゐたり。

 こなたは住みたまはぬ対なれば、御帳などもなかりけり。惟光召して、御帳、御屏風など、あたりあたり仕立てさせたまふ。御几帳の帷子引き下ろし、御座など、ただひき繕ふばかりにてあれば、東の対に、御宿直物、召しに遣はして、大殿籠もりぬ。

 若君、いとむくつけく、いかにすることならむと、ふるはれたまへど、さすがに声立てても、え泣きたまはず。

 〔紫君〕「少納言がもとに寝む」

 とのたまふ声、いと若し。

 〔源氏〕「今は、さは、大殿籠もるまじきぞよ」

 と教へきこえたまへば、いとわびしくて、泣き臥したまへり。乳母はうちも臥されず、ものもおぼえず、起きゐたり。

 明けゆくままに、見わたせば、御殿の造りざま、しつらひざま、さらにも言はず、庭の砂子も、玉を重ねたらむやうに見えて、かかやく心地するに、はしたなく思ひゐたれど、こなたには女などもさぶらはざりけり。け疎き客人などの、参る折節の方なりければ、男どもぞ、御簾の外にありける。

 かく、人迎へたまへりと、聞く人、「誰れならむ。おぼろけにはあらじ」と、ささめく。御手水、御粥など、こなたに参る。日高う、寝起きたまひて、

 〔源氏〕「人なくて、悪しかめるを、さるべき人びと、夕づけてこそは、迎へさせたまはめ」

 とのたまひて、対に、童女召しにつかはす。「小さき限り、ことさらに参れ」とありければ、いとをかしげにて、四人参りたり。

 君は、御衣にまとはれて、臥したまへるを、せめて起こして、

 〔源氏〕「かう、心憂く、なおはせそ。すずろなる人は、かうはありなむや。女は心柔らかなるなむよき」

 など(校訂33)、今より教へきこえたまふ。

 御容貌は、さし離れて見しよりも、いみじう清らにて、なつかしううち語らひつつ、をかしき絵、遊びものども、取りに遣はして、見せたてまつり、御心につくことどもをしたまふ。

 やうやう起きゐて見たまふに、鈍色のこまやかなるが、うち萎えたるどもを着て、何心なくうち笑みなどしてゐたまへるが、いとうつくしきに、我もうち笑まれて見たまふ。

 東の対に渡りたまへるに、立ち出でて、庭の木立、池の方など、覗きたまへば、霜枯れの前栽、絵に描けるやうにおもしろくて、見も知らぬ、四位、五位こきまぜに、隙なう出で入りつつ、「げに、をかしき所かな」と思す。御屏風どもなど、いとをかしき絵を見つつ、慰めておはするも、はかなしや。

 君は、二、三日、内裏へも参りたまはで、この人をなつけ語らひきこえたまふ。やがて本にと思すにや、手習、絵などさまざまに書きつつ、見せたてまつりたまふ。いみじうをかしげに書き集めたまへり。「武蔵野と言へばかこたれぬ(自筆本奥入10・付箋F)」と、紫の紙に書いたまへる墨つきの、いとことなるを取りて見ゐたまへり。すこし小さくて、

 〔源氏〕「ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを」

 とあり。
 〔源氏〕「いで、君も書いたまへ」とあれば、
 〔紫君〕「まだ、ようは書かず」

 とて、見上げたまへるが、何心なく、うつくしげなれば、うちほほ笑みて、

 〔源氏〕「よからねど、むげに書かぬこそ、悪ろけれ。教へきこえむかし」

 とのたまへば、うちそばみて書いたまふ手つき、筆とりたまへるさまの幼げなるも、らうたうのみおぼゆれば、心ながらあやしと思す。「書きそこなひつ」と、恥ぢて隠したまふを、せめて見たまへば、

 〔紫君〕「かこつべきゆゑを知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらむ」

 と、けれど、生ひ先見えて、ふくよかに書いたまへり。故尼君のにぞ似たりける。「今めかしき手本、習はば、いとよう書いたまひてむ」と見たまふ。

 雛など、わざと屋ども作り続けて、もろともに遊びつつ、こよなきもの思ひの紛らはしなり。

 かのとまりにし人びと、宮渡りたまひて、尋ねきこえたまひけるに、聞こえやる方なくてぞ、わびあへりける。「しばし、人に知らせじ」と君ものたまひ、少納言も思ふことなれば、せちに口固めやりたり。ただ、「行方も知らず、少納言が率て隠しきこえたる」とのみ聞こえさするに、宮も言ふかひなう思して、「故尼君も、かしこに渡りたまはむことを、いとものしと、思したりしことなれば、乳母の、いとさし過ぐしたる心ばせのあまり、おいらかに(校訂34)渡さむを、便なし、などは言はで、心にまかせ、率てはふらかしつるなめり」と、泣く泣く帰りたまひぬ。「もし、聞き出でたてまつらば、告げよ」とのたまふも、わづらはしく。僧都の御もとにも、尋ねきこえたまへど、あとはかなくて、あたらしかりし御容貌など、恋しく悲しと思す。

 北の方も、母君を憎しと、思ひきこえたまひける心も失せて、わが心にまかせつべう思しけるに違ひぬるは、口惜しう思しけり。

 やうやう人参り集りぬ。御遊びがたきの童女、稚児ども、いとめづらかに、今めかしき御ありさまどもなれば、思ふことなくて遊びあへり。

 君は、男君のおはせずなどして、さうざうしき夕暮などばかりぞ、尼君を恋ひきこえたまひて、うち泣きなどしたまへど、宮をばことに思ひ出できこえたまはず。もとより見ならひきこえたまはで、ならひたまへれば、今はただこの後の親を、いみじう睦びまつはしきこえたまふ。ものよりおはすれば、まづ出でむかひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りゐて、いささか疎く恥づかしとも思ひたらず。さるかたに、いみじうらうたきわざなりけり。

 さかしう心あり、何くれとむつかしき筋になりぬれば、わが心地も、すこし違ふふしも、出で来やと、心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかのこと、おのづから出で来るを、いとをかしきもてあそびなり。女など、はた、かばかりになれば、心やすくうちふるまひ、隔てなきさまに、臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いとさまかはりたる、かしづきぐさなりと、思いためり。

 【定家注釈】
 定家本「若紫」巻末の「奥入」と本文中の付箋を掲載した。出典を記したが、本文は一部異なるところがある。

   伊行
奥入01 海人の住む底のみるめも恥づかしく磯に生ひたるわかめをぞ刈る(出典未詳、源氏釈・自筆本奥入)
奥入02 従冥入於冥 法華経(法華経・化城喩品、源氏釈・自筆本奥入)
奥入03 葛城の 寺の前なるや 豊浦の寺の 西なるや 榎の葉井に 白璧沈くや 真白璧沈くや おおしとど おしとど しかしてば 国ぞ栄むや 我家ぞ 富せむや おおしとど としとんど おおしとど としとんど(催馬楽「葛城」、源氏釈・自筆本奥入)
奥入04 墨染の暗部の山に入る人はたどるたどるぞ帰るべらなり(後撰集832、源氏釈・自筆本奥入)
     此の哥、鞍馬の山なり。惣て此哥の心に更に叶はず。くらぶの山の本哥は尤も事の故有るか。未だ勘へ出さず
奥入05 港入りの葦分け小舟障り多み同じ人にや恋ひむと思ひし(古今集732、源氏釈・自筆本奥入)
     「此哥の上句、又如何」
奥入06 人知れぬ身は急げども年をへてなど越えがたき逢坂の山(後撰集731、源氏釈・自筆本奥入)
奥入07 風俗常陸哥
     常陸には 田をこそ作れ たれをかね 山を越え 野を越え 君があまた来ませる(風俗歌「常陸」、源氏釈・自筆本奥入)
奥入08 なぞこひざらむ 未だ勘へず
奥入09 ゆほびかに
     み吉野の大川水のゆほびかにあらぬものから波の立つらむ(古今六帖1527)

付箋@ み吉野の大川水のゆほびかにあらぬものから波の立つらむ(古今六帖1527)
付箋A 海人の住む底のみるめも恥づかしく磯に生ひたるわかめをぞ刈る(出典未詳、源氏釈・自筆本奥入)
付箋B いづこにか宿りとならん朝日子のさすや岡辺の玉笹のうへ(古今六帖269*「帚木」竄入)
付箋C 君をいかで思はむ人に忘らせて問はぬは辛きものと知らせむ(出典未詳、源氏釈・自筆本奥入)
付箋D 命だに心に叶ふものならば何かは人を恨みしもせむ(古今集387、自筆本奥入)
付箋E あしわかの浦に来寄する白波の知らじな君は我思ふとも(古今六帖2543、自筆本奥入)
付箋F 知らねども武蔵野といへばかこたれぬよしやさこそは紫のゆゑ(古今六帖3507、源氏釈・自筆本奥入)
付箋G 千早振る神の忌垣も越ゆる身は草のとざしも何か障らむ(古今六帖1377、自筆本奥入)

 【校訂付記】
 定家本「若紫」の本文訂正跡を掲出した。訂正方法は、ミセケチ、補入、朱筆による削除、擦り消し重ね書き、なぞり補正等である。書写中の訂正と後からの訂正とがあるが、すべて本文一筆の訂正と認められる。

校訂01 忘れて--わすら(ら$)れて(「ら」をミセケチにする) 
校訂02 たまひ--堂(□&堂)まひ(「□」を擦り消し重ねて「堂」と書く)
校訂03 類--累(+い)(「い」を補入)
校訂04 ひがみたる--ひ可み多る(□&る)(「□」を擦り消し重ねて「る」と書く)
校訂05 ものを--物(+ヲ)(「ヲ」を補入)
校訂06 堪へがたく--堂可(可#〈朱〉へ可多く(「可」を朱筆で削除)
校訂07 なにがしが--な尓(+可、可&か)し(し&し)可(「可」を補入しその上に重ねて「か」となぞる、「し」」の上に重ねて「し」をなぞる、墨色が異なる、後からの補訂か)
校訂08 仰せ言--おほ勢(+こと)(「こと」を補入)
校訂09 かうやうの--可(+う)やうの(「う」を補入)
校訂10 つて--つい(い#〈朱〉て(「い」を朱筆で削除)
校訂11 ならむ--なら(ら&ら)む(「ら」の上に「ら」をなぞる)
校訂12 ながら--な可ら(ら&ら))(「ら」の上に「ら」となぞる)
校訂13 開けて--□□□(摩滅して判読不能、他本に拠った)
校訂14 かうやう--可(+う)やう(「う」を補入)
校訂15 立ち帰り--多ち可へり(□&り)(「□」を擦り消し重ねて「り」と書く)
校訂16 岩に--い者に(「に」の上に「に」となぞる)
校訂17 くるしく--くる(□□&くる)しく(「□□」を擦り消し重ねて「くる」と書く)
校訂18 なまめい--な(+ま)免めい(「ま」を補入)
校訂19 なればにや--なれハ(+尓)や(「尓」を補入)
校訂20 むせかへりたまふ--むせ可へり堂(□□&り堂)まふ(「□□」を擦り消し重ねて「り堂」と書く)
校訂21 いとどしく--いと(+と)しく(「と」を補入)
校訂22 たまつべき--堂ま徒へれき(「□」を擦り消して重ねて「き」と書く)
校訂23 のみあり--のみ(+あり)(「あり」を補入、墨色やや薄し、後からの補入か)
校訂24 なみ--(+な)み(「な」を補入)
校訂25 遊び--あ(+そ)ひ(「そ」を補入)
校訂26 着たる--き多まへ(まへ$)る(「まへ」をミセケチにする)
校訂27 むつかしう--(+むつ可しう)(「むつ可しう」と補入)
校訂28 ばかり--者(+可)り(「可」を補入)
校訂29 独り笑み--ひとりゑ(+ミ)(「ミ」を補入)
校訂30 たまはむ--多ま□む(「□」摩滅して判読不能、他本に拠った)
校訂31 よもきふ--よ(□&よ)もきふ(「□」を擦り消し重ねて「よ」と書く)
校訂32 ゆゆしければ--ゆゝし遣(□&遣)れハ(「□」を擦り消し重ねて「遣」と書く)
校訂33 など--(+な)と(「な」を補入)
校訂34 おいらかに--(+お)ひら可に(「お」を補入)

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