遊んでみよう

−Naho and Me. 02−

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02. 遊んでみよう
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遊んでみよう

−Naho and Me. 02−

斎木 直樹

 

 奈穂先輩は、ふだん、自分のことについて語ることはほとんどない。
 というよりは、奈穂先輩は、自分から語ることがほとんどない。というほうが正しい。ほとんど全てが自分の頭の中で自問自答、解決しているから、語る必要がないのだろうと思う。便利な人だ。
「奈穂先輩」
 ん?と目線だけこちらに動かすと、またパソコンで打ち込みを続行し始めた。今は実験データをメモしたものを、ひたすら打ち込む作業中らしい。研究室のパソコンは他の人が使っているとのことで、珍しく端末室での作業だ。
 授業中なのと、繁忙期でないことから、端末室に他に人はいない。ちなみに、端末室のパソコンは学内のLANには接続しているが、インターネットには接続していない。ネットカフェ代わりに使われて、本来の作業ができなくなることを防ぐためだ。あ、e-mailは学内のネットを介して出せます。インターネットが見れるパソコンは、図書館に置いてある。
 真剣にデータを見つつ、打ち込みを続ける奈穂先輩だが、耳はぼくの方を向いている。多分。次の言葉を待ち受けている状態だ。
 面白いので、ぼくもこのまま待ってみることにした。
 だだだだだ、とテンキーだけを使っての数字の打ち込みをしつつ、たまにちら、とぼくの方を見るが、ぼくは奈穂先輩を見たままじっとしている。あ、ちょっとへの字口になった。
 奈穂先輩は、眼鏡をちょっと直して、再度打ち込みに入った。フレームがないので、あまり眼鏡眼鏡した印象はない。でも、眼鏡歴はなかなか長いらしい。今は何代目なんだろう。
 小学生の奈穂先輩を想像すると、むすっとした小学生が思い浮かんだ。もちろん、黄色い帽子と赤いランドセルだ。さぞ可愛げがないと大人には言われたことだろう。こんなに可愛いのに。
 小学生の奈穂先輩がそのまま成長したような奈穂先輩は、むすっとした表情に変わって、今度はキーボードを打ち始めた。日本語を入れているらしい。奈穂先輩は、基本はかな入力だが、ローマ字打ちもできる。こういう、公共のパソコンでは、設定をいちいち変えて戻すのが面倒なので今はローマ字打ちにしているらしい。たまに間違えてDeleteボタンを押している。間違えるたびに眉根にしわを寄せ、頭の中で何か文句をいっているようだ。ちょっと口が動いている。
 子どもの頃からパソコンを使い慣れていた奈穂先輩のキーボード打ちは速い。間違いもあるけど、とにかく数を打つ、という作戦らしく、テンキーだけのときとたいして変わらない速度でだだだだだ、とやや大きめな音で打たれていく。
 奈穂先輩の爪は短く、けっして伸ばさない。基本的に清潔であればいいだろ、といいたげな身なりが多い。自分でもセンスがあるほうだとは認識していないみたいで、一応服の色に気を使う以上のことはしないようだ。今日は青のチェックのざっくりした風合いのシャツの下には緑のTシャツ、下はいつもの黒いジーンズ。シャツは男物だ。奈穂先輩は特に大きいほうではないので、SかSSのものを探したんだろう。女の子が男物の服を着て、袖が長くて手がちょっとしか出ないのって、そそるよな……。今は腕まくりしてるけど。
 先輩はぼくを無視することに決めたらしく、真剣な顔でディスプレイと書類を見比べながら確認作業をしている。首を上下に動かすと地毛のまま色づけされていないのに、茶色っぽい髪が揺れる。長くも短くもない髪は、ひょこひょこ揺れてじゃまそうだ。よくつけている髪飾りみたいに、ぼくが手で持ったらどんな反応をするだろう。先輩は、あまり照れることがない。かえってじゃま扱いされるかも。ぼくは、姉と妹がいたせいで、三つ編みができる。三つ編みしてみたらどうだろう。女学生奈穂先輩。……なんか違う。
「面白いか」
「はい?」
 我に返って目をぱちぱちさせているぼくに、いつのまにか作業を終えてパソコンのシャットダウンを始めていた奈穂先輩は、こどもに向かって説明するように、ゆっくりと歯切れよくたずねた。
「私を見ていて、面白いか」
 皮肉な口調ではない。たぶん、ぼくの行動が理解できないんだろうと思う。
「あー、はい。楽しいです」
「そうか」
 なんか釈然としない様子の奈穂先輩は、ぼそっと一言。
「もて遊ばれた……」
「いや、もててないですから!ね!」
 

    おわり

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Last modified 2007.12.10.
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