若紫(架蔵本)
Last updated 7/6/2005
渋谷栄一翻字(C)(ver.1-1-1)

  

わか紫

わらはやみにわつらひたまひてよろつにましなひかちなと
せさせたまへとしるしなくてあまたゝひおこり給けれは
あるひと北山になんなにかし寺といふ所にかしこきおこなひ
人侍るこその夏も世におこりて人々ましなひわつらひしを
やかてとゝむるたくひあまた侍きしゝこらかしつる時は
うたて侍るをとくこそ心見たまはめなときこゆれはめし
につかはしたるに老かゝまりてむろのとにもまかてすと申た
れはいかゝはせんいと忍ひてものせんとのたまひて御ともにむつ
ましき四五人はかりしてまたあか月におはすやゝふかう
いる所なりけり三月のつこもりなれは京の花さかりはみな」(1オ)
すきにけり山の桜はまたさかりにていりもておはする
まゝに霞のたゝすまひもおかしうみゆれはかゝるあり様
もならひたまはす所せき御身にてめつらしうおほされけり
寺のさまもいと哀也みねたかくふかき岩のなかにそひし
りいりゐたりけるのほりたまひて誰ともしらせ給はす
いといたうやつれ給へれとしるき御さまか(か$)なれはあなかしこや
一日めし侍しにやおはしますらん今はこのよのことを思ひたまへ
ねはけんかたのおこなひもすて忘れて侍をいかてかうおは
しましつらんとおとろきさはき打ゑみつゝ見たてまつる
いとたうとき大とこ成けりさるへき物つくりてすかせ奉る」(1ウ)
かちなとまいるほとひたかくさしあかりぬすこし立出つゝみ
わたし給へはたかき所にてこゝかしこそうはうともあらはに
見をろさるゝたゝこのつゝらおりのしもに同しこしはなれと
うるはしうしわたしてきよけなる屋らうなとつゝけて木た
ちいとよしあるはなにひとのすむにかととひ給へは御ともなる
ひとこれなん何かしそうつのこの二とせこもり侍はうに侍
なる心はつかしき人住なる所にこそあんなれあやしうもあまり
やつしけるかなきゝもこそすれなとのたまふきよけなる
わらはなとあまた出きてあかたてまつり花おりなとする
もあらはにみゆかしこに女こそ有けれ僧都はよもかやう」(2オ)
にはすへ給はしをいかなる人ならんとくち/\いふおりてのそ
くもありをかしけなる女こともわかき人わらはへなんみゆると
いふ君はおこなひし給つゝ日たくるまゝにいかならんとおほ
したるをとかうまきらはさせたまひておほしいれぬなん
よく侍ときこゆれはうしろの山に立出て京のかたをみ給ふ
はるかに霞わたりてよもの木末そこはかとなうけふり
わたれるほとゑにいとよくもにたるかなかゝる所に住人
心におもひのこすことはあらしかしとのたまへはこれはいとあさく
侍りひとの国なとにうみ山のありさまなとを御覧せさせ
侍らはいかに御ゑいみしうまさらせ給はんふしの山なにかしの」(2ウ)
たけなとかたりきこゆるもありてよろつにまきらはしき
こゆちかき所にははりまのあかしの浦こそなをことに侍れなに
のいたりふかきくまはなけれとたゝ海のおもてを見わたし
たるほとなんあやしくこと所にゝすゆほひかなる所に侍るかの
国のさきのかみしほちのむすめかしつきたる家いといたし
かし大臣のゝちにていてたちもすへかりける人の世のひか物
にてましらひもせす近衛の中将をすてゝ申給はれりける
つかさなれとかの国の人にもすこしあなつられて何のめいほく
にてか又都にもかへらんといひてかしらもおろし侍にけるをす
こしをくまりたる山住もせてさる海つらにいてゐたる」(3オ)
ひか/\しきやうなれとけにかの国のうちにさも人のこもり
ゐぬへき所/\はありなからふかきさとは人はなれこゝろすこく
わかきさいしの思ひわひぬへきによりかつは心をやれるすまひ
になん侍るさいつころまかりくたりて侍しつゐてにありさま
も見たまへによりて侍しかは京にてこそ所もえぬやう
なりけれそこらはるかにいかめしうしめてつくれるさま
さはいへと国のつかさにてしをきけることなれは残りのよは
ひゆたかにふへき心かまへになくしたりけり後の世のつ
とめいとよくしてなか/\ほうしまさりしたる人になん侍け
ると申せはさてそのむすめはとゝひ給けしうはあらすかたち」(3ウ)
こゝろはせなと侍なりたい/\の国のつかさなとようい
ことにしてさるこゝろはへみすなれとさらにうけひ
かす我身のかくいたつらにしつめるたにあるをこの人ひ
とりにこそあれ思ふさまことなりもし我におくれて
その心さしとけすこのおもひをきつるすくせたかはゝ
うみにいりねとつねにゆいこんしをきて侍なるとき
こゆれは君もおかしときゝたまふ人/\かいりうわうの
きさきになるへきいつきむすめなゝり心たかさく
るしやとてわらふかくいふははりまのかみのこのくら人より
ことしかうふりえたるなりけりいとすきたるものな」(4オ)
れはかの入道のゆいこんやふりつへきこゝろはあらんか
しさてたゝすみよるならんといひあへりいてやさいふとも
ゐ中ひたらんおさなくよりさる所においゝて(て+て)ふるめゐ
たる親にのみしたかひたらんは母こそゆへあるへけれ
よきわかうとわらはなと都のやんことなき所/\よりるい
にふれて尋とりてまはゆくこそもてなすなれなさけ
なき人になりてゆかはさてこゝろやすくてしもえを
きたらしをやなといふもあり君なにこゝろありて
海のそこまてふかう思ひいるらんそこのみるめも物むつ
かしうなとのたまひてたゝならすおほしたりかやうにて」(4ウ)
もなへてならすもてひかみたる事このみたまふ御心
なれとおこらせ給はすなりぬるにこそはあんめれはや
かへらせたまひなんとあるを大とこ御ものゝけなとくはゝ
れるさまにおはしましけるをこよひはなをしつかにかちなと
まいりて出させ給へと申すさもあることゝみな人申君も
かゝる旅ねもならひ給はねはさすかにおかしうてさらはあか
月にとのたまふ日もいとなかきにつれ/\と(と$な)れは夕暮の
いたうかすみたるにまきれてかのこしはかきのもとに立出
給人/\はかへし給てこれみつはかり御ともにてのそき給へは
たゝこのにしおもてにしも仏すへ奉りておこなふあま」(5オ)
なりけりすたれすこしあけて花たてまつるめりなかの
はしらによりゐてけうそくのうへに経をゝきていとなやまし
けによみゐたるあ(あ+ま)君たゝ人と見えす四十よはかりにていと
しろうあてにやせたれとつらつきふくらかにまみのほとかみ
のうつくしけにそかれたる末も中/\なかきよりもこよなう
いまめかしきものかなとあはれに見たまふきよけなるおとな
ふたりはかりさてはわらはへそ出入あそふ中に十はかりや
あらんとみえてしろききぬ山ふきなとのなれたるきては
しりきたる女こあまたみえつることもにゝるへうもあらす
いみしうおいさきみえてうつくしけなるかたちなるかみはあふき」(5ウ)
をひろけたるやうにゆら/\としてかほはいとあかくすりな
してたてりなに事そやわらはへとはらたちたまへるか
とて尼君のみあけたるにすこしおほえたる所のあれは
こなめりとみ給すゝめのこをいぬきかにかしつるふせこのうちに
こめたりつる物をとていと口おしとおもへりこのゐたるおとな
れいの心なしのかゝるわさをしてさいなまるゝこそいとこゝろつ
きなけれいつかたへかまかりぬるいとおかしうやう/\なりつるものを
からすなともこそ見つくれとてたちてゆくかみゆるゝかにいと
なかくめやすきひとなめり少納言のめのとゝそ人いふめるはこの
子のうしろみなるへしあま君あなおさなやいふかひなうものし」(6オ)
給かなをのかかくけふあすになりぬるいのちをは何ともおほし
たらてすゝめしたひたまふほとよつみうることそとつねに
きこゆるをこゝろうくとてこちやといへはついゝたりつらつきい
とらうたけにてまゆのわたり打けふりいはけなくかいやりた
るひたいつきかんさしいみしくうつくしねひゆかんさまゆかしき人
かなとめとまり給さるはかきりなう心をつくしきこゆる人に
いとようにたてまつれるかまもらるゝなりけりと思ふにそ
泪そおつるあま君かみをかきなてつゝけつることをもうるさ
かりたまへとおかしの御くしやいとはかなうものしたまふこそ哀に
うしろめたけれかはかりになれはいとかゝらぬひともあるものを」(6ウ)
こひめ君は十二にてとのにをくれたまひひしほといみしう
ものは思ひしりたまへりしかしたゝいまをのれ見すて
奉らはいかて世におはせんとすらんとていみしう(う$く)なくを見給
もすゝろにかなしおさなこゝちにもさすかにうちまほりて
ふしめになりてうち(ち$つ)ふしたるにこほれかゝりたるかみ
つや/\とめてたうみゆ
  おいたゝんありかもしらぬ若草ををくらす露そ
きえむそらなき又いたるおとなけにとうちなきて
  初草のおひ行末もしらぬまにいかてか露のきえん
とすらんときこゆるほとに僧都あなたよりきてこなたは」(7オ)
あらはにや侍らんけふしもはしにおはしけるなこのかみのひ
しりのかたに源氏の中将のわらはやみましなひにものし
給けるをいみしう忍ひたまひけれはえしり侍らてこゝに
侍なから御とふらひにもまうてさりけるとのたまへはあない
みしやいとあやしきさまをひとや見つらんとてすたれお
ろしつこのよにのゝしりたまふひかる源氏かゝるつゐてに
見たてまつり給はんや世をすてたる法しの心ちにもい
みしう世のうれへわすれよはひのふる人の御ありさま也
いて御そうそこきこえんとてたつおとすれは帰りたまひ
ぬあはれなる人を見つるかなかゝれはこのすき物ともかゝる」(7ウ)
ありきをのみしてよくさるましき人をも見つくるなり
けり玉さかに立出たりかくおもひのほかなることをみるよと
おかしうおほすさてもいとうつくしかりつるちこかななに人ならん
かのひとの御かわりに明暮のなくさめにも見はやと思心ふ
かうつきぬうちふし給へるにそうつの御てし惟光をよひ
いてさすほとなき所なれは君もやかてきゝ給よきりお
はしましけるよしたゝいまなん人申すにおとろきなからさ
ふらへきをなにかし此寺にこもり侍とはしろしめしなから
忍ひさせ給へるをうれはしくおもひたまへてなん草の御
むしろもこのはうにこそまうけ侍へけれいとほいなきこ」(8オ)
とゝ申給へりいぬる十日よの程よりわらはやみにわつらひ
侍をたひかさなりてたえかたう侍れは人のおしへのまゝにゝ
はかにたつねいり侍つれとかうやうなる人のしるしあらはさぬ
ときはしたなかるへきもたゝなるよりはいとをしう思たま
へつゝみてなんいたうしのひ侍つる今そなたにもとのたまへり
すなはちそうつ参り給へり法しなれといと心はつかしく
人からもやんことなくよにおもはれたまへる人なれはかる/\
しき御ありさまをはしたなうおほすかくこもれるほとの御物
かたりなときこえ給ひておなし柴の庵なれとすこし涼し
き水のなかれも御覧せさせむとせちにきこえ給へはかの」(8ウ)
またみぬ人/\にこと/\しういひきかせつるをつゝましう
おほせとあはれなりつる有さまもいふかしうておはしぬけ
にいとこゝろことによしありて同し木草をもうへなし給へり
月もなきころなれはやり水にかゝり火ともしとうろな
とにもまいりたり南おもていときよけにしつらひ給へり
空たき物もいと心にくゝかほりいて名香のかなと匂ひみちた
るに君の御をひ風いとことなれはうちの人/\も心つかひす
へかめり僧都よのつねなき御物語のちの世のことなとき
こえしらせ給わか御つみのほとおそろしうあちきなき事に
心をしめていけるかきりこれを思ひなやむへきなめりまして」(9オ)
後の世のいみしかるへきおほしつゝけてかやうなるすまゐも
せまほしうおほえたまふ物からひるの面影心にかゝりて恋し
けれはこゝにものし給は誰にか尋きこえまほしき夢を見
給へしかなけふなん思ひあはせつるときこえ給へはうちわら
ひてうちつけなる御夢かたりにそ侍るなるたつねさせ
給ても御こゝろおとりせさせ給ぬへし故あせちの大納言は
よになくて久しくなり侍ぬれはえしろしめさしかしその
北のかたなんなにかしかいもうとに侍るかのあせちかくれて後
世をそむきて侍かこの比わつらふこと侍により京にも
まかてねはたのもし所にこもりてものし侍也ときこえ給ふ」(9ウ)
彼大納言のみむすめものしきゝたまへしはすき/\しき
方にはあらてまめやかにきこゆるなりとおしあてにのたまへ
はむすめたゝひとり侍しうせてこの十よねんにやなり侍ぬ
らんこ大納言内にたてまつらんなとかしこういつき侍しを
そのほいのことくも物し侍らて過はへりにしかはたゝこのあま
君ひとりもてあつかひ侍しほとにいかなる人のしわさにか兵
部卿の宮なん忍ひてかたらひつき給へるをもとの北の方
やんことなくなんとしてやすからぬことおほくて明暮ものを
おもひてなんなくなり侍にし物思ひにやまひつくものとめに
ちかく見給ひしなと申給ふさらはそのこなりけりとおほし」(10オ)
あわせつみこの御すちにてかの人にもかよひきこえたるにや
といとゝあはれにみまほし人のほともあてにおかしうなか/\の
さかしら心なく打かたらひて心のまゝにをしへおほしたてゝ
見はやとおほすいと哀にものし給ことかなそれはとゝめた
まふかたみもなきかとおさなかりつる行ゑのなをたしかにし
らまほしくてとひ給へはなくなり侍しほとにこそ侍しかそ
れも女にてそゝれにつけてものおもひの催しになんよ
はひの末におもひたまへなけきはへるときこえ給されはよと
おほさるあやしきことなれとおさなき御うしろみにおほ
すへく聞え給てんやおもふ心ありて行かゝつらふ方も侍」(10ウ)
なからよにこゝろのしまぬにやあらんひとり住にてのみなん
又にけなきほとつねの人におほしなすらへてはしたなくや
なとのたまへはいとうれしかるへきおほせことなるをまたむけに
いはけなきほとに侍めれはたはふれにてもこらむしかたく
やそも/\をんなは人にもてなされておとなにもなり給もの
なれはくわしくはえとり申さすかのをはにかたらひ侍りて
きこえさせむとすくよかにいひてものこわき様し給へれは
わかき御こゝろにはつかしくてえよくもきこえ給はすあみた
仏ものし給たうにする事侍る比になんそやいまたつとめ侍
らす過してさふらはんとてのほり給ぬ君は心ちもいとなやま」(11オ)
しきに雨すこしうちそゝき山風ひやゝかに吹たるにた
きのよとみもまさりて音たかう聞ゆすこしねふたけ
なる経のたえ/\すこくきこゆるなとすゝろなる人も
所からものあはれなりましておほしめくらすことおほくて
まとろまれ給はすそやといひしかともよもいたうふけに
けりうちにも人のねぬけはひしるくていとしのひたれと
すゝのけうそくにひきならさるゝをとほのきこえなつ
かしくうちそよめく音なひあてはかなりときゝたまひて
ほともなくちかけれはとにたてわたしたる屏風のなかをす
こしひきあけてあふきをならし給へはおほえなき心ちすへ」(11ウ)
かんめれときゝしらぬやうにやとてゐさり出る人あなりす
こししそきてあやしひかみゝにやとたとるをきゝ給て仏の
御しるへはくらきにいりてもさらにたかふましかんなる物をとの
たまふ御こゑのいとわかうあてなるにうちいてんこはつかひもはつ
かしけれといかなる方の御しるへにかはおほつかなくときこゆけ
にうちつけなりとおほめきたまはんもことはりなれと
  初草のわか葉のうへをみつるよりたひねの袖も露
そかはかぬときこえたまひてんやとのたまふさらにかやうの
御せうそくうけたまはりわくへき人もものし給はぬさまは
しろしめしたりけなるを誰にかはときこゆをのつからさる」(12オ)
やうありてきこゆるなんと思ひなし給へかしとのたまへは
いりてきこゆあないまめかしこの君やよつきたるほとに
おはするとそおほすらんさるにてはかの若草をいかてき
いたまへることそとさま/\あやしきに心みたれて久しく
なれはなさけなしとて
  枕ゆふこよひはかりの露けさをみ山のこけにくらへ
さらなんひかたう侍るものをときこえたまふかうやうのつて
なる御せうそくはまたさらにきこえしらすならはぬこと
になんかたしけなくともかゝるつゐてにまめ/\しうき
こえさすへきことなんときこえたまへれはあま君ひかこと」(12ウ)
きゝ給へるならんといとはつかしき御けはひになに事
をかはいらへきこえむとのたまへははしたなうもこそおほせ
と人/\きこゆる(る$)けにわかやかなる人こそうたてもあらめ
やかにのたまふかたしけなしとて打さりよりたまへり
うちつけにあさはかなりとこらむられぬへきつゐてなれと
心にはさもおほえ侍らねは仏はおのつからとておとな/\
しうはつかしけなるにつゝまれてとみにもえうちいて
たまはすけにおもひ給へよりかたきつゐてにかくまての
たまわせきこえさするもあさくはいかゝとの給あはれに
うけたまはる御ありさまをかのすきたまひにけん御」(13オ)
かわりにおほしないてんやいふかひなきほとのよはひにて
むつましかるへき人にも立をくれ侍りにけれはあやしう
うきたるやうにて年月をこそかさね侍れ同しさまに
ものし給なるをたくひになさせ給へといときこえまほし
きをかゝるおり侍りかたくてなんおほされん所をもはゝ
からす打出侍ぬるときこえたまへはいとうれしう思ひた
まへぬへき御事なからもきこしめしひかめたることなと
や侍らんとつゝましうなんあやしき身ひとつをたのもし
人にするひとなん侍れといとまたいふかひなきほとにて
御覧しゆるさるゝ方も侍かたけなれはえなんうけたまはり」(13ウ)
とゝめられさりけるとのたまふみなおほつかなからすうけ給
はるものを所せうおほしはゝからて思ひたまへよるさまこと
なるこゝろのほとをこらんせよときこえ給へといとにけ
なき事をさもしらてのたまふとおほして心とけたる
御いらへもなし僧都おはしぬれはよしかうきこえそめ侍ぬれは
いとたのもしくなんとてをしたてたまひつあかつきかたに
なりにけれは法花三昧をこなふたうのせんほうの声山
おろしにつきてきこえくるいとたうとく瀧の音にひゝき
あひたり
  吹まよふ深山颪に夢さめてなみたもよほす」(14オ)
たきの音かな
  さしくみに袖ぬらしける山水にすめる心はさは
きやはするみゝなれ侍にけりやときこえ給あけゆく空は
いといたうかすみて山のとりともそこはかとなうさえつり
あひたりなもしらぬ木草の花とも色/\にちりましりに
しきをしけるとみゆるに鹿のたゝすみありくもめつら
しくみ給になやましさもまきれはてぬひしりうこき
もえせねととかうしてこしんまいらせ給かれたる声
のいといたうすきひかみたるもあはれにくうつきてたら
によみたり御むかへのひと/\参りておこたり給へるよろこひ」(14ウ)
きこえ内よりも御つかひあり僧都みえぬさまの御くた物何
くれとたにのそこまてほりいていとなみきこえたまふこ
としはかりのちかひふかう侍りて御をくりにもえまいり侍
ましきこと中/\にも思ひたまへらるへきかなときこえた
まひておほみきまいり給山みつにこゝろとまり侍ぬれと
内よりおほつかなからせたまへるもかしこけれはなん今この
はなの折すくさす参りこむ
  宮人に行てかたらん山桜風よりさきにきてもみる
へくとのたまふ御もてなしこはつかひさへめもあやなるに
  うとんけの花まちえたる心ちして深山さくらに」(15オ)
めこそうつらねときこえ給へはほゝゑみて時ありて一たひ
ひらくなるはかたかなる物をとの(の+た)まふひしり御かはらけ
たまはりて
  奥山の松の戸ほそをまれにあけてまた見ぬ花
のかほを見るかなとうちなきて見たてまつるひしり
御まほりにとこ奉るそうつさうとくたいしのくたらより
えたまへりけるこんかうしのすゝの玉のさうそくし
たるやかてその国よりいれたるはこのからめいたるをすき
たる袋にいれてこえうの枝につけてこんるりの(の+つ)ほともに
御くすりともいれて藤桜なとにつけて所につけたる御」(15ウ)
おくり物ともさゝけたてまつり給きみひしりよりはし
めときやうしつる法しのふせともまうけのものともさま
/\にとりにつかはしたりけれはそのわたりの山かつまてさる
へきものともたまひ御すきやうなとして出給うちに僧都
いりたまひてかのきこえたまひし事まねひきこえ給へ
とともかうもたゝいまはきこえんかたなしもし御こゝろさし
あらはいま四五年を過してこそはともかうもとのたまへは
さなんと同しさまにのみあるをほいなしとおほす御せうそく
そうつのもとなるちいさきわらはして
  夕ま暮ほのかに花の色をみて今朝は霞のた」(16オ)
ちそわつらふ御かへし
  誠にや花のあたりは立うきとかすむる空のけし
きをも見んとよしあるてのいとあてなるをうちすてかい
給へり御くるまにたてまつるほと大殿よりいつちとも
なくておはしましにけることゝて御むかへの人/\きみたちな
とあまた参りたまへり頭中将左中弁さらぬ君たち
もしたかひきこえてかうやうの御ともはつかうまつり侍らん
と思ひたまふるをあさましくおくらさせ給へるとうらみ
きこえていといみしき花のかけにしはしもやすらはす
たちかへり侍らんはあかぬわさかなとのたまふ岩かくれのこけの」(16ウ)
うへになみゐてかわらけまいるおちくる水のさまなと
ゆへあるたきのもとなり頭中将ふところなるふえとりいてゝ
吹まましたり弁の君あふきはかなう打ならしてとよらの
寺の西なるやとうたふひとよりはことなる君たちなるを源
氏の君いたううちなやみて岩によりゐたまへるはたくひ
なくゆゝしき御ありさまにそなに事にもめうつるまし
かりけるれいのひちりきふくすいしんさうのふえもたせた
るすき物なとあり僧都きんをみつからもてまいりて
これたゝ御手ひとつあそはしておなしうは山の鳥もおとろ
かし侍らんとせちにきこえ給へはみたり心ちいとたえかたき」(17オ)
ものをときこえたまへとけにくからすかきならしてみな
たちたまひぬあかす口おしといふかひなきほうしわらはへも
なみたをゝとしあへりましてうちにはとしおひたるあま君
たちなとまたさらにかゝる人の御ありさまを見さりつれは
このよの物ともおほえ給はすときこえあへり僧都もあはれ
なにのちきりにてかゝる御さまなからいとむつかしきひのもと
の末の世に生れたまへらんとみるにいとなんかなしきとて
めをしのこひ給このわかきみおさな心ちにめてたき人かなと
見給て宮の御ありさまよりもまさりたまへるかななとの
たまふさらは彼人の御こになりておはしませよときこゆ」(17ウ)
れはうちうなつきていとようありなんとおほしたりひゐ
なあそひにもゑかいたまふにもけんしの君とつくり出て
きよらなるきぬきせかしつきたまふ君はまつうちに参り
たまひてひころの御ものかたりなときこえたまふいといたう
おとろへにけりとてゆゝしとおほしめしたりひしりの
たうとかりける事なととはせ給くはしくそうし給へはあさり
なとにもなるへきものにこそあんなれおこなひのらうはつ
もりて大やけにしろしめされさりけることゝたうとかりのた
まはせけり大殿まいりあひたまひて御むかへにもとおもひ
たまへつれとしのひたる御ありきにいかゝとおもひはゝかり」(18オ)
てなんのとやかに一二日うちやすみ給へとてやかて御をくり
つかまつらんと申たまへはさしもおほさねとひかされてまかて
給我御車にのせ奉りたまふてみつからはひきいりてたて
まつれりもてかしつききこえたまへる御心はへの哀なるをそ
さすかに心くるしくおほしける殿にもおはしますらんと心
つかひしたまひて久しう見たまえぬほといとゝたまの
うてなにみかきしつらひよろつをとゝのへたまへり女君れ
いのはひかくれてとみにも出たまはぬをおとゝせちにきこえ
たまひてからうしてわたり給へりたゝゑにかきたるものゝ
ひめ君のやうにしすゑられてうちみしろきたまふ事も」(18ウ)
かたくうるはしくて物し給へは思ふこともうちかすめ山道
の物かたりをもきこえんいふかひありておかしう打いらへたま
はゝこそあはれならめよには心もとけすうとくはつかしきもの
におほして年月のかさなるにそへて御こゝろのへたても
まさるをいとくるしくおもはすにとき/\はよのつねなる御
けしきを見はやたえかたうわつらひ侍しをもいかゝとたに
とはせ給はぬこそめつらしからぬことなれとなをうらめしうと
きこえたまふからくしてとはぬはつらき物にやあらんとしり
めに見おこせ給へるまみいとはつかしけにけたかううつくし
けなる御かたち也まれ/\はあさましの御事やとはぬなと」(19オ)
いふきはゝことにこそ侍なれ心うくものたまひなすかなよ
とゝもにはしたなき御もてなしをもしおほしなをる折
もやととさまかうさまにこゝろみきこゆるほといとゝおほ
しうとむなんめりかしよしやいのちたにとてよるのお
ましにいり給ぬ女君ふともいり給はすきこえわつらひ給て
うちなけきてふし給へるもなま心月なきにやあらん
ねふたけにもてなしてとかうよをおほしみたるゝことおほ
かりかのわか草のおひいてんほとのなをゆかしきをにけない
ほとゝおもへりしもことわりそかしいひよりかたきことにも
あるかないかにかまへてたゝ心やすくむかへとりて明暮の」(19ウ)
なくさめにみん兵部卿の宮はいとあてになまめいたまへ
れとにほひやかになともあらぬをいかてかのひとそうに
おほえたまふらんひとつきさきはらなれはにやなとおほす
ゆかりいとむつましきにいかてかとふかうおほゆ又の日御文
たてまつれたまへり僧都にもほのめかし給へしあまうへには
もてはなれたりし御けしきのつゝましさに思ひたまふる
御さまをもえあらはしいてはへらすなりにしをなんかはかり
きこゆるにてもおしなへな(な$た)らぬこゝろさしのほとを御らんし
しらはいかにうれしうなとあり中にちいさくひきむすひて
  面影はみをもはなれす山桜こゝろのかきりとめて」(20オ)
こしかはと(と$)よのまの風もうしろめたくなんとあり御てなと
はさる物にてたゝはかなうをしつゝみたまへるさまもさた
すきたる御めともにあやにこのましうみゆあなかたはらいた
やいかゝきこえんとおほしわつらふゆくての御ことはなを
さりにもおもひたまへなされしをふりはへさせたまへるに
きこえさせんかたなくなんまたなにはつをたにはか/\しう
つゝけ侍らさめれはかひなくなんさても
  あらし吹尾上の桜ちらぬまを心とめけるほとのはかな
さいとゝうしろめたうとあり僧都の御返もおなしさまなれ
は口おしくて二三日ありてこれみつをそたてまつれたまふ」(20ウ)
少納言のめのとゝいふ人あへし尋てくわしうかたらへな
とのたまひしらすさもかゝらぬくまなき御こゝろかなさは
かりいはけなかりしけはひをまほならねともみしほとを思ひ
やるもおかしうわさとかう御ふみあるを僧都もかしこまり
きこえたまふ少納言にせうそこしてあひたりくはしう
おほしのたまふさまをおほかた御ありさまなとかたることはおほ
かる人にてつき/\しういひつゝくれといとわりなき御ほと
をいかにおほすにかとゆゝしうなんたれも/\おほしける
御ふみにもいとねん比にかいたまひてかの御はなちかきなん
見たまへまほしきとてなんれいのなかなるには」(21オ)
  浅香山あさくも人をおもはぬになと山のゐのかけ
はなるらん御かへし
  くみそめてくやしときゝし山の井のあさきなから
や影をみるへき惟光もおなし事をきこゆこのわつらひ
たまふことよろしくはこのころ過して京のとのにわたり
たまひてなんきこえさすす(す$)へきとあるをこゝろもとなう
おほす藤つほの宮なやみ給ことありてまかて給へりうへの
おほつかなかりなけききこえたまふ御けしきもいと/\おし
う見たてまつりなからかゝるおりたにとこゝろもあく
かれまとひていつくにも/\まうてたまはす内にても」(21ウ)
里にてもひるはつれ/\となかめくらしてくるれは王命婦を
せめありき給いかゝたはかりけんいとわりなくてみたてまつる
ほとさへうつゝとはおほえぬそわひしきや宮もあさましかりし
をおほし出るたによとともの御物おもひなるをさてたに
やみなんとふかうおほしたるにいとこゝろうくていみしき
御けしきなる物からなつかしうらうたけにさりとてうち
とけす心ふかうはつかしけなる御もてなしなとのなを人にゝ
させ給はぬをなとかなのめなる事たに打ましりたまは
さりけんとつらくさへそおほさるゝなにことをかはきこえつ
くし給はんくらふの山にやとりもとらまほしけなれと」(22オ)
あやにくなるみしか夜にてあさましうなか/\なり
  見てもまたあふよまれなる夢のうちにやかてまき
るゝ我身ともかなとむせかへりたまふさまもさすかにいみ
しけれは
  世かたりに人やつたへんたくひなくうき身をさ
めぬ夢になしてもおほしみたれたるさまもいとことはり
にかたしけなしみやうふの君そ御なをしなとはかきあ
つめもてきたる殿におはしてなきねにふしくらしたまひ
つ御ふみなともれいの御らんしいれぬよしのみあれはつねの
ことなからもつらういみしうおほしほれて内へもまいらて」(22ウ)
二三日こもりおはすれは又いかなるにかと御心うこかせ給へ
かめるもおそろしうのみおほえ給宮もなをいとこゝろう
き身なりけりとおほしなけくになやましさもまさり給
てとく参りたまふへき御つかひしきれとおほしもたゝ
す誠に御心ちれいのやうにもおはしまさぬはいかなるにかと
人しれすおほすこともありけれはこゝろうくいかならんとのみ
おほしみたるあつきほとはいとゝおきもあかり給はす三月に
なり給へはいとしるきほとにて人/\見たてまつりとかむる
にあさましき御すくせのほと心うし人はおもひよらぬこと
なれはこの月まてそうせさせ給はさりけることゝおとろ」(23オ)
きゝこゆ我御心ひとつにはしるうおほしわくこともあり
けり御ゆとのなとにもしたしうつかうまつりて何ことの
御けしきをもしるくみ奉りしれる御めのとこの弁の
命婦なとそあやしと思へとかたみにいひあはすへきにあら
ねはなをのかれかたかりける御すくせをそ命ふはあさましと
おもふうちには御ものゝけのまきれにてとみにけしきなう
おはしましけるやうにて(て$そ)そうしけんかしみるひともさのみお
もひけりいとゝ哀にかきりなうおほされて御つかひなとのひま
なきも空おそろしうものをゝほすことひまなし中将の君
もおとろ/\しうさまことなる夢を見たまひてあはする」(23ウ)
物をめしてとはせ給へはおよひなうおほしもかけぬすちのこ
とをあはせけりそのなかにたかひめありてつゝしませ給へ
きことなん侍といふにわつらはしくおほえてみつからの夢
にはあらす人の御事をかたるなりこの夢あふまて又
人にまねふなとのたまひて心のうちにはいかなることならん
とおほしわたるにこの宮の御こときゝたまひてもしさるやう
もやとおほしあはせ給にいとゝしくいみしきことのはつくし
きこえたまへと命婦もおもふにいとむくつけうわつらはし
さまさりてさらにはかるへきかたなしはかなき一くたりの
御かへりの玉さかなりしも絶はてにたり七月になりてそ」(24オ)
参り給けるめつらしく哀にていとゝしき御思ひのほと
かきりなしすこしふくらかになりたまひてうちなやみおも
やせ給へるはたけにゝる物なくめてたしれゐの明暮
こなたにのみおはしまして御あそひもやう/\おかしきころ
なれは源氏の君もいとまなくめしまつはしつゝ御ことふえ
なとさま/\につかふまつらせ給いみしうつゝみ給へと忍ひかた
きけしきのもり出るおり/\宮もさすかなることゝもを
おほしつゝけけりかの山寺の人はよろしうなりて出たまひ
にけり京の御すみか尋てとき/\の御せうそこなとあり
おなしさまにのみあるもことはりなるうちにこの月比はありし」(24ウ)
にまさるものおもひにこと事なくてすきゆく秋の末つかた
いと物こゝろほそくてなけき給月のおかしき夜忍ひたる
ところにからうしておもひたちたまへるをしくれめいてうち
そゝくおはするところは六条京こくわたりにてうちよりなれ
はすこしほととをきこゝちするにあれたる家の木たちいと
ものふりてこくらう見えたりあり例の御ともにはなれぬこ
れみつなんこあせちの大納言の家に侍り一日ものゝたよりに
とふらひて侍りしかはかのあまうへいたうよはりたまひにたれは
なにこともおほえすとなん申て侍しときこゆれはあはれの
事やとふらふへかりけるをなとかさなんとものせさりしいりて」(25オ)
せうそくせよとのたまへは人いれてあないせさすわさとかう
たちよりたまへることゝいはせたれはいりてかく御とふらひに
なんおはしましたるといふにおとろきていとかたはらいたきことかな
このひころむけにいとたのもしけなくならせ給にたれは御たい
めんなとも有ましといへともかへし奉らむはかしこしとて南の
ひさしひきつくろひて入たてまつるいとむつかしけに侍れと
かしこまりをたにとてゆくりなくものふかきおまし所に
なんときこゆけにかゝるところは例にたかひておほさるつねに
思ひたちなからかひなきさまにのみもてなさせたまふに
つゝまれ侍てなんなやませたまふことおもくともうけ給はら」(25ウ)
さりけるおほつかなさなときこえたまふみたり心ちはいつとも
なくのみ侍かきりのさまになり侍りていとかたしけなく立
よらせ給へるにみつからきこえさせぬことのたまはする事の
すちたまさかにもおほしめしかわらぬやう侍らはかくわり
なきよはひ過侍りてかならすかすまへさせたまへいみしく
心ほそけに見たまへおくなんねかひ侍るみちのほたし
に思ひたまへら(ら+れ)ぬへきをときこえ給へりいとちかけれは心ほ
そけなる御こゑたえ/\きこえていとかたしけなきわ
さにも侍かなこの君たにかしこまりもきこえ給ひ(ひ+つ)へきほと
ならましかはとのたまふ哀にきゝたまひて何かあさう思ひ」(26オ)
たまへらんことゆへかうすき/\しきさまを見え奉らん
いかなる契りにか見たてまつり初しよりあはれに思ひきこ
ゆるもあやしきまてこのよのことにはおもひ侍らぬなとのた
まひてさてかひなき心ちのみし侍るを彼いはけなうものし
たまふ御ひと声いかてかとのたまへはいてやよろつおほし
しらぬさまにおほとのこもりいりてなときこゆるおりしも
あなたよりくるおとしてうへこそこの寺にありし源氏の君
こそおはしたなれなとみたまはぬとのたまふ人々いとかたはら
いたしと思ひてあなかまときこゆいさみしかは心ちのあしさ
なくさめ(め+き)とのたまひしかはそかしとかしこきこときゝえたりと」(26ウ)
おほしてのたまふいとおかしときいたまへと人/\のくるしと思ひ
たれはきかぬやうにてまめやかなる御とふらひをきこえをきた
まひてかへり給ぬけにいふかひなのけはひやさりともいとよう
をしへてんとおほす又の日もいとまめやかにとふらひきこえ
給れいのちいさくて
  いはけなきたつの一声きゝしよりあしまになつ
むふねそえならぬおなし人にやとことさらおさなくかきなし
たまへるもいみしうおかしけなれはやかて御手ほんにと人/\
きこゆ少納言そきこえたるとはせたまへるはけふをもすく
しかたけなるさまにて山寺にまかりわたるほとにかうとはせ」(27オ)
給へるかしこまりはこの世ならてもきこえさせんとありいと
哀とおほす秋の夕はまして心のいとまなくのみおほしみた
るゝ人の御あたりに心をかけてあなかちなるゆかりもたつね
まほしきこゝろまさり給なるへしきこ(こ$)えん空なきとあり
し夕へおほし出られて恋しくも又見はおとりやせんとさ
すかにあやうし
  手につみていつしかもみんむらさきの根にかよひける
野へのわか草十月にすさく院の行幸あるへしまひ人なと
やんことなき家のこともかんたちめ殿上人ともなともそのかた
につき/\しきはみなえらせ給へれはみこたち大臣よりは」(27ウ)
しめてとり/\のさえともならひたまふいとまなし山さと
人にも久しう音つれ給はさりけるをおほし出てふりはへつ
かはしたりけれは僧都のかへりことのみありたちぬる月の
廿日のほとになんつゐにむなしく見たまへなしてせけん
のたうりなれとかなしみ(み$ひ)思ひたまふるなとあるをみたまふ
に世中のはかなさもあはれにうしろめたけにおもへりし人も
いかならんおさなきほとにこひやすらんこ宮す所におくれ
奉りしなとはか/\しからねとおもひいてゝ浅からすとふらひ
たまへり少納言ゆへなからす御かへりなときこえたりいみ
なと過て京のとのになときゝたまへはほとへてみつからの」(28オ)
とかなる夜おはしたりいとすこけにあれたる所の人すく
なゝるにいかにおさなき人おそろしからんとみゆれいの所に
いれたてまつりて少納言御ありさまなとうちなきつゝき
こえつゝきこえつゝくるにあひなう御袖もたゝならす宮
にわたしたてまつらんと侍をこひめ君のいとなさけなくうき
物におもひきこえ給へりしにいとむけに児ならぬよはひの又
はか/\しう人のおもむきをも見しり給はすなかそらなる御
ほとにてあまたものしたまふなるなかのあなつらはしき人
にてやましり給はんなと過給ぬるもよとともにおほし
なけきつるもしるきことおほく侍にかたしけなきなけの」(28ウ)
御ことのはゝのちの御こゝろもたとりきこえさせすいとうれ
しうおもひたまへられぬへき折ふしに侍なからすこしも
なすらひなるさまにも物し給はす御としよりもわかひて
ならひ給へれはいとかたはらいたく侍ときこゆなにかゝうくり
かへしきこえしらする心のほとをつゝみ給らんそのいふかひ
なき御ありさまの哀にゆかしうおほえたまふも契りことに
なん心なから思ひしられける猶ひとつてなからきこえしら
せはや
  あしわかの浦にみるめはかたくともこはたちなからかへる浪
かはめさましからんとのたまへはけにこそいとかしこけれとて」(29オ)
  よる波のこゝろもしらてわかの浦に玉もなひかんほと
そうきたるわりなきことゝきこゆるさまのなれたるにす
こしつみゆるされたまふなそこえさらんとうちすし給へる
を身にしみてわかき人/\おもへり君はうへをこひきこえ給
てなきふし給へるに御あそひかたきとものなをしきたる
人のおはする宮のおはしますなめりときこゆれはおき出たま
ひて少納言よなをしきたりつらんはいつら宮のおはするかとて
よりおはしたる御こゑいとらうたし宮にはあらねと又おほし
はなつへうもあらすこちとのたまふをはつかしかりし人とさす
かにきゝなしてあしういひてけりとおほしてめのとにさし」(29ウ)
よりていさかしねふたきにとのたまへは今更になと忍ひた
まふらんこのひさの上に御とのこもれよいますこしよりたまへと
の給へはめのとのされはこそかうよつかぬ御ほとにてなんとておし
よせ奉りたれはなにこゝろもなくゐ給へるに手をさしいれて
さくりたまへれはなよゝかなる御そにかみはつや/\とかゝり
て末のふさやかにさくりつけられたるほといとうつくしう
思ひやらる手をとらへたまへれはうたてれいならぬ人の
かくちかつきたまへるはおそろしうて(て+ね)なんといふ物をとてしゐ
ひきいりたまふにつきてすへりいりていまはまろそおもふ
へき人なうとみ給ひそとのたまふめのとあなうたてやゆゝ」(30オ)
しうも侍かな聞えしらせ給ともさらになにのしるしも
侍らし物をとてくるしけに思ひたれはさりともかゝる御
ほとをいかゝはあらんなをたゝよにしらぬ心さしのほとを見
はてたまへとのたまふあられふりてあれてすこきよ
のさま也いかてかうひとすくなにこゝろほそうて過したまふら
んとうちないたまひていと見すてかたきほとなれはみ
かうしまいりねものおそろしきよのさまなめるを殿ゐ人に
て侍らん人/\ちかうさふらはれよかしとていとなれかほに御
ちやうのうちにいりたまへはあやしうおもひのほかにもとあき
れて誰も/\ゐたりめのとはうしろめたうわりなしと思へと」(30ウ)
あらましうきこえさわくへきほとならねはうちなけき
つゝゐたりわか君はいとおそろしういかならんとわなゝかれて
いとうつくしき御はたつきもそゝろさむけにおほしたるを
らうたくおほえてひとへはかりをゝしくゝみて我心ちも
かつはうたておほえ給へとあはれにうちかたらひていさたまへよ
おかしきゑなとおほくひゝなあそひなとする所にと心に
つくへき事をのたまふけはひのいとなつかしきをおさなき
心ちにもいといたうもおちすさすかにむつかしうねもいらす
おほえてみしろきふしたまへり夜ひとよ風吹あるゝに
けにかうおはせさらましかはいかに心ほそからましおなしくは」(31オ)
よろしきほとにおはしまさましかはとさゝめきあへりめのとは
うしろめたさにいとちかうさふらふ風すこしふきやみたる
に夜ふかう出給もことありかほ也やいと哀に見たてまつる
御ありさまを今はましてかたときのまもおほつかなかるへし
明暮なかめ侍るところにわたし奉らんかくてのみはいかゝ物
おちし給はさりけりとのたまへは宮も御むかへになときこ
え給めれとこの四十九日過してやなと思ひたまふるとき
こゆれはたのもしきすちなからもよそ/\にてならひ給へる
はおなしうこそうとうおほえたまはめいまより見たて
まつれと浅からぬ心さしはまさりぬへくなんとてかいなて」(31ウ)
つゝかへり見かちにて出たまひぬいみしう霧わたれる空
もたゝならぬに霜はいとしろうをきてまことのけさうも
おかしかりぬへきにさう/\しう思ひをはすいとしのひて
かよひ給所のみちなりけるをおほしいてゝかとうちたゝかせ
たまへと聞つくる人なしかひなくて御供に声ある人
してうたはせたまふ
  朝ほらけ霧たつ空のまよひにも行すきかたき
いもか門かなとかへりうたひたるによしいみ(み+たる)しもつかひをい
たして
  立とまり霧のまかきの過うくは草の戸さしに」(32オ)
さはりしもせしといひかけていりぬ又人もいてこねはかへる
もなさけなけれと明行空もはしたなくてとのへおはしぬ
おかしかりつる人の名残恋しくひとりゑみしつゝふし
給へりひたかうおほとのこもりをきてふみやりたまふに
かくへきことはもれゐならねは筆うちをきつゝすさひゐ
たまへりおかしきゑなとをやり(り+た)まふかしこにはけふしも
宮わたり給へり年ころよりもこよなうあれまさりひろう
物ふりたる所のいとゝひとすくなにさひしけれはみわたし
給てかゝる所にはいかてかしはしもおさなき人の過し
給らんなをかしこにわたし奉りてんなにの所せきほとにも」(32ウ)
あらすめのとはさうしなとしてさふらひなん君はわかき人
ひとなとあれはもろともにあそひていとようものし給はなん
なとの給ちかうよひよせ奉りたまへるにかの御うつり香
のいみしうえんにしみかへりたまへれはをかしの御にほひや
御そはなへてと心くるしけにおほいたるとし比もあつしく
さたすきたまへる人にそひたまへるかしこにみならした
まへなとものせしをあやしうゝとみたまひて人も心
をくめりしをかゝる折ふ(ふ$に)しも物したまはんもこゝろくるしう
なとの給へはなにかは心ほそくともしはしはかくておはしまし
なんにわたらせ給はんこそよくは侍へけれときこゆよるひる」(33オ)
恋きこえたまふにはかなきものもきこしめさすとてけ
にいといとうおもやせ給へれといとあてにうつくしく中/\見え
たまふなにかさしもおほすいまはよになき人の御事はかひ
なしをのれあれはなとかたらひきこえたまひてくるれは
かへらせ給をいと心ほそしとおほゐてないたまへはみや
うちなきたまひていとかう思ひないりたまひそけふあす
わたしたてまつらんなとかへす/\こしらへをきていてた
まひぬ名残もなくさめかたうなきゐたまへり行さきの
身のあらんことまてもおほししらすたゝ年月ころ立
はなるゝおりなうまつはしならひていまはなき人となり」(33ウ)
たまひにけるとおほすかいみしきにおさなき御心ちなれと
むねつとふたかりて例のやうにもあそひたまはすひる
はさてもまきらはしたまふを夕くれとなれはいみしくゝし
たまへはかくてはいかてかすくし給はんとなくさめわひてめの
ともなきあへり君の御もとよりは惟光をたてまつれた
まへり参りくへきをうちよりめしあれはなん心くるしう
みたてまつりしもしつこゝろなくとてとの居人たてまつ
れたまへりあちきなうもあるかなたはふれにても物の
はしめにこの御事よ宮きこしめしつけはさふらふ人/\の
おろかなるにそさいなまんあなかしこ物のつゐてにいはけ」(34オ)
なくうち出きこえさせ給なゝといふもそれをはなにともお
ほしたらぬそあさましきや少納言は惟光にあはれなる物
かたりともしてありへてのちやさるへき御すくせのかれ
きこえたまはぬやうもあらんたゝいまはかけてもいとにけな
き御ことゝ見たてまつるをあやしうおほしのたまはす
るもいかなる御心にか思ひよるかたなうみたれ侍けふも宮
わたらせたまひてうしろやすくつかうまつれ心おさなく
もてなしきこゆなとのたまはせつるもいとわつらはしう
たゝなるよりはかゝる御すきこともおもひ出られ侍つるな
といひてこのひともことありかほにやおもはんなとあひなけ」(34ウ)
れはいたうなけかしけにもいひなさすたいふもいかなること
にかあらんと心えかたう思まいりてありさまなときこえ
けれはあはれにおほしやらるれとさてかよひ給はんもさ
すかにそゝろなる心ちしてかる/\しうもてひかめたる
と人もやもりきかんなとつゝましけれはたゝむかへてんと
おほす御ふみはたひ/\たてまつれたまふくるれは例の
たいふをそたてまつれたまふさわる事とものありてえ
まいりこぬをおろかにやなとあり宮よりあすにはかに御む
かへにとのたまはせたりつれは心あはたゝしくてなん年比
のよもきふをかれなんもさすかにこゝろほそうさふらふ人」(35オ)
ひともおもひみたれてとことすくなにいひておさ/\あへ
しらはすものぬいいとなむけはひなとしるけれは参りぬ
君は大とのにおはしけるにれいの女君とみにもたいめんし
たまはす物むつかしうおほえたまひてあつまをすかゝきて
ひたちには田をこそつくれといふ哥をこゑをはいとなまめきて
すさひゐたまへり参りたれはめしよせてありさまとひ給ふ
しか/\なんときこゆれはくちおしうおほえて彼宮にわたりなは
わさとむかへいてんもすき/\しかるへしおさなき人をぬす
み出たりともときおいなんそのさきにしはし人にも口かため
てわたしてんとおほして暁かしこにものせん車のさうそく」(35ウ)
なからすいしんひとりふたりおほせおきたれとのたまふう
け給はりてたちぬ君にいかにせましきこえありてすきか
ましきやうなるへきこと人のほとたにものを思ひしり女の
こゝろかはしけることゝおしはかられぬへくはよのつね也ちゝ宮
の尋いてたまへらんもはしたなうそゝろなるへきをと
おほしみたるれとさていつしてんはいとくちおしかんへけれは
また夜ふかう出給女君(君+れい)のしふ/\に心もとけすものし給
かしこにいとせちに見るへきことの侍をおもひたまへいてゝ
なん立かへり参りきなんとて出たまへはさふらふ人/\も
しらさりけりわか御かたにて御なをしなとはたてまつる」(36オ)
惟光はかりをむまにのせておはしぬかとうちたゝかせ給へは心も
しらぬものゝあけたるに御車をやおら引いれさせて大夫つま
とをならしてしはふけは少納言きゝしりていてきたりこゝ
におはしますといへはおさなき人は御とのこもりてなんなとかい
と夜ふかうはいてさせたまへるとものゝたよりと思ひて
いふ宮へわたらせ給へかなるをそのさきにきこえをかんとて
なんとのたまへは何事にか侍らんいかにはか/\しき御いらへ
きこえさせ給はんとて打わらひてゐたり君いりたまへは
いとかたはらいたくうちとけてあやしきふる人ともの侍にとき
こえさすまたおとろいたまはしないて御めさましきこえん」(36ウ)
かゝる朝きりをしらてはぬるものかとていりたまへはやと
もえきこえす君はなに心もなくねたまへるをいたき
おとろかしたまふにおとろきて宮の御むかへにおはし
たるとねをひれておほしたり御くしかきつくろひなとし
たまひていさたまへ宮の御つかひにて参りきつるとあ
きれておそろしと思ひたれはあなこゝろうまろも同し
人そとてかきいたきて出給へは大夫少納言なとこはいかにと
きこゆこゝにはつねにもえ参らぬかおほつかなけれはこゝろやす
き所にときこえしを心うくわたりたまふへかなれはまして
きこえかたかへけれは人ひとりまいられよかしとのたまへは心あ」(37オ)
はたゝしくてけふはいとひんなくなん侍へき宮のわたらせ給はん
にはいかさまにかきこえやらむをのつからほとへてさへきにお
はしまさはともかうも侍なんをいとおもひやりなきほとのこ
とに侍れはさふらふ人/\くるしう侍へしときこゆれはよし
のちにも人は参りなんとて御車よせさせ給へはあさましう
いかさまにとおもひあへりわか君もあやしとおほしてないたまふ
少納言とゝめきこえんかたなけれはよへぬいし御そともひき
さけてみつからもよろしきゝぬきかへてのりぬ二条院は
ちかけれはまたあかうもならぬほとにおはしてにしのたいに
御くるまよせており給わか君をはいとかろらかにかきい」(37ウ)
たきておろしたまふ少納言なをいと夢の心ちし侍るを
いかにし侍へきことにかとやすらへはそは心なゝり御みつからわた
したてまつりつれはかへりなんとあらはおくりせんかしとのたまふに
わらひておりぬ俄にあさましうむねもしつかならす宮の
おほしのたまはんこといかになりはてたまふへき御ありさまにか
とてもかくてもたのもしき人/\におくれたまへるかいみし
さとおもふに泪のとまらぬをさすかにゆゝしけれはねんし
ゐたりこなたは住たまはぬたいなれはみちやうなともなかりけり
これみつめして御ちやう御屏風なとあたり/\したて
させたまふみ木丁のかたひらひきおろしおましなとたゝ」(38オ)
ひきつくろうはかりにてあれはひんかしのたいに御とのゐの
めしにつかはしておほとのこもりぬわか君いとむくつけういか
にする事ならんとふるはれたまへとさすかに声たてゝもえ
なき給はす少納言かもとにねんとのたまふこゑいとわかし
今はさはおほとのこもるま(ま+し)きそよとをしへきこえたまへはいと
わひしくてなきふし給へりめのとはうちもふされすものもおほえ
すおきゐたりあけゆくまゝに見わたせはおとゝのつくり
さましつらひさまさらにもいわす庭のすなこも玉をかさね
たらんやうに見えてかゝやく心ちするにはしたなく思ひ
居たれとこなたには女なともさふらはさりけりうときまらうと」(38ウ)
なとの参るおりふしのかたなりけれはおとこともそみす
のとにありけるかく人むかへ給へりとほのきく人は誰ならん
おほろけにはあらしとさゝめく御てうつ御かゆなとこなたに
まいるひたかうねをき給ひて人なくてあしかめるをさるへき
人/\ゆふつけてこそはむかへさせたまはめとのたまひてたいに
わらへめしにつかはすちいさきかきりことさらにまいれとあり
けれはいとおかしけにて四人まいりたり君は御そにまつはれ
てふし給へるをせめておこしてかう心うくなおはせそすゝろ
なるひとはかうはありなんや女はこゝろやはらかなるなんよきなと
今よりおしへきこえ給御かたちはさしはなれてみしよりもいみしう」(39オ)
きよらにてなつかしう打かたらひつゝおかしきゑあそひともと
りにつかはして見せたてまつりつゝ(つゝ$御心)につくことゝもおしたまふ
やう/\おき居て見給ににひ色のこまやかなるかうちなへた
るともをきて何心なくうちゑみなとしてゐたまへるかいとうつ
くしきに我もうちゑまれてみたまふひんかしのたいにわたり
給へるに立出て庭の木立いけのかたなとのそき給へは霜枯
のせんさいゑにかけるやうにおもしろくてみもしらぬ四位五ゐこ
きませにひまなう出いりつゝけにおかしき所かなとおほす御ひやう
ふともなといとをかしきゑをみつゝなくさめておはするもは
かなしや君は二三日内へも参り給はてこの人をなつけかたらひ」(39ウ)
たまふやかてほんにとおほすにや手ならひゑなとさま
/\にかきつゝみせ奉り給いみしうおかしけにかきあつめ給へり
むさしのといへはかこたれぬとむらさきのかみにかいたまへる
すみつきのいとことなるをとりてみゐたまへりすこしちい
さくて
  ねはみねとあはれとそおもふむさしのゝ露わけわふる
草のゆかりをとありいて君もかいたまへとあれはまたようは
かゝすとて見あけたまへるかなにこゝろなううつくしけなれは
うちほゝゑみてよからねとむけにかゝぬこそわろけれをしへき
こえんかしとのたまへはうちそはみてかいたまふ手つき筆とり」(40オ)
たまへるさまのおさなけなるもらうたうのみおほゆれは心
なからあやしとおほすかきそこなひつとはちてかくし給をせ
めてみたまへは
  かこつへきゆへをしらねはおほつかな如何なる草のゆか
りなるらんといとわかけれとをゐさきみえてふくよかにかいたま
へりこあま君のにそ似たりけるいまめかしきてほんならはいとよう
かいたまひてんとみたまふひいなゝとわさとやともつくりつゝけ
てもろともにあそひつゝこよなきものおもひのまきらはし也
かのとまりにし人/\は宮わたりたまひて尋きこえたまひけ
るにきこえやる方なくてそわひあへりけるしはし人にしらせしと」(40ウ)
君ものたまふ少納言もおもふことなれはせちにくちかためやり
たりたゝゆくゑもしらす少なこんかゐてかくしきこえた
るとのみきこえさするに宮もいふかひなうおほしてこあま
きみもかしこにわたりたまはんことをいとものしとおほしたり
し事なれはめのとのいとさしすくしたるこゝろはせのあまりに
おいらかにわたさんをひんなしなとはいかて心にまかせてゐてはふら
かしつるなめりとなく/\帰り給ぬもしきゝいて奉らはつけ
よとの給もわつらはしく僧都の御もとにもたつねきこえ給へと
あとはかなくてあたらしかりし御かたちなと恋しくかなしと
おほす北のかたも母君をにくしとおもひきこえたまひける」(41オ)
こゝろもうせて我心にまかせつへうおほしけるにたかひぬるは
くちおしうおほしけりやう/\人まいりあつまりぬ御あそひかた
きのわらはへちこともいとめつらかにいまめかしき御ありさまともな
れはおもふことなくてあそひあへり君はおとこきみのおはせ
すなとしてさう/\しきゆふくれなとはかりそあま君をこひ
きこえたまひてうちなきなとしたまへと宮をはことに思ひ
いてきこえたまはすもとより見ならひきこえたまはてならひ
たまへれはいまはたゝこの後のおやをいみしうむつひまつはしきこ
えたまふものよりおはすれはまついてむかひてあはれに
うちかたらひ御ふところにいりゐていさゝかうとくはつかし」(41ウ)
ともおもひたらすさる方にいみしうこゝろありなにくれと
むつかしきすちになりぬれはわかこゝろもすこしたかふゝしも
いてくやとこゝろをかれ人もうらみかちにおもひの外の事
をのつからいてくるをいとおかしきもてあそひ也むすめなと
はたかはかりになれは心やすくうちふるまひへたてなきさま
にふしおきなとはえしもすましきをこれはいとさまかは
りたるかしつきくさなりとおほゐためり」(42オ)