SIN>FILE 01 PROC CORR

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SIN>FILE 01     PROC CORR(後編)

                                斎木 直樹

 

 

『事件の概略は見たわね』
 端末の中のアルテミスの顔に、ショウは頷いた。
 ORIGINAL AQUA社の前社長の孫娘が失踪した。家出か誘拐かは判らないが、親宛
 メール
の手紙はあったということだ。手紙は本人の端末から発信された。
 この事件が外に漏れたら、無駄なスキャンダルとなる。現社長としては、今さら前
社長の話題を出したくはない。新人の手慣らしにはちょうどいいだろう、と二人が呼
び出されたわけだ。
「通信で呼び出しはかけたの?」
 ミュウは、いらいらと端末のキーボードの上で指を震わせる。傍受を防ぐために、
response
反応が遅いのだ。
『端末も送受信機も置いていったそうよ。でも、認識標までは置いていけなかったみ
たいね』
「反応あったんだ」
 認識標識別機は、法律で決められた場所にしか存在しないことになっているが、所
所に設置してある。
『ええ。あ、そのあたりが最後に確認された場所よ』
      チューブ
 都心から高速交通手段で三十分。こんな郊外では、識別機もそう設置されてはいな
い。
 今は車で移動している。運転しているのはショウだ。ミュウは、免許をまだ持てな
いのだそうだ。
 ということは、ミュウは十七才以下。ってことは、最高十一才からSINで調査員とし
て働いてたってのか?小さい頃から働くこと自体は、下級市民ならそう珍しいことで
はない。だが、調査員として働くにはかなりの実力が必要とされる。それだけの能力
を持ってたってことか。
                    アッパー
 だが、そんなに優秀なら、もうとっくに上層都市へ行けるくらい金が貯まっている
はずだ。なぜ、彼女は上に行かないのだろう。
 ショウの頭は、のんびりとした外見とは裏腹に、忙しく動き続けていた。
                       ハイアー
「来たわ。アユ・サキコ・カザン。七歳。女児。上級市民ね」
 端末の画面にデータがずらずらと並ぶ。失踪した少女の情報がやっと流れてきたの
だ。もちろん、極秘情報である。
 ちらりとショウは動画を見た。パーティらしい場所で、ちょこんとお辞儀をしてに
っこりと笑う。ピンクのレースのワンピースがよく似合っている。薄い茶の髪に白い
肌は、アジア系には見えない。
「可愛いじゃん」
「ロリコン」
 ミュウは冷たく言い捨てる。
「あのなあ。いい加減、その仏頂面止めろよ」
 携帯用認識標識別機の作動音が、静かな車内に響く。
 ショウは車を止めた。ミュウはむっとした顔をショウに向け、その表情にはっとし
た。
「お前、俺たちは仕事やってんだぞ。俺のことが嫌いならそれはいいけど、仕事はき
ちんとやりな」
 ミュウはショウの真面目な顔をじっくり見つめた後、ぷっと吹き出した。くすくす
笑い始めたミュウに、ショウはぶすっとした。
「なんだよ」
「いや、あんたがそんなこと言うなんて、意外だわ」
 ショウはますますふてくされた。
「俺は、仕事はきちんとやらないと嫌な体質なんだよ」
 ミュウは笑いを止められなかった。馬鹿な意地を張っていたのを、こいつにさとさ
れるとは思っていなかった。面白いキャラクターの持ち主だ。
 識別機の音が変わった。音の間隔が狭くなる。
「ほら、行きましょう」
「おう」
 口をへの字にしたまま、ショウは車を反応の方向へ向けた。

 

 

 七歳の少女は、ぺろぺろとソフトクリームをなめているところを発見された。着て
           ハイアー
いるものから、すぐに上級市民だと判る。よくも今まで誘拐されなかったものだ。
 ショウがそっと近づこうとしたとき、隣で大声があがった。
「アユっ」
 少女はばっとこちらを向くと、一目散に逃げ出した。追おうとした白髪の混じった
黒髪の男を、ショウは引き留めた。引き留めても逃げようとするので、ミュウが能力
でさえつけると、男はやっと降参した。
「カザンさんですね」
「何をしている、早く追っかけろっ。アユが危ない。なぜ止めるんだ。お前たち、SIA
のメンバーだろう」
 カザン氏のSPたちが駆け寄ってきたが、それもミュウが押さえる。ショウは大人の
口調でさとした。
「なぜ来られたんですか。私どもにおまかせ下さいと申し上げたはずです」
「アユは私の子供だ。私が来て何が悪いんだ」
 その割には似ていない。カザン氏はごつい体つきだが、アユはまるで妖精のように
軽やかだった。
「そのあなたから、アユさんは逃げ出したのですよ」
 そうショウが言うと、カザン氏は目を伏せた。
「とにかく、ここは私どもにおまかせ下さい」
 強い調子でショウが言い聞かせると、カザン氏は懇願し始めた。
「アユを助けてくれ。あの子は、死のうとしている。……私のために」
「は?」
「そんな重大なこと、なぜ黙っていたのっ」
 カザン氏を怒鳴りつけるミュウを、ショウは止めた。
「そんなことよりも、今はアユちゃんのことだ。認識標の反応は特定してある。後を
追おう」

 

 

 アユは、ビルの屋上にいるようだった。
「ミュウ、お前行け」
「何で私が。あんたの方が適任でしょう」
 しかし、ショウはがんとして譲らなかった。ミュウは、しぶしぶ屋上への扉を開い
た。
 アユは、手すりの向こうに立ってこちらを見ていた。空を背景とした小さな身体は、
ビル風にあおられて今にも飛んでいってしまいそうだ。
「おねえちゃん、警察の人?」
 感情のこもっていない声で、少女は呟くように言った。その目は、遠く彼方を見つ
めている。
「違うわ」
 ミュウは慎重に言った。子供は苦手だ。話そうとするだけで緊張してしまう。
 アユは、顔を少しだけ緩めた。
「止めてもむだよ。あたし、死ぬの」
「お父さんのために?」
 少女は真剣な顔で頷いた。ミュウは、心臓が痛むのを感じた。涙が出てきそうだっ
た。こんな仕事だと最初から判っていれば、アルは決して私には回さなかったはずな
のに。
「なぜなの」
 アユは、今にも吐きそうなミュウが心配になってきた。
「大丈夫?おねえちゃん」
 ミュウは服の胸を握りしめた。必死で発作がでそうになるのを押さえる。
「なぜなの。教えて」
「あたしがいると、パパ、お金がなくて死んじゃうの。あたしはいっぱいお金持って
るから、パパにあげるの」
 彼にはSPがついていたはずだ。そう尋ねると、アユはああ、と言った。
「あれは、あたしがつけたの。パパ、まだORIGINAL AQUAのじゅうやくだと思われ
てるから、あぶないの」
 企業国家の仕組みを理解していない者はまだ多い。企業国家では、血縁など何の意
味も持たない。前社長の息子といえど、株は相続しても経営には口出しはできないの
だ。正式な株の所有者となるには、一旦株を売却し一定期間待たなくてはならない。
 カザン氏の場合既に株は売却済みで、他の企業に投資したものの、失敗続きだとい
う。
「その上、パパ、あたしのよういくひまではらわなくちゃいけないの。あたしがいな
くなれば、あたしのお金パパにあげられるし、よういくひもはらわなくていいでしょ
う?」
 今の時代、一番金持ちなのは子供だ。生まれたときから自由にできる金をもらい、
それは年をとるごとに増えていく。親は子供の金を使うことは許されていない。血縁
の意味が薄くなった今では、親子の間でも贈与税は高い。援助でさえ厳しく取り締ま
られてしまう。
「あなたがパパのところにいたくないなら、出ていっていいのよ」
 そう。施設でも養子でも、どちらも空きはたくさんある。不当な仕打ちを受けた子
供は、すぐにその子に一番良い処置がされる、が企業国家のキャッチフレーズだ。
「いたくないわけ、ないじゃないっ」
 アユは叫んだ。涙があふれる。水滴はそのまま、ビルの下へ吸い込まれていく。
「パパといっしょにいられないんなら、あたし、死んだ方がいいもん」
「アユ」
「カザンさん」
 いつの間にか、カザン氏が扉から入ってきていた。いかつい顔は青ざめ、歪んでい
て気味悪さを増している。しかし、アユはその顔を見て、安堵の表情が浮かぶのを隠
すことができなかった。
「アユ、私のことは考えてくれないのかい?アユといられないなら、私も生きていた
ってしかたがない」
「パパ」
 アユの薄い色の目が開かれた。手すりを握っていた手が緩む。
「アユっ」
 アユの小さな身体は、ミュウたちの視界から消えた。カザン氏がアユの立っていた
場所まで駆け寄る。下を見ると、その高さに目がくらんだ。そして、五階下の辺りに
浮かんでいるアユを見つけた。

 

 

 ショウは、震えている少女の身体を建物の中に引き入れた。
「死にそうになった感想は?」
 ショウを見上げるアユの顔は、涙でぐしょぐしょだった。しゃくりあげる声は、必
死に何かを伝えようとしている。ショウは、まずしっかりと抱きしめてやった。耳元
にそっとささやく。
「もう、お父さんの気持ちは判っただろう?人の気持ちを知りたいときはね、きちん
とそう尋ねればいいんだよ。死んだ方がいいなんて、好きな人がいるうちには言っち
ゃいけない」
 アユは、カザン氏の腕に抱きしめられても、泣きじゃくったままだった。
                                ロウアー
「今まで、カザンさんも遊びすぎたんだよ。プライドばかり高くて、下級市民になっ
て働くことができなかった。でも、もうそれに気づいただろ」
 ミュウの彼に対する表情の変化に気づいているのかいないのか、ショウは彼女に笑
いかけた。
「もっと落としてもいいって言ったのに」
「なぜあの子を落とさせたの」
 んー、とショウは頬をかいた。このとぼけた表情が、彼の中身を上手く包み隠して
いることに、ミュウはもう気づいている。
「ああいう甘やかされた子は、いっぺん死んだ気になってもらわなくっちゃ、同じこ
と繰り返すだろ。テレポートさせてこの場はおさめても、何の意味もないんだよ。気
持ちを吐き出すことで、もうちょっと考えられるようになるだろ。ま、俺はカウンセ
リング受けさせるのがいいと思うけどね」
「なぜ私に説得させたの」
「女の子同士の方がいいかと思っただけだけど……どうかしたか?」
 ミュウは首を振った。では、彼は知らないのだ。当たり前だ。アルが、私に黙って
言うはずがない。
 でも、これで彼の「能力」が判った。彼は、人の心理のしがらみについて本能的に
察知できる能力を持っている。それが言語化されていないのが惜しいが、事件の処理
には本能の方が役に立つことも多い。人間関係が希薄だと言われている今時、珍しい
「能力」だ。
「好きな人がいるうちはっていうのは?」
「あ、あれはま、ああ言っておけば当分死のうなんて思わなくなるだろ。その間に、
あの子が考えればいいことよ。そうだなあ、俺は、食べ物食べてる人は死んじゃいか
んな、と思うけど」
「は?」
「ほら、食べ物ってもともとは生きてるもんなわけだろ。生きてるもん殺しといて、
死にたいっつーのは、どうもねえ。餓死してくれなきゃ」
 ミュウは頭を抱えた。
「あのね、じゃあ合成食物だけ食べてる人は死んでいいってこと?」
 あ、そうだねー、とからから笑うショウに、ミュウはあきれた。こいつ、判らない。
でも。
 ミュウはショウの肩を叩いた。
「さ、帰って報告書書かなきゃ。ショウ」
 判らないから、面白いんじゃない?

 

        おわり

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