秋の空に映るもの

−Naho and Me. 03−

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03. 秋の空に映るもの
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秋の空に映るもの

−Naho and Me. 03−

斎木 直樹

 

 いたいた。
 奈穂先輩は、何度も雨に濡れては乾いて年季の入った木製のベンチに座り込んで、ぼけーと空を眺めているようだった。空には、まぶしいぐらいのうろこ雲。構内の木々に囲まれた空いっぱいに広がっている。
「何見てるんですか」
 奈穂先輩は、落ち葉を踏みしめる音に気づいていたようで、驚きはせず、うむ、とか何とかぶつぶつ言っていた。
「月」
 月なんてあったっけ?と空を見直すと、うろこ雲に埋もれて白い月があった。月って、黄色い印象があるけど、夜だけだよな。なんで黄色いんだろ。太陽の光を反射してるからかな。
 ぼくは、先輩の隣に腰を降ろした。
「こどもの頃」
 奈穂先輩は、月を見上げたまま、淡々と言った。
「大人になったら昼間に月を見ることなんてなくなるだろうと思っていた」
 ぼくがこどもの頃は、そんなことを考えたりは絶対にしなかった。月を見上げることなんてそもそもなかったし、その日と明日のことぐらいしか考えられないようなこどもだったと思う。大人になったら何になりたいか、ぐらいはぼんやりと思っていたが、明確な大人になった自分のイメージは全くなかった。
 ただ、奈穂先輩はそういうこどもで、そういうこどもはあまり大人受けがよくなさそうなことは想像がつく。こんなに可愛いのになあ。
「まあ、社会人になったらまた違うのかもしれないが」
 しばらく二人でぼんやりと上を見ていたのだが、首が痛くなってきた。
「ところで、先輩」
 ん?と奈穂先輩は無言で僕の顔を見た。今日初めて目が合った。
「時間、覚えてますか」
「……じかん?」
 奈穂先輩の背筋に、ぞわっと寒気がしたのではないか。
「今日の午後からは、ぼくに電撃走らすぞ!と脅しをかけていた、例の実験が予定されていたのでは……」
 奈穂先輩はぴょんと慌てて立ち上がり、肩かけかばんをひっつかんで駆け出したがすぐに戻ってきた。そう、実験は被験者のぼく抜きでは成立しない。
 声にならないあせりを押さえられないようで、口をぱくぱくさせながら、ぼくに向かって大きく手振り身振りで何か伝えようとしている。ぼくは、わざと黙ったまま、座ったまま。こんなにあせっている奈穂先輩なんて、そうそう拝めない。
 終いには、ぼくに向かって右手を伸ばすが、直前でにぎにぎしはじめる。そう、奈穂先輩はぼくに触れようとはしない。ぼくも奈穂先輩には触れない。それが決まりだった。
 思わず笑いがもれてしまって、奈穂先輩ににらまれた。うわ、怖。
「行くぞ!」
 奈穂先輩はぼくのシャツの腕の部分を握り、強引にぼくを引き立たせた。そのままダッシュ。わわわ、こけるこける。土にへばりついた下の方の落ち葉はまだ濡れていて、すべりやすい。
 実験室のある心理棟へ向かいながら、ぼくは空を見上げた。秋の高い空に、鳥が二羽、まっすぐに飛んでいたが、すぐに木々に隠れて見えなくなってしまった。
 

    おわり

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Last modified 2007.12.10.
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