SIN>EXTRA FILE 01 KYLE

Sorry, but this page has no English page.


SIN>EXTRA FILE 01 第一回へ
SIN>EXTRA FILE 01 第二回へ
SIN>EXTRA FILE 01 第三回へ
SIN>EXTRA FILE 01 第四回へ
SIN>EXTRA FILE 01 第五回へ
SIN>EXTRA FILE 01 あとがきへ

   

SIN>EXTRA FILE 01  KYLE

                                斎木 直樹

                4. 挨拶

 ショウ・オブライエンは、いきなり振り返った連れと、彼と睨みあったまま身じろぎ
もしない女とを見比べることしかできなかった。
 彼女の顔の左上はかなり昔に負ったらしいやけどの痕に覆われていて、目も半分つぶ
れたようになっていた。もしかしたら、見えていないのかもしれない。かつては彼の上
司のような明るい金髪だったのだろう髪は短く刈られ、あるべき場所に左耳はない。年
齢を当てるのが上手くないショウだったが、連れと同年代かなと思った。凄惨な傷痕を
みじんも隠すことなく、故意であるとしか思えないまでにさらしていることが深い印象
を残す。
 ショウの連れの方は、いつになく真剣な面もちだが、それでも緊張はしていないよう
だった。彼が緊張しているところなど、ショウには想像すらできない。何かを待ってい
るかのように、連れはみじろぎもしない。
 たまりかねたショウが何か言おうかとした時、女が口を開いた。
「――――ひさしぶり」
 その言葉が、本当に彼女が言いたかったことだとはとうてい思えないような、絞り出
した声だったが、連れは少しだけ顔をゆるめて、応答した。
「久しいな。全く」
 その彼の一言が何かのきっかけだったようだ。女は怒ったような、泣き出したいよう
な、そして喜びに叫びだしたいような、複雑な感情が入り混じった表情の果てに、くす
くすと笑い出した。
「そうよ。全く。――今、何してるの?」
「相変わらずの稼業さ」
「相変わらず、ね」
 そう、彼女はちらりとショウをみた。連れはなぜかおどけた様子で首をすくめる。自
分が何だと言うんだ。ショウは少しむっとした。それを見て、女はまた笑い始めた。今
度は、涙が出るまで笑い続けた。ショウはますますむっとした顔をし続けるしかない。
 しばし笑い続ける女を見下ろして、男は微かに痛むような表情を見せた。女は涙を指
で拭い、目を伏せた。
 あの後、気がつくとカイルの姿はなく、サーシャは左耳を認識票ごと失っていた。身
分証明、保有している「現金」などの個人に関するデータを全て、左耳の認識票に保管
し、認証を行なっている現代では、認識票を持たないことは、即ち、死に繋がる。だか
らサーシャは左の顔を焼き、認識票を失くしたとして身分を偽って再申請をせざるを得
なかった。己の顔を焼いたときの恐怖、自分の顔を焼いた時の臭いは今も覚えている。
あの時感じた憎しみは、嘘じゃない。でも。
「こんなこと、あなたに言う日がくるとは思わなかった。でも……ありがとう」
 Z――カイルは、はっと何かを口走りそうになった。
「ううん。ありがとう。これでいいの。兄さんの言っていたことを成し遂げてくれて、
その上、あなたは私にもそのチャンスを与えてくれたのね。今わかったわ」
 どこか、裁定を待つような表情のZを、ショウは物珍しげに見る余裕すら失ってしまっ
ていた。
 もしかしたら、彼は兄のときも、そうしたのではないか。認識票を失くすことは、今の
時代では死を意味する。自分自身も、死よりも苦しいような下層での暮らしを強いられた
こともある。だから、死体の代わりに左耳を認識票ごと持ち帰ることは、本人の死と同意
だ。
 今更確認することもできないことに女は首を振り、かつての仲間をきっと見やった。あ
れから背がずいぶん高くなっている。見上げると首が痛いけれど、でも、これはカイルだ。
彼だ。
「もちろん、あなたのしたことを、私は許してないけどね」
 しかし、そう言われることが許されることであるかのように、Zは解かれて初めてわ
かるほどの緊張を解いた。女はにっこりと笑む。その笑みにうまく応えられているのか、
Zには自信が無かった。いや、多分完璧ではないだろう。けれど、彼女はおそらくそれ
でも許してくれる。それだけは分かった。
「そっちは、どうしてるんだ」
 買い物した袋の数々を軽々と持ち上げて、女は疲れたような顔を生き生きとした目で
してみせた。
「見たらわかるでしょう、貧乏一家のおっかさんよ。」
「へえ、よくもらってくれる奴がいたな」
「えーえー、趣味の悪い旦那が一人、家にいるわよ」
 いつものような軽口をたたきはじめたZに、ショウは安堵した。先ほどまでの彼は、
ショウの知っている彼ではなかった。
 唐突に、彼女は言った。
「さよなら」
「ああ。……元気で」
 彼が付け足したその一言に、女は切なそうな顔をしたが堪え、背を向けて歩いていっ
た。
 今、カイルと自分を繋いでいた「時」が終わったことを、サーシャは自分に宣告した。
彼はこれからもアレクの遺言を守っていくのだろう。けれど、今や自分は、彼らの呪縛
から解き放たれたのだ。自分の力で。それが誇らしく、またかけがえのないものを失っ
てしまったかのように思えた。しかし、それは彼女にとっての真実。何度この場に在っ
たとしても、彼女はそうしただろう。
 彼女は、一度も振り返ることなく、家路をたどった。家族の待つ家へ。彼女の命と同
等に思えるものたちの元へ。

 

B.G.M. 「ガレキの楽園」(新居昭乃・「降るプラチナ」収録・Victor)
 

 

 おわり

小説検索サイトWandering Networkの逆アクセスランキングに投票[link]
小説検索サイトNEWVELのランキングに投票[link]

SIN>EXTRA FILE 01 あとがきへ


おむらよしえのホームページに戻る
斎木直樹の部屋に戻る

このページについてのお便り、リンクしたい場合は、タイトルに「オム」という文字を入れて

omu@sainet.or.jp
(斎木直樹)へどうぞ。

Last modified 2008.4.26.
Copyright (C) 2007 by Psyche Naoki
無断転載並びに商用目的の配布を厳禁いたします。