First updated 09/20/1996
Last updated 09/09/2026
渋谷栄一校訂(C)

  

澪標

[凡例]
 大島本「澪標」(「大島本源氏物語」影印版・DVD-ROM版)を底本とした。
「澪標」は、「一校畢」「二校了」の校了注記がある。
 大島本の本行本文と見直しの際の「一校畢」「二校了」の本文訂正跡を基に本文整定した。
 底本を同じくする『新日本古典文学大系』(岩波書店)と『新編日本古典文学全集』(小学館)との本文の異同を補注に記した。

 [主要登場人物]

 光る源氏(ひかるげんじ)
呼称---源氏の君・源氏の大納言・源氏の大殿・大殿・大殿の君・内大臣殿・君、二十八歳から二十九歳
 頭中将(とうのちゅうじょう)
呼称---宰相中将・権中納言、故葵の上の兄
 桐壺院(きりつぼのいん)
呼称---院・故院・院の帝・主上、光る源氏の父
 朱雀院(すざくいん)
呼称---主上・帝・院・内裏、光る源氏の兄
 冷泉帝(れいぜいてい)
呼称---春宮・当代・主上・内裏、光る源氏の弟
 弘徽殿大后(こうきでんのおおぎさき)
呼称---大后・大宮、朱雀院の母后
 藤壺の宮(ふじつぼのみや)
呼称---母宮・入道后の宮・入道の宮、冷泉帝の母
 朧月夜君(おぼろづきよのきみ)
呼称---内侍の君・尚侍の君・督の君・女君、朱雀帝の妻
 花散里(はなちるさと)
呼称---花散里、源氏の愛人
 紫の上(むらさきのうえ)
呼称---女君、光る源氏の妻
 明石の君(あかしのきみ)
呼称---明石・子持ちの君・明石の人・女君、明石入道の娘
 明石の姫君(あかしのひめぎみ)
呼称---稚児・若君、源氏の娘
 宣旨の娘(せんじのむすめ)
呼称---宣旨の娘、明石の姫君の乳母
 六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)
呼称---御息所・故御息所・母御息所、源氏の愛人
 斎宮(さいぐう)
呼称---宮、六条御息所の娘
 弘徽殿女御(こうきでんのにょうご)
呼称---御女・姫君、頭中将の娘

光る源氏の二十八歳初冬十月から二十九歳冬まで内大臣時代の物語

第一章 光る源氏の物語 光る源氏の政界領導と御世替わり

  1. 故桐壺院の追善法華御八講---さやかに見えたまひし夢の後は
  2. 朱雀帝と源氏の朧月夜尚侍をめぐる確執---下りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも
  3. 東宮の御元服と御世替わり---明くる年の如月に、春宮の御元服のことあり
第二章 明石の物語 明石の姫君誕生
  1. 宿曜の予言と姫君誕生---まことや、「かの明石に
  2. 宣旨の娘を乳母に選定---さる所に、はかばかしき人しもありがたからむ
  3. 乳母、明石へ出発---車にてぞ京のほどは行き離れける
  4. 紫の君に姫君誕生を語る---女君には、言にあらはして
  5. 姫君の五十日の祝---「五月五日にぞ、五十日には当たるらむ」と
  6. 紫の君、嫉妬を覚える---うち返し見たまひつつ、「あはれ」と
第三章 光る源氏の物語 新旧後宮女性の動向
  1. 花散里訪問---かく、この御心とりたまふほどに
  2. 筑紫の五節と朧月夜尚侍---かやうのついでにも、五節を思し忘れず
  3. 旧後宮の女性たちの動向---院はのどやかに思しなりて
  4. 冷泉帝後宮の入内争い---兵部卿親王、年ごろの御心ばへのつらく思はずにて
第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅
  1. 住吉詣で---その秋、住吉に詣でたまふ
  2. 住吉社頭の盛儀---松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたる
  3. 源氏、惟光と住吉の神徳を感ず---君は、夢にも知りたまはず
  4. 源氏、明石の君に和歌を贈る---かの明石の舟、この響きに圧されて
  5. 明石の君、翌日住吉に詣でる---かの人は、過ぐしきこえて、またの日ぞ
第五章 光る源氏の物語 冷泉帝後宮の入内争い
  1. 斎宮と母御息所上京---まことや、かの斎宮も替はりたまひにしかば
  2. 御息所、斎宮を源氏に託す---かくまでも思しとどめたりけるを
  3. 六条御息所、死去---七、八日ありて亡せたまひにけり
  4. 斎宮を養女とし、入内を計画---下りたまひしほどより
  5. 朱雀院と源氏の斎宮をめぐる確執---院にも、かの下りたまひし大極殿の
  6. 冷泉帝後宮の入内争い---入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかと

【注釈】
【訂正付記】

 

第一章 光る源氏の物語 光る源氏の政界領導と御世替わり

 [第一段 故桐壺院の追善法華御八講]

 さやかに見えたまひし夢の後は、院の帝の御ことを心にかけきこえたまひて、「いかで、かの沈みたまふらむ(補注01)罪、救ひたてまつることをせむ」と、思し嘆きけるを、かく帰りたまひては、その御急ぎしたまふ。神無月に御八講したまふ。世の人(訂正跡01)なびき仕うまつること、昔のやうなり。

 大后、御悩み重くおはしますうちにも、「つひにこの人をえ消たずなりなむこと」と、心病み思しけれど、帝は院の御遺言を思ひきこえたまふ。ものの報いありぬべく思しけるを、直し立てたまひて、御心地涼しくなむ思しける。時々おこり悩ませたまひし御目も、さはやぎたまひぬれど、「おほかた世にえ長くあるまじう、心細きこと」とのみ、久しからぬことを思しつつ、常に召しありて、源氏の君は参りたまふ。世の中のことなども、隔てなくのたまはせつつ、御本意のやうなれば、おほかたの世の人も、あいなく、うれしきことに喜びきこえける。

 [第二段 朱雀帝と源氏の朧月夜尚侍をめぐる確執]

 下りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも、尚侍、心細げに世を思ひ嘆きたまひつる(補注02)、いとあはれに思されけり。

 〔朱雀〕「大臣亡せたまひ、大宮も頼もしげなくのみ篤いたまへるに、我が世残り少なき心地するになむ、いといとほしう、名残なきさまにてとまりたまはむとすらむ。昔より、人には思ひ落としたまへれど、みづからの心ざしのまたなきならひに、ただ御ことのみなむ、あはれにおぼえける。立ちまさる人、また御本意ありて見たまふとも、おろかならぬ心ざしはしも、なずらはざらむと思ふさへこそ、心苦しけれ」

 とて、うち泣きたまふ。
 女君、顔はいと赤く匂ひて、こぼるばかりの御愛敬にて、涙もこぼれぬるを、よろづの罪忘れて、あはれにらうたしと御覧ぜらる。

 〔朱雀〕「などか、御子をだに(訂正跡02)持たまへるまじき。口惜しうもあるかな。契り深き人のためには、今見出でたまひてむと思ふも、口惜しや。限りあれば、ただ人にてぞ見たまはむかし」

 など、行く末のことをさへのたまはするに、いと恥づかしうも悲しうもおぼえたまふ。御容貌など、なまめかしうきよらにて、限りなき御心ざしの年月に添ふやうにもてなさせたまふに、めでたき人なれど、さしも思ひたまへらざりし(訂正跡03)けしき、心ばへなど、もの思ひ知られたまふままに、「などて、わが心の若くいはけなきにまかせて、さる騷ぎをさへ引き出でて、わが名をばさらにもいはず、人の御ためさへ」など思し出づるに、いと憂き御身なり。

 [第三段 東宮の御元服と御世替わり]

 明くる年の如月に、春宮の御元服のことあり。十一になりたまへど、ほどより大きに、おとなしうきよらにて、ただ源氏の大納言の御顔を二つに写したらむやうに見えたまふ。いとまばゆきまで光りあひたまへるを、世人めでたきものに聞こゆれど、母宮(補注03)、いみじうかたはらいたきことに、あいなく御心を尽くしたまふ。
 内裏にも、めでたしと見たてまつりたまひて、世の中譲りきこえたまふべきことなど、なつかしう聞こえ知らせたまふ。

 同じ月の二十余日、御国譲りのことにはかなれば、大后思しあわてたり。
 〔朱雀〕「かひなきさまながらも、心のどかに御覧ぜらるべきことを思ふなり」
 とぞ、聞こえ慰めたまひける。
 坊には承香殿の皇子ゐたまひぬ。世の中改まりて、引き変へ今めかしきことども多かり。源氏の大納言、内大臣になりたまひぬ。数定まりて、くつろぐ所もなかりければ、加はりたまふなりけり。

 やがて世の政事をしたまふべき(訂正跡04)なれど、「さやうの事しげき職には(訂正跡05)堪へずなむ」とて、致仕の大臣、摂政したまふべきよし、譲りきこえたまふ。
 〔致仕大臣〕「病によりて、位を返したてまつりてしを、いよいよ老のつもり添ひて、さかしきことはべらじ」
 と、受けひき申したまはず。「人の国にも、こと移り世の中定まらぬ折は、深き山に跡を絶えたる人だにも、治まれる世には、白髪も恥ぢず出で仕へけるをこそ、まことの聖にはしけれ。病に沈みて、返し申したまひける位を、世の中変はりてまた改めたまはむに、さらに咎あるまじう」、公、私定めらる。さる例もありければ、すまひ果てたまはで、太政大臣になりたまふ。御年も六十三にぞなりたまふ。

 世の中すさまじきにより、かつは籠もりゐたまひしを、とりかへし花やぎたまへば、御子どもなど沈むやうにものしたまへるを、皆浮かびたまふ。とりわきて、宰相中将、権中納言になりたまふ。かの四の君の御腹の姫君、十二になりたまふを、内裏に参らせむとかしづきたまふ。かの「高砂」歌ひし君も、かうぶりせさせて、いと思ふさまなり。腹々に御子どもいとあまた次々に生ひ出でつつ、にぎははしげなるを、源氏の大臣は羨みたまふ。

 大殿腹の若君、人よりことにうつくしうて、内裏、春宮の殿上したまふ。故姫君の亡せたまひにし嘆きを、宮、大臣、またさらに改めて思し嘆く。されど、おはせぬ名残も、ただこの大臣の御光に、よろづ(訂正跡06)もてなされ(訂正跡07)たまひて、年ごろ、思し沈みつる名残なきまで栄えたまふ。なほ昔に御心ばへ変はらず、折節ごとに渡りたまひなどしつつ、若君の御乳母たち、さらぬ人びとも、年ごろのほどまかで散らざりけるは、皆さるべきことに触れつつ、よすがつけむことを思しおきつるに、幸ひ人多くなりぬべし。

 二条院にも、同じごと待ちきこえける人を、あはれなるものに思して、年ごろの胸あくばかりと思せば、中将、中務やうの人びとには、ほどほどにつけつつ情けを見えたまふに、御いとまなくて、他歩きもしたまはず。
 二条院の東なる宮、院の御処分なりしを、二なく改め造らせたまふ。「花散里などやうの心苦しき人びと住ませむ」など、思し当てて繕はせたまふ。

 

第二章 明石の物語 明石の姫君誕生

 [第一段 宿曜の予言と姫君誕生]

 まことや、「かの明石に、心苦しげなりしことはいかに」と、思し忘るる時なければ、公、私いそがしき紛れに、え思すままにも訪ひたまはざりけるを、三月朔日のほど、「このころや」と思しやるに、人知れずあはれにて、御使ありけり。とく帰り参りて、

 〔使〕「十六日になむ。女にて、たひらかにものしたまふ」

 と告げきこゆ。めづらしきさまにてさへあなるを思すに、おろかならず。「などて、京に迎へて、かかることをもせさせざりけむ」と、口惜しう思さる。

 宿曜に、
 「御子三人。帝、后かならず並びて生まれたまふべし(訂正跡08)。中の劣りは、太政大臣にて位を極むべし」

 と、勘へ申したりしこと、さしてかなふなめり。おほかた、上なき位に昇り、世をまつりごちたまふべきこと、さばかりかしこかりしあまたの相人どもの聞こえ集めたるを、年ごろは世のわづらはしさにみな思し消ちつるを、当帝のかく位にかなひたまひぬることを、思ひのごとうれしと思す。みづからも、「もて離れたまへる筋は、さらにあるまじきこと」と思す。

 「あまたの皇子たちのなかに、すぐれてらうたきものに思したりしかど、ただ人に思しおきてける御心を思ふに、宿世遠かりけり。内裏のかくておはしますを、あらはに人の知ることならねど、相人の言むなしからず」
 と、御心のうちに思しけり。今、行く末のあらましごとを思すに、

 「住吉の神のしるべ、まことにかの人も世になべてならぬ宿世にて、ひがひがしき親も及びなき心をつかふにやありけむ。さるにては、かしこき筋にもなるべき人の、あやしき世界にて生まれたらむは、いとほしうかたじけなくもあるべきかな。このほど過ぐして迎へてむ」
 と思して、東の院、急ぎ造らすべきよし、もよほし仰せたまふ。

 [第二段 宣旨の娘を乳母に選定]

 さる所に、はかばかしき人しもありがたからむを思して、故院にさぶらひし宣旨の娘、宮内卿の宰相にて亡くなりにし人の子なりしを、母なども亡せて、かすかなる世に経けるが、はかなきさまにて子産みたりと、聞こしめしつけたるを、知る便りありて、ことのついでにまねびきこえける人召して、さるべきさまにのたまひ契る。
 まだ若く、何心もなき人にて、明け暮れ人知れぬあばら家に、眺むる心細さなれば、深うも思ひたどらず、この御あたりのことをひとへにめでたう思ひきこえて、参るべきよし申させたり。いとあはれにかつは思して、出だし立てたまふ。

 もののついでに、いみじう忍びまぎれておはしまいたり。さは聞こえながら、いかにせましと思ひ乱れけるを、いとかたじけなきに、よろづ思ひ慰めて、
 〔宣旨娘〕「ただ、のたまはせむままに」
 と聞こゆ。吉ろしき日なりければ、急がし立てたまひて、
 〔源氏〕「あやしう、思ひやりなきやうなれど、思ふさま殊なることにてなむ。みづからもおぼえぬ住まひに結ぼほれたりし例を思ひよそへて、しばし念じたまへ」
 など、ことのありやう詳しう語らひたまふ。

 主上の宮仕へ時々せしかば、見たまふ折もありしを、いたう衰へにけり。家のさまも言ひ知らず荒れまどひて、さすがに、大きなる所の、木立など疎ましげに、「いかで過ぐしつらむ」と見ゆ。人のさま、若やかにをかしければ、御覧じ放たれず。とかく戯れたまひて、
 〔源氏〕「取り返しつべき心地こそすれ。いかに」
 とのたまふにつけても、「げに、同じうは、御身近うも仕うまつり馴れば、憂き身も慰みなまし」と見たてまつる。

 〔源氏〕「かねてより隔てぬ仲とならはねど別れは惜しきものにぞありける(訂正跡09)
 慕ひやしなまし(補注04)

 とのたまへば、うち笑ひて、

 〔宣旨娘〕「うちつけの別れを惜しむかごとにて思はむ方に慕ひやはせぬ」

 馴れて聞こゆるを、いたしと思す。

 [第三段 乳母、明石へ出発]

 車にてぞ京のほどは行き離れける。いと親しき人さし添へたまひて、ゆめ(訂正跡10・補注05)漏らすまじく、口がためたまひて遣はす。御佩刀、さるべきものなど、所狭きまで思しやらぬ隈なし。乳母にも、ありがたうこまやかなる御いたはりのほど、浅からず。

 入道の思ひかしづき思ふらむありさま、思ひやるも、ほほ笑まれたまふこと多く(訂正跡11)、また、あはれに心苦しうも、ただこのことの御心にかかるも、浅からぬにこそは。御文(訂正跡12)にも、「おろかにもてなし思ふまじ」と、返す返すいましめたまへり。

 〔源氏〕「いつしかも袖うちかけむをとめ子が(訂正跡13)世を経て撫づる岩の生ひ先」

 津の国までは舟にて、それよりあなたは馬にて、急ぎ行き着きぬ。

 入道待ちとり、喜びかしこまりきこゆること、限りなし。そなたに向きて拝みきこえて、ありがたき御心ばへを思ふに、いよいよいたはしう、恐ろしきまで思ふ。
 稚児のいとゆゆしきまでうつくしうおはすること、たぐひなし。「げに、かしこき御心に、かしづききこえむと思したるは、むべなりけり」と見たてまつるに、あやしき道に出で立ちて、夢の心地しつる嘆きもさめにけり。いとうつくしうらうたうおぼえて、扱ひきこゆ。

 子持ちの君も、月ごろものをのみ思ひ沈みて、いとど弱れる心地に、生きたらむともおぼえざりつるを、この御おきての、すこしもの思ひ慰めらるるにぞ、頭もたげて、御使にも二なきさまの心ざしを尽くす。とく参りなむと急ぎ苦しがれば、思ふことどもすこし聞こえ続けて、

 〔明石君〕「ひとりして撫づるは袖のほどなきに覆ふばかりの蔭をしぞ待つ」

 と聞こえたり。あやしきまで御心にかかり、ゆかしう思さる。

 [第四段 紫の君に姫君誕生を語る]

 女君には、言にあらはしてをさをさ聞こえたまはぬを、聞きあはせたまふこともこそ、と思して、

 〔源氏〕「さこそあなれ。あやしうねぢけたるわざなりや。さも(訂正跡14)おはせなむと思ふあたりには、心もとなくて、思ひの外に、口惜しくなむ。女にてあなれば、いとこそものしけれ。尋ね知らでもありぬべきことなれど、さはえ思ひ捨つまじきわざなりけり。呼びにやりて見せたてまつらむ。憎みたまふなよ」

 と聞こえたまへば、面うち赤みて、

 〔紫君〕「あやしう、つねにかやうなる筋のたまひつくる心のほどこそ、われながら疎ましけれ。もの憎みは、いつならふべきにか」

 と怨じたまへば、いとよくうち笑みて、

 〔源氏〕「そよ。誰がならはしにかあらむ。思はずにぞ見えたまふや。人の心より外なる思ひやりごとして、もの怨じなどしたまふよ。思へば悲し」

 とて、果て果ては涙ぐみたまふ。年ごろ飽かず恋しと思ひきこえたまひし御心のうちども、折々の御文の通ひなど思し出づるには、「よろづのこと、すさびにこそあれ」と思ひ消たれたまふ。

 〔源氏〕「この人を、かうまで思ひやり言問ふは、なほ思ふやうのはべるぞ。まだきに聞こえば、またひが心得たまふべければ」
 とのたまひさして、
 〔源氏〕「人がらのをかしかりしも、所からにや、めづらしうおぼえきかし」
 など語りきこえたまふ。

 あはれなりし夕べの煙、言ひしことなど、まほならねど、その夜の容貌ほの見し、琴の音のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまにのたまひ出づるにも、

 「われはまたなくこそ悲しと思ひ嘆きしか、すさびにても、心を分けたまひけむよ」
 と、ただならず、思ひ続けたまひて、「われは、われ」と、うち背き眺めて、「あはれなりし世のありさま(補注06)」など、独り言のやうにうち嘆きて、

 〔紫君〕「思ふどちなびく方にはあらずともわれぞ煙に先立ちなまし」

 〔源氏〕「何とか。心憂や。

  誰れにより世を海山に行きめぐり絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ

 いでや、いかでか見えたてまつらむ。命こそかなひがたかべいものなめれ。はかなきことにて、人に心おかれじと思ふも、ただ一つゆゑぞや」

 とて、箏の御琴引き寄せて、掻き合せすさびたまひて、そそのかしきこえたまへど、かの、すぐれたりけむもねたきにや、手も触れたまはず。いとおほどかにうつくしう、たをやぎたまへるものから、さすがに執念きところつきて、もの怨じしたまへるが、なかなか愛敬づきて腹立ちなしたまふを、をかしう見どころありと思す。

   [第五段 姫君の五十日の祝]

 「五月五日にぞ、五十日には当たるらむ」と、人知れず数へたまひて、ゆかしうあはれに思しやる。「何ごとも、いかにかひあるさまにもてなし、うれしからまし。口惜しのわざや。さる所にしも、心苦しきさまにて、出で来たるよ」と思す。「男君ならましかば、かうしも御心にかけたまふまじきを、かたじけなういとほしう、わが御宿世も、この御ことにつけてぞかたほなりけり」と思さるる。

 御使出だし立てたまふ。
 〔源氏〕「かならずその日違へずまかり着け」
 とのたまへば、五日に(訂正跡15)行き着きぬ。思しやることも、ありがたうめでたきさまにて、まめまめしき御訪らひもあり。

 〔源氏〕「海松や時ぞともなき蔭にゐて何のあやめもいかにわくらむ

 心のあくがるるまでなむ。なほ、かくてはえ過ぐすまじきを、思ひ立ちたまひね。さりとも、うしろめたきことは、よも」
 と書いたまへり。

 入道、例の、喜び泣きしてゐたり。かかる折は、生けるかひもつくり出でたる、ことわりなりと見ゆ。

 ここにも、よろづ所狭きまで思ひ設けたりけれど、この御使なくは、闇の夜にてこそ暮れぬべかりけれ。乳母も、この女君のあはれに思ふやうなるを、語らひ人にて、世の慰めにしけり。をさをさ劣らぬ人も、類に触れて迎へ取りてあらすれど、こよなく衰へたる宮仕へ人などの、巌の中尋ぬるが落ち止まれるなどこそあれ、これは、こよなうこめき思ひあがれり。

 聞きどころある世の物語などして、大臣の君の御ありさま、世にかしづかれたまへる御おぼえのほども、女心地にまかせて限りなく語り尽くせば、げに(訂正跡16)、かく思し出づばかりの名残とどめたる身も、いとたけくやうやう思ひなりけり。御文ももろともに見て、心のうちに、
 「あはれ、かうこそ思ひの外に、めでたき宿世はありけれ。憂きものはわが身こそありけれ」
 と、思ひ続けらるれど、「乳母のことはいかに」など、こまやかに訪らはせたまへるも、かたじけなく、何ごとも慰めけり。

 御返りには、

 〔明石君〕「数ならぬみ島隠れに鳴く鶴を今日もいかにと問ふ人ぞなき

 よろづに思うたまへ結ぼほるるありさまを、かくたまさかの(訂正跡17)御慰めにかけはべる命のほども、はかなくなむ。げに、後ろやすく思うたまへ置くわざもがな」
 とまめやかに聞こえたり。

 [第六段 紫の君、嫉妬を覚える]

 うち返し見たまひつつ、「あはれ」と、長やかにひとりごちたまふを、女君、しり目に見おこせて、
 〔紫君〕「浦よりをちに漕ぐ舟の」
 と、忍びやかにひとりごち、眺めたまふを、
 〔源氏〕「まことは、かくまでとりなしたまふよ。こは、ただ、かばかりのあはれぞや。所のさまなど、うち思ひやる時々、来し方のこと忘れがたき独り言を、ようこそ聞き過ぐい(訂正跡18)たまはね」
 など、恨みきこえたまひて、上包ばかりを見せたてまつらせたまふ(補注07)(訂正跡19・補注08)などのいとゆゑづきて、やむごとなき人苦しげなるを、「かかればなめり」と、思す。

 

第三章 光る源氏の物語 新旧後宮女性の動向

 [第一段 花散里訪問]

 かく、この御心とりたまふほどに、花散里などを離れ果てたまひぬる(訂正跡20・補注09)こそ、いとほしけれ。公事も繁く、所狭き御身に、思し憚るに添へても、めづらしく御目おどろくことのなきほど、思ひしづめたまふなめり。

 五月雨つれづれなるころ、公私もの静かなるに、思し起こして渡りたまへり。よそながらも、明け暮れにつけて、よろづに思しやり訪らひきこえたまふを頼みにて、過ぐいたまふ所なれば、今めかしう心にくきさまに、そばみ恨みたまふべきならねば、心やすげなり。年ごろに、いよいよ荒れまさり、すごげにておはす。

 女御の君に御物語聞こえたまひて、西の妻戸に(補注10)夜更かして立ち寄りたまへり。月おぼろにさし入りて、いとど艶なる御ふるまひ、尽きもせず見えたまふ。いとどつつましけれど、端近ううち眺めたまひけるさまながら、のどやかにてものしたまふけはひ、いとめやすし。水鶏のいと近う鳴きたるを、

 〔花散里〕「水鶏だにおどろかさずはいかにして荒れたる宿に月を入れまし」

 と、いとなつかしう、言ひ消ちたまへるぞ、
 「とりどりに捨てがたき世かな。かかるこそ、なかなか身も苦しけれ」
 と思す。

 〔源氏〕「おしなべてたたく水鶏におどろかばうはの空なる月もこそ入れ
 うしろめたう」

 とは、なほ言に聞こえたまへど、あだあだしき筋など、疑はしき御心ばへにはあらず。年ごろ、待ち過ぐしきこえたまへるも、さらにおろかには思されざりけり。「空な眺めそ」と、頼めきこえたまひし折のことも、のたまひ出でて、

 〔花散里〕「などて、たぐひあらじと、いみじうものを思ひ沈みけむ。憂き身からは、同じ嘆かしさにこそ」

 とのたまへるも、おいらかにらうたげなり。例の、いづこの御言の葉にかあらむ、尽きせずぞ語らひ慰めきこえたまふ。

 [第二段 筑紫の五節と朧月夜尚侍]

 かやうのついでにも、五節を思し忘れず、「また見てしがな」と、心にかけたまへれど、いとかたきことにて、え紛れたまはず。
 女、もの思ひ絶えぬを、親はよろづに思ひ言ふこともあれど、世に経むことを思ひ絶えたり(訂正跡21)

 心やすき殿造りしては、「かやうの人集へても、思ふさまにかしづきたまふべき人も出でものしたまはば、さる人の後見にも」と思す。
 かの院の造りざま、なかなか見どころ多く、今めいたり(訂正跡22)。よしある受領などを選りて、当て当てに催したまふ。

 尚侍の君、なほえ思ひ放ちきこえたまはず。こりずまに立ち返り、御心ばへもあれど、女は憂きに懲りたまひて、昔のやうにもあひしらへきこえたまはず。なかなか、所狭う、さうざうしう世の中、思さる。

 [第三段 旧後宮の女性たちの動向]

 院はのどやかに思しなりて、時々に(訂正跡23)つけて、をかしき御遊びなど、好ましげにておはします。女御、更衣、みな例のごとさぶらひたまへど、春宮の御母女御のみぞ、とり立てて時めきたまふこともなく、尚侍の君の御おぼえにおし消たれたまへりしを、かく引き変へ、めでたき御幸ひにて、離れ出でて宮に添ひたてまつりたまへる。

 この大臣の御宿直所は、昔の淑景舎なり。梨壺に春宮はおはしませば、近隣の御心寄せに、何ごとも聞こえ通ひて、宮をも後見たてまつりたまふ。

 入道后の宮、御位をまた改めたまふべきならねば、太上天皇になずらへて、御封賜らせたまふ。院司どもなりて、さまことにいつくし。御行なひ、功徳のことを、常の御いとなみにておはします。年ごろ、世に憚りて出で入りも難く、見たてまつりたまはぬ嘆きをいぶせく思しけるに、思すさまにて、参りまかでたまふもいとめでたければ、大后は、「憂きものは世なりけり」と思し嘆く。

 大臣はことに触れて、いと恥づかしげに仕まつり、心寄せきこえたまふも、なかなかいとほしげなるを、人もやすからず、聞こえけり。

 [第四段 冷泉帝後宮の入内争い]

 兵部卿親王、年ごろの御心ばへのつらく思はずにて、ただ世の聞こえをのみ思し憚りたまひしことを、大臣は憂きものに思しおきて、昔のやうにもむつびきこえたまはず。
 なべての世には、あまねくめでたき御心なれど、この御あたりは、なかなか情けなき節も、うち交ぜたまふを、入道の宮は、いとほしう本意なきことに見たてまつりたまへり。

 世の中のこと、ただなかばを分けて、太政大臣、この大臣の御ままなり。
 権中納言の御女、その年の八月に参らせたまふ。祖父殿ゐたちて、儀式などいとあらまほし。
 兵部卿宮の中の君も、さやうに心ざしてかしづきたまふ名高きを、大臣は、人よりまさりたまへとしも思さずなむありける。いかがしたまはむとすらむ。

 

第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅

 [第一段 住吉詣で]

 その秋、住吉に詣でたまふ。願ども果たしたまふべければ、いかめしき御ありきにて、世の中ゆすりて、上達部、殿上人、我も我もと仕うまつりたまふ。

 折しも、かの明石の人、年ごとの例のことにて詣づるを、去年今年は障ることありて、おこたりける、かしこまり取り重ねて、思ひ立ちけり。
 舟にて詣でたり。岸にさし着くるほど、見れば、ののしりて詣でたまふ人のけはひ(訂正跡24・補注11)、渚に満ちて、いつくしき(訂正跡25)神宝を持て続けたり。楽人、十列など(訂正跡26)、装束をととのへ、容貌を選びたり。

 〔明石従者〕「誰が詣でたまへるぞ」
 と問ふめれば、
 〔源氏従者〕「内大臣殿の御願果たしに詣でたまふを、知らぬ人もありけり」
 とて、はかなきほどの下衆だに、心地よげにうち笑ふ。

 「げに、あさましう、月日もこそあれ。なかなか、この御ありさまを遥かに見るも、身のほど口惜しうおぼゆ。さすがに、かけ離れたてまつらぬ宿世ながら、かく口惜しき際の者だに、もの思ひなげにて、仕うまつるを色節に思ひたるに、何の罪深き身にて、心にかけておぼつかなう思ひきこえつつ、かかりける御響きをも知らで、立ち出でつらむ」
 など思ひ続くるに、いと悲しうて、人知れずしほたれけり。

 [第二段 住吉社頭の盛儀]

 松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆる表の衣の、濃き薄き、数知らず。六位のなかにも蔵人は青色しるく見えて、かの賀茂の瑞垣恨みし右近将監も靫負になりて、ことごとしげなる随身具したる蔵人なり。

 良清も同じ佐にて、人よりことにもの思ひなきけしきにて、おどろおどろしき赤衣姿、いときよげなり。
 すべて見し人びと、引き変へはなやかに、何ごと思ふらむと見えて、うち散りたるに、若やかなる上達部、殿上人の、我も我もと(訂正跡27)思ひいどみ、馬鞍などまで飾りを整へ磨きたまへるは、いみじき物に(補注12)、田舎人も思へり。

 御車を遥かに見やれば、なかなか、心やましくて、恋しき御影をもえ見たてまつらず。河原大臣の御例をまねびて、童随身を賜りたまひける、いとをかしげに装束き、みづら結ひて、紫裾濃の元結なまめかしう、丈姿ととのひ、うつくしげにて十人、さまことに今めかしう見ゆ。

 大殿腹の若君、限りなくかしづき立てて、馬添ひ、童のほど、皆作りあはせて、やう変へて装束きわけたり。
 雲居遥かにめでたく見ゆるにつけても、若君の数ならぬさまにてものしたまふを、いみじと思ふ。いよいよ御社の方を(訂正跡28)拝みきこゆ。

 国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参りたまふよりは、ことに世になく仕うまつりけむかし。
 いとはしたなければ、
 「立ち交じり、数ならぬ身の、いささかのことせむに、神も見入れ、数まへたまふべきにもあらず。帰らむにも中空なり。今日は難波に舟さし止めて、祓へをだにせむ」
 とて、漕ぎ渡りぬ。

 [第三段 源氏、惟光と住吉の神徳を感ず]

 君は、夢にも知りたまはず、夜一夜、いろいろのことをせさせたまふ。まことに、神の喜びたまふべきことを、し尽くして、来し方の御願にもうち添へ、ありがたきまで、遊びののしり明かしたまふ。
 惟光やうの人は、心のうちに神の御徳をあはれにめでたしと思ふ。あからさまに立ち出でたまへるに、さぶらひて、聞こえ出でたり。

 〔惟光〕「住吉の松こそものはかなしけれ神代のことをかけて思へば」

 げに、と思し出でて、

 〔源氏〕「荒かりし波のまよひに住吉の神をばかけて忘れやはする
 験ありな」

 とのたまふも、いとめでたし。

 [第四段 源氏、明石の君に和歌を贈る]

 かの明石の舟、この響きに圧されて、過ぎぬることも聞こゆれば、「知らざりけるよ」と、あはれに思す。神の御しるべを思し出づるも、おろかならねば、「いささかなる消息をだにして、心慰めばや。なかなかに思ふらむかし」と思す。

 御社立ちたまて(補注13)、所々に逍遥を尽くしたまふ。難波の御祓へ、七瀬に(補注14)よそほしう仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、
 「今はた同じ難波なる」
 と、御心にもあらで、うち誦じたまへるを、御車のもと近き惟光、うけたまはりやしつらむ、さる召しもやと、例にならひて懐にまうけたる柄短き筆など、御車とどむる所にてたてまつれり。「をかし」と思して、畳紙に、

 〔源氏〕「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」

 とて、たまへれば、かしこの心知れる下人して遣りけり。駒並めて、うち過ぎたまふにも、心のみ動くに、露ばかりなれど、いと(訂正跡29)あはれにかたじけなくおぼえて、うち泣きぬ。

 〔明石君〕「数ならで難波のこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」

 田蓑の島に御禊仕うまつる、御祓への物につけてたてまつる。日暮れ方になりゆく。
 夕潮満ち来て(訂正跡30)、入江の鶴も声惜しまぬほどのあはれなる折からなればにや、人目もつつまず、あひ見まほしくさへ思さる。

 〔源氏〕「露けさの昔に似たる旅衣田蓑の島の名には隠れず」

 道のままに、かひある逍遥遊びののしりたまへど、御心にはなほかかりて思しやる。遊女どもの集ひ参れる、上達部と聞こゆれど、若やかにこと好ましげなるは、皆、目とどめたまふべかめり。されど、「いでや、をかしきことも、もののあはれも、人からこそあべけれ。なのめなることをだに、すこしあはき方に寄りぬるは、心とどむるたよりもなきものを」と思すに、おのが心をやりて、よしめきあへるも疎ましう思しけり。

 [第五段 明石の君、翌日住吉に詣でる]

 かの人は、過ぐしきこえて、またの日ぞ吉ろしかりければ、御幣たてまつる。ほどにつけたる願どもなど、かつがつ果たしける。また、なかなかもの思ひ添はりて、明け暮れ、口惜しき身を思ひ嘆く。

 今や京におはし着くらむと思ふ日数も経ず、御使あり。このごろのほどに迎へむことをぞのたまへる。
 「いと頼もしげに、数まへのたまふめれど、いさや、また、島漕ぎ離れ、中空に心細きことやあらむ」
 と、思ひわづらふ。

 入道も、さて出だし放たむは(訂正跡31)、いとうしろめたう、さりとて、かく埋もれ過ぐさむを思はむも、なかなか来し方の年ごろよりも、心尽くしなり。よろづにつつましう、思ひ立ちがたきことを聞こゆ。

 

第五章 光る源氏の物語 冷泉帝後宮の入内争い

 [第一段 斎宮と母御息所上京]

 まことや、かの斎宮も替はりたまひにしかば、御息所上りたまひてのち、変はらぬさまに何ごとも訪らひきこえたまふことは、ありがたきまで、情けを尽くしたまへど、「昔だにつれなかりし御心ばへの、なかなかならむ名残は見じ」と、思ひ放ちたまへれば、渡りたまひなどすることはことになし。

 あながちに動かしきこえたまひても、わが心ながら知りがたく、とかくかかづらはむ御歩きなども、所狭う思しなりにたれば、強ひたるさまにもおはせず。
 斎宮をぞ、「いかにねびなりたまひぬらむ」と、ゆかしう思ひきこえたまふ。

 なほ、かの六条の旧宮をいとよく修理しつくろひたりければ、みやびかにて住みたまひけり。よしづきたまへること、旧りがたくて、よき女房など多く、好いたる人の集ひ所にて、ものさびしきやうなれど、心やれるさまにて経たまふほどに、にはかに重くわづらひたまひて、もののいと心細く思されければ、罪深き所ほとりに(補注15)年経つるも、いみじう思して、尼になりたまひぬ。

 大臣、聞きたまひて、かけかけしき筋にはあらねど、なほさる方のものをも聞こえあはせ、人に思ひきこえつるを、かく思しなりにけるが口惜しうおぼえたまへば、おどろきながら渡りたまへり。飽かずあはれなる御訪らひ聞こえたまふ。

 近き御枕上に御座よそひて、脇息におしかかりて、御返りなど聞こえたまふも、いたう弱りたまへるけはひなれば、「絶えぬ心ざしのほどは、え見えたてまつらでや」と、口惜しうて、いみじう泣いたまふ。

 [第二段 御息所、斎宮を源氏に託す]

 かくまでも思しとどめたりけるを、女も、よろづにあはれに思して、斎宮の御ことをぞ聞こえたまふ。

 〔御息所〕「心細くてとまりたまはむを、かならず、ことに触れて数まへきこえたまへ。また見ゆづる人もなく、たぐひなき御ありさまになむ。かひなき身ながらも、今しばし世の中を思ひのどむるほどは、とざまかうざまにものを思し知るまで、見たてまつらむことこそ思ひたまへつれ」

 とても、消え入りつつ泣いたまふ。

 〔源氏〕「かかる御ことなくてだに、思ひ放ちきこえさすべきにもあらぬを、まして、心の及ばむに従ひては、何ごとも後見きこえむとなむ思うたまふる。さらに、うしろめたくな思ひきこえたまひそ」

 など聞こえたまへば、

 〔御息所〕「いとかたきこと。まことにうち頼むべき親などにて、見ゆづる人だに、女親に離れぬるは、いとあはれなることにこそはべるめれ。まして、思ほし人めかさむにつけても、あぢきなき方やうち交り、人に心も置かれたまはむ。うたてある思ひやりごとなれど、かけてさやうの世づいたる筋に思し寄るな。憂き身を抓みはべるにも、女は、思ひの外にてもの思ひを添ふるものになむはべりければ、いかでさる方をもて離れて、見たてまつらむと思うたまふる」

 など聞こえたまへば、「あいなくものたまふかな」と思せど、

 〔源氏〕「年ごろに、よろづ思うたまへ知りにたるものを、昔の好き心の名残あり顔にのたまひなすも本意なくなむ。よし、おのづから」

 とて、外は暗うなり、内は大殿油のほのかにものより通りて見ゆるを、「もしもや(補注16)」と思して、やをら御几帳のほころびより見たまへば、心もとなきほどの火影に、御髪いとをかしげにはなやかにそぎて、寄りゐたまへる、絵に描きたらむさまして、いみじうあはれなり。帳の東面に添ひ臥したまへるぞ、宮ならむかし。御几帳のしどけなく引きやられたるより、御目とどめて見通したまへれば、頬杖つきて、いともの悲しと思いたるさまなり。はつかなれど、いとうつくしげならむと見ゆ。
 御髪のかかりたるほど、頭つき、けはひ、あてに気高きものから、ひちちかに愛敬づきたまへるけはひ、しるく見えたまへば、心もとなくゆかしきにも、「さばかりのたまふものを」と、思し返す。

 〔御息所〕「いと苦しさまさりはべる。かたじけなきを、はや渡らせたまひね」
 とて、人にかき臥せられたまふ。

 〔源氏〕「近く参り来たるしるしに、よろしう思さればうれしかるべきを、心苦しきわざかな。いかに思さるるぞ」
 とて、覗きたまふけしきなれば、

 〔御息所〕「いと恐ろしげにはべるや。乱り心地のいとかく限りなる折しも渡らせたまへるは、まことに浅からずなむ。思ひはべることを、すこしも聞こえさせつれば、さりともと、頼もしくなむ」
 と聞こえさせたまふ。

 〔源氏〕「かかる御遺言の列に思しけるも、いとどあはれになむ。故院の御子たち、あまたものしたまへど、親しくむつび思ほすも、をさをさなきを、主上の同じ御子たちのうちに数まへきこえたまひしかば(訂正跡32)、さこそは頼みきこえはべらめ。すこしおとなしきほどになりぬる齢ながら、あつかふ人もなければ、さうざうしきを」

 など聞こえて、帰りたまひぬ。御訪らひ、今すこしたちまさりて、しばしば聞こえたまふ。

 [第三段 六条御息所、死去]

 七、八日ありて亡せたまひにけり。あへなう思さるるに、世もいとはかなくて、もの心細く思されて、内裏へも参りたまはず、とかくの御ことなど掟てさせたまふ。また頼もしき人もことにおはせざりけり。古き(訂正跡33)斎宮の宮司など、仕うまつり馴れたるぞ、わづかにことども定めける。

 御みづからも渡りたまへり。宮に御消息聞こえたまふ。
 〔前斎宮〕「何ごともおぼえはべらでなむ」
 と、女別当して、聞こえたまへり。
 〔源氏〕「聞こえさせ、のたまひ置きしこともはべしを、今は、隔てなきさまに思されば、うれしくなむ」

 と聞こえたまひて、人びと召し出でて、あるべきことども仰せたまふ。いと頼もしげに、年ごろの御心ばへ、取り返しつべう見ゆ。いといかめしう、殿の人びと、数もなう仕うまつらせたまへり。あはれにうち眺めつつ、御精進にて、御簾下ろしこめて行はせたまふ。

 宮には、常に訪らひきこえたまふ。やうやう御心静まりたまひては、みづから御返りなど聞こえたまふ。つつましう思したれど、御乳母など、「かたじけなし」と、そそのかしきこゆるなりけり。

 雪、霙、かき乱れ荒るる日、「いかに、宮のありさま、かすかに眺めたまふらむ」と思ひやりきこえたまひて、御使たてまつれたまへり。

 〔源氏〕「ただ今の空を、いかに御覧ずらむ。
  降り乱れひまなき空に亡き人の天翔るらむ宿ぞ悲しき」

 空色の紙の、曇らはしきに書いたまへり。若き人の御目にとどまるばかりと、心してつくろひたまへる、いと目もあやなり。
 宮は、いと聞こえにくくしたまへど、これかれ、
 「人づてには、いと便なきこと」
 と責めきこゆれば、鈍色の紙の、いと香ばしう艶なるに、墨つきなど紛らはして、

 〔前斎宮〕「消えがてにふるぞ悲しきかきくらしわが身それとも思ほえぬ世に」

 つつましげなる書きざま、いとおほどかに、御手すぐれてはあらねど、らうたげにあてはかなる筋に見ゆ。

 [第四段 斎宮を養女とし、入内を計画]

 下りたまひしほどより、なほあらず思したりしを、「今は心にかけて、ともかくも聞こえ寄りぬべきぞかし」と思すには、例の、引き返し、

 「いとほしくこそ。故御息所の、いとうしろめたげに心おきたまひしを。ことわりなれど、世の中の人も、さやうに思ひ寄りぬべきことなるを、引き違へ、心清くてあつかひきこえむ。主上の今すこしもの思し知る齢にならせたまひなば、内裏住みせさせたてまつりて、さうざうしきに、かしづきぐさにこそ」と思しなる。

 いとまめやかにねむごろに聞こえたまひて、さるべき折々は渡りなどしたまふ。

 〔源氏〕「かたじけなくとも、昔の御名残に思しなずらへて、気遠からずもてなさせたまはばなむ、本意なる心地すべき」

 など聞こえたまへど、わりなくもの恥ぢをしたまふ奥まりたる人ざまにて、ほのかにも御声など聞かせたてまつらむは、いと世になく(訂正跡34)めづらかなることと思したれば、人びとも聞こえわづらひて、かかる御心ざまを(訂正跡35)愁へきこえあへり。

 「女別当、内侍などいふ人びと、あるは、離れたてまつらぬわかむどほりなどにて、心ばせある人びと多かるべし。この、人知れず思ふ方のまじらひをせさせたてまつらむに、人に劣りたまふまじかめり。いかでさやかに、御容貌を見てしがな」

 と思すも、うちとくべき御親心にはあらずやありけむ。
 わが御心も定めがたければ、かく思ふといふことも、人にも漏らしたまはず。御わざなどの御ことをも取り分きてせさせたまへば、ありがたき御心を、宮人もよろこびあへり。

 はかなく過ぐる月日に添へて、いとど寂しく、心細きことのみまさるに、さぶらふ人びとも、やうやうあかれ行き(訂正跡36・補注17)などして、下つ方の京極わたりなれば、人気遠く、山寺の入相の声々に添へても、音泣きがちにてぞ、過ぐしたまふ。同じき御親と聞こえしなかにも、片時の間も立ち離れたてまつりたまはで、ならはしたてまつりたまひて、斎宮にも親添ひて下りたまふことは、例なきことなるを、あながちに誘ひきこえたまひし御心に、限りある道にては、たぐひきこえたまはずなりにしを、干る世なう思し嘆きたり。

 さぶらふ人びと、貴きも賤しきもあまたあり。されど、大臣の、
 〔源氏〕「御乳母たちだに、心にまかせたること、引き出だし仕うまつるな(訂正跡37)
 など、親がり申したまへば、「いと恥づかしき御ありさまに、便なきこと聞こし召しつけられじ」と言ひ思ひつつ、はかなきことの情けも、さらにつくらず。

 [第五段 朱雀院と源氏の斎宮をめぐる確執]

 院にも、かの下りたまひし大極殿のいつかしかりし儀式に、ゆゆしきまで見えたまひし御容貌を、忘れがたう思しおきければ、

 〔朱雀院〕「参りたまひて、斎院など、御はらからの宮々おはしますたぐひにて、さぶらひたまへ」

 と、御息所にも聞こえたまひき。されど、「やむごとなき人びとさぶらひたまふに、数々なる御後見もなくてや」と思しつつみ、「主上は、いとあつしうおはしますも恐ろしう、またもの思ひや加へたまはむ」と、憚り過ぐしたまひしを、今は、まして誰かは仕うまつらむと、人びと思ひたるを(補注18)、ねむごろに院には思しのたまはせけり。

 大臣、聞きたまひて、「院より御けしきあらむを、引き違へ、横取りたまはむを、かたじけなきこと」と思すに、人の御ありさまのいとらうたげに、見放たむはまた口惜しうて、入道の宮にぞ聞こえたまひける。

 〔源氏〕「かうかうのことをなむ、思うたまへわづらふに、母御息所、いと重々しく心深きさまにものしはべりしを、あぢきなき好き心にまかせて、さるまじき名をも流し、憂きものに思ひ置かれはべりにしをなむ、世にいとほしく思ひたまふる。この世にて、その恨みの心とけず過ぎはべりにしを、今はとなりての際に、この斎宮の御ことをなむ、ものせられしかば、さも聞き置き、心にも残すまじうこそは、さすがに見おきたまひけめ、と思ひたまふるにも、忍びがたう。おほかたの世につけてだに、心苦しきことは見聞き過ぐされぬわざにはべるを、いかで、なき蔭にても、かの恨み忘るばかり、と思ひたまふるを、内裏にも、さこそおとなびさせたまへど、いときなき御齢におはしますを、すこし物の心知る人はさぶらはれてもよくやと思ひたまふるを、御定めに(訂正跡38)

 など聞こえたまへば、

 〔藤壺〕「いとよう思し寄りけるを、院にも、思さむことは、げにかたじけなう、いとほしかるべけれど、かの御遺言をかこちて、知らず顔に参らせたてまつりたまへかし。今はた、さやうのこと、わざとも思しとどめず、御行なひがちになりたまひて、かう聞こえたまふを、深うしも思しとがめじと思ひたまふる」

 〔源氏〕さらば(訂正跡39)、御けしきありて、数まへさせたまはば、もよほしばかりの言を、添ふるになしはべらむ。とざまかうざまに、思ひたまへ残すことなきに、かくまでさばかりの心構へも、まねびはべるに、世人やいかにとこそ、憚りはべれ」

 など聞こえたまて(補注19)、後には、「げに、知らぬやうにて、ここに渡したてまつりてむ」と思す。
 女君にも、しかなむ思ひ(補注20)語らひきこえて、
 〔源氏〕「過ぐいたまはむに、いとよきほどなるあはひならむ」
 と、聞こえ知らせたまへば、うれしきことに思して、御渡り(訂正跡40)のことをいそぎたまふ。

 [第六段 冷泉帝後宮の入内争い]

 入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかとかしづき騷ぎたまふめるを、「大臣の隙ある仲にて、いかがもてなしたまはむ」と、心苦しく思す。

 権中納言の御女は、弘徽殿の女御と聞こゆ。大殿の御子にて、いとよそほしうもてかしづきたまふ。主上もよき御遊びがたきに思いたり。

 〔藤壺〕「宮の中の君も同じほどにおはすれば、うたて雛遊びの心地すべきを、おとなしき御後見は、いとうれしかべいこと(訂正跡41)

 と思しのたまひて、さる御けしき聞こえたまひつつ、大臣のよろづに思し至らぬことなく、公方の御後見はさらにもいはず、明け暮れにつけて、こまかなる御心ばへの、いとあはれに見えたまふを、頼もしきものに思ひきこえたまひて、いとあつしくのみおはしませば、参りなどしたまひても、心やすくさぶらひたまふこともかたきを、すこしおとなびて、添ひさぶらはむ御後見は、かならずあるべきことなりけり。

 【注釈】
大島本「澪標」には奥入や朱書の引き歌付箋はない。

 【訂正付記】
底本:大島本 本行本文を尊重し、書写者自身による訂正及び、監修者あるいは校閲者と思われる「一校畢」「二校了」の訂正跡を掲出した。
備考-- ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 朱筆--〔朱〕 不明--△
訂正跡01 世の人--〔朱〕) 朱筆でミセケチにする。
訂正跡02 御子をだに--みこ(+を)多尓 墨筆細字で補入符号を付け「を」を補訂する。
訂正跡03 思ひたまへらざりし--おも(+ひ)(#へ)らさりし 墨筆で補入符号を付け「ひ」を補訂し、「徒」を墨滅して傍らに「へ」と訂正する。「徒」はもと「へ」を「つ」と誤認し「徒」と表記したものであろう。
訂正跡04 したまふべき--志多+ま〔朱〕)ふ遍き 朱筆で補入符号を入れて「ま」を補訂する。
訂正跡05 さやうの事しげき職には--さやう(+の)こと)〔朱〕(+志けきそく尓ハ〔朱〕) 墨筆で「の」を補入し、次いで「ハ」を朱筆で抹消し、補入符号を入れて「志けきそくにハ」を補訂する。朱筆は「せふ正」の右傍書に同じく朱筆で「摂政イ」とあることから、後からの他との校合による訂正と考えられる。
訂正跡06 よろづ--よろつ($) 墨筆で「尓」を二点ミセケチにする。
訂正跡07 もてなされ--もてなされ〔朱〕) 朱筆で「て」を抹消する。
訂正跡08 たまふべし--たま(+ふ〔朱〕)遍し 朱筆で補入符号を入れて「ふ」を補訂する。
訂正跡09 ものにぞありける--物尓(#そ阿)り氣る 墨筆で「そ」を抹消して、「そ阿」と訂正する。本行本文とは別筆。字余り句になる。
訂正跡10 ゆめ--(#) 墨筆で「尓」を抹消する。
訂正跡11 多く--おほ$く〔朱〕) 朱筆で「ゝ」を二点ミセケチして「く」と訂正する。
訂正跡12 御文--(+ 墨筆細字で「御」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡13 をとめ子が--おとめこ($可) 墨筆細字で「可」を訂正する。本文一筆か。墨筆による抹消は別筆。その下に二点ミセケチが隠れているか。
訂正跡14 わざなりや。さも--王さなり(#)や(+さ)も 墨筆で「さ」を抹消し、「や」の下に細字で補入符合を入れて「さ」を補訂する。墨筆による抹消は別筆、あるいはその下にミセケチがあったか。
訂正跡15 五日に--五日(+丹) 墨筆で補入符号を入れて「丹」を補訂する。本文とは別筆。
訂正跡16 げに--($氣)尓 墨筆細字で「よ」を二点ミセケチして「氣」と訂正する。本文一筆か。
訂正跡17 かくたまさかの--かく#たまさ〔朱〕)可能 朱筆で「給ま」を抹消し、右傍らに「たまさ」と訂正する。
訂正跡18 聞き過ぐい--きゝ春(#く)い 墨筆で「ん」を抹消して「く」と訂正する。
訂正跡19 筆--ふ(#て) 墨筆で「ん」を抹消して「て」と訂正する。
訂正跡20 花散里などを離れはてたまひぬる--ち流+な〔朱〕)を#か〔朱〕)連はてひぬる 朱筆で補入符号を入れて「なと」を補入し、「あ」を抹消して「か」と訂正する。
訂正跡21 思ひ絶えたり--日多$盈〔朱〕) 朱筆で「へ」を一点ミセケチし、右傍らに「盈」と訂正する。ヤ行「え」に「盈」を使用する傾向あり。
訂正跡22 今めいたり--いま〔朱〕)い満めひたり 朱筆で「いま」を抹消する。衍字の削除。
訂正跡23 時々に--/\+尓) 墨筆細字で「尓」を補訂。本文一筆か。
訂正跡24 人のけはひ--(+の)氣ハひ 墨筆細字で「尓」を補訂。本文一筆か。
訂正跡25 いつくしき--いつく(#)しき 墨筆で△(判読不能)を抹消する。新大系は「く」と判読。衍字の削除か。
訂正跡26 十列など--とを徒#ら〔朱〕)なと 朱筆で「ゝ」を二点ミセケチし、右傍らに「ら」と訂正する。その後ミセケチ点の上に墨筆で抹消する。
訂正跡27 我も我もと--も/\〔朱〕)と 朱筆で「も」を抹消する。衍字の削除。
訂正跡28 御社の御方を--みやしろ(+の)可多を 墨筆細字で補入符号を付け「の」を補訂する。
訂正跡29 いと--(+いと) 墨筆細字で補入符号を付けて、副詞「いと」を補訂する。
訂正跡30 満来て--みち(#)きて △(判読不能)を墨筆で抹消する。新大系は「て」と判読。
訂正跡31 放たむは--はな($ハ) 墨筆細字で「と」を二点ミセケチして、「ハ」と訂正する。本文一筆か。
訂正跡32 たまひしかば--(+)し可者 墨筆細字で補入符号を付け「」を補訂する。
訂正跡33 古き--布$累〔朱〕)き 朱筆で「可」を一点ミセケチし、右傍らに「累」と訂正する。
訂正跡34 世になく--(+よ)尓なく 墨筆細字で「尓」を補訂する。補入符号はナシ。朱点は句点の意か。
訂正跡35 御心ざまを--御心さ満(+を) 墨筆細字で補入符号を付け「を」を補訂する。
訂正跡36 あかれ行き--あ(+可)連ゆき 墨筆細字で補入符号を付け「可」を補訂する。
訂正跡37 仕うまつるな--徒(+可う)まつるな 墨筆細字で補入符号を付け「可う」を補訂する。
訂正跡38 御定めに--(+さ)多め尓 墨筆細字で補入符号を付け「さ」を補訂する。
訂正跡39 さらば--さ$ら〔朱〕)者 朱筆で「え」を二点ミセケチし、右傍らに「ら」と訂正する。
訂正跡40 御渡り--(#)王多り 墨筆で「」を抹消する。衍字の削除。
訂正跡41 うれしかべいこと--うれし可〔朱・墨〕)へいこと 朱筆と墨筆で「る」をミセケチにする。

本稿本文―『新編全集』の順で、本文の異同箇所を掲出した。
補注01 たまふらむ--底本「たまえむ」とある。「え」はおそらく「ら」の字形を「え」と見誤ったものであろう。「たまらむ」は「たまふらむ」の縮であろう。『新編全集』『新大系』共に「たまふらむ」と訂正する。
補注02 たまつる--底本「つる」とある。「つ」はあるいは「へ」の誤写であるかもしれないが、今底本のままとする。『新編全集』は諸本に拠って「たまへる」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注03 母宮--母君は 底本「はゝ」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注04 慕ひやしなまし--慕ひやせまし 底本「志多ひや志なまし」とある。『新編全集』は諸本に拠って「慕ひやせまし」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。「しなまし」はサ変動詞「し」(連用形)+完了の助動詞「な」(未然形、確述)+推量の助動詞「まし」(反実仮想)の形。「せまし」はサ変動詞「せ」(未然形)+推量の助動詞「まし」(反実仮想)の形。つまり底本は完了の助動詞「な」(未然形、確述)があることによって、より強い気持ちが表現されている。
補注05 ゆめ--ゆめに 底本「(#)」。『新編全集』は諸本に拠って「ゆめに」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。「ゆめ」は副詞、けっして…するな、という禁止。「ゆめに」も副詞、同じ。
補注06 世のありさま--世のありさまかな 底本「よ能さ満」。『新編全集』は諸本に拠って「かな」の語を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注07 見せたてまつらせたまふ--見せたてまつりたまふ 底本「多てまつらせふ」。『新編全集』は諸本に拠って「見せたてまつりたまふ」と校訂」する。『新大系』は底本のままとする。底本の「せ給ふ」の「せ」は使役の助動詞であろう。源氏が女房をして紫の君にお見せ申し上げる、ということである。
補注08 筆--手 底本「ふ(#て)」。『新編全集』は諸本に拠って「手」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注09 花散里などを離れはてたまひぬる--花散里をあれはてたまひぬる 底本「ち流+な〔朱〕)を#か〔朱〕)連はてひぬる」。『新編全集』は諸本に拠って「花散里をあれはてたまひぬる」とする。すなわち大島本の訂正以前の形の本文である。『新大系』は底本のまま、すなわち訂正跡に従った本文とする。
補注10 西の妻戸に--西の妻戸には 底本「西能徒まと尓」。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注11 人のけはひ--人けはひ 底本「(+の)氣ハひ」。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「の」を削除する。すなわち大島本の訂正以前の形の本文である。『新大系』は底本のままとする。
補注12 物に--見物に 底本「も能尓」。『新編全集』は諸本に拠って「見」」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注13 立ちたまて--立ちたまひて 底本「多ちたまて」。『新編全集』は諸本に拠って「ひ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。「たまて」は「たまひて」の約。
補注14 御祓、七瀬に--御祓などことに 底本「者らへなゝ勢尓」。『新編全集』は諸本に拠って「御祓などことに」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注15 所ほとりに--所に 底本「ところほとり尓」。『新編全集』は諸本に拠って「所に」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注16 もしもや--もしや 底本「もしもや」。『新編全集』は諸本に拠って「もしや」と校訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注17 あかれ行き--散(あ)れゆき 底本「あ(+可)連ゆき」。『新編全集』は諸本に拠って「あれゆき」と校訂する。すなわち、大島本の補入以前の本文である。『新大系』は底本のままとする。
補注18 思ひたるを--思ひたゆるを 底本「いもひ多るを」。『新編全集』は諸本に拠って「思ひたゆるを」と、「ゆ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注19 聞こえたまて--聞こえたまひて 底本「きこえたまて」。『新編全集』は諸本に拠って「ひ」を補訂する。『新大系』は底本のままとする。
補注20 思ひ--思ふ 底本「日」。『新編全集』は諸本に拠って「思ふ」と校訂し、「しかなむ」以下の文を源氏の詞とする。『新大系』は底本のままとする。


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