SIN>FILE 01 PROC CORR

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あらすじ
時は未来。SINに入った能力者のショウは、ミュウと相棒を組まされるが、彼女はえらく不機嫌だった。

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 時は未来。
 古くよりの国家体制は崩れ、複数の大企業体によって経営される「企業国家」が、
大国の大多数を占める時代。国家の勢力図は、各企業の手腕によって刻々と変化し続
けている。
  ハイアー
 上級市民たちは地球を捨て、宇宙ステーションと月に住居を移し、火星にまでその
足を伸ばそうとしている時代。環境問題から解放された代償として、地球は時代遅れ
  ロウアー
の下級市民のスラムと成り果てた。
 科学技術の急激すぎる発展に、それを産み出した人間たちは追いつけず、実用化に
至れない大発明が山積みとなっている時代。研究者は見捨てられ、情報が何よりも貴
重なものとなった。
 何よりも実力を重んじる企業政府が、才能ある子供を見つけるために出産と教育を
奨励している時代。優遇される子供たちは、今の内にと少しでも上へ這いあがろうと
競争を続けている。
 更に、増加し続ける人類の中からは「能力」と俗称される、従来にはない力を持つ
子供たちが生まれ始めていた。大人たちは、彼らをどう扱ったらいいのかを、考えあ
ぐねている。
 時は未来。錯綜と混沌の時代である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

SIN>FILE 01     PROC CORR(前編)

                                斎木 直樹
 

 

 

 なかなかいいじゃないか、と彼は建物を検分した。
 薄いグリーンの壁とつるつるなのに滑らない素材の床は清潔すぎず、かといってご
みは落ちていない。どこもかしこも自動ドアなのは気にくわないが、今時手動の扉な
ど、地球でもよほどの僻地にしかない。もっとも、彼の故郷はその僻地であったが。
 新しい職場の環境は良さそうだな。ショウは上機嫌だった。彼にとっては長い訓練
を終えての配属だったので、気分は一層上昇へ向かう。
「ショウ、こっちよ」
 これから上司となる金色の短髪の女性――アルテミスと名乗った――が、彼を呼ん
だ。豊満な胸よりも、鍛え抜かれた無駄のない筋肉が否応なしに目を引く。ただし、
濃い色のサングラスをかけているので残念ながら顔は判らない。
「あ、はい」
と、ショウは振り向いた。
 活きのいい大きな黒い瞳と大きな口が、東洋系の童顔を一層幼く見せる。とても二
十には見えない。長めの黒髪を後ろでちょこんと結んでいて、肌の色は黄色人種にし
ては濃いといった程度だ。美青年だと言うとお世辞になるが、悪い顔ではない。人好
きのする顔、という言葉がふさわしい。そして、その認識標の色は赤だった。
 女は、彼の顔にくすりと笑みを洩らした。ショウは笑顔のまま、首を傾ける。
「こちらがミュウ。あなたの相棒よ」
 赤茶けた長い黒髪の女の子は、ショウと同い年くらいに見えた。はすを睨んでいる
目はきつく、への字型の薄い唇とともに酷薄な印象を与える。鼻梁の線は芸術的で、
整った顔立ちを彫刻のように見せる効果を持つ。身体はすんなりとしていて、年の割
には胸は薄く、女らしさを感じさせない。妙に綺麗だが、人を寄せつけない雰囲気を
全力でまき散らしている。
 ショウは笑顔を、いぶかしむような表情に変えた。ミュウは、うっすらとあざける
目をした。
「どうしたの」
と、金髪の女が聞く。
「ベテランの人だって聞いてたんですけど」
「ベテランの人、よ。ミュウはもう……何年だったかしら」
 ぼそっとミュウは答えた。
「六年」
 想像していたよりも、高い声だった。大人っぽい外見から、ショウはなんとなく低
い声を思い浮かべていた。
「だ、そうよ」
 ショウは、素直に感心している。そのあっけらかんとした表情に、金髪の女は軽い
驚きをあらわした。
 ミュウは機嫌悪そうに顔をしかめると、左手をショウに差し出した。ショウは、と
まどい気味に左手で受け取った。何か変な感じだったが、彼にはその理由を言葉にで
きなかった。あらためてにこっとミュウに笑いかけると、彼女はあからさまに侮蔑の
表情を返した。
 女は、そんなミュウに苦笑を浮かべようか迷ったが、結局ため息をつくことにし、
その場を去った。
「よろしく。えっと、ミュウだっけ。俺はショウ・ルー・キガサヤ、二十。能力者、
っていうのは認識標見れば判るか」
 生まれたときにつけられる、ピアスのように左耳に埋め込まれた認識標には、その
者の情報が入っている。名前、生年月日、ネットワークのアドレス、金銭のデータ、
職業、現住所、家族構成、遺伝子型、出生地等々。これがなくては家にも入れないし、
ネットワークの端末も使えない、何も買えない。
 そしてその色は、簡単な身分を表す。地球で生まれた者は緑、宇宙ステーション・
月生まれは青、他惑星生まれは黒。そして、能力者は赤となっている。能力者は従来
の人間とは違ったもの、ということだが、それは仕方がないだろう。能力者がこの世
に存在を認められておよそ三十年。出生率もそう上がらないし、まだまだ少数派であ
り続けることに変わりはない。
 ミュウは滑らかな髪を掻き上げて赤い認識標を示したきり、何も反応しようとはし
なかった。しかし、返答をひたすら待つショウの姿にはさすがにいらついてきたよう
で、視線のいき場所がちょくちょく移動する。
 我慢しきれなくなったミュウは、忌々しげに口を開いた。
「言っておくけど」
 そこへまた、待ってましたとかかるショウ。
「何?」
 その、わくわくという擬音が聞こえてきそうに跳ねた声が、ミュウのいらいらを更
につのる。
「私、誰に対してもこうだから、気にしなくていいわよ」
「こうって?」
 その目は純粋無垢な子犬のようで、うっとうしいことこのうえない。ミュウは怒鳴
りだしたい衝動を、唇を噛みしめることで制した。気分が悪くて、心臓の辺りが妙な
感じがする。
「……愛想が良くないってこと」
 前の台詞と同じ調子で、何の他意も含まれていないようにショウは言った。
「なんだ、判ってたんだ」
 何かにひびが入った音がした。
「そういうこと、よ」
 目の前の彼女は口の端をあげてはいるが、どう見ても青筋を立てている。ショウは
にこにこしつつ、それを疑問に思った。
「大丈夫、俺、気にしないから」
 そうにっこりする天使のような顔に、ミュウはため息をついた。あきらめのため息
だった。こいつ、馬鹿だわ。
「あんたとは気が合いそうにはないわね、ショウ」
「そうかな」
と、とぼけるショウに、ミュウは声とにぎりこぶしを震わせた。
「……そういうところがね」
「どこが?」
 がっとショウに顔を向け、その尻尾をふりふりしていまにもワンと吠えそうな子犬
を、蹴り倒してやりたい衝動をなんとか収めた。怒っているこっちが馬鹿のような気
がしてくる。
「……そういうところがね」

 

                 jyoh-shoh
 地球の旧東アジア地区にある都市、ジョウショウ。現在上位グループ中の最低ラン
クに位置する企業国家SAKAKI companyの随一の企業、ORIGINAL AQUAの治める都
市である。そこには、一つの研究所がある。
 Synthetic Institute of human Ability(能力総合研究所)、通称SIA。人間の知力・
体力・能力の研究、開発を行っているということだが、都市の者は皆、能力者の出入
りするこの研究所のことをうさんくさく思っている。
             member
 そして実際、この研究所は調査員――諜報員とトラブルシューターを合わせたよ
うな存在を養成・統括する、ORIGINAL AQUA社直属組織の隠れみのだった。所員
たちはこの研究所のことを、SINと呼んでいる。それは、彼らの存在を否定するこの
組織にふさわしいあだ名だろう。
 ショウは地元の小企業で働いているところをヘッド・ハンティングにあい、一年と
少しの訓練を終え、ここ、SINの調査員となった。あとに残した家族のことは心配だ
     ロウアー
ったが、下級市民にはろくな仕事はないこの時代、危険手当の上に高額の保険までつ
くこの仕事は、大金を得るには都合がいい。彼の家族には金が、それも多くの金が必
要だった。
 調査員には能力者だけではなく、情報技術者や機械屋、銃火器・爆薬等のスペシャ
リストもいる。現に、先ほどのアルテミスとかいう金髪の女性も、能力者ではなかっ
た。
 ミュウは、何の能力の持ち主なのだろう。機密保持のため、データには能力レベル
はA級としかないので、本人に聞くしかない。
「なーなー、教えろよー」
 ショウは、てけてけとミュウの後を追いながら言った。最初はしつこいわね、と言
い返してきていたミュウももう相手もせず、競歩のように歩き続けるだけだった。既
に、下町のうちでも危険な地域に入っている。
 都市の中でも研究所のある地域は比較的治安は良く、清潔だ。しかし、この辺りは
都心部と同じように超高層ビルが立ち並んではいても古い建物ばかりで、低層域にし
か人は住んでいない。電力は通っていても電線を切られたり、エレベーターの中で強
盗などがよく出るからだ。清掃車が来れないためにごみは散乱しているし、地面に座
り込んだ人相の悪い男たちがにやにやとミュウたちのことを見ている。
 ミュウはミュウで、この地区に入っても動揺したりきょろきょろしたりしないショ
ウに、驚いてはいた。もっとも彼は、こんなところに入ったことに気づいていないの
かもしれないが。そっちに賭けるわ、とミュウは誰にともなく心の中で言った。
「お、いってば」
 なんとかショウはミュウの目の前に立った。ミュウはまるっきり無視してショウを
追い越す。ショウがどわーっと疲れた顔になる。
 ミュウは思わず笑いそうになって、二人の男が前に立っていることに気づいた。体
格はよく、肉体労働者のようだが、がらの悪い風体からいってそうではないようだ。
「なー、ねーちゃん。にーちゃんかわいそうだろよー」
「俺たちとままごとしようぜ、なあ」
 下卑た笑いが周囲の男たちの歓声を誘うはず、だったが、いつのまにか観客たちは
失せていた。上から覗いていた者たちも、窓を閉めてしまっている。二人の男はそれ
をいぶかしんだが、すぐに忘れた。
 ミュウは、にっこりと素晴らしい微笑を返した。
「ええ。でもね、私、他の遊びが好きなの」
 こちらに来ようとしたショウの前に「壁」を張り、テレパシーで、手助け無用、下
がっていろと伝える。視界の端に入った蛇口に、笑みをほころばせる。特上の笑みに、
男たちはしばし見とれた。
 そして男たちがミュウに手を伸ばした瞬間、彼らの足下に風を巻き起こして転ばせ、
気絶寸前程度の衝撃波を上からたたきつける。ひくひくとけいれんしている身体を足
でひっくり返し、笑顔を見せてやった。
「頭冷やしなさい」
 そうミュウが告げると、ざばっと巨大なバケツをひっくり返したような水が降って
きた。ミュウ自身の周りには壁を張ってあるので、水は入ってこない。
 ミュウがさわやかな顔で見上げると、まだ水が上空に残っていた。蛇口を手を触れ
ずに締めると、周囲から拍手とからかいの声が聞こえてきた。
「今回は、ちーとおとなしかったなあ」
「ミュウさんを知らんとは、こいつらよそもんだなー」
「ミュウちゃん、男の子男の子」
 ミュウが最後の言葉に顔をしかめて視線を下げると、そこにはずぶぬれのショウが
立っていた。あ、と口を開けているミュウを、軽く睨む。
「……責任取ってくれ」

 

 

 ミュウの部屋は、シンプルと言えば聞こえはいいが、物がない部屋だった。簡易ベ
ットとネットワーク用の中程度のモニタ以外は、ほとんど作りつけのクローゼットの
中に入っていて見えないようになっている。
 家族以外の女の子の部屋に初めて入るわけではないショウだが、この部屋にはがっ
かりした。あまりにも、女の子らしくなさすぎる。
「さっさとシャワー浴びて、帰ってよね」
 ミュウは自分の領域に侵入されたことに不快なようで、一層不機嫌になっている。
大きなタオルをひっぱり出すと、ずぶぬれのショウに投げつけた。
「お前、わざと認識標隠してるんだな」
 普通、能力者は認識標がすぐには見えないようにしている。初対面の人間から奇異
の目で見られるのは、あまり気分がいいことではないからだ。ミュウも、長い髪を下
ろして耳を隠している。
 けれど、ミュウの場合はその理由が違った。彼女は、ああいう輩が構ってくること
を期待して、わざと自分が能力者であることを隠しているのだ。
 そのことを言っていることに気づいたミュウは、本気でショウに対する評価を変え
た。こいつ馬鹿だけど、見るとこは見てる。
 ミュウは、答える代わりににやっと笑った。ショウは、その笑顔に何か変な気分に
なった。
「覗くなよ」
と、言いおいて戸を閉めると、上から物が大量に降ってきた。
 ミュウは、彼にも着れそうなものを脱衣所に置くと、ベットに腰かけた。出窓の写
真立てを取り、写真を眺める。鈍い心の痛みが、まだ消えない。一生消えることなど
ないのだと、判っていた。
「えっと、障壁にサイコキネシス、空間転移、テレパシーに、衝撃波っと。あとまだ、
何かあるか?」
 ミュウはさっと写真立てをふせ、緊張した面もちで答えた。
「まあ、今確認されている能力はたいていできるわ」
「全てA級?」
 ミュウは頷いた。ショウの反応は思っていたよりもない。もともと、驚くことがな
い性質なのかもしれないわね、とミュウは思った。
「で、あんたは?」
 俺、とショウは自分を指さす。洗いたての髪から、しずくがぽたりと落ちる。
「俺は大したことないよ。空間転移がB級ってくらいで、あとはカス」
 ミュウは顔をしかめた。そんな能力者をわざわざスカウトするなんて事、あるのか
しら。うちの養成所には、もっと優秀なのがごろごろしているはずだ。
 突然、ショウはつんとミュウの眉間を突いた。
「また眉寄ってる」
 ミュウは忌々しげに手を払った。思いの外威勢のいい音がして、いててとショウは
情けない顔になる。
「だから何よ」
「可愛くないぞ」
 大げさに手を吹くショウに、ミュウは大きなため息をついた。この話をするのは疲
れる。
「あのね、私は『可愛い』ってことに価値を認めてないの」
「へ?」
「だから、可愛くなくていいのよっ」
「なんで」
 ショウのひたむきな目に、ミュウは熱いものがわき上がってくる感情を覚えた。絶
対、こんなやつと仕事なんてできない。すぐにアルに言おう。
「私には、そんなことは価値がないのよ。だから、可愛いなんて思われても、私は嬉
しくないの」
 ショウは、納得いかない表情をしている。これが二十の男のする表情か、とミュウ
は心の中で握り拳を固めた。もう一言言われたら、殴ろう。そう、決心を固めた。
「でも……もったいない」
                      コール
 心の中の握り拳を振りかざしたとき、通信の呼び出し音が鳴った。ペンダント型の
簡易受信機からと携帯用端末、更にプロジェクターのステレオから同時に、短い音が
一回、長い音が一回。それは、緊急の仕事が入ったということを示している。
 ミュウは舌打ちをすると、携帯用端末から受信した。アルテミスの声が聞こえてく
る。
 ショウは、ミュウがアルテミスと話しているのを聞きつつ、写真立てを手に取った。
 中年の男だった。服装は趣味が良く、貧しい暮らしはしていなさそうだ。かといっ
  ハイアー
て上級市民には見えない。認識標の色は赤。肌の色も髪の色も薄く、能力者らしく繊
細そうな顔立ちをしている。どこか淋しげな笑みが暗そうな印象を与えるが、背景は
明るく、どこかの公園らしい。
 ショウが写真立てを元に戻したとき、ミュウが通信を切ってショウに振り返った。
「仕事よ」

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(斎木直樹)へどうぞ。

Last modified 2007.6.12.
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