分離派建築博物館--逓信省の建築--

岩元 禄 -2-


青山電話局

設計:岩元 禄.................................場所:東京都港区...........................................建築年代:1922(大正11)年....................................現存しない


外観

岩元の遺作となった建物。本来の岩元の計画では巨大な付け柱の上に西陣局とほぼ同様の女体像が載る予定であ
ったが、上司の顰蹙を買い実施されずに終わったと言われている。また女体像の現物取付けが不調だったため取
りやめたという話もある。
いずれにしても、スケールアウトしたドリス式柱が居並び間延びした印象を与える格好で完成してしまった建物
は、岩元の当初のイメージから隔たっていたに違いない。
岩元が逓信省を去った後の逓信省建築には、なぜか設計者不祥ながらドリス式の巨大列柱が度々登場するように
なる。
(*外観−「建築家・岩元禄」(向井覚)より)


●「この柱頭部にのるべき裸体のトルソウは、岩元禄の最初の設計にあったし、また彼の
  アトリエで原形を示すための模型もつくられたのであった・・・・・」
                                             −−−向井覚(「建築家・岩元禄」より)

●「トルソウはひざ上からの六分像で、デフォルメされ、簡略化されたボリュウムの美しさ
  は現場に並べられたらどんなに素晴らしいだろうとほんとに楽しみでした」
                                   −−−山口文象の言(同上「建築家・岩元禄」より)

●「ぼくはあったような記憶があります。電車の中から女の白い彫刻を見たような覚えがあ
  るんです。」
                                   −−−堀口捨己の言(同上「建築家・岩元禄」より)

こうした証言を頼りに、岩元が当初計画したであろう原案の再現を(不遜にも)試みた。
全景外観 (51KB)
柱頂部詳細 (44KB)