分離派建築博物館--逓信省の建築--

吉田 鉄郎 -4-

東京中央郵便局

設計:吉田 鉄郎..................場所:東京都千代田区.......................建築年代:1931(昭和6)年...............現存


外観(2007年5月撮影)

  見るほどに目が喜んで飽かずいつまでも眺めていたくなるこの建物を知って以来、東京駅を通るた
びごとに一瞬でも見逃すまいと目を向けてしまう、そんな経験を持った人は私だけではないだろう。
この建物を目にする時の感覚を話すならば、造形物を理屈で了解しようとする次元を突き抜けた時に、
想像的な感性が解き放たれ、感覚の赴くにまかせて心が遊ぶ・・・と言ったら気障に過ぎるか。
  こうした不思議な感覚の状態は、実は過去の建築造形が目指した到達点なのだったかもしれない。
逆に言うと「解ってしまう建物」は大したことないということでもある。建物を理解しようという眼
差しは誰しも自動的に向けるがそうした解釈ですべて片付けてしまう愚かさを「戒める」ためには、
この東京中央郵便局は最高のお手本だと思う。
もっと言ってしまえば、私にとってこの建物こそロラン・バルトのいうテクストなのかも知れない。

工事中(昭和3年前後)の礎盤(張菅雄「逓信省の建築」より)

  東京中央郵便局は、建物本体が昭和6年に竣工した初期モダニズム建築の重要な作品として知られる。
設計の開始は大正11年を始まりとする説やさらに遡る考え方もあり、アーチ窓を持つ6階建ての初期
の設計案から現在の立面に至った。要するにかなりの長期間がデザインに費やされ、また逓信省にと
っても技術力を結集させた、当時としては相当大がかりなプロジェクトであった。基礎工事が進めら
れた時期にあっても未だ立面については設計変更が繰り返されていたようである。

  この建物の計画時期は、新しい建築動向がもたらされた過渡期の状況を反映ている。つまり冒頭で
述べたような私が魅了された感覚は、紛れもなく歴史様式主義に根ざした考え方のエッセンスを取り
入れたものであり、また均質な三次元グリッドの構造体をもとに機能など諸条件をシンプルにまとめ
る設計手法についてはモダニズム的な方向性に拠っている。
  こうした過渡期の状況をひとつの建築物に統合する離れ業は、吉田鉄郎の個性と力量があったから
こそ成し得たという他ない。特に前者の古典的プロポーション感覚は様式建築家ならいざ知らずもモ
ダニズムに関わる建物の中では秀逸な存在であったとして彼のストイックな指向と共に伝説的な扱い
を受けて久しい。(註1)
  但し、この伝説的扱いは同時に今日の建築に対しては警鐘でもある。吉田が執念を賭けた部分はモ
ダニズム建築が故意に切り捨てることで覇権を得た部分でもあり今日の建築が「建築の失語症」と揶
揄されたように支払った代償も大きい。(註2)またしても我々に対する「戒め」としてこの建物は
生きて聳え立つ。


  つい最近、東京,大阪など中央郵便局の建替えの方針が公けにされた。
どんなに名建築であろうとも時代の要請に応えるべく更新されねばならないという考え方も然りで
ある。しかしそれでも、残さなければならない建築があってよいはずである。
例えば、代表的な戦前の日本のモダニズム建築の一つである村野藤吾の渡辺翁記念館は重要文化財
の指定を受けたが、これと双璧と思われる位重要な東京中央郵便局については所有する側からの指
定に向けた動きが見られなかったのは奇妙なことだ。しかも過去に国家予算の一部を投入して得ら
れた遺産という側面があったにもかかわらずである。
  私はこの建物は保存されて欲しいと願う。しかし注意したいのは、上述したように吉田鉄郎は設
計の過程で徹頭徹尾、全体から各部分、ロゴに至るまで執念を傾けたと言われ他の追随を許さなか
ったと語り継がれる。マクロ(遠望的視点)からミクロ(詳細的視点)に至るまで統一した考え方
で突き詰められ結晶化した。
  よって、部分的な所謂「イメージ保存」では吉田の設計の本質的な部分を継承することは不可能
であろう。建物全体が残され、出来れば東京中央郵便局を含めた丸の内界隈そのものが歴史的建築
を一望出来る、いわば生きた「(野外)建築博物館」として整備されれば素晴らしいと思う。
  また、丸の内口という位置はかつて「国の玄関口」とされ当然吉田はこのことも念頭に置いたは
ずである。いくら郵便事業が民営化されるとはいえ建物の更新を考えるにあたっては、今日的意味
で国のアイデンティティーに関わる部分も無視せずに時間をかけた検討を行う必要があろう。
  私は、吉田鉄郎ほどの感性を持ちつつ彼を上回るデザインを建物全体に漲らせる力量をもって建
て替えられるような建築家やそのチームを知らない。もし名乗り出る人がいようものならばその不
遜なお顔を拝んでみたい気もする。


註1:建築におけるプロポーションのことをごく単純に言えば、ある縦横比とあらゆる
各所でその比例関係を成立させる様式建築の設計の根幹をなす考え方ということになろ
うが、実際には幾何学の演習問題のように機械的に設計にすぐさま応用できる類のもの
ではなく、感覚の修練と才覚があってこそ操り得たものだと思う。

註2:その反省が所謂ポストモダンが勃興した70年代中盤以降に表れたと言えよう。例
えば、脱構築という従来とは違った思想を基盤に、古典建築のように建築を言語として
とらえ、修辞の方法の検討などから新たな詩的想像性の喚起の媒体に建築を向わせよう
と考える動きがあった。

大阪中央郵便局

設計:吉田 鉄郎..................場所:大阪市北区   .......................建築年代:1939(昭和14)年...............現存


外観と内部サッシュ付近(1992年撮影)

大阪中央郵便局も東京と同様の吉田鉄郎の作風が遺憾なく発揮された建築物である。
異なる点と言えば、柱,梁の架構をより明快に表現していることである。
とかくストイックな性格の強い吉田の建築にあって、架構性と薄く深い庇とのコンビネ
ーションによるこうした建物に対しては素直に格好良いと感じてしまう。

暗い色調のタイル外装は、独特の風格を醸し出していると感じていたが、当初は白色系
の予定であり戦時態勢に突き進むこの時期やむなく濃灰色としたことを後で知った。