SIN>FILE 02 COMPLEX

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あらすじ
SINで働くミュウのもとへ妹の桜が訪ねてきたが、ミュウは妹をじゃけんに扱う。

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SIN>FILE 02     COMPLEX (前編)

                                斎木 直樹

 

 

 薄い水色の上に引かれた一本の白い線。
「きっれーだなー」
「あのねーっ」
 すさまじい轟音の反響と風の中、ミュウが叫ぶ。長い髪は結んであるのに、ほつれ
髪が口に入ってくる。
「あの雲はー、往還シャトルの出したものなのよー」
「だからー?」
 音は次第に小さくなってきた。ミュウは、邪魔な髪を耳にかける。
「空の色をきれいに思う気持ちなんて、昔の人間がそうだと決めたから、そう思うだ
けなのよ」
 ショウは目をしばたたかせた。ミュウは数秒目を閉じて、いらだちがおさまるのを
待った。
「きれいなんて気持ちは、人間につくられたものなの。偽物なのよ」
 ショウは再び空を見上げた。真っ直ぐな一本の線は水色に溶け、もうぼんやりとし
か残ってはいなかった。

 

 


        1

 

 「未来の科学都市」という題名をつけたくなるような、超高層ビルが連なる都市。
 人々は、ほんの少し前までは、天までの高さを競うように建物を建てては壊し、壊
                      ハイアー
しは建て続けていた。しかし、高層に住んでいた彼らは、今や更に高い場所――宇宙
へ去ってしまった。
         ロウアー
 かくて、地球は下級市民のたまり場と成り果てた。都市は汚れ、停止しているかの
ように見えた。しかし、その中にも清潔な場所はあり、貧しくとも人は生きている。
      ハイアー               jyoh-shoh
 そんな、上級市民に見捨てられた都市の一つ、ジョウショウ。ここにSIA――
Synthetic Institute of human Ability(能力総合研究所)はある。
 SIAは、研究所という名称にしては柔らかい雰囲気を持った建物である。今時珍し
い十階建てという低さは、新築でありながらどこか古めかしい感じを与える。窓は全
てワンウェイミラーになっており、秘密主義であるかのように思わせるが、入り口は
広く植え込みの雑草とともに来る者を拒まないだろうという気にさせる。現代にふさ
わしい、様々なアンビバレンツを含んだ建物であるといえるだろう。
 認識標の存在に反応する自動ドアは過敏に設定されており、前を通っただけで開い
てしまう。中へ入ると、内壁は薄いクリーム色で、床はひどく珍しくも木である。貴
重な木材を、と非難されそうだが、もちろんこれは合成樹だ。とはいっても、人間の
感覚では感知できないまでに酷似している。床のせいか、ロビーにじっと立っていて
も、銀行やホテルのロビーのように座らなくてはならない切迫感に駆られることはな
い。
 眠りたくなるカウチソファは木の緑よりは濃い緑色で、背の低い大きめの机は薄い
茶。どこからか来る照明は暖かい色をしている。
 一角には、音声はコードレスヘッドフォンで聴くようになっている、四分割された
ネットワークTVの画面が二つある。まるで研究所に関係なさそうな人も幾人かおり、
座ってじっとテレビを見たり備え付けの端末を操作したり、居眠りしたりしている。
 薄い青色のカーディガンの所員たちは、外来者が求めない限りは声をかけたりはせ
                    コンダクター
ず、立ち話をしたり好きなようにしている。案内者は見目麗しくはないが、男も女も
柔らかい印象を与える者で構成されており、求められればてきぱきと心のこもった応
対をする。
 人々の話し声と雑音が広いロビーの天井に反響し、わあんと鳴って返ってくる音は、
不思議と心を落ちつかせる。
 一人の少女が、ロビーに入ってきた。
 つるつるとした表面の、変わった素材の全身を被うコートを着ている。細い黒髪は
短くしてあるが、脇は長めで耳が見えかくれしている。優しい顔立ちだ。世間ずれし
ていない純粋な子なのだろう。少し背が高いが、十三くらいだろうか。育ちの良い上
級市民らしい。
 少女が首を巡らせていると、白いブラウスの上に薄い青色のカーディガンを羽織っ
た、顔のそばかすが目立つ女が近づいてきた。
「何か御用でしょうか」
 少女は、ああと笑みを浮かべた。可愛い。
「はい。面会したいのですが」
 大人っぽい口調で、少女は言った。予想していたよりも年上なのかもしれない。
 女は、礼儀正しい少女の振る舞いに微笑んだ。笑うと、そう悪い顔ではない。
「どなたとでしょうか。研究員か、それとも係員?」
 少女は、笑顔のまま答えた。
「いいえ、メンバーに」
 案内人の表情はとたんに固くなり、手でこちらへと促した。
 認識標のチェックを必要とする扉の前で、案内人は男の係員に交代した。黒人の男
は体格が良く、少女の二、三人軽く持ち上げてしまいそうだ。
 扉の向こうは廊下で、男はその内の一室へ少女を導いた。防音室らしく、空気の質
が違う。しゅっと音がして重いドアが閉まった。安っぽい机と椅子が二脚、それに機
械が一台だけの部屋はもの寂しい。
 そんな部屋に連れてこられても、少女は相変わらず可愛らしくにこにこしたままだ
った。どこかおかしいのか、それとも地なのか。
 男は少女を固い椅子に座らせると、短く言った。
「プレートは」
「はい。えーっと……」
 少女は胸元を探ると、昔の名刺の半分くらいの大きさの銀色の板を取り出した。何
か刻まれている。男はそれを受け取ると、機械に通した。端末の結果画面に、口笛を
鳴らす。
                              ナンバー
「認識標の確認を願います――オールグリーン。では、面会者の登録番号と名前を仰
って下さい」
 少女は小さな桜色の唇を開き、暗唱した。
           メンバー カタギリミユ
「NO. FI93-0012FPA。調査員、片桐躬由」

 

 


        2

 

 ショウは、言葉に詰まっていた。もとからおしゃべりな性質ではないが、いつもミ
ュウには負けてしまう。
 ミュウは、十七才にしては大人びた目でショウのことを見つめている。日系人のミ
ュウにはコーカソイドの血が入っているらしく、濃い色の瞳はわずかに青い。ショウ
は、その青に気づく度に驚いたように身を引く。そして、ミュウはその度に聞く。
「どうしたの」
 ショウはつばを飲み込むと首を振り、多少ひきつった笑みを顔に載せた。
                ツー・スリー
 ショウ・ルー・キガサヤ。暗号名は23、彼のラッキーナンバーである。ここSIA
――いや、所員は皆SINと呼んでいる。SINと言うことにしよう――SINに入って一年
半、ミュウと組んで三ヶ月が経った。なんとかやっている、という程度だろう。
 ミュウが眉を寄せて何か言おうとしたとき、彼女の胸元でピッピッと短い機械音が
二回鳴った。ミュウはかんにさわった顔で、えりに止めてある長方形の板に何事かを
ささやく。おおっ機嫌悪そっ、とショウは厳戒態勢に入った。
 板から声が聞こえてくる。機械を通した声らしく雑音が多いのは、盗聴を防ぐため
だと聞いた。
『カタギリ・ミユさん。第二ロビーにお客さんよ』
「ミュウ、お前、カタギリなんて名字だったんだ。結構平凡なんだな。名前は?みゆ
う?」
 メンバー
 調査員の能力・経歴等の情報は厳重に保護されており、たとえ調査員同士であって
も、自分から話さない限りは個人情報が漏れることはない。特に、ミュウは秘密主義
なことでSIN内でも有名である。が、相棒の本名すら知らないとは。
「うっさいなあ。面会人なんて、私にはいないわ」
『でも、あなたのプレートを持ってて、照合されたって言ってたわよ。声紋と網膜チ
ェック諸々もクリア』
「プレートを?」
 調査員や管理者に面会するには、プレートと認識標等の照合が必要とされる。プレ
ートとは、昔で言う名刺のようなもので、その者と本人が知り合いであることを証明
する。
             ハイアー
『ええ。名前は……あら、上級市民ね。カタギリ・サクラ』
 オペレーター
 通信者が親戚なのと尋ねる前に、ミュウは通信も切らずに駆け出してしまっていた。

 

 

 ミュウの後を追ってきたショウが、第二ロビーに着くと、そこではミュウががなっ
ていた。
「ここには来るなって言ってあるでしょうっ」
 が、どなられている側の少女は、まるでこたえていないようで、ふんわりと微笑み
を浮かべたまま謝っている。
 第二ロビーは、調査員専用のロビーだ。第一ロビーとは異なり、こちらは実用本位
と言えば聞こえはいいが、物が格段に少なく貧相な設備である。出入口は小さい。装
飾といえば、斜めになっているガラス張りの天井から入ってくる日の光くらいなもの
だ。
 光の帯の中に、舞い上がるほこりが目に見える。木と雲が風に流され、その間から
洩れる光が揺らめく。ミュウの前に立っている少女の足下に光が当たると、その全身
が輝いたように見えた。
 よく見れば、それは服の生地が光を反射しただけだったのだが、ショウには、一瞬
その子が天の使いのように思えた。
「それに、そんなかっこうしてきて。それじゃあ上級市民のお嬢様だって一目で判る
    ここ    アッパー
わ。下級都市は、上級都市のようにお上品な所じゃないのよ」
 ショウは少女を観察した。確かに、一目で上級市民だと判る。コートの生地は高価
な宇宙産のもので、この辺りでは到底手に入らないだろう。何よりも、彼女は下級市
民のようにすえた目つきをしていない。それどころかまるで天使のようだ、などと、
さっきの錯覚の影響が強く残っているショウは、安っぽい想像をした。
「ごめんなさい。でも私、お姉ちゃんが買ってくれた服を着て見せたくって」
「お姉ちゃん?」
 ショウは思わず大声を上げ、口をふさいだ。しかし、二人は既にショウの方を向い
ており、ミュウは思いきりあきれた調子で言った。
「そうよ。悪かったわね、似てなくて。桜っていうの」
 確かに似ていない。ショウががくがく頷くと、ミュウにがこんと頭を殴られた。痛
い。
 桜は、くすくすと笑う。本当に似ていない、とショウは心の中で再び言った。
 桜は可愛いタイプだが、ミュウは美人の部類にはいる。桜は日系らしい細い黒髪だ
が、ミュウは茶が混じっている。肌の色は桜の方が白い。しかし、何といっても雰囲
気が全く違う。桜は優しく清純そうだが、ミュウは人をどこか落ちつかなくさせる危
険な魅力を持っている。魅力?
 ショウははて、と首をひねった。なんじゃそりゃ。何で、この俺が、ミュウなんか
に魅力を感じなきゃならねえんだ。あんな、乱暴で短気、いじっぱりな上にひねくれ
まくった小娘に。
 ミュウは、無言でショウをもう一度殴った。ショウは頭を押さえて数秒固まった後、
きっとミュウを見上げた。
「何だよ。痛いなあ、もう」
「また私の悪口考えてたでしょう」
「あ、さては俺の心読んだな」
 両の拳を口元にやってぶりっこをするショウに、ミュウはあきれのポーズをかまし
た。
「あんたのちっちゃい脳味噌の中身なんて、視なくても判るわよ。あー、頭がいいっ
て辛いわ」
「ショウさんですね。初めまして。片桐桜です」
 ふざけていたところを、五歳以上年下の女の子からご挨拶頂いたショウは、あせっ
て服で拭いてから左手を差し出した。桜は右手を出している。
 けっとミュウは毒づいた。
「馬鹿。握手は右手でするの。左手は、別れの時か敵とする時よ」
「そうなのか。知らなかった」
と、ショウは両手で桜の右手を握った。ミュウはあきれ返り、桜はまあよくころころ
と笑う。ショウのことが気に入ったのか、ただの笑い上戸なのか。
 ショウは、ちらりと覗いた桜の認識標を確かめた。緑だ。ということは、桜は生ま
れた後に上級市民になった。そして、能力者ではないということだ。
「何しに来たの」
 びんびんと心に突き刺さる声色でミュウが言う。桜は一貫して柔らかく答える。
「あのね、この近くの病院に新しい機器が入ったの」
 病院ってとショウが尋ねる前に、ミュウは答えた。
「桜は昔から身体が弱くてね。ずっと病院に通ってるのよ」
 ショウは子供のように素直に頷き、思いついたように言った。
「じゃ、所内を案内でもしてあげたら」
「そんなことしてどうすんのよ」
 うあっ、やぶへびっ、とショウは自分を責めたが、言い負かされるのを覚悟で返し
た。
「職場を見せてあげたっていいだろう」
「お姉ちゃん、だめ?」
 桜の上目遣いに、ミュウは息を詰まらせた。
「私はそんなことしないわよ」
「俺がするよ」
 二人は、ひゅっとショウへ首を回した。そのタイミングが全く同じで、ショウはど
きりとした。
「あの……だめ、ですか?」
 少し平たく言ってみると、ミュウは複雑な表情になった。ショウには、その感情を
読むことはできなかった。
「勝手にすれば。私には関係ないわ」
 そう言い捨てると、ミュウはさっさとロビーから出ていってしまった。
 ショウが困惑した表情で出入口を見ていると、桜がつんつんと服の端を引っ張って
きた。振り返ると、にっこりと笑いかけてくる。
「行きましょうか、ショウさん」

 

 


        3

 

 ショウが桜を外来者用の見学コースを案内していると、金髪の女性とすれ違った。
「あ、れ。桜ちゃん?」
 濃い色のサングラスをかけた男性的なショートカットの女は振り返り、言った。桜
は、首をちょこんと傾げている。
 女はサングラスを取った。大きな緑色の目が予想外に幼い印象を与える。桜はほっ
と笑んだ。
「トランシルさん。お久しぶりです」
「あれ、アルって桜ちゃん知ってるんだ」
 くすんだ金髪の女は豪快に笑った。
 ダイアナ・アルテミス・トランシルは、ミュウとショウの直属の上司だ。目を引く
筋肉は、ボディビルのような観賞用ではなく、もっぱら実用である。認識標の色は青。
「知らなかったの、ショウ。私はミュウの保護者なのよ」
「へ」
 ショウの間抜け面に、桜とアルテミスは笑い転げた。
「でも、保護者って、え、アルっていくつで産んだの?」
 ばかん、とアルに頭を殴られ、ショウの目には涙が浮かんだ。あまりの痛さに、し
ばらくは声が出ない。くっそ、本気で殴りやがったな。
「あほ。保護者って言ったでしょう。親代わりよ。ミュウは家族が上にいるから、十
八歳以上の保護者が必要なの」
 ショウは感心しているが、これは周知の事実だった。
 十七という若さでベテランの調査員であるミュウはSINの有名人で、その噂はどん
な小さなことでも所内中を駆けめぐる。ショウを除いて、らしいが。
「なに余計なこと教えてんのよ」
 ひょい、とミュウが不機嫌そうな顔を出した。ショウが大げさに驚いてみせ、桜の
笑いを誘う。
 桜が軽くせき込むと、ミュウはとたんに不安な表情で彼女の背に手をやった。
「笑いすぎて、のどが痛くなっちゃった」
「じゃあ、カフェで何か飲むかい」
と、ショウが提案すると、桜は歓声を上げた。アルとミュウも賛同する。
「合成ものもあるよ。俺が好きなのは、マンゴーとバナナとトマトのミックスなんだ」
「だから、そんなもん飲む奴あんた以外にいないって。桜」
 笑っていた桜は、何とミュウに聞き返す。透明な印象の笑顔が、彼女が本当に姉に
暖かい気持ちを持っていることをあらわにしている。
「あんたは帰りなさい」
「でも、お姉ちゃん」
 ミュウは、誰の説得も断固拒否した。
「ここは、あんたが来るところじゃないの。さっさと帰りなさい」
 桜はじっとミュウを見つめていたが、ふいと背を向けてすたすたと歩いていってし
まった。
 ショウは事の成りゆきに呆然と立ち尽くしていたが、アルにつつかれてはっとし、
送ってくると言い残して走り去った。
「ミュウ」
「ここは、あの子が来るようなところじゃないのよ。こんなところ」
 手のひらに爪の痕がつきそうに固く握りしめられた拳に、アルは目を細めた。肩を
叩くようにささやく。
「こんなところって、あなたの働いているところでしょう」
 ミュウはきっと顔を上げた。激しい感情が目に見える。
「こんなところよ」
 ミュウの後ろ姿に、アルテミスはため息をついた。
 SINはミュウの父母が働いていた場だが、ミュウはここを嫌っている。だが、能力
も我も強すぎるミュウは、他人とは上手くやっていけない。ここを出ても、似たよう
な仕事しかない。そして、上級都市に住む桜と母親のためには、莫大な金が必要だっ
た。
 気がつくと、ショウが目の前で息切れていた。
「どうしたの」
「い、ないんだよ」
 やっと言ったショウの台詞に、アルテミスは眉を上げた。ゆっくりと聞き返す。
「いない?」
「ああ。ロビーまでは追っかけたんだけど、外で追いつくと思ったのに、いないんだ。
桜ちゃんって、足早いのな」
「ロビーって、どっちの」
 アルの異常な迫力に、ショウは軽く身を引いた。
                           メンバー
「第一ロビーだけど。桜ちゃん、知らなかったみたいだぜ。調査員関係者は裏から出
入りしろっての」
                    コール
 アルは小型の端末を取り出し、ミュウに呼び出しをかけた。呼び出し音が鳴る度に、
神経が高ぶりが増す。音声だけの返答が来る。
『何』
 不機嫌そうな声に、アルは名も告げずにまくしたてた。
「桜ちゃんが第一ロビーの玄関から消えたわ。一応、コールしてみて」
 荒い切断音。
 端末の回線切断、通信所用時間と料金の表示に続く通信会社の広告を見つめたまま、
アルテミスは言った。
「ショウ。ミュウの部屋へ行って、二人でリオンのところへ来て」
 ショウは不服そうに唇をとがらせた。
「何言ってんだよ。通信でミュウに言えばいいだろう」
「いいえ――」
 アルテミスは、珍しくもためらいをみせた。
「アル?」
「いいから行きなさい。早く」
 仕方なく、ショウは再び走り出した。

 

 

 軽いノックの後、ショウはドアを開けるボタンを押した。しゅっという軽い音とと
もに開く。自宅と同じで、狭い部屋の中は物が異常に少ない。
「ミュウ?」
 中にミュウはいた。けれど、いつものミュウはいなかった。
 ミュウは携帯用端末のディスプレイに顔を向けてはいたが、その視線はショウには
判らないどこかにあった。
「大丈夫よ……隠れてるって言った……あの子は……三つ編み……」
「ミュウ、おいっ」
 不安になったショウが声を荒げると、ミュウははっと身震いをした。ゆっくりと声
のした方を振り返り、ショウの名を呼ぶ。その声がいくらかしっかりして聞こえたの
で、ショウは安堵した。
「なにぼうっとしてんだよ。桜ちゃんは」
 ショウが桜の名を出すと、ミュウはまたおかしくなってしまった。さっきよりはま
しだが、心ここにあらずといった風だ。
「桜……桜が、いないのよ」
 気のせくショウが端末の画面を覗き込むと、受信装置、端末共に所在不明、と出て
いた。自宅の端末は機能しているが、返答はない。
「よし、判った。じゃ、課長代理んとこに来いってさ」
「ショウ……」
「ほら、早く」
 ミュウは泣き出しそうな顔で頷き、のろのろと立ち上がった。何か調子狂うな、と
ショウは来た道をまた走り始めた。もう、膝が痛くなってきていた。

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Last modified 2007.6.12.
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