Truth――Fantasist 5

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     Truth

      Fantasist 5
                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     side-B

 人間界では幻や想像の産物だと思われているものが、全てあると言われている、幻
想界にある唯一の王国、妖精達の住むグリーン=ブルー。
 その王城の一室で、上座に座した女は、ゆっくりと笑みを浮かべながら言った。二
十代最後の年を迎えた彼女は、人間界からしたら美人ぞろいの妖精の中でも、際立つ
美しさをまだ保っている。一種、こう迫力まで感じられる。
「それで?」
「はい。あの、きちんとあの子は……あの女の子は私のことを見ました。確かに、ファ
ンタジストでした」
 黒い服を着た女はひざまづいたまま、震えた声で言った。先ほどの女と同年代に見
受けられるが、ひどく緊張している。
 すると、最初の女の隣りに腰かけた女がにっこりと微笑みながら、顔を上げるよう
に命じた。隣の女と似ているような気がするが、それは似た服装のせいかもしれない。
もっとずっと明るい感じだ。
「その服を着ているところを見ると、上級試験には合格したようね。まず、おめでと
うと言わせてもらうわ、ウィッチさん。お名前は?」
 黒いフードのついたずるずるとした服を着た女は、明らかに身体の力を抜いた。顔
の緊張も、いくらかはほぐれている。
「サディル・ウィッチです、陛下」
「おめでとう、サディル。一人前の魔女として、責任とやりがいを持ってくれるもの
と期待しています。教官も、ご苦労様でした」
 魔女になりたての女の隣りに立っているのは、背が低い娘だった。教官ということ
  ウィッチ          ウィザード
は、魔女の上の資格である、魔法使いであるということだ。
「いいえ、ついででしたから。では、失礼いたします。両女王陛下」
「あ、ティス。ニャーオなら、上にいるわよ」
 小柄な魔女は苦笑しながら、承知してますよ、みどり、と弟子を連れて部屋を出て
いった。
 二女王――グリーン女王とブルー女王は、そろってため息を一つつくと、そろって
にやっと、美女には似つかわしくない形容がふさわしい笑みを浮かべた。
「それで、ジリオン。感想は?」
 王座の脇に座っていた、少年と青年の狭間に立っている少年は、身体をびくっと反
                                 グリーン
応させた。幻想界ではそう珍しくもない緑の髪に緑の瞳だ。おそらく、大地の精なの
だろう。すっと上げた顔は勝ち誇ったような、それでいて高慢ではない、不思議と好
意的な印象を与える。
「でも、まだ一年あります」
                             クラウン
と、少年が言うと、いつの間にか細い金属のつながりでできた仮王冠を取り、指で回
しているグリーンは、にたーっと笑った。
「なあーに言ってんのよ、この色男っ。あと、たったの一年よっ。人間界で、高三に
なるまでファンタジストでいるなんて、そうそうできることじゃないんだからねっ」
「みどり……あんたは、いくつになっても」
「でも、グリーン様。そのフジシロ・ナオっていう子、ファンタジストとは言えない
んじゃありませんか?」
と、相変わらずのきんきん声で話しかけてきたのは、グリーン女王のおつき役、リィ
ン・リー・ウィンクル。
「うーん。それを言うと、ファンタジストの定義からしてねー。『妖精の存在を信じ
ている人間』というよりは、『姿を消した妖精を見ることができる人』というのが、
正しい表現なんだし」
「でもでも、ナオっていう子は、単にジリオンの存在を信じているだけなんでしょう
?」
 それでも食い下がり続けるリィンに、ブルー女王は口元に手をやって苦笑した。
「夢で一度だけ遭ったことのある人を信じるということは、妖精の存在を信じること
よりもたいへんなことだと、私は思うわよ」
 四年前のことだった。

「あの、女王陛下」
     クラス
「あなた、教室の子でしょう。みどり、もしくはグリーンと呼んでちょうだい。地に
這いずるのも、なしよ」
 ひざまずく少年に、グリーンはいつになく厳しい声で言った。緑の髪に緑の瞳の少
年は、しぶしぶと立ち上がって、グリーン様と言った。
「僕、人間界へ行きたいんです」
「は?あの、あなたジリオンだったわよね。確か、ジリオン・リア・ヴォルムス」
「はい」
「あなた、まだ教室に入ってから半年くらいしか経っていないんじゃない?もう少し
してからの方がいいと、私は思うわよ。まだ、日本語も覚えてないでしょうに」
 教室とは、人間界で言う学校であるアルシェ=カーンを出て、更に勉強をしたいと
思っている子を集めて、人間界の勉強を教えているところのことだ。主催者は王で、
その授業は主に城で行われているが、特に優れたものは人間界に行くことも許されて
いる。
「えっと、そういうことじゃなくて」
 ジリオンは面食らってしまったようだった。ブルー女王は、そっと微笑んだ。彼女
の微笑みは、なぜか人を落ちつかなくさせる。ジリオンは顔を赤く染め、下を向いて
しまった。
「話してごらんなさい。手助けできることならするわ。ただし、最初からゆっくりと
ね」
 彼は、昨晩夢を見た。
 いや、正確にはそれは夢ではなかった。彼は、ある少女と精神接触をしたのだ。こ
の能力は珍しいものであり、自分とある人との精神を接触させ、相手の精神それ自体
と会話することができる、いわば一種のテレパシーである。
 ジリオンはその晩、精神が身体から遊離し、誰かの精神と接触するのを感じた。そ
こまでは、今までもあったことだった。問題は、その相手の少女が人間だったという
ことだ。彼女は、それを夢だと思ったようだった。しかし、それは夢ではなかった。
 二人はいろいろと話をし、少年は彼女、フジジロ・ナオが彼の「真実」だと思った。
そして、彼は思いきって話した。彼の存在を、彼が実在すると信じてくれるか、と。
彼女は信じる、と答えた。それでこそ、彼の「真実」だった。
 ふ、と女王は息をついた。
「それで、そのなおちゃんのために人間界に行きたい、と」
 少年は控えめに、しかし強くそれは名字ではないかと尋ねた。
「なお、が名前よ。その子、ふじじろなおって言ったんでしょう。それは日本の名前
だし、日本では名字が最初にくるの。で、なおちゃんのために?」
 ジリオンは少しだけ下を向いていたが、きっぱりと顔を上げた。こういう意志の強
い顔は、女王は嫌いではない。
「違います。ナオのこと大事だと思ったし、守りたいと思った。でも、本当は僕がナ
オの側にいたいんです。僕のためです。それに、ナオがどう思っているか判らないし
……」
 ブルー女王は、薄く笑いを洩らした。ジリオンがそう思っていないことは、グリー
ンにでさえうかがえる。
「それでも行きたい?」
                        ほんとう
「はい。僕、思ったんです。あの子が、ナオが僕の『真実』じゃないかって」
 ブルー女王は、横目でグリーンを見ながら言った。
「それを持ち出されると弱いわね」
「う゛」
 黙り込んでしまったグリーンに、ブルーは至極楽しそうに苦笑した。
「では、あなたが人間界に住むのならば、あなたは幻想界での記憶を全て失わなくて
はなりません。こう言ったら?もちろん、向こうで暮らすのに必要な記憶は植え付け
ます」
「――構いません。僕は、決めたんです」
 ほんの一縷の迷いの後、少年は凛々しく言った。二女王は目を合わせた。
「合格、ね」
「へ?」
 くすくすと笑う二人とは対照的に、少年は居心地悪そうに視点をうろつかせていた。
「合格って言ったのよ。ごめなさいね、試すようなことして。嘘、よ」
「うそ」
「そ。三分くらい考えたら、駄目だって言おうと思ったんだけどね。――人間界はあ
まり安全なところではないし、それくらいの覚悟をしていて欲しかった」
「判ってます」
 グリーン女王の弱々しい顔に、ジリオンは思いきり笑ってみせた。こんな表情の陛
下を見るのは初めてのことで、その不安を吹き飛ばすための笑いだった。そしてジリ
オンの場合、その笑みは自身だけでなく、周囲の者にも明るさをもたらすものだった。
 女王は、微笑みを返した。
「良かった。では、条件付きで許可しましょう」
「条件?」
「ええ。あなたが五年間で人間界で暮らせるだけの知識を身につけ、その間なおとい
う子がファンタジストでいられたら、行ってもいいわよ」
 少年は、一気に小難しい顔になった。
「僕はいいけど……ナオの方は」
 すると、ブルー女王はわざとらしく大きなため息をついてみせた。が、その瞳はす
っかり笑っている。少年は、今まで抱いていたブルーへの印象を打ち崩した。
                        サイコ・ヒーラー
「私達だって、精神接触なんて離れ業をやってのける精神治療者を手放したくないわ。
それくらいのハンデは欲しいわね」
 少年がぎょっと謝ると、グリーン女王は微笑んだ。優しさだけでできた笑みだった。
「いいのよ。それより、ご家族の方が心配なさるでしょうね。ここでの、あっちの噂
はひどいから」
 ジリオンは、にやっと笑った。
「説得します。どうやら、時間だけはたっぷりありそうだし」

「それで?ご家族の方はなんて仰ってるの」
 今やほとんど青年となりかけているジリオンは、口の端を上げた。
「やっと、あきらめてくれたようですよ」
 グリーン女王は、内心は笑みを浮かべた。こんな可愛い子を手放すなんて、ひどく
辛いことだろう。それだけ、彼は魅力的だ。くるくると変わる表情も、芯の通った真
っ直ぐさも。
「あんたも親不孝な子ね、ジリオン」
「も、ってことは、陛下もですか」
 女王はさすがに一瞬むっとしたようだったが、根気のない彼女のことだ、すぐに笑
い出してしまった。
「もうすぐ、実地研修に入るのよね。名前は何にしようか。ジリオンだから、ジリ、
ジル、ジロ、次郎か。名字はどうしよっかなっ」
 そこはかとなく、音符がついているような語尾に、ジリオンは寒気を覚えた。
「陛下――グリーン様、楽しんでますね」
「えっ、何のことー?あ、髪も染めて、目はコンタクト付けてー、あ、仕事は何にす
る?住民票はつくっとくけど」
「直ちゃんって、美大受験で上京してくるんですってね。東京じゃないって聞いて、
どうしようかと思ってたのよ。あー、見に行けて嬉しいわ」
 女王達の、思いきり楽しんでいる声にあきらめて、ジリオンは直のことを想った。
 約束の期限まで、あと一年。待っていてくれ、忘れないでくれ、ナオ。一年後、僕
は君に逢いに行く。僕の「真実」――君に。

 

         おわり

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Last modified 2007.6.12.
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