魔法の石

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あらすじ
グリーン=ブルーの少女、シェーラとティーは、森の中でみどりとナイトというなの男女と出会う。

魔法の石
魔法の石 あとがき

魔法の石

                            Green-Blue tales

                              斎木 直樹

 「魔法」。それはここ、幻想界では日常のこと。
 けれど、私達妖精のように魔力を持ってはいない、人間達の住む人間界では、非日
常のことを表すという。
         マジック      ここ
 そんな人間界の「魔法」に、私達は幻想界で出会った。

 がさがさと右手の草が揺れるのを聞き、シェーラとティーはどきりとした。シェー
ラは、いつものようにティーを守るかのように彼女の前に立ち、腕をかざした。唇を
軽くかみ、音のした方を睨みつける。
 けれど、木の間から覗いた顔は、二人の予想したものではなかった。それは、がっ
しりとした金髪碧眼の男達ではなく、黒髪を伸ばした若い男の人だった。林の中を歩
いてきたようで、顔は汚れていたけれど、もともとの造作はそう悪くはなさそうだっ
た。人の良さそうな顔なので、二人は安心した。追手ではなさそうだ。
 改めて少し観察してみると、背は男の人にしては少し低めだった。体つきも敏捷そ
うではあるが、筋肉質ではない。種族は闇の精か大地の精のようで、黒い髪に濃い色
の瞳をしている。シェーラと同じようにショールのような布を羽織ってはいるものの、
少年の服を着ていて、成人したにしては変わっている。普通、十六にもなると少年は
丈の長い上着だけという訳にもいかなくなり、薄い生地のズボンをはくようになる。
けれど、この人は大人だ。
 シェーラとティーは身体を固くしたまま、口を閉じてじっと彼を見つめていた。
 すると、その人はくりっとした丸い目を大きくさせて、にこりと笑んだ。よく見る
と黒ではなく、とても濃い緑色の瞳をしている。彼は、男にしては高すぎる声で言っ
た。
「こんにちは。あなたたち、何してるの?」
 その聞き方が、詮索するようなものではなく全く無邪気なものだったので、シェー
ラは思わず答えそうになってしまったけれど、ティーにつつかれて思いとどまった。
 しかし、茂みから出てきた人は気にする風でもなくにこにことしたままだった。二
人は、この人馬鹿なのかしらと思いつつも、居心地が悪くなってきてしまった。
 そこへ、みどり、と呼ぶ声とともに、もう一人男の人が現れた。今度の人は同じ黒
髪だけれど背は高く、成人男子らしい恰好をきちんとしていた。それに、ものすごい
美形だった。
 新しく現れた人は、最初の人のことを捜していた様子だった。
「みどり、一人でうろうろしちゃいけないって、あんなに言っただろう」
 みどりと呼ばれた人は、いたずらがばれた子どものように、舌を出した。
「はいはい。ごめんなさい、ナイト」
 二人は、なんだかおかしくなって、くすりと笑った。そこで、ナイトという男の人
は初めて二人に気付いた。
「あれ、君たち大人の人は?もしかして」
 ティーは、急いで彼の言葉を遮った。
「あの、みどりさんとナイトさんっていうんですね。私はマルティナ・カイ・フィケ
ル。ティーです」
 みどりとナイトは顔を見合わせると、しばらく顔をしかめたり目配せしたりして無
言で会話してから、二人に頷いた。シェーラとティーはそのやりとりを不審に思った
けれど、話をそらせたことにほっとした。
 ティーにまたつつかれて、シェーラはうるさそうな顔をティーに返した。
「私は、シェーラ。シェラザード・ルイ・メンフィス」
「こんにちは、シェーラ、ティー。よろしくね」
 みどりさんは、またにっこりと笑った。けれど、その笑顔には、あの大人がよく見
せる、子どもに媚びたようなものは全くうかがえなかった。この人、やっぱり変わっ
てる、とティーは確信した。
 ナイトは軽くため息をついて、二人に言った。
「どうやら、君たちだけなようだね。親御さんが心配なされているだろうに。一番近
い村でも、ここから大人で二日はかかる」
 シェーラは、顔をふくれさせた。
「置き手紙してきたから、大丈夫よ」
「いいえ、必ず心配なさってるわ」
 みどりの真剣な言い方に、シェーラは優しく言い直した。
「ううん、違うの。母さんはね、判ってるの。私は、大丈夫だって」
「それでも心配してる」
 シェーラは不満そうに口を曲げた。そこでみどりはティーの方を向き、あなたはと
聞いた。
「私は家の者に、私のことが気にならないよう暗示をかけておきましたから」
 ナイトは目を丸くし、ティーはしまったと可愛らしい顔を歪めた。
                        ハピネス
「家の人って、君、カイ・フィケル……もしかして、善の精の長は親戚かい?」
 現在の善の精の長の元の名はアンジェロ・ラ・シラクだが、その祖父の名字はカイ
・ホワイトという。
 名前を言っただけで家がばれてしまうなんて、考え物だ。ティーは青い目を閉じ、
ふうと息を洩らした。
「長は私の母の又従兄弟です。でも、私には王族の血はほとんど残っていません」
 けれど、大人二人は、ティーが貴族であるということよりも、それに付随する何か
を気にしているようだった。
 この人たち変わってる、と二人は思った。みどりさんはずっとにこにこしたままだ
けれど、それは自分が楽しいかららしいし、子どもが二人きりでこんなところにいる
こと自体を非難するのではなく、親のことを気にする。そして、ティーが貴族である
ことを気にもしない。
 二人がそんなことを考えていると、急にみどりが手をぱんと打った。
「判ったっ。二人で、探検してたんでしょー。いいなー。あたしも、もっとちっちゃ
い頃にしたかったなー」
 二人は、本格的にこの人たちおかしい、と思った。

 結局、二人はみどりとナイトとその夜を越すことになった。四人は、ナイトが魔力
で火をつけた焚き火を囲んで座っている。
「シェーラはね、ラトルの病気を治したいの」
「ティー、何言うの」
 ティーはシェーラに、いいじゃない、といーをした。
 みどりは、柔らかく聞いた。
「ラトルって?」
「シェーラの弟よ。すごく可愛くて、いい子なの」
 みどりさんは、少し不安そうな顔になった。いい人だな、と二人は安心した。
「病気って、悪いの?」
 木がはぜる音がした。シェーラは、毛布代わりに肩にかけている布を引き寄せた。
「うん。母さんが知り合いから薬を手に入れるんだけど、それは症状を押さえるだけ
で、病気を治すことはできないんだって」
 ナイトは静かに言った。
「知り合いって、魔女の人のことだね」
 その声には、普通の人が込める、さげすんだり恐れたり気味悪がったりするような
調子はなかった。けれど、シェーラはいつものようにふてくされた顔になった。
「そうよ。あたしの母さんは魔女上がりなの。でもね、魔女の中にもいい人はいるの
よ。現に、薬で人を助けてるんだから」
「そうね。あたしにも魔女の友達がいるから、それは知ってるわ」
 二人は目を丸くした。魔女の友達だって。そんなものがいる人、魔女には親戚の多
  ダーク
い闇の精にさえほとんどいない。ナイトさんは外見からいって、シェーラと同じ闇の
精らしいけれど、闇の精とつきあう別の種族も珍しい。それとも、髪は黒だから闇の
   グリーン
精と大地の精のハーフなのかな。
 そうよね。ティーは考えた。私のような金髪碧眼の、明らかに善の精と判る女の子
が、明らかに闇の精と判るシェーラのような子と一緒にいることを、普通なら真っ先
にいぶかしむはずだわ。
 善の精のような潔癖な血統主義の一族が、汚らわしいと言われている闇の精の、し
かも魔女の血を引く子供と一緒にいるなんて。誘拐されたとか脅されているとか考え
ても、おかしくないはずなのに。
 ティーは子供らしくくすくす笑った。
「それで、シェーラは魔女にはならないの?」
 シェーラは肩をすくめた。そのしぐさに、もう悔しさはない。ただあきらめと、わ
ずかな落胆があるだけだった。
「あたしは、魔女になるには魔力が少なすぎるって、母さんが」
 一人前の魔女となるためには何年もの厳しい見習い期間を魔女の里で過ごさなくて
はならないし、生まれつき強い魔力がなくては、薬を扱える魔女の上の大魔女となる
のは不可能に近い。しかし何よりも、魔女としての苦労――差別を知っている母の言
葉に、シェーラは逆らえなかった。
 ナイトが、突然思いついたように言った。
「二人とも、カーンヘは行っているのかい。何年目?」
 カーンとは、アルシェ=カーンのことだ。人間界で言う小学校のようなもので、大
抵の子どもは五歳の誕生日から通いはじめ、計算や読み書き、話し方、生きていく上
で知っておくべきことについて勉強する。普通は成人前の十四、五歳でやめ、家の手
伝いをし始める。行くことは義務ではないが、他に特にすることもないので普通の子
は通っている。
 シェーラは、けろりとして言った。
「ああ、あたしたちはもう終わっちゃったの」
 みどりとナイトは、眉をしかめた。そのやり方が似ていて、二人は軽く笑いを洩ら
した。
「終わったって、いつ?」
「二年前かな。あたしが八才、ティーが九才の時。ティーはあたしが終わるまで待っ
ててくれたんだけどね」
 この話をすると大人はいつも驚くので、二人は少しだけ得意になるものだったが、
みどりとナイトの驚き方が尋常ではないので、二人はかえって不安になった。
 みどりとナイトは、顔を見合わせて頷いた。
「あのさ、二人とも聞いたことないかな。城で、教育を受けている子がいるって」
 二人は肯定した。
「それじゃあ、他の人を募集していることも、知っているんでしょう。どうして行か
ないの?」
 だってねえ、と、二人は至極当然のように言った。
「あれって、やっぱりすごく頭が良くて才能のある子じゃないと、駄目なんでしょう」
「そう聞いたの?」
 みどりが残念そうに言うので、二人は何となく申し訳ないような気分になった。テ
ィーは、思い浮かべるように宙を見て言った。
「えっと、カーンを終えて、もっと勉強したい子は城に来なさいって言ってた」
 無言の責めに、シェーラは抗した。
「でもさ、あれって女王様がお教えになるんでしょう。やっぱり、特別な子じゃなき
ゃ。あたしたちなんかのことでお時間を取らせるなんて、できないよ」
 みどりとナイトはシェーラの答えに、はあとため息をついた。
 二人はそんな大人たちを不思議そうに見つめ、その視線に気付いたナイトは、取り
繕うように微笑んだ。
「それで、君たちは何をしていたんだい?ただ、ぶらぶらしてただけ?」
 二人は、ころっと嬉しそうな顔になった。そう聞かれるのを待っていたのかもしれ
ない。
「うん。あのね、これ見て」
 シェーラは、食料が入った袋から青い石を出した。しかし、それは石と言うよりも
結晶に近く、とても美しかった。角度に伴って、色を変える。黒のように深い紺色、
空色に近い青、透明な薄い色、反射する鈍い輝き。ころころと変わる色は、素晴らし
い観賞物だった。
 みどりとナイトは、息をのんだ。
「ね、綺麗でしょう」
  オリ=ハルコン
「精神感応鉱石――あなた達、これをどこで見つけたの?」
 二人はきょとんとした。みどりさんもナイトさんも、何を驚いているんだろう。
「えっと、森の向こうの山のふもとで。みどりさんたち、この石のこと知ってるの?
いっぱいあったから、少しくらいいいと思って持ってきたんだけど」
「いっぱいって、どのくらいあったのっ」
 シェーラはみどりの剣幕に少し脅え、ティーは眉をしかめた。
 二人の表情に気付くと、みどりさんはああ、と謝ってくれた。
「ごめんなさい。でも……あなたたち、女王様に会えるかもしれないわよ」
 二人は少しの間固まってから、ぶーっと吹き出した。
「そんな、ティーだけならともかく、あたしなんかが、陛下なんかにお目にかかれる
わけないじゃない。結婚式か何かがあったとしても、前の方は貴族だらけだから、き
っと見えないよ」
 結婚式、という単語にみどりとナイトはぴくりと反応し、そっと目を合わせた。
 ティーはそれに構わず、跳ねるように喋った。
「女王陛下方って、すっごくお綺麗なんですって。なんでも、お顔は眩しいほどに輝
いていらっしゃるんだって、おじいちゃんが言ってたわ」
 ティーが言い終わらない内に、ナイトはぶっと吹き出し、口を押さえた。みどりは
ナイトのことを恐ろしい顔でぎろっと睨んだけれど、ナイトはあらぬ方を見て今にも
笑いが飛び出しそうな顔をしている。
 何がおかしいんだろう。みどりさんも、ナイトさんも、変だ。
 みどりはあごと腰に手をやると、顔をぴくぴくとひきつらせつつ言った。
「あの、さ。あたしは?」
 二人は、思いっきりきょとんとした。そして、何かを合図としたようにどっと笑い
出した。
 ひいひい言いながら、シェーラが苦しそうに言う。
「えーっ。だって、あたし、みどりさんのこと、女みたいにしゃべる変な男の人って
思ってたのにーっ」
 そこでもう、笑いを抑えきれなくなってしまったナイトは、大笑いを始めてしまっ
た。それはもう、可愛らしいなんてものじゃなく、笑い過ぎでお腹が痛くなってしま
うような種類のものだった。みどりは、なぜかそんなナイトにそっぽを向いてぶすっ
としていた。
 そして二人は、そんなみどりさんとナイトさんを不思議そうに見比べていた。

 しばらくしてもナイトさんは笑い続け、みどりさんはぶすっとふてくされたままな
ので、ティーはそっと遠慮がちに尋ねた。
「あの、この石、何かあるんですか?オリハルコン、でしたっけ」
「あ、それはね」
と、涙を拭いながら起こしたナイトの美しい顔が歪んだ。
「みどり。近くに何かが来た」
 するとみどりも、真剣な顔になって答えた。
「動物?それとも」
「おそらく。こっちへ来る。結界を張っているが、四……いや、五人。おい、シェー
ラは?」
 ティーは、いつも穏やかなナイトに相応しくないその剣幕に、そしてそれから推察
される事情に脅えた。
「まきを探してくるって」
「お嬢ちゃんなら、ここだよ」
と、声がして草木の間から男が一人、そして二人と、終いには五人のいい体格をした
男たち、三人を囲むようにして出てきた。
 どうやら、シェーラを抱えたずたぼろの男の、左隣に立っている背の低い男が首班
のようだ。シェーラは、捕らえられる際に相当抵抗したらしく、背の低い男以外はか
なりひどい恰好をしている。シェーラは紐や服で縛られ、手と口もない状態だ。
 こちらは子どもが一人に大人が二人。しかも、男は一人だけ。さらに人質を取られ
ている。圧倒的に不利な状況だ。
 ティーは、みどりさんの服の端をつかんだ。それに応えるように温かい手で肩を抱
いてくれたみどりさんの顔を見上げると、その顔には少しも脅えはなく、自信と余裕
にあふれている。ティーは、一時男達の存在を忘れて、彼女の顔に見入った。
「あんたたち、その子を放しなさい。旅人四人の持ち物なんて、たかがしれてるわよ」
 ティーは、こんな時にもみどりさんは、私達を人数に入れていると思った。
「さあ、それはどうかな……あれ」
と、闇の精らしい、黒髪に黒い瞳の主犯の男は、目を細めてナイトのことを観察しは
じめた。
「あんた、まさか……ナイト様?」
 ナイトは顔をしかめた。
 ナイト、様?ティーは考えた。様をつけるなんて、じゃあナイトさんも貴族なのか
しら。だから、私が貴族であっても気にしなかったのかな。でも、闇の精に貴族はな
いから、長の関係者――え?
「そうか。ってことは、こちらがあの――まあ、上手く変装したもんだ。男かと思っ
たよ」
 男は、嬉しそうににかにかと大きなナイフで手を叩いた。
 みどりがむっとしたのを横目で見て、ナイトは上の方に笑いを洩らした。
「それじゃあ、あんたたちは俺たちが欲しがるような、素晴らしいお宝を持ってるっ
てわけだ。そうだな。では、あの石を渡してもらおう。二年前にあんたが得た、あの
石を」
 ナイトは、男を睨んだ。が、何も起きなかった。
「俺たちの周りには、負の結界が張ってあるんだ。貴族の結界だから、いくらお前ら
でもそう簡単には解けないはずだぜ。さ、この封印をしてもらおう」
 魔力を弱める負の結界と封印は、ティーの家にもどこかにあるはずだ。貴族とは、
王族の血をひく者。当然その魔力も強い。結界の道具も、昔から色々と伝わっている。
 これもおそらく盗品であろうものを、手下の男がナイトとみどりにつけた。魔力を
弱めるためのものだ。
 ティーの震える手を、みどりは優しく握った。その柔らかさに、ティーは気持ちを
みどりに移した。
――ティー。あなたとシェーラは、秘密の暗号とかは使ってないの――
 ティーは、同じくテレパシーで返事をした。
――みどりさん?どうして、封印は――
 みどりさんを見上げると、その顔は悔しさに歪んでいる。けれどテレパシーの声は、
おかしそうに弾んでいた。
――これくらいの封印、あたしたちにはなんの意味もないわ。力の使い方にも慣れて
きたしね。でも、負の結界の中のシェーラを無傷で救い出す自信はない。ねえ、暗号
とか使ってないの?あたしたちは、テレパシーだったけど――

 ティーはくるくるの金髪頭を傾けて、考えこんだ。
――暗号じゃないけど、おじいちゃんが教えてくれた人間界の言葉なら、少し知って
るわ。それでいいかしら――

――上等。それで、目をつぶれって言って――
――でも、シェーラは名詞しか知らないの。"Close your eyes"じゃ、"eyes"しか解
らないわ――

 みどりは、少しだけ沈黙してから返した。
――それでいいわ。シェーラは頭のいい子だから。さ、言って――
「シェーラ!Close your eyes!」
 シェーラと男達は、疑問を通り越し、困惑の表情を見せた。
 何を言ってるのかな、ティーは。発音からいって人間界の言葉らしいけれど、解らな
い。クローズ・ユア・アイズ?
「解ったの?シェーラ、Close your eyes, eyes !」
 ティーは、みどりさんを半分泣きそうな表情で見上げた。
――みどりさん、止めようよ。シェーラ、わかんないみたい――
 みどりは、ティーの手を更に強く握った。その時ティーは、わずかだけれどみどり
にも不安があるのを感じた。そして、それ以上にもっと大きく強い感情があることが。
けれど、ティーはまだ、それを表す言葉を知らなかった。うっすらとのぞけた彼女の
心は、比較的強いテレパスのティーも初めて見るものだった。
――大丈夫。シェーラを信じて――
 みどりさんは唐突に微笑み、シェーラと男達はぎょっとした。
「ティー。オリ=ハルコンは何なのかを聞いていたわね。教えてあげる」
 みどりがさっと右手を振り上げ、男達は身構えた。素早いプロの動きだ。みどりは、
ウィンクして言った。顔をしかめているような、下手なウインクだなと二人は思った。
「"eye"よ、シェーラ。Care with your eyes !」
 なぜみどりさんが、人間界の言葉を知っているの?
 ううん。そんなことじゃない。アイは、確か目。そうか、複数だからアイズだった
んだ。でも、なぜ目なの?私は今、手も足も出ない。目を動かしたって、何の意味も
ないだろう。なら、できることはたった一つ。
「愛だと?何を言っているんだ。愛しているとでも言いたいのか」
 あざける下卑た声が止まった。
 みどりが勢いよく腕を下ろし、さっきまで確かに何もなかった、その手の中から現
れたものは。
 シェーラとティー、みどりとナイトが目をつぶる瞬間前、オリ=ハルコンが輝いた。
まるで、天にある二つの太陽のうちの一つがそこに現れたかのようだった。
 四人が目をそっと開けると、男達はそろいもそろって、目を押さえてのたうちまわ
っていた。ナイトは急いで男達を縛り上げ、結界を取り除き、彼らに封印を施し、近
くの警備隊に救援を求めた。
 みどりさんは泥の中に落ちている青い石を拾い上げ、呆然と立っている二人に触れ
た。何か、温かいものがその手から流れてくるのを、二人は確かに感じた。
「この石はね、人の精神に反応して、様々なことを可能にするの。さっきは、光れと
念じたのよ」
 ティーは、肩のみどりさんの手にそっと触れた。
「この人たち、みどりさんの知ってる人たちだったの?」
 みどりさんは、おどけ半分に肩をすくめた。
「あたしたちは顔が広いから、国中知り合いなのよ」

 がらんとした、という言葉がふさわしい広い部屋で、シェーラとティーはかちこち
に緊張していた。シェーラは着慣れない上等の服に包まれ、始終身体のどこかを動か
している。
「ねえ、あたしたち何で呼ばれたのかなあ」
 ティーは、いらいらのままに鋭い声で返した。
「知らないわよ。でも、青い石を持ってこいってことは、みどりさんたちのことを知っ
てるみたいね」
 それがいい意味なのかどうかは判らないけど、とティーは心の中で投げ捨てるよう
に言った。
 シェーラは落ちつきなく、また部屋を、真正面を避けて見渡した。
「二人だけで旅行なんかしてたから、怒られるのかな」
「そんなことで、女王陛下が私達のことを城へ呼ぶと思ってるの」
 ティーのいつになくきつい声に、シェーラは身をすくめ、目を逸らした。
 床をじっと見つめているシェーラを横目で見て、ティーは反省した。いけないいけ
ない。別にシェーラが悪いことをしたんじゃないのに、やつあたりするなんて。
 ティーは、無理に笑顔を作った。作り笑顔なら、お手の物だ。
「みどりさんていえばさ、あのナイトって人、もしかして」
 あれから、家の人にさんざん叱られてずっと家に閉じこめられていたので、今日ま
でシェーラと話す機会がなかった。シェーラも、お母さんにこっぴどくやられたそう
だ。
 それしかないわ。シェーラの家は村のはずれだから、知らなかったんだ。ナイトさ
んは、闇の精の。
 その時、軽く扉がノックされ、女の人が一人、中に入ってきた。その人は、綺麗だっ
た。ひどく、綺麗だった。
 服は普通の人が着ているものと大して変わりはなく、長い黒髪も特別美しくはなか
った。顔だって、人間界のレベルから言えば美形ばかりの幻想界ではごろごろいるよ
うな顔だし、目なんか、少し冷たい感じがするくらいだ。
               クラウン
 けれど、たとえその額に輝く仮王冠がなくとも、彼女がその粗末だが風格のある王
座ではなくどこにいようとも、二人は彼女を見分けることができただろう。彼女は、
二人が今まで見たどんな人よりも綺麗だった。
 それは、空気とか、光とかいうものだろうか。彼女は、そんなものを周囲にまき散
らしていた。もし二人がもう少し年をとっていたら、もっと他の言葉で表現しただろ
う。しかし今の二人には、それが不思議な、圧迫するでもない、何か目に見えない大
きなものとしか表現できなかった。
 本当だ。おじいちゃんが言っていたことは、本当だった。女王様って、眩しいほど
に輝いていらっしゃる、光のようなお方だわ。
 二人は、ごくりと音を立ててつばを飲み込んだ。
 女王は二人を認めると、ぱあっと笑った。
「シェラザードさんと、マルティナさんね。お待たせしてしまって、ごめんなさい。
御用があるのはこちらなのだから、本来ならば、こちらから出向かなければならない
のだけれど、なにぶん多忙なもので」
 それには、丁寧でありながらも許しをもらえることは承知だという、ともすれば傲
慢にもとれるニュアンスが込めてあった。けれど二人は、音がするほど勢いよく何度
も首を横に振った。
「とんっでもない。あの、陛下にお目にかかれるだけで、光栄です」
 ティーの言葉にブルー女王は吹き出し、けらけらと笑いはじめてしまった。
 シェーラとティーは、美しい女王のあまりにも庶民くさい振る舞いに、あぜんとし
                                  ライト
たまま、その笑い声を聞いていた。女王の肩に乗っている、人形のような光の精が、
こほんと可愛らしい咳払いをした。あれが、光の精よね。ティーは知識を確認した。
「ブルー様、お下品ですよ。二人とも、びっくりしてるじゃありませんか」
 ブルー女王は、まだ軽く笑いを洩らしながら、細く白い指で涙を拭った。
「はいはい、リィン。ごめんなさいね、二人とも。で、あなたたち、なぜここに呼ば
れたか知っているの?」
「この、青い石のことでしょう」
 女王のくだけた調子には合わせず、慎重にティーは言った。
 今はまだ、みどりさんたちのことや、オリ=ハルコンの名は出すべきではないと、
ティーは考えていた。まだ、彼女たちのことが、私達にとって不利益になるというこ
ともあるかもしれない。
 女王は、くすりと笑みを見せた。
「そう。その、オリ=ハルコンのことで話があるの。あなたたち、これの鉱山を見つ
けたそうね。私達は、その場所を知りたいと思っているの」
 では、みどりさんたちは本当に女王と知り合いなんだわ。別に口止めをされた訳で
はないが、私達はどちらも誰にも鉱山の話はしなかった。みどりさんたちを除いて。
「もちろん、お教え」
「とうぜんだけど、ただとは言わないわ」
 目をむいて、何も引き替えにするつもりはないと言おうとする二人をブルー女王は
目で制し、そのままウィンクしてみせた。見事なウィンクだった。
 あれ、と二人は何かを思い出しかけた。
「他の人に教えられたら、困るもの。代金は払います。何がいい?私達にできること
なら、何でもするわよ」
 一瞬、二人は何かをいいたげに口を開いたが、すぐに閉じ、飛びだそうとうずく言
葉を必死に押さえつけた。
 しばらくの沈黙の後、ブルー女王が何か言いかけたとき、彼女の入ってきた扉がば
たんと大きな音を立てた。
「それは教育よ、女王様」
 彼女の声に、ブルー女王は笑いと、出てこないって言い張ってたのにという独り言
をかみ殺した。
「これはこれは、女王陛下」
 そこに現れたのは、グリーン=ブルーのもう一人の女王、グリーン=グリーンブルー
であった。
「みどり、さん?」
 そう微かな声で言ったきり、二人は絶句した。
 そう、その人は、グリーン女王はあのみどりとそっくりだった。みどりは相変わら
ず少年のような恰好をしていたけれど、その額にはブルーと同じ仮王冠が光っている。
 そんな、あのみどりさんが、このブルー女王と双子の、グリーン女王陛下?
 グリーン女王は、いつものようにすたすたと自分の椅子へと歩き、腰かけるとぺろ
っと舌を出してみせた。そんな様子が全く自然で、少しの演技も伺えない。
「ごめんね。でも、みどりはあたしの本名なんだよ。人間界のね」
 二女王は、その血の四分の一のみが王族であって残りは人間であり、二年前まで人
間界で暮らしていた、ということはグリーン=ブルーの住民であれば、知らぬ者はな
い。人間界の言葉を知っていたわけだ。
 まだ目をぱちくりさせて二人の女王を見比べている二人に、グリーン女王は丸い目
をくりっとさせて、にっとした。そのいたずら坊主のような笑顔に、二人はどっと笑
った。この人はみどりさんだと、解った。
「あなたたちにもしやる気があるならば、城で勉強をしてくれないかしら。ゆくゆく
は人間界にも行ってほしい。私達は今、勉強してくれる子を必要としているの。オリ=
ハルコンと同じくらいにね」
 二人は、ゆっくりと胸に手をやり、ぎゅっと服をつかんだ。
「あ、もちろん将来は何をしてもいいのよ。できれば学問を実用化して欲しいけど、
そうでなくてもいい。ただ、今勉強するだけでもいいの。エヴ、今教えている子は、
オリ=ハルコンについて研究したいと言っているんだけどね。あ、オリ=ハルコンっ
て、あたしが付けたのよ。しゃれてるでしょ」
「どこがよ」
 激しい鼓動が、女王達の軽口が遠のかせていく。
 ついさっきまで、決して叶わないと思っていた、夢。
 魔女にはなれない。そう判っていても、やはり治療者になりたかった。弟のように、
病気になった人たちを助けたかった。魔力を強く産んでくれなかった母を恨んだりも
した。けれど、魔女として生きる人たちの苦労も、目に見て知っていた。魔女になり
たかった。そして、なりたくなかった。
 家を出たいと、ずっと思っていた。今はもう形だけとなり果てた古くからの誇りを
守るのではなく、それに縛られた死んだような家。ばかげた伝統だと思っていた。け
れど、自分もその家から出られないことも判りきっていた。家を出たって、自分には
何も取り柄はない。頭の回転は速いが、そんなこと外では何も意味がない。子どもを
教えるのは好きだが、先生にはなりたくない。もっと、私自身が学びたかった。ただ、
何かを知りたかった。けれど、そんなこと誰も理解してくれない。知識を得る術さえ、
私にはない。
 それが、叶う日が来るなんて。
 ティーは、目の前が開けたようなイメージを感じた。
 死んだような家。そうか。女王達がなぜ綺麗なのかが、判った。みどりさん、いい
えグリーン女王は、男に見間違えてしまうような人。でも、ブルー女王と並んでも決
して見劣りはしない。二人は、誰よりも美しい。それは、彼女たちが生きているから。
だから、あんなに輝いて、綺麗なんだ。
 私は、知りたい。私も、生きたい。
「どう?やってくれるかしら」
 マジック
「魔法」
「何?」
 優しく聞き返すブルー女王に、ティーはうっとりとした顔で答えた。
 マジック
「魔法みたい。幻想界の魔法じゃなくて、人間界の魔法」
「魔法の石よ」
 二人の女王は、考え込むような表情をになった。いつの間にか、グリーンの影のよ
うに側に立っていたナイトが、彼女の肩に手を置いた。
「解るよ。人間界の『魔法』という言葉には、別の意味がある。素敵なもの、不思議
なもの。そういうことだろう。俺も、それを聞いたとき素敵な言葉だと思ったよ」
 ティーは、黒い衣装をまとった若き闇の精の長に、にっこりと笑いかけた。
     オリ=ハルコン
「ええ。この青い石は、私達の叶わない夢を叶えてくれた、魔法の石なの!」

 

      おわり

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