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渋谷栄一翻字(C)

  

若菜上

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「わかな上」(題箋)

  朱雀院の御門・ありしみゆきの後其比
0001【朱雀院の御門】−承平御門になすらふへし
0002【みゆき】−藤裏巻
  ほひよりれいならすなやミわたらせ給・もと
  よりあつしくおハしますうちに・このたひハ物
  心ほそくおほしめされて・としころをこなひ
  のほいふかきを・きさいの宮おハしましつる
  程ハ・よろつはゝかりきこえさせ給て・いまゝて
  おほしとゝこほりつるを・猶そのかたにも
  よ越すにやあらむ・世にひさしかるましき
  心ちなんするなとのたまはせて・さるへき御
  心まうけともせさせ給ふ・御こたちは春宮」1オ

  をゝきたてまつりて・女宮たちなん四と
0003【女宮たちなん四ところ】−女一宮落葉宮女四宮是也
  ころおハしましける・その中にふち(ち#ち<朱>)つほと
0004【ふちつほときこえし】−延喜御時承香殿女御正三位源和子ハ光孝天皇の源氏也女御の御腹に慶子韶子斉子内親王三人ありいま女三宮ハ是になすらふるにや
  きこえしハ・先帝の源氏にそおハしましける・
  また坊ときこえさせし時・まいり給てたか
  きくらゐにもさたまり給へかりし人の・
  とりたてたる御うしろミもおハせす・はゝ
  かたもそのすちとなく・物はかなきかうい
  ハらにてものし給けれは・御ましらひの程
  も心ほそけにて・おほきさいの内侍督を・
  まいらせたてまつり給て・かたハらにならふ」1ウ

  人なく・もてなしきこえなとせし程に・けおされ
  て・みる(る$か<朱>)とも御心の中にいとおしき物にハ
  思きこえさせ給なから・おりさせ給にしかハかひ
0005【おりさせ給に】−朱雀院の脱履ハ身尽の巻にあり
  なくくちおしくて・世の中をうらみたるやう
  にて・うせ給にし・その御はらの女三宮を・あまた
  の御中にすくれてかなしき物に思かしつき
  きこえ給・その程御とし十三四ハかりおはす・
  いまハとそむきすて山こもりしなん後の
  世にたちとまりて・たれをたのむかけにて物
0006【たのむかけ】−\<朱合点> わひ人のわきて(古今292・遍昭集30、河海抄・休聞抄・孟津抄)
  し給ハんとすらむと・たゝこの御事をうしろ」2オ

  めたくおほしなけく(く+に・)にし山なる御寺つくり
0007【にし山なる御寺】−仁和寺をいふなり光孝天皇御願寺也又宇多天皇御出家のゝち延喜元年十二月ニ御室仁和寺にたてらる同四年円堂をつくらる又承平御門天暦六年三月御出家ありて四月仁和寺に遷御あり
  ハてゝ・うつろはせ給ハん程の御いそきをせさせ
  給にそへて・又この宮の御もきの事をおほし
  いそかせ給・院のうちにやんことなくおほす御
  たから物御てうとゝもをハ・さらにもいはすハか
  なき御あそひ物まて・すこしゆへあるかき
  りをハたゝこの御方にとりわたしたてまつ
  らせ給て・そのつき/\をなむ・ことみこたち
0008【そのつき/\を】−宇多御門御出家後朱雀院と申承平四年朱雀院御処分の事あり
  にハ・御そふふんともありける・春宮はかゝる御
0009【御なやミ】−朱雀
  なやミにそへて・世越そむかせ給へき御心つかひ」2ウ

  になと・きかせ給てわたらせ給へり・はゝ女御も
0010【はゝ女御】−承香殿
  そひきこえさせ給てまいり給へり・すくれ
  たる御おほえにしもあらさりしかと・宮の
  かくておハします御すくせの・かきりなくめ
  てたけれハ・とし比の御物かたりこまやかに
  きこえさせ給けり・宮にもよろつの事
  世をたもち給ハん御心つかひなときこえし
  らせ給・御うしろミともゝこなたかなた・か
  ろ/\しからぬなからひにものし給へハ・いと
  うしろやすく思きこえさせ給・この世にうらミ」3オ
0011【この世に】−朱雀院の御詞

  のこる事も侍らす・女宮たちのあまた
  のこりとゝまる行さきをおもひやるなん・
  さらぬ別にもほたしなりぬへかりける・さき
0012【さらぬ別にも】−\<朱合点>
0013【ほたし】−\<朱合点>
  さき人のうへにみきゝしにも・女ハ心よりほか
  にあは/\しく人におとしめらるゝすくせ
  あるなん・いとくちおしくかなしき・いつれ
  をも思やうならん御世にハ・さま/\につけて・御
  心とゝめておほしたつねよ・その中にうし
0014【おほしたつねよ】−東宮ニ教申
  ろミなとあるハさるかたにも思ゆつ(つ$つ)り侍り・
  三宮なむいはけなきよはひにて・たゝ」3ウ

  ひとりをたのもしき物とならひて・うち
  すてゝむ後の世にたゝよひさすらへむこと・
  いと/\うしろめたく・かなしく侍と・御目
  おしのこひつゝきこえしらせさせ給・女御にも
0015【女御】−承
  心うつくしきさまにきこえつけさせ給・されと
0016【心うつくし】−慈悲 それをのミたのミ給ふ御心むけなり
0017【されと】−院の御心申
  女御の人よりハまさりてときめき給ひしに・
0018【女御】−源氏宮
  みないとみかハし給しほと・御なからひとも・え
  うるハしからさりしかハ・そのなこりにてけにいま
  ハ・わさとにくしなとハなくとも・まことに心
  とゝめて思うしろミむとまてハ・おほさす」4オ

  もやとそおしはからるゝかし・あさ夕に
0019【あさ夕に】−作者詞
  この御ことをおほしなけく・としくれ行
  まゝに御なやミまことにをもくなりまさら
  せ給て・みすのとにもいてさせ給ハす・御もの
  のけにて時々なやませ給こともありつれと・
  いとかくうちはへ・をやミなきさまにハおハし
  まさゝりつるを・このたひハ猶かきりなり
  とおほしめしたり・御くらいをさらせ給つれと・
  猶その世にたのミそめたてまつり給へる人々ハ・
  いまもなつかしくめてたき御ありさまを心」4ウ

  やり所にまいりつかうまつり給かきりハ・心越
  つくしておしミきこえ給ふ・六条院よりも御
  とふらひしは/\・あり身つからもまいり給へき
  よしきこしめして・院ハいといたくよろこひ
  きこえさせ給・中納言の君まいり給へるを・み
0020【中納言の君】−夕霧
  すのうちにめしいれて御物かたりこまやか
  なり・故院のうへのいまはのきさミにあま
0021【故院のうへ】−朱雀院御詞 桐壺御門事
  たの御ゆひこんありし中に・この院の御こと・
0022【この院】−源氏事
  いまのうちの御事なん・とりわきての給
0023【いまのうち】−冷泉院
  をきしを・おほやけとなりて・ことかきりあり」5オ
0024【おほやけとなりて】−朱雀

  けれハ・うち/\の御心よせハかはらすなから・はか
0025【はかなきこと】−朧月夜の事
  なきことのあやまりに心をかれたてまつる事
0026【あやまりに】−須磨
  もありけんと思ふを・としころことにふれて
  そのうらみのこし給へるけしきをなん
  もらし給ハぬ・さかしき人といへと・身のうへ
  になりぬれハ・ことたかひて心うこき・かなら
  すそのむくひみえ・ゆかめる事なんいにしへ
  たにおほかりける・いかならんおりにか・その御心
  はへほころふへからむと・世人もおもむけうた
  かひけるを・つゐにしのひすくし給て・春宮」5ウ

  なとにも心越よせきこえ給・いまはた又なく・
  したしかるへき・中となりむつひかハし給
0027【したしかるへき】−明石姫君東宮の女御になり給ふ事也
  へるも・かきりなく心にハ思ひなから・本上のを
  ろかなるにそへて・このみちのやミにたち
0028【このみちのやミに】−\<朱合点> 人のおやの心ハ(後撰1102・古今六帖1412・兼輔集127・大和物語61、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ましり・かたくななるさまにやとて・中/\
  よその事にきこえはなちたるさまにて
  はつ(つ$へ)る内の御事ハかの御ゆいこんたかへす・
0029【かの御ゆいこん】−桐ー
  つかうまつりをきてしかハかくすゑの世の
0030【すゑの世のあきらけき君】−冷泉院をハ天暦御門になすらへ奉る也
  あきらけき君として・きしかたの御おもて
  おも・おこし給ふほいのこと・いとうれしくなん」6オ

  この秋の行幸の後・いにしへの事とりそへ
0031【この秋】−十月秋といへる紅葉を賞する故也又ハ春秋のき也
  てゆかしくおほつかなくなんおほえ給・たい
  めんにきこゆへき事ともはへり・かならすミつ
  からとふらひものし給へきよし・もよ越し
  申給へなと・うちしほたれつゝのたまはす・
  中納言の君・すき侍にけんかたハ・ともかくも
0032【すき侍に】−過也
  おもふたまへわきかたくはへり・としまかり
0033【としまかり】−夕霧返答
  いり侍ておほやけにも・つかうまつり侍
  あひた・世中のこと越みたまへまかりあ
  りく程にハ・大小のことにつけても・うち/\」6ウ

  のさるへき物かたりなとのついてにも・いに
  しへのうれハしきことありてなんなと・うち
  かすめ申さるゝおりハ侍らすなん・かくおほや
  けの御うしろミを・つかうまつりさして・しつ
  かなる思をかなへむと・ひとへにこもりゐし
0034【ひとへに】−偏
  後ハ・なに事をもしらぬやうにて・故院の
0035【故院】−桐
  御ゆいこんのことも・えつかうまつらす・御くら
  ゐにおハしましゝ世にハ・よはひの程も身
  のうつは物もをよハす・かしこき・かミの人々
  おほくて・その心さしをとけて御らむせら」7オ

  るゝ事もなかりき・いまかくまつりこと越
  さりて・しつかにおハしますころほひ・心の
  うちをもへたてなくまいりうけたまハらま
  ほしきを・さすかになにとなく所せき身の
  よそほひにて・をのつから月日越すくす事
  となん・おり/\なけき申給なと・そうし給・
  二十にもまたわつかなる程なれと・いとよく
0036【二十にもまたわつかなる程なれと】−夕霧ありさま御らんして院の思召とりし事
  とゝのひすくして・かたちもさかりににほひ
  て・いみしくきよらなる越・御めにとゝめてうち
  まもらせ給つゝ・このもてわつらはせ給・ひめ」7ウ
0037【ひめ宮】−女三

  宮の御うしろミに・これをやなと人しれす
  おほしよりけり・おほきおとゝのわたりに・いま
0038【おほきおとゝ】−朱雀院# 致仕
  ハ・すみつかれにたりとな・とし比心えぬさま
  にきゝしる・いとおしかりしを・みゝやすき
  物から・さすかにねたく思ことこそあれと・の
  たまはする御けしきをいかにのたまは
0039【いかにのたまはするにと】−夕霧心中
  するにと・あやしく思めくらすに・このひめ
  宮をかくおほしあつかひて・さるへき人あ
  らハ・あつけて心やすく世をも思はなれはや
  となん・おほしのたまはすると・をのつから」8オ

  もりきゝ給・たよりありけれハ・さやうの
  すちにやとハ思ぬれと・ふと心えかほにも・
  なにかハいらへきこえさせん・たゝはか/\しく
0040【たゝはか/\しく】−これよりハ夕霧御返答
  も侍らぬ身にハ・よるへもさふらひかたくの
  ミなんとハかり・そうしてやミぬ・女房なと
  ハ・のそきてみきこえて・いとありかたく
  も・みえ給かたちよういかな・あなめてたなと・
  あつまりてきこゆるを・おいしらへるハいて
  さりとも・かの院のかハかりにおはせし御
0041【かの院】−源氏御事
  ありさまにハ・えなすらひきこえ給はさ」8ウ

  めり・いとめもあやにこそ・きよらにものし
  給しかなと・いひしろふをきこしめして・
0042【きこしめして】−朱雀院
  まことにかれハ・いとさまことなりし人そかし・
0043【かれハ】−源氏御事夕霧事取ませてありよく見わくへし
  いまハ又その世にも・ねひまさりて・ひかる
  とハ・これをいふへきにやとみゆるにほひ
  なん・いとゝ・くハゝりにたる・うるハしたちて・
  はか/\しきかたにみれハ・いつくしくあ
  さやかに・めもをよハぬこゝちするを・又うち
  とけてたはふれことをも・いひみたれあそへハ・
  そのかたにつけてハ・にる物なく・あい行つき」9オ

  なつかしく・うつくしきことのならひなき
  こそ・世にありかたけれ・なに事にもさき
  の世・おしはかられて・めつらかなる人のあり
  さまなり・宮のうちにおひいてゝ・ていわう
  のかきりなく・かなしき物にしたまひ・さハ
  かりなてかしつき・みにかへておほしたりし
  かと・心のまゝにもおこらす・ひけして・廿か内
0044【廿か内には】−源十九宰相廿一大将
  にハ・納言にもならすなりにきかし・ひとつ
  あまりてや宰相にて・大将かけ給へりけん・
0045【宰相にて大将かけ】−参議時任例後二条関白師<モロ>通非参議人任例氏宗公
  それにこれハいとこよなく・すゝみにためる」9ウ
0046【これはいとこよなくすゝみ】−夕霧ハ十九歳ニテ中納言ニ任セル事ヲいへり

  は・つき/\のこのよのおほえのまさるな
  めりかし・まことにかしこきかたのさえ・心もち
  ゐなとハ・これもおさ/\おとるましく・
  あやまりてもおよすけまさりたるおほえ・
  いとことなめりなと・めてさせ給・ひめ宮のいと
  うつくしけにてわかくなに心なき御あり
  さまなるをみたてまつり給にも・見はやし
  たてまつり・かつハ又かたをひならむ事をハ・
  みかくしをしへきこえつへからむ・人のうし
  ろやすからむに・あつけきこえはやなと」10オ

  きこえ給・おとなしき御めのとゝもめしいてゝ・
  御もきの程の事なとのたまハするついてに・
  六条のおとゝの・式部卿のみこのむすめ・おほし
0047【式部卿のみこのむすめ】−紫上事
  たてけんやうに・この宮をあつかりてはくゝまん
  人もかな・たゝ人の中にハありかたし・内にハ
  中宮さふらひ給・つき/\の女御たちとても
0048【中宮】−秋
  いとやんことなきかきり物せらるゝに・はか/\
  しきうしろミなくてさやうのましらひ
  いと中/\ならむ・この権中納言の朝臣の
0049【権中納言の朝臣】−夕
  ひとりありつる程に・うちかすめてこそ心みる」10ウ

  へかりけれ・わかけれといときやうさくに・おい
  さきたのもしけなる人にこそあめるをとの
  給はす・中納言ハもとよりいとまめ人にて・
  とし比もかのわたりに心をかけて・ほかさまに
0050【かのわたり】−雲居雁の事
  思うつろふへくも侍らさりけるに・そのおもひ
  かなひてハ・いとゝゆるくかた侍らし・かの院
0051【かの院】−源氏御事
  こそ中/\猶いかなるにつけても・人をゆか
  しくおほしたる心ハたえす物越(越#)せさせ給ふ
  なれ・その中にもやむことなき御ねかひふか
  くて・前斎院なとをもいまにわすれかたく」11オ
0052【前斎院】−槿

  こそきこえ給なれと申す・いてそのふり
0053【いてその】−朱ー詞
  せぬあたけこそハ・いとうしろめたけれとハ
  の給すれと・けにあまたの中にかゝつらひて・
  めさましかるへきおもひはありとも・猶やかて
  おやさまにさためたるにて・さもやゆつりをき・
  きこえましなともおほしめすへし・まことに
  すこしもよつきてあらせむと思はん女こも
0054【女】−ヲン
  たらハ・おなしくハかの人のあたりにこそはふ
0055【ふれはハせ】−触
  れはハせまほしけれ・いくはくならぬこの
  世のあひたハさハかり心ゆくありさまにて」11ウ

  こそすくさまほしけれ・われ女ならハおなし
  はらからなりとも・かならすむつひより
  なまし・わかゝりし時なとさなんおほえし・
  まして女のあさむかれんハ・いとことハりそや
0056【あさむかれん】−哢
  との給はせて・御心の中にかむの君の御事
0057【かむの君】−朧
  もおほしいてらるへし・この御うしろミとも
0058【この御うしろみ】−女三
  の中にをも/\しき御めのとのせうと・左中弁
0059【左中弁】−六条院の院司かねたるをいふにや
  なるかの院のしたしき人にてとしころつ
0060【かの院】−六
  かうまつるありけりこの宮にも心よせこと
0061【この宮】−朱雀院#
  にてさふらへハまいりたるにあひて物かたり」12オ

  するついてに・うへなむしか/\御けしきあり
0062【うへなむ】−朱ー
  て・きこえ給しを・かの院におりあらハ・もらし
0063【かの院に】−六
  きこえさせ給へ・みこたちハ・ひとりおハし
  ますこそハれいの事なれと・さま/\につ
  けて心よせたてまつり・なに事につけて
  も御うしろミし給人あるハ・たのもしけなり・
  うへをゝきたてまつりて・又ま心におもひき
0064【うへを】−朱
  こえ給へき人もなけれハ・おのらハつかう
0065【おのらハ】−左中弁詞
  まつるとても・なにハかりの宮つかへにかあらむ・
  我心ひとつにしもあらて・をのつからおもひの」12ウ

  ほかの事も・おハしまし・かる/\しきき
  こえもあらむ時にハ・いかさまにかハ・わつらハ
  しからむ・御らんする世にともかくも・この御こと
0066【この御こと】−女三
  さたまりたらハ・つかうまつりよくなんあるへき・
  かしこきすちときこゆれと・女ハいとすくせ
  さためかたくおハします物なれハ・よろつに
  なけかしく・かくあまたの御中に・とりわき
  きこえさせ給につけても・人のそねミあへか
  めるを・いかてちりもすゑたてまつらしとか
0067【ちりもすゑたてまつらし】−\<朱合点> ちりをたにすへし(古今167・古今六帖3625・和漢朗詠299・躬恒集273、異本紫明抄・紫明抄・休聞抄・紹巴抄・花屋抄) 塵斗も人にあしく思ハせたてまつらしの心也又けかされぬ心也
  たらふに・弁いかなるへき御事にか・あらむ・院」13オ
0068【院】−六

  はあやしきまて・御心なかくかりにても
  みそめ給へる人ハ・御心とまりたるをも・又さし
  もふかゝらさりけるをも・かた/\につけてた
  つねとり給つゝ・あまたつとへきこえ給へれと・
  やんことなくおほしたるハ・かきりありてひと
0069【ひとかた】−紫上事
  かたなめれは・それにことよりてかひなけなる
  すまひし給ふ・かた/\こと(こと#こそ<朱>)ハおほかめるを・御
  すくせありて・もしさやうにおハしますやう
  もあらハ・いみしき人ときこゆとも・たち
  ならひておしたち給事は・えあらしとこそ」13ウ
0070【おしたち】−圧

  はおしはからるれと・猶いかゝとハゝからるゝ
  ことありてなんおほゆるさるハこの世のさ
  かえすゑの世にすきて・身に心もとなき
  ことハなきを・女のすちにてなん・人のもとき
  をもおひ・我心にもあかぬ事もあるとなん・
  つねにうち/\のすさひことにも・おほしの給
  はすなる・けにをのれらかみたてまつる
0071【をのれらか】−左中弁
  にもさなんおハします・かた/\につけて御影
  にかくし給へる人・みなその人ならすたち
  くたれるきハにハものし給はねと・かきりある」14オ

  たゝ人ともにて・院の御ありさまにならふ
0072【院の】−六
  へきおほえくしたるやハおハすめる・それに
  おなしくハ・けにさもおハしまさハ・いかにたく
  ひたる御あハひならむと・かたらふを・めのと
0073【めのと】−女三
  又ことのついてに・しか/\なん・なにかしのあ
0074【しか/\なん】−左中弁
  そむに・ほのめかし侍しかハ・かの院にハ・かならす
0075【かの院】−六
  うけひき申させ給てむ・とし比の御ほいか
  なひておほしぬへきことなるを・こなたの
  御ゆるしまことにありぬへくハ・つたへきこ
  えんとなん申侍しを・いかなるへきことにか」14ウ

  は侍らむ・程/\につけて人のきハ/\お
  ほしわきまへつゝ・ありかたき御心さまに物
  し給なれと・たゝ人たに・又かゝつらひおもふ人たち
  ならひたることハ・人のあかぬことにしはへ
  める越・めさましき事もや侍らむ・御うし
  ろミのそミ給人々はあまたものし給めり・よく
  おほしさためてこそ・よく侍らめ・かきりなき
  人ときこゆれと・いまの世のやうとてハ・みな
  ほからかにあるへかしくて・世の中を御心とす
0076【ほからかに】−調達
  くし給つへきも・おハしますへかめる越・」15オ

  ひめ宮ハあさましくおほつかなく・心もと
  なくのミみえさせ給に・さふらふ人々ハつかう
  まつるかきりこそ侍らめ・おほかたの御心を
  きてにしたかひきこえて・さかしき・しも
  人もなひきさふらふこそたよりあることに
  侍らめ・とりたてたる御うしろミものし給ハ
  さらむハ・猶心ほそきわさになん侍へきとき
  こゆ・しかおもひたとるによりなん・みこたち
  のよつきたるありさまハ・うたてあハ/\し
  きやうにもあり・又たかききハといへとも・」15ウ

  女ハおとこにみゆるにつけてこそ・くやし
  けなる事もめさましきおもひも・をのつから
  うちましるわさなめれと・かつハ心くるしく
  思ひみたるゝを・又さるへき人にたちをくれ
  て・たのむかけともに・わかれぬる後・心をたてゝ
  世中にすくさむ事も・むかしハ人の心
  たひらかにて・世にゆるさるましき程の事
  をハ・思をよはぬものとならひたりけん・いま
  の世にハすき/\しくみたりかハしきことも・
  るいにふれて・きこゆめりかし・昨日まて」16オ

  たかきおやのいへにあかめられかしつかれし人
  のむすめの・けふハな越/\しくくたれるき
  ハのすき物ともにな越たちあさむかれて
  なきおやのおもてをふせ・かけをはつかし
  むるたくひおほくきこゆる・いひもてゆ
  けハみなおなしことなり・程/\につけてす
  くせなといふなることハ・しりかたきわさなれ
  は・よろつにうしろめたくなん・すへてあし
  くもよくもさるへき人の心にゆるしをき
  たるまゝにて・世中をすくすハ・すくせ/\」16ウ

  にて後の世におとろへあるときも・身つから
0077【後の世】−末世
  のあやまちにハならす・ありへてこよなき・
0078【へて】−経
  さいはひあり・めやすきことになるおりハ・
  かくてもあしからさりけりとみゆれと・猶
  たちまちにふとうちきゝつけたる程は・
  おやにしられすさるへき人もゆるさぬに・心
  つからのしのひわさしいてたるなん・女の身
  にハますことなき・きすとおほゆるわさ
  なる・な越/\しきたゝ人のなからひにて
0079【たゝ人】−凡
  たに・あはつけく心つきなき事なり・」17オ

  身つからの心よりはなれて・あるへきにも
0080【身つからの心よりはなれて】−三界唯ー
  あらぬを・思ふ心よりほかに人にもみえ・すく
  せのほとさためられんなむ・いとかる/\しく
  身のもてなしあり・さま/\おしハからるゝ事
  なるを・あやしく物はかなき心さまにやと
0081【心さまにや】−女三
  みゆめる御さまなるを・これかれの心にまかせ
0082【これかれ】−乳母共
  てもてなしきこゆな(な+<朱>る<墨>)さやうなることの世に
0083【きこゆなる】−朱
  もりいてんこといとうき事なりなとみすて
  たてまつり給はん後の世をうしろめた(△&た)けに
0084【後の世】−朱
  思きこえさせ給へれハ・いよ/\わつらハしく」17ウ

  思あへり・いますこし物をも思ひしり給ほと
0085【思あへり】−乳母共
0086【いますこし】−朱詞
  まて見すくさんとこそハ・としころねんし
  つるをふかきほいもとけすなりぬへき心ち
  のするに・思もよ越されてなん・かの六条のおとゝ
0087【かの六条のおとゝ】−源
  はけにさりともものゝ心えて・うしろやす
  きかたハこよなかりなんを・かた/\にあまた
  ものせらるへき人々をしるへきにもあらすかし・
  とてもかくても人の心から也・のとかにおち
  ゐておほかたの世のためしともうしろや
  すきかたハならひなくものせらるゝ人なり・」18オ

  さらてよろしかるへき人たれハかりかは
  あらむ・兵部卿宮人からハめやすしかし
0088【兵部卿宮】−蛍
  おなしきすちにてことひとゝわきまへ
  おとしむへきにハあらねと・あまりいたくな
  よひよしめく程に・をもきかたをくれて・す
  こしかろひたるおほえやすゝみにたらむ・
  猶さる人ハいとたのもしけなくなんある・又
  大納言の朝臣のいへつかさ・のそむなるさる
0089【大納言の朝臣】−無系図
  かたにものまめやかなるへき事にハあなれと・
  さすかにいかにそや・さやうにおしなへたるきハゝ」18ウ
0090【いかにそや】−如何

  猶めさましくなんあるへき・むかしもかうやうなる
  えらひにハ・なに事も人にことなるおほえあるに
  ことよりてこそありけれ・たゝひとへに又なく・
  もちゐんかたハかりを・かしこきことに思さた
  めん(ん+ハ<朱>)いとあかすくちおしかるへきわさになん・右
0091【右衛門督】−柏木事
  衛門督のしたにわふなるよし内侍督の物
  せられし・その人ハかりなんくらゐなといますこし
  物めかしき程になりなハ・なとかハとも・思より
  ぬへきをまたとしいとわかくてむけにかろ
  ひたるほと也・たかき心さしふかくてやもめにて」19オ

  すくしつゝ・いたくしつまり思あかれるけ
  しき・人にハぬけてさえなとも・こともなくつゐ
  にハ世のかためとなるへき人なれは・行すゑも
  たのもしけれと・猶又このためにと思はてむ
  にハかきりそあるやと・よろつにおほしわつ
0092【かきりそあるや】−爰マテ朱ー詞
  らひたり・かうやうにもおほしよらぬあね宮たち
  をハ・かけてもきこえなやまし給人もなし・
  あやしくうち/\にのたまはする御さゝめき
  事ともの・をのつからひろこりて心越つくす
  人々おほかりけり・おほきおとゝも・この衛門督」19ウ
0093【おほきおとゝ】−致仕詞

  のいまゝてひとりのミありてみこたちならすハ・
  えしとおもへるをかゝる御さためともいてきたなる
  をりに・さやうにもおもむけたてまつりてめし
  よせられたらむ時・いかハかり我ためにもめん
  ほくありてうれしからむとおほしの給て・
  内侍のかんの君にハかのあね北方してつたへ
0094【あね北方】−姉 四君
  申給なりけり・よろつかきりなきことの葉を
  つくしてそうせさせ御けしきたまハらせ給・兵部
0095【兵部卿宮】−蛍
  卿宮ハ左大将の北の方をきこえはつし給て
0096【左大将の北の方】−玉
  きゝ給らん所もありかたほならむことハとえり」20オ

  すくし給にいかゝハ御心うこかさらむかきりなく
0097【うこかさらむ】−立
  おほしいられたり・藤大納言ハとしころ院
  の別当にて・したしくつかうまつりてさふ
  らひなれにたるを・御山こもりし給なん・のちより
  所なく心ほそかるへきにこの宮の御うしろミ
0098【この宮】−女三
  に事よせて・かへり見させ給へく御けしきせち
  に給ハりたまふなるへし・権中納言もかゝる
0099【権中納言】−夕
  事とも越きゝ給ふに・人つてにもあらすさハ
  かりおもむけさせたまへりし御けしきを・見
  たてまつりてしかハ・をのつからたよりにつけて」20ウ

  もらしきこしめさるゝ事もあらハよもゝ
  てはなれてハあらしかしと・心ときめきもし
  つへけれと・女君のいまハとうちとけてたのミ
0100【女君】−雲井
  給へるを・としころつらきにもことつけつへ
0101【ことつけ】−カコツケ
  かりし程たに・ほかさまの心もなくて・すくし
  てしをあやにくに・いまさらにたちかへりに
  わかに物をや思はせきこえん・なのめならす
  やむことなきかたに・かゝつらひなハ・なに事も
  思まゝならて・ひたりみきにやすからすハ
  我身もくるしくこそハあらめなと・もとより」21オ

  すき/\しからぬ心なれは・思しつめつゝうち
  いてねと・さすかにほかさまにさたまりハて
  給ハんも・いかにそやおほえて・みゝハとまりけり・
0102【みゝはとまりけり】−耳ニトマル
  春宮にもかゝる事ともきこしめして・さし
  あたりたるたゝいまのことよりも・後の世
  のためしともなるへき事なり・人から
  よろしとてもたゝ人ハかきりあるを・猶しか
  おほしたつことならハ・かの六条院にこそ・おや
  さまにゆつりきこえさせ給ハめとなん・わさとの
  御せうそことハあらねと御けしきありける」21ウ

  を・まちきかせ給てもけにさること也・いとよく
0103【まちきかせ給て】−朱
  おほしのたまハせたりと・いよ/\御心たゝせ給て・
0104【御心たゝせ給て】−思立
  まつかの弁してそ・かつ/\あないつたへきこえさ
  せ給ける・この宮の御事かくおほしわつらふ
0105【この宮の御事】−源氏御詞御心中
  さまハ・さき/\もみなきゝをき給へれハ・心くるし
  きことにもあなるかな・さハありとも院の御
  世のゝこりすくなしとて・こゝにハ又いくはく
  たちをくれたてまつるへしとてか・その御うし
  ろミの事をハうけとりきこえん・けにしたいを
  あやまたぬにて・いましハしの程ものこりとま」22オ

  るかきりあらハ・おほかたにつけてハ・いつれの
  御子たちをも・よそにきゝはなちたてまつる
  へきにもあらねと・又かくとりわきて・きゝをき
  たてまつりてんをハ・ことにこそハうしろミきこ
  えめとおもふを・それたにいとふちやうなる世
  のさためなさなりやとの給て・ましてひと
  つ(つ$<朱>)に・たのまれたてまつるへきすちにむつひ
  なれきこえんことハ・いと中/\にうちつゝき
  世越さらむきさミ心くるしく・みつからの
  ためにもあさからぬほたしになんあるへき・中」22ウ
0106【中納言】−夕

  納言なとハ年わかくかろ/\しきやうなれと・
  行さきと越くて人からもつゐにおほやけの
  御うしろミともなりぬへき・おいさきなんめれハ・
  さもおほしよらむに・なとかこよなからむされと
  いといたくまめたちて・思ふ人さたまりにてそ
  あめれハ・それにハゝからせたまふにやあらむなと
  の給て・身つからハおほしはなれたるさまなるを・
  弁ハおほろけの御さためにもあらぬを・かくの
0107【おほろけの】−弁詞
  給へは・いとおしくくちおしくも思て・うち/\
  におほしたちにたるさまなと・くハしくき」23オ

  こゆれハ・さすかにうちえミつゝいとかなしく
0108【いとかなしく】−源氏御詞
  したてまつり給みこなめれは・あなかちにかく
  きしかた行さきのたとりもふかきなめり
  かしな・たゝうちにこそたてまつり給ハめ・やん
  ことなきまつの人々・おはすといふことハよし
0109【まつの人々】−早参宮仕
  なき事なり・それにさハるへき事にもあら
  す・かならすさりとてすゑの人をろかなる
  やうもなし・こ院の御時におほきさきの・はう
  のはしめの女御にて・いきまき給しかと・
0110【いきまき】−怒姿也
  むけのすゑにまいり給へりし・入道の宮に」23ウ
0111【入道の宮】−薄雲

  しハしハおされ給にきかし・このみこの御はゝ女
  御こそハ・かの宮の御はらからにものしたまひ
  けめ・かたちもさしつきにハいとよしといはれ
  給し人なりしかハ・いつかたにつけても・このひ
  め宮をしなへてのきはにハよもおはせしを
  なと・いふかしくハ思きこえ給へしとしもくれぬ・
  朱雀院にハ御こゝち猶をこたるさまにもお
  ハしまさねハ・よろつあハたゝしくおほしたちて・
  御もきの事おほしいそくさまきしかた行
0112【御もき】−女三
  さきありかたけなるまて・いつくしくのゝしる・」24オ

  御しつらひハかへ殿のにしおもてに・御きちやう
0113【かへ殿】−柏 朱ー西対ニアリ
  よりハしめて・こゝのあやにしきをませさせ
  給はす・もろこしのきさきのかさりをおほし
  やりて・うるハしくこと/\しくかゝ(△&ゝ)やくハかり
  とゝのへさせ給へり・御こしゆひにハおほきおとゝ
0114【御こしゆひ】−康子内親王之小一条左大臣ニ例
0115【おほきおとゝ】−致仕
  をかねてよりきこえさせ給へりけれハこと/\
  しくおはする人にてまいりにくゝおほしけ
  れと院の御事をむかしよりそむき申給
  はねハまいり給・いまふた所の大臣たち・その
  のこり上達部なとは・わりなきさハりあるも」24オ

  あなかちにためらひ・たすけつゝまいり給・みこ
0116【みこたち】−宮
  たち八人・殿上人ハたさらにもいはす・内春宮
  の・のこらすまいりつとひて・いかめしき御
  いそきのひゝき也・院の御ことこのたひこそ・
0117【院】−朱
  とちめなれと・みかと・春宮を・ハしめたてまつ
0118【とちめ】−限
  りて・心くるしくきこしめしつゝ・蔵人所・
  おさめとのゝから物とも・おほくたてまつら
0119【から物】−宝
  せ給へり・六条院よりも人々のろく・そん者
0120【そん者】−尊 徳爵歯備一ー
  の大臣の御ひきいて物なと・かの院よりそ・
  たてまつらせ給ける・中宮よりも御さうそく・」25オ
0121【中宮】−秋

  くしのはこ心ことにてうせさせ給て・かのむかし
0122【むかしのみくしあけのく】−斎宮
  のみくしあけの・くゆへあるさまにあらた
  めくはへて・さすかにもとの心はえも・うしな
  ハす・それとみせて・その日の夕つかたたてまつ
  れさせ給・宮の権の佐・院の殿上にもさふらふ
0123【宮の権の佐】−無系ー
  を御使にて・ひめ宮の御方にまいらすへく・のた
0124【ひめ宮】−女三
  まはせつれと・かゝることそ中にありける
    さしなからむかしをいまにつたふれハたまの
0125【さしなから】−中宮より三宮へ
  をくしそ神さひにける院御らむしつけて
  あハれにおほしいてらるゝ事もありけり・」25ウ

  あえ物けしうもあらしとゆつりきこえ給
  へるほとけにおもたゝしきかむさしなれハ・御返
  もむかしのあはれをハさしをきて
    さしつきにみる物にもかよろつ世越つけ
0126【さしつきに】−朱雀院返し サス心
  のをくしの神さふるまてとそいはひきこえ
  給へる・御心ちいとくるしきをねんしつゝ・おほし
  おこして・この御いそきはてぬれハ・三日すくして・
  つゐに御くしおろし給・よろしき程の人の
0127【御くし】−朱ー
  うへにてたに・いまはとて・さまかハるハかなしけ
  なるわさなれは・ましていとあハれけに御かた/\も」26オ

  おほしまとふ・内侍のかんの君ハ・つとさふらひ
0128【内侍のかんの君】−朧
0129【つとさふらひ】−集
  給て・いミしくおほしいりたるを・こしらへかね
  給て・子を思ふ道ハかきりありけり・かく思し
  つミ給へる・別のたへかたくもあるかなとて・御心み
  たれぬへけれと・あなかちに御けうそくにかゝり
  給て・山の座主よりハしめて・御いむことのあさ
0130【山の座主】−朱ー例歟
  り三人・さふらひて・ほうふくなとたてまつる
  程・この世をわかれ給・御さほういみしくかなし・
  けふハ・世を思すましたる僧たちなとたに・涙も
  えとゝめねハ・まして女宮たち女御更衣」26ウ

  こゝらの男女・かミしも・ゆすりみちて・なき
0131【ゆすり】−動
  とよむに・いと心あハたゝしう・かゝらてしつ
  やかなる所に・やかてこもるへくおほしまう
  けゝる・ほいたかひておほしめさるゝも・たゝ
  このをさなき宮にひかされてとおほしのた
  まハす・内よりハしめたてまつりて・御とふらひ
  のしけさいとさらなり・六条院もすこし御
  心ちよろしくときゝたてまつらせ給てま
  いり給・御たうハりの御ふなとこそ・みなおなしこと
0132【御ふ】−勅旨田千町三千戸也
  おりゐのみかとゝ・ひとしく・さたまり給へれ」27オ
0133【おりゐのみかと】−仙洞

  と・まことの太上天皇の儀式にハ・うけハり給
  ハす・世のもてなし思きこえたるさまなとハ・心
  ことなれと・ことさらにそき給て・れいのこと/\
0134【こと/\しからぬ御車】−檳榔唐庇ナトハ後々ニ出来物也
  しからぬ御車にたてまつりて・上達部なと
  さるへきかきり車にてそ・つかうまつり給へる・
  院にハいみしくまちよろこひきこえさせ給
0135【院にハ】−朱雀院御事
  て・くるしき御心ちをおほしつよりて・御た
  いめんあり・うるハしきさまならすたゝおハし
  ますかたに・おましよそひくはへて・いれ
  たてまつり給へる・御ありさまみたてまつり」27ウ
0136【御ありさま】−源氏御心中

  給ふに・きしかた行さきくれてかなしく・とめ
  かたくおほさるれは・とみにもえためらひ給
  ハす・故院にをくれたてまつりしころほひより・
  世のつねなくおもふ給へられしかハ・このかたのほい
  ふかくすゝミ侍にしを・心よハくおもふたまへた
  ゆたふことのミ侍つゝ・つゐにかくみたてまつりなし
  侍まて・をくれたてまつり侍ぬる心のぬるさ
  を・はつかしく思たまへらるゝかな・身にとりて
  ハ・ことにもあるましくおもふ給へたち侍
  おり/\あるを・さらにいとしのひかたきことおほ」28オ

  かりぬへきわさにこそ侍けれと・なくさめかた
  くおほしたり・院も物心ほそくおほさるゝに・
0137【院】−朱雀院
  え心つよからす・うちしほたれ給ひつゝ・いにしへ
  いまの御物かたりいとよはけにきこえさせ
  給て・けふかあすかとおほえ侍つゝさすかに
0138【けふあすかと】−\<朱合点> 我世をハ(新古今1651・伊勢物語158・業平集28、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  程へぬるをうちたゆミて・ふかきほいのはし
  にてもとけすなりなん事と・思おこして
  なん・かくてものこりのよハひなくハ・をこなひ
  の心さしもかなふましけれと・まつかりにても
  のとめをきて・念仏をたにと(△&と)思ひ侍る・はか/\」28ウ
0139【のとめをきて】−ノトカ

  しからぬ身にても・世になからふることたゝこの
  心さしにひきとゝめられたると・おもふ給へしられ
  ぬにしもあらぬを・いままてつとめなき・を
  こたりをたにやすからすなんとて・おほしを
  きてたるさまなとくハしくの給はする
  つゐてに・女みこたちをあまたうちすて
  侍なん・心くるしき中にも又思ゆつる人なき
  をは・とりわきうしろめたくみわつらひ
  侍とて・まほにハあらぬ御けしき心くるしく
0140【御けしき】−源氏
  みたてまつり給・御心のうちにもさすかにゆ」29オ
0141【御心のうち】−源

  かしき御ありさまなれは・おほしすくしかた
  くて・けにたゝ人よりもかゝるすちにハ・わた
  くしさまの御うしろミなきハくちおしけ
  なるわさになん侍ける・春宮かくておハし
  ませハいとかしこきすゑの世のまうけの
0142【まうけの君】−儲弐
  君と・あめのしたのたのミ所にあふき・きこ
  えさするを・ましてこの事ときこえをかせ
  給ハんことハ・ひとことゝしておろそかにかろめ
  申給へきに侍らねハ・さらに行さきのことおほ
  しなやむへきにも侍らねと・けに事かきり」29ウ

  あれハおほやけとなり給よのまつりこと・御
  心にかなふへしとハいひなから・女の御ためになに
  ハかりのけさやかなる御心よせあるへきにも侍
  らさりけり・すへて女の御ためにハ・さま/\
  まことの御うしろミとすへき物ハ猶さるへき
  すちに契をかハし・えさらぬことにはくゝミ
  きこゆる・御まもりめ侍なん・うしろやすかるへ
  き事にはつるを・猶しひて後の世の御うたかひ
  のこるへくハ・よろしきにおほしえらひて・
  しのひてさるへき御あつかりを・さためをかせ」30オ

  給へきになむはへなるとそうし給・さやうに
0143【さやうに】−朱雀院御詞
  思よる事侍れと・それもかたき事になん
  ありける・いにしへのためしをきゝ侍にも・世を
0144【いにしへのためし】−忠仁
  たもつさかりのみこにたに人をえらひて・さる
  さまの事をし給へるたくひおほかりけり・まし
  てかくいまハとこの世をはなるゝきハにて・
  こと/\しく思へきにもあらねと・又しかすつる
  中にも・すてかたき事ありて・さま/\に思
  わつらひ侍ほとに・やまひはをもりゆく・又とり
  かへすへきにもあらぬ月日のすきゆけハ・」30ウ

  心あはたゝしくなむ・かたハらいたきゆつり
  なれと・このいはけなき内親王ひとり・とり
0145【内親王】−女三
  わきてはくゝミおほしてさるへきよすかをも・
  御心におほしさためて・あつけ給へときこえ
  まほしきを・権中納言なとの・ひとりものし
0146【権中納言】−夕
  つる程・すゝみよるへくこそありけれ・おほいまう
0147【おほいまうち君】−致仕
  ち君に・せんせられて・ねたくおほえ侍ときこ
  え給・中納言の朝臣・のまめやかなるかたは・
0148【中納言の朝臣の】−源氏御詞
  いとよくつかうまつりぬへく侍を・なに事
  もまたあさくて・たよりすくなくこそ」31オ

  侍らめ・かたしけなくともふかき心にてうし
  ろミきこえさせ侍らむに・おハします御かけに・
  かハりてハ・おほされしを・たゝ行さきみしかくて・
  つかうまつりさすことや侍らむと・うたかハし
  きかたのミなん・心くるしくはへり(り#る<朱>)へきと・う
  けひき申給つ・夜にいりぬれハ・あるしの院
  かたもまらうとの・上達部たちも・みな御前
  にて・御(御$)あるしのことさうし物にて・うるハしからす・
0149【さうし】−精進
  なまめかしくせさせ給へり・院の御前に・せん
0150【院の御前にせんかうのかけはん】−朝覲行幸時主上御前物紫檀懸盤六本有打敷等浅香ー准之「うちしきとうせんかうとうしゆんかうとう」(付箋01)「ともちるぎやうがうのときしゆしやうごせんもつしたんのかけばん六ほんあり」(付箋02)
  かうのかけはんに御はちなと・むかしにかハり」31ウ
0151【御はちなと】−応量器ト云「をふりやうきといふ」(付箋03)

  てまいるを・人々涙おしのこひ給・あハれなる
  すちの事ともあれと・うるさけれはかゝす・
  夜ふけてかへり給ふ・ろくともつき/\に
  たまふ・別当大納言も御をくりにまいり給・
  あるしの院ハ・けふの雪に・いとゝ御風くハゝりて・
  かきみたりなやましくおほさるれと・この宮の
  御こと・きこえさためつるを・心やすくおほしけり・
  六条院ハなま心くるしう・さま/\おほしみ
  たる・むらさきのうへもかゝる御さためなと・かね
  ても・ほのきゝ給けれとさしもあらし・前斎院」32オ
0152【前斎院】−槿

  をもねんころにきこえ給やうなりしかと・
  わさとしも・おほしとけすなりにしをなと
  おほして・さることやあるとも・とひきこえ
  給ハす・なに心もなくておはするに・いとおしく
0153【いとおしく】−源氏御心
  この事をいかにおほさん・我心ハ露もかハるま
  しく・さることあらむにつけてハ・中/\いとゝふか(か=カ)
0154【ふかさこそ】−\<朱合点> 我ためハいとゝあさくや成ぬらん野中のし水ふかさまされハ(後撰784、花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  さこそまさらめ・みさため給ハさらむほと・いかに
  思うたかひ給はんなと・やすからすおほさる・いま
  のとしころとなりてハまして・かた身(身$見)に
  へたてきこえ給ことなく・あはれなる御なか」32ウ

  なれは・しハし心にへたてのこしたる事あら
  むも・いふせきを・その夜ハうちやすミて・あかし
  給つ・又の日雪うちふり・空のけしきも物
  あハれに・すきにしかた行さきの御物かたりき
  こえかハし給・院のたのもしけなくなり給に
0155【院のたのもし】−源氏御詞
  たる・御とふらひにまいりて・あハれなる事とも
  のありつるかな・女三宮の御事を・いとすてかた
  けにおほして・しか/\なむのたまハせつけし
  かハ・心くるしくて・えきこえいなひすなり
  にしを・こと/\しくそ人ハいひなさんかし・いまハ」33オ

  さやうのことも・うゐ/\しく・すさましく思ひ
  なりにたれは・人つてにけしきはませ給し
  にハ・とかくのかれきこえしを・たいめんのつい
  てに・心ふかきさまなる事とも越・の給つゝけ
  しにハえすく/\しくもかへさひ申さてなん・
  ふかき御山すミに・うつろひ給ハん程にこそは・
  わたしたてまつらめ・あちきなくやおほさる
  へき・いみしきことありとも・御ためあるより・
  かハる事ハさらにあるましきを・心なをき給そ
  よ・かの御ためこそ心くるしからめ・それもかたハ」33ウ

  ならすもてなしてむ・たれも/\のとかにて・
  すくし給ハゝなときこえ給・はかなき御すま(ま#、+さ<朱>)ひ
  ことをたに・めさましき物におほして・心やす
  からぬ御心さまなれハ・いかゝおほさんとおほすに・
  いとつれなくて・あハれなる御ゆつりにこそ
0156【あはれなる】−紫上御詞
  ハあなれ・こゝにハいかなる心越・をきたてまつる
  へきにか・めさましく・かくてなと・とかめらるまし
  くハ・心やすくてもはへなんを・かのはゝ女御
  の御方さまにても・うとからすおほしかすまへて
0157【うとからす】−源氏ノ君ハ紫ノヲハ
  むやと・ひけし給を・あまりかううちとけ給・」34オ
0158【あまりかう】−源氏御詞

  御ゆるしも・いかなれハとうしろめたくこそ
  あれ・まことハさたにおほしゆるいて・われも
  人も心えてなたらかにもてなしすくし給ハゝ・
  いよ/\あハれになむ・ひかこときこえなとせん
  人の事きゝいれ給な・すへて世の人のくちと
  いふ物なん・たかいひいつる事ともなく・をの
  つから人のなからひなとうちほをゆかミ・おも
0159【人のなからひ】−\<朱合点> 万 人中を人そさくなるゆめよきし人のなかこときゝたつな君(万葉663、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
0160【ほをゆかみ】−方 曲
  はすなる事いてくる物なるを・心ひとつに
  しつめて・ありさまにしたかふなんよき・また
  きに・さハきて・あいなきものうらミし給なと・いと」34ウ

  よくをしへきこえ給・心のうちにも・かくそらより
  いてきにたるやうなる事にて・のかれ給
  かたきを・にくけにもきこえなさし・我心
  にハゝかり給ひいさむることにしたかひ給へ
  き・をのかとちの心より・おこれるけさうにも
  あらす・せかるへきかたなきものから・おこかまし
  く思むすほゝるゝさま・世人に・もりきこえし・
  式部卿宮のおほきたの方つねに・うけはしけ
0161【式部卿宮】−兵
0162【おほきたの方】−紫継母
0163【うけはしけなる】−呪詛
  なる事とも越・の給いてつゝ・あちきなき(き$く)
  大将の御ことにてさへ・あやしくうらミそねミ」35オ
0164【大将】−鬚
0165【御こと】−玉
0166【そねミ給ふ】−紫

  給ふなるを・かやうにきゝて・いかに・いちしるく
0167【かやうに】−女三
  思あハせ給ハんなと・おひらかなる人の御心と
  いへと・いかてかハ・かハかりのくまはなからむ・いまハ
  さりともと・のミ我身を思ひあかりうらなく
  て・すくしける世の・人わらへならん事を・したに
  ハ思つゝけ給へと・いとおひらかにのミもてなし
0168【おひらかに】−紫心
  給へり・としもかへりぬ・朱雀院にハ・ひめ宮・
  六条院に・うつろひ給ハん御いそきをし給
  きこえ給へる人々・いとくちおしくおほし
0169【きこえ給へる人々】−兵部ー 柏木
  なけく・内にも御心はえありてきこえ給」35ウ

  ける程に・かゝる御さためをきこしめして・お
  ほしとまりにけり・さるハことしそよそちに
0170【よそちに】−源
  なり給けれは・御賀の事おほやけにもき
0171【おほやけにも】−冷
  こしめしすくさす世中のいとなミにて・か
  ねてよりひゝくを・ことのわつらひおほく・いか
  めしき事ハむかしよりこのミ給はぬ御心にて・
  みなかへさひ申給・正月二十三日ねのひなるに・
0172【正月二十三日ねのひなるに】−延長二ー正ー廿五日甲子醍醐御門四十御賀宇多御門ヨリ献△令模之
  左大将殿の北方わかなまいり給・かねてけ
0173【北方】−玉
  しきももらし給はて・いといたくしのひて
  おほしまうけたりけれは・にはかにて・え」36オ

  いさめかへしきこえ給はす・しのひたれと・さ
  ハかりの御いきをひなれは・わたり給御きし
  きなと(と+いと<朱>)ひゝきことなり・みなミのおとゝの
  にしのはなちいてに・おましよそふ・屏風・か
0174【はなちいて】−放出
0175【おまし】−座
  へしろよりハしめ・あたらしく・はらひしつら
  ハれたり・うるハしくいしなとはたてす・御ちしき
0176【いし】−倚子
0177【御ちしき】−地鋪唐筵大文高麗縁
  四十まい・御しとね・けうそくなとすへてその
  御くともいときよらにせさせ給へり・らてん
0178【らてん】−螺鈿
  のミつしふたよろひに・御ころもはこよつす
0179【みつし】−厨子
0180【ふたよろひ】−四基
  へて・夏冬の御さうそく・かうこ・くすりのはこ・」36ウ

  御すゝり・ゆするつき・かゝけのはこなとやうの
0181【ゆするつき】−[水+甘]器有台并蓋
0182【かゝけのはこ】−掻箱
  物・うち/\きよらをつくし給へり・御かさしの
  たいにハ・ちんしたむをつくり・めつらしきあや
  めを・つくし・おなしきかねをも・色つかひなし
  たる心はえあり・いまめかしく・かんの君ものゝ
  みやひふかく・かとめき給へる人にて・めなれ
  ぬさまにしなし給へる(り&る)・おほかたの事をハ・こと
  さらにこと/\しからぬ程なり・人々まいりなと
  し給て・おましにいて給とて・かんの君に御たい
  めんあり・御心のうちにハ・いにしへおほしいつる」37オ

  事ともさま/\なりけんかし・いとわかく
  きよらにて・かく御賀なといふことハ・ひかかそへ
  にやとおほゆるさまのなまめかしく・人のおや
  けなくおハしますを・めつらしくて・とし月
  へたてゝみたてまつり給は・いとはつかし
  けれと・猶けさやかなるへたてもなくて・御物
  かたりきこえかハし給・をさなき君もいと
  うつくしくてものし給・かむの君はうちつゝ
  きても・御覧せられし事との給ける越・大将の
  かゝるついてにたに・御らむせさせんとて・ふたり」37ウ
0183【御らむせさせん】−河海 槙柱同腹二人
0184【ふたり】−ひけくろの御子後右兵衛督左大弁といへる人なり母玉かつら也

  おなしやうにふりわけかミのなに心なきな越し
0185【ふりわけかミ】−<朱合点> くらへこしふりわけ(伊勢物語48、河海抄・孟津抄)
  すかたともにておはす・すくるよハひも
0186【すくるよハひ】−源氏
  身つからの心にハ・ことに思とかめられす・たゝ
  むかしなからのわか/\しきありさまにて・あら
  たむることもなきを・かゝるすゑ/\のもよ越し
  になん・なまハしたなきまて思しらるゝおりも
  侍ける・中納言のいつしかと・まうけたなる
  を・こと/\しく思ひへたてゝ・またみせすかし・
  人よりことにかそへとり給ける・けふのねのひ
  こそ猶うれたけれ・しハしハ老をわすれても」38オ

  侍へきをときこえ給・かんの君もいとよく
  ねひまさり・もの/\しきけさへそひて・みる
  かひあるさまし給り
    わか葉さす野へのこ松をひきつれてもと
0187【わか葉さす】−玉かつら
  のいはねをいのるけふかなとせめてをとなひき
  こえ給・ちんのおしきよつして・御わかな(△&な、な=なイ、なイ<墨>$<朱>)さまハかり
  まいれり・御かハらけとり給て
    小松ハらすゑのよハひにひかれてやのへの
0188【小松はら】−源氏返し
  わかなも年をつむへきなときこえかハし
  給て・上達部あまたみなミのひさしにつき」38ウ

  給・式部卿宮ハまいりにくゝおほしけれと・御
0189【まいりにくゝ】−真木柱の事ゆへなり
  せうそこありけるに・かくしたしき御なか
  らひにて・心あるやうならむも・ひんなくて日
  たけてそわたり給へる・大将のしたりかほ
  にて・かゝる御なからひにうけハりてものし給も・
  けに心やましけなるわさなめれと・御むま
  この君たちハ・いつかたにつけても・おりたちて
0190【この君たち】−大将こたちハ式部卿の御孫なり
  さうやくし給こもの・よそえた・おりひつ物よ
  そち中納言をハしめたてまつりて・さるへき
  かきり・とりつゝき給へり・御かハらけくたり・」39オ

  わかなの御あつい物まいる・おまへにハ・ちんのかけ
0191【わかなの御あつい物】−延長御賀例
  はん四・おほむつきともなつかしくいまめ
  きたる程にせられたり・朱雀院の御くすり
  の事・猶たひらきはて給ハぬにより・楽人
0192【楽人なとハ】−延喜十三ー例
  なとハめさす・御ふえなとおほきおとゝの・そ
  のかたハ・とゝのへ給て・世中にこの御賀
  より又めつらしくきよらつくすへき事
  あらしとの給て・すくれたるねのかきりを
  かねてより・おほしまうけたりけれハ・しのひ
  やかに御あそひ(ひ+あり<朱>)とり/\にたてまつる中に」39ウ

  和琴ハ・かのおとゝの第一に・ひし給ける御こと
  也・さる物の上手の心をとゝめてひきならし
  給へるね・いとならひなきを・こと人ハかきたてに
  くゝしたまへハ・衛門督のかたくいなふるをせめ
0193【いなふる】−辞
  給へハ・けにいとおもしろくおさ/\をとるまし
  くひく・なに事も上手のつきといひなから・
  かくしもえつかぬ・わさそかしと・心にくゝあハれ
  に人々おほす・しらへにしたかひて・あとある
  てとも・さたまれるもろこしのつたへともハ・
  中/\たつねしるへきかた・あらハなる越・」40オ

  心にまかせて・たゝかきあはせたるすかゝ(ゝ#か<朱>)
  きに・よろつの物のね・とゝのへられたるハ
  たへにおもしろく・あやしきまてひゝく・ちゝ
  おとゝハ・ことのをもいとゆるにはりて・いたう
0194【ゆるに】−緩
  くたしてしらへ・ひゝきおほくあはせてそ
0195【くたして】−下
  かきならし給・これはいとわらゝかにのほるね
  のなつかしくあい行つきたるを・いとかう
  しもハきこえさりしをと・みこたちもおと
  ろき給・琴ハ兵部卿宮ひき給ふ・この御こと
0196【琴】−キン
0197【兵部卿宮】−蛍
  は・宜陽殿の御ものにて・たい/\に第一の」40ウ
0198【宜陽殿】−キヤウテン
0199【御ものにて】−百余代ハ宝物楽器等被納

  名ありし御ことを・こ院のすゑつかた・一品宮
  のこのミ給ことにてたまハり給へりける越・
  このおりのきよらを・つくし給ハんとする
  ため・おとゝの申給ハり給へる・御つたへ/\をお
  ほすに・いとあはれにむかしの事も恋しく
  おほしいてらる・みこもえいなきえとゝめ給
  ハす・御けしきとり給て・琴ハおまへに
0200【琴】−キン
0201【おまへに】−源
  ゆつりきこえさせ給ふ・物のあハれにえすくし
  給ハて・めつらしき物ひとつはかり・ひき給に
  こと/\しからねと・かきりなくおもしろき」41オ

  夜の御あそひなり・さうかの人々みハしに
  めして・すくれたるこゑのかきりいたして・かへり
0202【かへり】−反音律
  声になる・夜のふけ行まゝに・物のしらへとも
  なつかしくかハりて・あをやきあそひ給ほと・
0203【あをやき】−催馬ー律
  けにねくらのうくひすおとろきぬへくいみしく
  おもしろし・わたくしことのさまにしなし給て・
  ろくなといときやうさくにまうけられたり(△&り)
  けり・あか月にかんの君かへり給御をくり物なと
  ありけり・かうよ越すつるやうにてあかし
0204【かうよを】−源氏
  くらす程にとし月のゆくゑもしらすかほ」41ウ
0205【とし月の】−\<朱合点> 拾 年月の行ゑもしらぬ山かつハ滝の音にや春をしるらん(拾遺1003、河海抄・孟津抄・花屋抄)

  なるを・かうかそへしらせ給へるにつけてハ・心
0206【かうかそへしらせ】−\<朱合点> 後 かそへしる人なかりせはいたつらに谷の松とや年をつまゝし(千載959、花鳥余情・細流抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  ほそくなん時/\ハ・おひやまさるとみた
  まひくらへよかし・かくふるめかしき身の所
  せさに・おもふにしたかひて・たいめんなきも
0207【たいめんなきも】−致仕# 玉
  いとくちおしくなんなと・きこえ給て・あハ
  れにもおかしくも思いてきこえ給ことなき
  にしもあらねは・中/\ほのかにてかくいそき
  わたり給を・いとあかすくちおしくそおほ
  されける・かむの君もまことのおやをハ・さる
  へき契ハかりに思きこえ給て・ありかたく」42オ

  こまかなりし御心はえを・とし月にそへて・
  かく世にすミはて給につけても・をろか
  ならす思ひきこえ給けり・かくてきさらき
  の十よ日に・朱雀院のひめ宮・六条院へ
  わたり給・この院にも御心まうけ・よのつね
  ならす・わかなまいりしにしのはなちいてに・
  御丁たてゝ・そなたの一二のたい・わた殿
  かけて・女房のつほね/\まて・こまかに
  しつらひみかゝせ給へり・うちにまいり給人
0208【うちにまいり給人のさほう】−如入内
  のさほうを・まねひてかの院よりも・御てうと」42ウ

  なと・はこはる・わたり給きしきいへハさら
  なり・御をくりにかむたちめなとあまたま
  いり給・かのけいしのそミ給し大納言も・
  やすからす思なからさふらひ給・御車よせた
  る所に・院わたり給て・おろしたてまつり
  給なとも・れいにハたかひたる事とも也・たゝ人
  におハすれハ・よろつの事かきりありて・内
  まいりにもにす・むこのおほ君といはんにも・
0209【むこのおほ君】−催ー我家曲
  ことたかひて・めつらしき御なかのあはひとも
  になん・三日かほと・かの院よりも・あるしの」43オ

  院かたよりも・いかめしくめつらしき・み
0210【みやひ】−閑麗
  やひをつくし給・たいのうへもことにふれて・
0211【たいのうへ】−紫上
  たゝにもおほされぬ世のありさまなり・けに
  かゝるにつけて・こよなく人にをとりけた
  るゝ事もあるましけれと・又ならふ人なく・
  ならひ給てはなやかにおひさきとをくあな
  つりにくきけハひにて・うつろひ給へるにな
  まハしたなくおほさるれと・つれなくのミ・もて
  なして御わたりの程ももろ心にはかなき
  こともしいて給て・いとらうたけなる御あり」43ウ

  さまを・いとゝありかたしと思きこえ給・ひ
  め宮ハけにまたいとちいさく・かたなりに
  おハするうちにも・いといはけなきけしきして・
  ひたみちにわかひ給へり・かのむらさきの
0212【わかひ】−若
  ゆかりたつねとり給へりしおり・おほしいつる
  にかれはされていふかひありしを・これはいと
  いはけなくのミ見え給へハよかめり・にくけに
  をしたちたることなとハあるましかめりと
  おほす物から・いとあまり物のはへなき御
  さまかなと見たてまつり給・三日か程ハ・よか」44オ

  れなくわたり給を・としころさもならひ
0213【としころさも】−紫上
  給ハぬ心ちに・しのふれと猶ものあハれなり・
  御そともなと・いよ/\たきしめさせ給ものから
  うちなかめて・ものし給けしきいミしくらう
  たけに・おかしなとてよろつの事ありとも・
  又人をハならへてみるへきそ・あた/\しく心
  よハくなりをきにける・我をこたりに
  かゝる事もいてくるそかし・わかけれと・
  中納言をハえおほしかけすなりぬめりし
  をと・われなからつらくおほしつゝくるに」44ウ

  涙くまれて・こよひハかりハ・ことハりとゆるし
0214【こよひハかりハ】−源氏御詞
  給てんな・これよりのちのとたえあらむこそ身
  なからも・心つきなかるへけれ・またさりとてか
  の院にきこしめさんことよと思ひみたれ給
  へる・御心のうちくるしけなり・すこしほゝえミ
0215【すこしほゝえミ】−紫上
  て身つからの御心なからたに・えさため給まし
  かなるを・ましてことハりも・なにもいつこに・
  とまるへきにかと・いふかひなけに・とりなし
  給へは・はつかしうさへおほえ給て・つらつえを
0216【はつかしうさへ】−源氏
  つき給てよりふし給へれは・女君すゝり越」45オ

  ひきよせて
    めにちかくうつれはかはる世の中を行
0217【めにちかく】−紫の上
  すゑと越くたのミけるかなふることなと
  かきませ給を・とりて見給てはかなきこと
  なれと・けにとことハりにて
    命こそたゆともたえめさためなき
0218【命こそ】−源氏返事
  よのつねならぬ中の契を・とみにもえわ
  たり給ハぬを・いとかたハらいたきわさかなと・
0219【いとかたハらいたきわさかな】−紫の上
  そゝのかしきこえたまへは・なよゝかにおかしき
  ほとに・えならすにほひてわたり給を見いたし」45ウ

  給も・いとたゝにハあらすかし・としころさもや
  あらむと思しことゝもも・いまハとのミもて
  はなれ給つゝ・さらハかくこそハと・うちとけ
  行すゑにあり/\て・かく世のきゝみゝきもな
  のめならぬ事のいてきぬるよ・思さたむ
  へき世のありさまにもあらさりけれは・いま
  よりのちも・うしろめたくそおほしなり
  ぬる・さこそつれなくまきらハし給へと・さ
  ふらふ人々もおもはすなる世なりや・あま
  たものし給やうなれと・いつかたもみなこなた」46オ
0220【こなた】−紫上の事

  の御けハひにハかたさり・はゝかるさまにて
  すくし給へはこそ・事なくなたらかにもあれ・
  おしたちてかハかりなるありさまにけた
  れても・えすくし給まし・又さりとて
  はかなきことにつけても・やすからぬ事
  のあらむおり/\かならすわつらはしきこと
  ともいてきなむかしなと・をのかしゝうち
  かたらひなけかしけなるを・つゆも見しら
0221【つゆも】−紫の上
  ぬやうに・いとけハひおかしく物かたりなと
  し給つゝ・夜ふくるまておハす・かう人のたゝ」46ウ

  ならすいひ思たるもきゝにくしと・おほし
  てかくこれかれあまたものし給めれと・御
  心にかなひていまめかしくすくれたるきハ
  にもあらすとめなれて・さう/\しくおほし
  たりつるに・この宮のかくわたり給へるこそ
  めやすけれ・猶わらハ心のうせぬにやあらむ・
0222【わらハ心】−紫心
  我もむつひてきこえて・あらまほしきを・
  あいなくへたてあるさまに・人々や・とりなさ
  むとすらん・ひとしき程・をとりさまなと
  思ふ人にこそ・たゝならすみゝたつことも」47オ

  をのつからいてくるわさなれ・かたしけなく・
  心くるしき御ことなめれは・いかて心をかれたて
  まつらしとなむ思なとの給へは・なかつかさ
  中将の君なとやうの人々めをくハせつゝ・あ
  まりなる御思やりかななといふへし・むかし
  はたゝならぬさまにつかひならし給し人
  ともなれと・としころはこの御方にさふらひ
  て・みな心よせきこえたるなめり・こと御かた/\
  よりもいかにおほすらむ・もとより思ハなれ
  たる人々ハ中/\心やすきをなと・おもむけ」47ウ

  つゝとふらひきこえ給もある越・かくおしハかる人
  こそなか/\くるしけれ・世中もいとつねなき
0223【世中も】−紫上
  ものを・なとてかさのミハ思なやまむなとおほす・
  あまりひさしきよひゐもれいならす・人
  やとかめんと心のおにゝおほして入給ぬれハ・
  御ふすままいりぬれとけにかたハらさひし
  き・よな/\へにけるも猶たゝならぬ心地すれ
  と・かのすまの御わかれのおりなとをおほし
  いつれは・いまハとかけはなれ給ても・たゝおなし
  世のうちにきゝたてまつらましかハと・」48オ

  我身まてのことハうちをきあたらしく・かな
  しかりしありさまそかし・さてそのまきれに
  我も人も・いのちたえすなりなましかハ・いふ
  かひあらまし世かハとおほしな越す・風うち
  吹たる夜のけハひ・ひやゝかにてふともねいら
  れ給ハぬを・ちかくさふらふ人々あやしとやき
  かむと・うちもみしろき給ハぬも・猶いとくる
  しけなり・よふかきとりのこゑのきこえたるも
  ものあハれなり・わさとつらしとにハあらねと・
  かやうに思みたれ給ふけにや・かの御ゆめに」48ウ
0224【かの御ゆめに】−源氏

  見え給けれは・うちおとろき給ていかにと・
  心さハかし給に・とりのね・まちいて給へれは・
  夜ふかきもしらすかほに・いそきいて給・いと
  いはけなき御ありさまなれは・めのとたち・
0225【いはけなき】−女三宮
  ちかくさふらひけり・つまとおしあけていて
  給を・見たてまつりをくる・あけくれの空に・
0226【あけくれの空に】−\<朱合点> 明くれの空にそ我ハまとひぬるおもふ心のゆかんまに/\(拾遺736、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  雪のひかり見えておほつかなし・なこりまてと
  まれる御にほひ・やミハあやま(ま#な<朱>)しと・ひとりこ
0227【やミハあやなし】−\<朱合点> 源
  たる・雪ハところ/\きえのこりたるか・いと
  しろき庭のふとけちめ見えわかれぬほと」49オ

  なるにな越のこれる雪と・しのひやかに
0228【なをのこれる雪】−子城陰處猶残雪衙皷声前未有塵 示天子城都也国衙所政也
  くちすさミ給つゝ・みかうしうちたゝき給も・
  ひさしくかゝることなかりつるならひに・人々も
  そらねをしつゝ・やゝまたせたてまつりて
  ひきあけたり・こよなくひさしかりつるに
  身もひえにけるハ・をちきこゆる心のをろか
  ならぬにこそあめれ・さるハつみもなしやとて・
  御そひきやりなとし給に・すこしぬれたる・
0229【すこしぬれたる】−紫の上の御ありさま
  御ひとへの袖を・ひきかくして・うらもなく・
0230【袖を】−紫
  なつかしき物から・うちとけてハたあらぬ・御よう」49ウ

  いなと・いとはつかしけにおかし・かきりなき
0231【かきりなき人と】−源氏御心中 女三
  人ときこゆ(△&ゆ)れとかたかめるよ越とおほし・く
  らへらる・よろついにしへのことをおほしいて
  つゝ・とけかたき(き+御けしき<朱>)を・うらみきこえ給て・その
  日ハくらし給へれは・えわたりたまハて・しん
0232【しんてんに】−女三
  てんにハ御せうそこをきこえ給・けさの雪に
  心ちあやまりて・いとなやましく侍れハ・心
  やすき方にためらひ侍とあり・御めのと・さ
  きこえさせ侍ぬとハかり・ことハにきこえたり・
  ことなる事なの御返やとおほす・院に」50オ
0233【ことなる事なの】−源氏
0234【院に】−朱ー

  きこしめさんことも・いとをし・このころ
  ハかりつくろハんとおほせと・えさもあらぬを・
  さハ思し事そかし・あなくるしと・身つ
  からおもひつゝけ給・女君も思やりなき御
0235【女君】−紫上
  心かなと・くるしかり給・けさハれいのやうにお
0236【けさハれいのやうに】−源
  ほとのこもり・おきさせ給て・宮の御かたに
0237【宮の御かたに】−女三
  御ふミたてまつれ給・ことに(△&に)はつかしけも
0238【はつかしけもなき】−女三
  なき御さまなれと御ふてなとひきつく
  ろひてしろきかミに
    なかみちをへたつるほとハなけれとも」50ウ
0239【なかみちを】−源氏ー

  心みたるゝけさのあわ雪むめにつけ給へり・
  人めしてにしのわた殿よりたてまつらせよと
  の給・やかて見いたしてハしちかくおハします・
  しろき御そともをき給て・花をまさくり
0240【花を】−女三
  給つゝ・ともまつ雪のほのかにのこれるうへに・
0241【ともまつ雪の】−\<朱合点> 後 ふりそめて友まつ雪ハむは玉の我くろかミのかはる也けり(後撰471・古今六帖1397・貫之集841、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  うちちりそふそらをなかめ給へり・うくひす
  のわかやかに・ちかきこうはいのすゑにうちな
  きたるを・袖こそにほへと花をひきかくし
0242【袖こそにほへ】−\<朱合点> 古今 おりつれは袖こそにほへ<墨> おりつれは袖こそにほへ梅花ありとやこゝにうくひすのなく<朱>(古今32、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄)
  て・みすおしあけて・なかめ給へるさま・ゆめに
  も・かゝる人のおやにてをもきくらゐとみえ」51オ
0243【人のおや】−源

  給はす・わかうなまめかしき御さまなり・御かへり
  すこし程ふる心ちすれは・いり給て女君に・
0244【いり給て】−源
0245【女君に】−紫上
  花見せたてまつり給・はなといはゝ・かくこそ
0246【花】−梅
  にほはまほしけれな・さくらにうつしてハ又ちり
0247【さくらにうつしてハ】−\<朱合点> 紫模之
0248【ちりはかりも】−少也
  はかりも心わくるかたなくやあらましなと
  の給・これもあまたうつろハぬほと・めとまる
0249【これも】−紫詞
  にやあらむ・はなのさかりに・ならへて見はや
0250【はなのさかりに】−桜 女三
  なとの給に・御返あり・くれなゐのうすやうに・
0251【御返】−女三
  あさやかにをしつゝまれたるを・むねつふれ
0252【つゝまれたる】−包如金
  て(て+御てのいとわかき越しハしみせたてまつらて<朱>)あらはやへたつとハなけれとあは/\しき」51ウ
0253【わかき】−悪
0254【みせたてまつらて】−紫ニ

  やうならんハ・人のほとかたしけなしとおほすに・
  ひきかくし給ハんも・心をき給へけれハ・かたそハ・
  ひろけ給へるを・しりめに見をこせて・そひふし
  給へり
    はかなくてうハのそらにそきえ(え#え<朱>)ぬへき
0255【はかなくて】−女三宮
  風にたゝよふ春のあわ雪御てけにいとわか
  くをさなけなり・さハかりの程になりぬる
0256【さハかりの程に】−紫心中
  人は・いとかくハ・を見(見#は<朱>)せぬ物をと・めとまれと・ミ
  ぬやうにまきらハしてやミ給ぬ・こと人のうへ
  ならハ・さこそあれなとハ・しのひてきこえ給へ」52オ

  けれと・いとおしくて・たゝ心やすくを思なし
  給へとのミきこえ給・けふハ宮の御方にひるわた
  り給・心ことにうちけさうし給へる御ありさま今
  見たてまつる・女房なとハまして・見るかひ
  ありと・思きこゆらむかし・おほんめのとなとやう
0257【おほんめのと】−女三
  のおいしらへる人々そ・いてやこの御ありさまひと所こそ
0258【御ありさま】−源
  めてたけれ・めさましきことハありなむかしと・
  うちませて思ふもありける・女宮ハいとらう
0259【女宮】−女三
  たけにおさなきさまにて・御しつらひなとの
  こと/\しく・よたけくうるハしきに・身つからハ・」52ウ

  なに心もなく・ものはかなき御程にて・いと
  御そかちに身もなくあえかなり・ことにはち
  なともし給はす・たゝちこのおもきらひせぬ
  心ちして・心やすくうつくしきさまし給へり・院
0260【院のみかとハ】−朱ー 源心
  のみかとハ・をゝしく・すくよかなるかたの御さ
  えなとこそ・心もとなくおハしますと・世人
  思ためれ・をかしきすちになまめき・ゆへ
  ゆへしきかたは人にまさり給へるを・なとてかく
  おひらかに・おほしたて給ひけん・さるハいと御心
0261【おひらかに】−ヲサナク
  とゝめ給へるみこと・きゝしをと思も・なまくち」53オ

  おしけれと・にくからす見たてまつり給・たゝ
  きこえ給ふまゝに・なよ/\となひき給て・
  御いらへなとをもおほえ給ける・ことハいはけなく・
0262【こと】−言
  うちの給いてゝえ見はなたす見え給むかし
0263【うちの給いてゝ】−女三
  の心ならましかハ・うたて心をとりせましを・いまハ
  世中をミなさま/\に・思なたらめて・と・あるも
  かゝるも・きハはなるゝことハかたき物なりけり・
0264【きは】−品
  とり/\にこそ・おほうハありけれ・よその思ひは・
  いとあらまほしき程なりかしとおほすに・さし
  ならひめかれす・見たてまつり給へるとしころ」53ウ
0265【ならひ】−女三 紫上

  よりも・たいのうへの御ありさまそな越あり
  かたく・われなからもおほしたてけりとおほ
  す・一夜のほとあしたのまもこひしく・おほ
  つかなくいとゝしき御心さしのまさるを・なと
  かくおほゆらんと・ゆゝしきまてなむ・院の
0266【院のみかと】−朱ー
  みかとハ・月のうちにみてらに・うつろひ給ぬ・
  このゐんにあはれなる御せうそこともき
0267【このゐん】−源氏御事
  こえ給・ひめ宮の御ことハさらなりわつらハし
0268【ひめ宮】−女三
  く・いかにきく所やなと・はゝかり給ことなく
  て・ともかくもたゝ御心にかけて・もてなし給」54オ

  へくそ・たひ/\きこえ給ける・されとあハれに
  うしろめたく・をさなくおはするを・思きこえ
  給けり・むらさきのうへにも・御せうそこことに
0269【むらさきのうへ】−始号
  あり・をさなき人の心ちなきさまにて・うつ
  ろひものすらむを・つミなくおほしゆるして・
  うしろみたまへ・たつね給へき・ゆへもやあらむ
0270【うしろみたまへ】−女三ハ紫ノ母方ノイトコ
  とそ
    そむきにしこの世にのこるこゝろこそ
0271【そむきにし】−朱雀院
0272【この世】−子
  いる山みちのほたしなりけれやミをえハる
0273【やミをえハるけて】−\<朱合点> 古今 世をすてゝ(古今956)
  けてきこゆるも・おこかましくやとあり・お」54ウ
0274【おとゝも】−源

  とゝも見給て・あハれなる御せうそこを・かし
  こまりきこえ給へとて・御使にも女房して・
  かハらけさしいてさせ給て・しゐさせ給・御
  かへりハいかゝなと・きこえにくゝ・おほしたれと・
  こと/\しくおもしろかるへきおりのことなら
  ねハ・たゝこゝろをのへて
    そむくよのうしろめたくハさりかたき
0275【そむくよの】−紫上
  ほたしをしゐてかけなはなれそなとやうに
  そあめりし・女のさうそくにほそなかそへて
  かつけ給・御てなとのいとめてたきを・院御」55オ
0276【御て】−紫
0277【院】−朱ー

  覧して・なに事もいとはつかしけなめる・
  あたりに・いはけなくて・見え給らむ事・いと
0278【いはけなくて】−女三宮御事
  心くるしうおほしたり・いまハとて・女御更衣
0279【いまハとて】−朱 山居
  たちなと・をのかしゝわかれ給ふも・あハれなる
  ことなむおほかりける・内侍のかむの君ハ・こ
0280【内侍のかむの君】−朧月夜
0281【こきさいの宮】−姉大后
  きさいの宮のおハしましし・二条の宮に
  そすミ給・ひめみやの御ことををきてハ・この
  御こと越なむ・かへり見かちに・みかともおほし
  たりける・あまになりなんとおほしたれと・
  かゝるきほひにハしたふやうに・心あハたたし」55ウ

  と・いさめ給て・やう/\仏の御ことなといそかせ
  給・六条のおとゝハ・あはれにあかすのみおほ
  して・やミにし御あたりなれは・としころ
  もわすれかたく・いかならむおり(り+に<朱>)たいめあらむ・
  いま一たひあひみて・そのよのこともきこ
  えまほしくのミおほしわたるを・かた身に
  世のきゝみゝも・はゝかり給へき身のほとに・
  いとおしけなりし・よのさハきなともおほし
  いてらるれハ・よろつにつゝみすくし給ける
  を・かうのとやかになり給て・世中をおもひ」56オ

  しつまり給らむころほひの御ありさま・いよ
  いよゆかしく心もとなけれは・あるましき事
  とハおほしなから・おほかたの御とふらひにこと
  つけて・あはれなるさまに・つねにきこえ
  給・わか/\しかるへき御あはひならねハ・御かへり
  もとき/\につけて・きこえかハし給ふ・むかし
0282【とき/\に】−自朧
  よりもこよなく・うちくしとゝのひはてに
0283【くし】−具
  たる・御けハひをミ給にも・猶しのひかたくて・
  むかしの中納言の君のもとにも・心ふかき事
0284【むかしの中納言の君】−朧乳母
  ともを・つねにの給ふ・かの人のせうとなる・」56ウ
0285【かの人】−中納言

  いつミのさきのかミをめしよせて・わか/\
0286【めしよせて】−源
  しく・いにしへにかへりてかたらひ給・人つて
  ならて・ものこしにきこえしらすへきこと
  なんある・さりぬへくきこえなひかして・いミ
  しくしのひてまいらむ・いまハさやうのあり
  きも・ところせき身の程にお(お+ほ)ろけならす・
  しのふれハ・そこにも又人にハ・もらし給ハしと・
  おもふにかた身(身$見<朱>)にこゝろやすくなんなとの
  給・かむの君・いてやよのなかを思しるにつけ
  ても・むかしよりつらき御心を・こゝら思つめ」57オ

  つるとしころのはてに・あハれにかなしき御こと
  をさしをきて・いかなるむかしかたりをかき
  こえむ・けに人ハもりきかぬやうありとも・心の
0287【心のとハんこそ】−\<朱合点> 後 なき名そと人にハいひてありぬへし心のとハ(ハ+は)いかゝこたへん(後撰725、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  とハんこそいとはつかしかるへけれと・うちなけき
  給つゝ・な越さらにあるましきよしをのミ
  きこゆ・いにしへわりなかりし世にたに・心
  かハし給ハぬ事にもあらさりしを・けに
  そむき給ぬる御ため・うしろめたきやう
  にハあれと・あらさりし事にもあらねハ・
  いましもけさやかにきよまハりて・たちにし」57ウ
0288【たちにし我名】−\<朱合点> むら鳥のたちにし我名今更にことなしふともしるしあらめや<朱>(古今674・新撰和歌272・古今六帖4330、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  我名いまさらに・とりかへし給へきにやと・お
  ほしをこして・このしのたのもりを・みちの
0289【しのたのもり】−\<朱合点> 六ー いつミなるしのたの杜のくすの木もちへにわかれて物をこそおもへ(古今六帖1049、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  しるへにてまうて給・女君にハ・ひんかしの
0290【女君には】−紫上御事
  院にものするひたちの君の・ひころわつ
  らひて・ひさしくなりにけるを・物さはかし
  きまきれに・とふらハねハ・いとおしくてなん・
  ひるなとけさやかにわたらむも・ひんなきを・
  よのまにしのひてとなん思侍る・人にもか
  くともしらせしときこえ給て・いとい
  たく心けさうし給を・れいハさしも・見え」58オ
0291【れいハ】−紫心

  給ハぬあたりをあやしと見給て思あハせ
  給事もあれと・ひめ宮の御ことののちハ・
  なにこともいとすきぬるかたのやうにハ
  あらす・すこしへたつる心そひて・見しらぬ
  やうにておハす・その日ハしん殿へもわたり給
0292【しん殿】−女三
  はて・御ふミかきかハし給・たき物なとに
  心をいれてくらし給ふよひすくして・むつ
  ましき人のかきり・四五人ハかり・あしろ
  くるまのむかしおほえて・やつれたるにて
  いて給・いつミのかミして・御せうそこきこえ給・」58ウ

  かくわたりおハしましたるよし・さゝめきゝ
  こゆれは・おとろき給て・あやしくいか
0293【おとろき給て】−朧
  やうにきこえたるにかと・むつかり給へとおかし
  やかにて・かへしたてまつらむに・いとひんなう
  侍らむとて・あなかちに思めくらして・いれた
  てまつる・御とふらひなときこえ給て・たゝ
  こゝもとに物こしにても・さらにむかしのある
  ましき心なとハ・のこらすなりにけるをと・
  わりなくきこえたまへは・いたくなけく/\
0294【なけく/\】−朧月夜
  ゐさりいて給へり・されはよ猶けちかさハと」59オ
0295【されはよ】−源心

  かつおほさる・かたミにおほろけならぬ・御
  ミしろきなれは・あハれもすくなからす・ひん
  かしのたいなりけり・たつミのかたのひさし
  に・すゑたてまつりて・みさうしのしりハ・かた
0296【すゑたてまつりて】−源
0297【かためたれは】−細開虎指
  めたれは・いとわかやかなる心ちもするかな・とし
0298【いとわかやかなる】−源
  月のつもりをも・まきれなく・かそへらるゝ
  こゝろならひに・かくおほめかしきハいみしう・
  つらくこそとうらみきこえ給・夜いたく
  ふけ行たまもにあそふをしのこゑ/\なと・
0299【たまもにあそふ】−\<朱合点> 春の池の玉もにあそふ鳰鳥のあしのいとなき恋もするかな(後撰72・古今六帖1504、異本紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  あハれにきこえて・しめ/\と人めすくなき」59ウ

  宮のうちのありさまも・さもうつり行世哉と・
  おほしつゝくるに・平中かまねならねと・
0300【平中かまねならねと】−平中定文事末摘巻ニアリ
  まことに涙もろになん・むかしにかハりて・お
  となおとなしくハ・きこえ給ものから・これを
0301【これをかくやと】−障子事
  かくてやと・ひきうこかしたまふ
    とし月を中にへたてゝあふさかのさも
0302【とし月を】−源氏
  せきかたくおつる涙か女
    なミたのミせきとめかたきしミつにて
0303【なミたのミ】−かんのきミ
0304【せきとめかたき】−後 守人のありとハきけと相坂のせきもとゝめぬ我涙かな(後撰984、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  行あふみちハはやくたえにきなとかけは
  なれきこえ給へと・いにしへをおほしいつるも・」60オ
0305【いにしへをおほしいつるも】−朧心

  たれにより・おほうハ・さるいみしきことも
  ありし世のさはきそハと思いて給に・けに
  いま一たひのたいめむハありもすへかりけり
  と・おほしよハるも・もとより・つしやかなる
  所ハ・おハせさりし人の・としころはさま/\に
  世中を思しり・きしかたを・くやしくおほやけ
  わたくしの事にふれつゝ・かすもなくおほし
  あつめて・いといたくすくし給にたれと・むかし
  おほえたる御たいめんに・そのよの事も・と越
  からぬ心地して・え心つよくも・もてなし給ハす・」60ウ

  な越らう/\しく・わかうなつかしくてひと
  かたならぬ世のつゝましさをも・あはれをも思
  みたれて・なけきかちにてものし給けし
  きなと・いまハしめたらむよりも・めつらしく
  あハれにて・あけ行も・いとくちおしくて・いて
  たまハんそらもなし・あさほらけのたゝならぬ
  空に・もゝちとりのこゑも・いとうらゝかなり・
  花はミなちりすきて・なこりかすめるこ
  すゑのあさみとりなるこたち・むかし
  ふちのえむし給しこのころの事なり」61オ
0306【ふちのえむ】−花宴巻

  けんかしと・おほしいつるとし月のつもり
  にけるほともそのおりの事かきつゝけ
  あハれにおほさる・中納言の君見たてまつり
0307【中納言の君】−女房
  をくるとてつまとおしあけたるに・たち
0308【たちかへり給て】−源
  かへり給て・このふちよいかにそめけむいろ
  にか・な越えならぬ心そふにほひにこそ・いかてか
  このかけをハたちはなるへきと・わりなく
  いてかてにおほしやすらひたり・山きは
0309【山きはより】−中納言
  より・さしいつる日の・はなやかなるにさしあひ・
  めもかゝやく心ちする御さまの・こよなく」61ウ

  ねひくハゝり給へる御けハひなとを・めつら
  しくほとへても見たてまつるハ・ましてよ
  のつねならすおほゆれハ・さるかたにても・な
  とか見たてまつりすくし給ハさらむ・御
0310【御宮つかへ】−朧
  宮つかへにも・かきりありて・きハことには
  なれ給事もなかりしを・こ宮のよろつに
0311【こ宮】−大后
  心越つくしたまひ・よからぬ世のさハきに・
  かる/\しき御名さへ・ひゝきてやミにしよ
  なと・思いてらる・なこりおほくのこりぬらん・
  御物かたりのとちめハ・けにのこりあらせま」62オ

  ほしきわさなめるを・御身を心にえまかせ
  給ましく・こゝらの人めもいとおそろしく・つゝ
  ましけれは・やう/\さしあかり行に心あはたゝ
0312【さしあかり】−日事
  しくて・らうのとに御車さしよせたる人々
  も・しのひて・こハつくりきこゆ・人めしてかの
  さきかゝりたる・はなひとえたおらせ給
  へり
    しつみしもわすれぬものをこりすま
0313【しつみしも】−源氏
  に身もなけつへきやとの藤なミいといた
  くおほしわつらひて・よりゐ給へるを・心」62ウ

  くるしう見たてまつる・女君もいまさらに・
0314【女君】−朧
  いとつゝましくさま/\に思みたれ給へる
  に・花のかけハ猶なつかしくて
    身をなけんふちもまことのふちならて
0315【身をなけん】−かんの君返し
  かけしやさらにこりすまの浪いとわかや
  かなる御ふるまひを・心なからもゆるさぬことに
  おほしなから・せきもりのかたからぬたゆミにや・
0316【せきもりの】−\<朱合点> 人しらぬ(古今632・伊勢物語6・業平集47、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いとよくかたらひをきていて給・そのかミも
  人より・こよなく心とゝめて・思ふ給へりし
  御心さしなから・はつかにて・やミにし御なか」63オ

  らひにハ・いかてかハあハれもすくなからむ・いミ
  しくしのひいり給へるおほんねくたれの
  さまを・まちうけて・女君さハかりならむと
0317【女君】−紫上
  心え給へれと・おほめかしくもてなしておは
  す・中/\うちふすへなとし給へらむよりも・
  心くるしく・なとかくしも・見はなち給つ
  らむと・おほさるれハ・ありしよりけに・ふかき
0318【ありしより】−\<朱合点> 伊 わするらんとおもふ心のうたかひにありしよりけに物そかなしき(新古今1362・伊勢物語41、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  契をのミ・なかき世をかけて・きこえ給・かん
  の君の御事・又もらすへきならねと・いに
  しへのこともしり給へれは・まほにハあらねと・」63ウ

  ものこしに・はつかなりつるたいめなん・のこり
  ある心ちする・いかて人めとかめあるましく・
  もてかくして・いまひとたひもと・かたらひ
  きこえ給・うちわらひて・いまめかしくも
0319【うちわらひて】−紫上
  なりかへる御ありさまかな・むかしをいまに
0320【むかしをいまに】−\<朱合点> 古のしつのをたまき(伊勢物語65、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  あらためくはへ給ほと・なかそらなる身の
  ためくるしくとて・さすかに涙くミ給へる・
  まみのいとらうたけに見ゆるに・かう心や
0321【かう心やすからぬ】−源氏御詞
  すからぬ・御けしきこそくるしけれ・たゝお
  ひらかに・ひきつミなとして・をしへ給へ・へた」64オ

  てあるへくも・ならハしきこえぬを・おもはす
  にこそ・なりにける御心なれとて・よろつに
  御心とり給程に・なに事もえのこし給はす
  なりぬめり・宮の御方にも・とみに・えわたり
0322【宮の御方】−女三
  たまはす・こしらへきこえつゝ・おハします・ひ
  め宮ハなにともおほしたらぬを・御うしろミ
  ともそ・やすからすきこえける・わつらハしう
0323【わつらハしう】−源
  なと・見え給けしきならは・そなたもまし
0324【見え給】−女三
  て・心くるしかるへきを・おいらかにうつくしき・
  もてあそひくさに・思きこえ給へり・きり」64ウ
0325【きりつほの御方】−明中

  つほの御方ハ・うちハええまかてたまハす・御
  いとまのありかたけれは・心やすくならひ
  給へる・わかき御心にいとくるしくのミおほし
  たり・夏ころなやましくし給を・とみにも
0326【なやましくし給】−懐妊
  ゆるしきこえたまハねハ・いとわりなしとおほ
  す・めつらしきさまの御こゝちにそありける・
  またいとあえかなるおほむほとに・いとゆゝし
  くそ・たれも/\もおほすらむかし・からうして
  まかて給へり・ひめ宮のおハします・おとゝの
0327【ひめ宮】−女三
  ひんかしおもてに・御方ハしつらひたり・あかしの」65オ

  御かたいまハ御身にそひて・いていり給も・
  あらまほしき御すくせなりかし・たいの
  うへこなたにわたりて・たいめし給ついて
  に・ひめ宮にもなかのとあけてきこえん・
  かねてよりもさやうに思しかと・ついて
  なきにハ・つゝましきを・かゝるおりにきこ
  えなれなハ・心やすくなんあるへきと・おと
  とにきこえ給へハ・うちゑミて・思やうなるへ
0328【うちゑみて】−源
  き御かたらひにこそハあなれ・いとをさな
  けにものし給めるを・うしろやすくをしへ」65ウ

  なし給へかしと・ゆるしきこえ給・宮よりも
0329【宮よりも】−女三
  あかしの君のはつかしけにて・ましらむを
  おほせハ・御くしすましひきつくろひて・お
0330【御くし】−紫
  はするたくひあらしと見え給へり・おとゝハ
  宮の御方にわたり給て・ゆふかたかのたい
0331【宮の御方】−女三
  に侍人の・しけいさにたいめんせんとていて
0332【しけいさ】−淑景舎
  たつ・そのついてに・ちかつき・きこえさせま
  ほしけに・物すめるを・ゆるして・かたらひ給へ心
  なとハいとよき人なり・またわか/\しく
  て・御あそひかたきにも・つきなからすなん」66オ

  なときこえ給・はつかしうこそハ・あらめ
0333【はつかしうこそは】−女三
  なにことをかきこえんと・おひらかにの給・人
0334【人のいらへ】−源
  のいらへは・ことにしたかひてこそハおほし
  いてめ・へたてをきてもてなし給そと・こま
  かにをしへきこえ給・御なかうるハしくてすくし
  給へと・おほすあまりになに心もなき御
  ありさまを・見あらハされん△(△#も<朱>)ハつかしく
  あちきなけれと・さのたまはんを・心へた
  てんも・あいなしとおほすなりけり・たいに
  はかくいてたちなとし給ものから・われよりかミ」66ウ
0335【かミの人】−歳事

  の人やハあるへき・身のほとなるものはか
  なきさま越・見えをきたてまつりたる
  ハかりこそあらめなと・思つゝけられて・うち
  なかめ給・てならひなとするにも・をのつから
  ふることも・ものおもハしきすちにのミ・かゝ
  るゝをさらハ我身にハ思ふことありけりと・
  身なからそおほししらるゝ・院わたり給て・
0336【院】−源
  宮・女御の君なとの・おほんさまともを・うつ
0337【宮】−女三
0338【女御の君】−明中
  くしうも・おはするかなと・さま/\見たて
  まつり給へる・御めうつしにハ・としころめ」67オ

  なれ給へる人の・おほろけならむか・いとかく
  おとろかるへきにもあらぬを・猶たくひな
  くこそハと見給・ありかたき事なりかし・
  あるへきかきり・けたかうはつかしけに・とゝ
  のひたるハ(ハ$に<朱>)そひて・はなやかにいまめかしく・
  にほひなまめきたる・さま/\のかほりも・とり
  あつめ・めてたきハ(ハ$さ<朱>)かりに見え給ふ・こそより・
  ことしハまさり・きのふよりけふハ・めつらしく
  つねにめなれぬさまのし給へるを・いかてかくし
  もありけんとおほす・うちとけたりつる・」67ウ

  御てならひをすゝりのしたに・さしいれ給へ
  れと・見つけ給ひて・ひきかへしミ給・て
  なとのいとわさとも上手と見えて・らう/\
  しくうつくしけにかき給へり
    身にちかく秋やきぬらん見るまゝにあを
0339【身にちかく】−紫の上
  葉の山もうつろひにけりとある所にめとゝ
  め給て
    水鳥のあ越葉ハいろもかはらぬを萩の
0340【水鳥の】−源氏
  したこそけしきことなれなとかきそへつゝ・
  すさひ給・ことにふれて心くるしき御け」68オ

  しきのしたにハ・をのつからもりつゝ・見ゆる
  を・ことなく・けち給へるも・ありかたくあ
  ハれにおほさる・こよひはいつかたにも・御
  いとまありぬへけれハ・かのしのひ所に・いとわり
0341【かのしのひ所】−朧
  なくていて給にけり・いとあるましきこと
  と・いみしくおほしかへすにも・かなはさり
  けり・東宮の御方は・しちのはゝ君よりも・
0342【東宮の御方】−明中
  この御かたをハむつましき物に・たのミきこえ
0343【この御方】−紫
  給へり・いとうつくしけに・をとなひまさり給
  へるを・思へたてす・かなしと見たてまつり」68ウ

  給・御ものかたりなといとなつかしくきこえ
  かハし給て・なかのとあけて・宮にもたいめ
0344【宮】−女三
  し給へり・いとをさなけにのミ見え給へは・心
  やすくて・おとな/\しく・おやめきたるさま
0345【おとな/\しく】−紫
  に・むかしの御すちをも・たつねきこえ給ふ・中
  納言のめのとゝいふ・めしいてゝ・おなしかさしを
0346【おなしかさしを】−\<朱合点> 女ー母紫ヲハ 我宿とたのむ吉野に君し入らハおなしかさしをさしこそハせめ(後撰809・古今六帖2328・伊勢集13、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  たつねきこゆれは・かたしけなけれと・わかぬさ
0347【わかぬ】−分
  まにきこえさすれと・ついてなくて侍つるを・
  いまよりハうとからす・あなたなとにも(△&も)・もの
  し給て・をこたらむことハ・おとろかしなとも」69オ

  ものし給ハんなん・うれしかるへきなとのたまへ
  ハ・たのもしき御かけともに・さま/\に・をく
0348【たのもしき御かけ】−中納言詞<左> 我心なくさめかねつさらしなやをはすて山にてる月をみて<朱右>(古今878・新撰和歌257・古今六帖320・大和物語261)
  れきこえ給て・心ほそけにおハしますめる
  を・かゝる御ゆるしのはへめれは・ますことな
  くなんおもふ給へられける・そむき給にしうへ
0349【そむき給にし】−朱
  の御心むけも・たゝかくなん御心へたてきこえ
  給はす・またいはけなき御ありさまをも・は
  くゝみたてまつらせ給へくそはへめりし・うち
  うちにもさなん・たのミきこえさせ給しなと
  きこゆ・いとかたしけなかりし・御せうそこの」69ウ
0350【いとかたしけなかりし】−紫詞

  のちハ・いかてとのミ思侍れとなに事につけ
  ても・数ならぬ身なむくちおしかりけると・や
  すらかにをとなひたるけハひにて・宮にも御
  心につき給へく・ゑなとの事・ひいなのすてかた
  きさまわかやかにきこえ給へは・けにいとわかく
  心よけなる人かなと・をさなき御心ちにハ・
0351【をさなき御心ち】−女三
  うちとけ給へり・さてのちハつねに御ふミ
  かよひなとして・おかしきあそひわさなとに
  つけても・うとからすきこえかハし給・世の中
  の人も・あいなうかハかりになりぬるあたり」70オ

  の事ハ・いひあつかふものなれハ・はしめつ
  かたハ・たいのうへいかにおほすらむ・御おほえ
  いとこのとしころのやうにハ・おはせし・すこし
  ハをとりなんなといひけるを・いますこしふ
  かき御心さしかくてしも・まさるさまなる越・
  それにつけても又やすからすいふ人々あるに・
  かくにくけなくさへきこえかハし給へは・こと
  な越りて・めやすくなむありける・神な月
  にたいのうへ・院の御賀に・さかのゝみたうにて・
0352【さかのゝみたう】−仁和
  薬師ほとけくやうしたてまつり給・いかめし」70ウ

  きことハせちにいさめ申給へは・しのひやか
  にとおほしをきてたり・ほとけ経はこ・ちすの
0353【ちす】−帙簀
  とゝのへ・まことのこくらく思やらる・さいそ
0354【さいそわう経】−最勝王経
  わう経こんかうはむにや・寿命経なと・いと
  ゆたけき御いのりなり・かんたちめいとお
0355【ゆたけき】−厳重也
  ほくまいり給へり・御たうのさまおもしろく・
  いはむかた(た+なく<朱>)もみちのかけ・わけ行野へのほと
  よりハしめて・見物なるにかたへハ・きほひあ
  つまり給なるへし・しもかれわたれる野
  ハらのまゝに・むまくるまの行ちかふをと・し」71オ

  けくひゝきたり・御すきやうわれも/\
  と・御かた/\いかめしくせさせ給ふ・廿三日を御
0356【廿三日】−或廿六日<左>
  としミの日にて・この院ハかくすきまなく・
  つとひ給へるうちに・我御わたくしのとのとお
  ほす・二条院にて・その御まうけ・せさせ給・御
  さうそくをはしめ・おほかたの御事ともゝ・
  みなこなたにのミし給・御かた/\もさるへき
  事とも・わけつゝのそミ・つかうまつり給・たい
  ともハ・人のつほね/\にしたるをはらひて・
0357【はらひて】−払
  殿上人・諸大夫・院司・しも人まてのまうけ・」71ウ

  いかめしくせさせ給へり・しん殿のはなちいてを・
  れいのしつらひにて・らてんのいしたてたり・
  おとゝのにしのまに・御そのつくゑ十二たてゝ・
  夏冬の御よそひ・御ふすまなと・れいのことく
  むらさきのあやのおほいとも・うるハしく見え
  わたりて・うちの心ハあらハならす・御前にをき
  ものゝつくえふたつ・からの地の・すそこのおほ
  ゐしたり・かさしのたいハちんのくゑそく・こか
  ねのとり・しろかねの枝にゐたる心はえなと・
  しけいさの御あつかりにて・あかしの御方の」72オ

  せさせ給へる・ゆへふかく心ことなり・うし
  ろの御屏風四帖ハ・式部卿宮なむせさせ給ける・
0358【御屏風四帖】−古今右大将定国四十賀四季の屏風云々
0359【式部卿宮】−紫父
  いミしくつくしてれいの四季のゑなれと・めつら
  しきせんすい・たんなとめなれす・おもしろし・
  北のかへにそへてをき物のみつしふたよそ(そ#ろ<朱>)ひ
  たてゝ・御てうとゝもれいのことなり・みなミ
  のひさしにかむたちめ左右の大臣・式部卿宮
  をハしめ(め+た)てまつりて・つき/\ハましてまいり
  給ハぬ人なし・ふたいの左右に楽人のひらハり
0360【ひらハり】−平張
  うちて・にしひんかしにとんしき八十く・ろくの」72ウ

  からひつ四十つゝ(△&ゝ)・つゝけてたてたり・ひつし
  の時ハかりに・楽人まいる・万歳楽・皇[鹿+章]なと
0361【万歳楽皇[鹿+章]なと】−延喜六年十一月十日御賀先奏万歳楽次蘇合香次皇[鹿+章]
  まいて・日くれかゝるほとに・こまのらんしやうして・
0362【こま】−高麗
0363【らんしやう】−乱声<朱>
  らくそんまいゝてたるほと・猶つねのめな
0364【らくそん】−落蹲<朱>
  れぬ舞のさまなれは・まひはつる程に・権
  中納言衛門督おりて・いりあやをほのかに
  まひて・紅葉のかけに入ぬるなこりあかす
  けうありと・人々おほしたり・いにしへの朱
  雀院の行幸に・青海波のいみしかりし
  ゆふへ・思いて給・人々ハ権中納言・衛門督又」73オ

  おとらす・たちつゝき給に(に+けるはゝのおほえ有<アリ>さまかたちよういなと<朱>)も・おさ/\をとら
  す・つかさくらゐハ・やゝすゝ(ゝ#す<朱>)みて・さへこそ
  なと・よはひの程をもかそへて・な越さるへき
  にて・むかしよりかくたちつゝきたる御なか
  らひなりけりと・めてたくおもふ・あるしの
  院も・あはれに涙くましく・おほしいてらるゝ
  事ともおほかり・夜にいりて・楽人ともま
  かりいつ・北のまん所の別当とも・人々ひき
0365【北のまん所】−紫の上源氏の室家のおほえ也
  いて・ろくのからひつによりて・一つゝとりてつき
  つきたまふ・しろき物ともをしな/\かつきて・」73ウ

  山きハよりいけのつゝみすくるほとのよそ
  めハ・ちとせ越かねてあそふつるのけころも
0366【ちとせをかねて】−\<朱合点> 催ー 筵田哥 筵田のいつ貫川にすむ鶴の千とせをかねてあそひあへる(催馬楽「席田」、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  思まかへらる・御あそひハしまりて・又いとお
  もしろし・御ことともハ・春宮よりそとゝのへ
0367【春宮】−今
  させ給ける・朱雀院よりわたりまいれる
  ひはきん・内よりたまハり給へる・さうの御こと
  なと・みなむかしおほえたる・ものゝねともにて・
  めつらしくかきあハせ給へるに・なにのおり
  にもすきにしかたの御ありさま・うちわたり
  なとおほしいてらる・故入道の宮おはせまし」74オ
0368【故入道の宮】−薄

  かハ・かゝる御賀なと・われこそすゝミ・つかう
  まつらましか・なに事につけてかハ・心さしも・
  見えたてまつりけんと・あかすくちおしく
  のミ思いてきこえ給ふ・内にも・こ宮のおハし
0369【こ宮】−薄
  まさぬことを・なにことにも・はえなく・さう/\
  しくおほさるゝに・この院の御ことをたに・れい
0370【この院】−源
  のあとあるさまのかしこまりをつくしても・え
  見せたてまつらぬを・よとゝもにあかぬ心地
  し給も・ことしハ此御賀にことつけて・みゆ
  きなともあるへくおほしをきてけれと・」74ウ

  世中のわつらひならむこと・さらにせさせ給
  ましくなんと・いなひ申給こと・たひ/\になり
0371【いなひ】−辞
  ぬれは・くちおしくおほしとまりぬ・しハす
  の廿日あまりの程に・中宮まかてさせ給て・
0372【中宮】−秋ー御賀行
  ことしの・ゝこりの御いのりに・ならの京の
  七大寺に・御す行のぬの四千たん・このちかき
  みやこの四十寺に・きぬ四百疋を・わかちて
  せさせ給・ありかたき御はくゝみを・おほししり
  なから・なに事につけてかハ・ふかき御心さしをも
  あらハし御覧せさせ給はんとて・ちゝ宮・ハゝ」75オ
0373【ちゝ宮】−前坊

  みやす所のおハせまし・御ための心さしをも・
  とりそへおほすに・かくあなかちにおほや
  けにも・きこえかへさせ給へは・事ともおほ
  く・とゝめさせ給つ・四十の賀といふことは・
0374【四十の賀】−昭宣公四十賀後五十七薨貞信公四十賀後七十薨
  さき/\を・きゝ侍にも・のこりのよハひひさ
  しきためしなん・すくなかりけるを・このたひ
  ハ猶世のひゝきとゝめさせ給て・まことに
  のちにたえ(え$ら<朱>)ん事を・かそへさせ給へとあり
  けれとおほやけさまにて・猶いといかめしく
  なんありける・宮のおハしますまちのしん」75ウ

  てんに・御しつらひなとして・さき/\に・こと
  かハらす・かむたちめのろくなと・大きやうに
  なすらへて・御子たちにハ・ことに女のさうそく・
  非参議の四位・まうちきんたちなと・たゝの
  殿上人にハ・しろきほそなかひとかさね・こし
  さしなとまて・つき/\に給ふ・さうそく・かきり
  なく・きよらをつくして・名たかきおひ・御はかし
  なと・故前坊の御方さまにて・つたハりまいり
  たるも・又あはれになん・ふるきよの一の物と・
  名あるかきりハ・みなつとひまいる・御賀になん」76オ

  あめる・むかし物かたりにも・ものえさせたるを・
0375【むかし物かたりにも】−作ー詞
0376【ものえさせたる】−誦経拍功徳銭施入
  かしこきことにハかそへつゝけためれと・いと
  うるさくてこちたき御なからひのことゝもハ・
  えそかそへあえはへらぬや・内にハおほしそめ
0377【内には】−冷
0378【おほしそめ】−御賀
  てしことゝもを・むけにやハとて・中納言
0379【中納言】−夕霧事(霧事#)
  にそつけさせ給てける・そのころの右大将
  やまゐしてしし給けるを・この中納言に
0380【中納言】−夕霧事
  御賀の程よろこひくハへんとおほしめして
  にはかになさせ給つ・院もよろこひきこえ
0381【院】−源
  させ給ふものから・いとかくにハかにあまるよろ」76ウ

  こひをなむ・いちはやき心ちし侍と・ひけし
0382【ひけし申給】−源
  申給・うしとらのまちに・御しつらひまうけ
0383【うしとらのまちに】−花散里在所シン殿行
  給て・かくろへたるやうにしなし給へれと・けふ
  はな越・はたことに・きしきまさりて所々
  のきやうなとも・くらつかさ・こくさう院より
  つかうまつらせ給へり・とんしきなと・おほやけ
  さまにて・頭中将せむしうけ給て・みこたち
  五人左右おとゝ・大納言ふたり・中納言三人・
  宰相五人・殿上人はれいの内・東宮院のこる
  すくなし・おまし御てうとゝもなとハ・おほ」77オ
0384【おほきおとゝ】−致仕

  きおとゝ・くハしくうけ給はりてつかうまつ
  らせ給へり・けふハおほせ事ありて・わたり
0385【わたりまいり給へり】−源#
  まいり給へり・院もいとかしこく・おとろき申
0386【院】−源
  給て・御座につき給ぬ・も屋の御座にむかへ
  て・おとゝの御座あり・いときよらに・もの/\しく
  ふとりて・このおとゝそいまさかりのしう
0387【しうとく】−宿
  とくとハ見え給へる・あるしの院ハ・猶いとわ
0388【あるしの院】−源
  かき源氏の君に見え給・御ひやう風四帖に・
  うちの御てかゝせ給へる・からのあやのうすたん
0389【うち】−冷
0390【御てかゝせ給へる】−延長例
0391【うすたん】−タミ
  に・したゑのさまなと・をろかならむやハ・おもしろ」77ウ

  き春秋のつくりゑなとよりも・この御屏風
  のすミつきの・かゝやくさまハ・めもをよハす
  思なしさへ・めてたくなむありける・をきものゝ
  みつし・ひきもの・ふきものなと・蔵人所より
  たまハり給へり・大将の御いきをひもいといか
0392【大将】−夕
  めしくなりたまひにたれは・うちそへて・けふ
  のさほういとことなり・御むま四十疋・左右
  のむまつかさ・六衛府の官人・かみよりつき/\
0393【六衛府の官人】−近衛 衛門 兵衛
  にひきとゝのふるほとひくれはてぬ・れいの
  万さい楽・賀王恩・なといふまひ・けしきハかり」78オ

  まひて・おとゝのわたり給へるに・めつらしくもて
0394【おとゝ】−源#
  はやし給へる・御あそひにみな人心をいれ
  給へり・ひはは・れいの兵部卿宮・なにことにも
0395【兵部卿宮】−蛍
  世にかたき・物の上すにおハして・いとになし・
  おまへに・きんの御こと・おとゝわこんひき給・
0396【おまへ】−冷#
0397【おとゝ】−源#
  としころそひ給にける・御みゝのきゝなしにや・
  いというにあハれにおほさるれハ・きんも・御て
  おさ/\かくしたまハす・いみしきねともい
  つ・むかしの御ものかたりともなといてきて・
  いまハたかゝる御なからひに・いつかたにつけて」78ウ

  も・きこえかよひ給へき・御むつひなと・心よく
  きこえ給て・御みき・あまたたひまいりて・
  物のおもしろさも・とゝこほりなく・御ゑい
  なきとも・えとゝめ給はす・御をくり物に・
0398【御をくり物に】−致仕
  すくれたるわこんひとつ・このミ給こまふえ
  そへて・したんのはこ・ひとよろひにからの本
  とも・こゝのさうの本なといれて・御くるまに
  をひてたてまつれ給・御馬ともむかへとりて・
  右つかさとも・こまのかくしてのゝしる・ろく
  衛ふの官人のろくとも大将給ふ・御心とそ」79オ

  き給て・いかめしきことゝもハ・このたひ・と
  とめ給へれと・内・東宮・一院・きさいの宮・つき
0399【一院】−朱
0400【きさいの宮】−秋
  つきの御ゆかり・いつくしきほといひしらす・
  見えにたることなれは・猶かゝるおりにハめて
  たくなんおほえける・大将のたゝひとゝころ・
  おはするを・さう/\しくはえなき・心ちせし
  かと・あまたの人にすくれ・おほえことに人から
  も・かたハらなきやうにものし給にも・かのハゝ
0401【ハゝ北の方】−葵上
  北の方の伊勢の宮す所との・うらミふかく・
  いとみかハし給けんほとの・御すくせともの・」79ウ

  行すゑ見えたるなむ・さま/\なりける・その
  日の御さうそくともなと・こなたのうへなむ
0402【こなたのうへ】−花散
  し給ける・ろくともおほかたの事をそ・三条
0403【三条の北の方】−雲井
  の北の方ハいそき給めりし・おりふしにつけ
  たる御いとなミ・うち/\の物のきよらをも・こ
0404【こなたにハ】−花散
  なたにハ・たゝよその事にのミ・きゝわたり
  給を・なに事につけてかハ・かゝるもの/\しき・
  かすにもましらひ給ハましとおほえたるを・
  大将の君の御ゆかりに・いとよくかすまへられ
  給へり・としかへりぬ・きりつほの御方ちかつき」80オ
0405【きりつほの御方】−明中十四
0406【ちかつきたまいぬる】−産

  たまいぬるにより・正月朔日より・御すほう
  ふたんにせさせ給・てら/\やしろ/\の御いのり・
  はたかすもしらす・おとゝの君・ゆゝしきことを
0407【おとゝの君】−源
  見給へてしかハかゝるほとの事ハいとおそろしき
  物におほし・しミたるを・たいのうへなとのさる
0408【たいのうへ】−紫
  ことし給ハぬハ・くちおしくさう/\しき物から・
  うれしくおほさるゝに・またいとあえかなる
0409【あえかなる】−稚
  御ほとに・いかにおはせんとかねておほし
  さハくに・二月ハかりより・あやしく御けしき
  かハりて・なやみ給に御心ともさハくへし・おん」80ウ

  やうしともゝ・所をかへて・つゝしミ給ふへく
  申けれハ・ほかのさしハなれたらむは・おほつかなし
  とて・かのあかしの御まちのなかのたいに・わたし
  たてまつり給ふ・こなたハたゝおほきなる
  たいふたつ・らうともなむめくりてありける
  に・御すほうのたんひまなくぬりて・いみし
  きけんさとも・つとひてのゝしる・はゝ君此
  時に・我御すくせも・見ゆへきわさなめれは・
  いみしき心をつくし給・かのおほあま君も・
  いまハこよなき・ほけ人にてそありけむ」81オ

  かし・この御ありさまを見たてまつるハ・ゆめ
  の心ちして・いつしかとまいりちかつきなれ
  たてまつる・としころはゝ君は・かうそひ
  さふらひ給へと・むかしのことなと・まほにしも
  きこえしらせ給ハさりけるを・このあま君
  よろこひにえたへて・まいりてハ・いと涙かち
  にふるめかしき事ともを・わなゝきいて
  つゝ・かたりきこゆ・ハしめつかたハ・あやしく
  むつかしき人かなとうちまつ(つ$ほ<朱>)り給しかと・かゝる
  ひとありとハかりハ・ほのきゝをき給へれは・」81ウ

  なつかしくもてなし給へり・むまれ給し程の
  事・おとゝの君の・かのうらにおハしましたりし
  ありさま・いまハとて・京へのほり給しに・たれ
  も心をまとハして・いまハかきりかハかりの
  契にこそハありけれと・なけきしを・わか君
0410【わか君】−明中若
  のかくひきたすけ給へる御すくせの・いミしく
  かなしきことゝ・ほろ/\となけハ・けにあハれ
  なりけるむかしの事を・かくきかせさらまし
  かハ・おほつかなくても・すきぬへかりけりと
  おほしてうちなき給・心のうちにハ・我身ハ」82オ

  けにうけハりて・いみしかるへき・きハにハあら
  さりけるを・たいのうへの御もてなしに・みかゝ
  れて・人の思へるさまなとも・かたほにハ
  あらぬなりけり・人をハまたなき物に思
  けち・こよなき心おこりをハしつれ・世の人ハ
  したにいひいつるやうも・ありつらむかしなと
  おほししりはてぬ・はゝ君をハ・もとよりかく・
  すこしおほえくたれるすちと・しりなから・
  むまれ給けん程なとをハ・さる世はなれたる・
  さかひにてなとも・しり給ハさりけり・いと」82ウ

  あまりおほとき給へる・けにこそハあやしく・
0411【おほとき給へる】−明中
  おほ/\しかりけることなりや・かの入道のいま
  ハ仙人の世にもすまぬやうにて・ゐたなる
  をきゝ給も・心くるしくなと・かた/\に思
  みたれ給ぬ・いとものあはれになかめておは
  するに・御方まいり給て・日中の御かちに・
0412【御方】−明上
  こなた(た+かなた<朱>)よりまいりつとひ・物さはかしくのゝ
  しるに・御まへにこと人もさふらハす・あま
  君ところえていとちかくさふらひ給・あな
  見くるしやみしかき・御木丁ひきよせて」83オ

  こそ・さふらひ給ハめ・風なとさハかしくて・をの
  つからほころひのひまもあらむに・くすしなと
  やうのさまして・いとさかりすき給へりやなと・
  なまかたハらいたく思給へり・よしめきそして・
  ふるまふはおほゆめれとも・もう/\に・みゝも
0413【もう/\】−朦
  おほ/\しかりけれは・あゝとか(か+た)ふきてゐたり・さ
  まハいと・さいふハかりにもあらすかし・六十五六
  の程なり・あますかた・いとかハらかに・あてなる
  さまして・めつやゝかに・なきハれたるけしき
  のあやしく・むかし思いてたるさまなれは・」83ウ

  むねうちつふれて・こたいのひか事とも
  や侍つらむ・よくこのよのほかなるやうなる・
  ひかおぼえともにとりませつゝ・あやしき
  むかしの事ともゝいてまうてきつらん・はやゆ
  めのこゝちこそし侍れと・うちほゝえみて・ミた
  てまつり給へは・いとなまめかしくきよら
0414【いとなまめかしく】−明中
  にて・れいよりもいたくしつまり・物おほし
  たるさまにみえ給・我こともおほえたまハす
0415【我こともおほえたまハす】−明上
  かたしけなきにいとおしき事ともを・き
  こえ給ておほしみたるゝにや・いまハかハかり」84オ

  と・御くらゐをきハめ給ハんよに・きこえもし
  らせんとこそおもへ・くちおしくおほしすつ
  へきにハあらねと・いと/\おしく・心をとりし
  給らんとおほゆ・御かちはてゝ・まかてぬるに・
  御くた物なと・ちかくまかなひなし・これはかり
  をたにと・いと心くるしけに思て・きこえ給・あま
  君ハいとめてたう・うつくしう・見たてまつる
  まゝ(ゝ+に<朱>)も・涙はえとゝめす・かほハえミてくち
0416【えミて】−咲
  つきなとハ・見くるしく・ひろこりたれと・まミ
  のわたり・うちしくれて・ひそミゐたり・あなかた」84ウ

  ハらいたと・めくハすれときゝもいれす
    おいのなミかひあるうらにたちいてゝしほ
0417【おいのなミ】−明石のあま
  たるゝあま越たれかとかめむむかしの世にも
0418【むかしの世にも】−七十以上
  かやうなるふる人は・つミゆるされてなん侍
  けるときこゆ・御すゝりなるかみに
    しほたるゝあま越浪路のしるへにて
0419【しほたるゝ】−明石中宮
  たつねも見はやはまのとまやを御かたも・
  えしのひ給ハて・うちなき給ぬ
    よ越すてゝあかしのうらにすむ人も心の
0420【よをすてゝ】−明石上
  やミハはるけしもせしなときこえまきら」85オ

  ハし給・わかれけんあか月のことも・夢の中に
0421【わかれけんあか月のこと】−上詞 入道事
  おほしいてられぬを・くちおしくもありけるかな
  とおほす・やよひの十よひ(ひ$日<朱>)の程に・たいらかに
  むまれ給ぬ・かねてはおとろ/\しくおほしさハ
  きしかと・いたくなやミ給事なくて・おとこ
0422【おとこみこ】−今上
  みこさへおハすれは・かきりなくおほす・さま
  にて・おとゝも御心おちゐ給ぬ・こなたハかく
0423【おとゝ】−源
  れのかたにて・たゝけちかき程なるに・いかめし
  き御うふやしなひなとのうちしきり・ひゝき・
  よそをしき有さま・けにかひあるうらと・あま」85ウ

  君のためにハ見えたれと・きしきなきやう
  なれはわたり給なむとす・たいのうへもわた
  り給へり・しろき御さうそくし給て・人のおや
0424【しろき御さうそく】−産衣
  めきて・わか宮を・つといたきてゐ給へるさま・
  いとおかし・身つからかゝることしり給ハす・人の
  うへにても・見ならひ給ハねハ・いとめつらかに・うつ
  くしと思きこえ給へり・むつかしけにおはする
  程をたえすいたきとり給へは・まことのをは
0425【をは君】−ウハ
  君は・たゝまかせたてまつりて・御ゆ殿のあ
  つかひなとをつかうまつり給・春宮の宣旨」86オ

  なる内侍のすけそ・つかうまつる・御むかへゆに
0426【内侍のすけ】−宣旨ト云女房ノ内侍カケタル也
  おりたち給へるも・いとあハれにうち/\の事も・
  ほのしりたるに・すこしかたほならハいとおし
  からましを・あさましくけたかく・けに
  かゝる契ことにものし給ける・人かなと見き
  こゆ・この程のきしきなとも・まねひたてん
  に・いとさらなりや・六日といふに・れいのおとゝに
0427【れいのおとゝにわたり給ぬ】−シン殿明中帰
  わたり給ぬ・七日の夜内よりも御うふやしなひ
  の事あり・朱雀院のかく世をすておハし
  ます御かハりにや・蔵人所より・頭弁宣旨」86ウ

  うけ給ハりて・めつらかなるさまに・つかうまつ
  れりろくのきぬなと又中宮の御方よりも
  おほやけことにハたちまさり・いかめしく
  せさせ給・つき/\の御子たち・大臣のいゑ/\そ
  のころのいとなミにて・われも/\と(と+き<朱>)よらをつく
  して・つかうまつり給・おとゝの君もこのほとの
0428【おとゝの君】−院号之後モイヘリ
  事ともハ・れいのやうにもことそかせ給ハて・
  世になく・ひゝきこちたき程に・うち/\の
  なまめかしくこまかなる・宮ひのまねひつ
  たふへきふしハ・めもとまらすなりにけり・」87オ

  おとゝの君も・わか宮をほとなくいたきたて
  まつり給ひて・大将のあまたまうけたなる
  を・いまゝて見せぬかうらめしきに・かくらう
  たき人をそえたてまつりたるも(も#<墨>と<朱>)うつくし
  みきこえ給ふハことハりなりや・ひゝにもの
  をひきのふるやうにおよすけ給・御めのとなと
  心しらぬハ・とみにめさて・さふらふ中に・しな心す
  くれたる・かきりをえりてつかうまつらせ給・御
  かたの御心をきての・らう/\しくけたかくお
  ほとかなる物の・さるへきかたにハひけして・に」87ウ
0429【ひけ】−卑下

  くらかにも・うけはらぬなとを・ほめぬ人なし・
0430【ほめぬ人なし】−明上
  たいのうへはまほならねと見えかハし給て・
  さハかりゆるしなくおほしたりしかと・いま
  ハ宮の御とくに・いとむつましく・やむことなく
0431【宮】−若宮
  おほしなりにたり・ちこうつくしミし給
  御心にて・あまかつなと御てつからつくり・そゝ
  くりおはすも・いとわか/\し・あけくれこの
  御かしつきにてすくし給・かのこたいのあま
  君ハ・わか宮を・え心のとかに見たてまつらぬ
  なんあかすおほえける・中/\見たてまつり」88オ

  そめて・こひきこゆるにそ・いのちもえ
  たふましか(か+ん<墨>、ん$<朱>)める・かのあかしにもかゝる御こと
0432【たふましかめる】−絶マシキ
  つたへきゝて・さるひしり心ちにもいとうれ
  しくおほえけれは・いまなんこの世のさかいを
  心やすく・ゆきはなるへきと弟子ともに
  いひて・このいへをハてらになし・あたりの田
  なとのやうの物ハ・みなその寺の事にし越
  きて・この国のおくのこほりに・人もかよひ
  かたくふかきやまあるを・としころもしめをき
  なから・あしこにこもりなむのち又・人にハ」88ウ

  見えしらるへきにもあらすと思て・たゝす
  こしのおほつかなき事のこりけれハ・いまゝて
  なからへけるを・いまハさりともと・ほとけ神を
  たのミ申てなむうつろひける・このちかきとし
  ころとなりてハ・京にことなる事ならて・
  人もかよハしたてまつらさりつ・これよりくたし
0433【これより】−京
  給人ハかりにつけてなむ・ひとくたりにても・あま
  君さるへきおりふしの事もかよひける・思ひ
  はなるゝよのとちめに・ふミかきて御かたに
0434【御かたに】−明
  たてまつれ給へり・このとしころはおなし」89オ
0435【このとしころは】−入道文詞

  世中のうちに・めくらひ侍りつれと・なにかハ
  かくなから身をかへたるやうに思給へなしつゝ・
  させることなきかきりハ・きこえうけ給
  ハらす・かなふミ見たまふるは・めのいとまいり
  て・念仏もけたいするやうに・やくなうてなん・
  御せうそこもたてまつらぬを・つてにうけ
  たまはれハ・わか君ハ春宮にまいり給て・お
  とこ宮むまれ給へるよしをなむ・ふかくよろ
  こひ申侍る・そのゆへは身つから・かくつたなき
  山ふしの身に・いまさらにこのよのさかえを・」89ウ

  思にも侍らす・すきにしかたのとしころ・
  心きたなく六時のつとめにも・たゝ御ことを
  心にかけて・はちすのうへのつゆのねかひを
  ハ・さしをきてなむ・ねんしたてまつりしわか
  おもとむまれ給ハんとせし・そのとしの二月
  のその夜のゆめに見しやう・身つからすミの
  山を・右のてにさゝけたり山の左右より月日
0436【月日のひかり】−中宮 東宮
  のひかりさやかにさしいてゝよをてらす・身
  つからハ山のしものかけにかくれて・その光に
  あたらす・山をハひろき海にうかへをきて・」90オ

  ちいさき舟にのりてにしのかたをさして
  こき行となん見侍し・夢さめてあしたより・
  かすならぬ身にたのむところいてきなから
  なに事につけてか・さるいかめしきことをは
  まちいてむと・心のうちに思ひはへしを・そ
  のころよりハらまれ給にしこなた・そくの
0437【そくのかたのふミ】−学文
  かたのふミを見侍しにも・又内教の心をた
  つぬる中にも・夢をしんすへきことおほく
  侍しかハ・いやしきふところのうちにも・かたしけ
  なくおもひいたつきたてまつりしかと・ちから」90ウ

  をよハぬ身におもふ給へかねてなむ・かゝるみちに
  おもむき侍にし・またこの国のことに・しつミ
  侍て・老のなミにさらにたちかへらしと思ひ
  とちめて・このうらにとしころ侍しほとも・
  わか君をたのむことに思きこえ侍しかハなむ・
  心ひとつにおほくの願をたてはへりし・その
  かへり申たいらかに思のこと・時にあひ給わか君
  くにのはゝとなり給て・ねかひみち給はん
  よにすみよしのみやしろをハしめはたし申
  給へ・さらになにことをかハうたかひ侍らむ・この」91オ

  ひとつの思ひちかき世にかなひ侍りぬれハ・
  はるかににしのかた・十万億(億=億)の国へたてたる
  九品のうへの・ゝそみうたかひなくなり侍り
  ぬれは・いまハたゝむかふるはちす越まち
  はへるほと・そのゆふへまて水草きよき山
0438【水草きよき】−\<朱合点> 遠つ国ハ水草きよミ事しけき都の事ハすますまされり(挙白集1791、休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  のすゑにて・つとめ侍らむとてなむ・まかり
  いりぬる
    ひかりいてんあか月ちかくなりにけり
0439【ひかりいてん】−明石の入道
  いまそ見しよの夢かたりするとて月日
  かきたり・いのちをハらむ月日もさらになし」91ウ

  ろしめしそ・いにしへより人のそ(そ+め<朱>)をきける藤
  衣にも・なにかやつれ給ハん・たゝ我身ハへん
  化の物とおほしなして・老法師のためにハ・
  (+功徳をつくり給へこのよのたのしみに<朱>)そへても・のちのよ越わすれ給ふな・ねかひ侍る
  所にたにいたり侍なハ・かならす又たいめん
  ハ侍りなむ・さハのほかのきしにいたりて・とく
0440【さハ】−娑婆
  あひ見んと越おほせさて・かのやしろに・
  たてあつめたる願ふミともを・おほきなる
  ちんのふはこにふむしこめてたてまつりた
  まへり・あま君にハこと/\にもかゝす・たゝこ」92オ

  の月の十四日になむ草のいほりまかりは
  なれて・ふかき山にいり侍りぬる・かひなき
0441【ふかき山にいり侍りぬる】−六 身をすてゝ山に入ニし我なれは熊のくらハん事もしられす(拾遺集382・拾遺抄475、河海抄・紹巴抄・休聞抄・花屋抄・岷江入楚) 薩[土+垂]王子身施虎
  身をハ・くまおほかミにも施し侍なん・そこにハ
  猶思しやうなる・御よ越まちいて給へ・あきらか
  なる所にて・又たいめんハありなむとのミあ
  り・あま君このふミを見て・かのつかひの大と
  こにとへハ・この御文かき給て三日といふに
  なむ・かのたえたるみねにうつろひ給にし・なに
  かしらも・かの御をくりにふもとまてハ・さふらひ
  しか・みなかへし給て・僧一人わらハ二人なん・御とも」92ウ

  にさふらハせ給・いまハとよ越そむき給しお
  りを・かなしきとちめと思給へしかとのこり
  侍けり・としころをこなひのひま/\に・より
  ふしなから・かきならし給し・きんの御ことひは
  とりよせ給て・かいしらへ給つゝ・ほとけにまかり
0442【まかり】−辞<イトマ>
  申し給てなん・みたうに施入し給し・さらぬ物
  ともゝおほくハたてまつり給て・そのゝこり
  をなん・御弟子とも六十余人なん・したしき
  かきりさふらひける・ほとにつけて・みな処分
  し給て・猶しのこりをなん・京の御れうとて・」93オ

  をくりたてまつり給へる・いまハとてかきこ
  もり・さるはるけき山の雲かすミにましり
  給にし・むなしき御あとにとまりて・かなしひ
  おもふ人々なんおほく侍るなと・このたいとこも
  わらハにて・京よりくたりけるふる人の老
  法しになりてとまれる・いとあはれに心ほ
  そしと思へり・ほとけの御弟子の・さかしき
  ひしりたに・わしのミねをハ・たと/\しからす・
  たのミきこえなから・猶たき木つきける夜
  のまとひハふかかりける越・ましてあま君の」93ウ

  かなしと思給へることかきりなし・御方ハミなみの
  おとゝにおはするを・かゝる御せうそこなんあると
  ありけれハ・しのひてわたり給へり・をも/\しく
  身をもてなして・おほろけならてハ・かよひあひ
  見給こともかたきを・あハれなる事なんと
  きゝておほつかなけれハ・うちしのひてものし
  給へるに・いといミしくかなしけなるけしき
0443【いといミしく】−尼公
  にてゐ給へり・火ちかくとりよせて・此ふミ
  を見給に・けにせきとめんかたそなかりける・
  よの人ハなにともめとゝむましきことの・まつ」94オ

  むかしきしかたの事思いてこひしと思
  わたり給・心にハあひ見てすきはてぬる
  にこそハと見給に・いみしくいふかひなし・涙を
  えせきとめす・この御ゆめかたりをかつは・
  行さきたのもしく・さハひか心にて・我身を
  さしもあるましきさまに・あくからし給と・
  なかころ思たゝよハれしことハ・かくはかなき
  夢にたのミをかけて・心たかくものし給なり
  けりと・かつ/\思あハせ給・あまきミひさ
  しくためらひて・君の御とくにハ・うれしく」94ウ

  をもたゝしきことをも・身にあまりてなら
  ひなく思侍り・あハれにいふせき思ひもすく
  れてこそ侍けれ・かすならぬかたにてもなか
  らへし・都をすてゝ・かしこにしつミゐしをたに・
  よ人にたかひたるすくせにもあるかなと思ひ
  はへしかと・いけるよにゆきハなれ・へたたる
  へき中の契とハ思かけす・おなしはちす
  にすむへきのちのよのたのミをさへかけて
  とし月をすくしきて・にハかにかくおほえぬ
  御こといてきて・そむきにし世にたちかへり」95オ

  てはへる・かひある御事を見たてまつりよ
  ろこふものから・かたつかたにハ・おほつかなくかな
  しきことのうちそひて・たえぬを・つゐに
  かくあひみすへたてなから・このよ越わかれ
  ぬるなん・くちおしくおほえはへる・世にへし
  時たに人ににぬ心はえにより・よ越もてひ
  かむるやうなりしを・わかきとちたのミ
  ならひて・をの/\ハ又なく契をきてけれは・
  かたミにいとふかくこそたのミ侍しか・いかなれ
  ハかくみゝにちかき程なから・かくてわかれぬらん」95ウ

  といひつゝけて・いとあハれにうちひそミ給・
  御方もいみしくなきて・人にすくれん行
  さきのこともおほえすや・かに(に#す<朱>)ならぬ身にハ
  なに事もけさやかに・かひあるへきにもあらぬ
  ものから・あハれなるありさまにおほつか
  なくて・やミなむのミこそくちおしけれ・よろ
  つの事さるへき人の御ためとこそおほえはへ
0444【さるへき人】−入道
  れ・さてたえこもり給なハ・世中もさためなき
  に・やかてきえ給なハ・かひなくなんとて・よもす
0445【きえ給なハ】−入道
  からあハれなる事ともをいひつゝあかし」96オ

  給・きのふもおとゝの君のあなたにありと
0446【きのふも】−猶明ー詞
0447【おとゝの君】−源
  見をき給てし越・にハかにはひかくれたらむも・
  かろ/\しきやうなるへし・身ひとつハなにハかり
  も思ハゝかり侍らす・かくそひ給御ためなと
0448【そひ給】−尼#
  のいとおしきになむ・心にまかせて身をももて
  なしにくかるへきとて・あか月にかへりわたり
0449【かへりわたり給ぬ】−明方
  給ぬ・わか君ハいかゝおハします・いかてか見たて
  まつるへきとてもなきぬ・いま見たてまつり
  給てん・女御の君も・いとあハれになむおほしいて
  つゝ・もし世中思ふやうならハ・ゆゝしきかね」96ウ

  ことなれと・あま君その程まて・なからへ給は
0450【あま君その程まて】−若宮東宮マテ
  なんとの給ふめりき・いかにおほすことにか
  あらむとの給へは・又うちゑミて・いてやされは・
0451【又うちゑミて】−尼
  こそさま/\ためしなきすくせにこそ侍れとて
  よろこふ・このふはこハもたせて・まうのほり
0452【まうのほり】−明上
  給ぬ・宮よりとくまいり給へきよしのミ
0453【宮より】−東ー
  あれは・かくおほしたることハりなり・めつらし
0454【めつらしきことさへそひて】−若宮
  きことさへそひて・いかに心もとなくおほさる
  らむと・むらさきのうへもの給て・わか宮しの
  ひてまいらせたてまつらむ御心つかひし賜・」97オ

  みやす所ハおほんいとまの心やすからぬ
0455【みやす所】−明中
  にこり給て・かゝるついてにしハしあらまほし
  くおほしたり程なき御身に・さるおそろし
  きことをし給へれは・すこしおもやせほそり
  て・いみしくなまめかしき御さまし給へり・かく
  ためらひかたくおはするほとつくろひ給てこ
  そハなと・御かたなとハ・心くるしかりきこえ給
0456【御かた】−明
  を・おとゝハかやうにおもやせて・見えたてま
0457【おとゝ】−源
  つり給ハむも・中/\あハれなるへきわさなり
  なとの給・たいのうへなとのわたり給ぬる夕」97ウ

  つかたしめやかなるに・御かたおまへにまいり
0458【おまへに】−明中
  給て・このふはこきこえしらせ給・おもふさまに
  かなひはてさせ給まてハ・とりかくしてをき
  て侍へけれと・世中さためかたけれはうしろ
  めたさになん・なに事をも御心とおほしかす
  まへさらむ・こなたともかくも・はかなくなり
  侍なは・かならすしも・いまハのとちめ越御
  らむせらるへき身にも侍らねは・猶うつし
  心うせすはへるよになむ・はかなき事をも・
  きこえさせをくへく侍けると思ひ侍て・むつ」98オ

  かしくあやしきあとなれと・これも御らんせよ
  この願ふミハ・ちかきみつしなとにをかせ給て・
  かならすさるへからむおりに御らむして・このうち
  のことゝもハせさせ給へ・うとき人にハ・なもら
  させ給そかハかりと見たてまつりをきつれ
  は・身つからもよ越そむき侍なんとおもふ給へ
  なりゆけハ・よろつ心のとかにもおほえはへ
  らすたいのうへの御こゝろ・をろかに思き
  こえさせ給な・いとありかたくものし給・ふかき
  御けしきを見はへれハ・身にハこよなくまさり」98ウ

  て・なかき御よにもあらなんとそ思はへる・
  もとより御身にそひきこえさせんにつけ
  ても・つゝましきミの程に侍れは・ゆつりき
  こえそめ侍にしを・いとかうしも物し給ハしと
  なん・としころハ猶よのつねにおもふ給へわたり
  侍つる・いまハきしかた行さき・うしろや
  すく思なりにて侍りなと・いとおほくき
  こえ給・涙くミてきゝおはす・かくむつまし
0459【きゝおはす】−明中
  かるへきおまへにも・つねにうちとけぬさま
  し給て・わりなくものつゝミしたるさまなり・」99オ

  このふミのことハ・いとうたて・こハく・にくけ
  なるさま越・みちのくにかミにてとしへに
  けれは・きハミあつこえたり(り$る<朱>)五六枚・さす
  かにかうにいとふかくしミたるにかき給へり・
  いとあハれとおほして・御ひたいかミの・やう/\ぬれ
  ゆく御そハめ・あてになまめかし・院ハひめ宮
0460【院】−源
0461【ひめ宮】−女三
  の御かたにおハしけるを・なかのみさうしより・
  ふとわたり給へれハ・えしもひきかくさて・御
  きちやうをすこしひきよせて・身つからハは
  たかくれ給へり・わか宮はおとろき給へりや・と」99ウ
0462【わか宮は】−源詞

  きのまもこひしきわさなりけりと・きこえ
  給へは・みやす所ハいらへもきこえ給ハねは・
  御方たいにわたしきこえ給へときこえ給・いと
0463【御方】−明#
0464【たいに】−紫
0465【いとあやしや】−源詞
  あやしやあなたに・この宮を・らうし奉りて・
  ふところをさらにはなたす・もてあつかひ
  つゝ・人やりならす・きぬもみなぬらして・ぬき
  かへかちなめる・かろ/\しく・なとかくわたした
  てまつり給・こなたにわたりてこそ見たて
  まつり給ハめとの給へは・いとうたて思くま
  なき御ことかな・女におハしまさむにたに・あな」100オ

  たにて見たてまつり給ハんこそ・よく侍らめ・ま
  しておとこハ・かきりなしときこえさすれと・
  心やすくおほえ給を・たハふれにても・かやうに・
  へたてかましき事な・さかしかりきこえさせ
  給ひそと・きこえ給・うちわらひて・御なかとも
0466【うちわらひて】−源
  にまかせて見はなちきこゆへきなゝりなへ
  たてゝいまハたれも/\さしはなちさかしら
  なとの給こそ・をさなけれ・まつハかやう(う+に<朱>)はひ
0467【はひかくれて】−隔物心
  かくれてつれなくいひおとし給めりかし
  とて・御木丁をひきやり給へれは・もやのハし」100ウ

  らによりかゝりて・いときよけに・心はつかしけ
0468【よりかゝりて】−明中
  なるさまして・物し給ありつるはこも・まとひ
  かくさんも・さまあしけれハ・さておハするを・なそ
0469【なそのはこ】−源詞
  のはこ・ふかき心あらむけさう人の・なかう
  たよミて・ふんしこめたる心ちこそすれとの
  給へハ・あなうたてや・いまめかしくなりかへら
0470【あなうたてや】−明上詞
  せ給める御心ならひに・きゝしらぬやうなる・御
  すさひ事ともこそ・時々いてくれとて・ほゝゑミ
  給へれと・物あハれなりける御けしきともしる
  けれは・あやしとうちかたふき給へるさま」101オ

  なれハ・わつらハしくて・かのあかしのいはやより
0471【あかしのいはや】−明石
  しのひてはへし・御いのりの巻数又またしき
  願なとのはへりけるを・御こゝろにもしらせた
  てまつるへきおりあらハ・御覧しをくへくや
  とて侍を・たゝいまハついてなくて・なにかハ
  あけさせ給ハんときこえ給に・けにあハれ
0472【けにあハれ】−源詞
  なるへきありさまそかしと・いかにをこなひ・
  ましてすミ給にたらむ・命なかくて・こゝら
  のとしころのつとむるつミも・こよなからむ
  かし・世の中によしありさかしき・かた/\」101ウ

  の人とて見るにも・この世にそみたる程のに
  こりふかきにやあらむ・かしこきかたこそ
  あれ・いとかきりありつゝ・をよはさりけりや・
  さもいたりふかく・さすかにけしきありし人
  のありさまかな・ひしりたちこの世はなれかほ
  にもあらぬものから・したの心ハみなあらぬ世に
  かよひすミにたるとこそ見えしか・ましていまハ
  心くるしき・ほたしもなく思ひはなれにたらむ
  をや・かやすき身ならハ・しのひていとあはま
  ほしくこそとの給ふ・いまハかの侍し所をも」102オ
0473【いまハかの】−明上詞

  すてゝ・とりのねきこえぬ山にとなん・きゝ侍と
0474【とりのねきこえぬ山】−\<朱合点> 古今 とふ鳥の声もきこえぬ奥山のふかき心ヲ人ハしるらん(古今535、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  きこゆれは・さらハそのゆいこむなゝりな(△&な)・せう
0475【さらハその】−源詞
  そこハかよハし給や・あま君いかに思給らむ・
  おやこの中よりも・またさるさまの契ハ
  こゝ(ゝ$)とにこそそふへけれとて・うち涙くミ給
  へり・としのつもりに・世中のありさまを・とかく
  思しり行まゝに・あやしくこひしく思いて
  らるゝ人のミありさまなれは・ふかき契の
  なからひハ・いかにあはれならむなとの給ついて
  に・この夢かたりもおほしあハする事もやと」102ウ
0476【この夢かたりも】−明石詞

  思て・いとあやしきほんしとかいふやうなる
0477【ほんし】−梵字
  あとにはへめれと・御らんしとゝむへきふし
  もやましり侍とてなん・いまハとて・わかれ侍
  にしかと・猶こそあハれはのこり侍るもの
  なりけれとて・さまよくうちなき給て・いと
  かしこく猶ほれ/\しからすこそあるへけれ・
  てなともすへてなにこともわさと・いうそく
  にしつへかりける人の・たゝこのよ・ふるかた
  の心をきてこそ・すくなかりけれ・かのせん
  そのおとゝハ・いとかしこくありかたき心」103オ

  さしをつくして・おほやけにつかうまつり給
  ける程に・ものゝたかひめありて・そのむ
  くひにかくすゑハなきなり・なと人いふ
  めりしを・女子のかたにつけたれと・かくて
  いとつきなしといふへきにハあらぬも・そこら
  のをこなひのしるしにこそハあらめなと・涙
  おしのこひ給つゝ・この夢のわたりにめとゝ
  め給ふ・あやしくひか/\しく・すゝろにたかき
  心さしありと・人もとかめ又われなからも・
  さるましきふるまひを・かりにても・する」103ウ

  かなと思しことハ・この君のむまれ給し
  時に・契ふかく思しりにしかと・めのまへに
  見えぬあなたの事ハ・おほつかなくこそ思
  わたりつれ・さらハかゝるたのミありて・あな
  かちにハ・のそみしなりけり・よこさまに
  いみしきめ越み・たゝよひしも・この人ひとり
  のためにこそありけれ・いかなる願をか心に
  おこしけむとゆかしけれは・心のうちにおか
  ミてとり給つ・これは又くしてたてまつるへき
  物侍り・いま又きこえしらせ侍らんと・女御」104オ

  にハきこえ給・そのついてにいまハかくいにし
  へのことをもたとりしり給ぬれと・あなた
0478【あなた】−紫
  の御心はへを・おろかにおほしなすな・もとより
  さるへきなかえさらぬむつひよりも・よ
  こさまの人のなけのあハれをもかけ・ひと事
  の心よせあるハ・おほろけのことにもあらす・
  ましてこゝになとさふらひなれ給を・見る/\
  も・ハしめの心さしかハらす・ふかくねんころに
  思きこえたるを・いにしへの世のたとへにも
0479【世のたとへ】−マヽ母事
  さこそハ・うはへにハ・はくゝみけれと・らう/\」104ウ

  しきたとりあらんと・かしこきやうなれと・
  猶あやまりても・我ためしたの心ゆかミたら
0480【あやまりても】−マヽ子ノ心
0481【我ため】−マヽコノ為
0482【心ゆかみ】−マヽハヽノ心
  む人を・さも思よらすうらなからむためハ・
  ひきかへしあハれにいかてかゝるにはと・つミえ
0483【あハれに】−マヽ母ノ思ナヲシ哀マン也
  かましきにも思な越る事もあるへし・おほ
  ろけのむかしのよのあたならぬ人ハ・たかふ
  ふし/\あれと・ひとり/\つミなき時にハを
0484【ひとり/\】−マヽ子モマヽ母モ
  のつから・もてなすためしともあるへかめり・さし
  もあるましきことに・かと/\しくくせ越
  つけ・あい行なく・人をもてはなるゝ心ある」105オ

  ハ・いとうちとけかたく思くまなきわさに
  なむあるへき・おほくハあらねと・人の心の
0485【おほくハあらねと】−源ノ見給方ー
  とあるさま・かゝるおもむきをミゆるに・ゆへ
  よしといひ・さま/\に・口惜からぬきはの心
  はせあるへかめり・ミなをの/\えたるかた
  ありて・とる所なくもあらねと・又とりた
  てゝ・我うしろミに思ひ・まめ/\しく・えらひ
  思ハんにハ・ありかたきわさになむ・たゝまこと
  に心のくせなく・よきことハ・このたいをのミ
0486【このたい】−紫
  なむ・これをそおひらかなる人といふへかりける」105ウ

  となむ思はへる・よしとて又あまりひたゝけ
0487【ひたゝけて】−切也
  て・たのもしけなきもいとくちおしやとハ
  かりの給ふに・かたへの人ハ思ひやられぬかし・
  そこにこそ・すこしものゝ心えてものし給
  める越・いとよし・むつひかハして・この御うしろみ
0488【この御うしろみ】−明事
  をもおなし心にてものし給へなと・しのひ
  やかにの給・のたまハせねといとありかたき
0489【のたまハせねと】−明上詞
  御けしきを見たてまつるまゝに・あけくれ
  のことくさにきこえはへる・めさましきものに
  なとおほしゆるさゝらんに・かうまて御らんし」106オ

  しるへきにもあらぬを・かたハらいたきまて・
  かすまへの給ハすれは・かへりてハまはゆくさ
  へなむ・かすならぬ身のさすかにきえぬは・
  よのきゝ(ゝ+みゝ)もいとくるしく・つゝましく思
  たまへらるゝを・つミなきさまにもてかくされ
  たてまつりつゝのミこそと・きこえ給へは・
  その御ためにハなにの心さしかハあらむ・たゝ
0490【その御ため】−源詞
  この御ありさまを・うちそひてもえ・見たて
  まつらぬおほつかなさに・ゆつりきこえらるゝ
  なめり・それも又とりもちて・けちえんに」106ウ
0491【又とりもちて】−紫

  なとあらぬ御もてなしともに・よろつの事
  なのめに・めやすくなれは・いとなむおもひ
  なくうれしき・はかなきことにてもの心え
  す・ひか/\しき人ハたちましらふにつけ
  て・人のためさへからきことありかし・さな越し
  所なく・たれもものし給めれは・心やすくなむ
  と・の給につけても・さりやよくこそひけし
0492【さりやよくこそ】−明上
  にけれなと思つゝけ給・たいへわたり給ぬ・さも
0493【たいへわたり給ぬ】−源
  いとやむことなき御心さしのミまさるめる
  かな・けにはた人よりことに・かくしもくし」107オ

  給へるありさまの・ことハりと見え給へる
  こそめてたけれ・宮の御方・うハへの御かし
0494【宮の御方】−女三
  つきのミめてたくて・わたり給こともえな
  のめならさめるハ・かたしけなきわさなめり
  かし・おなしすちにハおハすれと・いまひとき
  ハゝ心くるしくと・しりふこちきこえ給に
0495【しりふこち】−源ノ御後言也
  つけても・我すくせハ・いとたけくそおほえ給ひ
0496【我すくせ】−明上
  ける・やむことなきたに・おほすさまにもあら
  さめるよに・ましてたちましるへきおほ
  えにしあらねハ・すへていまハうらめしき」107ウ

  ふしもなし・たゝかのたえこもりにたる・山
  すみを思やるのミそあハれにおほつかなき・
 あま君もたゝふくちのそのにたねまき
0497【ふくちのそのにたねまきて】−作者不知 耶輸陀蘿か福智の園に種まきてあハん必有為の都に(出典未詳、異本市営抄・河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  てとやうなりし・ひとことをうちたのミて・
  のちのよ越思やりつゝ・なかめゐ給へり・大将
0498【大将の君】−夕
  の君ハこのひめ宮の御こと越・思をよハぬ
0499【ひめ宮】−女三
  にしもあらさりしかハ・めにちかくおハします
  を・いとたゝにもおほえす・おほかたの御かし
  つきにつけて・こなたにハさりぬへき・おり
  おりにまいりなれ・をのつから・御けハひあり」108オ

  さまも・見きゝ給に・いとわかく・おほとき給へる
  ひとすちにて・うへのきしきハいかめしく・
  世のためしにしつハかり・もてかしつきたて
  まつり給へれと・おさ/\けさやかにものふかく
  は見えす・女房なともおとな/\しきは
  すくなく・わかやかなるかたち・人のひたふる
0500【かたち人】−顔人
  にうちはなやき・されはめるハ・いとおほく
  かすしらぬまて・つとひさふらひつゝ・もの思ひ
  なけなる御あたりとハいひなから・なに
  事ものとやかに心しつめたるハ心のうちの・」108ウ

  あらハにしも・見えぬわさなれハ・身に人
  しれぬおもひそひたらんも・又まことに心ち
0501【又まことに心ちゆき】−思アル人モ心チヨキ人ニソヘハモニナル心ナリ
  ゆき・けにとゝこほりなかるへきにし
  うちましれは・かたへの人にひかれつゝ・お
  なしけハひもてなしに・なたらかなるを
  たゝあけくれは・いはけたるあそひたは
  ふれに・心いれたるわらハへのありさまなと・
  院ハいとめにつかす見給事ともあれと・ひ
  とつさまに・よの中をおほしの給ハぬ・御本
  上なれは・かゝるかたをもまかせて・さこそハ」109オ

  あらまほしからめと・御らんしゆるしつゝ・
  いましめとゝのへさせ給はす・さうしみの御
  ありさまハかりをハ・いとよくをしへきこえ
  給に・すこしもてつけ給へり・かやうの事を・
  大将の君もけにこそありかたき世なり
0502【大将の君】−夕
  けれ・むらさきの御よういけしきの・こゝら
  のとしへぬれと・ともかくも・ゝりいてみえき
  こえたるところなく・しつやかなるを・もとゝ
  して・さかすに心うつくしう人をもけたす・
  身をもやむことなく・心にくくもてなし」109ウ

  そへ給へる事と・見しおもかけも・わすれかた
  くのミなむ思いてられける・我御北のかたも・
  あハれとおほすかたこそふかけれ・いふかひあり
  すくれたる・らう/\しさなとものし給
  ハぬ人なり・おたしきものに・いまハとめ
  なるゝに・心ゆるひて・猶かくさま/\につとひ
  給へるありさまともの・とり/\におかしけ越・
  心ひとつに・思はなれかたきを・ましてこの
  宮ハ・人の御ほとを思にもかきりなく・心こと
  なる御ほとにとりわきたる御けしきに」110オ

  しもあらす・人めのかさりハかりにこそとミ
  たてまつりしる・わさとおほけなき心に
  しもあらねと・見たてまつるおりありな
  むやと・ゆかしく思きこえ給けり・衛門の
  かむの君も・院につねにまいりしたしく
0503【院に】−朱
  さふらひなれ給し人なれハ・この宮をちゝみ
  かとのかしつきあかめたてまつり給し御心
  をきてなとくハしく見たてまつりをきて・
  さま/\の御さためありしころをひより・き
  こえより・院にもめさましとハ・おほしの」110ウ
0504【院にも】−朱

  給ハせすと・きゝしをかくことさまになり給
  へるハ・いとくちおしく・むねいたき心ち
  すれは・な越えおもひはなれす・そのおり
  より・かたらひつきにける女房のたより
  に・御ありさまなとも・きゝつたふるを・なく
  さめに思ふそ・はかなかりける・たいのうへ
  の御けハひにハ・猶おされ給てなんと・よ人も
  まねひつたふるをきゝてハ・かたしけなくとも・
  さる物ハおもハせたてまつらさらまし・けに
  たくひなき御身にこそ・あたらさらめと・」111オ

  つねに・この小侍従といふ御ちぬしをも・いひ
0505【御ちぬし】−母
  はけまして・世中さためなきを・おとゝの
0506【おとゝの君】−源
  君もとよりほいありて・おほしをきてたる
0507【ほいありて】−山居
  かたに・おもむき給ハゝと・たゆミなく思あり
  きけり・やよひハかりのそらうらゝかなる
  日・六条院に・兵部卿宮衛門督なとまいり
0508【兵部卿宮】−蛍
  給へり・おとゝいて給て・御物かたりなとし給・
  しつかなるすまゐハ・このころこそ・いとつれ
  つれにまきるゝことなかりけれ・おほやけ
  わたくしに・ことなしや・なにわさしてかは」111ウ

  くらすへきなとの給て・けさ大将のものし
  つるハいつかたにそ・いとさう/\しきを・れい
  のこゆミいさせて・見るへかりけり・このむめる・
  わかうと(と+と<朱>)もゝ見えつるを・ねたういてやし
  ぬると・ゝハせ給・大将の君ハうしとらのまち
0509【うしとらのまち】−花散
  に人々あまたして・まりもてあそハして・
0510【まりもてあそハして】−自黄帝始為戦国我朝天智天ー時入鹿所翫
  み給ときこしめして・みたれかハしきことの
  さすかにめさせて・かと/\しきそかし・いつら
  こなたにとて・御せうそこあれはまいり給
  へり・わかきむたちめく人々おほかりけり・」112オ

  まりもたせ給へりや・たれ/\かものしつる
  との給ふ・これかれはへりつこなたへまかてん
  やとの給て・しんてんのひんかしおもて・きり
0511【しんてんのひんかしおもて】−西対の東西ニまりのかゝりあり
0512【きりつほ】−明中
  つほハ・わか宮くしたてまつりて・まいり給
0513【まいり給いにしころなれは】−御留守也
  いにしころなれは・こなたかくろへたりけり・
  やり水なとのゆきあひはれて・よしある
0514【やり水】−遣水の遠心ナリ
  かゝりの程をたつねて・たちいつ・おほきおほ
0515【おほいとのゝ君たち】−柏
  いとのゝの君たち・頭弁・兵衛佐・大夫の君なと・
0516【頭弁】−紅梅
  すくしたるも・又かたなりなるも・さま/\に
  人よりまさりてのミものし給・やう/\」112ウ

  くれかゝるに・風ふかす・かしこき日なりと・
  けうして・弁の君もえしつめす・たちまし
0517【弁の君】−紅
  れハ・おとゝ弁官も・えおさめあへさめるを・
0518【おとゝ】−源
  かんたちめなりともわかき・衛ふ(ふ+の、の#)つかさ
0519【衛ふつかさ】−大将以下
  たちハ・なとかみたれ給ハさらむ・かハかりの
  よハひにてハ・あやしくみすくす・口惜く
  おほえしわさなり・さるハいときやう/\
0520【いときやう/\なりや】−軽々也まりの事也みたれかましきあそひをいふ
  なりや・このことのさまよなとの給に・大将
  も・かんの君も・みなおり給て・えならぬ花
  のかけにさまよひ給ふゆふはへ・いときよけ」113オ

  なり・おさ/\さまよく・しつかならぬみたれ
  ことなめれと・所から人からなりけり・ゆへある
  庭の・こたちのいたくかすみこめたるに・いろ
  いろひもときわたる花の木とも・わつかなる
  もえきのかけに・かくはかなき事なれと・
0521【もえきのかけ】−散後
  よきあしきけちめあるを・いとミつゝ・われも
  をとらしと・思ひかほなる中に・衛門督のかり
  そめに・たちましり給へるあしもとに・ならふ人
  なかりけり・かたちいときよけに・なまめき
  たるさましたる人の・よういいたくして・さす」113ウ

  かにみたりかハしきおかしくみゆ・みハしのまに
  あたれるさくらのかけによりて・人々花の
  うへもわすれて心にいれたるを・おとゝも・宮
0522【宮】−蛍
  も・すミのかうらにいてゝ御覧す・いとらう
0523【御覧す】−依人上ヨリ見物アルヘシ
  ある心はへとも見えて・かすおほくなり行
  に・上らうも・みたれて・かうふりのひたい・す
  こしくつろきたり・大将の君も・御くらゐの
0524【御くらゐの程】−位程無鞠
  程思こそ・れいならぬみたりかハしさかなと
  おほゆれ・みるめハ人よりけにわかく・おかしけ
  にて・さくらのな越しのやゝなえたるに・」114オ

  さしぬきのすそつかたすこしふくみて・
0525【すこしふくみて】−なへはめる事也
  けしきハかりひきあけ給へり・かろ/\しう
  も見えす・物きよけけ(け$<朱>)なる・うちとけす
  かたに・花の雪のやうに・ふりかゝれは・うち
  見あけて・しほれたる・枝すこしをしおり
  て・みハしのなかのしなの程にゐ給ぬ・かんの
  君・つゝきて・花みたりかハしく・ちるめり
0526【みたりかはしく】−麻<ミタリカワシ>
  や・さくらハよきてこそなとの給つゝ・宮の
0527【さくらハよきて】−\<朱合点> 吹風も心しあらハ此春ハ桜をよきてちらささらなん(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0528【宮】−女三
  御まへのかたをしりめに見れハ・れいのことに
  おさまらぬけハひともして・いろ/\こほれ」114ウ

  いてたる・みすのつますきかけなと・春の
  たむけのぬさふくろにやとおほゆ・御木丁
  ともしとけなくひきやりつゝ・人けちかく・
  よつきてそみゆるに・からねこのいとちい
  さく・おかしけなるを・すこしおほきなる
  ねこ・をひつゝきて・にはかにみすのつまより・
  ハしりいつるに・人々おひえさハきて・そよ/\
  とみしろきさまよふけハひとも・きぬの
  をとなひ・みゝかしかましき心ちす・ねこは
  またよく人にもなつかぬにや・つないと」115オ

  なかくつきたりけるを・ものにひきかけ・
  まつはれにけるを・にけんと・ひこしろふほと
  に・みすのそハ・いとあらハにひきあけられ
  たるを・とみにひきな越す人もなし・この
  はしらのもとにありつるひと/\も・心
  あはたゝしけにて・物おちしたるけハひ
  ともなり・木丁のきハすこしいりたる程に・
  うちきすかたにて・たち給へる人あり・ハし
  よりにしの二のまのひんかしのそはなれは・
  まきれ所もなく・あらはに見いれらる・」115ウ

  こうはいにやあらむこきうすき・すき/\に・
0529【すき/\に】−数奇/\
  あまたかさなりたる・けちめはなやかに・
  さうしのつまのやうに見えて・さくらのをり
  ものゝほう(う$そ<朱>)なかなるへし・御くしのすそまて・
  けさやかに見ゆるハ・いとをよりかけたる
  やうになひきて・すそのふさやかに・そかれ
  たるいとうつくしけにて・七八寸ハかりそあ
  まり給へる・御そのすそかちにいとほそく
  さゝやかにて・すかたつき・かミのかゝり
  給へるそはめ・いひしらすあてにらうた」116オ

  けなり・ゆふかけなれは・さやかならす・おく・
  くらき心ちするも・いとあかすくちおし・
  まりに身をなくる・わか君たちの・花の
  ちるを・おしみもあえぬけしきともを見る
  とて・人々あらハを・ふともえ見つけぬなる
  へし・ねこのいたくなけハ・見かへり給へる・をも
  もち・もてなしなと・いと老らかにて・わかく・
  うつくしの人やとふとみえたり・大将いとかた
  ハらいたけれと・はひよらむも・中/\いとかる/\
  しけれは・たゝ心越えさせて・うちしは」116ウ

  ふき給へるにそ・やをらひきいり給さるハ・
  我心ちにも・いとあかぬ心ちし給へと・ねこ
  のつなゆるしつれは・心にもあらす・うちな
  けかる・まして・さハかり心をしめたる・衛門
  の督は・むねふとふたかりて・たれハかり
  にかハあらん・こゝらの中に・しるきうちき
  すかたよりも・人にまきるへくもあら
  さりつる・御けハひなと・心にかゝりておほ
  ゆ・さらぬかほに・もてなしたれと・まさにめと
  とめしやと・大将ハいとおしくおほさる・わり」117オ

  なき心ちのなくさめに・ねこをまねきよ
  せて・かきいたきたれは・いとかうハしく
  て・らうたけにうちなくも・なつかしく思ひ
  よそへらるゝそ・すき/\しきや・おとゝ御覧し
  おこせて・かんたちめの座・いとかろ/\しや・
  こなたにこそとて・たいのみなミおもて
0530【たい】−紫
0531【みなミおもて】−東対ノ南庇方ナリ
  にいり給へれハ・みなそなたにまいり給ぬ・
  宮もゐなをり給て・御物かたりし給・つき/\
0532【宮も】−蛍
  の殿上人ハ・すのこにわらうためして・わさと
  なく・つはいもちゐ・なしかうし・やうの物とも」117ウ

  さま/\に・はこのふたともにとりませつゝ
  あるを・わかき人々そほれとりくふ・さるへき・
  から物ハかりして・御かハらけまいる・衛門督ハ・いと
0533【から物ハかり】−唐クタ物
  いたく思しめりて・やゝもすれは・花の木にめ
  をつけてなかめやる・大将は心しりに・あやし
  かりつる・ミすのすきかけ思いつることや
  あらむと思給・いとハしちかなりつる・あり
  さまを・かつハかろ/\しとおもふらんかし・いてや
  こなたの御ありさまの・さハあるましかめる
0534【こなたの】−紫
  物をと・おもふにかゝれはこそ・世のおほえの」118オ

  程よりは・うち/\の御心さし・ぬるきやう
  にハありけれと・思あハせて・猶うちとのよう
  い・おほからす・いはけなきハ・らうたきやう
  なれと・うしろめたきやうなりやと・思おと
  さる・さいしやうの君ハ・よろつのつミをも・おさ/\
0535【さいしやうの君】−衛門督兼ナリ
  たとられす・おほえぬ物のひまより・ほのかにも
  それと・見たてまつりつるにも・我むかし
  よりの心さしの・しるしあるへきにやと・契
  うれしき心ちして・あかすのミおほゆ・院は
0536【院は】−源
  むかしものかたりしいて給て・おほきおとゝ」118ウ
0537【おほきおとゝ】−致仕

  のよろつの事に・たちならひて・かちまけの
  さためし給し中に・まりなんえをよハす
  なりにし・はかなきことハ・つたへあるまし
  けれと・物のすちハ・猶こよなかりけり・いと
  めもをよハす・かしこうこそ・見えつれとの給へ
0538【かしこうこそ】−柏鞠
  は・うちほゝえミて・はか/\しきかたにハ・
0539【はか/\しきかたにハ】−柏詞
  ぬるく侍る・いへの風の・さしも吹つたへ侍らんに・
  のちの世のため・ことなることなくこそはへり
  ぬへけれと申給へは・いかてかなに事も・人に
0540【いかてか】−源詞
  ことなるけちめをハ・しるしつたふへきなり・」119オ

  いへのつたへなとに・かきとゝめいれたらんこそ・
  けうハあらめなと・たはふれ給御さまの・にほひ
  やかに・きよらなる(る+を見たてまつるにもかゝる人にならひていかは<朱>)かりの事にか・心をうつす
  人はものし給ハん・なにことにつけてか・あハれと
  見ゆるしたまふはかりハ・なひかしきこゆへきと・
  思めくらすに・いとゝこよなく・御あたりハるか
  なるへき身の程も・思しらるれは・むねのミ
  ふたかりて・まかりて給ぬ・大将の君ひと
  つ車にて・みちのほと物かたりし給・猶この
  ころのつれ/\にハ・この院にまいりて・ま」119ウ

  きらハすへきなりけり・けふのやうならん・
  いとまのひま・まちつけて・花のおりすく
  さす・まいれとの給つるを・春おしミかてら・
  月の中に・こゆミ・もたせて・まいり給へと・かた
  らひちきる・をの/\わかるゝ・みちのほともの
  かたりしたまふて・宮の御事の猶いはまほし
0541【宮】−女三
0542【いはまほしけれは】−柏
  けれは・院にハ猶このたいにのミ・ものせさせ
0543【院】−源
0544【このたいに】−紫
  給なめり・なかのおほんおほえの・ことなるなめり
  かし・この宮いかにおほすらん・みかとのなら
0545【みかと】−朱
  ひなく・ならハしたてまつり給へるに・さしも」120オ

  あらて・くし給にたらんこそ・心くるしけれと・
  あいなくいへは・たい/\しきこと・いかてか・さハ
0546【たい/\しきこと】−夕詞
  あらむ・こなたハさまかハりて・おほしたて給へる・
  むつひのけちめはかりにこそ・あへかめれ・宮
  をハかた/\につけて・いとやむことなく・思き
  こえ給へるものをとかたり給へは・いてあな
0547【いてあなかま】−柏
  かま給へ・みなきゝてもはへり・いと/\おしけ
  なる・おり/\あなるをや・さるハよにおしなへ
  たらぬ人の御おほえを・ありかたきわさなり
  やと・いとほしかる」120ウ

    いかなれハ花にこつたふうくひすの
0548【いかなれハ】−柏
  桜をわきてねくらとハせぬ春の鳥の・桜
0549【桜をわきて】−女三宮にたとふ<朱>
0550【春の鳥】−衛門督詞
  ひとつにとまらぬこゝろよ・あやしとおほ
  ゆる事そかしと・くちすさひにいへは・いて
0551【いてあな】−大将詞心中
  あなあちきなの物あつかひや・されハよと思ふ
    み山木にねくらさたむるはこ鳥も
0552【み山木に】−夕 紫上にたとふ 六 深山木ニよるハきてぬる箱鳥の明て立ラン事をこそおもへ(古今六帖4483、河海抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
0553【はこ】−かほ一本 果鳥 万
0554【はこ鳥も】−箱鳥のまなくしは鳴春のゝの草のねしけき声もする哉(古今六帖4486・万葉1902、花鳥余情・休聞抄・岷江入楚)
  いかてか花のいろにあくへきわりなきこと・
0555【いろにあくへき】−女三ノ宮をいふへし
0556【わりなきこと】−大将
  ひたおもむきにのミやハといらへて・わつら
  ハしけれは・ことにいはせすなりぬ・こと事
  にいひまきらハして・をの/\わかれぬ・かむの」121オ

  君ハ・猶おほいとのゝひんかしのたいに・ひとり
  すみにてそものし給ける・おもふ心ありて・
  としころかゝるすまゐをするに・人やりな
  らす・さう/\しく心ほそき・おり/\あれと・
  我身かハかりにて・なとか思ふことかなハさら
  むとのミ・心おこりをするに・このゆふへより・くし
0557【くしいたく】−頭痛也又苦痛也
  いたく・物思ハしくて・いかならむおりに・又さハ
  かりにても・ほのかなる御ありさまをたに
  見む・ともかくも・かきまきれたる・きハの
  人こそかりそめにも・たハやすき・ものいみ・」121ウ

  かたゝかへのうつろひも・かろ/\しきに・をの
  つから・ともかくもものゝひまを・うかゝひつくる
  やうもあれなと・思やるかたなく・ふかきまと
  のうちに・なにハかりの事につけてか・かく
  ふかき心ありけりとたに・しらせたてま
  つるへきと・むねいたくいふせけれは・小侍従
  かり・れいのふミやり給ふ・一日風にさそ
0558【れいのふミやり給ふ】−名宛所
0559【一日風にさそはれて】−応徳二京極大閣 千代まてとさきそはしむる桜花みかきか原にほりうへしより(夫木集1115)
  はれて・みかきのハらを・わけいりて侍し
0560【みかきのはら】−\<朱合点> 垣ナトニヨス
  に・いとゝいかに・見おとし給けん・そのゆふへより
  みたり心ちかきくらし・あやなく・けふお(お$を<朱>)なか」122オ
0561【あやなくけふを】−\<朱合点> 伊 みすもあらすみもせぬ人の恋しくハあやなく今日やなかめくらさん(古今476・伊勢物語174・大和物語276・業平集22、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  めくらし侍なとかきて
    よそに見ておらぬなけきハしけれ
0562【よそに見て】−衛門督
  ともなこりこひしき花の夕かけとあれ
  と一日の心もしらぬハ・たゝよのつねのなか
  めにこそハと思ふ・おまへに人しけからぬ
  程なれは・かのふミをもてまいりて・この人の
0563【この人の】−侍従詞
  かくのミわすれぬ物に・ことゝひものし給こそ
  わつらハしく侍れ・心くるしけなるありさま
  も見給へあまる心もやそひはへらんと・身
  つからの心なからしりかたくなむと・(と+うち<朱>)わらひて」122ウ

  きこゆれは・いとうたてあることをもいふ哉
0564【いとうたて】−女三宮
  と・なに心もなけにの給てふミひろけたる
  を御覧す・見もせぬといひたるところをあ
  さましかりし・みすのつまをおほしあハせらるゝ
  に・御おもてあかミて・おとゝのさハかり・ことの
0565【おとゝ】−源
  ついてことに・大将に見え給な・いはけなき
  御ありさまなめれは・をのつから・とりはつして・
  見たてまつるやうもありなむと・いましめ
  きこえ給を・おほしいつるに・大将のさる事
  のありしと・かたりきこえたらん時・いかにあハ」123オ
0566【あハめ】−アハク

  め給ハんと・人の見たてまつりけん事をハ・
  おほさて・まつハゝかりきこえ給心のうちそをさ
  なかりける・つねよりも・おほんさしらへなけれ
0567【さしらへ】−返答
  は・すさましく・しゐてきこゆへきことにも
  あらねハ・ひきしのひて・れいのかく・一日の(の$は)つれ
0568【れいのかく】−侍従返事也
0569【つれなしかほ】−義孝集 わひぬれはつれなしかほにつくれとも袂ニかゝる雨のかなしさ(義孝集46、河海抄・紹巴抄)
  なしかほゝなむ・めさましうと・ゆるしき
  こえさりしを・見すもあらぬや・いかにあな
  かけ/\しと・はやりかに・ハしりかきて
    いまさらに色にないてそ山さくらをよ
0570【いまさらに】−小侍従
0571【をよハぬ枝に】−空ー第五 白雲と見ゆる桜もある物をおよはぬ枝におもハさらなん(宇津保物語328、河海抄・休聞抄)
  ハぬ枝に心かけきとかひなきことを」123ウ

  とあり」124オ

(白紙)」124ウ

【奥入01】千とせをかねてあそふつるの毛ころも
    席田第二反度也(戻)
【奥入02】耶輸陀蘿かふく地のそのに
    たねまきてあはんかならす
    有為のみやこに
    雖有此説此哥之證拠不知誰説
    頗凡俗事歟(戻)」125オ

イ本
任庭訓加首筆畢 良鎮」125ウ

わかな<墨> 一校了<朱> 二校了<朱>」(前見返し)