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渋谷栄一訳(C)

  

光る源氏の二十二歳春から二十三歳正月まで近衛大将時代の物語

第一章 六条御息所の物語 御禊見物の車争いの物語

  1. 朱雀帝即位後の光る源氏---御代替わりがあって後、何事につけ億劫にお思いになり
  2. 新斎院御禊の見物---そのころ、斎院も退下なさって
  3. 賀茂祭の当日、紫の君と見物---今日は、二条の院に離れていらして
第二章 葵の上の物語 六条御息所がもののけとなってとり憑く物語
  1. 車争い後の六条御息所---御息所は、心魂の煩悶なさること
  2. 源氏、御息所を旅所に見舞う---このようなお悩みのせいで
  3. 葵の上に御息所のもののけ出現する---大殿邸では、御物の怪がひどく起こって
  4. 斎宮、秋に宮中の初斎院に入る---斎宮は、去年内裏にお入りになるはずであったが
  5. 葵の上、男子を出産---少しお声も静かになられたので
  6. 秋の司召の夜、葵の上死去する---秋の司召が行われるはずの予定なので
  7. 葵の上の葬送とその後---あちらこちらのご葬送の人々や
  8. 三位中将と故人を追慕する---ご法事など次々と過ぎていったが、正日までは
  9. 源氏、左大臣邸を辞去する---君は、こうしてばかりも、どうして
第三章 紫の君の物語 新手枕の物語
  1. 源氏、紫の君と新手枕を交わす---二条院では、あちこち掃き立て磨き立てて
  2. 結婚の儀式の夜---その晩、亥の子餅を御前に差し上げた
  3. 新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り---元日には、例年のように、院に参賀なさってから

 

第一章 六条御息所の物語 御禊見物の車争いの物語

 [第一段 朱雀帝即位後の光る源氏]

 御代替わりがあって後、何事につけ億劫にお思いになり、その上にご身分の高さも加わってか、軽率なお忍び歩きも遠慮されて、あちらでもこちらでも、ご訪問のない嘆きを重ねていらっしゃる、その罰であろうか、相変わらず自分に無情なお方のお心を、どこまでもお嘆きになっていらっしゃる。

 今では、以前にも増してぴったりと、臣下の夫婦のようにお側においであそばすのを、新皇太后は不愉快にお思いなのか、宮中にばかり伺候していらっしゃるので、院の御所では競い合う者もなく気楽そうである。折々につけては、管弦の御遊などを興趣深く、世の評判になるほどに繰り返しお催しあそばして、現在のご生活のほうがかえって結構である。ただ、春宮のことだけをとても恋しく思い申し上げあそばす。ご後見役のいないのを、気がかりにお思い申されて、源氏の大将の君に万事ご依頼申し上げあそばされるにつけても、大将の君は気の咎める思いがする一方で、嬉しいとお思いになる。

 それはそうと、あの六条御息所のご息女の前坊の姫宮が、斎宮にお決まりになったので、大将のご愛情もまことに頼りないので、「幼いありさまに託けて下ってしまおうかしら」と、前々からお考えになっているのだった。

 院におかれても、このような事情があると、お耳にあそばして、

 「故宮がたいそう重々しくお思いおかれ、ご寵愛なさったのに、軽々しく並の女性と同じように扱っているそうなのが、気の毒なことだ。斎宮をも、わが皇女たちと同じように思っているのだから、どちらの縁からいっても疎略にしないのがよかろう。気まぐれにまかせて、このような浮気をするのは、まことに世間の非難を受けるにちがいない事である」

 などと、御機嫌悪いので、ご自分でも、仰せのとおりだと思わずにはいられないので、恐縮して控えていらっしゃる。

 「相手にとって、恥となるようなことはせず、どの夫人をも波風が立たないように処遇して、女人の恨みを受けてはならぬぞ」

 と仰せられるにつけても、「不届きな大それた不埒さをお聞きつけあそばした時には」と恐ろしいので、恐縮して退出なさった。

 また一方、このように院におかれてもお耳に入れられ、御訓戒あそばされるのにつけ、相手のご名誉のためにも、また自分にとっても、好色がましく困ったことであるので、以前にも増して大切に思い、気の毒にお思い申し上げていられるが、まだ表面立っては、特別にお扱い申し上げなさらない。

 女君も、不釣り合いなお年のほどを恥ずかしくお思いになって、気をお許しにならない様子なので、それに遠慮しているような態度をとって、それが院のお耳にお入りあそばし、世間の人も知らない者がなくなってしまったのを、深くもないご愛情のほどを、ひどくお嘆きになるのだった。

 このようなことをお聞きになるにつけても、朝顔の姫君は、「何としても、人の二の舞は演じまい」と固く決心なさっているので、ちょっとしたお返事なども、ほとんどない。そうかといって、憎らしく体裁悪い思いをさせなさらないご様子を、大将の君も、「やはり格別である」と思い続けていらっしゃる。

 大殿邸では、このようにばかり当てにならないお心を、気にくわないとお思いになるが、あまり大っぴらなご態度が、言っても始まらないと思ってであろうか、深くもお恨み申し上げることはなさらない。苦しい気分に悩みなさって、何となく心細く思っていらっしゃる。君はこのご懐妊を珍しく愛しくお思い申し上げになる。どなたもどなたも嬉しいことと思う一方で、不吉にもお思いになって、さまざまな御物忌みをおさせ申し上げなさる。このような時、ますますお心の余裕がなくなって、お忘れになるというのではないが、自然とご無沙汰が多いにちがいないであろう。

 [第二段 新斎院御禊の見物]

 そのころ、斎院も退下なさって、皇太后腹の女三の宮がおなりになった。父帝と母大后とが、特に大切にお思い申し上げていらっしゃる姫宮なので、神にお仕えする身におなりになるのを、まことに辛くおぼし召されたが、他の姫宮たちで適当な方がいらっしゃらない。儀式など、規定の神事であるが、盛大な騷ぎである。賀茂の祭の時は、規定のある公事に付け加えることが多くあり、この上ない見物である。お人柄によると思われた。

 御禊の日は、上達部などが、規定の人数で供奉なさることになっているが、声望が格別で、美しい人ばかりが、下襲の色や、表袴の紋様、馬の鞍のまで、すべて揃いの支度であった。特別の宣旨が下って、大将の君も供奉なさる。かねてから、見物のための車が心待ちしているのであった。

 一条大路は、隙間なく、恐ろしいくらいざわめいている。ほうぼうのお桟敷に、思い思いに趣向を凝らした飾り付けや、女性の袖口までが、大変な見物である。

 大殿におかれては、このようなご外出をめったになさらない上に、ご気分までが悪いので、考えもしなかったが、若い女房たちが、

 「さあ、どんなものでしょうか。わたくしどもだけでひっそり見物するのでは、ぱあっとしないでしょう。関係のない人でさえ、今日の見物には、まず大将殿をと、山中に住む賤しい者までが拝見しようと言うことですよ。遠い国々から、妻子を引き連れ引き連れして上京して来ると言いますのに。御覧にならないのは、あまりなことでございますわ」

 と言うのを、大宮もお聞きあそばして、

 「ご気分も少しよろしい折です。お仕えしている女房たちもつまらなそうです」

 と言って、急にお触れを廻しなさって、ご見物なさる。

 日が高くなってから、お支度も特別なふうでなくお出かけになった。隙間もなく立ち混んでいる所に、物々しく引き連ねて場所を探しあぐねる。身分の高い女車が多いので、下々の者のいない隙間を見つけて、みな退けさせた中に、網代車で少し使い馴れたのが、下簾の様子などが趣味がよいうえに、とても奥深く乗って、わずかに見える袖口や、裳の裾、汗衫などの衣装の色合が、とても美しくて、わざと質素にしている様子がはっきりと分かる車が、二台ある。

 「この車は、決して、そのように押し退けたりしてよいお車ではありませぬ」

 と、言い張って、手を触れさせない。どちらの側も、若い供人同士が酔い過ぎて、争っている事なので、制止することができない。年輩のご前駆の人々は、「そんなことするな」などと言うが、とても制止することができない。

 斎宮の御母御息所が、何かと悩んでいられる気晴らしにもなろうかと、こっそりとお出かけになっているのであった。何気ないふうを装っているが、自然と分かった。

 「それくらいの者に、そのような口はきかせぬぞ」

 「大将殿を、笠に着ているつもりなのだろう」

 などと言うのを、その大将方の供人も混じっているので、気の毒にとは思いながら、仲裁するのも面倒なので、知らない顔をする。

 とうとう、お車を立ち並べてしまったので、副車の奥の方に押しやられて、何も見えない。悔しい気持ちはもとより、このような忍び姿を自分と知られてしまったのが、ひどく悔しいこと、この上ない。榻などもみなへし折られて、場違いな車の轂に掛けたので、またとなく体裁が悪く悔しく、「いったい何しに、来たのだろう」と思ってもどうすることもできない。見物を止めて帰ろうとなさるが、抜け出る隙間もないでいるところに、

 「行列が来た」

 と言うので、そうは言っても、恨めしい方のお通り過ぎが自然と待たれるというのも、意志の弱いことよ。「笹の隈でわずかに見ることも」できないからか、そっけなくお通り過ぎになるにつけても、かえって物思いの限りを尽くされる。

 なるほど、いつもより趣向を凝らした幾輌もの車が、自分こそはと競って見せている出衣の下簾の隙間隙間も、何くわぬ顔だが、ほほ笑みながら流し目に目をお止めになる者もいる。大殿の車は、それとはっきり分かるので、真面目な顔をしてお通りになる。お供の人々もうやうやしく、敬意を表しながら通るのに、すっかり無視されてしまったわが有様を、この上なく堪らなくお思いになる。

 「今日の御禊にお姿をちらりと見たばかりで

  そのつれなさにかえって我が身の不幸せがますます思い知られる」

 と、思わず涙のこぼれるのを、女房の見る目も体裁が悪いが、目映いばかりのご様子、容貌を、「一層の晴れの場でのお姿を見なかったら……」とお思いになる。

 身分に応じて、装束や、供人の様子を、たいそう立派に整えていると見える中でも、上達部はまことに格別であるが、お一方のご立派さには圧倒されたようである。大将の臨時の御随身に、殿上人の将監などが務めることは通例ではなく、特別の行幸などの折にあるのだが、今日は右近の蔵人の将監が供奉申している。それ以外の御随身どもも、容貌、姿、眩しいくらいに整えて、世間から大切にされていらっしゃるご様子は、木や草も靡かないものはないほどである。

 壺装束などという姿をして、女房で賤しくない者や、また尼などの世を捨てた者なども、倒れたりふらついたりしながら見物に出て来ているのも、いつもなら、「よせばいいのに、ああみっともない」と思われるのに、今日は無理もないことで、口もとがすぼんで、髪を着込んだ下女どもが、手を合わせて、額に当てながら拝み申し上げているのも……。馬鹿面した下男までが、自分の顔がどんな顔になっているのかも考えずに嬉色満面でいる。まったくお目を止めになることもないつまらない受領の娘などまでが、精一杯飾り立てた車に乗り、わざとらしく気取っているのが、おもしろいさまざまな見物であった。

 まして、あちらこちらのお忍びでお通いになる方々は、人数にも入らない嘆きを募らせる方も多かった。

 式部卿の宮は、桟敷で御覧になった。

 「まこと眩しいほどにお美しくなって行かれるご器量よ。神などは魅入られるやも」

 と、不吉にお思いになっていた。姫君は、数年来お手紙をお寄せ申していらっしゃるお気持ちが世間の男性とは違っているのを、

 「並の男でさえこれだけ深い愛情をお持ちならば。ましてや、こんなにも、どうして」

 と、お心が惹かれた。が、それ以上近づいてお逢いなさろうとまではお考えにならない。若い女房たちは、聞き苦しいまでにお褒め申し上げていた。

 祭の日は、大殿家ではご見物をなさらない。大将の君は、あのお車の場所争いをそっくりご報告する者があったので、「とても気の毒に情けない」とお思いになって、

 「やはり、惜しいことに重々しい方でいらっしゃる人が、何事にも情愛に欠けて、無愛想なところがおありになるあまり、ご自身はさほどお思いにならなかったようだが、このような妻妾の間柄では情愛を交わしあうべきだともお思いでないお考え方を引き継いで、下々の者が争いをさせたのであろう。御息所は、気立てがとてもこちらが気が引けるほど奥ゆかしく、上品でいらっしゃるのに、どんなに嫌な思いをされたことだろう」

 と、気の毒に思って、お見舞いに参上なさったが、斎宮がまだ元の里邸にいらっしゃるので、神事の憚りを口実にして、気安くお会いなさらない。もっともなことだとはお思いになるが、「どうして、こんなにお互いによそよそしくなさらずにいらっしゃればよいものを」と、ついご不満が呟かれる。

 [第三段 賀茂祭の当日、紫の君と見物]

 今日は、二条の院に離れていらっしゃって、祭を見物にお出かけになる。西の対にお渡りになって、惟光に車のことをお命じになってある。

 「女房たちも出かけますか」

 とおっしゃって、姫君がとてもかわいらしげにおめかししていらっしゃるのを、ほほ笑みながら拝見なさる。

 「あなたは、さあいらっしゃい。一緒に見物しようよ」

 と言って、お髪がいつもより美しく見えるので、かき撫でなさって、

 「長い間、お切り揃えにならなかったようだが、今日は、日柄も吉いのだろうかな」

 と言って、暦の博士をお召しになって、時刻の吉狂を調べさせたりしていらっしゃる間に、

 「まずは、女房たちから出発だよ」

 と言って、童女の姿態のかわいらしいのを御覧になる。とてもかわいらしげな髪の裾を、皆こざっぱりと削いで、浮紋の表の袴に掛かっている様子が、くっきりと見える。

 「あなたのお髪は、わたしが削ごう」と言って、「何と嫌に、たくさんあるのだね。どんなに長くおなりになることだろう」

 と、削ぐのにお困りになる。

 「とても髪の長い人も、額髪は少し短めにあるようですのに、少しも後れ毛のないのも、かえって風情がないでしょう」

 と言って、削ぎ終わって、「千尋に」とお祝い言をお申し上げになるのを、少納言は、「何とももったいないことよ」と拝し上げる。

 「限りなく深い海の底に生える海松のように

  豊かに成長してゆく黒髪はわたしだけが見届けよう」

 と申し上げなさると、

 「千尋も深い愛情を誓われてもがどうして分りましょう

  満ちたり干いたり定めない潮のようなあなたですもの」

 と、何かに書きつけていられるご様子は、いかにも物慣れている感じがするが、初々しく美しいのを、素晴らしいとお思いになる。

 今日も、物見車が隙間なく立ち並んでいるのであった。馬場殿の付近に止めるのに困って、

 「上達部たちの車が多くて、何となく騒がしそうな所だな」

 と、ためらっていらっしゃると、まあまあの女車で、派手に袖口を出している所から、扇を差し出して、供人を招き寄せて、

 「ここにお止めあそばせませんか。場所をお譲り申し上げましょう」

 と申し上げた。「どのような好色な人だろう」とついお思われなさって、場所もなるほど適した所なので、引き寄せさせなさって、

 「どのようにしてお取りになった所かと、羨ましくて」

 とおっしゃると、風流な桧扇の端を折って、

 「あら情けなや、他の人と同車なさっているとは

  神の許す今日の機会を待っていましたのに

 神域のような所には、とても……」

 とある筆跡をお思い出しになると、あの源典侍なのであった。「あきれた、相変わらず風流めかしているなあ」と、憎らしい気がして、無愛想に、

 「そのようにおっしゃるあなたの心こそ当てにならないものと思いますよ

  たくさんの人々に誰彼となく靡くものですから」

 女は、「ひどい」とお思い申し上げるのであった。

 「ああ悔しい、葵に逢う日を当てに楽しみにしていたのに

  わたしは期待を抱かせるだけの草葉に過ぎないのですか」

 と申し上げる。女性と同車しているので、簾をさえお上げにならないのを、妬ましく思う人々が多かった。

 「先日のご様子が端麗でご立派であったのに、今日はくだけていらっしゃること。誰だろう、一緒に乗っている人は。悪くはない人に違いない」と、推量申し上げる。「張り合いのない、かざしの歌争いであったな」と、物足りなくお思いになるが、この女のように大して厚かましくない人は、やはり女性が相乗りなさっているのに自然と遠慮されて、ちょっとしたお返事も、気安く申し上げるのも、面映ゆいに違いない。

第二章 葵の上の物語 六条御息所がもののけとなってとり憑く物語

 [第一段 車争い後の六条御息所]

 御息所は、何かにつけ思い乱れなさることが、ここ数年来よりも多く加わってしまった。薄情な方だとすっかりお諦めになったが、今日を最後と振り切ってお下りになるのは、「とても心細いだろうし、世間の人の噂にも、物笑いの種になるだろうこと」とお思いになる。それだからといって、京に留まるようなお気持ちになるためには、「あの時のようなこれ以上の恥はないほどに誰もが見下げることであろうのも穏やかでなく、『釣する海人の浮き』のように」と、寝ても起きても悩んでいられるせいか、魂も浮いたようにお感じになられて、お具合が悪くいらっしゃる。

 大将殿におかれては、伊勢にお下りになろうとしていることを、「まったくとんでもないことだ」などとも、お引き止め申し上げず、

 「わたしのようなつまらない者を、見るのも嫌だとお思い捨てなさるのもごもっともですが、今はやはりふがいない男でも、最後までお見限りなさらないのが、浅からぬ情愛というものではないでしょうか」

 と、絡んで申し上げなさるので、決めかねていらしたお気持ちも紛れることがあろうかと、お出かけなさった御禊見物の辛い経験から、いっそう、すべての事をとても辛くお思いつめになっていた。

 大殿邸では、姫君が物の怪のようで、ひどく病んでいらっしゃるので、どなたもどなたもお嘆きになっている折とて、お忍び歩きなども不都合な時なので、二条院にも時々にお帰りになるだけである。何と言っても、正妻として重んじている点では、特別にお思い申し上げていっしゃったお方が、おめでたまでがお加わりになったお悩みなので、おいたわしいこととお嘆きになって、御修法や何やかやと、ご自分のお部屋で、多く行わせなさる。

 物の怪や生霊などというものがたくさん現われ出てきて、いろいろと名乗りを上げる中で、憑坐にも一向に移らず、ただご本人のお身体にぴったりと憑いた状態で、特に大変にお悩ませ申すこともないが、その一方で、暫しの間も離れることのないのが一つある。すぐれた験者どもにも調伏されず、しつこい様子は並の物の怪ではない、と見えた。

 大将の君のお通いになっている所、あちらこちらと見当をつけて御覧になるに、

 「あの御息所、二条の君などだけは、並々のご寵愛の方ではないようだから、恨みの気持ちもきっと深いだろう」

 とささやいて、占師に占わせなさるが、特にお当て申すこともない。物の怪といっても、特別に深いお敵と申す人もいない。亡くなったおん乳母のような人、もしくは親の血筋に代々祟り続けてきた怨霊が、弱みにつけこんで現れ出たものなど、大したものではないのがばらばらに出て来る。たださめざめと声を上げてお泣きになるばかりで、時々は胸をせき上げせき上げては、ひどく堪え難そうにもだえていられるので、どのようにおなりになるのかと、不吉に悲しく思いおうろたえになっていた。

 院からも、お見舞いがひっきりなしにあり、御祈祷のことまでお心づかいあそばされることの恐れ多いことにつけても、ますます惜しく思われるご様子の方である。

 世間の人々がみな惜しみ申し上げているのをお聞きになるにつけても、御息所はおもしろからずお思いになる。ここ数年来はとてもこのようなことはなかった張り合うお心を、ちょっとした車の場所取り争いで、御息所のお気持ちに怨念が生じてしまったのを、あちらの殿では、そこまでとはお気づきにならないのであった。

 [第二段 源氏、御息所を旅所に見舞う]

 このようなお悩みのせいで、お加減が、やはり普段のようではなくばかりお感じになるので、別の御殿にお移りになって、御修法などをおさせになる。大将殿はお聞きになって、どのようなお加減でいられるのかと、おいたわしく、お気持ちを引き立てなさってお見舞いにいらっしゃった。

 いつもと違った仮のご宿所なので、たいそうお忍びでいらっしゃる。心ならずもご無沙汰していることなど、許してもらえるよう詫び言をこまごまと申し上げなさって、患っていらっしゃる妻君のご事情についても、お分かりいただけるよう訴え申される。

 「自分ではそれほども心配しておりませんが、親たちがとても大変な心配のなさりようなのが気の毒で、そのような時が過ぎてからと存じておりましたもので。万事おおらかにお許しいただけるお気持ちならば、まこと嬉しいのですが」

 などと、こまごまとお話し申し上げなさる。いつもよりも痛々しげなご様子を、無理もないことと、しみじみ哀れに拝見なさる。

 打ち解けぬまま迎えた明け方に、お帰りになるお姿の美しさにつけても、やはり振り切って別れることは、考え直さずにはいらっしゃれない。

 「正妻の方に、ますますご愛情がお増しになるに違いないおめでたが生じたので、お一方の所に納まってしまわれるに違いないのを、このようにお待ち申しお待ち申しているのも、物思いも尽くし果ててしまうに違いないこと……。」

 かえって物思いを新たになさっていたところに、後朝の文だけが、夕方にある。

 「ここ数日来、少し回復して来たようであった病人が、急にとてもひどく苦しそうに見えましたので、どうしても目を放すことができませんで」

 とあるのを、「例によって言い訳を」と、御覧になるものの、

 「袖を濡らす恋路とは分かっていながら

  そうなってしまうわが身の疎ましいことよ

 『山の井の水』も、もっともなことです」

 とある。「ご筆跡は、やはり数多い女性の中でも抜きん出ている」と御覧になりながら、「どうしてこうも思うようにならないのかなあ。気立ても容貌も、それぞれに捨ててよいものでなく、その反面これぞと思える人もいないことだ……」。と、苦しくお思いになる。お返事は、たいそう暗くなってしまったが、

 「袖ばかり濡れるとは、どうしたことで。愛情がお深くないこと。

  袖が濡れるとは浅い所にお立ちだからでしょう

  わたしは全身ずぶ濡れになるほど深い泥(こひじ)――恋路に立っております

 並大抵の気持ちで、このお返事を、直接に訴え申し上げずにいられましょうか」

 などとある。

 [第三段 葵の上に御息所のもののけ出現する]

 大殿邸では、御物の怪がひどく起こって、大変にお苦しみになる。御息所は、自分の生霊や、亡き父大臣の死霊だなどと言う人がいる、とお聞きになるにつけても、あれこれ考え続けなさると、

 「我が身一人の不運を嘆いているより他には、他人を悪くなれと呪う気持ちなどはないのだが、悩み事があると抜け出て行くという魂は、このようなことなのだろうか」

 と、お気づきになるふしもある。

 この数年来、何かと物思いの限りを尽くしてきたが、こんなにも苦しい思いをしたことはなかったのに、ちょっとした事の折に、相手がわたしを無視し、蔑ろにした態度をとった御禊の日の後からは、あの一件によって抜け出るようになった魂が、鎮まりそうもなく思われるせいか、少しうとうととなさる夢には、あの姫君と思われる人の、たいそう清浄にしている所に行って、あちこち引き掻き廻し、普段とは違い、猛々しく激しい乱暴な心が出てきて、荒々しく叩くのなどが現れなさることが、度重なったのだ。

 「ああ、何と忌まわしいことか。なるほど、魂が身体を抜け出して出て行ったのだろう」と、正気を失ったように思われなさる時が度々あるので、「何でもないことでさえも、他人の事では、よいような噂は立てないのが世間の常なので、ましてこのことは、何とでも噂を立てられる絶好の種だ」とお思いになると、ひどく評判になりそうで、

 「もう亡くなってしまって、後に怨みを残すのは世間にもあることだ。それでさえ、人の身の上については、罪深く忌まわしいのに、生きている身でありながら、そのような忌まわしいことを、噂される因縁の辛いことよ。もう一切、薄情な方には決して心をお掛け申すまい」

 とお考え直しになるが、『思うまいと思うのも物を思う』のである。

 [第四段 斎宮、秋に宮中の初斎院に入る]

 斎宮は、去年内裏にお入りになるはずであったが、さまざまに差し障ることがあって、この秋にお入りになる。九月には、そのまま野の宮にお移りになる予定なので、二度目の御禊の準備を、引き続いて行うはずのところが、母御息所がまるで妙にぼうっとして、物思いに沈んで悩んでいらっしゃるのを、斎宮寮の官人たちは、ひどく重大視して、御祈祷などを、あれこれと致す。

 ひどく苦しいという様子ではなく、どこが特に悪いということもなくて、月日をお過ごしになる。大将殿も欠かさずお見舞い申し上げなさるが、さらに大切な方がひどく患っていられるので、お気持ちの余裕がないようである。

 まだその時期ではないと、誰も彼もが油断していられたところ、急に産気づかれてお苦しみになるので、これまで以上の御祈祷の有りったけを尽くしておさせになるが、例の執念深い物の怪が一つだけ全然動かず、霊験あらたかな験者どもは、珍しいことだと困惑する。とはいっても、手きびしく調伏されて、いたいたしげに泣き苦しんで、

 「少し緩めてください。大将殿に申し上げるべき事がある」とおっしゃる。

 「やはりそうであったか。何かわけがあるのだろう」

 と言って、近くの御几帳の側にお入れ申し上げた。とてももうだめかと思われるような容態でいられるので、ご遺言申し上げて置きたいことでもあるのだろうかと思って、左大臣も母宮も少しお下がりになった。加持の僧どもは、声を低めて法華経を読んでいるのが、たいそう尊い。

 御几帳の帷子を引き上げて拝見なさると、とても美しいお姿で、お腹はたいそう大きくて臥していられる様子は、他人であっても、拝見しては心動かさずにはいられないであろう。まして惜しく悲しくお思いになるのは、もっともである。白いお召物に、色合いがとてもくっきりとして、髪がとても長くて豊かなのを、引き結んで横に添えてあるのも、「こうあってこそかわいらしげで優美な点が加わり美しいのだなあ」と見える。お手を取って、

 「ああ、ひどい。辛い思いをおさせになるとは」

 と言って、何も申し上げられずにお泣きになると、女君はいつもはとても煩わしく気が引けて近づきがたいまなざしなのに、とても苦しそうに見上げて、じっとお見つめ申していらっしゃると、涙がこぼれ出て来る様子を、男君が御覧になっては、どうして情愛を浅く思うであろうか。

 あまりひどくお泣きになるので、「気の毒なご両親のことをご心配され、また、このように御覧になるにつけても、残念にお思いになってのことだろうか」とお思いになって、

 「何事につけても、ひどくこんなに思いつめなさるな。いくら何でも大したことはありません。万が一のことがあっても、夫婦は必ず逢えるとのことですから、きっとお逢いできましょう。また父の大臣殿や母宮さまなども、深い親子の縁のある間柄は、転生を重ねても切れないとのことですから、きっとお逢いできる時があるとご安心なさい」

 と、お慰めになると、

 「いえ、そういうことではありません。身体がとても苦しいので、少し休めて下さいと申そうと思ってなのです。このように参上しようとはまったく思わないのに、物思いする人の魂は、なるほど抜け出るものだったのですね」

 と、親しげに言って、

 「悲しみに堪えかねて抜け出たわたしの魂を

  結び留めてください、下前の褄を結んで」

 とおっしゃる声や、雰囲気が、この姫君ではなく、うって変わっていらっしゃった。「たいそう変だ」とお考えめぐらすと、まったく、あの御息所その人なのであった。あきれて、人が何かと噂をするのを、下々の者たちが言い出したことも、聞くに耐えないとお思いになって、無視していられたが、目の前にまざまざと、「本当に、このようなこともあったのだ」と、気味悪くなった。「ああ、嫌な」と思わずにはいらっしゃれず、

 「そのようにおっしゃるが、誰とも分からぬ。はっきりと名乗りなさい」

 とおっしゃると、まったく、その方そっくりのご様子なので、あきれはてるという言い方では平凡である。女房たちがお側近くに参るのも、気が気ではない。

 [第五段 葵の上、男子を出産]

 少しお声も静かになられたので、一時収まったのかと、母宮がお薬湯を持って来させになったので、抱き起こされなさって、間もなくお生まれになった。嬉しいとお思いになることこの上もないが、憑坐にお移しになった物の怪どもが、悔しがり大騷ぎする様子が、とても騒々しくて、後産の事も、またとても心配である。

 数え切れないほどの願文どもを立てさせなさったからか、無事に後産も終わったので、山の座主や、誰彼といった尊い僧たちが、得意顔に汗を拭いながら、急いで退出した。

 大勢の人たちが心を尽くした幾日もの看病の後の緊張が、少し解けて、「今はもう大丈夫」とお思いになる。御修法などは、再びお始めさせなさるが、差し当たっては、楽しくあり、おめでたいお世話に、皆ほっとしている。

 院をお始め申して、親王方や、上達部が、残らず誕生祝いの贈り物類の、珍しく立派なのを、祝いの夜毎に見て大騷ぎをする。男の子でさえあったので、そのお祝いの儀式が、盛大で立派である。

 あの御息所は、このようなご様子をお聞きになるにつけても、心穏やかでない。「以前には、とても危ないとの噂であったのに、安産であったとは」と、お思いになった。

 不思議に、自分が自分でないようなご気分を思い辿って御覧になると、お召物なども、すっかり芥子の香が滲み着いている奇妙さに、髪をお洗いになり、お着替えになったりなどして、お試しになるが、依然として前と同じようにばかり臭いがするので、自分の身でさえありながら疎ましく思わずにはいらっしゃれないのに、それ以上に、他人が噂したり思ったりするだろう事など、誰にもおっしゃれるような内容でないので、心一つに収めてお嘆きになっていると、ますます気が変になって行く。

 大将殿は、気持ちが少し落ち着きなさって、何とも言いようのなかったあの時の問わず語りを、何度も不愉快にお思い出しになられて、「まこと日数が経ってしまったのも気の毒だし、また身近にお逢いすることは、どうであろうか。きっと不愉快に思われようし、相手の方のためにも気の毒だろうし」と、いろいろとお考えになって、お手紙だけがあるのだった。

 ひどくお患いになった方の病後が心配で、気を緩めずに、皆がお思いであったので、それも当然のことなので、お忍び歩きもしない。依然としてひどく悩ましそうにばかりなさっているので、普段のようにはまだお会いなさらない。若君が空恐ろしいまでにかわいらしくお見えになるお姿を、今から、とても特別にお育て申し上げなさる様子は、並大抵でなく、願い通りの感じがして、岳父大臣も嬉しく幸せにお思い申していられるが、ただ、このご気分がすっかりご回復なさらないのを、ご心配になっているが、「あれほど重く患った後だから」とお思いになって、どうして、それほどご心配ばかりなっていられようか。

 若君のお目もとのかわいらしさなどが、春宮にそっくりお似申していられるのを、拝見なされても、まっ先に、恋しくお思い出しにならずにはいらっしゃれなくて、堪えがたくて、参内なさろうとして、

 「宮中などにもあまり長いこと参っておりませんので、気がかりゆえに、今日初めて外出致しますが、もう少し近い所でお話し申したいものです。あまりにも気がかりな他人行儀なお愛想ですから」

 とお怨み申し上げなさると、

 「仰せのとおりですわ、ただひたすら優美にばかり振る舞うお仲ではございませんが、ひどくおやつれになっていらっしゃるとは申しても、物を隔ててお会いになる間柄ではございませんわ」

 と申し上げて、臥せっていらっしゃる所に、お席を近く設けたので、中に入ってお話など申し上げなさる。

 お返事を、時々申し上げなさるが、やはりとても弱々しそうである。けれど、もう助からない人とお思い申したご様子をお思い出しになると、夢のような気がして、危なかった時の事などをお話し申し上げなさる中でも、あのすっかり息も止まったかのようになったのが、急に人が変わって、ぽつりぽつりと細かにお話し出されたことをお思い出しになると、不愉快に思われるので、

 「いや、お話し申したいことはとてもたくさんあるが、まだとても大儀そうなご気分でいられるようですから」

 とおっしゃって、「お薬湯をお飲みなさい」などとまで、お世話申し上げなさるのを、いつの間にお覚えになったのだろう、と女房たちは感心申し上げる。

 まことに美しいお方が、たいそう衰弱しやつれて、生死の境を彷徨っているような感じで臥せっていられるご様子は、とてもいじらしげに痛々しい。お髪の一筋の乱れ毛もなく、さらさらと掛かっている枕の辺りは、めったにないくらい素晴らしく見えるので、「何年も、何を物足りないことがあると思っていたのだろう」と、不思議なまでにじっと見つめていずにはいらっしゃれない。

 「院などに参って、すぐに下がって来ましょう。このようにして、隔てなくお会い申すことができるならば、嬉しいのですが、母宮がぴったりと付いていらっしゃるので、不躾ではないかしらと遠慮して来ましたのも辛いが、やはりだんだんと気を強くお持ちになって、いつものご座所にお戻りを……。あまり幼く甘えていられると、一方では、いつまでもこのようなままでいらっしゃいますよ」

 などと、申し上げ置きなさって、とても美しく装束をお召しになってお出かけになるのを、いつもよりは目を凝らして、お見送りしながら臥せっていらっしゃった。

 [第六段 秋の司召の夜、葵の上死去する]

 秋の司召が行われるはずの評定で、大殿も参内なさるが、ご子息たちも昇進をお望みになる事がいろいろあって、父殿のご身辺をお離れにならないので、皆後に続いてお出かけになった。

 殿の内では、人少なでひっそりとしている時に、急にいつものようにお胸をつまらせて、とてもひどくお苦しみになる。宮中にお知らせ申し上げなさる間もなく、お亡くなりになってしまった。足も地に着かない感じで、皆が皆、退出なさったので、除目の夜ではあったが、このようによんどころのないご支障なので、万事ご破算といったような具合である。

 大騒ぎになったのは、夜半頃なので、山の座主や、誰それといった僧都たちも、お迎えになれない。いくら何でも、もう大丈夫、と気を緩めていたところに、大変なことになったので、邸の内の人々は、まごついている。方々からのご弔問の使者などが、立て込んだが、とても取り次ぎできず、上を下への大騷ぎになって、大変なご悲嘆は、まことに空恐ろしいまでにお見えなさる。

 物の怪が度々お取り憑き申したことをお考えになって、お枕などもそのままにして、二、三日拝見なさったが、だんだんとお変わりになることどもが現れて来たので、もうこれまで、とお諦めになる時は、誰も彼も、本当に悲しい。

 大将殿は、悲しい出来事に、物の怪のもう一件が加わって、男女の仲を本当に嫌なものと身にしみて感じられたので、並々ならぬ方々からのご弔問にも、ただ辛いとばかり、何もかも思わずにはいらっしゃれない。院におかれても、お悲しみになられ、御弔問申し上げあそばされる様子は、かえって面目を施すことなので、嬉しい気も混じって、父大臣はお涙の乾く間もない。

 人の申すことに従って、大がかりなご祈祷によって、生き返りなさらないかと、さまざまにあらゆる方法を試み、また一方では傷んで行かれるご様子を見ながらも、なおもお諦め切れずにいられたが、その効もなく何日にもなったので、もはや仕方がないと、鳥辺野にお送り申す時は、ご悲嘆の極み、万端であった。

 [第七段 葵の上の葬送とその後]

 あちらこちらのご葬送の人々や、寺々の念仏僧などで、大変広い野辺に隙間もない。院からは今さら申すまでもなく、后の宮、春宮などのご弔問の使者や、その他所々の使者も代わる代わる参って、尽きない悲しみのご弔問を申し上げなさる。左大臣は立ち上がることもおできになれず、

 「このようにな晩年に、若くて盛りの娘に先立たれ申して、よろよろと這い回るとは」

 と恥じ入ってお泣きになるのを、大勢の人々が悲しく拝する。

 一晩中たいそうな騷ぎの盛大な葬儀だが、まことにはかないご遺骨だけを後に残して、夜明け前早くにお帰りになる。

 世の常のことだが、人一人くらいか、多くは御覧になっていないからか、譬えようもなくお悲しみになった。八月二十日余りの有明の月のころなので、空も風情も情趣深く感じられるところに、父大臣が親心の闇に悲しみに沈んで取り乱していられるご様子を御覧になるのも、ごもっともなことと痛ましいので、空ばかりが自然と眺められなさって、

 「空に上った煙は雲と混ざり合ってそれと区別がつかないが

  おしなべてどの雲もしみじみと眺められることよ」

 大殿邸にお帰りになっても、少しもお眠りになれない。年来のご様子をお思い出しになりながら、

 「どうして、最後には自然と分かってくれようと、のんびりと考えて、かりそめの浮気につけても、ひどいと思われ申してしまったのだろう。結婚生活中、親しめない気の置けるものと思ったまま、お亡くなりになってしまったことよ」

 などと、悔やまれることが多く、次々とお思い出しにならずにはいらっしゃれないが、効がない。鈍色の喪服をお召しになるのも、夢のような気がして、「もし自分が先立ったのならば、色濃くお染めになったろうに」と、お思いになるのまでが、

 「きまりがあるので薄い色の喪服を着ているが

  涙で袖は淵のように深く悲しみに濡れている」

 と詠んで、念仏読経なさっているご様子は、ますます優美な感じが勝って、お経を声をひそめてお読みになりながら、「法界三昧普賢大士」とお唱えになるのは、勤行慣れした法師よりも殊勝である。若君を拝見なさるにつけても、『何を忍ぶよすがに』と、ますます涙がこぼれ出て来たが、「もしもこのような子までがいなかったら」と、気をお紛らしになる。

 母宮は沈み込んで、そのまま起き上がりなさらず、命も危なそうにお見えになるので、またお慌てになって、ご祈祷などをおさせになる。

 とりとめもなく月日が過ぎて行くので、ご法事の準備などをおさせになるのも、思いもなさらなかったことなので、悲しみは尽きず大変である。取るに足らない不出来な子供でさえ、人の親はどんなに辛く思うことだろう、まして、この姫君の場合は当然である。また、他に姫君がいらっしゃらないのさえ、物足りなくお思いになっていたのに、『袖の上の玉が砕けた』という事よりも残念である。

 大将の君は、二条院にさえ、ほんの暫しの間もお行きにならず、しみじみと心深くお嘆きになって、勤行を几帳面になさりなさり、日夜お過ごしになる。所々の方々には、お手紙だけを差し上げなさる。

 あの御息所には、斎宮が左衛門の司にお入りになったので、ますます厳重なご潔斎を理由にして、お手紙も差し上げたりいただたりなさらない。嫌なと心底から感じられた世の中も、一切厭わしくなられて、「このような幼い子供さえいなかったなら、念願どおりになれようものを」と、お思いになるにつけては、まずは対の姫君が寂しくしていらっしゃるだろう様子を、ふとお思いやらずにはいらっしゃれない。

 夜は、御帳台の中に独りでお寝みになると、宿直の女房たちは近くを囲んで伺候しているが、独り寝は寂しくて、『折柄もまことだ』と寝覚めがちなので、声のよい僧ばかりを選んで伺候させていらっしゃる念仏が、暁方など、堪え難い思いである。

 「晩秋の情趣を増して行く風の音が、身にしみて感じられることよ」と、慣れないお独り寝に、明かしかねていらっしゃった朝ぼらけの霧が立ちこめている時に、ある者が、菊の咲きかけた枝に、濃い青鈍色の紙の文を結んで、ちょっと置いて去っていった。「優美な感じだ」と思って、御覧になると、御息所のご筆跡である。

 「お手紙を差し上げなかった間のことは、お察しいただけましょうか。

  人の世の無常をこの菊の花の聞くにつけ涙がこぼれますが

  先立たれなさってさぞかしお袖を濡らしてとお察しいたします

 ちょうど今朝の空の模様を見るにつけ、偲びかねまして」

 とある。「いつもよりも優美にお書きになっているなあ」と、やはり下に置きにくく御覧になるものの、「誠意のないご弔問だ」と嫌な気がする。そうかといって、お返事を差し上げないのもお気の毒で、ご名誉にも傷がつくことになるに違いない事だと、いろいろとお案じになる。

 「亡くなった人は、いずれにせよ、そうなるべき運命でいらしたのだろうが、どうしてあのような嫌なことを、まざまざと明瞭に見たり聞いたりしたのだろう」と悔しいのは、ご自分の気持ちながらも、やはりお思い直しになることはできないようである。

 「斎宮のご潔斎につけても憚り多いことだろうか」などと、長い間お考えあぐねていらっしゃったが、「わざわざ下さった手紙のお返事しないのは、情愛がないのではないか」と思って、紫色の鈍色がかった紙に、

 「すっかりご無沙汰いたしましたが、常に心にお掛け申し上げておりながら、喪中の間は、そのようなわけで、お察しいただけようかと存じまして。

  生き残った者も死んだ者も同じ露のようにはかない世に

  心の執着を残して置くことはつまらないことです

 お互いに執着をお捨てになって下さい。御覧いただけないかしらと、どなたにも」

 と差し上げなさった。

 里においでになる時だったので、こっそりと御覧になって、ほのめかしておっしゃっている様子を、内心気にとがめていることがあったので、はっきりとご理解なさって、「やはりそうであったのか」とお思いになるにつけ、とても堪らない。

 「やはり、とてもこの上なく情けない身の上であったよ。このような噂が立って、院におかれてもどのようにお考えあそばされよう。亡き夫前坊の、同腹のご兄弟という中でも、お互いにたいそう仲好くあそばして、この斎宮のご将来のことをも、こまごまとお頼み申し上げていらっしゃったので、院も『そなたのおん代わりになって、そのままお世話申そう』などと、いつも仰せられて、『そのまま宮中にお住みなさい』と、度々お勧め申し上げあそばしたことだけでも、まことに恐れ多いこと、と考えてもみなかったのに、このように意外にも年がいもなく物思いをして、遂には面目ない評判まで流してしまうに違いないこと」

 と、お悩みになると、やはりいつものような状態でおいでではない。

 とはいえ、世間一般のことにつけては、奥ゆかしく趣味の豊かな方としての評判があって、昔から高名でいらしたので、斎宮の野の宮へのお移りの時にも、興趣ある当世風のことを多く考案し出して、「殿上人どもで風流な者などは、朝に夕べに露を分けて訪れるのを、その頃の仕事としている」などとお聞きになっても、大将の君は、「もっともなことだ。風雅を解することでは、どこまでも十分備わっていられる方だ。もし、愛想をつかされて伊勢にお下りになってしまわれたら、どんなにか寂しいに違いないだろう」と、やはりお思いになるのであった。

 [第八段 三位中将と故人を追慕する]

 ご法事などが次々と過ぎていったが、正日までは、そのまま引き籠もっていらっしゃる。経験したことのない所在なさを、お気の毒に思われなさって、三位の中将は、毎日お部屋に参上なさっては、世間話などを、真面目な話や、また例の好色めいた話などをも申し上げて、お気持ちをお慰め申し上げなさる中で、あの典侍の話は、お笑い種になるようである。大将の君は、

 「ああ、お気の毒な。おばば殿のことを、ひどく軽蔑なさるな」

 とお諌めになる一方で、いつも面白いと思っていられた。

 あの十六夜の、はっきりしなかった秋の事件などや、その他の事などの、いといろな浮気話を互いに暴露なさい合うが、しまいには、世の無常を言い言いして、涙をお漏らしになったりするのであった。

 時雨が降ってきて、何となくしみじみとした夕方に、中将の君が、鈍色の直衣や、指貫を、薄い色に衣更えして、まことに男らしくすっきりとして、こちらが気後れするような感じをし参上なさった。

 源氏の君は、西の妻戸の高欄に寄り掛かって、霜枯れの前栽を御覧になっているところであった。風が荒々しく吹き、時雨がさっと降ってきたに時は、涙も雨と競うような心地がして、

 「雨となり、雲となってしまったのであろうか、今は分からない」

 と、独り言をいって、頬杖を突いていられるお姿を、中将は「もし自分が女であったなら、先立った魂もきっとこの世に留まるであろう」と、色っぽい気持ちで、ついじっと見つめながら、近くにお座りになると、おくつろぎの姿でいられながらも、直衣の入れ紐だけをさし直しなさる。 こちらは、中将よりもう少し濃い鈍色の夏のお直衣に、紅色の光沢のある下襲を重ねて、地味なお姿でいらっしゃるのが、かえって見飽きない感じがする。

 中将も、とても悲しそうなまなざしでぼんやりと見ていらっしゃる。

 「妹が時雨となって降る空の浮雲を

  どちらの方向の雲と眺め分けようか

 行く方も分からないな」

 と独り言のようなのを、

 「妻が雲となり雨となってしまった空までが

  ますます時雨で暗く泣き暮らしている今日この頃だ」

 とお詠みになるご様子も、浅くない気持ちがはっきりと窺えるので、

 中将は、「妙にここ数年来は、さほどではなかったご愛情を、院などにおかれても、じっとしてはおれず御教訓あそばし、父の左大臣のご待遇もお気の毒であり、母の大宮のお血筋からいっても、切れないご縁であるなど、どちらからいっても関係が深いので、お捨てになることができずに、何となく気の進まないご様子のままで、今まで過ごして来られたようだと、気の毒に見えたことも時々あったが、ほんとうに、正妻としては、格別にお考え申されていらしたようだ」

 と分かると、ますます惜しまれてならない。何かにつけて光が消えたような気がして、元気をなくしていた。

 枯れた下草の中に、龍胆や撫子などが咲き出したのを折らせなさって、中将がお帰りになった後に、若君の御乳母の宰相の君に持たせて、

 「草の枯れた垣根に咲き残っている撫子の花を

  秋に死別れたお方の形見と思って見ています

 美しさは劣ると御覧になりましょうか」

 と差し上げなさった。なるほど若君の無邪気な微笑み顔はたいそうかわいらしい。大宮は、吹く風につけてさえ、木の葉よりも脆いお涙は、それ以上で、手に取ることさえおできになれない。

 「ただ今見てもかえって袖を涙で濡らしております

  垣根も荒れはてて母親に先立たれてしまった撫子なので」

 依然として、ひどく所在のない気がするので、朝顔の宮に、今日の物悲しさは、そうはいってもお分りになられるであろうと推察されるお心の方なので、暗くなった時分であるが、お手紙を差し上げなさる。たまにしかないが、それが普通になってしまったお便りなので、侍女も気にも止めず御覧に入れる。空の色をした唐の紙に、

 「とりわけ今日の夕暮れは涙に袖を濡らしております

  今までにも物思いのする秋はたくさん経験してきたのですが

 いつも時雨の頃は」

 とある。ご筆跡なども入念にお書きになっているのが、いつもより見栄えがして、「放って置けない時です」と女房も申し上げ、ご自身もそのようにお思いになったので、

 「喪にお籠もり中のご様子を、お察し申し上げながら、とても」とあって、

 「秋霧の立つころ、先立たれなさったとお聞き致しましたが

  それ以来時雨の季節につけいかほどお悲しみのことかとお察し申し上げます」

とだけ、かすれた墨跡で、思いなしか奥ゆかしい。

 どのような事柄につけても、見勝りがするのは難しいのが世の常のようなのに、冷たい人にかえって、お心が惹かれなさるご性質の方なのである。

 「すげないお扱いながらも、しかるべき時節折々の情趣はお見逃しなさらない、こういう間柄こそ、お互いに情愛を最後まで交わし合うことができるものだ。やはり、教養があり風流好みで、人目にも付くくらいなのは、よけいな欠点も出て来るものだ。対の姫君を、決してそのようには育てまい」とお考えになる。「姫君は所在なく恋しく思っていることだろう」と、お忘れになることはないが、まるで母親のない子を、一人残して来ているような気がして、会わない間は、気がかりで、「どのように嫉妬しているだろうか」と心配がないのは、気楽なことであった。

   日がすっかり暮れたので、大殿油を近くに灯させなさって、しかるべき女房たちばかり、御前でお話などをおさせになる。

 中納言の君というのは、数年来こっそりとご寵愛なさっていたが、この服喪の間は、かえってそのような色めいた相手にもお考えにならない。それを「やさしいお心の方だわ」と拝している。その他のことでは親しくお話しかけになって、

 「こうして、ここ数日は、以前にも増して、誰も彼も他に気を紛らすこともなく、互いに毎日顔を会わせ顔を会わせしていたから、今後いつもこうすることができないのは、恋しいと思わないだろうか。まこと悲しいことはしかたがないとして、あれこれと考えめぐらしてみると、悲しくて堪らないことがたくさんあるなあ」

 とおっしゃると、ますます皆が泣いて、

 「今さら申してもしかたのないおん方の事は、ただ心も真っ暗に閉ざされた心地がいたしますのは、それはそれとして、すっかりお離れになってしまわれると、存じられますことが……」

 と、最後まで申し上げきれない。かわいそうにとお見渡しになって、

 「すっかり見限るようなことは、どうしてできようか。薄情者とお思いだな。気長な人さえいてくれたら、いつかは分かってくださろうものを。寿命は無常だからね」

 とおっしゃって、灯火を眺めていらっしゃる目もとが、濡れていらっしゃるのが、素晴らしい。

 とりわけかわいがっていらした小さい童女で、両親もいなくて、とても心細く思っているのを、もっともだと御覧になって、

 「あてきは、今からはわたしを頼らねばならない人のようだね」

 とおっしゃると、たいそう泣く。小さい衵を誰よりも色濃く染めて、黒い汗衫や、萱草色の袴などを着ているのも、かわいらしい姿である。

 「故人を忘れない人は、寂しさを我慢してでも、幼君を見捨てないで、お仕えして下さい。ご生前の面影もなく、女房たちまでが出て行ってしまったなら、訪ね来るよすがもない思いがますますしようから」

 などと、皆に気長く留まることをおっしゃるが、「さあ、ますます間遠になられることだろう」と思うと、ますます心細い。

 大殿は、女房たちに、身分身分に応じて、ちょっとした趣味的な道具や、また、本当のお形見となるような物などを、改まった形にならないように心づかいして、一同にお配らせになるのであった。

 [第九段 源氏、左大臣邸を辞去する]

 君は、こうしてばかり、どうしてぼんやりと日を送っていられようかと思って、院へ参内なさる。お車を引き出して、前駆の者などが参上する間に、悲しみを知っているかのような時雨がはらはらと降ってきて、木の葉を散らす風が、急に吹き払って、御前に伺候している女房たちは、何となくとても心細くて、少し乾く間もあった袖が再び湿っぽくなってしまった。

 晩は、そのまま二条の院にお泊まりになる予定とあって、侍所の人々も、あちらでお待ち申し上げようというのであろう、それぞれ出立するので、今日が最後というのではないが、またとなく物悲しい。

 左大臣も大宮も、今日の様子に、悲しみを新たにされる。大宮のおん許へお手紙を差し上げなさった。

 「院におかれても御心配あそばされておっしゃられますので、今日参内致します。ちょっと外出致しますにつけても、よくぞ今日まで生き永らえて来られたものよと、悲しみに掻き乱されるばかりの気がするので、ご挨拶申し上げるのも、かえって悲しく思われるに違いないので、そちらにはお伺い致しません」

 とあるので、ますます大宮は、目もお見えにならず、沈み込んで、お返事も差し上げなされない。

 左大臣が、さっそくお越しになった。とても我慢できそうになくお悲しみで、お袖から顔をお放しなさらない。拝見している女房たちもまことに悲しい。

 大将の君は、世の中をお思い続けなさること、実にあれこれとあって、お泣になる様子は、しみじみと心深いものがあるが、たいして取り乱したところなく優美でいらっしゃる。左大臣は、長いことかかって涙をお抑えになって、

 「年をとると、たいしたことでもないことにつけてさえ、涙もろくなるものでございますのに、まして、涙の乾く間もなくかきくらされている心を、とても鎮めることができませんので、人の目にも、とても取り乱して、気の弱い恰好にきっと見えましょうから、院などにも参内できないのでございます。何かのついでには、そのように取りなして奏上なさって下さい。いくらもありそうにない年寄の身で、先立たれたのが辛いのでございますよ」

 と無理に抑えておっしゃる様子は、まことに痛々しい。君も何度も鼻をかんで、

 「遺されたり先立ったりする老少不定は、世の習いとはよく承知致しておりますものの、直接我が身のこととして感じられます悲しみは、譬えようもないものだと。院におかれても、ご様子を奏上致しますれば、きっとお察しあそばされることでしょう」とお答え申し上げになる。

 「それでは、時雨も止む間もなさそうでございすから、暮れないうちに」と、お促し申し上げなさる。

 お見回しなさると、御几帳の後や、襖障子の向こうなどの開け放された所などに、女房たちが三十人ほど一かたまりになっていて、濃い、あるいは薄い鈍色の喪服をそれぞれに着て、一同にひどく心細げにして、涙ぐみながら集まっているのを、とてもかわいそうに、と御覧になる。

 左大臣は「お見捨てになるはずもない子が残っていらっしゃるので、いくら何でも、何かの機会にはお立ち寄りあそばさないはずがないなどと、自ら慰めておりますが、もっぱら思慮の浅い女房などは、今日を最後の日と、お捨てになった過去の家と悲観して、永遠の別れとなった悲しみよりも、ただちょっと時々親しくお仕えした歳月が跡形もなくなってしまうのを、嘆いているようなのが、もっともに思われます。くつろいでいらしたことはございませんでしたが、それでもいつかはと、空頼みしてまいりましたが……。なるほど、心細く感じられる夕べでございますね」

 とおっしゃりつつも、お泣きになった。

 「とても思慮の浅い女房たちの嘆きでございますな。仰せのとおり、どうあろうともいずれはと、気長に存じておりました間は、自然とご無沙汰致した時もございましたが、かえって今では、何を心頼みしてご無沙汰ができましょうか。いずれお分りになろう」

 とおっしゃってお出になるのを、左大臣はお見送り申し上げなさって、お部屋にお入りになると、お飾りをはじめとして、昔のころと変わったところはないが、蝉の脱殻のような心地がなさる。

 御帳台の前に、お硯などが散らかしてあって、お手習いのお書き捨てになっていたのを拾い上げて、目を絞めて涙を堪えながら御覧になるのを、若い女房たちは、悲しい気持ちでいながらも、ついほほ笑む者もいるのだろう。しみじみと心を打つ古人の詩歌が、唐土のも日本のも書き散らし書き散らしてあり、草仮名でも漢字でも、さまざまに珍しい書体で書き交ぜていらっしゃった。

 「みごとなご筆跡だ」

 と、空を仰いでぼんやりとしていらっしゃる。他家の人として拝見することになるのが、残念に思われるのであろう。「旧き枕故き衾、誰と共にあったか」とあるところに、

 「亡くなった人の魂もますます離れがたく悲しく思っていることだろう

  共に寝た床をわたしも離れがたく思うのだから」

 また、「霜の華白し」とあるところに、

 「あなたが亡くなってから塵の積もった床に

  涙を払いながら幾晩独り寝をしたことだろうか」

 先日の花なのであろう、常夏の花が枯れて混じっていた。

 大宮に御覧に入れなさって、

 「今さら言ってもしかたのないことはさておいて、このような悲しい逆縁の例は、世間にないことではないと、しいて思いながら、親子の縁も長く続かず、このように心を悲しませるために生まれて来たのであろうかと、かえって辛く、前世の因縁に思いを馳せながら、覚まそうとしていますが、ただ、日が経てば経つほど、恋しさが堪えきれないのと、この大将の君が、今日を限りに他家の人になってしまわれるのが、何とも残念に思わずにはいられません。一日、二日もお見えにならず、途絶えがちでいらっしゃったのでさえ、物足りなく胸を痛めておりましたのに、朝夕の光を失っては、どうして生き永らえて行けようか」

 と、お声も抑えきれずお泣きになると、御前に控えている年輩の女房などは、とても悲しくて、わっと泣き出すのは、何となく寒々とした夕べの情景である。

 若い女房たちは、あちこちに集まり合って、お互いに悲しいことを話し合って、

 「殿がお考えになりおっしゃるように、若君をお育て申して、慰めることができようとは思いますが、とても幼いお形見ですこと」

 と言って、それぞれが、「しばらく里に下がって、また参上しよう」と言う者もいるので、互いに別れを惜しんだりする折、それぞれ物悲しい事が多かった。

 院に参上なさると、

 「とてもひどく面やつれしたな。御精進の日々を過ごしたからだろうか」

 と、お気の毒に御心配あそばして、御前においてお食事などを差し上げなさって、あれやこれやとお心を配ってお世話申し上げあそばす御様子は、身にしみてもったいない。

 中宮の御方に参上なさると、女房たちが、珍しく思ってお目にかかる。中宮は命婦の君を通じて、

 「悲しみの尽きないことですが、日が経つにつけてもご心中はいかばかりかと」

 と、ご挨拶を申し上げあそばした。

 「無常の世は、一通りは存じておりましたが、身近に体験致しますと、嫌なことが多く思い悩みましたのも、度々のご弔問に慰められまして、今日までどうにか」

 と申し上げて、何でもない時でさえ持っているお悩みを取り重ねて、とてもおいたわしそうである。無紋の袍のお召物に、鈍色の御下襲、巻纓をなされた喪服のお姿は、華やかな時よりも、優美さが勝っていらっしゃった。

 春宮にも、久しく参上致さなかった気がかりさなどを、お申し上げになって、夜が更けてからご退出なさる。

第三章 紫の君の物語 新手枕の物語

 [第一段 源氏、紫の君と新手枕を交わす]

 二条院では、あちらこちら掃き立て磨き立てて、男も女も、お待ち申し上げていた。上臈の女房たちは、皆参上して、我も我もと美しく着飾り、化粧しているのを御覧になるにつけても、あの左大臣家の女房たちが居並んで沈んでいた様子を、しみじみかわいそうに思い出されずにはいらっしゃれない。

 お召物を着替えなさって、西の対にお渡りになった。衣更えした部屋のご装飾も、明るくすっきりと見えて、美しい若い女房や童女などの、身なりや、姿が好ましく整えてあって、「少納言の采配は、行き届かないところがなく、奥ゆかしい」と御覧になる。

 姫君は、とてもかわいらしく身繕いしていらっしゃる。

 「久しくお目にかからなかったうちに、とても驚くほど大人らしくなられましたね」

 とおっしゃって、小さい御几帳の帷子を引き上げて拝見なさると、顔を横に向けて微笑んでいらっしゃるお姿は、何とも申し分ない。

 「火影に照らされた横顔や、頭の恰好などは、まったく、あの心を尽くしてお慕い申し上げている方に、少しも違うところなく成長されていくことだなあ」

 と御覧になると、とても嬉しい。

 お近くに寄りなさって、久しく会わず気がかりでいた間のことなどをお話し申し上げになって、

 「最近のお話を、ゆっくりと申し上げたいが、縁起が悪く思われますので、しばらく他の部屋で休んでから、また参りましょう。今日からは、いつでもお会いできましょうから、うるさくまでお思いになるでしょう」

 と、こまやかにお話し申し上げなさるのを、少納言は嬉しいと聞く一方で、やはり不安に思い申し上げる。「高貴なお忍びの方々が大勢いらっしゃるので、またやっかいな方が代わって現れなさるかも知れない」と思うのも、憎らしい気の廻しようであるよ。

 ご自分のお部屋にお渡りになって、中将の君という女房に、お足などを気楽に揉ませなさって、お寝みになった。

 翌朝には、若君のおん許にお手紙を差し上げなさる。しみじみとしたお返事を御覧になるにつけても、尽きない悲しい思いがするばかりである。

 とても所在なく物思いに耽りがちだが、何でもないお忍び歩きも億劫にお思いになって、ご決断がつかない。

 姫君が、何事につけ理想的にすっかりご成長なさって、とても素晴らしくばかりに見えなさるのを、もう良い年頃だと、やはり、しいて御覧になっているので、それを匂わすようなことなどを、時々お試みなさるが、まったくお分りにならないご様子である。

 所在ないままに、ただこちらで碁を打ったり、偏継ぎなどをしたりして、毎日お暮らしになると、気性が利発で好感がもて、ちょっとした遊びの中にもかわいらしいところをお見せになるので、念頭に置かれなかった年月は、ただそのようなかわいらしさばかりはあったが、抑えることができなくなって、気の毒だけれど、どういうことだったのだろうか、周囲の者がお見分け申せる間柄ではないのだが、男君は早くお起きになって、女君は一向にお起きにならない朝があった。

 女房たちは、「どうして、こうしていらっしゃるのだろうかしら。ご気分がすぐれないのだろうか」と、お見上げ申して嘆くが、君はご自分の部屋に帰りになろうとなさって、お硯箱を、御帳台の内に差し入れて出て行かれた。

 人のいない間にやっと頭を上げなさると、結んだ手紙が、おん枕元にある。何気なく開いて御覧になると、

 「どうして長い間何でもない間柄でいたのでしょう

  幾夜も幾夜も馴れ親しんで来た仲なのに」

 と、お書き流しになっているようである。「このようなお心がおありだろう」とは、まったくお思いになってもみなかったので、

 「どうしてこう嫌なお心を、疑いもせず頼もしいものとお思い申し上げていたのだろう」

 と、悔しい思いがなさる。

 昼ころ、西の対にお渡りになって、

 「ご気分がお悪いようですが、どんな具合ですか。今日は、碁も打たなくて、張り合いがないですね」

 とおっしゃって、御帳台の中をお覗きになると、ますますお召物を引き被って臥せっていらっしゃる。女房たちは退いて控えているので、お側にお寄りになって、

 「どうして、こう気づまりな態度をなさるの。意外にも冷たい方でいらっしゃいますね。皆がどうしたのかと変に思うでしょう」

 とおっしゃって、お衾を引き剥ぎなさると、汗でびっしょりになって、額髪もひどく濡れていらっしゃった。

 「ああ、嫌な。これはとても大変なことですよ」

 とおっしゃって、いろいろと慰めすかし申し上げなさるが、本当にとても辛い、とお思いになって、一言もお返事をなさらない。

 「よしよし。もう決して致しますまい。とても恥ずかしい」

 などとお怨みになって、お硯箱を開けて御覧になるが、何もないので、「なんと子供っぽいご様子か」と、かわいらしくお思い申し上げなさって、一日中、御帳台の中に居続けなさって、お慰め申し上げなさるが、その打ち解けないご様子が、ますますかわいらしい感じである。

 [第二段 結婚の儀式の夜]

 その晩、亥の子餅を御前に差し上げた。こうした喪中の折なので、大げさにはせずに、こちらの姫君のもとにだけ美しい桧破籠などぐらいを、様々な色の趣向を凝らして持参したのを御覧になって、源氏の君は、南面にお出になって、惟光を呼んで、

 「この餅は、このように数多くあふれるほどにはしないで、明日の暮れに参上させよ。今日は日柄が吉くない日であった」

 と、ほほ笑んでおっしゃるご様子から、機転の働く者なので、ふと気がついた。惟光は、詳しいことも承らずに、

 「なるほど、おめでたいお祝いは、吉日を選んでお召し上がりになるべきでしょう。ところで子の子の餅はいくつお作り申しましょう」

 と、真面目に申すので、

 「三分の一ぐらいでよいだろう」

 とおっしゃるので、すっかり呑み込んで、立ち去った。「物馴れた男よ」と、君はお思いになる。惟光は誰にも言わないで、手作りと言ったふうに実家で作っていたのだった。

 君は、ご機嫌をとりかねなさって、今初めて盗んで来た人のような感じがするのも、とても興趣が湧いて、「数年来かわいいとお思い申していたのは、片端にも当たらないくらいだ。人の心というものは得手勝手なものだなあ。今では一晩離れるのさえ堪らない気がするに違いないことよ」と思わずにはいらっしゃれない。

 お命じになった餅は、こっそりと、たいそう夜が更けてから持って参った。「少納言は大人なので、姫君が恥ずかしくお思いになるだろうか」と、思慮深く配慮して、少納言の娘の弁という者を呼び出して、

 「これをこっそりと、差し上げなさい」

 と言って、香壺の箱を一具、差し入れた。

 「確かに、お枕元に差し上げなければならない祝いの物でございます。ああ、勿体ない。あだや疎かに」

 と言うと、「おかしいわ」と思うが、

 「あだなどということは、まだ知りませんのに」

 と言って、受け取ると、

 「本当に、今はそのような言葉はお避けなさい。決して使うことはあるまいが」

 と言う。若い女房なので、事情も深く悟らないので、持って参って、お枕元の御几帳の下から差し入れたのを、源氏の君が、例によって餅の意味をお聞かせ申し上げなさるのであろう。

 女房たちは知り得ずにいたが、翌朝、この箱を下げさせなさったので、側近の女房たちだけは、合点の行くことがあったのだった。お皿類なども、いつの間に準備したのだろうか、花足はとても立派で、餅の様子も、格別にとても素晴らしく仕立ててあった。 少納言は、「とてもまあ、これほどまでも」とお思い申し上げたが、身にしみてもったいなく、行き届かない所のない君のお心配りに、何よりもまず涙が思わずこぼれた。

 「それにしてもまあ、内々にでもおっしゃって下さればよいものを。あの人も、何と思ったのだろう」

 と、ひそひそ囁き合っていた。

 それから後は、内裏にも院にも、ちょっとご参内なさる折でさえ、落ち着いていられず、女君の面影が浮かんで恋しいので、「妙な気持ちだな」と、自分でもお思いになられる。お通いになっていた方々からは、お恨み言を申し上げなさったりなどするので、お気の毒にとお思いになる方もあるが、新妻がいじらしくて、『一夜たりとも間を置いたりできようか』と、つい気がかりに思わずにはいらっしゃれないので、とても億劫に思われて、悩ましそうにばかり振る舞いなさって、

 「世の中がとても嫌に思えるこの時期を過ぎてから、どなたにもお目にかかりましょう」

 とばかりお返事をなさりなさりして、お過ごしになる。

 弘徽殿の今后は、妹の御匣殿がなおもこの大将にばかり心を寄せていらっしゃるのを、

 「なるほどやはり、あのように重々しかった方もお亡くなりになったようだから、そうなったとしても、どうして残念なことがあろうか」

 などと、右大臣はおっしゃるのを、「とても憎い」と、お思い申し上げになって、

 「宮仕えを、重々しくお勤め続けなさるだけでも、どうして悪いことがあろうか」

 と、ご入内をおさせ申すことを熱心に画策なさる。

 源氏の君も、この女君を並々の方とは思っていらっしゃらなかったので、残念だとはお思いになるが、目下は他の女性にお心を分ける間もなくて、

 「どうして、それでよいではないか。こんなに短い一生なのに。このまま落ち着くことしよう。女人の恨みを負べきでないことだ」

 と、ますます案じられ懲り懲りになっていらっしゃった。

 「あの御息所は、とてもお気の毒だが、生涯の伴侶としてお頼り申し上げるには、きっと気の置けることだろう。今までのように大目に見て下さるならば、しかるべき折々に何かとお話しを交わす相手として相応しいだろう」などと、そう言っても、見限ってしまおうとはなさらない。

 「この姫君を、今まで世間の人も誰とも存じ上げないのも、身分がないようだ。父宮にお知らせ申そう」と、お考えになって、御裳着のお祝いを、人に広くお知らせにはならないが、並々でなく立派にご準備なさるお心づかいなどは、いかにも類のないくらいだが、女君は、すっかりお疎み申されて、「今まで万事ご信頼申して、おまつわり申し上げていたのは、我ながら浅はかな考えであったわ」と、悔しくばかりお思いになって、はっきりとも顔をお見合わせ申し上げようとはなさらず、ご冗談を申し上げになっても、苦しくやりきれない気持ちにお思い沈んで、以前とはすっかり変わられたご様子を、かわいらしくもいじらしくもお思いになって、

 「今まで、お愛し申してきた甲斐もなく、『打ち解けて下さらない』お心が、何とも辛いこと」と、お恨み申していられるうちに、年も改まった。

 [第三段 新年の参賀と左大臣邸へ挨拶回り]

 元日には、例年のように、院の御所に参賀なさってから、内裏や、春宮などにも参賀に上がられる。そこから大殿邸に退出なさった。左大臣は、新年の祝いもせず、大宮を相手に亡き娘の事柄をお話し出しなさって、物寂しく悲しいと思っていられるところに、ますます、このようにまで源氏の君がお越しになられたのにつけても、気を強くお持ちになるが、堪えきれず悲しくお思いになった。

 源氏の君はお年を加えられたせいか、堂々たる風格までがお加わりになって、以前よりもことに、お綺麗にお見えになる。立ち上がって出られて、故人のお部屋にお入りになると、女房たちも珍しく拝見申し上げて、悲しみを堪えることができない。

 若君を拝見なさると、すっかり大きく成長して、にこにこしていらっしゃるのも、しみじみと胸を打つ。目もと、口つきが、まったく春宮と同じご様子でいらっしゃるので、「人が見て不審にお思い申すかも知れない」と御覧になる。

 お部屋の装飾なども昔に変わらず、御衣掛のご装束なども、いつものようにして掛けてあるが、女君のご装束が並んでないのが、見栄えがしないで寂しい。

 大宮からのご挨拶として、

 「今日は、たいそう堪えておりますが、このようにお越し下さいましたので、かえって……」

 などとお申し上げになって、

 「今まで通りの習わしで新調しましたご衣装も、ここ幾月は、ますます涙に霞んで、色合いも映えなく御覧になられましょうかと存じますが、今日だけは、やはり粗末な物ですが、お召し下さいませ」

 と言って、たいそう丹精こめてお作りになったご衣装類を、またさらに差し上げになさった。必ず今日お召しになるように、とお考えになった御下襲は、色合いも織り方も、この世の物とは思われず、格別な品物なので、ご厚意を無にしてはと思って、お召し替えになる。もし来なかったら、さぞかし残念にお思いであったろう、とおいたわしい。お返事には、

 「春が来たかとも、まずは御覧になっていただくつもりで、参上致しましたが、思い出さずにはいられない事柄が多くて、とても十分に申し上げられません。

  何年来も元日毎に参っては着替えをしてきた晴着だが

  それを着ると今日は涙がこぼれる思いがする

 どうしても抑えることができません」

 と、お申し上げなさった。お返歌は、

 「新年になったとは申しても降りそそぐものは

  年古りた母の涙でございます」

 並々な悲しみではないのであったことよ。

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ローマ字版

大島本

自筆本奥入