寺澤先輩と竹島くん。

−Naho and Me. 04−

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04. 寺澤先輩と竹島くん。
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寺澤先輩と竹島くん。

−Naho and Me. 04−

斎木 直樹

 

 あ。
「おう」
「こんにちは」
 ぺこりと頭を下げたぼくには構わず、寺澤先輩は通り過ぎていった。しばらく顔を合わせないようにしようかと思っていたのに、気がついたら目が探していたようだ。
「おうって……今の誰」
 一緒に歩いていた同級生がぎょろっとした目つきで尋ねた。ぎょろっとしているのは、常態なので念のため。
「んー、先輩」
「竹島、サークル入ってたっけ」
「同じ授業とってた」
「授業って何。ノート貸し出しとか?女の先輩にお前が?」
 いかに自分が、女っけがなさそうだと思われているかがよくわかる。まあ実際そうだけど。告白されることはたまたまあったりもしたが、自分からはしたことはなかった。他人の恋愛沙汰にもあまり興味がない。
「演劇」
 この大学には、演劇の講義があって、その講義に集まった全員でひとつの舞台をつくる。卒論とか就職の関係上か、四回生がくることはほとんどないけれど、先輩後輩の区別なく、ひとつのことをやる、珍しい講義だ。ぼくは、そこで寺澤先輩と出会った。
 ぼくがひとり、回想シーンに入っていると、彼はにやにやとこちらを見ていた。
「なんだよ」
 気色悪い、と口には出さなかったが、そういうニュアンスを込めて言った。
「なーんか、口数少ないから変だと思ったら、あの人とつきあってるんだろ」
「違うよ」
 そう、違う。ぼくは告白したけど、それだけだ。寺澤先輩からは……謎なことを言われた。それを彼に言うつもりはない。
「じゃあ片思いか」
 んー……まあそういうことになるんだろうけど……たぶん。まあそれでいいのかな。いいよね?
 首をひねりすぎてわけのわからない形になっているぼくの背後から、声がかかった。
「竹島」
「はいっ?」
 思わずきをつけをしてしまうぼく。じゃあ俺先行くねー、と彼は軽い足取りで去っていった。クラスで噂になること間違いなしだろう。まあ別にいいけど。傷つくものもないし。
 おそるおそる後ろを振り向くと、予想通り、そこには寺澤先輩が手を腰に当てて立っていた。仁王立ちだ。
「検討は、してもらえたかな」
「……」
「覚悟がないなら、やめておけ」
 なんで、告白したぼくの方がこんな風に回答を迫られなくちゃいけないんだろう。まあ、それが寺澤先輩か……。
「無言は、否定とみなす」
「まままま待ってください!」
 寺澤先輩は、フレームレスの眼鏡をかけなおした。鼻があまり高くないせいか、よくずり落ちるみたいだ。
「で?」
「うー……よろしくお願いします」
「はっきり言いなさい」
「条件をのみます」
 きっぱりと告げたぼくに、寺澤先輩はにかっと笑った。
「そうか。じゃあ、私のことは名前で呼びなさい。私も君を、名前で呼ぶことにする」
「はい……てええ?」
 い、いきなり?
「つきあうとは、そういうことではないのか?」
「えー、まあ、そういう人たちが多いかな……」
 あまり経験はないけど、多分。
「うむ。では――竹島。君の名前は」
「……広海です。広い海でひろみ」
 寺澤先輩は、少し目を閉じて海を想像していたようだ。少しだけ鼻がぴくっと動いて、架空の潮の香りをかいでいるのがわかる。
「わかった。私の名前は」
「知ってますよ。……奈穂先輩」
 少し声が震えていたけれど、奈穂先輩は気づかなかったふりをしてくれた。
「私は、君に感謝しているよ。自分に『恋人』ができるなんて想像もしていなかったからね」
 ぼくも、人生初めての告白が、こんなことになるとは想像もしていませんでしたよ……。
 ちょっと泣きそうなぼくに向かって、奈穂先輩はにまにまと楽しそうに笑った。そこには、どきどきなんて少女マンガちっくな感情はかけらもないことは、鈍いぼくにでもわかる。でも、そんな奈穂先輩の笑顔を近くで見られるのなら、まあ「恋人」でもいいか、とぼくはため息をついた。
 ちょっと幸せなため息だったし。
 

 一、私、寺澤奈穂が竹島広海に対して恋愛感情を抱く保障はどこにもない。
 一、お互いの了承を得ない限り、お互いに触れるべからず。
 一、関係を破棄したくなった場合は、即座に申し立てること。これにもう一方の了承は必要ない。

 以上の条件下において、お互いを「恋人」とみなし、行動をともにすることを許可するものとする。

    おわり

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