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渋谷栄一校訂(C)

  

若菜上

光る源氏の准太上天皇時代三十九歳暮から四十一歳三月までの物語

 [主要登場人物]

 光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---六条院・六条の大臣・主人の院・大殿・大殿の君、三十九歳四十一歳三月
 朱雀院<すざくいん>
呼称---朱雀院の帝・院の帝・一の院・主人の院・父帝・帝・主上、源氏の兄
 女三の宮<おんなさんのみや>
呼称---三の宮・内親王・姫宮・女宮・宮・姫宮の御方・宮の御方・御方、朱雀院の第三内親王
 柏木<かしわぎ>
呼称---右衛門督・衛門督・衛門督の君・督の君・宰相の君、太政大臣の長男
 夕霧<ゆうぎり>
呼称---中納言・中納言の朝臣・権中納言の朝臣・中納言の君・大将・大将の君、光る源氏の長男
 雲居雁<くもいのかり>
呼称---三条の北の方・北の方・女君、夕霧の北の方
 太政大臣<だじょうだいじん>
呼称---太政大臣・太政大臣君・父大臣・大臣・大殿
 紫の上<むらさきのうえ>
呼称---対の上・北の政所・紫・対・女君・御方、源氏の妻
 花散里<はなちるさと>
呼称---上
 朧月夜の君<おぼろづきよのきみ>
呼称---内侍の尚君・尚侍の君・女君
 秋好中宮<あきこのむちゅうぐう>
呼称---中宮・后の宮・宮
 冷泉帝<れいぜいてい>
呼称---朝廷・帝・内裏
 明石の尼君<あかしのあまぎみ>
呼称---大尼君
 明石御方<あかしのおおんかた>
呼称---明石の御方・祖母君・母君・御方・君
 明石女御<あかしのにょうご>
呼称---桐壺の御方・淑景舎・女御の君・春宮の御方・女御・桐壺・若君・君、源氏の娘
 東宮<とうぐう>
呼称---春宮・宮
 玉鬘<たまかずら>
呼称--尚侍の君・北の方、鬚黒の北の方
 蛍兵部卿宮<ほたるひょうぶきょうのみや>
呼称---蛍兵部卿宮・親王・宮

第一章 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び

  1. 朱雀院、女三の宮の将来を案じる---朱雀院の帝、ありし御幸ののち、そのころほひより
  2. 東宮、父朱雀院を見舞う---春宮は、「かかる御悩みに添へて、世を背かせ
  3. 源氏の使者夕霧、朱雀院を見舞う---六条院よりも、御訪らひしばしばあり
  4. 夕霧、源氏の言葉を言上す---中納言の君、「過ぎはべりにけむ方は、ともかくも
  5. 朱雀院の夕霧評---女房などは、覗きて見きこえて
  6. 女三の宮の乳母、源氏を推薦---姫宮のいとうつくしげにて、若く何心なき
第二章 朱雀院の物語 女三の宮との結婚を承諾
  1. 乳母と兄左中弁との相談---この御後見どもの中に、重々しき御乳母の兄
  2. 乳母、左中弁の意見を朱雀院に言上---乳母、またことのついでに
  3. 朱雀院、内親王の結婚を苦慮---「しか思ひたどるによりなむ。皇女たちの
  4. 朱雀院、婿候補者を批評---「今すこしものをも思ひ知りたまふほどまで
  5. 婿候補者たちの動静---太政大臣も、「この衛門督の、今までひとりのみありて
  6. 夕霧の心中---権中納言も、かかることどもを聞きたまふに
  7. 朱雀院、使者を源氏のもとに遣わす---春宮にも、かかることども聞こし召して
  8. 源氏、承諾の意向を示す---この宮の御こと、かく思しわづらふさまは
第三章 朱雀院の物語 女三の宮の裳着と朱雀院の出家
  1. 歳末、女三の宮の裳着催す---年も暮れぬ。朱雀院には、御心地なほ
  2. 秋好中宮、櫛を贈る---中宮よりも、御装束、櫛の筥、心ことに調ぜさせ
  3. 朱雀院、出家す---御心地いと苦しきを念じつつ、思し起こして
  4. 源氏、朱雀院を見舞う---六条院も、すこし御心地よろしくと聞きたてまつらせ
  5. 朱雀院と源氏、親しく語り合う---院も、もの心細く思さるるに、え心強からず
  6. 内親王の結婚の必要性を説く---御心のうちにも、さすがにゆかしき御ありさまなれば
  7. 源氏、結婚を承諾---「さやうに思ひ寄る事はべれど、それも難きことに
  8. 朱雀院の饗宴---夜に入りぬれば、主人の院方も、客人の上達部たちも
第四章 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける
  1. 源氏、結婚承諾を煩悶す---六条院は、なま心苦しう、さまざま思し乱る
  2. 源氏、紫の上に打ち明ける---またの日、雪うち降り、空のけしきもものあはれに
  3. 紫の上の心中---心のうちにも、「かく空より出で来にたるやうなることにて
第五章 光る源氏の物語 玉鬘、源氏の四十の賀を祝う
  1. 玉鬘、源氏に若菜を献ず---年も返りぬ。朱雀院には、姫宮、六条院に移ろひ
  2. 源氏、玉鬘と対面---人びと参りなどしたまひて、御座に出でたまふとて
  3. 源氏、玉鬘と和歌を唱和---尚侍の君も、いとよくねびまさり、ものものしきけさへ添ひて
  4. 管弦の遊び催す---朱雀院の御薬のこと、なほたひらぎ果てたまはぬにより
  5. 暁に玉鬘帰る---暁に、尚侍君帰りたまふ。御贈り物などありけり
第六章 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁
  1. 女三の宮、六条院に降嫁---かくて、如月の十余日に、朱雀院の姫宮、六条院へ渡りたまふ
  2. 結婚の儀盛大に催さる---三日がほど、かの院よりも、主人の院方よりも
  3. 源氏、結婚を後悔---三日がほどは、夜離れなく渡りたまふを
  4. 紫の上、眠れぬ夜を過ごす---年ごろ、さもやあらむと思ひしことどもも
  5. 六条院の女たち、紫の上に同情---かう人のただならず言ひ思ひたるも
  6. 源氏、夢に紫の上を見る---わざとつらしとにはあらねど、かやうに思ひ乱れ
  7. 源氏、女三の宮と和歌を贈答---今朝は、例のやうに大殿籠もり起きさせたまひて
  8. 源氏、昼に宮の方に出向く---今日は、宮の御方に昼渡りたまふ。心ことに
  9. 朱雀院、紫の上に手紙を贈る---院の帝は、月のうちに御寺に移ろひたまひぬ
第七章 朧月夜の物語 こりずまの恋
  1. 源氏、朧月夜に今なお執心---今はとて、女御、更衣たちなど、おのがじし別れ
  2. 和泉前司に手引きを依頼---かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて
  3. 紫の上に虚偽を言って出かける---「いにしへ、わりなかりし世にだに、心交はし
  4. 源氏、朧月夜を訪問---その日は、寝殿へも渡りたまはで、御文書き交はしたまふ
  5. 朧月夜と一夜を過ごす---夜いたく更けゆく。玉藻に遊ぶ鴛鴦の声々など
  6. 源氏、和歌を詠み交して出る---朝ぼらけのただならぬ空に、百千鳥の声も
  7. 源氏、自邸に帰る---いみじく忍び入りたまへる御寝くたれのさまを
第八章 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感
  1. 明石姫君、懐妊して退出---桐壷の御方は、うちはへえまかでたまはず
  2. 紫の上、女三の宮に挨拶を申し出る---対の上、こなたに渡りて対面したまふついでに
  3. 紫の上の手習い歌---対には、かく出で立ちなどしたまふものから
  4. 紫の上、女三の宮と対面---春宮の御方は、実の母君よりも、この御方をば
  5. 世間の噂、静まる---さて後は、常に御文通ひなどして、をかしき遊びわざなど
第九章 光る源氏の物語 紫の上と秋好中宮、源氏の四十賀を祝う
  1. 紫の上、薬師仏供養---神無月に、対の上、院の御賀に、嵯峨野の御堂にて
  2. 精進落としの宴---二十三日を御としみの日にて、この院は
  3. 舞楽を演奏す---未の時ばかりに楽人参る。「万歳楽」、「皇じやう」など
  4. 宴の後の寂寥---夜に入りて、楽人どもまかり出づ。北の政所の別当ども
  5. 秋好中宮の奈良・京の御寺に祈祷---師走の二十日余りのほどに、中宮まかでさせたまひて
  6. 中宮主催の饗宴---宮のおはします町の寝殿に、御しつらひなどして
  7. 勅命による夕霧の饗宴---内裏には、思し初めてしことどもを、むげにやはとて
  8. 舞楽を演奏す---例の、「万歳楽」、「賀王恩」などいふ舞、けしきばかり舞ひて
  9. 饗宴の後の感懐---大将の、ただ一所おはするを、さうざうしく
第十章 明石の物語 男御子誕生
  1. 明石女御、産期近づく---年返りぬ。桐壷の御方近づきたまひぬるにより
  2. 大尼君、孫の女御に昔を語る---かの大尼君も、今はこよなきほけ人にてぞありけむかし
  3. 明石御方、母尼君をたしなめる---いとものあはれに眺めておはするに、御方参りたまひて
  4. 明石女三代の和歌唱和---御加持果ててまかでぬるに、御くだものなど
  5. 三月十日過ぎに男御子誕生---弥生の十余日のほどに、平らかに生まれたまひぬ
  6. 産養の儀盛大に催される---六日といふに、例の御殿に渡りたまひぬ
  7. 紫の上と明石御方の仲---御方の御心おきての、らうらうじく気高く
第十一章 明石の物語 入道の手紙
  1. 明石入道、手紙を贈る---かの明石にも、かかる御こと伝へ聞きて
  2. 入道の手紙---「この年ごろは、同じ世の中のうちにめぐらひはべり
  3. 手紙の追伸---「命終らむ月日も、さらにな知ろしめしそ
  4. 使者の話---尼君、この文を見て、かの使ひの大徳に問へば
  5. 明石御方、手紙を見る---御方は、南の御殿におはするを、「かかる御消息
  6. 尼君と御方の感懐---尼君、久しくためらひて、「君の御徳には
  7. 御方、部屋に戻る---「昨日も、大殿の君の、あなたにありと見置き
第十二章 明石の物語 一族の宿世
  1. 東宮からのお召しの催促---宮より、とく参りたまふべきよしのみあれば
  2. 明石女御、手紙を見る---対の上などの渡りたまひぬる夕つ方
  3. 源氏、女御の部屋に来る---院は、姫宮の御方におはしけるを、中の御障子より
  4. 源氏、手紙を見る---ありつる箱も、惑ひ隠さむもさま悪しければ
  5. 源氏の感想---「年の積もりに、世の中のありさまを、とかく思ひ知り
  6. 源氏、紫の上の恩を説く---「これは、また具してたてまつるべきものはべり
  7. 明石御方、卑下す---「そこにこそ、すこしものの心得てものしたまふめるを
  8. 明石御方、宿世を思う---「さも、いとやむごとなき御心ざしのみまさるめるかな
第十三章 女三の宮の物語 柏木、女三の宮を垣間見る
  1. 夕霧の女三の宮への思い---大将の君は、この姫宮の御ことを、思ひ及ばぬに
  2. 夕霧、女三の宮を他の女性と比較---かやうのことを、大将の君も、「げにこそ、ありがたき
  3. 柏木、女三の宮に執心---衛門督の君も、院に常に参り、親しくさぶらひ
  4. 柏木ら東町に集い遊ぶ---弥生ばかりの空うららかなる日、六条の院に
  5. 南町で蹴鞠を催す---やうやう暮れかかるに、「風吹かず、かしこき日なり」と興じて
  6. 女三の宮たちも見物す---いと労ある心ばへども見えて、数多くなりゆくに
  7. 唐猫、御簾を引き開ける---御几帳どもしどけなく引きやりつつ、人気近く
  8. 柏木、女三の宮を垣間見る---几帳の際すこし入りたるほどに、袿姿にて
  9. 夕霧、事態を憂慮す---大将、いとかたはらいたけれど、はひ寄らむも
第十四章 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴
  1. 蹴鞠の後の酒宴---大殿御覧じおこせて、「上達部の座、いと軽々しや
  2. 源氏の昔語り---院は、昔物語し出でたまひて、「太政大臣の
  3. 柏木と夕霧、同車して帰る---大将の君一つ車にて、道のほど物語したまふ
  4. 柏木、小侍従に手紙を送る---督の君は、なほ大殿の東の対に、独り住みにて
  5. 女三の宮、柏木の手紙を見る---御前に人しげからぬほどなれば、かの文を

【出典】
【校訂】

 

第一章 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び

 [第一段 朱雀院、女三の宮の将来を案じる]

 朱雀院の帝、ありし御幸ののち、そのころほひより、例ならず悩みわたらせたまふ。もとよりあつしくおはしますうちに、このたびはもの心細く思し召されて、

 「年ごろ行なひの本意深きを、后の宮おはしましつるほどは、よろづ憚りきこえさせたまひて、今まで思しとどこほりつるを、なほその方にもよほすにやあらむ、世に久しかるまじき心地なむする」

 などのたまはせて、さるべき御心まうけどもせさせたまふ。

 御子たちは、春宮をおきたてまつりて女宮たちなむ四所おはしましける。その中に、藤壺と聞こえしは、先帝の源氏にぞおはしましける。

 まだ坊と聞こえさせし時参りたまひて、高き位にも定まりたまべかりし人の、取り立てたる御後見もおはせず、母方もその筋となく、ものはかなき更衣腹にてものしたまひければ、御交じらひのほども心細げにて、大后の、尚侍を参らせたてまつりたまひて、かたはらに並ぶ人なくもてなしきこえたまひなどせしほどに、気圧されて、帝も御心のうちに、いとほしきものには思ひきこえさせたまひながら、下りさせたまひにしかば、かひなく口惜しくて、世の中を恨みたるやうにて亡せたまひにし。

 その御腹の女三の宮を、あまたの御中に、すぐれてかなしきものに思ひかしづききこえたまふ。
 そのほど、御年、十三、四ばかりおはす。

 「今はと背き捨て、山籠もりしなむ後の世にたちとまりて、誰を頼む蔭にてのしたまはむとすらむ」

 と、ただこの御ことをうしろめたく思し嘆く。

 西山なる御寺造り果てて、移ろはせたまはむほどの御いそぎをせさせたまふに添へて、またこの宮の御裳着のことを思しいそがせたまふ。

 院のうちにやむごとなく思す御宝物、御調度どもをばさらにもいはず、はかなき御遊びものまで、すこしゆゑある限りをば、ただこの御方に取りわたしたてまつらせたまひて、その次々をなむ、異御子たちには、御処分どもありける。

 [第二段 東宮、父朱雀院を見舞う]

 春宮は、「かかる御悩みに添へて、世を背かせたまふべき御心づかひになむ」と聞かせたまひて、渡らせたまへり。母女御、添ひきこえさせたまひて参りたまへり。すぐれたる御おぼえにしもあらざりしかど、宮のかくておはします御宿世の、限りなくめでたければ、年ごろの御物語、こまやかに聞こえさせたまひけり。

 宮にも、よろづのこと、世をたもちたまはむ御心づかひなど、聞こえ知らせたまふ。御年のほどよりはいとよく大人びさせたまひて御後見どもも、こなたかなた、軽々しからぬ仲らひにものしたまへば、いとうしろやすく思ひきこえさせたまふ。

 「この世に恨み残ることもはべらず。女宮たちあまた残りとどまる行く先を思ひやるなむ、さらぬ別れほだしなりぬかりける。さきざき、人の上に見聞きしにも、女は心よりほかに、あはあはしく、人におとしめらるる宿世あるなむ、いと口惜しくしき。

 いづれをも、思ふやうならむ御世には、さまざまにつけて、御心とどめて思し尋ねよ。その中に、後見などあるは、さる方にも思ひ譲りはべり。

 三の宮なむ、いはけなき齢にて、ただ一人を頼もしきものとならひて、うち捨ててむ後の世に、ただよひさすらへむこと、いといとうしろめたく悲しくはべる」

 と、御目おし拭ひつ、聞こえ知らせさせたまふ。

 女御にも、うつくしきまに聞こえつけさせたまふ。されど、女御の、人よりはまさりて時めきたまひしに、皆挑み交はしたまひしほど、御仲らひども、えうるはしからざりしかば、その名残にて、「げに今はわざと憎しなどはなくとも、まことに心とどめて思ひ後見むとまでは思さずもや」とぞ推し量らるるかし。

 朝夕に、この御ことを思し嘆く。年暮れゆくままに、御悩みまことに重くなりまさらせたまひて、御簾の外にも出でさせたまはず。御もののけにて、時々悩ませたまふともありつれど、いとかくうちはへをやみなきさまにはおはしまさざりつるを、「このたびは、なほ、限りなり」と思し召したり。

 御位を去らせたまひつれど、なほその世に頼みそめたてまつりまへる人びとは、今もなつかしくめでたき御ありさまを、心やりどころに参り仕うまつりたまふ限りは、心を尽くして惜しみきこえたまふ。

 [第三段 源氏の使者夕霧、朱雀院を見舞う]

 六条院よりも、御訪らひしばしばあり。みづからも参りたまふべきよし、聞こし召して、院はいといたく喜びきこえさせたまふ。

 中納言の君参りたまへるを、御簾の内に召し入れて、御物語こまやかなり。

 「故院の上の、今はのきざみに、あまたの御遺言ありし中に、この院の御こと、今の内裏の御ことなむ、取り分きてのたまひ置きしを、公けとなりて、こと限りありければ、うちうちの御心寄せ、変らずながら、はかなきことのあやまりに、心おかれたてまつることもありけむと思ふを、年ごろことに触れて、その恨み残したまへるけしきをなむ漏らしたまはぬ。

 賢しき人といへど、身の上になりぬれば、こと違ひて、心動き、かならずその報い見え、ゆがめることなむ、いにしへだに多かりける。

 いかならむ折にか、その御心ばへほころぶべからむと、世の人もおもむけ疑ひけるを、つひに忍び過ぐしたまひて、春宮などにも心を寄せきこえたまふ。今はた、またなく親しかるべき仲となり、睦び交はしたまへるも、限りなく心には思ひながら、本性の愚かなるに添へて、子の道の闇たち交じり、かたくななるさまにやとて、なかなかよそのことに聞こえ放ちたるさまにてはべる。

 内裏の御ことは、かの御遺言違へず仕うまつりおきてしかば、かく末の世のらけき君として、来しかたの御面をも起こしたまふ。本意のごと、いとうれしくなむ。

 この秋の行幸後、いにしへのこととり添へて、ゆかしくおぼつかなくなむおぼえたまふ。対面に聞こゆべきことどもはべり。かならずみづから訪らひものしたまふべきよし、もよほし申したまへ」

 など、うちしほたれつつのたまはす。

 [第四段 夕霧、源氏の言葉を言上す]

 中納言の君、

 「過ぎはべりにけむ方は、ともかくも思うたまへ分きがたくはべり。年まかり入りはべりて、朝廷にも仕うまつりはべるあひだ、世の中のことを見たまへまかりありくほどには、大小のことにつけても、うちうちのさるべき物語などのついでにも『いにしへのうれはしきことありてなむ』など、うちかすめ申さるる折ははべらずむ。

 『かく朝廷の御後見を仕うまつりさして静かなる思ひをかなへむと、ひとへに籠もりゐし後は、何ごとをも、知らぬやうにて、故院の御遺言のごともえ仕うまつらず、御位におはしましし世には、齢のほども、身のうつはものも及ばず、かしこき上の人びと多くて、その心ざしを遂げて御覧ぜらるることもなかりき。今、かく政事を去りて、静かにおはしますころほひ、心のうちをも隔てなく、参りうけたまはらまほしきを、さすがに何となく所狭き身のよそほひにて、おのづから月日を過ぐすこと』

 となむ、折々嘆き申したまふ」

 など、奏したまふ。

 二十にもまだわづかなるほどなれどいとよくととのひ過ぐして、容貌も盛りに匂ひて、いみじくきよらなる、御目にとどめてうちまもらせたまひつつ、このもてわづらはせたまふ姫宮の御後見に、これをやなど、人知れず思し寄りけり。

 「太政大臣のわたりに、今は住みつかれにたりとな。年ごろ心得ぬさまに聞きしが、いとほしかりしを、耳やすきものから、さすがにねたく思ふことこそあれ」

 とのたまはする御けしきを、「いかにのたまはするにか」とあやしく思ひめぐらすに、「この姫宮をかく思し扱ひて、さるべき人あらば、預けて、心やすく世をも思ひ離ればや、となむ思しのたまはする」と、おのづから漏り聞きたまふ便りありければ、「さやうの筋にや」とは思ひぬれど、ふと心得顔にも、何かはいらへきこえさせむ。ただ、

 「はかばかしくもはべらぬ身には、寄るべもさぶらひがたくのみなむ」

 とばかり奏して止みぬ。

 [第五段 朱雀院の夕霧評]

 女房などは、覗きて見きこえて、

 「いとありがたくも見えたまふ容貌、用意かな」
 「あな、めでた」

 など、集りて聞こゆるを、老いしらへるは、

 「いで、さりとも、かの院のかばかりにおはせし御ありさまには、えなずらひきこえたまはざめり。いと目もあやにこそきよらにものしたまひしか」

 など、言ひしろふを聞こしめして、

 「まことに、かれはいとさま異なりし人ぞかし。今はまた、その世にもねびまさりて、光るとはこれを言ふべきにやと見ゆる匂ひなむ、いとど加はりにたる。うるはしだちて、はかばかしき方に見れば、いつくしくあざやかに、目も及ばぬ地するを、また、うちとけて、戯れごとをも言ひ乱れ遊べば、その方につけては、似るものなく愛敬づき、なつかしくうつくしきことの、並びきこそ、世にありがたけれ。何ごとにも前の世推し量られて、めづらかなる人のありさまなり。

 宮の内に生ひ出でて、帝王の限りなくかなしきものにしたまひ、さばかり撫でかしづき身に変へて思したりしかど、心のままにも驕らず、卑下して、二十がうちには、納言にもならずなりにきかし。一つ余りてや、宰相にて大将かけたまへりけむ。

 それに、これはいとこよなく進みにためるは、次々の子の世のおぼえのまさるなめりかし。まことに賢き方の才、心もちゐなどは、これもをさをさ劣るまじく、あやまりても、およすけまさりたるおぼえ、いと異なめり

 など、めでさせたまふ。

 [第六段 女三の宮の乳母、源氏を推薦]

 姫宮のいとうつくしげにて、若く何心なき御ありさまなるを見たてまつりたまふにも、

 「見はやしたてまつり、かつはまた、片生ひならむことをば、見隠し教へきこえつべからむ人の、うしろやすからむに預けきこえばや」

 など聞こえたまふ。
 大人しき御乳母ども召し出でて、御裳着のほどのことなどのたまはするついでに、

 「六条の大殿の、式部卿親王の女生ほし立てけむやうに、この宮を預かりて育まむ人もがな。ただ人の中にはありがたし。内裏には中宮さぶらひたまふ。次々の女御たちとても、いとやむごとなき限りものせらるるに、はかばかしき後見なくて、さやうの交じらひ、いとなかなかならむ。

 この権中納言の朝臣の独りありつるほどに、うちかすめてこそ試みるべかりけれ。若けれど、いと警策に、生ひ先頼もしげなるにこそあめるを」

 とのたまはす。

 「中納言は、もとよりいとまめ人にて、年ごろも、かのわたりに心をかけて、ほかざまに思ひ移ろふべくもはべらざりけるに、その思ひ叶ひては、いとど揺るぐ方はべらじ。

 かの院こそ、なかなか、なほいかなるにつけても、人をゆかしく思したる心は、絶えずものせさせたまふなれ。その中にも、やむごとなき御願ひ深くて、前斎院などをも、今に忘れがたくこそ、聞こえたまふなれ」

 と申す。

 「いで、その旧りせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」

 とはのたまはすれど、

 「げに、あまたの中にかかづらひて、めざましかるべき思ひはありとも、なほやがて親ざまに定めたるにて、さもや譲りおききこえまし」

 なども、思し召すべし。

 「まことに、少しも世づきてあらせむと思はむ女子持たらば、同じくは、かの人のあたりにこそ、触ればはせまほしけれ。いくばくならぬこの世のあひだは、さばかり心ゆくありさまにてこそ、過ぐさまほしけれ。
 われ女ならば、同じはらからなりとも、かならず睦び寄りなまし。若かりし時など、さなむおぼえし。まして、女の欺かれむは、いと、ことわりぞや」

 とのたまはせて、御心のうちに、尚侍の君の御ことも、思し出でらるべし。

 

第二章 朱雀院の物語 女三の宮との結婚を承諾

 [第一段 乳母と兄左中弁との相談]

 この御後見どもの中に、重々しき御乳母の兄、左中弁なる、かの院の親しき人にて、年ごろ仕うまつるありけり。この宮にも心寄せことにてさぶらへば、参りたるにあひて、物語するついでに、

 「主上なむ、しかしか御けしきありて聞こえたまひしを、かの院に、折あらば漏らしきこえさせたまへ。皇女たちは、独りおはしますこそは例のことなれど、さまざまにつけて心寄せたてまつり、何ごとにつけても、御後見したまふ人あるは頼もしげなり。

 主上をおきたてまつりて、また真心に思ひきこえたまふべき人もなければ、おのらは、仕うまつるとても、何ばかりの宮仕へかあらむ。わが心一つにしもあらで、おのづから思ひの他のこともおはしまし、軽々しき聞こえもあらむ時には、いかさまにかは、わづらはしからむ。御覧ずる世に、ともかくも、この御こと定まりたらば、仕うまつりよくなむあるべき。

 かしこき筋と聞こゆれど、女は、いと宿世定めがたくおはしますものなれば、よろづに嘆かしく、かくあまたの御中に、取り分ききこえさせたまふにつけても、人の嫉みあべかめるを、いかで塵も据ゑてまつらじ」

 と語らふに、弁、

 「いかなるべき御ことにかあらむ。院は、あやしきまで御心長く、仮にても見そめたまへる人は、御心とまりたるをも、またさしも深からざりけるをもかたがたにつけて尋ね取りたまひつつ、あまた集へきこえたまへれど、やむごとなく思したるは、限りありて、一方なめれば、それにことよりて、かひなげなる住まひしたまふ方々こそは多かめるを、御宿世ありて、もし、さやうにおはしますやうもあらば、いみじき人と聞こゆとも、立ち並びておしたちたまふことは、えあらじとこそは推し量らるれど、なほ、いかがと憚らるることありてなむおぼゆる。

 さるは、『この世の栄え、末の世に過ぎて、身に心もとなきことはなきを、女の筋にてなむ、人のもどきをも負ひわが心にも飽かぬこともある』となむ、常にうちうちのすさびごとにも思しのたまはすなる。

 げに、おのれらがたてまつるにも、さなむおはします。かたがたにつけて、御蔭に隠したまへる人、皆その人ならず立ち下れる際にはものしたまはねど、限りあるただ人どもにて、院の御ありさまに並ぶべきおぼえ具したるやはおはすめる。

 それに、同じくは、げにさもおはしまさば、いかにたぐひたる御あはひならむ」

 と語らふを、

 [第二段 乳母、左中弁の意見を朱雀院に言上]

 乳母、またことのついでに、

 「しかしかなむ、なにがしの朝臣にほのめかしはべしかば、『かの院には、かならずうけひきさせたまひてむ。年ごろの御本意かなひて思しぬべきことなるを、こなたの御許しまことにありぬべくは、伝へきこえむ』となむ申しはべりしを、いかなるべきことにかははべらむ。

 ほどほどにつけて、人の際々思しわきまへつつ、ありがたき御心ざまにものしたまふなれど、ただ人だに、またかかづらひ思ふ人立ち並びたることは、人の飽かぬことにしはべめるを、めざましきこともやはべらむ。御後見望みたまふ人びとは、あまたものしたまふめり。

 よく思し定めてこそよくはべらめ。限りなき人と聞こゆれど、今の世のやうとては、皆ほがらかに、あるべかしくて、世の中を御心と過ぐしたまひつべきもおはしますべかめるを、姫宮は、あさましくおぼつかなく、心もとなくのみ見えさせたまふに、さぶらふ人びとは、仕うまつる限りこそはべらめ。

 おほかたの御心おきてに従ひきこえて、賢しき下人もなびきぶらふこそ、頼りあることにはべらめ取り立てたる御後見ものしたまはざらむは、なほ心細きわざになむはべるべき」

 と聞こゆ。

 [第三段 朱雀院、内親王の結婚を苦慮]

 「しか思ひたどるによりなむ。皇女たちの世づきたるありさまは、うたてあはあはしきやうにもあり、また高き際といへども、女は男に見ゆるにつけてこそ、悔しげなることも、めざましき思ひも、おのづからうちまじるわざなめれと、かつは心苦しく思ひ乱るるを、また、さるべき人に立ちおくれて、頼む蔭どもに別れぬる後、心を立てて世の中に過ぐさむことも、昔は、人の心たひらかにて、世に許さるまじきほどのことをば、思ひ及ばぬものとならひたりけむ、今の世には、好き好きしく乱りがはしきことも、類に触れて聞こゆめりかし。

 昨日まで高き親の家にあがめられかしづかれし人の女の、今日は直々しく下れる際の好き者どもに名を立ち欺かれて、亡き親の面を伏せ、影を恥づかしむるたぐひ多く聞こゆる。言ひもてゆけば皆同じとなり。

 ほどほどにつけて、宿世どいふなることは、知りがたきわざなれば、よろづにうしろめたくなむ。すべて、悪しくも善くも、さるべき人の心に許しおきたるままにて世の中を過ぐすは、宿世宿世にて、後の世に衰へある時も、みづからの過ちにはならず。

 あり経て、こよなき幸ひあり、めやすきことになる折は、かくても悪しからざりけりと見ゆれど、なほ、たちまちふとうち聞きつけたるほどは、親に知られず、さるべき人も許さぬに、心づからの忍びわざし出でたるなむ、女の身にはますことなき疵とおぼゆるわざなる。

 直々しきただ人の仲らひにてだに、あはつけく心づきなきことなり。みづからの心より離れてあるべきにもあらぬを、思ふ心よりほかに人にも見えず、宿世のほど定められむなむ、いと軽々しく、身のもてなし、ありさまし量らるることなるを。

 あやしくものはかなき心ざまにやと見ゆめるさまなるを、これかれの心にまかせ、もてなしきこゆなさやうなることの世に漏り出でむこと、いと憂きことなり」

 など、見捨てたてまつりたまはむ後の世を、うしろめたげに思ひきこえさせたまへれば、いよいよわづらはしく思ひあへり。

 [第四段 朱雀院、婿候補者を批評]

 「今すこしものをも思ひ知りたまふほどまで見過ぐさむとこそは、年ごろ念じつるを、深き本意も遂げずなりぬべき心地のするに思ひもよほされてなむ。

 かの六条の大殿は、げに、さりともものの心得て、うしろやすき方はこよなかりなむを、方々にあまたものせらるべき人びとを知るべきにもあらずかし。とてもかくても、人の心からなり。のどかにおちゐて、おほかたの世のためしとも、うしろやすき方は並びなくものせらるる人なり。さらで良ろしかるべき人、誰ればかりかはあらむ。

 兵部卿宮、人柄はめやすしかし。同じき筋にて、異人とわきまへおとしむべきにはあらねど、あまりいたくなよびよしめくほどに、重き方おくれて、すこし軽びたるおぼえや進みにたらむ。なほ、さる人はいと頼もしげなくなむある。

 また、大納言の朝臣の家司望むなる、さる方に、ものまめやかなるべきことにはあなれど、さすがにいかにぞや。さやうにおしなべたる際は、なほめざましくなむあるべき。

 昔も、かうやうなる選びには、何事も人に異なるおぼえあるに、ことよりてこそありけれ。ただひとへに、またなく持ちゐむ方ばかりを、かしこきことに思ひ定めむは、いと飽かず口惜しかるべきわざになむ。

 右衛門督の下にわぶなるよし、尚侍のものせられし、その人ばかりなむ、位など今すこしものめかしきほどになりなば、などかは、とも思ひ寄りぬべきを、まだ年いと若くて、むげに軽びたるほどなり。

 高き心ざし深くて、やもめにて過ぐしつつ、いたくしづまり思ひ上がれるけしき、人には抜けて、才などもこともなく、つひには世のかためとなるべき人なれば、行く末も頼もしけれど、なほまたこのためにと思ひ果てむには、限りぞあるや」

 と、よろづに思しわづらひたり。

 かうやうにも思し寄らぬ姉宮たちをば、かけても聞こえ悩ましたまふ人もなし。あやしく、うちうちにのたまはするささめき言どものおのづからひろごりて、心を尽くす人びと多かりけり。

 [第五段 婿候補者たちの動静]

 太政大臣も、

 「この衛門督の、今までひとりのみありて、皇女たちならずは得じと思へるを、かかる御定めども出で来たなる折に、さやうにもおもむけたてまつりて、召し寄せられたらむ時、いかばかりわがためにも面目ありてうれしからむ」

 と、思しのたまひて、尚侍の君には、かの姉北の方して、伝へ申したまふなりけり。よろづ限りなき言の葉を尽くして奏せさせ、御けしき賜はらせたまふ。

 兵部卿宮は、左大将の北の方を聞こえ外したまひて、聞きたまふらむところもあり、かたほならむことはと、選り過ぐしたまふに、いかがは御心の動かざらむ限りなくし焦られたり。

 藤大納言は、年ごろ院の別当にて、親しくうまつりてさぶらひ馴れにたるを、御山籠もりしたまひなむ後、寄り所なく心細かるべきに、この宮の御後見にことよせて、顧みさせたまふべく、御けしき切に賜はりたまふなるべし。

 [第六段 夕霧の心中]

 権中納言も、かかることどもを聞きたまふに、

 「人伝てにもあらず、さばかりおもむけさせたまへりし御けしきを見たてまつりてしかば、おのづから便りにつけて、漏らし、聞こし召さることもあらば、よももて離れてはあらじかし」

 と、心ときめきもしつべけれど、

 「女君の今はとうちとけて頼みたまへるを、年ごろ、つらきにもことつけつべかりしほどだに、他ざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに、今さらに立ち返り、にはかに物をや思はせきこえむ。なのめならずやむごとなき方にかかづらひなば、何ごとも思ふままならで、左右に安からずは、わが身も苦しくこそはあらめ」

 など、もとより好き好きしからぬ心なれば、思ひしづめつつうち出でねど、さすがに他ざまに定まり果てたまはむも、いかにぞやおぼえて、耳はとまりけり。

 [第七段 朱雀院、使者を源氏のもとに遣わす]

 春宮にも、かかることどもこし召して、

 「さし当たりたるただ今のことよりも、後の世の例ともなるべきことなるを、よく思し召しめぐらすべきことなり人柄よろしとても、ただ人は限りあるを、なほ、しか思し立つことならば、かの六条院にこそ、親ざまに譲りきこえさせたまはめ」

 となむ、わざとの御消息とはあらねど、御けしきありけるを、待ち聞かせたまひても、

 「げに、さることなり。いとよく思しのたまはせたり」

 と、いよいよ御心立たせたまひて、まづ、かの弁してぞ、かつがつ案内伝へきこえさせたまひける。

 [第八段 源氏、承諾の意向を示す]

 この宮の御こと、かく思しわづらふさまは、さきざきも皆聞きおきたまへれば、

 「心苦しきことにもあなるかな。さはありとも、院の御世残りすくなしとて、ここにはまた、いくばく立ちおくれたてまつるべしとてか、その御後見事をば受けとりきこえむ。げに、次第を過たぬにて、今しばしのほども残りとまる限りあらば、おほかたにつけては、いづれの皇女たちをも、よそにき放ちたてまつるきにもあらねどまたかく取り分きて聞きおきたてまつりむをば、ことにこそは後見きこえめと思ふを、それだにいと不定なる世の定めなさなりや」

 とのたまひて、

 「まして、ひとつに頼まれたてまつるべき筋に、むつび馴れきこえむことは、いとなかなかに、うち続き世を去らむきざみ心苦しく、みづからのためにも浅からぬほだしになむあるべき。

 中納言などは、年若く軽々しきやうなれど、行く先遠くて、人柄も、つひに朝廷の御後見ともなりぬべき生ひ先なめれば、さも思し寄らむに、などかこよなからむ。

 されど、いといたくまめだちて、思ふ人定まりにてぞあめればそれに憚らせたまふにやあらむ」

 などのたまひて、みづからは思し離れたるさまなるを、弁は、おぼろけの御定めにもあらぬを、かくのたまへば、いとほしく、口惜しくも思ひて、うちうちに思し立ちにたるさまなど、詳しく聞こゆれば、さすがに、うち笑みつつ、

 「いとかなしくしたてまつりたまふ皇女なめれば、あながちにかく来し方行く先のたどりも深きなめりかしな。ただ、内裏にこそたてまつりたまはめ。やむごとなきまづの人びとおはすといふことは、よしなきことなり。それにさはるべきことにもあらず。かならずさりとて、末の人疎かなるやうもなし。

 故院の御時に、大后の、坊の初めの女御にて、いきまきたまひしかど、むげの末に参りたまへりし入道宮に、しばしは圧されたまひにきかし。

 この皇女の御母女御こそは、かの宮の御はらからにものしたまひけめ。容貌も、さしつぎには、いとよしと言はれたまひし人なりしかば、いづ方につけても、この姫宮おしなべての際にはよもおはせじを」

 など、いぶかしくは思ひきこえたまふべし。

 

第三章 朱雀院の物語 女三の宮の裳着と朱雀院の出家

 [第一段 歳末、女三の宮の裳着催す]

 年も暮れぬ。朱雀院には、御心地なほおこたるさまにもおはしまさねば、よろづあわたたしく思し立ちて、御裳着ことは、思しいそぐさま、来し方行く先ありがたげなるまで、いつくしくののしる。

 御しつらひは、柏殿の西面に、御帳、御几帳よりはじめて、ここの綾錦混ぜさせたまはず、唐土の后の飾りを思しやりて、うるはしくことことしく、かかやくばかり調へさせたまへり。

 御腰結には、太政大臣をかねてより聞こえさせたまへりければ、ことことしくおはする人にて、参りにくく思しけれど、院の御言を昔より背き申したまはねば、参りたまふ。

 今二所の大臣たち、その残り上達部などは、わりなき障りあるも、あながちにためらひ助けつつ参りたまふ。親王たち八人、殿上人はたさらにもいはず、内裏、春宮の残らず参り集ひて、いかめしき御いそぎの響きなり。

 院の御こと、このたびこそとぢめなれと、帝、春宮をはじめたてまつりて、心苦しく聞こし召しつつ、蔵人所、納殿の唐物も、多く奉らせたまへり。

 六条院よりも、御とぶらひいとこちたし。贈り物ども人びとの禄、尊者の大臣の御引出物など、かの院よりぞ奉らせたまひける。

 [第二段 秋好中宮、櫛を贈る]

 中宮よりも、御装束、櫛の筥、心ことに調ぜさせたまひて、かの昔の御髪上の具、ゆゑあるさまに改め加へて、さすがに元の心ばへも失はず、それと見せて、その日の夕つ方、奉れさせたまふ。宮の権の亮、院の殿上にもさぶらふを御使にて、姫宮の御方に参らすべくのたまはせつれど、かかる言ぞ、中にありける。

 「さしながら昔を今に伝ふれば
  玉の小櫛ぞ神さびにける」

 院、御覧じつけて、あはれに思し出でらるることもありけり。あえ物けしうはあらじと譲りきこえたまへるほど、げに、おもだたしき簪なれば、御返りも、昔のあはれをばさしおきて、

 「さしつぎに見るものにもが万世を
  黄楊の小櫛の神さぶるまで」

 とぞ祝ひきこえたまへる。

 [第三段 朱雀院、出家す]

 御心地いと苦しきを念じつつ、思し起こして、この御いそぎ果てぬれば、三日過ぐして、つひに御髪下ろしたまふ。よろしきほどの人の上にてだに、今はとてさま変はるは悲しげなるわざなれば、まして、いとあはれげに御方々も思し惑ふ。

 尚侍の君は、つとさぶらひたまひて、いみじく思し入りたるを、こしらへかねたまひて、

 「子を思ふ道は限りありけり。かく思ひしみたまへる別れの堪へがたくもあるかな」

 とて、御心乱れぬべけれど、あながちに御脇息にかかりたまひて、山の座主よりはじめて、御忌むことの阿闍梨三人さぶらひて、法服などたてまつるほど、この世を別れたまふ御作法、いみじくし。

 今日は、世を思ひ澄ましたる僧たちなどだに、涙もえとどめねば、まして女宮たち、女御、更衣、ここらの男女、上下ゆすり満ちて泣きとよむに、いと心あわたたしう、かからで、静やかなる所に、やがて籠もるべく思しまうけける本意違ひて思し召さるるも、「ただ、この幼き宮にひかされて」と思しのたまはす。

 内裏よりはじめたてまつりて、御とぶらひのしげさ、いとさらなり。

 [第四段 源氏、朱雀院を見舞う]

 六条院も、すこし御心地よろしくと聞きたてまつらせたまひて、参りたまふ。御賜ばりの御封などこそ、皆同じごと、下りゐの帝と等しく定まりたまへれど、まことの太上天皇の儀式にはうけばりたまはず。世のもてなし思ひきこえたるさまなどは、心ことなれど、ことさらに削ぎたまひて、例の、ことことしからぬ御車にたてまつりて、上達部など、さるべき限り、車にてぞ仕うまつりたまへる。

 院には、いみじく待ちよろこびきこえさせたまひて、苦しき御心地を思し強りて、御対面あり。うるはしきさまならず、ただおはします方に、御座よそひ加へて、入れたてまつりたまふ。

 変はりたまる御ありさま見たてまつりたまふに、来し方行く先暮れて、悲しくとめがたく思さるれば、とみにもえためらひたまはず。

 「故院におくれたてまつりしころほひより、世の常なく思うたまへられしかば、この方の本意深く進みはべりにしを、心弱く思うたまへたゆたふことのみはべりつつ、つひにかく見たてまつりなしはべるまで、おくれたてまつりべりぬる心のぬるさを、恥づかしく思うたまへらるるかな。
 身にとりては、ことにもあるまじく思うたまへたちはべる折々あるを、さらにいと忍びがたきこと多かりぬべきわざにこそはべりけれ」

 と、慰めがたく思したり。

 [第五段 朱雀院と源氏、親しく語り合う]

 院も、もの心細く思さるるに、え心強からず、うちしほれたまひつついにしへ、今の御物語、いと弱げに聞こえさせたまひて、

 「今日か明日かとぼえはべりつつ、さすがにほど経ぬるを、うちたゆみて、深き本意の端にても遂げずなりなむこと、と思ひ起こしてむ。
 かくても残りの齢なくは、行なひの心ざしも叶ふまじけれど、まづ仮にても、のどめおきて、念仏をだにと思ひはべる。はかばかしからぬ身にても、世にながらふること、ただこの心ざしにひきとどめられたると、思うたまへ知られぬにしもあらぬを、今まで勤めなき怠りをだに、安からずなむ」

 とて、思しおきてたるさまなど、詳しくのたまはするついでに、

 「女皇女たちを、あまたうち捨てはべるなむ心苦しき。中にも、また思ひ譲る人なきをば、取り分きうしろめたく、見わづらひはべる」

 とて、まほにはあらぬ御けしき、心苦しく見たてまつりたまふ。

 [第六段 内親王の結婚の必要性を説く]

 御心のうちにも、さすがにゆかしき御ありさまなれば、思し過ぐしがたくて、

 「げに、ただ人よりも、かかる筋には、私ざまの御後見なきは、口惜しげなるわざになむはべりける。春宮かくておはしませば、いとかしこき末の世の儲けの君と、天の下の頼みどころに仰ぎきこえさするを。

 まして、このことと聞こえ置かせたまはむことは、一事として疎かにめ申したまふべきにはべらねば、さらに行く先のこと思し悩むべきにもはべらねど、げに、こと限りあれば、公けとなりたまひ、世の政事御心にかなふべしとは言ひながら、女の御ために、何ばかりのけざやかなる御心寄せあるべきにもはべらざりけり。

 すべて、女の御ためには、さまざま真の御後見とすべきものは、なほさるべき筋に契りを交はし、えさらぬことに、育みきこゆる御護りめべるなむ、うしろやすかるべきことにはべるを、なほ、しひて後の世の御疑ひ残るべくは、よろしきに思し選びて、忍びて、さるべき御預かりを定めおかせたまふべきになむはべなる」

 と、奏したまふ。

 [第七段 源氏、結婚を承諾]

 「さやうに思ひ寄る事はべれど、それも難きことになむありける。いにしへの例を聞きはべるにも、世をたもつ盛りの皇女にだに、人を選びて、さるさまのことをしたまへるたぐひ多かりけり。

 ましてかく、今はとこの世を離るる際にて、ことことしく思ふべきにもあらねど、また、しか捨つる中にも、捨てがたきことありて、さまざまに思ひわづらひはべるほどに、病は重りゆく。また取り返すべきにもあらぬ月日の過ぎゆけば、心あわたたしくなむ。

 かたはらいたき譲りなれど、このいはけなき内親王、一人、分きて育み思して、さるべきよすがをも、御心に思し定めて預けたまへ、と聞こえまほしきを。

 権中納言などの独りものしつるほどに、進み寄るべくこそありけれ。大臣に先ぜられて、ねたくおぼえはべる」

 と聞こえたまふ。

 「中納言の朝臣、まめやかなる方は、いとよく仕うまつりぬべくはべるを、何ごともまだ浅くて、たどり少なくこそはべらめ。
 かたじけなくとも、深き心にて後見きこえさせはべらむに、おはします御蔭に変りては思されじを、ただ行く先短くて、仕うまつりさすことやはべらむと、疑はしき方のみなむ、心苦しくはべるべき」

 と、受け引き申したまひつ。

 [第八段 朱雀院の饗宴]

 夜に入りぬれば、主人の院方も、客人の上達部たちも、皆御前にて、御饗のこと、精進物にて、うるはしからず、なまめかしくせさせたまへり。院の御前に、浅香の懸盤に御鉢など、昔に変はりて参るを、人びと、涙おし拭ひたまふ。あはれなる筋のことどもあれど、うるさければ書かず。

 夜更けて帰りたまふ。禄ども、次々に賜ふ。別当大納言も御送りに参りたまふ。主人の院は、今日の雪にいとど御風邪加はりて、かき乱り悩ましく思さるれど、この宮の御事、聞こえ定めつるを、心やすく思しけり。

 

第四章 光る源氏の物語 紫の上に打ち明ける


 [第一段 源氏、結婚承諾を煩悶す]

 六条院は、なま心苦しう、さまざま思し乱る。
 紫の上も、かかる御定めなむと、かねてもほの聞きたまひけれど、

 「さしもあらじ。前斎院をも、ねむごろに聞こえたまふやうなりしかどわざとしも思し遂げずなりにしを」

 など思して、「さることもやある」とも問ひきこえたまはず、何心もなくておはするに、いとほしく、

 「この事をいかに思さむ。わが心はつゆも変はるまじく、さることあらむにつけては、なかなかいとど深さこそまさらめ、見定めたまはざらむほど、いかに思ひ疑ひたまはむ」

 など安からず思さる。

 今の年ごろとなりては、ましてかたみに隔てきこえたまふことなく、あはれなる御仲なれば、しばし心に隔て残したることあらむもいぶせきを、その夜はうち休みて明かしたまひつ。

 [第二段 源氏、紫の上に打ち明ける]

 またの日、雪うち降り、空のけしきもものあはれに、過ぎにし方行く先の御物語聞こえ交はしたまふ。

 「院の頼もしげなくなりたまひにたる、御とぶらひに参りて、あはれなることどものありつるかな。女三の宮の御ことを、いと捨てがたげに思して、しかしかなむのたまはせつけしかば、心苦しくて、え聞こえ否びずなりにしを、ことことしくぞ人は言ひなさむかし。

 今は、さやうのことも初ひ初ひしく、すさまじく思ひなりにたれば、人伝てにけしきばませたまひしには、とかく逃れきこえしを、対面のついでに、心深きさまなることどもを、のたまひ続けしにはえすくすくしくも返さひ申さでなむ。

 深き御山住みに移ろひたまはむほどにこそは、渡したてまつらめ。あぢきなくや思さるべき。いみじきことありとも、御ため、あるより変はることはさらにあるまじきを、心なおきたまひそよ。

 かの御ためこそ、心苦しからめ。それもかたはならずもてなしてむ。誰も誰も、のどかにて過ぐしたまはば」

 など聞こえたまふ。

 はかなき御すさびごとをだに、めざましきものにして、心やすからぬ御心ざまなれば、「いかが思さむ」と思すに、いとつれなくて、

 「あはれなる御譲りにこそはあなれ。ここには、いかなる心をおきたてまつるべきにか。めざましく、かくてなど、咎めらるまじくは、心やすくてもはべなむを、かの母女御の御方ざまにても、疎からず思し数まへてむや」

 と、卑下したまふを、

 「あまり、かう、うちとけたまふ御ゆるしも、いかなればと、うしろめたくこそあれ。まことは、さだに思しゆるいて、われも人も心得て、なだらかにもてなし過ぐしたまはば、いよいよあはれになむ。

 ひがこと聞こえなどせむ人の言、聞き入れたまふな。すべて、世の人の口といふものなむ、誰が言ひ出づるとともなく、おのづから人の仲らひなど、うちほほゆがみ思はずること出で来るものなるを、心ひとつにしづめて、ありさまに従ふなむよき。まだきに騒ぎて、あいなきもの怨みしたまふな」

 と、いとよく教へきこえたまふ。

 [第三段 紫の上の心中]

 心のうちにも、

 「かく空より出で来にたるやうなることにて、逃れたまひがたきを、憎げにも聞こえなさじわが心に憚りたまひ、いさむることに従ひたまふべき、おのがどちの心より起これる懸想にもあらず。せかるべき方なきものから、をこがましく思ひむすぼほるるさま、世人に漏り聞こえじ。

 式部卿宮の大北の方、常にうけはしげなることどもをのたまひ出でつつ、あぢきなき大将の御ことにてさへ、あやしく恨み嫉みたまふなるを、かやうに聞きて、いかにいちじるく思ひ合はせたまはむ」

 など、おいらかなる人の御心といへど、いかでかはかばかりの隈はなからむ。今はさりともとのみ、わが身を思ひ上がり、うらなくて過ぐしける世の、人笑へならむことを、下には思ひ続けたまへど、いとおいらかにのみもてなしたまへり。

 

第五章 光る源氏の物語 玉鬘、源氏の四十の賀を祝う


 [第一段 玉鬘、源氏に若菜を献ず]

 年も返りぬ。朱雀院には、姫宮、六条院に移ろひたまはむ御いそぎをしたまふ。聞こえたまへる人びと、いと口惜しく思し嘆く。内裏にも御心ばへありて、聞こえたまひけるほどに、かかる御定めを聞こし召して、思し止まりにけり。

 さるは、今年ぞ四十になりたまひければ、御賀のこと、朝廷にも聞こし召し過ぐさず、世の中の営みにて、かねてより響くを、ことのわづらひ多くいかめしきことは、昔より好みたまはぬ御心にて、皆かへさひ申したまふ。

 正月二十三日、子の日なるに、左大将殿の北の方、若菜参りたまふ。かねてけしきも漏らしたまはで、いといたく忍びて思しまうけたりければ、にはかにて、えいさめ返しきこえたまはず。忍びたれどさばかりの御勢ひなれば、渡りたまふ御儀式ど、いと響きことなり。

 南の御殿の西の放出に御座よそふ。屏風、壁代よりはじめ、新しく払ひしつらはれたりうるはしく倚子などは立てず、御地敷四十枚、御茵、脇息など、すべてその御具も、いときよらにせさせたまへり。

 螺鈿の御厨子二具に、御衣筥四つゑて、夏冬の御装束。香壺、薬の筥、御硯、ゆする坏、掻上の筥などやうのもの、うちうちきよらを尽くしたまへり。御插頭の台には、沈、紫檀を作り、めづらしきあやめを尽くし、同じき金をも、色使ひなしたる、心ばへあり、今めかしく。

 尚侍の君もののみやび深く、かどめきたまへる人にて、目馴れぬさまにしなしたまへる、おほかたのことをば、ことさらにことことしからぬほどなり。

 [第二段 源氏、玉鬘と対面]

 人びと参りなどしたまひて、御座に出でたまふとて、尚侍の君に御対面あり。御心のうちには、いにしへ思し出づることもさまざまなりけむかし。

 いと若くきよらにて、かく御賀などいふことは、ひが数へにやと、おぼゆるさまの、なまめかしく、人の親げなくおはしますを、めづらしくて年月隔てて見たてまつりたまふは、いと恥づかしけれど、なほけざやかなる隔てもなくて、御物語聞こえ交はしたまふ。

 幼き君も、いとうつくしくてのしたまふ。尚侍の君は、うち続きても御覧ぜられじとのたまひけるを、大将、かかるついでにだに御覧ぜさせむとて、二人同じやうに、振分髪の何心なき直衣姿どもにておはす。

 「過ぐる齢も、みづからの心にはことに思ひとがめられず、ただ昔ながらの若々しきありさまにて、改むることもなきを、かかる末々のもよほしになむ、なまはしたなきまで思ひ知らるる折もはべりける。

 中納言のいつしかとまうけたなるを、ことことしく思ひ隔てて、まだ見せずかし。人よりことに、数へ取りたまひける今日の子の日こそ、なほうれたけれ。しばしは老を忘れてもはべるべきを」

 と聞こえたまふ。

 [第三段 源氏、玉鬘と和歌を唱和]

 尚侍の君も、いとよくねびまさり、ものものしきけさへ添ひて、見るかひあるさましたまへり。

 「若葉さす野辺の小松を引き連れて
  もとの岩根を祈る今日かな」

 と、せめておとなび聞こえたまふ。沈の折敷四つして、御若菜さまばかり参れり御土器取りたまひて、

 「小松原末の齢に引かれてや
  野辺の若菜も年を摘むべき」

 など聞こえ交はしたまひて、上達部あまた南の廂に着きたまふ。

 式部卿宮は、参りにくく思しけれど、御消息ありけるに、かく親しき御仲らひにて、心あるやうならむも便なくて、日たけてぞ渡りたまへる。

 大将のしたり顔にて、かかる御仲らひに、うけばりてものしたまふも、げに心やましげなるわざなめれど、御孫の君たちは、いづ方につけても、おり立ちて雑役したまふ。籠物四十枝、折櫃物四十。中納言をはじめたてまつりて、さるべき限り取り続きたまへり。御土器くだり、若菜の御羹参る。御前には、沈の懸盤四つ、御坏どもなつかしく、今めきたるほどにせられたり。

 [第四段 管弦の遊び催す]

 朱雀院の御薬のこと、なほたひらぎ果てたまはぬにより、楽人などは召さず。御笛など、太政大臣の、そのは整へたまひて、

 「世の中に、この御賀よりまためづらしくきよら尽くすべきことあらじ」

 とのたまひて、すぐれたる音の限りを、かねてより思しまうけたりければ、忍びやかに御遊びあり。

 とりどりにたてまつる中に、和琴は、かの大臣の第一に秘したまひける御琴なり。さるものの上手の、心をとどめて弾き馴らしたまへる音、いと並びなきを、異人は掻きたてにくくしたまへば、衛門督の固く否ぶるを責めたまへばげにいとおもしろく、をさをさ劣るまじく弾く。

 「何ごとも、上手の嗣といひながら、かくしもえ継がぬざぞかし」と、心にくくあはれに人びと思す。調べに従ひて、跡ある手ども、定まれる唐土の伝へもは、なかなか尋ね知るべき方あらはなるを、心にまかせて、ただ掻き合はせたるすが掻きに、よろづの物の音調へられたるは、妙におもしろく、あやしきまで響く。

 父大臣は、琴の緒もいと緩に張りて、いたう下して調べ、響き多く合はせてぞ掻き鳴らしたまふ。これは、いとわららかに昇る音の、なつかしく愛敬づきたるを、「いとかうしもは聞こえざりしを」と、親王たちも驚きたまふ。

 琴は、兵部卿宮弾きたまふ。この御琴は、宜陽殿の御物にて、代々に第一の名ありし御琴を、故院の末つ方、一品宮の好みたまふことにて、賜はりたまへりけるを、この折のきよらを尽くしたまはむとするため、大臣の申し賜はりまへる御伝へ伝へを思すに、いとあはれに、昔のことも恋しく思し出でらる。

 親王も、酔ひ泣きえとどめたまはず。御けしきとりたまひて、琴は御前に譲りきこえさせたまふ。もののあはれにえ過ぐしたまはで、めづらしきもの一つばかり弾きたまふに、ことことしからねど、限りなくおもしろき夜の御遊びり。

 唱歌の人びと御階に召して、すぐれたる声の限り出だして、返り声になる。夜の更け行くままに、物の調べども、なつかしく変はりて、「青柳遊びたまふほど、げに、ねぐらの鴬おどろきぬべく、いみじくおもしろし。私事のさまにしなしたまひて、禄など、いと警策にまうけられたりけり。

 [第五段 暁に玉鬘帰る]

 暁に、尚侍君帰りたまふ。御贈り物などありけり。

 「かう世を捨つるやうにて明かし暮らすほどに、年月の行方も知らず顔なるを、かう数へ知らせたまへるにつけては、心細くなむ。
 時々は、老いやまさると見たまひ比べよかし。かく古めかしき身の所狭さに、思ふに従ひて対面なきも、いと口惜しくなむ」

 など聞こえたまひて、あはれにもをかしくも、思ひ出できこえたまふことなきにしもあらねば、なかなかほのかにて、かく急ぎ渡りたまふを、いと飽かず口惜しくぞ思されける。

 尚侍の君も、まことの親をばさるべき契りばかりに思ひきこえたまひて、ありがたくこまかなりし御心ばへを、年月に添へて、かく世に住み果てたまふにつけても、おろかならず思ひきこえたまひけり。

 

第六章 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁


 [第一段 女三の宮、六条院に降嫁]

 かくて、如月の十余日に、朱雀院の姫宮、六条院へ渡りたまふ。この院にも、御心うけ世の常ならず。若菜参りし西の放出に御帳てて、そなたの一、二の対、渡殿かけて、女房の局々まで、こまかにしつらひ磨かせたまへり。内裏に参りたまふ人の作法をまねびて、かの院りも御調度など運ばる。渡りたまふ儀式、言へばさらなり。

 御送りに、上達部などあまた参りたまふ。かの家司望みたまひし大納言も、やすからず思ひながらさぶらひたまふ。御車寄せたる所に、院渡りたまひて、下ろしたてまつりたまふなども、例には違ひたることどもなり。

 ただ人におはすれば、よろづのこと限りありて、内裏参りにも似ず、婿の大君いはむにもこと違ひて、めづらしき御仲のあはひどもになむ。

 [第二段 結婚の儀盛大に催さる]

 三日がほど、かの院よりも、主人の院方よりもいかめしくめづらしきみやびを尽くしたまふ。

 対の上も、ことに触れてただにも思されぬ世のありさまなり。げに、かかるにつけて、こよなく人に劣り消たるることもあるまじけれど、また並ぶ人なくならひたまひて、はなやかに生ひ先遠く、あなづりにくきけはひにて移ろひたまへるに、なまはしたなく思さるれど、つれなくのみもてなして、御渡りのほども、もろ心にはかなきこともし出でたまひて、いとらうたげなる御ありさまを、いとどありがたしと思ひきこえたまふ。

 姫宮は、げに、まだいと小さく、片なりにおはするうちにも、いといはけなきけしきして、ひたみちに若びたまへり。
 かの紫のゆかり尋ね取りたまへりし折思し出づるに、

 「かれはれていふかひありしをこれは、いといはけなくのみ見えたまへば、よかめり。憎げにおしたちたることなどはあるまじかめり」

 と思すものから、「いとあまりものの栄なき御さまかな」と見たてまつりたまふ。

 [第三段 源氏、結婚を後悔]

 三日がほどは、夜離れなく渡りたまふを、年ごろさもならひたまはぬ心地に、忍ぶれど、なほものあはれなり。御衣どもなど、いよいよ薫きしめさせたまふものから、うち眺めてものしたまふけしき、いみじくらうたげにをかし。

 「などて、よろづのことありとも、また人をば並べて見るべきぞ。あだあだしく、心弱くなりおきにけるわがおこたりに、かかることも出で来るぞかし。若けれど、中納言をばえ思しかけずなりぬめりしを」

 と、われながらつらく思し続くるに、涙ぐまれて、

 「今宵ばかりは、ことわりと許したまひてむな。これより後のとだえあらむこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。またさりとて、かの院に聞こし召さむことよ」

 と、思ひ乱れたまへる御心のうち、苦しげなり。すこしほほ笑みて、

 「みづからの御心ながらだに、え定めたまふまじかなるを、ましてことわりも何も、いづこにとまるべきにか」

 と、いふかひなげにとりなしたまへば、恥づかしうさへおぼえたまひて、つらづゑをつきたまひて、寄り臥したまへれば、硯を引き寄せたまひて、

 「目に近くれば変はる世の中を
  行く末遠く頼みけるかな」

 古言など書き交ぜたまふを、取りて見たまひて、はかなき言なれど、げにと、ことわりにて、

 「命こそ絶ゆとも絶えめ定めなき
  世の常ならぬ仲の契りを」

 とみにもえ渡りたまはぬを、

 「いとかたはらいたきわざかな」

 と、そそのかしきこえたまへば、なよよかにをかしきほどに、えならず匂ひて渡りたまふを、見出だしたまふも、いとただにはあらずかし。

 [第四段 紫の上、眠れぬ夜を過ごす]

 年ごろ、さもやあらむと思ひしことどもも、今はとのみもて離れたまひつつ、さらばかくにこそはとうちとけゆく末に、ありありて、かく世の聞き耳もなのめならぬことの出で来ぬるよ。思ひ定むべき世のありさまにもあらざりければ、今より後もうしろめたく思しなりぬる。

 さこそつれなく紛らはしたまへど、さぶらふ人びとも、

 「思はずなる世なりや。あまたものしたまふやうなれど、いづ方も、皆こなたの御けはひにはかたさり憚るさまにて過ぐしたまへばこそ、ことなくなだらかにもあれ、おしたちてかばかりなるありさまに、消たれてもえ過ぐしたまふまじ」

 「また、さりとて、はかなきことにつけても、安からぬことのあらむ折々、かならずわづらはしきことども出で来なむかし」

 など、おのがじしうち語らひ嘆かしげなるを、つゆも見知らぬやうに、いとけはひをかしく物語などしたまひつつ、夜更くるまでおはす

 [第五段 六条院の女たち、紫の上に同情]

 かう人のただならず言ひ思ひたるも、聞きにくしと思して、

 「かく、これかれあまたものしたまふめれど、御心にかなひて、今めかしくすぐれたる際にもあらずと、目馴れてさうざうしく思したりつるに、この宮のかく渡りたまへるこそ、めやすけれ。

 なほ、童心の失せぬにやあらむ、われも睦びきこえてあらまほしきを、あいなく隔てあるさまに人びとやとりなさむとすらむ。ひとしきほど、劣りざまなど思ふ人にこそ、ただならず耳たつことも、おのづから出で来るわざなれ、かたじけなく、心苦しき御ことなめれば、いかで心おかれたてまつらじとなむ思ふ」

 などのたまへば、中務、中将の君などやうの人びと、目をくはせつつ、

 「あまりなる御思ひやりかな」

 など言ふべし。昔は、ただならぬさまに使ひならしたまひし人どもなれど、年ごろはこの御方にさぶらひて、皆心寄せきこえたるなめり。

 異御方々よりも、

 「いかに思すらむ。もとより思ひ離れたる人びとは、なかなか心安きを」

 など、おもむけつつ、とぶらひきこえたまふもあるを、

 「かく推し量る人こそ、なかなか苦しけれ。世の中もいと常なきものを、などてかさのみは思ひ悩まむ」

 など思す。

 あまり久しき宵居、例ならず人やとがめむと、心の鬼に思して、入りたまひぬれば、御衾参りぬれど、げにかたはらさびしき夜な夜な経にけるも、なほ、ただならぬ心地すれど、かの須磨の御別れの折などを思し出づれば、

 「今はと、かけ離れたまひても、ただ同じ世のうちに聞きたてまつらましかばと、わが身までのことはうち置き、あたらしく悲しかりしありさまぞかし。さて、その紛れに、われも人も命堪へずなりなましかば、いふかひあらまし世かは」

 と思し直す。

 風うち吹きたる夜のけはひ冷やかにて、ふとも寝入られたまはぬを、近くさぶらふ人びと、あやしとや聞かむと、うちも身じろきたまはぬも、なほいと苦しげなり。夜深き鶏の声の聞こえたるも、ものあはれなり。

 [第六段 源氏、夢に紫の上を見る]

 わざとつらしにはあらねど、かやうに思ひ乱れたまふけにや、かの御夢に見えたまひければ、うちおどろきたまひて、いかにと心騒がしたまふに、鶏の音待ち出でたまへれば、夜深きも知らず顔に、急ぎ出でたまふ。いといはけなき御ありさまなれば、乳母たち近くさぶらひけり。

 妻戸押し開けて出でたまふを、見たてまつり送る。明けぐれの空、雪の光見えておぼつかなし。名残までとまれる御匂ひ、

 「闇はあやなし

 と独りごたる

 雪は所々消え残りたるが、いと白き庭の、ふとけぢめ見えわかれぬほどなるに、

 「なほ残れる雪

 忍びやかに口ずさびたまひつつ、御格子うち叩きたまふも、久しくかかることなかりつるならひに、人びとも空寝をしつつ、やや待たせたてまつりて、引き上げたり。

 「こよなく久しかりつるに、身も冷えにけるは。懼ぢきこゆる心のおろかならぬにこそあめれ。さるは、罪もなしや」

 とて、御衣ひきやりなどしたまふに、すこし濡れたる御単衣の袖をひき隠して、うらもなくなつかしきものから、うちとけてはたあらぬ御用意など、いと恥づかしげにをかし。

 「限りなき人と聞こゆれど、難かめる世を」

 と、思し比べらる。

 よろづいにしへのことを思し出でつつ、とけがたき御けしきを怨みきこえたまひて、その日は暮らしたまひつれば、え渡りたまはで、寝殿には御消息を聞こえたまふ。

 「今朝の雪に心地あやまりて、いと悩ましくはべれば、心安き方にためらひはべる」

 とあり。御乳母、

 「さ聞こえさせはべりぬ」

 とばかり、言葉に聞こえたり。

 「異なることなの御返りや」と思す。「院に聞こし召さむこともいとほし。このころばかりつくろはむ」と思せど、えさもあらぬを、「さは思ひしことぞかし。あな苦し」と、みづから思ひ続けたまふ。

 女君も、「思ひやりなき御心かな」と、苦しがりたまふ。

 [第七段 源氏、女三の宮と和歌を贈答]

 今朝は、例のやうに大殿籠もり起きさせたまひて、宮の御方に御文たてまつれたまふ。ことに恥づかしげもなき御さまなれど、御筆などひきつくろひて、白き紙に、

 「中道を隔つるほどはなけれども
  心乱るる今朝のあは雪

 梅に付けたまへり。人召して、

 「西の渡殿よりたてまつらせよ」

 とのたまふ。やがて見出だして、端近くおはします。白き御衣どもを着たまひて、花をまさぐりたまひつつ、「友待つ雪のほのかに残れる上に、うち散り添ふ空を眺めたまへり。鴬の若やかに、近き紅梅の末にうち鳴きたるを、

 「袖こそ匂へ

 と花をひき隠して、御簾押し上げて眺めたまへるさま、夢にも、かかる人の親にて、重き位と見えたまはず、若うなまめかしき御さまなり。

 御返り、すこしほど経る心地すれば、入りたまひて、女君に花見せたてまつりたまふ。

 「花といはば、かくこそ匂はまほしけれな。桜に移して、また塵ばかりも心分くる方なくやあらまし」

 などのたまふ。

 「これも、あまた移ろはぬほど、目とまるにやあらむ。花の盛りに並べて見ばや」

 などのたまふに、御返りあり。紅の薄様に、あざやかにおし包まれたるを、胸つぶれて、御手のいと若きを、

 「しばし見せたてまつらであらばや。隔つとはなけれど、あはあはしきやうならむは、人のほどかたじけなし」

 と思すに、ひき隠したまはむも心おきたまふべければ、かたそば広げたまへるを、しりめに見おこせて添ひ臥したまへり。

 「はかなくてうはの空にぞ消えぬべき
  風にただよふ春のあは雪」

 御手、げにいと若く幼げなり。「さばかりのほどになりぬる人は、いとかくはおはせぬものを」と、目とまれど、見ぬやうに紛らはして、止みたまひぬ。

 異人の上ならば、「さこそあれ」などは、忍びて聞こえたまふべけれど、いとほしくて、ただ、

 「心安くを、思ひなしたまへ」

 とのみ聞こえたまふ。

 [第八段 源氏、昼に宮の方に出向く]

 今日は、宮の御方に昼渡りたまふ。心ことにうち化粧じたまへる御ありさま、今見たてまつる女房などは、まして見るかひありと思ひきこゆらむかし。御乳母などやうの老いしらへる人びとぞ、

 「いでや。この御ありさま一所こそめでたけれ、めざましきことはありなむかし」

 と、うち混ぜて思ふもありける。

 女宮は、いとらうたげに幼きさまにて、御しつらひなどのことことしくよだけくうるはしきに、みづからは何心もなく、ものはかなき御ほどにて、いと御衣がちに、身もなく、あえかなり。ことに恥ぢなどもしたまはず、ただ稚児の面嫌ひせぬ心地して、心安くうつくしきさましたまへり。

 「院の帝は、ををしくすくよかなる方の御才などこそ、心もとなくおはしますと、世人思ひためれ、をかしき筋、なまめきゆゑゆゑしき方は、人にまさりたまへるを、などて、かくおいらかに生ほしたてたまひけむ。さるは、いと御心とどめたまへる皇女と聞きしを」

 と思ふも、なま口惜しけれど、憎からず見たてまつりたまふ。

 ただ聞こえたまふままに、なよなよとなびきたまひて、御いらへなどをも、おぼえたまひけることは、いはけなくうちのたまひでて、え見放たず見えたまふ。

 昔の心ならましかば、うたて心劣りせましを、今は、世の中を皆さまざまに思ひなだらめて、

 「とあるもかかるも、際離るることは難きものなりけり。とりどりにこそ多うはりけれ、よその思ひは、いとあらまほしきほどなりかし」

 と思すに、差し並び目離れず見たてまつりたまへる年ごろよりも、対の上の御ありさまぞなほありがたく、「われながらも生ほしたてけり」と思す。一夜のほど、朝の間も、恋しくおぼつかなく、いとどしき御心ざしのまさるを、「などかくおぼゆらむ」と、ゆゆしきまでなむ。

 [第九段 朱雀院、紫の上に手紙を贈る]

 院の帝は、月のうちに御寺に移ろひたまひぬ。この院に、あはれなる御消息ども聞こえたまふ。姫宮の御ことはさらなり。

 わづらはしく、いかに聞くところやなど、憚りまふことなくて、ともかくも、ただ御心にかけてもてなしたまふべくぞ、たびたび聞こえたまひける。されど、あはれにうしろめたく、幼くおはするを思ひきこえたまひけり。

 紫の上にも、御消息ことにあり。

 「幼き人の、心地なきさまにて移ろひものすらむを、罪なく思しゆるして、後見たまへ。尋ねたまふべきゆゑもやあらむとぞ。

  背きにしこの世に残る心こそ
  入る山路のほだしりけれ

 闇をえはるけでゆるも、をこがましくや」

 とあり。大殿も見たまひて、

 「あはれなる御消息を。かしこまり聞こえたまへ」

 とて、御使にも、女房して、土器さし出でさせたまひて、しひさせたまふ。「御返りはいかが」など、聞こえにくくしたれど、ことことしくおもしろかるべき折のことならねば、ただ心をのべて、

 「背く世のうしろめたくはりがたき
  ほだしをしひてかけな離れそ」

 などやうにぞあめりし。

 女の装束、細長添へてかづけたまふ。御手などのいとめでたきを、院御覧じて、何ごともいと恥づかしげなめるあたりに、いはけなくて見えたまふらむこと、いと心苦しう思したり。

 

第七章 朧月夜の物語 こりずまの恋


 [第一段 源氏、朧月夜に今なお執心]

 今はとて、女御、更衣たちなど、おのがじし別れたまふも、あはれなることなむ多かりける。

 尚侍の君は、故后の宮のおはしましし二条の宮にぞ住みたまふ。姫宮の御ことをおきては、この御ことをなむかへりみがちに、帝も思したりける。尼になりなむと思したれど、

 「かかるきほひには、慕ふやうに心あわたたしく」

 と諌めたまひて、やうやう仏の御ことなどいそがせたまふ。

 六条の大殿は、あはれに飽かずのみ思してやみにし御あたりなれば、年ごろも忘れがたく、

 「いかならむ折に対面あらむ。今一たびあひ見て、その世のことも聞こえまほしく」のみ思しわたるを、かたみに世の聞き耳も憚りたまふべき身のほどに、いとほしげなりし世の騷ぎなども思し出でらるれば、よろづにつつみ過ぐしたまひけるを、かうのどやかになりたまひて、世の中を思ひしづまりたまふらむころほひの御ありさま、いよいよゆかしく、心もとなければ、あるまじきこととは思しながら、おほかたの御とぶらひにことつけて、あはれなるさまに常に聞こえたまふ。

 若々しかるべき御あはひならねば、御返りも時々につけて聞こえ交はしたまふ。昔よりもこよなくうち具し、ととのひ果てたる御けはひを見たまふにも、なほ忍びがたくて、昔の中納言の君のもとにも、心深きことどもを常にのたまふ。

 [第二段 和泉前司に手引きを依頼]

 かの人の兄なる和泉の前の守を召し寄せて、若々しく、いにしへに返りて語らひたまふ。

 「人伝てならで物越しに聞こえ知らすべきことなむある。さりぬべく聞こえなびかして、いみじく忍びて参らむ。
 今は、さやうのありきも所狭き身のほどに、おぼろけならず忍ぶれば、そこにもまた人には漏らしたまはじと思ふに、かたみにうしろやすくなむ」

 とのたまふ。尚侍の君、

 「いでや。世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心を、ここら思ひつめつる年ごろの果てに、あはれに悲しき御ことをさし置きて、いかなる昔語りをか聞こえむ。
 げに、人は漏り聞かぬやうありとも、心の問はむそいと恥づかしかるべけれ」

 とうち嘆きたまひつつ、なほ、さらにあるまじきよしをのみ聞こゆ。

 [第三段 紫の上に虚偽を言って出かける]

 「いにしへ、わりなかりし世にだに、心交はしたまはぬことにもあらざりしを。げに、背きたまひぬる御ためうしろめたきやうにはあれど、あらざりしことにもあらねば、今しもけざやかにきよまはりて、立ちにしわが名今さらに取り返したまふべきにや」

 と思し起こして、この信太の森道のしるべにて参うでたまふ。女君には、

 「東の院にものする常陸の君の、日ごろわづらひて久しくなりにけるを、もの騒がしき紛れに訪らはねば、いとほしくてなむ。昼など、けざやかに渡らむも便なきを、夜の間に忍びてとなむ、思ひはべる。人にもかくとも知らせじ」

 と聞こえたまひて、いといたく心懸想したまふを、例はさしも見えたまはぬあたりを、あやし、と見たまひて、思ひ合はせたまふこともあれど姫宮の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、すこし隔つる心添ひて、見知らぬやうにておはす。

 [第四段 源氏、朧月夜を訪問]

 その日は、寝殿へも渡りたまはで、御文書き交はしたまふ。薫き物などに心を入れて暮らしたまふ。

 宵過ぐして、睦ましき人の限り、四、五人ばかり、網代車の、昔おぼえてやつれたるにて出でたまふ。和泉守して、御消息聞こえたまふ。かく渡りおはしましたるよし、ささめき聞こゆれば、驚きたまひて、

 「あやしく。いかやうに聞こえたるにか」

 とむつかりたまへど、

 「をかしやかにて帰したてまつらむに、いと便なうはべらむ」

 とて、あながちに思ひめぐらして、入れたてまつる。御とぶらひなどこえたまひて、

 「ただここもとに、物越しにても。さらに昔のあるまじき心などは、残らずなりにけるを」

 と、わりなく聞こえたまへば、いたく嘆く嘆くゐざり出でたまへり。

 「さればよ。なほ、気近さは」

 と、かつ思さる。かたみに、おぼろけならぬ御みじろきなれば、あはれも少なからず。東の対なりけり。辰巳の方の廂に据ゑたてまつりて、御障子のしりばかり固めたれば、

 「いと若やかなる心地もするかな。年月の積もりをも、紛れなく数へらるる心ならひに、かくおぼめかしき、いみじうつらくこそ」

 と怨みきこえたまふ。

 [第五段 朧月夜と一夜を過ごす]

 夜いたく更けゆく。玉藻に遊ぶ鴛鴦声々など、あはれに聞こえて、しめじめと人目少なき宮の内のありさまも、「さも移りゆく世かな」と思し続くるに、平中がまねならねど、まことに涙もろになむ。昔に変はりて、おとなおとなしくは聞こえたまふものから、「これをかくてや」と、引き動かしたまふ。

 「年月をなかに隔てて逢坂の
  さも塞きがたくつる涙か」

 女、

 「涙のみ塞きとめがたき清水にて
  ゆき逢ふ道ははやく絶えにき」

 などかけ離れきこえたまへど、いにしへを思し出づるも、

 「誰れにより、多うはさるいみじきこともありし世の騷ぎぞは」と思ひ出でたまふに、「げに、今一たび対面はありもすべかりけり」

 と、思し弱るも、もとよりづしやかなるところはおはせざりし人の、年ごろは、さまざまに世の中を思ひ知り、来し方を悔しく、公私のことに触れつつ、数もなく思し集めて、いといたく過ぐしたまひにたれど、昔おぼえたる御対面に、その世のことも遠からぬ心地して、え心強くもてなしたまはず。

 なほ、らうらうじく、若うなつかしくて、一方ならぬ世のつつましさをもあはれをも、思ひ乱れて、嘆きがちにてものしたまふけしきなど、今始めたらむよりもめづらしくあはれにて、明けゆくもいと口惜しくて、出でたまはむ空もなし。

 [第六段 源氏、和歌を詠み交して出る]

 朝ぼらけのただならぬ空に、百千鳥の声もいとうららかなり。花は皆散り過ぎて、名残かすめる浅緑なる木立、「昔、藤の宴したまひし、このころのことなりけりかし」と思し出づる、年月の積もりにけるほども、その折のこと、かき続けあはれに思さる。

 中納言の君、見たてまつり送るとて、妻戸押し開けたるに、立ち返りたまひて、

 「この藤よ。いかに染めけむ色にか。なほ、えならぬ心添ふ匂ひにこそ。いかでか、この蔭をば立ち離るき」

 と、わりなく出でがてに思しやすらひたり。

 山際よりさし出づる日のはなやかなるにさしあひ、目もかかやく心地する御さまの、こよなくねび加はりたまへる御けはひなどを、めづらしくほど経ても見たてまつるは、まして世の常ならずおぼゆれば、

 「さる方にても、などか見たてまつり過ぐしたまはざらむ。御宮仕へにも限りありて、際ことに離れたまふこともなかりしを。故宮の、よろづに心を尽くしたまひ、よからぬ世の騷ぎに、軽々しき御名さへ響きてやみにしよ」

 など思ひ出でらる。名残多く残りぬらむ御物語のとぢめにはげに残りあらせまほしきわざなめる、御身、心にえまかせたまふまじく、ここらの人目もいと恐ろしくつつましければ、やうやうさし上がり行くに、心あわたたしくて、廊の戸に御車さし寄せたる人びとも、忍びて声づくりきこゆ。

 人召して、かの咲きかかりたる花、一枝折らせたまへり。

 「沈みしも忘れぬものをこりずまに
  身
も投げつべき宿の藤波」

 いといたく思しわづらひて、寄りゐたまへるを、心苦しう見たてまつる。女君も、今さらにいとつつましく、さまざまに思ひ乱れたまへるに、花の蔭は、なほなつかしくて、

 「身を投げむ淵もまことの淵ならで
  かけじやさらにこりずまの波」

 いと若やかなる御振る舞ひを、心ながらもゆるさぬことに思しながら、関守固からぬたゆみにや、いとよく語らひおきて出でたまふ。

 そのかみも、人よりこよなく心とどめて思うたまへりし御心ざしながら、はつかにてやみにし御仲らひには、いかでかはあはれも少なからむ。

 [第七段 源氏、自邸に帰る]

 いみじく忍び入りたまへる御寝くたれのさまを待ち受けて、女君、さばかりならむと心得たまへれど、おぼめかしくもてなしておはす。なかなかうちふすべなどしたまへらむよりも、心苦しく、「など、かくしも見放ちたまへらむ」と思さるれば、ありしよりけにき契りをのみ、長き世をかけて聞こえたまふ。

 尚侍の君の御ことも、また漏らすべきならねど、いにしへのことも知りたまへれば、まほにはあらねど、

 「物越しに、はつかなりつる対面なむ、残りある心地する。いかで人目咎めあるまじくもて隠しては、今一たびも」

 と、語らひきこえたまふ。うち笑ひて、

 「今めかしくもなり返る御ありさまかな。昔を今に加へまふほど、中空なる身のため苦しく」

 とて、さすがに涙ぐみたまへるまみの、いとらうたげに見ゆるに、

 「かう心安からぬ御けしきこそ苦しけれ。ただおいらかに引き抓みなどして、教へたまへ。隔てあるべくも、ならはしきこえぬを、思はずにこそなりにける御心なれ」

 とて、よろづに御心とりたまふほどに、何ごともえ残したまはずなりぬめり。

 宮の御方にも、とみにえ渡りたまはず、こしらへきこえつつおはします。姫宮は、何とも思したらぬを、御後見どもぞ安からず聞こえける。わづらはしうなど見えたまふけしきならば、そなたもまして心苦しかるべきを、おいらかにうつくしきもて遊びぐさに思ひきこえたまへり。

 

第八章 紫の上の物語 紫の上の境遇と絶望感


 [第一段 明石姫君、懐妊して退出]

 桐壺の御方は、うちはへえまかでたまはず。御暇のありがたければ、心安くならひたまへる若き御心に、いと苦しくのみ思したり。

 夏ごろ、悩ましくしたまふを、とみにも許しきこえたまはねば、いとわりなしと思す。めづらしきさまの御心地にぞありける。まだいとあえかなる御ほどに、いとゆゆしくぞ、誰れも誰れも思すらむかし。からうしてまかでたまへり。

 姫宮のおはします御殿の東面に、御方はしつらひたり。明石の御方、今は御身に添ひて、出で入りたまふも、あらまほしき御宿世なりかし。

 [第二段 紫の上、女三の宮に挨拶を申し出る]

 対の上こなたに渡りて対面したまふついでに、

 「姫宮にも、中の戸開けて聞こえむ。かねてよりもさやうに思ひしかど、ついでなきにはつつましきを、かかる折に聞こえ馴れなば、心安くなむあるべき」

 と、大殿に聞こえたまへば、うち笑みて、

 「思ふやうなるべき御語らひにこそはあなれ。いと幼げにものしたまふめるを、うしろやすく教へなしたまへかし」

 と、許しきこえたまふ。宮よりも、明石の君の恥づかしげにて交じらむを思せば、御髪すましひきつくろひておはする、たぐひあらじと見えたまへり。

 大殿は、宮の御方に渡りたまひて、

 「夕方、かの対にはべる人の、淑景舎に対面せむとて出で立つ。そのついでに、近づききこえさせまほしげにものすめるを、許して語らひたまへ。心などはいとよき人なり。まだ若々しくて、御遊びがたきにもつきなからずなむ」

 など、聞こえたまふ。

 「恥づかしうこそはあらめ。何ごとをか聞こえむ」

 と、おいらかにのたまふ。

 「人のいらへは、ことにしたがひてこそは思し出でめ。隔て置きてなもてなしたまひそ」

 と、こまかに教へきこえたまふ。「御仲うるはしくて過ぐしたまへ」と思す。

 あまりに何心もなき御ありさまを見あらはされむも、恥づかしくあぢきなけれど、さのたまはむを、「心隔てむもあいなし」と、思すなりけり。

 [第三段 紫の上の手習い歌]

 対には、かく出で立ちなどしたまふものから、

 「我より上の人やはあるべき。身のほどなるものはかなきさまを、見えおきたてまつりたるばかりそあらめ」

 など、思ひ続けられて、うち眺めたまふ。手習などするにも、おのづから古言も、もの思はしき筋にのみ書かるるを、「さらば、わが身には思ふことありけり」と、身ながらぞ思し知らるる。

 院、渡りたまひて、宮、女御の君などの御さまもを、「うつくしうもおはするかな」と、さまざま見たてまつりたまへる御目うつしには、年ごろ目馴れたまへる人の、おぼろけならむが、いとかくおどろかるきにもあらぬを、「なほ、たぐひなくこそは」と見たまふ。ありがたきことなりかし。

 あるべき限り、気高う恥づかしげにととのひたるに添ひて、はなやかに今めかしく、にほひなまめきたるさまざまの香り、取りあつめ、めでたき盛りに見えたまふ。去年より今年はまさり、昨日より今日はめづらしく、常に目馴れぬさまのしたまへるを、「いかでかくしもありけむ」と思す。

 うちとけたりつる御手習を、硯の下にさし入れたまへれど、見つけたまひて、引き返し見たまふ。手などの、いとわざとも上手と見えで、らうらうじくうつくしげに書きたまへり。

 「身に近く秋や来ぬらむ見るままに
  青葉の山も移ろひけり」

 とある所に、目とどめたまひて、

 「水鳥の青羽は色も変はらぬを
  萩の下こそしきことなれ」

 など書き添へつつすさびたまふ。ことに触れて、心苦しき御けしきの、下にはおのづから漏りつつ見ゆるを、ことなく消ちたまへるも、ありがたくあはれに思さる。

 今宵は、いづ方にも御暇ありぬべければ、かの忍び所に、いとわりなくて、出でたまひにけり。「いとあるまじきこと」と、いみじく思し返すにも、かなはざりけり。

 [第四段 紫の上、女三の宮と対面]

 春宮の御方は、実の母君よりも、この御方をば睦ましきものに頼みきこえたまへり。いとうつくしげにおとなびまさりたまへるを、思ひ隔てず、かなしと見たてまつりたまふ。

 御物語など、いとなつかしく聞こえ交はしたまひて、中の戸開けて、宮にも対面したまへり。

 いと幼げにのみ見えたまへば、心安くて、おとなおとなしく親めきたるさまに、昔の御筋をも尋ねきこえたまふ。中納言の乳母といふ召し出でて、

 「同じかざし尋ねきこゆれば、かたじけなけれど、分かぬさまに聞こえさすれどついでなくてはべりつるを、今よりは疎からず、あなたなどにもものしたまひて、おこたらむことは、おどろかしなどもものしたまはむなむ、うれしかるべき」

 などのたまへば、

 「頼もしき御蔭どもに、さまざまに後れきこえたまひて、心細げにおはしますめるを、かかる御ゆるしのはべめれば、ますことなくなむ思うたまへられける。背きたまひにし上の御心向けも、ただかくなむ御心隔てきこえたまはず、まだいはけなき御ありさまをも、はぐくみたてまつらせたまふべくぞはべめりし。うちうちにも、さなむ頼みきこえさせたまひし」

 など聞こゆ。

 「いとかたじけなかりし御消息の後は、いかでとのみ思ひはべれど、何ごとにつけても、数ならぬむ口惜しかりける」

 と、安らかにおとなびたるけはひにて、宮にも、御心につきたまふべく、絵などのこと、雛の捨てがたきさま、若やかに聞こえたまへば、「げに、いと若く心よげなる人かな」と、幼き御心地にはうちとけたまへり。

 [第五段 世間の噂、静まる]

 さて後は、常に御文通ひなどして、をかしき遊びわざなどにつけても、疎からず聞こえ交はしたまふ。世の中の人も、あいなう、かばかりになりぬるあたりのことは、言ひあつかふものなれば、初めつ方は、

 「対の上、いかに思すらむ。御おぼえ、いとこの年ごろのやうにはおはせじ。すこしは劣りなむ」

 など言ひけるを、今すこし深き御心ざし、かくてしも勝るさまなるを、それにつけても、また安からず言ふびとあるに、かく憎げなくさへ聞こえ交はしたまへば、こと直りて、目安くなむありける。

 

第九章 光る源氏の物語 紫の上と秋好中宮、源氏の四十賀を祝う


 [第一段 紫の上、薬師仏供養]

 神無月に、対の上、院の御賀に、嵯峨野の御堂にて、薬師仏供養じたてまつりたまふ。いかめしきことは、切にいさめ申したまへば、忍びやかにと思しおきてたり。

 仏、経箱、帙簀のととのへ、まことの極楽思ひやらる。最勝王経、金剛般若、寿命経など、いとゆたけき御祈りなり。上達部いと多く参りたまへり。

 御堂のさま、おもしろくいはむかたなく、紅葉の蔭分けゆく野辺のほどよりはじめて、見物なるに、かたへは、きほひ集りたまふなるべし。

 霜枯れわたれる野原のままに、馬車の行きちがふ音しげく響きたり。御誦経われもわれもと、御方々いかめしくせさせたまふ。

 [第二段 精進落としの宴]

 二十三日を御としみの日にて、この院は、かく隙間なく集ひたまへるうちに、わが御私の殿と思す二条の院にて、その御まうけせさせたまふ。御装束をはじめ、おほかたのことどもも、皆こなたにのみしたまふ。御方々も、さるべきことども分けつつ望み仕うまつりたまふ。

 対どもは、人の局々にしたるを払ひて、殿上人、諸大夫、院司、下人までのまうけ、いかめしくせさせたまへり。
 寝殿の放出を、例のしつらひにて、螺鈿の倚子立てたり。

 御殿の西の間に、御衣の机十二立てて、の御よそひ、御衾など、例のごとく、紫の綾の覆どもうるはしく見えわたりて、うちの心はあらはならず。

 御前に置物の机二つ、唐の地裾濃の覆したり。插頭の台は、沈の花足、黄金の鳥、銀の枝にゐたる心ばへなど、淑景舎の御あづかりにて、明石の御方のせさせたまへる、ゆゑ深く心ことなり。

 うしろの御屏風四帖は、式部卿宮なむせさせたまひける。いみじく尽くして、例の四季の絵なれど、めづらしき山水、潭など、目れずおもしろし。北の壁に添へて、置物の御厨子、二具立てて、御調度ども例のことなり。

 南の廂に、上達部、左右の大臣、式部卿宮をはじめたてまつりて、次々はまして参りたまはぬ人なし。舞台の左右に、楽人の平張打ちて、西東に屯食八十具、禄の唐櫃四十づつ続けて立てたり。

 [第三段 舞楽を演奏す]

 未の時ばかりに楽人参る。「万歳楽」、「皇じやう」など舞ひて、日暮れかかるほどに、高麗の乱声して、「落蹲」舞ひ出でたるほど、なほ常の目馴れぬ舞のさまなれば、舞ひ果つるほどに、権中納言、衛門督下りて、「入綾」をほのかに舞ひて、紅葉の蔭に入りぬる名残、飽かず興ありと人びと思したり。

 いにしへの朱雀院の行幸に、「青海波」のいみじかりし夕べ、思ひ出でたまふ人びとは、権中納言、衛門督、また劣らず立ち続きたまひにける、世々のおぼえありさま、容貌、用意どもをさをさ劣らず、官位はやや進みてさへこそなど、齢のほどをも数へて、「なほ、さるべきにて、昔よりかく立ち続きたる御仲らひなりけり」と、めでたく思ふ。

 主人の院も、あはれに涙ぐましく、思し出でらるることども多かり。

 [第四段 宴の後の寂寥]

 夜に入りて、楽人どもまかり出づ。北の政所の別当ども、人びと率ゐて、禄の唐櫃に寄りて、一つづつ取りて、次々賜ふ。白きものどもを品々かづきて、山際より池の堤過ぐるほどのよそ目は、千歳をかねて遊ぶ鶴毛衣に思ひまがへらる。

 御遊び

まりて、またいとおもしろし。御琴どもは、春宮よりぞ調へさせたまひける。朱雀院よりわたり参れる琵琶、琴。内裏より賜はりたまへる箏の御琴など、皆昔おぼえたるものの音どもにて、めづらしく掻き合はせたまへるに、何の折にも、過ぎにし方の御ありさま、内裏わたりなど思し出でらる。

 「故入道の宮おはせましかば、かかる御賀など、われこそ進み仕うまつらましか何ごとにつけてかは心ざしも見えたてまつりけむ」

 と、飽かず口惜しくのみ思ひ出できこえたまふ。

 内裏にも、故宮のおはしまさぬことを、何ごとにも栄なくさうざうしく思さるるに、この院の御ことをだに、例の跡をあるさまのかしこまりを尽くしてもえ見せたてまつらぬを、世とともに飽かぬ心地したまふも、今年はこの御賀にことつけて、行幸などもあるべく思しおきてけれど、

 「世の中のわづらひならむこと、さらにせさせたまふまじくなむ」

 と否び申したまふこと、たびたびになりぬれば、口惜しく思しとまりぬ。

 [第五段 秋好中宮の奈良・京の御寺に祈祷]

 師走の二十日余りのほどに、中宮まかでさせたまひて、今年の残りの御祈りに、奈良の京の七大寺に、御誦経、布四千反、この近き都の四十寺に、絹四百疋を分かちてせさせたまふ。

 ありがたき御はぐくみを思し知りながら、何ごとにつけてか深き御心ざしをもあらはし御覧ぜさせたまはむとて、父宮、母御息所のおはせまし御ための心ざしをも取り添へ思すに、かくあながちに、朝廷にも聞こえ返させたまへば、ことども多くとどめさせたまひつ。

 「四十の賀といふことは、さきざきを聞きはべるにも、残りの齢久しき例なむ少なかりけるを、このたびは、なほ、世の響きとどめさせたまひて、まことに後に足らむことを数へさせまへ」

 とありけれど、公ざまにて、なほいといかめしくなむありける。

 [第六段 中宮主催の饗宴]

 宮のおはします町の寝殿に、御しつらひなどして、さきざきにこと変はらず、上達部の禄など、大饗になずらへて、親王たちにはことに女の装束、非参議の四位、まうち君達などただの殿上人には、白き細長一襲、腰差などまで、次々に賜ふ

 装束限りなくきよらを尽くして、名高き帯、御佩刀など、故前坊の御方ざまにて伝はり参りたるも、またあはれになむ。古き世の一の物と名ある限りは、皆集ひ参る御賀になむあめる。昔物語にも、もの得させたるを、かしこきことには数へ続けためれど、いとうるさくて、こちたき仲らひのことどもはえぞ数へあへはべらぬや

 [第七段 勅命による夕霧の饗宴]

 内裏には、思し初めてしことどもを、むげにやはとて、中納言にぞつけさせたまひてける。そのころの右大将、病して辞したまひけるを、この中納言に、御賀のほどよろこび加へむと思し召して、にはかになさせたまひつ。

 院もよろこび聞こえさせたまふものから、

 「いと、かく、にはかに余る喜びをなむ、いちはやき心地しはべる」

 と卑下し申したまふ。

 丑寅の町に、御しつらひまうけたまひて、隠ろへたるやうにしなしたまへれど、今日は、なほかたことに儀式まさりて、所々の饗なども、内蔵寮、穀倉院より、仕うまつらせたまへり。

 屯食など、公けざまにて、頭中将宣旨うけたまはりて、親王たち五人、左右の大臣、大納言二人、中納言三人、宰相五人、殿上人は、例の、内裏、春宮、院、残る少なし。

 御座、御調度どもなどは、太政大臣詳しくうけたまはりて、仕うまつらせたまへり。今日は、仰せ言ありて渡り参りまへり。院も、いとかしこくおどろき申したまひて、御座に着きたまひぬ。

 母屋の御座に向へて、大臣の御座あり。いときよらにものものしく太りて、この大臣ぞ、今盛りの宿徳とは見えたまへる。

 主人の院は、なほいと若き源氏の君に見えたまふ。御屏風四帖に、内裏の御手書かせたまへる、唐の綾の薄毯に、下絵のさまなどおろかならむやは。おもしろき春秋の作り絵などよりも、この御屏風の墨つきのかかやくさまは、目も及ばず、思ひなしさへめでたくなむありける。

 置物の御厨子、弾き物、吹き物など、蔵人所より賜はりたまへり。大将の御勢ひ、いといかめしくなりたまひにたれば、うち添へて、今日の作法いとことなり。御馬四十疋、左右の馬寮、六衛府の官人、上より次々に牽きととのふるほど、日暮れ果てぬ。

 [第八段 舞楽を演奏す]

 例の、「万歳楽」、「賀王恩」などいふ舞、けしきばかり舞ひて、大臣の渡りたまへるに、めづらしくもてはやしたまへる御遊びに、皆人、心を入れたまへり。琵琶は、例の兵部卿宮、何ごとにも世に難きものの上手におはして、いと二なし。御前に琴の御琴。大臣、和琴弾きたまふ。

 年ごろ添ひたまひにける御耳の聞きなしにや、いと優にあはれに思さるれば、琴も御手をさをさ隠したまはず、いみじき音ども出づ。

 昔の御物語どもなど出で来て、今はた、かかる御仲らひに、いづ方につけても、聞こえかよひたまふべき御睦びなど、心よく聞こえたまひて、御酒あまたたび参りて、もののおもしろさもとどこほりなく、御酔ひ泣きどもえとどめたまはず。

 御贈り物に、すぐれたる和琴一つ、好みたまふ高麗笛添へて。紫檀の箱一具に、唐の本ども、ここの草の本など入れて。御車に追ひてたてまつれたまふ。御馬ども迎へ取りて、右馬寮ども、高麗の楽して、ののしる。六衛府の官人の禄ども、大将賜ふ

 御心と削ぎたまひて、いかめしきことどもは、このたび停めたまへれど、内裏、春宮、一院、后の宮、次々の御ゆかりいつくしきほど、いひ知らず見えにたることなれば、なほかかる折には、めでたくなむおぼえける。

 [第九段 饗宴の後の感懐]

 大将の、ただ一所おはするを、さうざうしく栄なき心地せしかど、あまたの人にすぐれ、おぼえことに、人柄もかたはらなきやうにものしたまふにも、かの母北の方の、伊勢の御息所との恨み深く、挑みかはしたまひけむほどの御宿世どもの行く末見えたるなむ、さまざまなりける。

 その日の御装束どもなど、こなたの上なむしたまひける。禄どもおほかたのことをぞ、三条の北の方はいそぎたまふめりし。折節につけたる御いとなみ、うちうちのもののきよらをも、こなたにはただよそのことにのみ聞きわたりたまふを、何事につけてかは、かかるものものしき数にもまじらひたまはましと、おぼえたるを、大将の君の御ゆかりに、いとよく数まへられたまへり。

 

第十章 明石の物語 男御子誕生


 [第一段 明石女御、産期近づく]

 年返りぬ。桐壺の御方近づきたまひぬるにより、正月朔日より、御修法不断にせさせたまふ。寺々、社々の御祈り、はた数も知らず。大殿の君、ゆゆしきことを見たまへてしかば、かかるほどのこと、いと恐ろしきものに思ししみたるを、対の上などのさることしたまはぬは、口惜しくさうざうしきものから、うれしく思さるるに、まだいとあえかなる御ほどに、いかにおはせむと、かねて思し騒ぐに、二月ばかりより、あやしく御けしき変はりて悩みたまふに、御心ども騒ぐべし。

 陰陽師どもも、所を変へてつつしみたまふべく申しければ、他のさし離れたらむはおぼつかなしとて、かの明石の御町の中の対に渡したてまつりたまふ。こなたは、ただおほきなる対二つ、廊どもなむめぐりてありけるに、御修法の壇隙なく塗りて、いみじき験者ども集ひて、ののしる。

 母君、この時にわが御宿世も見ゆべきわざなめれば、いみじき心を尽くしたまふ。

 [第二段 大尼君、孫の女御に昔を語る]

 かの大尼君も、今はこよなきほけ人にてぞありけむかし。この御ありさまを見たてまつるは、夢の心地して、いつしかと参り、近づき馴れたてまつる。

 年ごろ、母君はかう添ひさぶらひたまへど、昔のことなど、まほにしも聞こえ知らせたまはざりけるを、この尼君、喜びにえ堪へで、参りては、いと涙がちに、古めかしきことどもを、わななき出でつつ語りきこゆ。

 初めつ方は、あやしくむつかしき人かなと、うちまもりたまひしかど、かかる人ありとばかりは、ほの聞きおきたまへれば、なつかしくもてなしたまへり。

 生まれたまひしほどのこと、大殿の君のの浦におはしましたりしありさま、

 「今はとて京へりたまひしに、誰も誰も、心を惑はして、今は限り、かばかりの契りにこそはありけれと嘆きしを、若君のかく引き助けたまへる御宿世の、いみじくかなしきこと」

 と、ほろほろと泣けば

 「げに、あはれなりける昔のことを、かく聞かせざらましかば、おぼつかなくても過ぎぬべかりけり」

 と思して、うち泣きまふ。心のうちには、

 「わが身は、げにうけばりていみじかるべき際にはあらざりけるを、対の上の御もてなしに磨かれて、人の思へるさまなども、かたほにはあらぬなりけり。人びとばまたなきものに思ひ消ちこよなき心おごりをばしつれ。世人は、下に言ひ出づるやうもありつらむかし」

 など思し知り果てぬ。

 母君をば、もとよりかくすこしおぼえ下れる筋と知りながら、生まれたまひけむほどなどをば、さる世離れたる境にてなども知りたまはざりけり。いとあまりおほどきたまへるけにこそは。あやしくおぼおぼしかりけることなりや。

 かの入道の、今は仙人の、世にも住まぬやうにてゐたなるを聞きたまふも、心苦しくなど、かたがたに思ひ乱れたまひぬ。

 [第三段 明石御方、母尼君をたしなめる]

 いとものあはれに眺めておはするに、御方参りたまひて、日中の御加持に、こなたかなたより参り集ひ、もの騒がしくののしるに、御前にこと人もさぶらはず、尼君、所得ていと近くさぶらひたまふ。

 「あな、見苦しや。短き御几帳引き寄せてこそ、さぶらひたまはめ。風など騒がしくて、おのづからほころびの隙もあらむに。医師などやうのさまして。いと盛り過ぎたまへりや」

 など、なまかたはらいたく思ひたまへり。よしめきそして振る舞ふとおぼゆめれども、もうもうに耳もおぼおぼしかりければ、「ああ」と、傾きてゐたり。

 さるは、いとさ言ふばかりにもあらずかし。六十五、六のほどなり。尼姿、いとかはらかに、あてなるさまして、目艶やかにき腫れたるけしきの、あやしく昔思ひ出でたるさまなれば、胸うちつぶれて、

 「古代のひが言どもや、はべりつらむ。よく、この世のほかなるやうなるひがおぼえどもにとり混ぜつつ、あやしき昔のことどもも出でまうで来つらむはや。夢の心地こそしはべれ」

 と、うちほほ笑みて見たてまつりたまへば、いとなまめかしくきよらにて、例よりもいたくしづまり、もの思したるさまに見えたまふ。わが子ともおぼえたまはず、かたじけなきに、

 「いとほしきことどもを聞こえたまひて、思し乱るるにや。今はかばかりと御位を極めたまはむ世に、聞こえも知らせむとこそ思へ、口惜しく思し捨つべきにはあらねど、いといとほしく心劣りしたまふらむ」

 とおぼゆ。

 [第四段 明石女三代の和歌唱和]

 御加持果ててまかでぬるに、御くだものなど近くまかなひなし、「こればかりをだに」と、いと心苦しげに思ひてこえたまふ。

 尼君は、いとめでたううつくしう見たてまつるままにも、涙はえとどめず。顔は笑みて、口つきなどは見苦しくひろごりたれど、まみのわたりうちしぐれて、ひそみゐたり

 「あな、かたはらいた」

 と、目くはすれど、聞きも入れず。

 「老の波かひある浦に立ち出でて
  しほたるる海人を誰れかとがめむ

 昔の世にも、かやうなる古人は、罪許されてなむはべりける」

 と聞こゆ。御硯なる紙に、

 「しほたるる海人を波路のしるべにて
  尋ねも見ばや浜の苫屋を」

 御方もえ忍びたまはで、うち泣きたまひぬ。

 「世を捨てて明石の浦に住む人も
  心の闇はるけしもせじ」

 など聞こえ、紛らはしたまふ。別れけむ暁のことも、夢の中に思し出でられぬを、「口惜しくもありけるかな」と思す。

 [第五段 三月十日過ぎに男御子誕生]

 弥生の十余日のほどに、平らかに生まれたまひぬ。かねてはおどろおどろしく思し騷ぎしかど、いたく悩みたまふことなくて、男御子にさへおはすれば、限りなく思すさまにて、大殿も御心落ちゐたまひぬ。

 こなたは隠れの方にて、ただ気近きほどなるに、いかめしき御産養などのうちしきり、響きよそほしきありさま、げに「かひある浦」と、尼君のためには見えたれど、儀式なきやうなれば、渡りたまひなむとす。

 対の上も渡りたまへり。白き御装束したまひて、人の親めきて、若宮をつと抱きてゐたまへるさま、いとをかし。みづからかかること知りたまはず、人の上にても見ならひたまはねば、いとめづらかにうつくしと思ひきこえたまへり。むつかしげにおはするほどを、絶えず抱きとりたまへば、まことの祖母君は、ただ任せたてまつりて、御湯殿の扱ひなどを仕うまつりたまふ。

 春宮の宣旨なる典侍ぞ仕うまつる。御迎湯におりたちたまへるもいとあはれに、うちうちのともほの知りたるに、

 「すこしかたほならば、いとほしからましを、あさましく気高く、げに、かかる契りことにものしたまひける人かな」

 と見きこゆ。このほどの儀式なども、まねびたてむに、いとさらなりや。

 [第六段 帝の七夜の産養]

 六日といふに、例の御殿に渡りたまひぬ。七日の夜、内裏よりも御産養のことあり。

 朱雀院の、かく世を捨ておはします御代はりにや、蔵人所より、頭弁、宣旨うけたまはりて、めづらかなるさまに仕うまつれり。禄の衣など、また中宮の御方よりも、公事にはたちまさり、いかめしくせさせたまふ。次々の親王たち、大臣の家々、そのころのいとなみにて、われもわれもと、きよらを尽くして仕うまつりたまふ。

 大殿の君も、このほどのことどもは、例のやうにもこと削がせたまはで、世になく響きこちたきほどに、うちうちのなまめかしくこまかなるみやびの、まねび伝ふべき節は、目も止まらずなりにけり。大殿の君も、若宮をほどなく抱きたてまつりたまひて、

 「大将のあまたまうけたなるを、今まで見せぬがうらめしきに、かくらうたき人をぞ得たてまつりたる」

 と、うつくしみきこえたまふは、ことわりなりや。

 日々に、ものを引き伸ぶるやうにおよすけたまふ。御乳母など、心知らぬはとみに召さで、さぶらふ中に、品、心すぐれたる限りを選りて、仕うまつらせたまふ。

 [第七段 紫の上と明石御方の仲]

 御方の御心おきての、らうらうじく気高く、おほどかなるものの、さるべき方には卑下して、憎らかにもうけばらぬなどを、褒めぬ人なし。

 対の上は、まほならねど、見え交はしたまひて、さばかり許しなく思したりしかど、今は、宮の御徳に、いと睦ましく、やむごとなく思しなりにたり。稚児うつくしみたまふ御心にて、天児など、御手づから作りそそくりおはするも、いと若々し。明け暮れこの御かしづきにて過ぐしたまふ。

 かの古代の尼君は、若宮をえ心のどかに見たてまつらぬなむ、飽かずおぼえける。なかなか見たてまつり初めて、恋ひきこゆるにぞ、命もえ堪ふまじかめる。

 

第十一章 明石の物語 入道の手紙


 [第一段 明石入道、手紙を贈る]

 かの明石にも、かかる御こと伝へ聞きて、さる心地にも、いとうれしくおぼえければ、

 「今なむ、この世の境を心やすく行き離るべき」

 と弟子どもに言ひて、この家をば寺になし、あたりの田などやうのものは、皆その寺のことにしおきて、この国の奥の郡に、人も通ひがたく深き山あるを、年ごろも占めおきながら、あしこに籠もりなむ後、また人には見え知らるべきにもあらずと思ひて、ただすこしのおぼつかなきこと残りければ、今までながらへけるを、今はさりともと、仏神を頼み申してなむ移ろひける。

 この近き年ごろとなりては、京に異なることならで、人も通はしたてまつらざりつ。これより下したまふ人ばかりにつけてなむ、一行にても、尼君さるべき折節のことも通ひける。思ひ離るる世のとぢめに、文書きて、御方にたてまつれたまへり。

 [第二段 入道の手紙]

 「この年ごろは、同じ世の中のうちにめぐらひはべりつれど、何かは、かくながら身を変へたるやうに思うたまへなしつつ、させることなき限りは、聞こえうけたまはらず。

 仮名文見たまふるは、目の暇いりて、念仏も懈台するやうに、益なうてなむ、御消息もたてまつらぬを、伝てにうけたまはれば、若君は春宮に参りたまひて、男宮生まれたまへるよしをなむ、深く喜び申しはべる。

 そのゆゑは、みづからかくつたなき伏の身に、今さらにこの世の栄えを思ふにもはべらず。過ぎにし方の年ごろ、心ぎたなく、六時の勤めにも、ただ御ことを心にかけて、蓮の上の露の願ひをばさし置きてなむ念じたてまつりし。

 わがおもと生まれたまはむとせし、その年の二月のその夜の夢に見しやう、

 『みづから須弥の山を、右の手に捧げたり。山の左右より、月日の光さやかにさし出でて世を照らす。みづからは山の下の蔭に隠れて、その光にあたらず。山をば広き海に浮かべおきて、小さき舟に乗りて、西の方をさして漕ぎゆく』

 となむ見はべし。

 夢覚めて、朝より数ならぬ身に頼むところ出で来ながら、『何ごとにつけてか、さるいかめしきことをば待ち出でむ』と、心のうちに思ひはべしを、そのころより孕まれたまひにしこなた、方の書を見はべしにも、また内教の心を尋ぬる中にも、夢を信ずべきと多くはべしかば、賤しき懐のうちにも、かたじけなく思ひいたづきたてまつりしかど、力及ばぬ身に思うたまへねてなむ、かかる道に赴きはべりにし。

 また、この国のことに沈みはべりて、老の波にさらに立ち返らじと思ひとぢめて、この浦に年ごろはべしほども、わが君を頼むことに思ひきこえはべしかばなむ、心一つに多くの願を立てはべし。その返り申し、平らかに思ひのごと時にあひたまふ。

 若君、国の母となりたまひて、願ひ満ちたまはむ世に、住吉の御社をはじめ、果たししたまへ。さらに何ごとをかは疑ひはべらむ。

 この一つの思ひ、近き世にかなひはべりぬれば、はるかに西の方、十万億の国隔てる、九品の上の望み疑ひなくなりはべりぬれば、今はただ迎ふる蓮を待ちはべるほど、その夕べまで、水草清き山の末にて勤めはべらむとてなむ、まかり入りぬる。

  光出でむ暁近くなりにけり
  今ぞ見し世の夢語りする」

 とて、月日書きたり。

 [第三段 手紙の追伸]

 「命終らむ月日も、さらにな知ろしめしそ。いにしへより人の染めおきける藤衣にも、何かやつれたまふ。ただわが身は変化のものと思しなして、老法師のためには功徳をつくりたまへ。この世の楽しみに添へても、後の世を忘れたまふな。

 願ひはべる所にだに至りはべりなば、かならずまた対面ははべりなむ。娑婆他の岸に至りて、疾くあひ見むとを思せ」

 さて、かの社に立て集めたる願文どもを、大きなる沈の箱に、封じ籠めてたてまつりたまへり。

 尼君には、ことごとにも書かず、ただ、

 「この月の十四日になむ、草の庵まかり離れて、深き山に入りはべりぬる。かひなき身をば、熊狼にも施しべりなむ。そこには、なほ思ひしやうなる御世を待ち出でたまへ。明らかなる所にて、また対面はありなむ」

 とのみあり。

 [第四段 使者の話]

 尼君、この文を見て、かの使ひの大徳に問へば、

 「この御文書きたまひて、三日といふになむ、かの絶えたる峰に移ろひたまひにし。なにがしらも、かの御送りに、麓まではさぶらひしかど、皆返したまひて、僧一人、童二人なむ、御供にさぶらはせたまふ。今はと世を背きたまひし折を、悲しきとぢめと思うたまへしかど、残りはべりけり。

 年ごろ行なひの隙々に、寄り臥しながら掻き鳴らしたまひし琴の御琴、琵琶とり寄せたまひて、掻い調べたまひつつ、仏にまかり申したまひてなむ、御堂に施入したまひし。さらぬものどもも、多くはたてまつりたまひて、その残りをなむ、御弟子ども六十余人なむ、親しき限りさぶらひける、ほどにつけて皆処分したまひて、なほし残りをなむ、京の御料とて送りたてまつりたまへる。

 今はとてかき籠もり、さるはるけきの雲霞に混じりたまひにし、むなしき御跡にとまりて、悲しび思ふ人びとなむ多くはべる」

 など、この大徳も、童にて京より下りしの、老法師になりてとまれる、いとあはれに心細しと思へり仏の御弟子のさかしき聖だに鷲の峰をばたどたどしからず頼みきこえながら、なほ薪尽きける夜の惑ひは深かりけるを、まして尼君の悲しと思ひたまへること限りなし。

 [第五段 明石御方、手紙を見る]

 御方は南の御殿におはするを、「かかる御消息なむある」とありければ、忍びて渡りたまへり。重々しく身をもてなして、おぼろけならでは、通ひあひたまふこともかたきを、「あはれなることなむ」と聞きて、おぼつかなければ、うち忍びてものしたまへるに、いといみじく悲しげなるけしきにてゐたまへり。

 火近く取り寄せて、この文を見たまふに、げにせきとめむかたぞなかりける。よその人、何とも目とどむまじきことの、まづ、昔来し方のこと思ひ出で、恋しと思ひわたりたまふ心には、「あひ見で過ぎ果てぬるにこそは」と、見たまふに、いみじくいふかひなし。

 涙をえせきとめず、この夢語りを、かつは行く先頼もしく、

 「さらば、ひが心にて、わが身をさしもあるまじきさまにあくがらしたまふと、中ごろ思ひただよはれしことは、かくはかなき夢に頼みをかけて、心高くものしたまふなりけり」

 と、かつがつ思ひ合はせたまふ。

 [第六段 尼君と御方の感懐]

 尼君、久しくためらひて、

 「君の御徳には、うれしくおもだたしきことをも、身にあまりて並びなく思ひはべり。あはれにいぶせき思ひもすぐれてこそはべりけれ。

 数ならぬ方にても、ながらへし都を捨てて、かしこに沈みゐしをだに、世人に違ひたる宿世にもあるかな、と思ひはべしかど、生ける世にゆき離れ、隔たるべき仲の契りとは思ひかけず、同じ蓮に住むべき後の世の頼みをさへかけて年月を過ぐし来て、にはかにかくおぼえぬ御こと出で来て、背きにし世に立ち返りてはべる、かひある御ことを見たてまつりよろこぶものから、片つかたには、おぼつかなく悲しきことのうち添ひて絶えぬを、つひにかくあひ見ず隔てながらこの世を別れぬるなむ、口惜しくおぼえはべる。

 世に経し時だに、人に似ぬばへにより、世をもてひがむるやうなりしを、若きどち頼みならひて、おのおのはまたなく契りおきてければ、かたみにいと深くこそ頼みはべしか。いかなれば、かく耳に近きほどながら、かくてれぬらむ」

 と言ひ続けて、いとあはれにうちひそみたまふ。御方もいみじく泣きて、

 「人にすぐれむ行く先のことも、おぼえずや。数ならぬ身には、何ごとも、けざやかにかひあるべきにもあらぬものから、あはれなるありさまに、おぼつかなくてやみなむのみこそ口惜しけれ。

 よろづのこと、さるべき人の御ためとこそおぼえはべれ、さて絶え籠もりたまひなば、世の中も定めなきに、やがて消えたまひなば、かひなくなむ」

 とて、夜もすがら、あはれなることどもを言ひつつ明かしたまふ。

 [第七段 御方、部屋に戻る]

 「昨日も、大殿の君の、あなたにありと見置きたまひてしを、にはかにはひ隠れたらむも、軽々しきやうなるべし。身ひとつは、何ばかりも思ひ憚りはべらず。かく添ひたまふ御ためなどのいとほしきになむ、心にまかせて身をももてなしにくかるべき」

 とて、暁に帰り渡りたまひぬ。

 「若宮はいかがおはします。いかでか見たてまつるべき」

 とても泣きぬ。

 「今見たてまつりたまひてむ。女御の君も、いとあはれになむ思し出でつつ、聞こえさせたまふめる。院も、ことのついでにもし世の中思ふやうならば、ゆゆしきかね言なれど尼君そのほどまでながらへたまはなむ、とのたまふめりき。いかに思すことにかあらむ」

 とのたまへば、またうち笑みて、

 「いでや、さればこそ、さまざま例なき宿世にこそはべれ」

 とて喜ぶ。この文箱は持たせて参う上りたまひぬ。

 

第十二章 明石の物語 一族の宿世


 [第一段 東宮からのお召しの催促]

 宮より、とく参りたまふべきよしのみあれば、

 「かく思したる、ことわりなり。めづらしきことさへ添ひて、いかに心もとなく思さるらむ」

 と、紫の上ものたまひて、若宮忍びて参らせたてまつらむ御心づかひたまふ。

 御息所は、御暇の心やすからぬに懲りたまひて、かかるついでに、しばしあらまほしく思したり。ほどなき御身に、さる恐ろしきことをしたまへれば、すこし面痩せ細りて、いみじくなまめかしき御さましたまへり。

 「かく、ためらひがたくおはするほど、つくろひたまひてこそは」

 など、御方などは心苦しがりこえたまふを、大殿は、

 「かやうに面痩せて見えたてまつりたまはむも、なかなかあはれなるべきわざなり」

 などのたまふ。

 [第二段 明石女御、手紙を見る]

 対の上などの渡りたまひぬる夕つ方、しめやかなるに、御方、御前に参りたまひて、この文箱聞こえ知らせたまふ。

 「思ふさまにかなひ果てさせたまふまでは、取り隠して置きてはべるべけれど、世の中定めがたければ、うしろめたさになむ。何ごとをも御心と思し数まへざらむこなた、ともかくも、はかなくなりはべりなば、かならずしも今はのとぢめを、御覧ぜらるべき身にもはべらねば、なほ、うつし心失せずはべる世になむ、はかなきことをも、聞こえさせ置くべくはべりける、と思ひはべりて。

 むつかしくあやしき跡なれど、これも御覧ぜよ。この願文は、近き御厨子などに置かせたまひて、かならずさるべからむ折に御覧じて、このうちのことどもはせさせたまへ

 疎き人には、な漏らさせまひそ。かばかりと見たてまつりおきつれば、みづからも世を背きはべなむと思うたまへなりゆけば、よろづ心のどかにもおぼえはべらず。

 対の上の御心、おろかに思ひきこえさせたまふな。いとありがたくものしたまふ、深き御けしきを見はべれば、身にはこよなくまさりて、長き御世にもあらなむとぞ思ひはべる。もとより、御身に添ひきこえさせむにつけても、つつましき身のほどにはべれば、譲りきこえそめはべりにしを、いとかうしも、ものしたまはじとなむ、年ごろは、なほ世の常に思うたまへわたりはべりつる。

 今は、来し方行く先、うしろやすく思ひなりにてはべり」

 など、いと多く聞こえたまふ。涙ぐみて聞きおはす。かくむつましかるべき御前にも、常にうちとけぬさましたまひて、わりなくものづつみしるさまなり。この文の言葉、いとうたてこはく、憎げなるさまを、陸奥国紙にて、年経にければ、黄ばみ厚肥えたる五、六枚、さすがに香にいと深くしみたるに書きたまへり。

 いとあはれと思して、御額髪のやうやう濡れゆく、御側目、あてになまめかし。

 [第三段 源氏、女御の部屋に来る]

 院は、姫宮の御方におはしけるを、中の御障子よりふと渡りたまへれば、えしも引き隠さで、御几帳をすこし引き寄せて、みづからははた隠れたまへり。

 「若宮は、おどろきたまへりや。時の間も恋しきわざなりけり」

 と聞こえたまへば、御息所はいらへも聞こえたまはねば、御方、

 「対に渡しきこえたまひつ」

 と聞こえたまふ。

 「いとあやしや。あなたにこの宮を領じたてまつりて、懐をさらに放たずもて扱ひつつ、人やりならず衣も皆濡らして、脱ぎかへがちなめる。軽々しく、などかく渡したてまつりたまふ。こなたに渡りてこそ見たてまつりたまめ」

 とのたまへば、

 「いと、うたて。思ひぐまなき御ことかな。女におはしまさむにだに、あなたにて見たてまつりたまはむこそよくはべらめ。まして男は、限りなしと聞こえさすれど、心やすくおぼえたまふを。戯れにても、かやうに隔てがましきこと、なさかしがりこえさせたまひそ」

 と聞こえたまふ。うち笑ひて、

 「御仲どもにまかせて、見放ちきこゆべきななりな。隔てて、今は、誰も誰もさし放ち、さかしらなどのたまふこそ幼けれ。まづは、かやうにはひ隠れて、つれなく言ひ落としたまふめりかし

 とて、御几帳を引きやりたまへれば、母屋の柱に寄りかかりて、いときよげに、心恥づかしげなるさましてものしたまふ。

 [第四段 源氏、手紙を見る]

 ありつる箱も、惑ひ隠さむもさま悪しければ、さておはするを、

 「なぞの箱。深き心あらむ。懸想人の長歌詠みて封じこめたる心地こそすれ」

 とのたまへば、

 「あな、うたてや。今めかしくなり返らせたまふめる御心ならひに、聞き知らぬやうなる御すさび言どもこそ、時々出で来れ」

 とて、ほほ笑みたまへれど、ものあはれなりける御けしきどもしるければ、あやしとうち傾きたまへるさまなれば、わづらはしくて、

 「かの明石の岩屋より、忍びてはべし御祈りの巻数、また、まだしき願などのはべりけるを、御心にも知らせたてまつるべき折あらば、御覧じおくべくやとてはべるを、ただ今は、ついでなくて、何かは開けさせたまはむ」

 と聞こえたまふに、「げに、あはれなるべきありさまぞかし」と思して、

 「いかに行なひまして住みたまひにたらむ。命長くて、ここらの年ごろ勤むる罪も、こよなからむかし。世の中に、よしあり、賢しき方々の、人とて見るにも、この世に染みたるほどの濁り深きにやあらむ、賢き方こそあれ、いと限りありつつ及ばざりけりや。

 さもいたり深く、さすがに、けしきありし人のありさまかな。聖だち、この世離れ顔にもあらぬものから、下の心は、皆あらぬ世に通ひ住みにたるとこそ、見えしか。

 まして、今は心苦しきほだしもなく、思ひ離れにたらむをや。かやすき身ならば、忍びて、いと会はまほしくこそ」

 とのたまふ。

 「今は、かのはべりし所をも捨てて鳥の音聞こえぬ山となむ聞きはべる」

 と聞こゆれば、

 「さらば、その遺言ななりな消息は通はしたまふや。尼君、いかに思ひたまふらむ。親子の仲よりも、またさるさまの契りは、ことにこそ添ふべけれ」

 とて、うち涙ぐみたまへり。

 [第五段 源氏の感想]

 「年の積もりに、世の中のありさまを、とかく思ひ知りゆくままに、あやしく恋しく思ひ出でらるる人の御ありさまなれば、深き契りの仲らひは、いかにあはれならむ」

 などのたまふついでに、「この夢語りも思し合はすることもや」と思ひて

 「いとあやしき梵字とかいふやうなる跡にはべめれど、御覧じとどむべき節もや混じりはべるとてなむ。今はとて別れはべりにしかど、なほこそ、あはれは残りはべるものなりけれ」

 とて、さまよくうち泣きたまふ。寄りたまひて

 「いとかしこく、なほほれぼれしからずこそあるべけれ。手なども、すべて何ごとも、わざと有職にしつべかりける人の、ただこの世経る方の心おきてこそ少なかりけれ。

 かの先祖の大臣はいとかしこくありがたき心ざしを尽くして、朝廷に仕うまつりたまひけるどに、ものの違ひめありて、その報いにかく末はなきなりなど、人言ふめりしを、女子の方につけたれど、かくていと嗣なしといふべきにはらぬも、そこらの行なひのしるしにこそはあらめ」

 など、涙おし拭ひたまひつつ、この夢のわたりにとどめたまふ。

 「あやしくひがひがしく、すずろに高き心ざしありと人も咎め、また我ながら、さるまじき振る舞ひを、仮にてもするかな、と思ひしことは、この君の生まれたまひし時に、契り深く思ひ知りにしかど、目の前に見えぬあなたのことは、おぼつかなくこそ思ひわたりつれ、さらば、かかる頼みありて、あながちには望みしなりけり。

 横さまに、いみじき目を見、ただよひしも、この人一人のためにこそありけれ。いかなる願をか心に起こしけむ」

 とゆかしければ、心のうちに拝みて取りたまひつ。

 [第六段 源氏、紫の上の恩を説く]

 「これは、また具してたてまつるべきものはべり。今また聞こえ知らせべらむ」

 と、女御には聞こえたまふ。そのついでに、

 「今は、かく、いにしへのことをもたどり知りたまひぬれど、あなたの御心ばへを、おろかに思しなすな。もとよりさるべき仲、えさらぬ睦びよりも、横さまの人のなげのあはれをもかけ、一言心寄せあるは、おぼろけのことにもあらず。

 まして、ここになどさぶらひ馴れたまふを見る見るも、初めの心ざし変はらず、深くねむごろにひきこえたるを。

 いにしへの世のたとへにも、さこそはうはべには育みけれとらうらうじきたどりあらむも、賢きやうなれど、なほあやまりても、わがため下の心ゆがみたらむ人を、さも思ひ寄らず、うらなからむためは、引き返しあはれに、いかでかかるにはと、罪得がましきにも、思ひ直ることもあるべし。

 おぼろけの昔の世のあだならぬ人は、違ふ節々あれど、ひとりひとり罪なき時には、おのづからもてなす例どもあるべかめり。さしもあるまじきことに、かどかどしくをつけ、愛敬なく、人をもて離るる心あるは、いとうちとけがたく、思ひぐまなきわざになむあるべき。

 多くはあらねど、人の心の、とあるさまかかるおもむきを見るに、ゆゑよしといひ、さまざまに口惜しからぬ際の心ばせあるべかめり。皆おのおの得たる方ありて、取るところなくもあらねど、また、取り立てて、わが後見に思ひ、まめまめしく選び思はむにはありがたきわざになむ。

 ただまことに心の癖なくよきことは、この対をのみなむ、これをぞおいらかなる人といふべかりける、となむ思ひはべる。よしとて、またあまりひたたけて頼もしげなきも、いと口惜しや」

 とばかりのたまふに、かたへの人は思ひやられぬかし。

 [第七段 明石御方、卑下す]

 「そこにこそ、すこしものの心得てものしたまふめるを、いとよし、睦び交はして、この御後見をも、同じ心にてものしたまへ」

 など、忍びやかにたまふ。

 「のたまはせねど、いとありがたき御けしきを見たてまつるままに、明け暮れの言種に聞こえはべる。めざましきものになど思しゆるさざらむに、かうまで御覧じ知るべきにもあらぬを、かたはらいたきまで数まへのたまはすれば、かへりてはまばゆくさへなむ。

 数ならぬ身の、さすがに消えぬは、世の聞き耳も、いと苦しく、つつましく思うたまへらるるを、罪なきさまに、もて隠されたてまつりつつのみこそ」

 と聞こえたまへば、

 「その御ためには、何の心ざしかはあらむ。ただ、この御ありさまを、うち添ひてもえ見たてまつらぬおぼつかなさに、譲りきこえらるるなめり。それもまた、とりもちて、掲焉になどあらぬ御もてなしどもに、よろづのことなのめに目やすくなれば、いとなむ思ひなくうれしき。

 はかなきことにて、ものの心得ずひがひがしき人は、立ち交じらふにつけて、人のためさへからきことありかし。さ直しどころなく、誰もものしたまふめれば、心やすくなむ」

 とのたまふにつけても、

 「さりや、よくこそ卑下しにけれ」

 など、思ひ続けたまふ。対へ渡りたまひぬ。

 [第八段 明石御方、宿世を思う]

 「さも、いとやむごとなき御心ざしのみまさるめるかな。げにはた、人よりことに、かくしも具したまへるありさまの、ことわりと見えたまへるこそめでたけれ。

 宮の御方、うはべの御かしづきのみめでたくて、渡りたまふことも、えなのめならざめるは、かたじけなきわざなめりかし。同じ筋にはおはすれど、今一際は心苦しく」

 としりうごちきこえたまふにつけても、わが宿世は、いとたけくぞ、おぼえたまひける。

 「やむごとなきだに、思すさまにもあらざめる世に、まして立ちまじるべきおぼえにしあらねば、すべて今は、恨めしき節もなし。ただ、かの絶え籠もりにたる山住みを思ひやるのみぞ、あはれにおぼつかなき」

 尼君も、ただ、「福地の園に種まきてとやうなりし一言をうち頼みて、後の世を思ひやりつつ眺めゐたまへり。

 

第十三章 女三の宮の物語 柏木、女三の宮を垣間見る


 [第一段 夕霧の女三の宮への思い]

 大将の君は、この姫宮の御ことを、思ひ及ばぬにしもあらざりしかば、目に近くおはしますを、いとただにもおぼえず、おほかたの御かしづきにつけて、こなたにはさりぬべき折々に参り馴れ、おのづから御けはひ、ありさまも見聞きたまふに、いと若くおほどきたまへる一筋にて、上の儀式いかめしく、世の例にしつばかりもてかしづきたてまつりたまへれど、をさをさけざやかにもの深くは見えず。

 女房なども、おとなおとなしきは少なく、若やかなる容貌人の、ひたぶるにうちはなやぎ、さればめるいと多く、数知らぬまで集ひさぶらひつつ、もの思ひなげなる御あたりとはいひながら、何ごとものどやかに心しづめたるは、心のうちのあらはにしも見えぬわざなれば、身に人知れぬ思ひ添ひたらむも、またまことに心地ゆきげに、とどこほりなかるべきにしうち混じれば、かたへの人にひかれつつ、同じけはひもてなしになだらかなるを、ただ明け暮れは、いはけたる遊び戯れに心入れたる童女のありさまなど、院は、いと目につかずたまふことどもあれど、一つさまに世の中を思しのたまはぬ御本性なれば、かかる方をもまかせて、さこそはあらまほしからめ、と御覧じゆるしつつ、戒めととのへさせたまはず。

 正身の御ありさまばかりをば、いとよく教へきこえたまふに、すこしもてつけたまへり。

 [第二段 夕霧、女三の宮を他の女性と比較]

 かやうのことを、大将の君も、

 「げにこそ、ありがたき世なりけれ。紫の御用意、けしきの、ここらの年経ぬれど、ともかくも漏り出で見え聞こえたるところなく、しづやかなるをもととして、さすがに、心うつくしう、人をも消たず、身をもやむごとなく、心にくくもてなし添へたまへること」

 と、見し面影も忘れがたくのみなむ思ひ出でられける。

 「わが御北の方も、あはれと思す方こそ深けれ、いふかひあり、すぐれたるらうらうじさなど、ものしたまはぬ人なり。おだしきものに、今はと目馴るるに、心ゆるびて、なほかくさまざまに、集ひたまへるありさまどもの、とりどりにをかしきを、心ひとつに思ひ離れがたきを、ましてこの宮は、人の御ほどを思ふにも、限りなく心ことなる御ほどに、取り分きたる御けしきしもあらず、人目の飾りばかりにこそ」

 と見たてまつり知る。わざとおほけなき心にしもあらねど、「見たてまつる折ありなむや」と、ゆかしく思ひきこえたまひけり。

 [第三段 柏木、女三の宮に執心]

 衛門督の君も、院にに参り、親しくさぶらひ馴れたまひし人なれば、この宮を父帝のかしづきあがめたてまつりたまひし御心おきてなど、詳しく見たてまつりおきて、さまざまの御定めありしころほひより聞こえ寄り、院にも、「めざましとは思し、のたまはせず」と聞きしを、かくことざまになりたまへるは、いと口惜しく、胸いたき心地すれば、なほえ思ひ離れず。

 その折より語らひつきにける女房のたよりに、御ありさまなども聞き伝ふるを慰めに思ふぞ、はかなかりける。

 「対の上の御けはひにはなほ圧されたまひてなむ」と、世人もまねび伝ふるを聞きては、

 「かたじけなくとも、さるものは思はせたてまつらざらまし。げに、たぐひなき御身にこそ、あたらざらめ」

 と、常にこの小侍従といふ御乳主をも言ひはげまして、

 「世の中定めなきを、大殿の君もとより本意ありて思しおきてたる方に赴きたまはば」

 と、たゆみなく思ひありきけり。

 [第四段 柏木ら東町に集い遊ぶ]

 弥生ばかりの空うららかなる日、六条の院に、兵部卿宮、衛門督など参りたまへり。大殿出でたまひて、御物語などしたまふ。

 「静かなる住まひは、このごろこそいとつれづれにるることなかりけれ。公私にことなしや。何わざしてかは暮らすべき」

 などのたまひて、

 「今朝、大将のものしつるは、いづ方にぞ。いとさうざうしきを、例の、小弓させて見るべかりけり好むめる若人どもも見えつるを、ねたう出でやしぬる」

 と、問はせたまふ。

 「大将の君は、丑寅の町に人びとあまたして、もて遊ばして見たまふ」と聞こしめして、

 「乱りがはしきことの、さすがに目覚めてかどかどしきぞかし。いづら、こなたに」

 とて、御消息あれば、参りたまへり。若君達めく人びと多かりけり。

 「鞠持たせたまへりや。誰々かものしつる」

 とのたまふ。

 「これかれはべりつ」

 「こなたへまかでむや」

 とのたまひて、寝殿の東面、桐壺は若宮具したてまつりて、参りたまひにしころなれば、こなた隠ろへたりけり。遣水などのゆきあひはれて、よしあるかかりのほどを尋ねて立ち出づ。太政大臣殿の君達、頭弁、兵衛佐、大夫の君など、過ぐしたるも、まだ片なりなるも、さまざまに、人よりまさりてのみものしたまふ。

 [第五段 南町で蹴鞠を催す]

 やうやう暮れかかるに、「風吹かず、かしこき日なり」と興じて、弁君もえしづめず立ちまじれば、大殿、

 「弁官もえをさめあへざめるを、上達部なりとも、若き衛府司たちは、などか乱れたまはざらむ。かばかりの齢にては、あやしく見過ぐす、口惜しくおぼえしわざなり。さるは、いと軽々なりや。このことのさまよ」

 などのたまふに、大将も督君も、皆下りたまひて、えならぬ花の蔭にさまよひたまふばえ、いときよげなり。をさをささまよく静かならぬ、乱れごとなめれど、所からからなりけり。

 ゆゑある庭の木立のいたく霞みこめたるに、色々紐ときわたる花の木ども、わづかなる萌黄の蔭に、かくはかなきことなれど、善き悪しきけぢめあるを挑みつつ、われも劣らじと思ひ顔なる中に、衛門督のかりそめに立ち混じりたまへる足もとに、並ぶ人なかりけり。

 容貌いときよげに、なまめきたるさましたる人の、用意いたくして、さすがに乱りがはしき、をかしく見ゆ。

 御階の間にあたれる桜の蔭に寄りて、人びと、花のも忘れて心に入れたるを、大殿も宮も、隅の高欄に出でて御覧ず。

 [第六段 女三の宮たちも見物す]

 いと労ある心ばへども見えて、数多くなりゆくに、上臈も乱れて、冠の額すこしくつろぎたり。大将の君も、御位のほど思ふこそ、例ならぬ乱りがはしさかなとおぼゆれ、見る目は、人よりけに若くをかしげにて、桜の直衣のやや萎えたるに、指貫の裾つ方、すこしふくみて、けしきばかり引き上げたまへり。

 軽々しうも見えず、ものきよげなるうちとけ姿に、花雪のうに降りかかれば、うち見上げて、しをれたるすこし押し折りて、御階の中のしなのほどにゐたまひぬ。督の君続きて、

 「花、乱りがはしく散るめりや。桜は避きてそ」

 などのたまひつつ、宮の御前の方を後目に見れば、例の、ことにをさまらぬけはひどもして、色々こぼれ出でたる御簾のつま、透影など、春の手向けの幣袋にやとおぼゆ。

 [第七段 唐猫、御簾を引き開ける]

 御几帳どもしどけなく引きやりつつ、人気近く世づきてぞ見ゆるに、唐猫のいと小さくをかしげなるを、すこし大きなる猫追ひ続きてにはかに御簾のつまより走り出づるに、人びとおびえ騒ぎて、そよそよと身じろきさまよふけはひども、衣の音なひ、耳かしかましき心地す。

 猫は、まだよく人にもなつかぬにや、綱いと長く付きたりけるを、物にひきかけまつはれにけるを、逃げむとひこしろふほどに、御簾の側いとあらはに引き開けられたるを、とみにひき直す人もなし。この柱のもとにありつる人びとも、心あわたたしげにて、もの懼ぢしたるけはひどもなり。

 [第八段 柏木、女三の宮を垣間見る]

 几帳の際すこし入りたるほどに、袿姿にて立ちたまへる人あり。階より西の二の間の東の側なれば、まぎれどころもなくあらはに見入れらる。

 紅梅にやあらむ、濃き薄きすぎすぎに、あまた重なりたるけぢめ、はなやかに、草子のつまのやうに見えて、桜の織物の細長なるべし。御髪のすそまでけざやかに見ゆるは、糸をよりかけたるやうになびきて、裾のふさやかにそがれたる、いとうつくしげにて、七、八寸ばかりぞ余りたまへる。御衣の裾がちに、いと細くささやかて、姿つき、髪のかかりたまへる側目、言ひ知らずあてにらうたげなり。夕影なれば、さやかならず、奥暗き心地するも、いと飽かず口惜し。

 鞠に身を投ぐる若君達の、花の散るを惜しみもあへぬけしきどもを見るとて、人びと、あらはをふともえ見つけぬなるべし。猫のいたく鳴けば、見返りたまへる面もち、もてなしなど、いとおいらかにて、若くうつくしの人やと、ふと見えたり。

 [第九段 夕霧、事態を憂慮す]

 大将、いとかたはらいたけれど、はひ寄らむもなかなかいと軽々しければ、ただ心を得させて、うちしはぶきたまへるにぞ、やをらひき入りたまふ。さるは、わが心地にも、いと飽かぬ心地したまへど、猫の綱ゆるしつれば、心にもあらずうち嘆かる。

 まして、さばかり心をしめたる衛門督は、胸ふとふたがりて、誰ればかりにかはあらむ、ここらの中にしるき袿姿よりも、人に紛るべくもあらざりつる御けはひなど、心にかかりておぼゆ。

 さらぬ顔にもてなしたれど、「まさに目とどめじや」と、大将はいとほしく思さる。わりなき心地の慰めに、猫を招き寄せてかき抱きたれば、いと香ばしくて、らうたげにうち鳴くも、なつかしく思ひよそへらるるぞ、好き好きしきや。

 

第十四章 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴


 [第一段 蹴鞠の後の酒宴]

 大殿御覧じおこせて、

 「上達部の座、いと軽々しや。こなたにこそ」

 とて、対の南面に入りたまへれば、みなそなたに参りたまひぬ。宮もゐ直りたまひて、御物語したまふ。

 次々の殿上人は、簀子に円座召して、わざとなく、椿餅、梨、柑子やうのものども、さまざまに箱の蓋どもにとり混ぜつつあるを、若き人びとそぼれ取り食ふ。さるべき乾物ばかりして、御土器参る。

 衛門督は、いといたく思ひしめりて、ややもすれば、花の木に目をつけて眺めやる。大将は、心知りに、「あやしかりつる御簾の透影思ひ出づることやらむ」と思ひたまふ。

 「いと端近なりつるありさまを、かつは軽々しと思ふらむかし。いでや。こなたの御ありさまの、さはあるまじかめるものを」と思ふに、「かかればこそ、世のおぼえのほどよりは、うちうちの御心ざしぬるきやうにはありけれ」

 と思ひ合はせて、

 「なほ、内外の用意多からず、いはけなきは、らうたきやうなれど、うしろめたきやうなりや」

 と、思ひ落とさる。

 宰相の君は、よろづの罪をもをさをさたどられず、おぼえぬものの隙より、ほのかにもそれと見たてまつりつるにも、「わが昔よりの心ざしのしるしあるべきにや」と、契りうれしき心地して、飽かずのみおぼゆ。

 [第二段 源氏の昔語り]

 院は、語し出でたまひて、

 「太政大臣の、よろづのことにたち並びて、勝ち負けの定めしたまひし中に、鞠なむえ及ばずなりにし。はかなきことは、伝へあるまじけれど、ものの筋はなほこよなかりけり。いと目も及ばず、かしこうこそ見えつれ」

 とのたまへば、うちほほ笑みて、

 「はかばかしき方にはぬるくはべる家の風、さしも吹き伝へはべらむに、後の世のため、異なることなくこそはべりぬべけれ」

 と申したまへば、

 「いかでか。何ごとも人に異なるけぢめをば、記し伝ふべきなり。家の伝へなどに書き留め入れたらむこそ、興はあらめ」

 など、戯れたまふ御さまの、匂ひやかにきよらなるを見たてまつるにも、

 「かかる人にならひて、いかばかりのことにか心を移す人はものしたまはむ。何ごとにつけてか、あはれと見ゆるしたまふばかりは、なびかしきこゆべき」

 と、思ひめぐらすに、いとどこよなく、御あたりはるかなるべき身のほども思ひ知らるれば、胸のみふたがりてまかでまひぬ。

 [第三段 柏木と夕霧、同車して帰る]

 大将の君一つ車にて、道のほど物語したまふ。

 「なほ、このころのつれづれには、この院に参りて、紛らはすべきなりけり」

 「今日のやうならむ暇の隙待ちつけて、花の折過ぐさず参れ、とのたまひつるを、春惜しみがてら、月のうちに、小弓持たせて参りたまへ」

 と語らひ契る。おのおの別るる道のほど物語したまうて、宮の御事のなほ言はまほしれば、

 「院には、なほこの対にのみものせさせたまふなめりな。かの御おぼえの異なるなめりかし。この宮いかに思すらむ。帝の並びなくならはしたてまつりたまへるに、さしもあらで、屈したまひにたらむこそ、心苦しけれ」

 と、あいなく言へば、

 「たいだいしきこと。いかでかさはあらむ。こなたは、さま変はりて生ほしたてたまへる睦びのけぢめばかりにこそあべかめれ。宮をば、かたがたにつけて、いとやむごとなく思ひきこえたまへるものを」

 と語りたまへば、

 「いで、あなかま。たまへ。皆聞きてはべり。いといとほしげなる折々あなるをや。さるは、世におしなべたらぬ人の御おぼえを。ありがたきわざなりや」

 と、いとほしがる。

 「いかなれば花に木づたふ鴬の
  桜をわきてねぐらとはせぬ

 春の鳥の、桜一つにとまらぬ心よ。あやしとおぼゆることぞかし」

 と、口ずさびに言へば、

 「いで、あなあぢきなのもの扱ひや、さればよ」と思ふ。

 「深山木にねぐらむるはこ鳥も
  いかでか花の色に飽くべき

 わりなきこと。ひたおもむきにのみやは」

 といらへてわづらはしければ、ことに言はせずなりぬ。異事に言ひ紛らはして、おのおの別れぬ。

 [第四段 柏木、小侍従に手紙を送る]

 督の君は、なほ大殿の東の対に、独り住みにてぞものしたまひける。思ふ心ありて、年ごろかかる住まひをするに、人やりならずさうざうしく心細き折々あれど

 「わが身かばかりにて、などか思ふことかなはざらむ」

 とのみ、心おごりをするに、この夕べより屈しいたく、もの思はしくて、

 「いかならむ折に、またさばかりにても、ほのかなる御ありさまをだに見む。ともかくもかき紛れたる際の人こそ、かりそめにもたはやすき物忌、方違への移ろひも軽々しきにおのづからともかくのの隙をうかがひつくるやうもあれ」

 など思ひやる方なく、

 「深き窓のうち、何ばかりのことにつけてか、かく深き心ありけりとだに知らせたてまつるべき」

 と胸痛くいぶせければ、小侍従がり、例の、文やりたまふ。

 「一日、風に誘はれて、御垣の原わけ入りてはべしに、いとどいかに見落としたまひけむ。その夕べより、乱り心地きくらし、あやなく今日は眺め暮らしはべる」

 など書きて、

 「よそに見て折らぬ嘆きはしげれども
  なごり恋しき花の夕かげ」

 とあれど、侍従は一日心も知らねばただ世の常の眺めにこそはと思ふ。

 [第五段 女三の宮、柏木の手紙を見る]

 御前に人しげからぬほどなれば、かの文を持て参りて、

 「この人の、かくのみ、忘れぬものに、言問ひものしたまふこそわづらはしくはべれ。心苦しげなるありさまも見たまへあまる心もや添ひはべらむと、みづからの心ながら知りがたくなむ」

 と、うち笑ひて聞こゆれば、

 「いとうたてあることをも言ふかな」

 と、何心もなげにたまひて、文広げたるを御覧ず。

 「見もせぬ」と言ひたるところを、あさましかりし御簾のつまを思し合はせらるるに、御面赤みて、大殿の、さばかりことのいでごとに、

 「大将に見えたまふな。いはけなき御ありさまなんめれば、おのづからとりはづして、見たてまつるやうもありなむ」

 と、戒めきこえたまふを思し出づるに、

 「大将の、さることのありしと語りきこえたらむ時、いかにあはめたまはむ」

 と、人の見たてまつりけむことをば思さで、まづ、憚りきこえたまふ心のうちぞ幼かりける。

 常よりも御さしらへなければ、すさまじく、しひて聞こゆべきことにもあらねば、ひき忍びて、例の書く。

 「一日は、つれなし顔をなむ。めざましう許しきこえざりしを、『見ずもあらぬ』やいかに。あな、かけかけし」

 と、はやりかに走り書きて、

 「いまさらに色にな出でそ山桜
  およばぬ枝に心かけきと
 かひなきことを」

 とあり。

 【出典】
出典1 わび人の分きて立ち寄る木のもとは頼む蔭なく紅葉散りけり(古今集秋下-二九二 僧正遍昭)(戻)
出典2 老いぬればさらぬ別れもありと言へばいよいよ見まくほしき君かな(古今集雑上-九〇〇 在原業平母)(戻)
出典3 世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ(古今集雑下-九五五 物部吉名)(戻)
出典4 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
出典5 塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわが寝る常夏の花(古今集夏-一六七 凡河内躬恒)(戻)
出典6 我が世をば今日か明日かと待つかひの涙の滝といづれ高けむ(新古今集雑中-一六五一 在原行平)人の世の老いを果てにしせましかば今日か明日かと急がざらまし(朝忠集-一〇)(戻)
出典7 青柳を 片糸によりて や おけや 鴬の おけや 鴬の 縫ふといふ笠は おけや 梅の花笠や(催馬楽-青柳)(戻)
出典8 我家は 帷(とばり)帳(ちやう)も 垂れたるを 大君来ませ 聟にせむ 御肴に 何よけむ 鮑(あはび)栄螺(さだを)か 石陰子(かせ)よけむ 鮑栄螺か 石陰子よけむ(催馬楽-我家)(戻)
出典9 秋萩の下葉につけて目に近くよそなる人の心をぞ見る(拾遺集雑秋-一一一六 女)(戻)
出典10 あけぐれの空にぞ我は迷ひぬる思ふ心のゆかぬまにまに(拾遺集恋二-七三六 源順)(戻)
出典11 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる(古今集春上-四一 凡河内躬恒)(戻)
出典12 子城陰處猶残雪 衙鼓声前未有塵(白氏文集巻十六-九一一)(戻)
出典13 かつ消えて空に乱るる淡雪はもの思ふ人の心なりけり(後撰集冬-四七九 藤原蔭基)(戻)
出典14 白雪の色分きがたき梅が枝に友待つ雪ぞ消え残りたる(家持集-二八四)(戻)
出典15 折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鴬の鳴く(古今集春上-三二 読人しらず)(戻)
出典16 梅が香を桜の花に匂はせて柳が枝に咲かせてしかな(後拾遺集春上-八二 中原致時)(戻)
出典17 世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ(古今集雑下-九五五 物部吉名)(戻)
出典18 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
出典19 いかにしてかく思ふことをだに人づてならで君に語らむ(後撰集恋五-九六一 藤原敦忠)(戻)
出典20 無き名ぞと人には言ひて有りぬべし心の問はばいかが答へむ(後撰集恋三-七二五 読人しらず)(戻)
出典21 むら鳥の立ちにし我が名今さらに事なしぶともしるしあらめや(古今集恋三-六七四 読人しらず)(戻)
出典22 よも恋ひじ我をば恋ひじ和泉なる信太の森の雫なるらむ(出典未詳-源氏釈所引)(戻)
出典23 春の池の玉藻に遊ぶ鳰鳥の足のいとなき恋もするかな(後撰集春中-七二 宮道高風)(戻)
出典24 今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花の蔭かは(古今集春下-一三四 凡河内躬恒)(戻)
出典25 こりずまに又も無き名は立ちぬべし人憎からぬ世にし住まへば(古今集恋三-六三一 読人しらず)(戻)
出典26 人知れぬ我が通ひ路の関守は宵々ごとにうちも寝ななむ(古今集恋三-六三二 在原業平)(戻)
出典27 忘るらむと思ふ心の疑ひに在りしよりけにものぞ悲しき(伊勢物語-四一)(戻)
出典28 いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな(伊勢物語-六五)(戻)
出典29 白露はうつしなりけり水鳥の青葉の山の色づく見れば(古今六帖二-九二一)紅葉する秋は来にけり水鳥の青葉の山の色づく見れば(古今六帖三-一四六八)(戻)
出典30 秋萩の下葉につけて目に近くよそなる人の心をぞ見る(拾遺集雑秋-一一一六 女)秋萩の下葉色づく今よりや一人ある人のいねがてにする(古今集秋上-二二〇 読人しらず)(戻)
出典31 我が宿と頼む吉野に君し入らば同じかざしをさしこそはせめ(後撰集恋四-八〇九 伊勢)(戻)
出典32 席田(むしろだ)の 席田の 伊津貫川(いつぬきがは)に や 住む鶴の 住む鶴の や 住む鶴の 千歳をかねてぞ 遊びあへる 千歳をかねてぞ 遊びあへる(催馬楽-席田)(戻)
出典33 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)
出典34 従是西方過十万億仏土 有世界 名曰極楽(阿弥陀経)(戻)
出典35 身を捨てて山に入りにし我なれば熊の食らはむこともおぼえず(拾遺集物名-三八二 読人しらず)(戻)
出典36 仏此夜滅度 如薪尽火滅(法華経-序品)(戻)
出典37 飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ(古今集恋一-五三五 読人しらず)(戻)
出典38 世の中は夢のわたりの浮き橋かうち渡りつつものをこそ思へ(出典未詳-源氏釈所引)(戻)
出典39 耶輸陀羅が福地の園に種蒔きて逢はむ必ず有為の都に(出典未詳-奥入所引)(戻)
出典40 吹く風よ心しあらばこの春の桜はよきて散らさざらなむ(出典未詳-源氏釈所引)春風は花のあたりをよきて吹け心づからやう移ろふと見む(古今集春下-八五 藤原好風)(戻)
出典41 久方の月の桂も折るばかり家の風をも吹かせてしかな(拾遺集雑上-四七三 菅原道真母)(戻)
出典42 深山木に夜は来て鳴くはこ鳥の明けば帰らむことをこそ思へ(古今六帖六-四四八三)(戻)
出典43 楊家有女初長成 養在深窓人未識(白氏文集-五九六 長恨歌)(戻)
出典44 ふるさとは春めきにけりみ吉野の御垣の原を霞こめたり(詞花集春-三 平兼盛)(戻)
出典45 見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日を眺め暮らさむ(古今集恋一-四七六 在原業平)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 おきたてまつりて--をきて(て/$)たてまつりて(戻)
校訂2 御年のほどよりはいとよく大人びさせたまひて--(/+御としの程よりはいとよくおとなひさせ給て)(戻)
校訂3 女宮たち--女御(御/$宮)たち(戻)
校訂4 おとしめらるる宿世あるなむ、いと口惜しく--おと(と/+しめらるゝすくせあるなんいとくちお)しく(戻)
校訂5 おし拭ひ--をしのひ(ひ/$)こひ(戻)
校訂6 うつくしき--心(心/$)うつくしき(戻)
校訂7 げに--けには(は/$)(戻)
校訂8 悩ませたまふ--なやみ(み/$ま)せたまふ(戻)
校訂9 たてまつり--(/+たてまつり)(戻)
校訂10 御心寄せ--(/+御)心よせ(戻)
校訂11 末の世の--すゑのよに(に/$の)(戻)
校訂12 秋の行幸--秋(秋/+の)行幸(戻)
校訂13 ついでにも--(/+つ)いてにも(戻)
校訂14 申さるる折ははべらず--申さゝ(ゝ/$るゝ)るをり(り/+は)はゝへらす(戻)
校訂15 仕うまつりさして--つかうまつりて(て/$)さして(戻)
校訂16 なれど--な(な/$)なれと(戻)
校訂17 きよらなる--きよく(く/$ら)なる(戻)
校訂18 にか」と--*にと(戻)
校訂19 及ばぬ--をよはす(す/$ぬ)(戻)
校訂20 並び--ならひならひ(なたひ<後出>/$)(戻)
校訂21 撫でかしづき--なて(て/+かし)つき(戻)
校訂22 なめり--なめりかし(かし/$)(戻)
校訂23 頼もしげなる--たのもしけれ(れ/$)なる(戻)
校訂24 宮仕へ--みやつかひ(ひ/$へ<)(戻)
校訂25 深からざりけるをも--ふかゝらさり(り/+ける)をも(戻)
校訂26 負ひ--おも(も/$)ひ(戻)
校訂27 おのれらが--をの(の/+れ)らか(戻)
校訂28 うけひき--うけけ(け/$)ひき(戻)
校訂29 なびき--な(な/+ひ)き(戻)
校訂30 はべらめ--はへらす(す/$め)(戻)
校訂31 同じ--おなな(な/$)(戻)
校訂32 宿世--すき(き/$く)せ(戻)
校訂33 ありさま--ありさま/\(/\/$)(戻)
校訂34 見ゆめる--みゆめるを(を/$)(戻)
校訂35 きこゆな--きこゆな(な/=なる)(戻)
校訂36 のたまはする--の給はすゑの(ゑの/$る)(戻)
校訂37 言どもの--*こともの(戻)
校訂38 動かざらむ--たゝ(たゝ/$うこか)さらむ(戻)
校訂39 限りなく--かきりなき(き/$く)(戻)
校訂40 親しく--したしき(き/$く)(戻)
校訂41 ことども--*ことも(戻)
校訂42 ことなるを、よく思し召しめぐらすべきことなり--ことな(な/+るをよくおほしめくらすへき事也)り(戻)
校訂43 御後見--*御うしろ(戻)
校訂44 よそに--よそき(き/$)に(戻)
校訂45 たてまつる--(/+た)てまつる(戻)
校訂46 あらねど--あらぬ(ぬ/$ね)と(戻)
校訂47 聞きおきたてまつり--きゝをきて(て/$)たてまつり(戻)
校訂48 あめれば--あめる(る/#れ)は(戻)
校訂49 御裳着--御も(も/+き)(戻)
校訂50 このたび--このた(た/#)たひ(戻)
校訂51 唐物--からも(も/$)もの(戻)
校訂52 御とぶらひいとこちたし。贈り物ども--(/+御とふらひいとこちたし送り物とも)(戻)
校訂53 いみじく--(/いみしくおほしいりたるをこしらへかね給てこを思道はかきりありけりかくおもひしみ給へるわかれのたへかたくもあるかなとて御心みたれぬへけれとあなかちに御けうそくにかゝり給て山のさすよりはしめて御いむことのあさり三人さふらひてほうふくなとたてまつるほとこのよをわかれ給御さほう$)いみしく(戻)
校訂54 変はりたま--(/+かはりたま)(戻)
校訂55 たてまつり--(/+たてまつり)(戻)
校訂56 たまひつつ--給へる(へる/$つゝ)(戻)
校訂57 起こして--おこし(し/+て)(戻)
校訂58 疎かに--おろ(ろ/+そ)かに(戻)
校訂59 御護りめ--御(御/$)御まもりめ(戻)
校訂60 なりしかど--な(な/+り)しかと(戻)
校訂61 続けしには--つゝけしにも(も/$は)(戻)
校訂62 めざましきものに--めさましき?(?/#もの)に(戻)
校訂63 言ひ出づる--(/+い)ひいつる(戻)
校訂64 うちほほゆがみ--うちともなくをのつから(ともなくをのつから/$)ほをゆかみ(戻)
校訂65 思はず--お(お/+も)はす(戻)
校訂66 なさじ--なさむ(む/$し)(戻)
校訂67 忍びたれど--しのひたれは(は/$と)(戻)
校訂68 御儀式--(/+御)きしき(戻)
校訂69 払ひしつらはれたり--はこ(こ/$ら)ひしつらひ(ひ/$)はれたり(戻)
校訂70 御具--御(御/+く)(戻)
校訂71 四つ--よ(よ/+つ)(戻)
校訂72 尚侍の君--かむのき(き/+み)(戻)
校訂73 うつくしくて--うつくし(し/+く)て(戻)
校訂74 参れり--(/+ま)いれり(戻)
校訂75 召さず。御笛など、太政大臣の、その--(/+めさす御ふえなとおほきおとゝのその)(戻)
校訂76 衛門督の固く否ぶるを責めたまへば--(/+衛門のかみのかたくいなふるをせめたまへは)(戻)
校訂77 継がぬ--つ(つ/+か)ぬ(戻)
校訂78 伝へ--つる(る/$た)へ(戻)
校訂79 賜はり--給はる(る/$り)(戻)
校訂80 御遊び--御(御/+あ)そひ(戻)
校訂81 御心--御(御/$)御心(戻)
校訂82 御帳--御帳丁(丁/$)(戻)
校訂83 かの院--こ(こ/=か)の院(戻)
校訂84 よりも--よ(よ/+り)も(戻)
校訂85 かれは--かれはかれは(かれは<後出>/$)(戻)
校訂86 ありしを--ありしに(に/$)を(戻)
校訂87 また--又△△(△△/#)(戻)
校訂88 うしろめたく--うしろめたな(な/$)く(戻)
校訂89 おはす--おも(も/$)はす(戻)
校訂90 心寄せ--心よ(よ/+せ)(戻)
校訂91 宵居--よ(よ/+ひ)ゐ(戻)
校訂92 つらし--つく(く/$ら)し(戻)
校訂93 独りごたる--ひとりみ(み/$こ)たる(戻)
校訂94 残れる--のこ(こ/+れ)る(戻)
校訂95 ことことしく--うと(うと/=こと)/\しく(戻)
校訂96 のたまひ--の給て(給て/$)たまひ(戻)
校訂97 多うは--おほゆれ(ゆれ/$)うは(戻)
校訂98 わづらはしく、いかに聞くところやなど、憚り--かゝり(かゝり/$わつらはしくいかにきくところやなとはゝかり)(戻)
校訂99 えはるけで--(/+え)はるけて(戻)
校訂100 聞こえにくく--きこえ(え/+に)くゝ(戻)
校訂101 うしろめたくは--うしろめたくも(も/$は)(戻)
校訂102 女の装束--女はう(はう/$のさ)うそく(戻)
校訂103 ととのひ果て--とゝのひ(ひ/+は)て(戻)
校訂104 あれど--あは(は/$)れと(戻)
校訂105 など--なとに(に/$)(戻)
校訂106 しりばかり--しり(り/+はかり)(戻)
校訂107 かくおぼめかしき--(/+かく)おほし(し/$)めかしき(戻)
校訂108 塞きがたく--せきかたき(き/$く)(戻)
校訂109 一たび--ひとた(た/+ひ)(戻)
校訂110 心強くも--心つよからぬ(からぬ/$くも)(戻)
校訂111 梢--み(み/$こ)すゑ(戻)
校訂112 とぢめには--とちめ(め/+に)は(戻)
校訂113 なめる--なり(り/$め)る(戻)
校訂114 加へ--*(/+く)は(は/$ら)へ(戻)
校訂115 対の上--たいのうへに(に/$)(戻)
校訂116 聞こえ馴れ--きこえは(は/$)なれ(戻)
校訂117 ばかり--(/+はかり)(戻)
校訂118 御さま--おほさ(さ/$)むさむ(さむ/$)さま(戻)
校訂119 おどろかる--おとろい(い/$)かる(戻)
校訂120 香り--かは(は/$を)り(戻)
校訂121 さすれど--さすれは(は/$と)(戻)
校訂122 身--事(事/$身)(戻)
校訂123 言ふ--ゆ(ゆ/$い)ふ(戻)
校訂124 夏--なれ(れ/$つ)(戻)
校訂125 二つ、唐の地--ふた??(??/#つから)のち(ち/=らイ)(戻)
校訂126 など、目--なとの(の/$め)(戻)
校訂127 用意--(/+ようい)(戻)
校訂128 鶴の毛衣に思ひまがへらる。御遊び--(/+つるのけ衣に思まかへらる御あそひ)(戻)
校訂129 ましか--ましかは(は/$)(戻)
校訂130 何ごとにつけてか--なにことも(も/$に)つけても(も/$か)(戻)
校訂131 させ--きか(きか/$さ)せ(戻)
校訂132 など--なとの(の/$)(戻)
校訂133 賜ふ--た(た/$)たまふ(戻)
校訂134 こちたき--こ△△(△△/#ちた)き(戻)
校訂135 ことどもは--ことゝも(も/+は)(戻)
校訂136 はべらぬや--はへらぬや△(△/#)(戻)
校訂137 渡り参り--つかうまつらせ(つかうまつらせ/$わたりまいり)(戻)
校訂138 賜ふ--(/+たまふ)(戻)
校訂139 君の--き(き/+み)の(戻)
校訂140 京へ--京(京/+へ)(戻)
校訂141 泣けば--なき(き/$け)は(戻)
校訂142 泣き--なけ(け/$)き(戻)
校訂143 人びと--み(み/$人/\)(戻)
校訂144 思ひ消ち--おもひて(て/$)けち(戻)
校訂145 振る舞ふと--ふるまふは(は/$と)(戻)
校訂146 あてなるさまして、目艶やかに--(/+あてなるさましてめつやゝかに)(戻)
校訂147 思ひて--思ひ(ひ/+て)(戻)
校訂148 ゐたり--ゐたりし(し/$)(戻)
校訂149 御迎湯に--御むかへゆ(ゆ/+に)(戻)
校訂150 うちうちの--うち/\の△(△/#)(戻)
校訂151 さる--さ(/$)さる(戻)
校訂152 つたなき--つた△(△/#)なき(戻)
校訂153 俗--そゝ(ゝ/$く)(戻)
校訂154 信ずべき--しんの心を(の心を/$)すへき(戻)
校訂155 思うたまへ--おもむき(むき/$ふ)たまへ(戻)
校訂156 果たし--はた(た/+し)(戻)
校訂157 娑婆--さはり(り/$)(戻)
校訂158 沈の--ちむ(む/+の)(戻)
校訂159 はるけき--は(は/+る)けき(戻)
校訂160 下りし--くたりしける(ける/$)(戻)
校訂161 思へり--おもふ(ふ/$へ)り(戻)
校訂162 だに--(/+た)に(戻)
校訂163 御方は--御かた(た/+は)(戻)
校訂164 よその人--よ(よ/+そ)の人(戻)
校訂165 似ぬ--(/+似)ぬ(戻)
校訂166 かくて--かくし(し/$)て(戻)
校訂167 出でつつ、聞こえさせたまふめる。院も、ことのついでに--いてに(に/$つゝ聞えさせ給める院もことのつゐてに)(戻)
校訂168 かね言なれど--*かねこと(戻)
校訂169 御心づかひ--御(御/+心)つかひ(戻)
校訂170 心苦しがり--心くるし(し/+かり)(戻)
校訂171 せさせたまへ--せさり(り/$せ)給へ(戻)
校訂172 漏らさせ--もら(ら/+さ)せ(戻)
校訂173 ものづつみし--ものつゝま(ま/$み)し(戻)
校訂174 こなたに渡りてこそ見たてまつりたま--(/+こなたにわたりてこそ見たてまつりたま)(戻)
校訂175 さかしがり--さかしら(ら/$)かり(戻)
校訂176 めりかし--めりし(し/$かし)(戻)
校訂177 捨てて--す(す/$)すてゝ(戻)
校訂178 ななりな--なくも(くも/$なり)な(戻)
校訂179 思ひて--思ひ(ひ/+て)(戻)
校訂180 泣きたまふ。寄りたまひて--なけ(け/$)き給て(て/$より給て)(戻)
校訂181 大臣は--おとゝを(を/$は)(戻)
校訂182 たまひける--給ひに(に/$)ける(戻)
校訂183 いふべきには--いふへきにも(も/$は)(戻)
校訂184 我ながら--われも(も/$)なから(戻)
校訂185 知らせ--しらせむ(む/$)(戻)
校訂186 一言--(/+ひと)こと(戻)
校訂187 ねむごろに--(/+ねむ)ころに(戻)
校訂188 けれと--けれれ(れ<後出>/$)と(戻)
校訂189 かどかどしく--かと/\しき(き/$く)(戻)
校訂190 思はむには--おも(も/+は)むには(戻)
校訂191 忍びやかに--しのひ(ひ/+や)かに(戻)
校訂192 儀式--きぬ(ぬ/$)しき(戻)
校訂193 さればめる--されさり(さり/#は)める(戻)
校訂194 つかず--つかぬ(ぬ/$す)(戻)
校訂195 院に--院(院/+に)(戻)
校訂196 御けはひには--御けはひ(ひ/+に)は(戻)
校訂197 大殿の君--も(も/$おとゝ)のきみ(戻)
校訂198 つれづれに--つれ/\に△(△/#)(戻)
校訂199 小弓--ふ(ふ/$こ)ゆき(き/$)み(戻)
校訂200 べかりけり--へかりける(る/=り)(戻)
校訂201 町に--ま(ま/+ち)に(戻)
校訂202 鞠--ま△(△/#)り(戻)
校訂203 たまふ--給て(て/$)(戻)
校訂204 所から--*心から(戻)
校訂205 間にあたれる桜の蔭に寄りて、人々、花の--(/+まにあたれるさくらのかけによりて人/\花の)(戻)
校訂206 に、花--はな(はな/$に花)(戻)
校訂207 雪の--ゆきのゆきの(ゆきの<後出>/$)(戻)
校訂208 しをれたる--しほ△れ(△れ/$れたる)(戻)
校訂209 追ひ続きて--をひき(き/$)つゝきて(戻)
校訂210 薄き--うすきに(に/$)(戻)
校訂211 ささやか--さく(さく/$さゝ)やか(戻)
校訂212 ことや--ことも(も/$)や(戻)
校訂213 昔--むかし△(△/#)(戻)
校訂214 まかで--まかり(り/$)て(戻)
校訂215 まほし--ま(ま/+ほ)し(戻)
校訂216 といらへて--(/+と)いらへて(戻)
校訂217 ならず--ならぬ(ぬ/$す)(戻)
校訂218 あれど--あは(は/$)れと(戻)
校訂219 軽々しきに--かる/\しき(き/+に)(戻)
校訂220 ともかく--とかく(とかく/$ともかくも)(戻)
校訂221 侍従は一日--(/+侍従は一日)(戻)
校訂222 知らねば--しらぬ(ぬ/$ね)は(戻)
校訂223 なげに--なけれ(れ/$)に(戻)
校訂224 ことの--(/+こと)の(戻)
校訂225 めざましう--めさましく(く/$う)(戻)

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