分離派建築博物館--瀧澤眞弓 --

堀越建築事務所における担当作


宝来屋

設計:瀧澤眞弓 .............................................場所:東京都中央区..........................建築年代:1929(昭和4)年.........................................現存しない

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宝来屋模型(「建築新潮」(1928年11月号)から)(左),......... 竣工時の外観(「建築写真類聚」)(右)

第6回分離派展の「形の習作」が、第7回展において実施作として模型が提示された。
そこにはモダニズムの建築を造形美の側面に拘って追究する瀧澤の姿勢が読み取れる。
「宝来屋」は老舗の煮豆屋と聞く。
                              (2007年5月 記)

形の習作(第6回分離派展)(「建築新潮」(1927年3月号)から)


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1986年頃の建物(「ぼくの近代建築コレクション」流一氏の撮影による)

実作の少ない瀧澤眞弓であったが、唯一この宝来屋だけが近年まで現存していた。
1992年頃、私が現地を訪れた時は、既に建物は無く残念な思いをしたが、最近、ブロ
グ「ぼくの近代建築コレクション」の流一氏がカメラに納め発表されていたので、当サ
イトへの掲載もお願いし了承頂いた。上の2枚が1986〜87年頃の在りし日の建物の姿で
ある。
分離派時代の模型から建物の終焉直前までを通して眺めてみると、若き日の瀧澤の造形
意思が、約60年間に渡ってほぼそのまま維持されていたことに感慨を覚える。
改修の跡は、3階のサッシュや向かって右脇の入口などごく一部であったようだ。
                               (2008年1月 記)

高久洋服店

設計:瀧澤眞弓 .............................................場所:東京都千代田区............................建築年代:1930(昭和5)年.......................................現存しない


竣工時の外観(「建築世界」1930(昭和5)年1月号)

文献によっては大倉土木の設計ともあるが瀧澤の設計と信じてこの建築を見るならば、
表現主義的な情緒性とモダニズム建築の折り合いに腐心していた様子が目に浮かぶ。