Truth――Fantasist 5

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あらすじ
中学生の直は、真っ白な世界で一人の少年と出会った。

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     Truth

      Fantasist 5
                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

     side-A

 日曜日の午後、街の喫茶店で一人、私は紅茶ケーキの残骸をフォークでつついてい
る。ケーキ皿の横には、薄まってしまったオレンジアイスティーとしおりを挟んだ文
庫本。
 来るはずだった友達は急用が入ったとかで、一人で映画を見た帰りだった。パンフ
の代金を払うくらいなら、その後のお茶代に回す方がいいというのが、私の信条だ。
 気のせく毎日の中で、何のはずみかぽかんと空いてしまった時間。
 天使が通った、という言葉を思い出して、私は苦笑した。あれは、集団で話してい
て話がとぎれた沈黙のことをいうのだった。
 こういう時は、思い出す。あの、世界が真っ白だった頃のことを。

 気がつくと、私は白の中にいた。一面、真っ白な世界が広がっている。右も左も、
ひたすら真っ白だった。
 ここは、どこかしら。それより、私何してたんだっけ、と考え込んでいると、声が
聞こえてきた。
「君、誰?」
 まだ声変わりしたてらしい、男の子の声だった。振り向くと、私よりは少し年下に
見える男の子が立っていた。お人形みたいに綺麗な顔だけれど、勝ち気そうな印象が
それを意識させない。そして、なんと髪は緑色。あれ、染めたんじゃないわよね。色
が綺麗すぎる。
「君、だあれ?」
「……藤城直」
「フジシロ。変わった名前だね」
 変わってるって、この子の方がよっぽど変わってるわ。服は中世の西洋の農民みた
いな服だし、彫りが深い顔立ちは、ま、外人だから許すとしても、なんと言っても緑
の髪。あ、そうか。
「判った。これ、夢でしょう。そうか、夢なんだわ」
 どうりで私も男の子ものんびりしてると思った。そうよね。こんなこと、現実にあ
るわけがない。
 私が納得していると、男の子はくすっと笑った。あ、瞳も緑色。
「僕は……あ、れ。もしかして、君、人間?」
 本当に変な子ね。それに、変な夢。
「へえ、ファンタジストなんて本当にいるんだなあ」
 男の子は何やら、妙に感心しているようだった。私は軽く、笑みのようなものを浮
かべた。ちょうどいいや。誰かに話したかったところだし。
「ねえ、そんなことより。聞いてよ」
 私は話した。部活の、人気のある先輩のこと。その先輩に告白して、見事に玉砕し
たこと。その後で、先輩があんな性格ぶすとつきあう気なんてしない、と言っていた
と、知らない子がわざわざ御注進にきてくれたこと。そして、そう言われてもちっと
も悲しくなかったこと。
「私さ、自分で言うのもなんだけど、美人なのよねー。そのせいで、お高くとまって
るとか噂されて、友達なんかできやしない。先輩が本当にそう言ってたかは、判らな
いんだけどさ」
 私は、鼻をすすった。
 今思えば、判る。あの子は、先輩のことが好きだったのだ。そして私はその子を、
そして他のみんなをどこかで見下していた。運の悪いことに、私はそうしても文句を
付けられないほど外見が良く、頭の回転も良かった。私は正しく、周りが悪いのだと
思っていた。
 私は、思春期にはありがちな優越感と自己憐憫を、周囲よりも少しだけ早めに味わ
っていた。私にとって、この世界はひどく味気ないところだった。
「まるで、陳腐な少女マンガよね。あーあ、ばっかみたい」
と、私が苦笑しても、その子はじっと黙って私を見つめるだけだった。
 私は、不思議な気持ちになった。安心したような、落ちつかないような、吸い込ま
れるような。
「よかったね」
 私は、耳を疑った。
「よかったね、って言ったんだ。僕は、まだそんなに人を好きになったことがないか
らよく解らないけれど、僕も、いつか泣きたくなるほど、誰かを好きになりたい。僕
 ほんとう
の真実を見つけたい」
 真実?
 私が何も言えずにいると、男の子はにっこりと微笑みかけてきた。見ているだけで、
こっちも笑い出してしまいそうな、妙に人好きのする笑顔だった。その顔は、無表情
な私の心を打った。
    ほんとう
「そう、真実。僕の信じ、行く道。誰が何と言おうとも、自分にとって正しいと思え
ること。これは、うけうりだけどね。僕は、そこまで信じられる人を見つけたいんだ」
 私は、彼の顔を見るのに眼を細めなければならなかった。
 真実?私にとっての真実って?先輩?とんでもないわ。私は、恥ずかしくなって下
を向いた。
       ほんとう
「先輩は、私の真実じゃないわ」
「そう。じゃあ、違ってただけさ。また、探せばいい」
 軽く顔を上げ、彼の目を見る。
「見つかるかしら」
「見つかるさ」
 私達は、思わず顔を見合わせ、吹き出した。理由はなかったが、その時はただ、笑
いたかった。心を空っぽにして、笑いたかった。
 それから私達は座り込んで、色々な話をした。つまらない話、楽しい話、悲しい話、
真面目な話。でも、彼は相づちを打つだけで、自分のことは何一つしゃべろうとはし
なかった。
 私は、ため息をついた。
「これが、夢じゃなかったらなあ」
「夢じゃないって言ったら?」
 その声の調子に胸を刺され、彼を見ると、彼は胸が痛いほど、めいっぱい真剣な目
をしていた。
「あのね。もし、もし君が、僕がいるって信じてくれさえしたら、僕が本当に存在で
きるとしたら」
「信じるわ」
 考えるよりも先に、言葉が口をついて出ていた。
「信じるわ。ううん、もしかしてじゃなくて。たとえ、これが夢だとしても、あなた
が私の空想の産物だったとしても、あなたは存在するもの。今日、あなたは私に色々
なことを教えてくれた。真剣になること、信じること、探し続けること。そして、真
実のこと。だから、あなたは、私の心の中に在る」
 彼は、心底嬉しそうに笑っていた。その顔が余りにも眩しくて、私はうつむいてし
まった。
 そして顔を上げると、彼はかき消えていた。あとは、どこまでも真っ白な世界。私、
一人きり。今度は、少しだけ寒気を感じた。名前を呼ぼうとして、知らないことに気
付いた。私は、彼のことは何も知らなかった。本当に?
「私、知ってるわ。あなたのこと、たくさん知ってる。信じてる」
 誰かにあごを上げられたように、顔を上へ向ける。ちっとも気付かなかった。上を
向きさえすれば、こんなに青い空があったなんて。
 その時から、周囲の世界はどんどん変化していった。目に優しい緑の大地、暖かい
太陽の光、白く透き通った雲。たくさんの木々、草、花、鳥、動物たち、そしてさざ
めく人……。
 そうだね。下を向いて、周りのせいにして周りが変わってくれるのを待っていても
駄目なんだ。私が変われば、きっと世界も変わる。
                       ほんとう
「今、判った。そう。きっと、あなたが、私の……真実」
 私は、空に向けて思いっきり笑みを浮かべて見せた。

 そして目が覚めると、私はベットの中にいた。
 もう、五年も前のことだ。あの時中二だった私も、もう大学生。そういえばあの子、
中二って言ったら、不思議そうな顔してたのよね。何それって。
 一人笑いをしていると、突然話しかけられた。はっと顔を上げると、三十代の手前
ぐらいに見える女の人が、微笑みかけてきていた。迫力があるほどの、凄い美人。
「すみません。今、何時ですか?」
 照れながらも私が答えると、女の人はあでやかに笑って去った。と、彼女の連れら
しい女の人が駆け戻ってきて、
「捜し物は、見つかるわよ」
と、言った。さっきの人と似た顔の、けれどずっと元気な感じのする人だった。双子
かな。大人の双子って珍しい。それとも、大人の双子が一緒にいるのが珍しいのかし
ら。
 二人は、仲が良さそうにくすくすと笑いながら、店から出ていった。変な人たち。
でも、どこか暖かい気持ちが心に残った。
 レシートを手に取ったとき、店の扉が開いた。
「待った?」
 心当たりのない私は、顔を上へ向けた。
 見上げるほどの背の彼は、その相変わらずの勝ち気そうでいて人好きのする顔に、
満面の笑みを浮かべている。
「やっと逢えた、ナオ」

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Last modified 2007.6.12.
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