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渋谷栄一訳(C)

  

花散里

光る源氏の二十五歳夏、近衛大将時代の物語

 花散里の物語

  1. 花散里訪問を決意---誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは
  2. 中川の女と和歌を贈答---特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして
  3. 姉麗景殿女御と昔を語る---あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に
  4. 花散里を訪問---西面には、わざわざの訪問ではないように

 

花散里の物語

 [第一段 花散里訪問を決意]
 
 誰知らぬ、ご自分から求めての物思いは、いつといって絶えることはないようであるが、このように世間一般のことにつけてまでも、めんどうにお悩みになることばかりが増えてゆくので、何となく心細く、世の中をおしなべて嫌にお思いになるが、そうも行かないことが多かった。
 
 麗景殿の女御と申し上げたお方は、お子の宮たちもいらっしゃらず、院が御崩御あそばした後は、ますますお寂しいご様子を、わずかにこの大将殿のお心づかいに庇護されて、お過ごしになっていらっしゃるのであろう。
 
 そのご令妹の三の君と、宮中辺りでちょっとお逢いになったご縁を、この大将の君は例のご性格なので、そうはいってもすっかりお忘れにならず、熱心にお通い続けるというのでもないので、女君がすっかりお悩みきっていらっしゃるらしいのも、このころのすっかり何もかもお悩みになっている世の中の無常をそそる種の一つとしては、お思い出しになると、抑えきれなくて、五月雨の空が珍しく晴れた雲の切れ間にお出向きになる。

 [第二段 中川の女と和歌を贈答]

 特にこれといったお支度もなさらず、目立たぬようにして、御前駆などもなく、お忍びで中川の辺りをお通り過ぎになると、小さな邸で、木立など風情があって、良い音色の琴を和琴の調べに合わせて、賑やかに弾いているのが聞こえる。
 
 お耳にとまって、門に近い所なので、少し乗り出してお覗き込みなさると、大きな桂の木を吹き過ぎる風に乗って匂ってくる香りに、葵祭のころが思い出されなさって、どことなく趣があるので、「一度お契りになったことのある家だ」と御覧になる。お気持ちが騒いで、「ずいぶんと時が過ぎてしまったなあ、はっきりと覚えているかどうか」と、気が引けたが、通り過ぎることもできず、ためらっていらっしゃる、ちょうどその時に、ほととぎすが鳴いて飛んで行く。訪問せよと促しているかのようなので、お車を押し戻させて、例によって、惟光をお入れになる。

 「昔にたちかえって懐かしく思わずにはいられない、ほととぎすの声だ
  かつてわずかに契りを交わしたこの家なので」

 寝殿と思われる建物の西の角に女房たちがいた。以前にも聞いた声なので、惟光は咳払いをして相手の様子を窺ってから、君のご言伝を申し上げる。若々しい女房たちの気配がして、不審がっているようである。

 「ほととぎすの声ははっきり分かりますが
  どのようなご用か分かりません、五月雨の空のように」

 わざと分からないというふりをしていると見てとったので、

 「よろしい。『植えた垣根も見分けが付かない』」

 と言って出て行くのを、心の内では、恨めしくも悲しくも思うのであった。

 「そのように、遠慮しなければならない事情があるのであろう。それも道理でもあるので、そうもいかまい。このような身分では、筑紫の五節がかわいらしげであったなあ」 と、君はまっ先にお思い出しになる。

 どのような女性に対しても、お心の休まる間がなく苦しそうである。長い年月を経ても、やはりこのように、かつて契ったことのある女性には、情愛をお忘れにならないので、かえって、おおぜいの女性たちの物思いの種なのである。

 [第三段 姉麗景殿女御と昔を語る]

 あの目的の所は、ご想像なさっていた以上に、人影もなくひっそりとお暮らしになっている様子を御覧になるにつけても、まことにおいたわしい。最初に、女御のお部屋で、昔のお話などを申し上げなさっているうちに、夜も更けてしまった。

 二十日の月が差し昇るころに、ますます木高い木蔭で一面に暗く見えて、近くの橘の薫りがやさしく匂って、女御のご様子は、お年を召しているが、どこまでも深い心づかいがあり、気品があって愛らしげでいらっしゃる。

 「院の格別目立つような御寵愛こそなかったが、仲睦まじく親しみの持てる方とお思いでいらっしゃったなあ」 などと、お思い出し申し上げなさるにつけても、昔のことが次から次へと思い出されて、ほろっとお泣きになる。

 ほととぎすが、先程の垣根のであろうか、同じ声で鳴く。「自分の後を追って来たのだな」と思われなさるのも、優美である。『どのように知ってか』などと、小声で口ずさみなさる。

 「昔を思い出させる橘の香を懐かしく思って
  ほととぎすが花の散ったこのお邸にやって来ました

 昔の忘れられない心の慰めには、やはり参上いたすべきでした。この上なく物思いの紛れることも数増すこともございました。人は時流に従うものですから、昔話も語り合える人が少なくなって行くのを、わたし以上に、所在なさも紛らすすべもなくお思いでしょう」

 とお申し上げなさると、まことに言うまでもない世情であるが、物をしみじみとお思い続けていらっしゃるご様子が一通りでないのも、お人柄からであろうか、ひとしお哀れが感じられるのであった。

 「訪れる人もなく荒れてしまった住まいには
  軒端の橘だけがお誘いするよすがになったのでした」

 とだけおっしゃっるが、「そうはいっても、他の女性とは違ってすぐれているな」と、ついお思い比べられる。

 [第四段 花散里を訪問]

 西面には、わざわざの訪問ではないように人目に立たないようにお振る舞いになって、訪れなさったのも、女君の目には珍しいのに加えて、世にも稀な君のお美しさなので、恨めしさもすっかり忘れてしまいそうである。あれやこれやと、例によって、やさしくお語らいになるのも、お心にないことではないのであろう。

 かりそめにもお契りになる相手は、皆並々の身分の方ではなく、それぞれにつけて、何の取柄もないとお思いになるような方はいないからであろうか、嫌と思わず、自分も相手も情愛を交わし合いながら、お過ごしになるのであった。それを、つまらないと思う人は、何やかやと心変わりしていくのも、「無理もない、人の世の習いだ」と、しいてお思いになる。先程の垣根も、そのようなわけで、心変わりしてしまった類の人なのであった。

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