ごん。

−Naho and Me. 07−

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07. ごん。
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ごん。

−Naho and Me. 07−

斎木 直樹

 

 二時限目が終わり、図書館で休憩(昼寝ともいう)しようかと歩いていたときのこと。
「もしもし」
 いささか時代じみた話しかけられ方だった。
 自分に話しかけられたのかはわからなかったが、無意識にそちらをむくと、そこには妙齢の女性がいた。どこかひらひらした服に、よくわからないけれどたぶん化粧をほどこされた顔、最近流行っているらしいくるくるとは違うけれど、さっぱりとした髪型。奈穂先輩とは違う、非常に女性らしい装いだ。きれいなひと、といえるだろう。そのまなざしははっきりとこちらを向いていて、ぼくに話しかけていることは確かだ。
 ここは大学の敷地内なのだから、大学の関係者かというと、そうでない可能性も大きい。なにせ、近所のおばちゃんが買い物のための通り道にしていたり、たまに小学生が集団で歩いているのもみかける。まさか通学路として登録はされていないんだろうけど……まさかね。そのぐらい、昼間は誰が入っているのかわからないようなところがある。敷地が広いだけあって入口もたくさんあり、管理していられないのだろう。夜間はさすがに守衛さんがいる入口しか開けないようにしているらしいが、壁を越えれば入れないこともないらしい。
 話がずれたが、ぼくに話しかけてきた女の人は、大学生には見えない。かといって、いくつぐらいなのかもよくわからないけれど。会社員といったところか。ぼくが黙っていると、にこりと笑いかけてきた。知り合い、じゃないよな。一応記憶を確認。うんうん。だいじょう、ぶ?彼女の楽しそうにしている目にどこか見覚えがあるような気がしてぎくりとした。昔の先輩とかにいたかな……先生……いやいや。そこまで年は離れてない。はずだ。
「えーと、ぼくに何か」
「はい。ちょっと時間いただいてもいいですか」
 勧誘か何かだろうか。ちらっと目にやったところに、キャッチセールスに注意!という広告があってぎょっとする。駅前では話しかけられた経験はあるが、学内でもあるのだろうか。彼女は不思議そうな顔を広告を向け、ぶふっと噴き出した。しばらく一人で笑ったあと、涙を拭く真似をしながら言う。
「勧誘とかじゃないから安心して。生協にでも行きましょうよ、ジュースぐらいおごるわ。怖いならそこで助けを求めればいいでしょう」
「はあ」
 ぼくは間抜けな面で彼女についていった。本当は誘いに乗らないのが正解かもしれないが、よりにもよって余分な金があるようには見えるはずもないぼくを選んで話しかけてきた理由に興味があった。この時間ならば、生協にならちらほら人はいるだろうし。
 生協で紙パックの牛乳をおごってもらい、彼女は自分のために有名カフェのラベルのついたコーヒーを買っていた。値段はぼくの三倍以上。自分の貧乏根性が情けない。
 生協のレジの外にそなえつけられた安っぽい椅子に座って向かい合う。やっぱり、以前に会ったことはないような気がする。
「えーと、お会いしたことないですよね」
「ええー、忘れちゃったの〜。ひどーい」
 えらくかわいこぶった口調で、両手を口に当てるしぐさまでつけてくれた。いや、ほんとに、ないと思う、んだけどなあ。
「冷たいのねえ、ひろみちゃん」
 なんで名前。
「なーにやってるんだ、姉貴」
 ぼか、と音が聞こえた。殴られたとおぼしき彼女は机に突っ伏してうめいている。その背後には、
「奈穂先輩……」
 ……て、あねき?おねえさん?
「ったーい!ひどい、ひどいわ、奈穂ちゃん〜」
「いつまで可愛い子ぶってるんだ」
 ぼかぼか。い、いたそうだ……。
「先輩、そんなぼかぼか殴るのは……」
「肉親への愛のむちだ」
 ぼか。
「これがたまんないのよね〜」
 あはは、と楽しそうなお姉さん。ええー、そうなんですか〜。
 むす、と菜穂先輩は殴るのをやめて、お姉さんの隣の席にどかりと座った。
「待ち合わせた場所にいないから、何をしているのかと思ったが」
 えへへー、とお姉さんはこどものような笑顔をみせた。
「いやー、たまたま早く着いたから、ぶらぶらしてたらひろみちゃん見かけちゃって。お茶してた」
「だったら連絡しろ」
「えー、奈穂ちゃん携帯もってないじゃない〜」
 反撃されて、奈穂先輩はすっかりむっつりした顔になってしまった。
「えーと、おねえさん、なんですか?」
 いささか無視されているようなかたちのぼくが発言すると、奈穂先輩はちらっとぼくを見て、溜息をついた。
「やっぱり、何も説明せずにつれてきていたんだな」
「ついてきてくれたし」
 ぎろっと奈穂先輩がぼくをにらむ。ええ、まあそうなんですけどね。にやけるにはひきつった笑いを返すと、奈穂先輩はまた溜息をついて目を閉じた。
 お姉さんは、にこにことやはり嬉しそうにしている。奈穂先輩とは違って、やはり非常に女の人らしい格好だけれど、言われてみれば、奈穂先輩と目もとが似ているような気がする。というよりは、表情の動きか。奈穂先輩がぼうっとしている時ではなくて、興味のあることに対してぎらぎらしている時と似ているような気がする。奈穂先輩の方がややよこしまな気がするけど。
 ごん。
「な、にするんですか〜」
「今何か、失礼なことを考えただろう」
 これがたまらんとは、お姉さんはいったいどんな感覚の持ち主なんだ。あー本気で痛い。
 ……よく見たら、ぼくをなぐったときは凶器を使っていたようだ。いくらそういう契約だからって……ひどい。不満げに奈穂先輩を上目使いで見る。奈穂先輩は立っているので楽勝だ。ふん、と鼻でせせら笑われた。
 お姉さんはぼくたちを見てくすくすと笑っている。
「年下の彼氏ができたってきいて、どんな子なのかなーって思ってたんだけど」
 ど?その後が聞きたかったのだけれど、奈穂先輩にさえぎられた。
「年下、だとどう違うんだ?」
「んー、なーちゃんが面倒みてあげてるのかなーとか。あんまり想像つかなかったから」
 ……。
 ごん。
「何も考えてませんよ!」
「嘘つけ」
 ……。
「呼んだら絶交だ」
 絶交……。
「えと、かわいいですね」
 ごん。
 

    おわり

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Last modified 2009.6.15.
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