SIN>EXTRA FILE 01 KYLE

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あらすじ
カイルが所属する「研究所」へ入所してきた少女は、彼の友人の妹だった。

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SIN>EXTRA FILE 01  KYLE

                                斎木 直樹

                0. 今はもうない

 

 

 雑踏の中で、女は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。女を追い越していく者たち
の中には、迷惑そうな顔をして女をにらみつける者もいたが、周囲の視線に気づくこ
ともできずに「彼」だけを見つめる女の形相とその相貌に目をそらすだけで、彼らも
また通り過ぎていった。
 長い間彼女が忘れることのできなかった「彼」が、そこにいた。しかし、彼女の記
憶にある「彼」の面影はほとんどない。背は当然あの頃よりも高い。標準よりも高め
だが、人波から浮き上がるほどではない。肌はやや日焼けしているのだろうか、あの
頃よりも濃くなっているような気がする。瞳の深い色は変わっていない。しかし、な
によりも、今、ちらりと見た表情は、皮肉でありにしろ笑っていた。あれは、ほんと
うに、「彼」なのか?いや、間違いない。私が、間違うはずがない。
 女は「彼」の名を呼んだ。いや、呼ぼうとしたのだが、実際はかすかに言葉が漏れ
ただけだった。それは、どこから聞こえてくるのか判別のつかない、わあんと反響し
ている雑踏のざわめきにまぎれてしまい、彼に届くはずがなかった。しかし、その空
気をわずかにふるわせた音に、彼はぴたりと立ち止まった。そして、たっぷりと時間
をかけてこちらへ向きなおった。しっとりとした黒髪が風に揺れたが、そのまなざし
はしっかりと彼女を見つめている。
 ゆっくりと、確信を持ったその動きに、彼女は自分に肯定した。やはりこれは「彼」
だったのだ。認めたとたん、灼けつく憎しみに鳥肌が立った。自分の身体に弾が貫通
した衝撃と心に受けた驚愕が、己を灼いた炎の赤さが、じくじくと腐ってゆく皮膚の
感触と同じように許すことのできない恨みがこころを浸食していく毎日が蘇る。「彼」
への憎悪が、まだこんなにも強く残っていたことに彼女は満足した。私は忘れてはい
ない。必ず奴を捜し出して殺してやることを支えに生きてきた、あの日々のことを。
 視線の先に立っている男は、何の表情もない目で、ただ彼女を見つめていた。街の
ざわめきが、それに入るときのようにどっと遠ざかったように思えた。意識がそのま
なざしにだけ向いていくのが自分でもわかる。
 今度はしっかりと、彼女は呼んだ。
「カイル」
 男は目を伏せ、うつむくように顔を動かした。いまだにその動作が何を意味してい
るのかは、彼女は理解していなかったが、どこか安堵する自分がいた。それは、「彼」
がよくしていたあいまいなしぐさだった。

 

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Last modified 2007.11.19.
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