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渋谷栄一校訂(C)

  

澪標

光る源氏の二十八歳初冬十月から二十九歳冬まで内大臣時代の物語

 [主要登場人物]

 光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---源氏の君・源氏の大納言・源氏の大殿・大殿・大殿の君・内大臣殿・君、二十八歳から二十九歳
 頭中将<とうのちゅうじょう>
呼称---宰相中将・権中納言、故葵の上の兄
 桐壺院<きりつぼのいん>
呼称---院・故院・院の帝・主上、光る源氏の父
 朱雀院<すざくいん>
呼称---主上・帝・院・主上・内裏、光る源氏の兄
 冷泉帝<れいぜいてい>
呼称---春宮・当代・主上・内裏、光る源氏の弟
 弘徽殿大后<こうきでんのおおぎさき>
呼称---大后・大宮、朱雀帝の母后
 藤壺の宮<ふじつぼのみや>
呼称---母宮・入道后の宮・入道の宮、冷泉帝の母
 朧月夜君<おぼろづきよのきみ>
呼称---内侍の君・尚侍の君・督の君・女君、朱雀帝の妻
 花散里<はなちるさと>
呼称---花散里、源氏の愛人
 紫の上<むらさきのうえ>
呼称---女君、光る源氏の妻
 明石の君<あかしのきみ>
呼称---明石・子持ちの君・明石の人・女君、明石入道の娘
 明石の姫君<あかしのひめぎみ>
呼称---稚児・若君、源氏の娘
 宣旨の娘<せんじのむすめ>
呼称---宣旨の娘、明石の姫君の乳母
 六条御息所<ろくじょうのみやすどころ>
呼称---御息所・故御息所・母御息所、源氏の愛人
 齋宮<さいぐう>
呼称---宮、六条御息所の娘
 弘徽殿女御<こうきでんのにょうご>
呼称---御女・姫君、頭中将の娘

第一章 光る源氏の物語 光る源氏の政界領導と御世替わり

  1. 故桐壺院の追善法華御八講---さやかに見えたまひし夢の後は
  2. 朱雀帝と源氏の朧月夜尚侍をめぐる確執---下りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも
  3. 東宮の御元服と御世替わり---明くる年の如月に、春宮の御元服のことあり
第二章 明石の物語 明石の姫君誕生
  1. 宿曜の予言と姫君誕生---まことや、「かの明石に
  2. 宣旨の娘を乳母に選定---さる所に、はかばかしき人しもありがたからむ
  3. 乳母、明石へ出発---車にてぞ京のほどは行き離れける
  4. 紫の君に姫君誕生を語る---女君には、言にあらはして
  5. 姫君の五十日の祝---「五月五日にぞ、五十日には当たるらむ」と
  6. 紫の君、嫉妬を覚える---うち返し見たまひつつ、「あはれ」と
第三章 光る源氏の物語 新旧後宮女性の動向
  1. 花散里訪問---かく、この御心とりたまふほどに
  2. 筑紫の五節と朧月夜尚侍---かやうのついでにも、五節を思し忘れず
  3. 旧後宮の女性たちの動向---院はのどやかに思しなりて
  4. 冷泉帝後宮の入内争い---兵部卿親王、年ごろの御心ばへのつらく思はずにて
第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅
  1. 住吉詣で---その秋、住吉に詣でたまふ
  2. 住吉社頭の盛儀---松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたる
  3. 源氏、惟光と住吉の神徳を感ず---君は、夢にも知りたまはず
  4. 源氏、明石の君に和歌を贈る---かの明石の舟、この響きに圧されて
  5. 明石の君、翌日住吉に詣でる---かの人は、過ぐしきこえて、またの日ぞ
第五章 光る源氏の物語 冷泉帝後宮の入内争い
  1. 斎宮と母御息所上京---まことや、かの斎宮も替はりたまひにしかば
  2. 御息所、斎宮を源氏に託す---かくまでも思しとどめたりけるを
  3. 六条御息所、死去---七、八日ありて亡せたまひにけり
  4. 斎宮を養女とし、入内を計画---下りたまひしほどより
  5. 朱雀院と源氏の斎宮をめぐる確執---院にも、かの下りたまひし大極殿の
  6. 冷泉帝後宮の入内争い---入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかと

【出典】
【校訂】

 

第一章 光る源氏の物語 光る源氏の政界領導と御世替わり

 [第一段 故桐壺院の追善法華御八講]

 さやかに見えたまひし夢の後は、院の帝の御ことを心にかけきこえたまひて、「いかで、かの沈みたまふらむ、救ひたてまつることをせむ」と、思し嘆きけるを、かく帰りたまひては、その御急ぎしたまふ。神無月に御八講したまふ。世の人びき仕うまつること、昔のやうなり。

 大后、御悩み重くおはしますうちにも、「つひにこの人をえ消たずなりなむこと」と、心病み思しけれど、帝は院の御遺言を思ひきこえたまふ。ものの報いありぬべく思しけるを、直し立てたまひて、御心地涼しくなむ思しける。時々おこり悩ませたまひし御目も、さはやぎたまひぬれど、「おほかた世にえ長くあるまじう、心細きこと」とのみ、久しからぬことを思しつつ、常に召しありて、源氏の君は参りたまふ。世の中のことなども、隔てなくのたまはせつつ、御本意のやうなれば、おほかたの世の人も、あいなく、うれしきことに喜びきこえける。

 [第二段 朱雀帝と源氏の朧月夜尚侍をめぐる確執]

 下りゐなむの御心づかひ近くなりぬるにも、尚侍、心細げに世を思ひ嘆きたまひつる、いとあはれに思されけり。

 「大臣亡せたまひ、大宮も頼もしげなくのみ篤いたまへるに、我が世残り少なき心地するになむ、いといとほしう、名残なきさまにてとまりたまはむとすらむ。昔より、人には思ひ落としたまへれど、みづからの心ざしのまたなきならひに、ただ御ことのみなむ、あはれにおぼえける。立ちまさる人、また御本意ありて見たまふとも、おろかならぬ心ざしはしも、なずらはざらむと思ふさへこそ、心苦しけれ」

 とて、うち泣きたまふ。
 女君、顔はいと赤く匂ひて、こぼるばかりの御愛敬にて、涙もこぼれぬるを、よろづの罪忘れて、あはれにらうたしと御覧ぜらる。

 「などか、御子をに持たまへるまじき。口惜しうもあるかな。契り深き人のためには、今見出でたまひてむと思ふも、口惜しや。限りあれば、ただ人にてぞ見たまはむかし」

 など、行く末のことをさへのたまはするに、いと恥づかしうも悲しうもおぼえたまふ。御容貌など、なまめかしうきよらにて、限りなき御心ざしの年月に添ふやうにもてなさせたまふに、めでたき人なれど、さしも思ひたまへらりしけしき、心ばへなど、もの思ひ知られたまふままに、「などて、わが心の若くいはけなきにまかせて、さる騷ぎをさへ引き出でて、わが名をばさらにもいはず、人の御ためさへ」など思し出づるに、いと憂き御身なり。

 [第三段 東宮の御元服と御世替わり]

 明くる年の如月に、春宮の御元服のことあり。十一になりたまへど、ほどより大きに、おとなしうきよらにて、ただ源氏の大納言の御顔を二つに写したらむやうに見えたまふ。いとまばゆきまで光りあひたまへるを、世人めでたきものに聞こゆれど、母宮、いみじうかたはらいたきことに、あいなく御心を尽くしたまふ。
 内裏にも、めでたしと見たてまつりたまひて、世の中譲りきこえたまふべきことなど、なつかしう聞こえ知らせたまふ。

 同じ月の二十余日、御国譲りのことにはかなれば、大后思しあわてたり。
 「かひなきさまながらも、心のどかに御覧ぜらるべきことを思ふなり」
 とぞ、聞こえ慰めたまひける。
 坊には承香殿の皇子ゐたまひぬ。世の中改まりて、引き変へ今めかしきことども多かり。源氏の大納言、内大臣になりたまひぬ。数定まりて、くつろぐ所もなかりければ、加はりたまふなりけり。

 やがて世の政事をしたまふきなれど、「さやうの事しげき職にはへずなむ」とて、致仕の大臣、摂政したまふべきよし、譲りきこえたまふ。
 「病によりて、位を返したてまつりてしを、いよいよ老のつもり添ひて、さかしきことはべらじ」
 と、受けひき申したまはず。「人の国にも、こと移り世の中定まらぬ折は、深き山に跡を絶えたる人だにも、治まれる世には、白髪も恥ぢず出で仕へけるをこそ、まことの聖にはしけれ。病に沈みて、返し申したまひける位を、世の中変はりてまた改めたまはむに、さらに咎あるまじう」、公、私定めらる。さる例もありければ、すまひ果てたまはで、太政大臣になりたまふ。御年も六十三にぞなりたまふ。

 世の中すさまじきにより、かつは籠もりゐたまひしを、とりかへし花やぎたまへば、御子どもなど沈むやうにものしたまへるを、皆浮かびたまふ。とりわきて、宰相中将、権中納言になりたまふ。かの四の君の御腹の姫君、十二になりたまふを、内裏に参らせむとかしづきたまふ。かの「高砂」歌ひし君も、かうぶりせさせて、いと思ふさまなり。腹々に御子どもいとあまた次々に生ひ出でつつ、にぎははしげなるを、源氏の大臣は羨みたまふ。

 大殿腹の若君、人よりことにうつくしうて、内裏、春宮の殿上したまふ。故姫君の亡せたまひにし嘆きを、宮、大臣、またさらに改めて思し嘆く。されど、おはせぬ名残も、ただこの大臣の御光に、よろづなされまひて、年ごろ、思し沈みつる名残なきまで栄えたまふ。なほ昔に御心ばへ変はらず、折節ごとに渡りたまひなどしつつ、若君の御乳母たち、さらぬ人びとも、年ごろのほどまかで散らざりけるは、皆さるべきことに触れつつ、よすがつけむことを思しおきつるに、幸ひ人多くなりぬべし。

 二条院にも、同じごと待ちきこえける人を、あはれなるものに思して、年ごろの胸あくばかりと思せば、中将、中務やうの人びとには、ほどほどにつけつつ情けを見えたまふに、御いとまなくて、他歩きもしたまはず。
 二条院の東なる宮、院の御処分なりしを、二なく改め造らせたまふ。「花散里などやうの心苦しき人びと住ませむ」など、思し当てて繕はせたまふ。

 

第二章 明石の物語 明石の姫君誕生

 [第一段 宿曜の予言と姫君誕生]

 まことや、「かの明石に、心苦しげなりしことはいかに」と、思し忘るる時なければ、公、私いそがしき紛れに、え思すままにも訪ひたまはざりけるを、三月朔日のほど、「このころや」と思しやるに、人知れずあはれにて、御使ありけり。とく帰り参りて、

 「十六日になむ。女にて、たひらかにものしたまふ」

 と告げきこゆ。めづらしきさまにてさへあなるを思すに、おろかならず。「などて、京に迎へて、かかることをもせさせざりけむ」と、口惜しう思さる。

 宿曜に、
 「御子三人。帝、后かならず並びて生まれたまふし。中の劣りは、太政大臣にて位を極むべし」

 と、勘へ申したりしこと、さしてかなふなめり。おほかた、上なき位に昇り、世をまつりごちたまふべきこと、さばかりかしこかりしあまたの相人どもの聞こえ集めたるを、年ごろは世のわづらはしさにみな思し消ちつるを、当帝のかく位にかなひたまひぬることを、思ひのごとうれしと思す。みづからも、「もて離れたまへる筋は、さらにあるまじきこと」と思す。

 「あまたの皇子たちのなかに、すぐれてらうたきものに思したりしかど、ただ人に思しおきてける御心を思ふに、宿世遠かりけり。内裏のかくておはしますを、あらはに人の知ることならねど、相人の言むなしからず」
 と、御心のうちに思しけり。今、行く末のあらましごとを思すに、

 「住吉の神のしるべ、まことにかの人も世になべてならぬ宿世にて、ひがひがしき親も及びなき心をつかふにやありけむ。さるにては、かしこき筋にもなるべき人の、あやしき世界にて生まれたらむは、いとほしうかたじけなくもあるべきかな。このほど過ぐして迎へてむ」
 と思して、東の院、急ぎ造らすべきよし、もよほし仰せたまふ。

 [第二段 宣旨の娘を乳母に選定]

 さる所に、はかばかしき人しもありがたからむを思して、故院にさぶらひし宣旨の娘、宮内卿の宰相にて亡くなりにし人の子なりしを、母なども亡せて、かすかなる世に経けるが、はかなきさまにて子産みたりと、聞こしめしつけたるを、知る便りありて、ことのついでにまねびきこえける人召して、さるべきさまにのたまひ契る。
 まだ若く、何心もなき人にて、明け暮れ人知れぬあばら家に、眺むる心細さなれば、深うも思ひたどらず、この御あたりのことをひとへにめでたう思ひきこえて、参るべきよし申させたり。いとあはれにかつは思して、出だし立てたまふ。

 もののついでに、いみじう忍びまぎれておはしまいたり。さは聞こえながら、いかにせましと思ひ乱れけるを、いとかたじけなきに、よろづ思ひ慰めて、
 「ただ、のたまはせむままに」
 と聞こゆ。吉ろしき日なりければ、急がし立てたまひて、
 「あやしう、思ひやりなきやうなれど、思ふさま殊なることにてなむ。みづからもおぼえぬ住まひに結ぼほれたりし例を思ひよそへて、しばし念じたまへ」
 など、ことのありやう詳しう語らひたまふ。

 主上の宮仕へ時々せしかば、見たまふ折もありしを、いたう衰へにけり。家のさまも言ひ知らず荒れまどひて、さすがに、大きなる所の、木立など疎ましげに、「いかで過ぐしつらむ」と見ゆ。人のさま、若やかにをかしければ、御覧じ放たれず。とかく戯れたまひて、
 「取り返しつべき心地こそすれ。いかに」
 とのたまふにつけても、「げに、同じうは、御身近うも仕うまつり馴れば、憂き身も慰みなまし」と見たてまつる。

 「かねてより隔てぬ仲とならはねど
  別れは惜しきものにぞあり
 慕ひやしなまし」

 とのたまへば、うち笑ひて、

 「うちつけの別れを惜しむかことにて
  思はむ方に慕ひやはせぬ」

 馴れて聞こゆるを、いたしと思す。

 [第三段 乳母、明石へ出発]

 車にてぞ京のほどは行き離れける。いと親しき人さし添へたまひて、ゆめらすまじく、口がためたまひて遣はす。御佩刀、さるべきものなど、所狭きまで思しやらぬ隈なし。乳母にも、ありがたうこまやかなる御いたはりのほど、浅からず。

 入道の思ひかしづき思ふらむありさま、思ひやるも、ほほ笑まれたまふこと多くまた、あはれに心苦しうも、ただこのことの御心にかかるも、浅からぬにこそは。にも、「おろかにもてなし思ふまじ」と、返す返すいましめたまへり。

 「いつしかも袖うちかけむをとめ子が
  世
を経て撫づる岩生ひ先」

 津の国までは舟にて、それよりあなたは馬にて、急ぎ行き着きぬ。

 入道待ちとり、喜びかしこまりきこゆること、限りなし。そなたに向きて拝みきこえて、ありがたき御心ばへを思ふに、いよいよいたはしう、恐ろしきまで思ふ。
 稚児のいとゆゆしきまでうつくしうおはすること、たぐひなし。「げに、かしこき御心に、かしづききこえむと思したるは、むべなりけり」と見たてまつるに、あやしき道に出で立ちて、夢の心地しつる嘆きもさめにけり。いとうつくしうらうたうおぼえて、扱ひきこゆ。

 子持ちの君も、月ごろものをのみ思ひ沈みて、いとど弱れる心地に、生きたらむともおぼえざりつるを、この御おきての、すこしもの思ひ慰めらるるにぞ、頭もたげて、御使にも二なきさまの心ざしを尽くす。とく参りなむと急ぎ苦しがれば、思ふことどもすこし聞こえ続けて、

 「ひとりして撫づるは袖のほどなきに
  覆ふばかりのをしぞ待つ」

 と聞こえたり。あやしきまで御心にかかり、ゆかしう思さる。

 [第四段 紫の君に姫君誕生を語る]

 女君には、言にあらはしてをさをさ聞こえたまはぬを、聞きあはせたまふこともこそ、と思して、

 「さこそあなれ。あやしうねぢけたるわざなりや。さもはせなむと思ふあたりには、心もとなくて、思ひの外に、口惜しくなむ。女にてあなれば、いとこそものしけれ。尋ね知らでもありぬべきことなれど、さはえ思ひ捨つまじきわざなりけり。呼びにやりて見せたてまつらむ。憎みたまふなよ」

 と聞こえたまへば、面うち赤みて、

 「あやしう、つねにかやうなる筋のたまひつくる心のほどこそ、われながら疎ましけれ。もの憎みは、いつならふべきにか」

 と怨じたまへば、いとよくうち笑みて、

 「そよ。誰がならはしにかあらむ。思はずにぞ見えたまふや。人の心より外なる思ひやりごとして、もの怨じなどしたまふよ。思へば悲し」

 とて、果て果ては涙ぐみたまふ。年ごろ飽かず恋しと思ひきこえたまひし御心のうちども、折々の御文の通ひなど思し出づるには、「よろづのこと、すさびにこそあれ」と思ひ消たれたまふ。

 「この人を、かうまで思ひやり言問ふは、なほ思ふやうのはべるぞ。まだきに聞こえば、またひが心得たまふべければ」
 とのたまひさして、
 「人がらのをかしかりしも、所からにや、めづらしうおぼえきかし」
 など語りきこえたまふ。

 あはれなりし夕べの煙、言ひしことなど、まほならねど、その夜の容貌ほの見し、琴の音のなまめきたりしも、すべて御心とまれるさまにのたまひ出づるにも、

 「われはまたなくこそ悲しと思ひ嘆きしか、すさびにても、心を分けたまひけむよ」
 と、ただならず、思ひ続けたまひて、「われは、われ」と、うち背き眺めて、「あはれなりし世のありさま」など、独り言のやうにうち嘆きて、

 「思ふどちなびく方にはあらずとも
  われぞ煙に先立ちなまし」

 「何とか。心憂や。

  誰れにより世を海山に行きめぐり
  絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ

 いでや、いかでか見えたてまつらむ。命こそかなひがたかべいものなめれ。はかなきことにて、人に心おかれじと思ふも、ただ一つゆゑぞや」

 とて、箏の御琴引き寄せて、掻き合せすさびたまひて、そそのかしきこえたまへど、かの、すぐれたりけむもねたきにや、手も触れたまはず。いとおほどかにうつくしう、たをやぎたまへるものから、さすがに執念きところつきて、もの怨じしたまへるが、なかなか愛敬づきて腹立ちなしたまふを、をかしう見どころありと思す。

   [第五段 姫君の五十日の祝]

 「五月五日にぞ、五十日には当たるらむ」と、人知れず数へたまひて、ゆかしうあはれに思しやる。「何ごとも、いかにかひあるさまにもてなし、うれしからまし。口惜しのわざや。さる所にしも、心苦しきさまにて、出で来たるよ」と思す。「男君ならましかば、かうしも御心にかけたまふまじきを、かたじけなういとほしう、わが御宿世も、この御ことにつけてぞかたほなりけり」と思さるる。

 御使出だし立てたまふ。
 「かならずその日違へずまかり着け」
 とのたまへば、五日にき着きぬ。思しやることも、ありがたうめでたきさまにて、まめまめしき御訪らひもあり。

 「海松や時ぞともなき蔭にゐて
  何のあやめもいかにわくらむ

 心のあくがるるまでなむ。なほ、かくてはえ過ぐすまじきを、思ひ立ちたまひね。さりとも、うしろめたきことは、よも」
 と書いたまへり。

 入道、例の、喜び泣きしてゐたり。かかる折は、生けるかひもつくり出でたる、ことわりなりと見ゆ。

 ここにも、よろづ所狭きまで思ひ設けたりけれど、この御使なくは、闇の夜にてこそ暮れぬべかりけれ。乳母も、この女君のあはれに思ふやうなるを、語らひ人にて、世の慰めにしけり。をさをさ劣らぬ人も、類に触れて迎へ取りてあらすれど、こよなく衰へたる宮仕へ人などの、巌の中尋ぬるが落ち止まれるなどこそあれ、これは、こよなうこめき思ひあがれり。

 聞きどころある世の物語などして、大臣の君の御ありさま、世にかしづかれたまへる御おぼえのほども、女心地にまかせて限りなく語り尽くせば、げにかく思し出づばかりの名残とどめたる身も、いとたけくやうやう思ひなりけり。御文ももろともに見て、心のうちに、
 「あはれ、かうこそ思ひの外に、めでたき宿世はありけれ。憂きものはわが身こそありけれ」
 と、思ひ続けらるれど、「乳母のことはいかに」など、こまやかに訪らはせたまへるも、かたじけなく、何ごとも慰めけり。

 御返りには、

 「数ならぬみ島隠れに鳴く鶴を
  今日もいかにと問ふ人ぞなき

 よろづに思うたまへ結ぼほるるありさまを、かくたまさか御慰めにかけはべる命のほども、はかなくなむ。げに、後ろやすく思うたまへ置くわざもがな」
 とまめやかに聞こえたり。

 [第六段 紫の君、嫉妬を覚える]

 うち返し見たまひつつ、「あはれ」と、長やかにひとりごちたまふを、女君、しり目に見おこせて、
 「浦よりをちに漕ぐ舟の
 と、忍びやかにひとりごち、眺めたまふを、
 「まことは、かくまでとりなしたまふよ。こは、ただ、かばかりのあはれぞや。所のさまなど、うち思ひやる時々、来し方のこと忘れがたき独り言を、ようこそ聞き過ぐいまはね」
 など、恨みきこえたまひて、上包ばかりを見せたてまつらせたまふ。どのいとゆゑづきて、やむごとなき人苦しげなるを、「かかればなめり」と、思す。

 

第三章 光る源氏の物語 新旧後宮女性の動向

 [第一段 花散里訪問]

 かく、この御心とりたまふほどに、花散里などを離れてたまひぬるこそ、いとほしけれ。公事も繁く、所狭き御身に、思し憚るに添へても、めづらしく御目おどろくことのなきほど、思ひしづめたまふなめり。

 五月雨つれづれなるころ、公私もの静かなるに、思し起こして渡りたまへり。よそながらも、明け暮れにつけて、よろづに思しやり訪らひきこえたまふを頼みにて、過ぐいたまふ所なれば、今めかしう心にくきさまに、そばみ恨みたまふべきならねば、心やすげなり。年ごろに、いよいよ荒れまさり、すごげにておはす。

 女御の君に御物語聞こえたまひて、西の妻戸に夜更かして立ち寄りたまへり。月おぼろにさし入りて、いとど艶なる御ふるまひ、尽きもせず見えたまふ。いとどつつましけれど、端近ううち眺めたまひけるさまながら、のどやかにてものしたまふけはひ、いとめやすし。水鶏のいと近う鳴きたるを、

 「水鶏だにおどろかさずはいかにして
  荒れたる宿に月を入れまし」

 と、いとなつかしう、言ひ消ちたまへるぞ、
 「とりどりに捨てがたき世かな。かかるこそ、なかなか身も苦しけれ」
 と思す。

 「おしなべてたたく水鶏におどろかば
  うはの空なる月もこそ入れ
 うしろめたう」

 とは、なほ言に聞こえたまへど、あだあだしき筋など、疑はしき御心ばへにはあらず。年ごろ、待ち過ぐしきこえたまへるも、さらにおろかには思されざりけり。「空な眺めそ」と、頼めきこえたまひし折のことも、のたまひ出でて、

 「などて、たぐひあらじと、いみじうものを思ひ沈みけむ。憂き身からは、同じ嘆かしさにこそ」

 とのたまへるも、おいらかにらうたげなり。例の、いづこの御言の葉にかあらむ、尽きせずぞ語らひ慰めきこえたまふ。

 [第二段 筑紫の五節と朧月夜尚侍]

 かやうのついでにも、五節を思し忘れず、「また見てしがな」と、心にかけたまへれど、いとかたきことにて、え紛れたまはず。
 女、もの思ひ絶えぬを、親はよろづに思ひ言ふこともあれど、世に経むことを思ひ絶えり。

 心やすき殿造りしては、「かやうの人集へても、思ふさまにかしづきたまふべき人も出でものしたまはば、さる人の後見にも」と思す。
 かの院の造りざま、なかなか見どころ多く、今めいり。よしある受領などを選りて、当て当てに催したまふ。

 尚侍の君、なほえ思ひ放ちきこえたまはず。こりずまにち返り、御心ばへもあれど、女は憂きに懲りたまひて、昔のやうにもあひしらへきこえたまはず。なかなか、所狭う、さうざうしう世の中、思さる。

 [第三段 旧後宮の女性たちの動向]

 院はのどやかに思しなりて、時々にけて、をかしき御遊びなど、好ましげにておはします。女御、更衣、みな例のごとさぶらひたまへど、春宮の御母女御のみぞ、とり立てて時めきたまふこともなく、尚侍の君の御おぼえにおし消たれたまへりしを、かく引き変へ、めでたき御幸ひにて、離れ出でて宮に添ひたてまつりたまへる。

 この大臣の御宿直所は、昔の淑景舎なり。梨壺に春宮はおはしませば、近隣の御心寄せに、何ごとも聞こえ通ひて、宮をも後見たてまつりたまふ。

 入道后の宮、御位をまた改めたまふべきならねば、太上天皇になずらへて、御封賜らせたまふ。院司どもなりて、さまことにいつくし。御行なひ、功徳のことを、常の御いとなみにておはします。年ごろ、世に憚りて出で入りも難く、見たてまつりたまはぬ嘆きをいぶせく思しけるに、思すさまにて、参りまかでたまふもいとめでたければ、大后は、「憂きものは世なりけり」と思し嘆く。

 大臣はことに触れて、いと恥づかしげに仕まつり、心寄せきこえたまふも、なかなかいとほしげなるを、人もやすからず、聞こえけり。

 [第四段 冷泉帝後宮の入内争い]

 兵部卿親王、年ごろの御心ばへのつらく思はずにて、ただ世の聞こえをのみ思し憚りたまひしことを、大臣は憂きものに思しおきて、昔のやうにもむつびきこえたまはず。
 なべての世には、あまねくめでたき御心なれど、この御あたりは、なかなか情けなき節も、うち交ぜたまふを、入道の宮は、いとほしう本意なきことに見たてまつりたまへり。

 世の中のこと、ただなかばを分けて、太政大臣、この大臣の御ままなり。
 権中納言の御女、その年の八月に参らせたまふ。祖父殿ゐたちて、儀式などいとあらまほし。
 兵部卿宮の中の君も、さやうに心ざしてかしづきたまふ名高きを、大臣は、人よりまさりたまへとしも思さずなむありける。いかがしたまはむとすらむ。

 

第四章 明石の物語 住吉浜の邂逅

 [第一段 住吉詣で]

 その秋、住吉に詣でたまふ。願ども果たしたまふべければ、いかめしき御ありきにて、世の中ゆすりて、上達部、殿上人、我も我もと仕うまつりたまふ。

 折しも、かの明石の人、年ごとの例のことにて詣づるを、去年今年は障ることありて、おこたりける、かしこまり取り重ねて、思ひ立ちけり。
 舟にて詣でたり。岸にさし着くるほど、見れば、ののしりて詣でたまふ人のはひ、渚に満ちて、いつくしき宝を持て続けたり。楽人、十列ど、装束をととのへ、容貌を選びたり。

 「誰が詣でたまへるぞ」
 と問ふめれば、
 「内大臣殿の御願果たしに詣でたまふを、知らぬ人もありけり」
 とて、はかなきほどの下衆だに、心地よげにうち笑ふ。

 「げに、あさましう、月日もこそあれ。なかなか、この御ありさまを遥かに見るも、身のほど口惜しうおぼゆ。さすがに、かけ離れたてまつらぬ宿世ながら、かく口惜しき際の者だに、もの思ひなげにて、仕うまつるを色節に思ひたるに、何の罪深き身にて、心にかけておぼつかなう思ひきこえつつ、かかりける御響きをも知らで、立ち出でつらむ」
 など思ひ続くるに、いと悲しうて、人知れずしほたれけり。

 [第二段 住吉社頭の盛儀]

 松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆる表の衣の、濃き薄き、数知らず。六位のなかにも蔵人は青色しるく見えて、かの賀茂の瑞垣恨みし右近将監も靫負になりて、ことごとしげなる随身具したる蔵人なり。

 良清も同じ佐にて、人よりことにもの思ひなきけしきにて、おどろおどろしき赤衣姿、いときよげなり。
 すべて見し人びと、引き変へはなやかに、何ごと思ふらむと見えて、うち散りたるに、若やかなる上達部、殿上人の、我も我も思ひいどみ、馬鞍などまで飾りを整へ磨きたまへるは、いみじき物に、田舎人も思へり。

 御車を遥かに見やれば、なかなか、心やましくて、恋しき御影をもえ見たてまつらず。河原大臣の御例をまねびて、童随身を賜りたまひける、いとをかしげに装束き、みづら結ひて、紫裾濃の元結なまめかしう、丈姿ととのひ、うつくしげにて十人、さまことに今めかしう見ゆ。

 大殿腹の若君、限りなくかしづき立てて、馬添ひ、童のほど、皆作りあはせて、やう変へて装束きわけたり。
 雲居遥かにめでたく見ゆるにつけても、若君の数ならぬさまにてものしたまふを、いみじと思ふ。いよいよ御社のを拝みきこゆ。

 国の守参りて、御まうけ、例の大臣などの参りたまふよりは、ことに世になく仕うまつりけむかし。
 いとはしたなければ、
 「立ち交じり、数ならぬ身の、いささかのことせむに、神も見入れ、数まへたまふべきにもあらず。帰らむにも中空なり。今日は難波に舟さし止めて、祓へをだにせむ」
 とて、漕ぎ渡りぬ。

 [第三段 源氏、惟光と住吉の神徳を感ず]

 君は、夢にも知りたまはず、夜一夜、いろいろのことをせさせたまふ。まことに、神の喜びたまふべきことを、し尽くして、来し方の御願にもうち添へ、ありがたきまで、遊びののしり明かしたまふ。
 惟光やうの人は、心のうちに神の御徳をあはれにめでたしと思ふ。あからさまに立ち出でたまへるに、さぶらひて、聞こえ出でたり。

 「住吉の松こそものはかなしけれ
  神代のことをかけて思へば」

 げに、と思し出でて、

 「荒かりし波のまよひに住吉の
  神をばかけて忘れやはする
 験ありな」

 とのたまふも、いとめでたし。

 [第四段 源氏、明石の君に和歌を贈る]

 かの明石の舟、この響きに圧されて、過ぎぬることも聞こゆれば、「知らざりけるよ」と、あはれに思す。神の御しるべを思し出づるも、おろかならねば、「いささかなる消息をだにして、心慰めばや。なかなかに思ふらむかし」と思す。

 御社立ちたまて、所々に逍遥を尽くしたまふ。難波の御祓へ、七瀬によそほしう仕まつる。堀江のわたりを御覧じて、
 「今はた同じ難波なる
 と、御心にもあらで、うち誦じたまへるを、御車のもと近き惟光、うけたまはりやしつらむ、さる召しもやと、例にならひて懐にまうけたる柄短き筆など、御車とどむる所にてたてまつれり。「をかし」と思して、畳紙に、

 「みをつくし恋ふるしるしにここまでも
  めぐり逢ひけるえには深しな」

 とて、たまへれば、かしこの心知れる下人して遣りけり。駒並めて、うち過ぎたまふにも、心のみ動くに、露ばかりなれど、いとはれにかたじけなくおぼえて、うち泣きぬ。

 「数ならで難波のこともかひなきに
  などみをつくし思ひそめけむ」

 田蓑の島に御禊仕うまつる、御祓への物につけてたてまつる。日暮れ方になりゆく。
 夕潮満ち来て入江の鶴も声惜しまぬほどのあはれなる折からなればにや、人目もつつまず、あひ見まほしくさへ思さる。

 「露けさの昔に似たる旅衣
  田蓑の島の名には隠れず

 道のままに、かひある逍遥遊びののしりたまへど、御心にはなほかかりて思しやる。遊女どもの集ひ参れる、上達部と聞こゆれど、若やかにこと好ましげなるは、皆、目とどめたまふべかめり。されど、「いでや、をかしきことも、もののあはれも、人からこそあべけれ。なのめなることをだに、すこしあはき方に寄りぬるは、心とどむるたよりもなきものを」と思すに、おのが心をやりて、よしめきあへるも疎ましう思しけり。

 [第五段 明石の君、翌日住吉に詣でる]

 かの人は、過ぐしきこえて、またの日ぞ吉ろしかりければ、御幣たてまつる。ほどにつけたる願どもなど、かつがつ果たしける。また、なかなかもの思ひ添はりて、明け暮れ、口惜しき身を思ひ嘆く。

 今や京におはし着くらむと思ふ日数も経ず、御使あり。このころのほどに迎へむことをぞのたまへる。
 「いと頼もしげに、数まへのたまふめれど、いさや、また、島漕ぎ離れ中空に心細きことやあらむ」
 と、思ひわづらふ。

 入道も、さて出だし放たむはいとうしろめたう、さりとて、かく埋もれ過ぐさむを思はむも、なかなか来し方の年ごろよりも、心尽くしなり。よろづにつつましう、思ひ立ちがたきことを聞こゆ。

 

第五章 光る源氏の物語 冷泉帝後宮の入内争い

 [第一段 斎宮と母御息所上京]

 まことや、かの斎宮も替はりたまひにしかば、御息所上りたまひてのち、変はらぬさまに何ごとも訪らひきこえたまふことは、ありがたきまで、情けを尽くしたまへど、「昔だにつれなかりし御心ばへの、なかなかならむ名残は見じ」と、思ひ放ちたまへれば、渡りたまひなどすることはことになし。

 あながちに動かしきこえたまひても、わが心ながら知りがたく、とかくかかづらはむ御歩きなども、所狭う思しなりにたれば、強ひたるさまにもおはせず。
 斎宮をぞ、「いかにねびなりたまひぬらむ」と、ゆかしう思ひきこえたまふ。

 なほ、かの六条の旧宮をいとよく修理しつくろひたりければ、みやびかにて住みたまひけり。よしづきたまへること、旧りがたくて、よき女房など多く、好いたる人の集ひ所にて、ものさびしきやうなれど、心やれるさまにて経たまふほどに、にはかに重くわづらひたまひて、もののいと心細く思されければ、罪深き所ほとりに年経つるも、いみじう思して、尼になりたまひぬ。

 大臣、聞きたまひて、かけかけしき筋にはあらねど、なほさる方のものをも聞こえあはせ、人に思ひきこえつるを、かく思しなりにけるが口惜しうおぼえたまへば、おどろきながら渡りたまへり。飽かずあはれなる御訪らひ聞こえたまふ。

 近き御枕上に御座よそひて、脇息におしかかりて、御返りなど聞こえたまふも、いたう弱りたまへるけはひなれば、「絶えぬ心ざしのほどは、え見えたてまつらでや」と、口惜しうて、いみじう泣いたまふ。

 [第二段 御息所、斎宮を源氏に託す]

 かくまでも思しとどめたりけるを、女も、よろづにあはれに思して、斎宮の御ことをぞ聞こえたまふ。

 「心細くてとまりたまはむを、かならず、ことに触れて数まへきこえたまへ。また見ゆづる人もなく、たぐひなき御ありさまになむ。かひなき身ながらも、今しばし世の中を思ひのどむるほどは、とざまかうざまにものを思し知るまで、見たてまつらむことこそ思ひたまへつれ」

 とても、消え入りつつ泣いたまふ。

 「かかる御ことなくてだに、思ひ放ちきこえさすべきにもあらぬを、まして、心の及ばむに従ひては、何ごとも後見きこえむとなむ思うたまふる。さらに、うしろめたくな思ひきこえたまひそ」

 など聞こえたまへば、

 「いとかたきこと。まことにうち頼むべき親などにて、見ゆづる人だに、女親に離れぬるは、いとあはれなることにこそはべるめれ。まして、思ほし人めかさむにつけても、あぢきなき方やうち交り、人に心も置かれたまはむ。うたてある思ひやりごとなれど、かけてさやうの世づいたる筋に思し寄るな。憂き身を抓みはべるにも、女は、思ひの外にてもの思ひを添ふるものになむはべりければ、いかでさる方をもて離れて、見たてまつらむと思うたまふる」

 など聞こえたまへば、「あいなくものたまふかな」と思せど、

 「年ごろに、よろづ思うたまへ知りにたるものを、昔の好き心の名残あり顔にのたまひなすも本意なくなむ。よし、おのづから」

 とて、外は暗うなり、内は大殿油のほのかにものより通りて見ゆるを、「もしもや」と思して、やをら御几帳のほころびより見たまへば、心もとなきほどの火影に、御髪いとをかしげにはなやかにそぎて、寄りゐたまへる、絵に描きたらむさまして、いみじうあはれなり。帳の東面に添ひ臥したまへるぞ、宮ならむかし。御几帳のしどけなく引きやられたるより、御目とどめて見通したまへれば、頬杖つきて、いともの悲しと思いたるさまなり。はつかなれど、いとうつくしげならむと見ゆ。
 御髪のかかりたるほど、頭つき、けはひ、あてに気高きものから、ひちちかに愛敬づきたまへるけはひ、しるく見えたまへば、心もとなくゆかしきにも、「さばかりのたまふものを」と、思し返す。

 「いと苦しさまさりはべる。かたじけなきを、はや渡らせたまひね」
 とて、人にかき臥せられたまふ。

 「近く参り来たるしるしに、よろしう思さればうれしかるべきを、心苦しきわざかな。いかに思さるるぞ」
 とて、覗きたまふけしきなれば、

 「いと恐ろしげにはべるや。乱り心地のいとかく限りなる折しも渡らせたまへるは、まことに浅からずなむ。思ひはべることを、すこしも聞こえさせつれば、さりともと、頼もしくなむ」
 と聞こえさせたまふ。

 「かかる御遺言の列に思しけるも、いとどあはれになむ。故院の御子たち、あまたものしたまへど、親しくむつび思ほすも、をさをさなきを、主上の同じ御子たちのうちに数まへきこえたまひかば、さこそは頼みきこえはべらめ。すこしおとなしきほどになりぬる齢ながら、あつかふ人もなければ、さうざうしきを」

 など聞こえて、帰りたまひぬ。御訪らひ、今すこしたちまさりて、しばしば聞こえたまふ。

 [第三段 六条御息所、死去]

 七、八日ありて亡せたまひにけり。あへなう思さるるに、世もいとはかなくて、もの心細く思されて、内裏へも参りたまはず、とかくの御ことなど掟てさせたまふ。また頼もしき人もことにおはせざりけり。古き宮の宮司など、仕うまつり馴れたるぞ、わづかにことども定めける。

 御みづからも渡りたまへり。宮に御消息聞こえたまふ。
 「何ごともおぼえはべらでなむ」
 と、女別当して、聞こえたまへり。
 「聞こえさせ、のたまひ置きしこともはべしを、今は、隔てなきさまに思されば、うれしくなむ」

 と聞こえたまひて、人びと召し出でて、あるべきことども仰せたまふ。いと頼もしげに、年ごろの御心ばへ、取り返しつべう見ゆ。いといかめしう、殿の人びと、数もなう仕うまつらせたまへり。あはれにうち眺めつつ、御精進にて、御簾下ろしこめて行はせたまふ。

 宮には、常に訪らひきこえたまふ。やうやう御心静まりたまひては、みづから御返りなど聞こえたまふ。つつましう思したれど、御乳母など、「かたじけなし」と、そそのかしきこゆるなりけり。

 雪、霙、かき乱れ荒るる日、「いかに、宮のありさま、かすかに眺めたまふらむ」と思ひやりきこえたまひて、御使たてまつれたまへり。

 「ただ今の空を、いかに御覧ずらむ。
  降り乱れひまなき空に亡き人の
  天翔るらむ宿ぞ悲しき」

 空色の紙の、曇らはしきに書いたまへり。若き人の御目にとどまるばかりと、心してつくろひたまへる、いと目もあやなり。
 宮は、いと聞こえにくくしたまへど、これかれ、
 「人づてには、いと便なきこと」
 と責めきこゆれば、鈍色の紙の、いと香ばしう艶なるに、墨つきなど紛らはして、

 「消えがてにふるぞ悲しきかきくらし
  わが身それとも思ほえぬ世に」

 つつましげなる書きざま、いとおほどかに、御手すぐれてはあらねど、らうたげにあてはかなる筋に見ゆ。

 [第四段 斎宮を養女とし、入内を計画]

 下りたまひしほどより、なほあらず思したりしを、「今は心にかけて、ともかくも聞こえ寄りぬべきぞかし」と思すには、例の、引き返し、

 「いとほしくこそ。故御息所の、いとうしろめたげに心おきたまひしを。ことわりなれど、世の中の人も、さやうに思ひ寄りぬべきことなるを、引き違へ、心清くてあつかひきこえむ。主上の今すこしもの思し知る齢にならせたまひなば、内裏住みせさせたてまつりて、さうざうしきに、かしづきぐさにこそ」と思しなる。

 いとまめやかにねむごろに聞こえたまひて、さるべき折々は渡りなどしたまふ。

 「かたじけなくとも、昔の御名残に思しなずらへて、気遠からずもてなさせたまはばなむ、本意なる心地すべき」

 など聞こえたまへど、わりなくもの恥ぢをしたまふ奥まりたる人ざまにて、ほのかにも御声など聞かせたてまつらむは、いと世にくめづらかなることと思したれば、人びとも聞こえわづらひて、かかる御心ざまをへきこえあへり。

 「女別当、内侍などいふ人びと、あるは、離れたてまつらぬわかむどほりなどにて、心ばせある人々多かるべし。この、人知れず思ふ方のまじらひをせさせたてまつらむに、人に劣りたまふまじかめり。いかでさやかに、御容貌を見てしがな」

 と思すも、うちとくべき御親心にはあらずやありけむ。
 わが御心も定めがたければ、かく思ふといふことも、人にも漏らしたまはず。御わざなどの御ことをも取り分きてせさせたまへば、ありがたき御心を、宮人もよろこびあへり。

 はかなく過ぐる月日に添へて、いとどさびしく、心細きことのみまさるに、さぶらふ人びとも、やうやうあかれきなどして、下つ方の京極わたりなれば、人気遠く、山寺の入相の声々に添へても、音泣きがちにてぞ、過ぐしたまふ。同じき御親と聞こえしなかにも、片時の間も立ち離れたてまつりたまはで、ならはしたてまつりたまひて、斎宮にも親添ひて下りたまふことは、例なきことなるを、あながちに誘ひきこえたまひし御心に、限りある道にては、たぐひきこえたまはずなりにしを、干る世なう思し嘆きたり。

 さぶらふ人びと、貴きも賤しきもあまたあり。されど、大臣の、
 「御乳母たちだに、心にまかせたること、引き出だし仕うつるな」
 など、親がり申したまへば、「いと恥づかしき御ありさまに、便なきこと聞こし召しつけられじ」と言ひ思ひつつ、はかなきことの情けも、さらにつくらず。

 [第五段 朱雀院と源氏の斎宮をめぐる確執]

 院にも、かの下りたまひし大極殿のいつかしかりし儀式に、ゆゆしきまで見えたまひし御容貌を、忘れがたう思しおきければ、

 「参りたまひて、斎院など、御はらからの宮々おはしますたぐひにて、さぶらひたまへ」

 と、御息所にも聞こえたまひき。されど、「やむごとなき人びとさぶらひたまふに、数々なる御後見もなくてや」と思しつつみ、「主上は、いとあつしうおはしますも恐ろしう、またもの思ひや加へたまはむ」と、憚り過ぐしたまひしを、今は、まして誰かは仕うまつらむと、人びと思ひたるを、ねむごろに院には思しのたまはせけり。

 大臣、聞きたまひて、「院より御けしきあらむを、引き違へ、横取りたまはむを、かたじけなきこと」と思すに、人の御ありさまのいとらうたげに、見放たむはまた口惜しうて、入道の宮にぞ聞こえたまひける。

 「かうかうのことをなむ、思うたまへわづらふに、母御息所、いと重々しく心深きさまにものしはべりしを、あぢきなき好き心にまかせて、さるまじき名をも流し、憂きものに思ひ置かれはべりにしをなむ、世にいとほしく思ひたまふる。この世にて、その恨みの心とけず過ぎはべりにしを、今はとなりての際に、この斎宮の御ことをなむ、ものせられしかば、さも聞き置き、心にも残すまじうこそは、さすがに見おきたまひけめ、と思ひたまふるにも、忍びがたう。おほかたの世につけてだに、心苦しきことは見聞き過ぐされぬわざにはべるを、いかで、なき蔭にても、かの恨み忘るばかり、と思ひたまふるを、内裏にも、さこそおとなびさせたまへど、いときなき御齢におはしますを、すこし物の心知る人はさぶらはれてもよくやと思ひたまふるを、御定め

 など聞こえたまへば、

 「いとよう思し寄りけるを、院にも、思さむことは、げにかたじけなう、いとほしかるべけれど、かの御遺言をかこちて、知らず顔に参らせたてまつりたまへかし。今はた、さやうのこと、わざとも思しとどめず、御行なひがちになりたまひて、かう聞こえたまふを、深うしも思しとがめじと思ひたまふる」

 「さらば御けしきありて、数まへさせたまはば、もよほしばかりの言を、添ふるになしはべらむ。とざまかうざまに、思ひたまへ残すことなきに、かくまでさばかりの心構へも、まねびはべるに、世人やいかにとこそ、憚りはべれ」

 など聞こえたまて、後には、「げに、知らぬやうにて、ここに渡したてまつりてむ」と思す。
 女君にも、しかなむ思ひ語らひきこえて、
 「過ぐいたまはむに、いとよきほどなるあはひならむ」
 と、聞こえ知らせたまへば、うれしきことに思して、御渡りことをいそぎたまふ。

 [第六段 冷泉帝後宮の入内争い]

 入道の宮、兵部卿宮の、姫君をいつしかとかしづき騷ぎたまふめるを、「大臣の隙ある仲にて、いかがもてなしたまはむ」と、心苦しく思す。

 権中納言の御女は、弘徽殿の女御と聞こゆ。大殿の御子にて、いとよそほしうもてかしづきたまふ。主上もよき御遊びがたきに思いたり。

 「宮の中の君も同じほどにおはすれば、うたて雛遊びの心地すべきを、おとなしき御後見は、いとうれしかべいと」

 と思しのたまひて、さる御けしき聞こえたまひつつ、大臣のよろづに思し至らぬことなく、公方の御後見はさらにもいはず、明け暮れにつけて、こまかなる御心ばへの、いとあはれに見えたまふを、頼もしきものに思ひきこえたまひて、いとあつしくのみおはしませば、参りなどしたまひても、心やすくさぶらひたまふこともかたきを、すこしおとなびて、添ひさぶらはむ御後見は、かならずあるべきことなりけり。

 【出典】
出典1 君が世は天の羽衣まれに着て撫づとも尽きぬ巌ならなむ(拾遺集賀-二九九 読人しらず)(戻)
出典2 大空を覆ふばかりの袖もがな春咲く花を風にまかせじ(後撰集春中-六四 読人しらず)(戻)
出典3 み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟の我をばよそに隔てつるかな(新古今集恋一-一〇四八 伊勢)(戻)
出典4 こりずまにまたもなき名は立ちぬべし人憎からぬ世にしすまへば(古今集恋三-六三一 読人しらず)(戻)
出典5 侘ぬれば今はた同じ難波なる身を尽くしても逢はむとぞ思ふ(後撰集恋五-九六〇 元良親王)(戻)
出典6 難波潟潮満ち来らし海人衣田蓑の島に鶴鳴き渡る(古今集雑上-九一三 読人しらず)(戻)
出典7 雨により田蓑の島を今日行けど名には隠れぬものにぞありける(古今集雑上-九一八 紀貫之)(戻)
出典8 今はとて島漕ぎ離れ行く舟にひれ振る袖を見るぞ悲しき(落窪物語-七二)ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ(古今集羈旅-四〇九 読人しらず)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 たまふらむ--*たまえむ(戻)
校訂2 世の人--世の人の(の/$<朱>)(戻)
校訂3 御子を--みこ(こ/+を)(戻)
校訂4 思ひたまへら--おも(も/+ひ)給つ(つ/#へ)ら(戻)
校訂5 したまふ--した(た/+ま<朱>)ふ(戻)
校訂6 さやうの事しげき職には--さやう(/う+の)事は(こと/+しけきそくには<朱>、は/$<朱>)(戻)
校訂7 よろづ--よろつに(に/$)(戻)
校訂8 なされ--なされて(て/#<朱>)(戻)
校訂9 たまふ--たま(ま/+ふ<朱>)(戻)
校訂10 ものにぞあり--物にさ(さ/#、+そあ)り(戻)
校訂11 ゆめ--夢に(に/#)(戻)
校訂12 多く--おほゝ(ゝ/$く<朱>)(戻)
校訂13 御--(/+御)(戻)
校訂14 をとめ子が--おとめこの(の/$か)(戻)
校訂15 なりや。さも--なりさ(さ/#)や(や/+さ)も(戻)
校訂16 五日に--五日(日/+に)(戻)
校訂17 げに--よ(よ/$け)に(戻)
校訂18 たまさか--給ま(給ま/$たまさ<朱>)か(戻)
校訂19 過ぐい--すん(ん/#く)い(戻)
校訂20 筆--ふん(ん/#て)(戻)
校訂21 花散里などを離れ--花散里(里/+なと<朱>)あ(あ/#か<朱>)れ(戻)
校訂22 絶え--たへ(へ/$え<朱>)(戻)
校訂23 今めい--いま(いま/#<朱>)いまめひ(戻)
校訂24 時々に--時々(々/+に)(戻)
校訂25 人の--人(人/+の)(戻)
校訂26 いつくしき--いつく△(△/#)しき(戻)
校訂27 十列--とをつゝ(ゝ/#ら<朱>)(戻)
校訂28 我も我も--我も/\も(も/#<朱>)(戻)
校訂29 御社の--みやしろ(ろ/+の)(戻)
校訂30 いと--(/+いと)(戻)
校訂31 放たむは--はなたむと(と/$は)(戻)
校訂32 たまひ--(/+給)(戻)
校訂33 古き--ふか(か/る<朱>)き(戻)
校訂34 世に--(/+よ)に(戻)
校訂35 御心ざまを--御心さま(ま/+を)(戻)
校訂36 あかれ--あ(あ/+か)れ(戻)
校訂37 仕う--つ(つ/+かう)(戻)
校訂38 御定め--御(御/+さ)ため(戻)
校訂39 さらば--さえ(え/$ら<朱>)は(戻)
校訂40 御渡り--御(御/#)御わたり(戻)
校訂41 うれしかべい--うれしかる(る/$)へい(戻)

源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
大島本
自筆本奥入