Fantasist

Sorry, but this page has no nglish page.

Fantasist 第一回へ
Fantasist 第二回へ
Fantasist 最終回へ
Fantasist あとがきへ


 Fantasist (第二回)

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

「さっきの、一体何だったんだ」
 家への帰り道で、俺はニャーオを見上げた。えーえ、そうですよ。俺はニャーオを
家へ連れて帰ることにしました。追い出すにしても学校は一緒に出なくちゃいけなか
ったし、第一、服を脱がせて裸にいさせるわけにもいかないし。
 ニャーオは眼をくりっとさせると、うんと頷いた。
「あれね。あたしが何で人間界に来たか、まだ教えてなかったでしょ」
 俺は、少し心配そうな顔になったかもしれない。ニャーオはくすっと笑った。
「大丈夫。人間界を征服したり、悪いことをするためじゃないの。私は、一級魔女だ
って言ったでしょう。まず魔女には六級から一級、それから一人前の魔女、大魔女、
その上には魔法使いっていうランク付けがあるのね」
 魔女にも成績があるのか、と俺は感心しながら、ニャーオの話を聞いた。
 ニャーオはどうやら、まだ見習いの一級魔女から一人前の魔女になるための試験を
受けにこの世界へやってきたらしい。普通は二十代後半から三十、四十代でやっと魔
女になれるところを、彼女のように十四で魔女になるための試験――上級試験を受け
られること自体、恐ろしく快挙なことなのだと、ニャーオは言った。そして彼女は、
当然受かるものだと思っているらしく、ひどく自信満々だった。
「それで、試験って何をやるんだ」
「うーんとね。その人によって違うんだけど、私は自分の身体を探すの。決められた
ルールに従って、もちろんある程度のヒントをもらってね」
 俺は困惑していた。自分の身体って、じゃあそこで歩いてるのは、一体誰の身体な
んだ?
 ニャーオは、考え込んでいる俺を不思議そうに眺めると、ああと納得したようだっ
た。
「そうか、弥生はこれが本当の身体だと思ってたのね。うーんと、じゃ、私に触って
みて」
と、ニャーオが手を出したので、俺はびくびくしながらも手首の辺りに触れようと、
した。
 が、触れたと思ったその手は、ニャーオの手首をすっぽぬけてしまっていた。
「げっ、何だよこれっ、き、気味がわりーっ」
 俺の反応に、ニャーオはくすくすと笑い、もう一回触ってみて、と言った。俺が今
度はそうっと手を伸ばすと、あった。ニャーオがあるのが、体温さえ感じられた。一
体どうなってんだ、これ。
「つまり、これは精神体なの。あ、精神体ってのは、えっと、日本語で何て言うんだ
っけ。精神が形になったもので、なま、れい……」
「生霊のことか」
 そうそうそれー、とニャーオはにこにこ顔になった。全く、かわいい。
「普段は触覚もつけてるから、本物と同じだけどね。最初に弥生に会ったときも、触
れたでしょう。ご丁寧に濡れた感触までつけてたんだから」
 確かに、あの猫を抱いた時は雨がついていたような感じがしたのに、家に着いて着
替えようかと思ったときには殆ど濡れていなかった。猫、か。
「そういえば、何であの時猫だったんだ、お前」
「それは……今、判るわ」
 ニャーオは苦しそうに顔をしかめると、小さくなっていった。へ、小さく?
 俺よりもほんのちょっと高めだった女の子はみるみる小さくなっていき、黒い固ま
りとなってしまった。代わって現れたのは、まだ大人になりきってはいない、青い瞳
の黒猫だった。猫はなーお、と鳴くと、ニャーオそのままの声でしゃべった。
「これもルールの一部。月が出ると、人間以外の姿にならなくてはいけないの」
 俺はぽかん、と口を開けたまま立ち止まっていた。ニャーオは猫の姿のまま、口を
開けた。笑ったつもりらしい。
「な、お前、そうだ俺の服は」
「ああ、あれ。あれは着てるように見せかけてただけよ。いないように思わせるのと
同じことで、あるような幻覚を見せていたの。この精神体だって、いわば幻覚みたい
なものだしね」
 そこで俺は、はっと気付いて辺りを見回した。するとニャーオはまた笑って言った。
「大丈夫、誰もいないわ。近づいてきたら、テレパシーに切り替えるから」
 俺はほっと息をついて、少しむっとした。何でこの俺が、ほっとしなくちゃならな
いんだ。
 前を、素知らぬ顔で尻尾をぴんと立てて歩いているニャーオが目に入って、俺は口
元を緩むのを止められなかった。だって、そうだろ。十四歳の魔女が、俺の前を黒猫
の姿で歩いてる。こんな面白いことが、わくわくすることが本と頭の中以外で起こる
なんて。
 俺の足は、今朝のように宙に浮きそうに軽くなっていた。




 次の日、ニャーオは俺よりも先に家を出ていた。試験中なのだから、自分の身体を
探しにでも行ったのだろう。あの緑の石は、その手がかりのようだった。
 聞いたところによると、猫になっているうちは魔力は制限されていて、普通の魔女
見習いなら殆ど使えない状態になってしまうのだそうだ。私はとても才能のある優秀
な見習いなので、テレパシーくらいなら楽々だ、と彼女は自分で言っていた。でも、
人間の姿でいられる時間を有効に使いたいのだろう、と俺は理解していた。
 なのに。なのに、だ。どうしてニャーオが学校にいるんだ。しかも、ちゃっかりう
ちの制服まで着て。更にむかつくことに、ブレザーもスカートもサイズはぴったりだ
った。
 俺のしかめっ面に、クラスの女子の一人が、おどおどしながら言い訳をした。
「吉川君、聞いてなかったの?昨日、私達がミオさんに、じゃあ体験入学してみたら
って言ったの。今日は土曜で担任の授業もないから、転校生だって言っちゃえば平気
だからって」
 制服は、誰かが着替え用のを持ってきたらしい。余計なことを。
 本気で怒りが心頭に発している俺に、ニャーオは何の気もなさそうにへらっと笑っ
て、テレパシーを送ってきた。
『平気よ、いざとなったら消えるから』
 俺はいろんな表情を一巡して、結局ため息をついて苦笑いらしきものを浮かべた。
 一時間目は数学で、眼鏡をかけた中年の教師はすぐに納得したようだった。よく考
えたら転校初日から制服を着ているのも変だし、判りそうなものなのだが、ま、うち
の担任はいつも美術室にこもっていて、他の先生との仲が余り良くないということだ
から、言い忘れたとでも思っているのかもしれない。
 それにしても、クラスの奴等がこんな悪戯をやるなんて、思ってもみなかった。い
つも何よりも安全策を採って、危険な、そして楽しい賭は一切しないのかと思ってい
た。
 とか考えていると、早速当たってしまった。くっそ、こいつ、内職とかしてる奴に
すぐ当てるんだよな。俺は、数学とかの理数系の考える科目は余り得意ではないので、
一カ所間違えてばつだった。ちぇ。ニャーオは、ふんふんと判ったような顔をしてい
た。
 一時間目が終わり、先生が教室を出ると皆はどっとわいた。やったなとか、意外と
簡単だったねとか、ざまあみろとか、クラス中が口々に自分の感じたことをそのまま
大声でわめきあい、ニャーオを取り囲んで話していた。
 こんなに興奮しているこいつらを見るのは、初めてだった。俺は初めの印象を崩し
かけたが、すぐにその考えを打ち消した。そんな訳ないさ。こいつらは、先生や親の
言うことをはいはい守っている、馬鹿な奴等なんだ。俺とは、違う。
 二時間目の国語も、三時間目の英語も順調に終わった後の休み時間、人だかりの中
からニャーオの心底不思議そうな、鋭い問いが聞こえてきた。
「学校のきまりが嫌なの。で、変えられるものなんでしょう、それ。だったらどうし
て変えないの」
 誰かが、日本の学校は規則がいっぱいあって嫌だと言っていたらしい。うちの学校
は比較的校則は緩く、例えば髪は染めなければどうでもいいことになっているし、靴
も何でもいい。けれど鞄と体育着入れは決まっているし、靴下も白以外は禁止だ。縛
られれば自由になりたがるのが人情というものだ。そういう風に考える輩がこの中に
もいたらしい。しかし、ニャーオのその問いに答える奴は誰もいなかった。
「どうしたの?変えたいんでしょう、規則を。だったら努力してみればいいじゃない。
変えられるものなら、変えていけばいいじゃない。何とかならないことだって、ある
のよ」
 そう言ったニャーオは、ひどく悲しそうだった。けれど、その理由を問いたださな
いうちに、四時間目が始まってしまった。
 四時間目は理科だった。いつものうす汚い白衣を着た背の低い教師は、いつも持っ
ている棒で一番後ろのニャーオの席を指した。
「何だ、その席は。座席表には書いてないぞ」
 振り向くと、ニャーオはいなかった。そしてもちろん、他の誰にも見えてはいない
ようだった。ファンタジストの俺にも見えないように姿を消したのか、教室から出て
いってしまったのかは、俺にも判らなかった。
 授業が終わって、ニャーオの机の中を覗き込むと、誰かにもらったらしいルーズリ
ーフに下手な文字が書いてあった。今日はどうもありがとう。楽しかったです。いい
思い出になりました。という文に、しんみりとなってしまった皆を置いて、俺はさっ
さと家へと帰った。
 家でニャーオはちゃっかりと俺のベットに寝転がって、俺のマンガを読んでいた。
「あ、お帰り、弥生」
と、こっちを見もせずに言うニャーオには文句を言う気にも、ましてやさっきの悲し
そうな表情の訳を聞く気にもなれず、俺はただ、ただいま、と言った。




 夕方に猫になったニャーオは、日曜日の朝にはまた人間に戻っていた。
 にこにこ顔で、遊びに行こうと言った。
「遊びにって、お前、試験はいいのかよ」
「試験?あ、いーのいーの。人間界見学も、試験のうちなのよ」
 本当かよ、と俺はニャーオの笑顔を見ていたが、余りにも嬉しそうなその顔につら
れて笑い出したくなってきてしまった。それをごまかすために、俺は隣町の駅に行く
ことにした。
「わー、すごーい。人が一杯」
 ニャーオは、また俺の服を幻覚で着ていた。俺は、思いっきりあきれた口調で言っ
た。
「人が一杯って、ここ、たかが烏山だぜ。私鉄の急行の駅」
 電車に見入っていたニャーオは振り返り、にーっとした。ものすごくわくわくして
いる顔。妖精が、こんなところで喜ぶなんてなあ。
「だって、うちはもともとの人口も少ないし、こんなに人が集まることってないんだ
もの。国王の戴冠式とか結婚式の時ぐらいよ」
 うちって、幻想界ってとこの、ええっと、グリーン=ブルーって国だっけ。
「へえ、女王様がいるんだ」
 エリザベス女王みたいなのかな。
「ええ。日本に住んでいらっしゃるのよ」
「にほんに?」
 妖精の国の王様が、日本に住んでる。何か、イメージ狂うなあ。妖精っていったら、
やっぱりイギリスかアイルランドか、北欧の辺りだよなあ。
「そう。確か、この近くだって聞いたけど……あ、女王様ご自身は、半分しか住んで
いらっしゃらないのよ。ご政務がおありになられるから。お孫さんたちがこちらの学
校に通っていらっしゃると聞いたけれど」
 ニャーオの後ろを、特急が駆け抜けていく。
「女王の孫って、もしかして、王女様ってやつっ?」
「――そういうことね。私達と同い年くらいだと聞いたわ」
「わー、すっげーなー。近所に王女様かー。あ、もしかして同じ学校かも。すっげー
可愛くて、おとなしい子なんだろうなー」
 俺が興奮して洩らすと、ニャーオはなぜかひきつった声で答えた。
「さあね。この頃の王族は、元気な方ばっかりだって話だけど」
 はっとニャーオの方を見ると、いつの間にか彼女は服を換えていた。
「どう、似合う?その辺の女の子の着てる服を参考にしたんだけど」
 彼女は、いつもは高い位置で結んでいる黒髪を下ろして、バンドのようなものでと
めていた。綺麗な水色の開襟シャツの肩に青いトレーナーをかけ、紺と緑のチェック
のひだのついたスカートからは、あまり日を浴びたことのないすんなりとした白い足
が伸びていた。その膝は、日本人のように不格好に出っ張ってはいなかった。
 ニャーオは鏡ではなく、俺の思考に映った自分の姿をみて、一人で可愛い可愛いと
納得していた。正直言って、俺は彼女を可愛いと思うよりは綺麗だと思っていた。
 一応俺は、図書館と本屋、レコード屋にファーストフードの店、後はゲームセンタ
ーなんかに入ってみせたが、ニャーオはそんなものよりも建物そのものや道路に車、
電車、そして何よりも、人間に興味があるようだった。さすがに思考は読んでいない
ようだったが、喋っていることを盗み聞きしたり、無遠慮にじろじろと観察しては、
俺に質問した。
「え、何?『わけわかめ』。聞いたことないわね」
「すっごくいろんな色があるのねえ。生地も全然違うわ。王族なら着てるのかしら」
「これ、何でできてるの?またこんくりいと。それって何なの?」
 全く、まるで突然口が利けるようになった幼児のようだった。よく質問が絶えない
もんだ、と俺は三分の二、あきれていた。
 そして、残りの三分の一は感心していた。俺はこのところ、いやずっと、質問する
ことがなかった。それは、する機会がないということではない。質問するのが嫌いな
わけでもない。質問が思いつかないのだ。何を聞けばいいのか、判らない。それは一
体、どういうことを意味するのだろう。
「ねえ、弥生」
 俺は、はっと気付いた。いつもの声じゃない。真剣なことを、何気ない調子で話そ
うとしているときに使う声。俺は、できるだけいつものようにして答えた。
「あのね、弥生は、クラスの人といつもあんな風に喋るの」
 かっと頭が燃え上がった。
「そんなこと、ニャーオに関係ないだろ」
 語気荒く俺が言うと、ニャーオはびくっと少しだけ身を引いたけれど、静かに言っ
た。
「なぜ、みんなを拒絶するの。みんな、弥生と話したがってるわ。私が来たら、あん
なに嬉しそうに近寄ってきて」
「ニャーオと話したがってる、だろ。間違えるなよ」
 黒髪の女の子は、残念そうに軽く首を振った。はた目にも、彼女は痛そうだった。
「いいえ。みんなはきっかけが欲しかっただけ。みんな、同じなのよ。どうして解り
合おうとしないの、弥生」
 少し、ニャーオの言っていることはとんちんかんだったが、俺はそんなことに構っ
ていられず、ただ黙ってそっぽを向いていた。
「みんな、同じなのに。どうして、拒絶するの。何が、違うというの」
 俺は違う。他の奴等とは違う。
 ニャーオは、まるで泣いているようにじっとうつむいていた。

Fantasist 第三回へ


おむらよしえのホームページに戻る
斎木直樹の部屋に戻る

このページについてのお便り、リンクしたい場合は、タイトルに「オム」という文字を入れて

omu@sainet.or.jp
(斎木直樹)へどうぞ。

Last modified 2007.6.12.
Copyright (C) 1997 by Psyche Naoki
無断転載並びに商用目的の配布を厳禁いたします。