ルネサンス風に端正にまとめられた建物と言われるが、私の見方では正面のデザインに森自身のオリジナリテ ィを感じさせる。妻側立面のニ連の半円アーチ窓は難波局や設計者不祥局のイメージに相通ずるものがある。 昭和2年に竣工したことから、この建物は森が逓信省を去る直前に設計したものであろう。 これに隣接して山田守による大阪中央電信局が建てられており、作風の違いが際立つ建物が隣り合っていた。 (2006年 記述更新) |
アーチ上方を飾るレリーフは、横浜中央電話局の図面に見られるものと類似している。 |
正面玄関は放物線状アーチで縁取られ、アーチの輪郭を埋めつくすように楕円同心円の 幾何学的パターンで埋め尽くされている。 数年前に岩元禄が設計した西陣電話局の正面においても、同様に放物線の輪郭が用いら れていたが、こちらは表現主義的な女性彫像のレリーフで占められており、時代の推移 を感じさせる。 また、内田式流水防火装置が建物撤去前までほぼ完全に残存していた局舎であった。 |
竣工直後の建物の全貌を示す写真。正面玄関に楕円状縁取りがあるのが分かる。 柱型とその間の2〜3連の縦長窓で構成された外観は、標準設計による。但しパラボ ラアーチ型のペントハウスや半円付け柱などが用いられない簡素な外観なのは、震 災を過ぎた時期の標準設計の考え方とみられる。 (2009年追記 写真共) |