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渋谷栄一校訂(C)

  

真木柱

光る源氏の太政大臣時代三十七歳冬十月から三十八歳十一月までの物語

 [主要登場人物]

 光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---太政大臣・大臣・六条殿・大殿・大臣の君・殿、三十七歳から三十八歳
 夕霧<ゆうぎり>
呼称---宰相中将、光る源氏の長男
 玉鬘<たまかづら>
呼称---尚侍の君・女君・君、内大臣の娘
 内大臣<ないだいじん>
呼称---内大臣・父大臣・二条の大臣・大臣
 柏木<かしわぎ>
呼称---頭中将
 紫の上<むらさきのうえ>
呼称---大殿の北の方・春の上
 弘徽殿女御<こきでんのにょうご>
呼称---女御
 冷泉帝<れいぜいてい>
呼称---帝・主上・内裏
 秋好中宮<あきこのむちゅうぐう>
呼称---中宮
 鬚黒大将<ひげくろだいしょう>
呼称---大将・大将殿・大将の君・父君・殿・男
 蛍兵部卿宮<ほたるひょうぶきょうのみや>
呼称---兵部卿宮・宮
 承香殿女御<しょうきょうでんのにょうご>
呼称---春宮の女御
 鬚黒の北の方<ひげくろのきたのかた>
呼称---もとの北の方・母君・女君
 真木柱<まきばしら>
呼称---姫君
 式部卿宮<しきぶきょうのみや>
呼称---父親王・父宮・宮、真木柱の母方の祖父
 式部卿宮の北の方<しきぶきょうのみやのきたのかた>
呼称---母北の方
 木工の君<もくのきみ>
呼称---木工の君
 中将の御許<ちゅうじょうのおもと>
呼称---中将の御許
 近江君<おうみのきみ>
呼称---君

第一章 玉鬘の物語 玉鬘、鬚黒大将と結婚

  1. 鬚黒、玉鬘を得る---「内裏に聞こし召さむこともかしこし
  2. 内大臣、源氏に感謝---父大臣は、「なかなかめやすかめり
  3. 玉鬘、宮仕えと結婚の新生活---霜月になりぬ。神事などしげく
  4. 源氏、玉鬘と和歌を詠み交す---殿も、いとほしう人びとも思ひ疑ひける筋を
第二章 鬚黒大将家の物語 北の方、乱心騒動
  1. 鬚黒の北の方の嘆き---内裏へ参りたまはむことを、やすからぬことに
  2. 鬚黒、北の方を慰める(一)---住まひなどの、あやしうしどけなく
  3. 鬚黒、北の方を慰める(二)---御召人だちて、仕うまつり馴れたる木工の君
  4. 鬚黒、玉鬘のもとへ出かけようとする---暮れぬれば、心も空に浮きたちて
  5. 北の方、鬚黒に香炉の灰を浴びせ掛ける---御火取り召して、いよいよ焚きしめさせ
  6. 鬚黒、玉鬘に手紙だけを贈る---夜一夜、打たれ引かれ、泣きまどひ
  7. 翌日、鬚黒、玉鬘を訪う---暮るれば、例の、急ぎ出でたまふ
第三章 鬚黒大将家の物語 北の方、子供たちを連れて実家に帰る
  1. 式部卿宮、北の方を迎えに来る---修法などし騒げど、御もののけこちたく
  2. 母君、子供たちを諭す---君達は、何心もなくてありきたまふを
  3. 姫君、柱の隙間に和歌を残す---日も暮れ、雪降りぬべき空のけしきも
  4. 式部卿宮家の悲憤慷慨---宮には待ち取り、いみじう思したり
  5. 鬚黒、式部卿宮家を訪問---宮に恨み聞こえむとて、参うでたまふままに
  6. 鬚黒、男子二人を連れ帰る---小君達をば車に乗せて、語らひおはす
第四章 玉鬘の物語 宮中出仕から鬚黒邸へ
  1. 玉鬘、新年になって参内---かかることどもの騷ぎに、尚侍の君の御けしき
  2. 男踏歌、貴顕の邸を回る---踏歌は、方々に里人参り、さまことに
  3. 玉鬘の宮中生活---宿直所にゐたまひて、日一日、聞こえ暮らし
  4. 帝、玉鬘のもとを訪う---月の明きに、御容貌はいふよしなくきよらにて
  5. 玉鬘、帝と和歌を詠み交す---大将は、かく渡らせたまへるを聞きたまひて
  6. 玉鬘、鬚黒邸に退出---やがて今宵、かの殿にと思しまうけたるを
  7. 二月、源氏、玉鬘へ手紙を贈る---二月にもなりぬ。大殿は
  8. 源氏、玉鬘の返書を読む---引き広げて、玉水のこぼるるやうに思さるるを
  9. 三月、源氏、玉鬘を思う---三月になりて、六条殿の御前の、藤、山吹の
第五章 鬚黒大将家と内大臣家の物語 玉鬘と近江の君
  1. 北の方、病状進む---かの、もとの北の方は、月日隔たるままに
  2. 十一月に玉鬘、男子を出産---その年の十一月に、いとをかしき稚児を
  3. 近江の君、活発に振る舞う---まことや、かの内の大殿の御女の、尚侍のぞみし君も

【出典】
【校訂】

 

第一章 玉鬘の物語 玉鬘、鬚黒大将と結婚

 [第一段 鬚黒、玉鬘を得る]

 「内裏に聞こし召さむこともかしこし。しばし人にあまねく漏らさじ」と諌めきこえたまへど、さしもえつつみあへたまはず。ほど経れど、いささかうちとけたる御けしきもなく、「思はずに憂き宿世なりけり」と、思ひ入りたまへるさまのたゆみなきを、「いみじうつらし」と思へど、おぼろけならぬ契りのほど、あはれにうれしく思ふ

 見るままにめでたく、思ふさまなる御容貌、ありさまを、「よそのものに見果ててやみなましよ」と思ふだに胸つぶれて、石山の仏をも、弁の御許をも、並べて頂かまほしう思へど、女君の、深くものしと疎みにければ、え交じらはで籠もりゐにけり。

 げに、そこら心苦しげなることどもを、とりどりに見しかど、心浅き人のためにぞ、寺の験も現はれける。

 大臣も、「心ゆかず口惜し」と思せど、いふかひなきことにて、「誰れも誰れもかく許しそめたまへることなれば、引き返し許さぬけしきを見せむも、人のためいとほしう、あいなし」と思して、儀式いと二なくもてかしづきたまふ。

 いつしかと、わが殿に渡いたてまつらむことを思ひいそぎたまへど、軽々しくふとうちとけ渡りたまはむに、かしこに待ち取りて、よくも思ふまじき人のものしたまふなるが、いとほしさにことづけたまひて、

 「なほ、心のどかに、なだらかなるさまにて、音なく、いづ方にも、人のそしり恨みなかるべくをもてなしたまへ」

 とぞ聞こえたまふ。

 [第二段 内大臣、源氏に感謝]

 父大臣は、

 「なかなかめやすかめり。ことにこまかなる後見なき人の、なまほの好いたる宮仕へに出で立ちて、苦しげにやあらむとぞ、うしろめたかりし。心ざしはありながら、女御かくてものしたまふをおきて、いかがもてなさまし」

 など、忍びてのたまひけり。げに、帝と聞こゆとも、人に思し落とし、はかなきほどに見えたてまつりたまひて、ものものしくももてなしたまはずは、あはつけきやうにもあべかりけり。

 三日夜の御消息ども、聞こえ交はしたまひけるけしきを伝へ聞きたまひてなむ、この大臣の君の御心を、「あはれにかたじけなく、ありがたし」とは思ひきこえたまひける。

 かう忍びたまふ御仲らひのことなれど、おのづから、人のをかしきことに語り伝へつつ、次々に聞き洩らしつつ、ありがたき世語りにぞささめきける。内裏にも聞こし召してけり。

 「口惜しう、宿世異なりける人なれど、さ思しし本意もあるを。宮仕へなど、かけかけしき筋ならばこそは、思ひ絶えまはめ」

 などのたまはせけり。

 [第三段 玉鬘、宮仕えと結婚の新生活]

 霜月になりぬ。神事などしげく、内侍所にもこと多かるころにて、女官ども、内侍ども参りつつ、今めかしう人騒がしきに、大将殿、昼もいと隠ろへたるさまにもてなして、籠もりおはするを、いと心づきなく、尚侍の君は思したり。

 宮などは、まいていみじう口惜しと思す。兵衛督は、妹の北の方の御ことをさへ、人笑へに思ひ嘆きて、とり重ねもの思ほしけれど、「をこがましう、恨み寄りても、今はかひなし」と思ひ返す。

 大将は、名に立てるまめ人の、年ごろいささか乱れたるふるまひなくて過ぐしたまへる、名残なく心ゆきて、あらざりしさまに好ましう、宵暁のうち忍びたまへる出で入りも、艶にしなしたまへるを、をかしと人びと見たてまつる。

 女は、わららかににぎははしくもてなしたまふ本性も、もて隠して、いといたう思ひ結ぼほれ、心もてあらぬまはしるきことなれど、「大臣の思すらむこと、宮の御心ざまの、心深う、情け情けしうおはせし」などを思ひ出でたまふに、「恥づかしう、口惜しう」のみ思ほすに、もの心づきなき御けしき絶えず。

 [第四段 源氏、玉鬘と和歌を詠み交す]

 殿も、いとほしう人びとも思ひ疑ひける筋を、心きよくあらはしたまひて、「わが心ながら、うちつけにねぢけたることは好まずかし」と、昔よりのことも思し出でて、紫の上にも、

 「思し疑ひたりしよ」

 など聞こえたまふ。「今さらに人の心癖もこそ」と思しながら、ものの苦しう思されし時、「さてもや」と、思し寄りたまひしことなれば、なほ思しも絶えず。

 大将のおはせぬ昼つ方渡りたまへり。女君、あやしう悩ましげにのみもてないたまひて、すくよかなる折もなくしをれたまへるを、かくて渡りたまへれば、すこし起き上がりたまひて、御几帳にはた隠れておはす。

 殿も、用意ことに、すこしけけしきさまにもてないたまひて、おほかたのことどもど聞こえたまふ。すくよかなる世の常の人にならひては、まして言ふ方なき御けはひありさまを見知りたまふにも、思ひのほかなる身の、置きどころなく恥づかしきにも、涙ぞこぼれける。

 やうやう、こまやかなる御物語になりて、近き御脇息に寄りかかりて、すこしのぞきつつ、聞こえたまふ。いとかしげに面痩せたまへるまの、見まほしう、らうたいことの添ひたまへるにつけても、「よそに見放つも、あまりなる心のすさびぞかし」と口惜し。

 「おりたちて汲みは見ねども渡り川
  人の瀬とはた契らざりしを
 思ひのほかなりや

 とて、鼻うちかみたまふけはひ、なつかしうあはれなり。
 女は顔を隠して、

 「みつせ川渡らぬさきにいかでなほ
  涙の澪の泡と消えなむ」

 「心幼なの御消えどころや。さても、かの瀬は避き道なかなるを、御手の先ばかりは、引き助けきこえてむや」と、ほほ笑みたまひて、

 「まめやかには、思し知ることもあらむかし。世になき痴れ痴れしさも、またうしろやすさも、この世にたぐひなきほどを、さりともとなむ、頼もしき」

 と聞こえたまふを、いとわりなう、聞き苦しと思いたれば、いとほしうて、のたまひ紛らはしつつ、

 「内裏にのたまはすることなむいとほしきを、なほ、あからさまに参らせたてまつらむ。おのがものと領じ果てては、さやうの御交じらひもかたげなめる世なめり。思ひそめきこえし心は違ふさまなめれど、二条の大臣は、心ゆきたまふなれば、心やすくなむ」

 など、こまかに聞こえたまふ。あはれにも恥づかしくも聞きたまふこと多かれど、ただ涙にまつはれておはす。いとかう思したるさまの心苦しければ、思すさまにも乱れたまはず、ただ、あるべきやう、御心づかひを教へきこえたまふ。かしこに渡りたまはむことを、とみにも許しきこえたまふまじき御けしきなり。

 

第二章 鬚黒大将家の物語 北の方、乱心騒動

 [第一段 鬚黒の北の方の嘆き]

 内裏へ参りたまはむことを、やすからぬことに大将思せど、そのついでにや、まかでさせたてまつらむの御心つきたまひて、ただあからさまのほどを許しきこえたまふ。かく忍び隠ろへたまふ御ふるまひも、ならひたまはぬ心地に苦しければ、わが殿のうち修理ししつらひて、年ごろは荒らし埋もれ、うち捨てたまへりつる御しつらひ、よろづの儀式を改めいそぎたまふ。

 北の方の思し嘆くらむ御心も知りたまはず、かなしうしたまひし君達をも、目にもとめたまはず、なよびかに情け情けしき心うちまじりたる人こそ、とざまかうざまにつけても、人のため恥がましからむことをば、推し量り思ふところもありけれ、ひたおもむきにすくみたまへる御心にて、人の御心動きぬべきこと多かり。

 女君、人に劣りたまふべきことなし。人の御本性も、さるやむごとなき父親王の、いみじうかしづきたてまつりたまへるおぼえ、世に軽からず、御容貌なども、いとようおはしけるを、あやしう、執念き御もののけにわづらひたまひて、この年ごろ、人にも似たまはず、うつし心なき折々多くものしたまひて、御仲もあくがれてほど経にけれど、やむごとなきものとは、また並ぶ人なく思ひきこえたまへるを、めづらしう御心移る方の、なのめにだにあらず、人にすぐれたまへる御ありさまよりも、かの疑ひおきて、皆人の推し量りしことさへ、心きよくて過ぐいまひけるなどを、ありがたうあはれと、思ひましきこえたまふも、ことわりになむ。

 式部卿宮聞こし召して、

 「今は、しか今めかしき人を渡して、もてかしづかむ片隅に、人悪ろくて添ひものしたまはむも、人聞きやさしかるべしおのがあらむこなたは、いと人笑へなるさまに従ひなびかでも、ものしたまひなむ」

 とのたまひて、宮の東の対を払ひしつらひて、「渡したてまつらむ」と思しのたまふを、「親の御あたりといひながら、今は限りの身にて、たち返り見えたてまつらむこと」と、思ひ乱れたまふに、いとど御心地もあやまりて、うちはへ臥しわづらひたまふ。

 本性は、いと静かに心よく、子めきたまへる人の、時々、心あやまりして、人に疎まれぬべきことなむ、うち混じりたまひける。

 [第二段 鬚黒、北の方を慰める(一)]

 住まひなどの、あやしうしどけなく、もののきよらもなくやつして、いと埋れいたくもてなしたまへるを、玉を磨ける目移しに、心もとまらねど、年ごろの心ざしひき替ふるものならねば、心には、いとあはれと思ひきこえたまふ。

 「昨日今日の、いと浅はかなる人の御仲らひだに、よろしき際になれば、皆思ひのどむる方ありてこそ見果つなれ。いと身も苦しげにもてなしたまひつれば聞こゆべきこともうち出で聞こえにくくなむ。

 年ごろ契りきこゆることにはあらずや。世の人にも似ぬ御ありさまを、見たてまつり果てむとこそは、ここら思ひしづめつつ過ぐし来るに、えさしもあり果つまじき御心おきてに、思し疎むな。

 幼き人びともはべれば、とざまかうざまにつけて、おろかにはあらじと聞こえわたるを、女の御心の乱りがはしきままに、かく恨みわたりたまふ。ひとわたり見果てたまはぬほど、さもありぬべきことなれど、まかせてこそ、今しばし御覧じ果てめ。

 宮の聞こし召し疎みて、さはやかにふと渡したてまつりてむと思しのたまふなむ、かへりていと軽々しき。まことに思しおきつることにやあらむ、しばし勘事したまふべきにやあらむ」

 と、うち笑ひてのたまへる、いとねたげに心やまし。

 [第三段 鬚黒、北の方を慰める(二)]

 御召人だちて、仕うまつり馴れたる木工の君、中将の御許などいふ人びとだに、ほどにつけつつ、「やすからずつらし」と思ひきこえたるを、北の方は、うつし心ものしたまふほどにて、いとなつかしううち泣きてゐたまへり。

 「みづからをほけたり、ひがひがし、とのたまひ、恥ぢしむるは、ことわりなることになむ。宮の御ことをさへ取り混ぜのたまふぞ、漏り聞きたまはむはいとほしう、憂き身のゆかり軽々しきやうなる。耳馴れにてはべれば、今はじめていかにもものを思ひはべらず」

 とて、うち背きたまへる、らうたげなり。

 いとささやかなる人の、常の御悩みに痩せ衰へ、ひはづにて、髪いとけうらにて長かりけるが、わけたるやうに落ち細りて、削ることもをさをさしたまはず、涙にまつはれたるは、いとあはれなり。

 こまかに匂へるところはなくて、父宮に似たてまつりて、なまめいたる容貌たまへるを、もてやつしたまへれば、いづこのはなやかなるけはひかはあらむ。

 「宮の御ことを、軽くはいかが聞こゆる。恐ろしう、人聞きかたはになのたまひなしそ」とこしらへて、

 「かの通ひはべる所の、いとまばゆき玉の台に、うひうひしう、きすくなるさまにて出で入るほども、かたがたに人目たつらむと、かたはらいたければ、心やすく移ろはしてむと思ひはべるなり。

 太政大臣の、さる世にたぐひなき御おぼえをば、さらにも聞こえず、心恥づかしう、いたり深うおはすめる御あたりに、憎げなること漏り聞こえば、いとなむいとほしう、かたじけなかるべき。

 なだらかにて、御仲よくて、語らひてものしたまへ。宮に渡りたまへりとも、忘るることははべらじ。とてもかうても、今さらに心ざしの隔たることはあるまじけれど、世の聞こえ人笑へに、まろがためにも軽々しうなむはべるべきを、年ごろの契り違へず、かたみに後見むと、思せ」

 と、こしらへ聞こえたまへば、

 「人の御つらさは、ともかくも知りきこえず。世の人にも似ぬ身の憂きをなむ、宮にも思し嘆きて、今さらに人笑へなることと、御心を乱りたまふなれば、いとほしう、いかでか見えたてまつらむ、となむ。

 大殿の北の方と聞こゆるも、異人にやはものしたまふ。かれは、知らぬさまにて生ひ出でたまへる人の、末の世に、かく人の親だちもてないたまふつらさをなむ、思ほしのたまふなれど、ここにはともかくも思はずや。もてないたまはむさまを見るばかり」

 とのたまへば、

 「いとようのたまふを、例の御心違ひにや、苦しきことも出で来む。大殿の北の方の知りたまふことにもはべらず。いつき女のやうにてものしたまへば、かく思ひ落とされたる人の上まではりたまひなむや。人の御親げなくこそものしたまふべかめれ。かかることの聞こえあらば、いとど苦しかるべきこと」

 など、日一日入りゐて、語らひ申したまふ。

 [第四段 鬚黒、玉鬘のもとへ出かけようとする]

 暮れぬれば、心も空に浮きたちて、いかで出でなむと思ほすに、雪かきたれて降る。かかる空にふり出でむも、人目いとほしう、この御けしきも、憎げにふすべ恨みなどしたまはば、なかなかことつけて、われも迎ひ火つくりてあるべきを、いとおいらかに、つれなうもてなしたまへるさまの、いと心苦しければ、いかにせむ、と思ひ乱れつつ、格子などもさながら、端近ううち眺めてゐたまへり。

 北の方けしきを見て、

 「あやにくなめる雪を、いかで分けたまはむとすらむ。夜も更けぬめりや」

 とそそのかしたまふ。「今は限り、とどむとも」と思ひめぐらしたまへるけしき、いとあはれなり。

 「かかるには、いかでか」

 とのたまふものから、

 「なほ、このころばかり。心のほどを知らで、とかく人の言ひなし、大臣たちも、左右に聞き思さむことを憚りてなむ、とだえあらむはいとほしき。思ひしづめて、なほ見果てたまへ。ここになど渡しては、心やすくはべりなむ。かく世の常なる御けしき見えたまふ時は、ほかざまに分くる心も失せてなむ、あはれに思ひきこゆる」

 など、語らひたまへば、

 「立ちとまりたまひても、御心のほかならむは、なかなか苦しうこそあるべけれ。よそにても、思ひだにおこせたまはば、袖の氷も解けなむし」

 など、なごやかに言ひゐたまへり。

 [第五段 北の方、鬚黒に香炉の灰を浴びせ掛ける]

 御火取り召して、いよいよ焚きしめさせたてまつりたまふ。みづからは、萎えたる御衣ども、うちとけたる御姿、いとど細う、か弱げなり。しめりておはする、いと心苦し。御目のいたう泣き腫れたるぞ、すこしものしけれど、いとあはれと見る時は、罪なう思して、

 「いかで過ぐしつる年月ぞ」と、「名残なう移ろふ心のいと軽きぞや」とは思ふ思ふ、なほ心懸想は進みて、そら嘆きをうちしつつ、なほ装束したまひて、小さき火取り取り寄せて、袖に引き入れてしめゐまへり。

 なつかしきほどに萎えたる御装束に、容貌も、かの並びなき御光にこそ圧さるれ、いとあざやかに男々しきさまして、ただ人と見えず、心恥づかしげなり。

 侍に、人びと声して、

 「雪すこし隙あり。夜は更けぬらむかし」

 など、さすがにまほにはあらで、そそのかしきこえて、声づくりあへり。

 中将、木工など、「あはれの世や」などうち嘆きつつ、語らひて臥したるに、正身は、いみじう思ひしづめて、らうたげに寄り臥したまへり、と見るほどに、にはかに起き上がりて、大きなる籠の下なりつる火取りを取り寄せて、殿の後ろに寄りて、さと沃かけたまふほど、人のややみあふるほどもなう、あさましきに、あきれてものしたまふ。

 さるこまかなる灰の、目鼻にも入りて、おぼほれてものもおぼえず。払ひ捨てたまへど、立ち満ちたれば、御衣ども脱ぎたまひつ。

 うつし心にてかくしたまふぞと思はば、またかへりみすべくもあらずあさましけれど、
 「例の御もののけの、人に疎ませむとするわざ」
 と、御前なる人びとも、いとほしう見たてまつる。

 立ち騷ぎて、御衣どもたてまつり替へなどすれど、そこらの灰の、鬢のわたりにも立ちのぼり、よろづの所に満ちたる心地すれば、きよらを尽くしたまふわたりに、さながら参うでたまふべきにもあらず。

 「心違ひとはいひながら、なほめづらしう、見知らぬ人の御ありさまなりや」と爪弾きせられ、疎ましうなりて、あはれと思ひつる心も残らねど、「このころ、荒立てては、いみじきこと出で来なむ」と思ししづめて、夜中になりぬれど、僧など召して、加持参り騒ぐ。呼ばひののしりたまふ声など、思ひ疎みたまはむにことわりなり。

 [第六段 鬚黒、玉鬘に手紙だけを贈る]

 夜一夜、打たれ引かれ、泣きまどひ明かしたまひて、すこしうち休みたまへるほどに、かしこへ御文たてまつれたまふ。

 「昨夜、にはかに消え入る人のはべしにより、雪のけしきもふり出でがたく、やすらひはべしに、身さへ冷えてなむ。御心をばさるものにて、人いかに取りなしはべりけむ」

 と、きすくに書きたまへり。

 「心さへ空に乱れし雪もよに
  ひとり冴えつる片敷の袖
 堪へがたくこそ」

 と、白き薄様に、つつやかに書いたまへれどことにをかしきところもなし。手はいときよげなり。才かしこくなどぞものしたまひける。

 尚侍の君、夜がれを何とも思されぬに、かく心ときめきしたまへるを、見も入れたまはねば、御返りなし。男、胸つぶれて、思ひ暮らしたまふ。

 北の方は、なほいと苦しげにしたまへば、御修法など始めさせたまふ。心のうちにも、「このころばかりだに、ことなく、うつし心にあらせたまへ」と念じたまふ。「まことの心ばへのあはれなるを見ず知らずは、かうまで思ひ過ぐすべくもなきけ疎さかな」と、思ひゐたまへり。

 [第七段 翌日、鬚黒、玉鬘を訪う]

 暮るれば、例の、急ぎ出でたまふ。御装束のことなども、めやすくしなしたまはず、世にあやしう、うちあはぬさまにのみむつかりたまふを、あざやかなる御直衣なども、え取りあへたまはで、いと見苦し。

 昨夜のは、焼けとほりて、疎ましげに焦れたるにほひなども、ことやうなり。御衣どもに移り香もしみたり。ふすべられけるほどあらはに、人も倦じたまひぬべければ、脱ぎ替へて、御湯殿など、いたうつくろひたまふ。
 木工の君、御薫物しつつ、

 「ひとりゐて焦がるる胸の苦しきに
  思ひあまれる炎とぞ見し

 名残なき御もてなしは、見たてまつる人だに、ただにやは」

 と、口おほひてゐたる、まみ、いといたし。されど、「いかなる心にて、かやうの人にものを言ひけむ」などのみぞおぼえたまひける。情けなきことよ。

 「憂きことを思ひ騒げばさまざまに
  くゆる煙ぞいとど立ちそふ

 いとことのほかなることどもの、もし聞こえあらば、中間になりぬべき身なめり」

 と、うち嘆きて出でたまひぬ。

 一夜ばかりの隔てだに、まためづらしう、をかしさまさりておぼえたまふありさまに、いとど心を分くべくもあらずおぼえて、心憂ければ、久しう籠もりゐたまへり。

 

第三章 鬚黒大将家の物語 北の方、子供たちを連れて実家に帰る

 [第一段 式部卿宮、北の方を迎えに来る]

 修法などし騒げど、御もののけこちたくおこりてののしるを聞きたまへば、「あるまじき疵もつき、恥ぢがましきこと、かならずありなむ」と、恐ろしうて寄りつきたまはず。

 殿に渡りたまふ時も、異方に離れゐたまひて、君達ばかりをぞ呼び放ちて見たてまつりたまふ。女一所、十二、三ばかりにて、また次々、男二人なむおはしける。近き年ごろとなりては、御仲も隔たりがちにてならはしたまへれど、やむごとなう、立ち並ぶ方なくてならひたまへれば、「今は限り」と見たまふに、さぶらふ人びとも、「いみじう悲し」と思ふ。

 父宮、聞きたまひて、

 「今は、しかかけ離れて、もて出でたまふらむに、さて、心強くものしたまふ、いと面なう人笑へなることなり。おのがあらむ世の限りは、ひたぶるにしも、などか従ひくづほれたまはむ」

 と聞こえたまひて、にはかに御迎へあり。

 北の方、御心地すこし例になりて、世の中をあさましう思ひ嘆きたまふに、かくと聞こえたまへれば、
 「しひて立ちとまりて、人の絶え果てむさまを見果てて、思ひとぢめむも、今すこし人笑へにこそあらめ」
 など思し立つ。

 御兄弟の君達、兵衛督は、上達部におはすれば、ことことしとて、中将、侍従、民部大輔など、御車三つばかりしておはしたり。「さこそはあべかめれ」とかねて思ひつることなれど、さしあたりて今日を限りと思へば、さぶらふ人びとも、ほろほろと泣きあへり。

 「年ごろならひたまはぬ旅住みに、狭くはしたなくては、いかでかあまたはさぶらはむ。かたへは、おのおの里にまかでて、しづまらせたまひなむに」

 など定めて、人びとおのがじし、はかなきものどもなど、里に払ひやりつつ、乱れ散るべし。御調度どもは、さるべきは皆したため置きなどするままに、上下泣き騒ぎたるは、いとゆゆしく見ゆ。

 [第二段 母君、子供たちを諭す]

 君たちは、何心もなくてありきたまふを、母君、皆呼び据ゑたまひて、

 「みづからは、かく心憂き宿世、今は見果てつれば、この世に跡とむべきにもあらず、ともかくもさすらへなむ。生ひ先遠うて、さすがに、散りぼひたまはむありさまどもの、悲しうもあべいかな。

 姫君は、となるともかうなるとも、おのれに添ひたまへ。なかなか、男君たちは、えさらず参うで通ひ見えたてまつらむに、人の心とどめたまふべくもあらず、はしたなうてこそただよはめ。

 宮のおはせむほど、形のやうに交じらひをすとも、かの大臣たちの御心にかかれる世にて、かく心おくべきわたりぞと、さすがに知られて、人にもなり立たむこと難し。さりとて、山林に引き続きまじらむこと、後の世までいみじきこと」

 と泣きたまふに、皆、深き心は思ひ分かねど、うちひそみて泣きおはさうず。

 「昔物語などを見るにも、世の常の心ざし深き親だに、時に移ろひ、人に従へば、おろかにのみこそなりけれ。まして、形のやうにて、見る前にだに名残なき心は、かかりどころありてももてないたまはじ」
 と、御乳母どもさし集ひて、のたまひ嘆く。

 [第三段 姫君、柱の隙間に和歌を残す]

 日も暮れ、雪降りぬべき空のけしきも、心細う見ゆる夕べなり。

 「いたう荒れはべりなむ。早う」

 と、御迎への君達そそのかしきこえて、御目おし拭ひつつ眺めおはす。姫君は、殿いとかなしうしたてまつりたまふならひに、
 「見たてまつらではいかでかあらむ。『今』なども聞こえで、また会ひ見ぬやうもこそあれ」
 と思ほすに、うつぶし伏して、「え渡るまじ」と思ほしたるを、

 「かく思したるなむ、いと心憂き」

 など、こしらへきこえたまふ。「ただ今も渡りたまはなむ」と、待ちきこえたまへど、かく暮れなむに、まさに動きたまひなむや。

 常に寄りゐたまふ東面の柱を、人に譲る心地したまふもあはれにて、姫君、桧皮色紙の重ね、ただいささかに書きて、柱の干割れたるはさまに、笄の先して押し入れたまふ。

 「今はとて宿かれぬとも馴れ来つる
  真木の柱はわれを忘るな」

 えも書きやらで泣きたまふ。母君、「いでや」とて、

 「馴れきとは思ひ出づとも何により
  立ちとまるべき真木の柱ぞ」

 御前なる人びとも、さまざまに悲しく、「さしも思はぬ木草のもとさへ恋しからむこと」と、目とどめて、鼻すすりあへり。

 木工の君は、殿の御方の人にてとどまるに、中将の御許、

 「浅けれど石間の水は澄み果てて
  宿もる君やかけ離るべき

 思ひかけざりしことなり。かくて別れたてまつらむことよ」

 と言へば、木工、

 「ともかくも岩間の水の結ぼほれ
  かけとむべくも思ほえぬ世を
 いでや」

 とてうち泣く。

 御車引き出でて返り見るも、「またはいかでかは見む」と、はかなき心地す。梢をも目とどめ、隠るるまでぞ返り見たまひける。君が住むゆゑにはあらで、ここら年経たまへる御住みかの、いかでか偲びどころなくはあらむ。

 [第四段 式部卿宮家の悲憤慷慨]

 宮には待ち取り、いみじう思したり。母北の方、泣き騷ぎたまひて、

 「太政大臣を、めでたきよすがと思ひきこえたまへれどいかばかりの昔の仇敵にかおはしけむとこそ思ほゆれ。

 女御をも、ことに触れ、はしたなくもてなしたまひしかど、それは、御仲の恨み解けざりしほど、思ひ知れとにこそはありけめと思しのたまひ、世の人も言ひなししだに、なほ、さやはあるべき。

 人一人を思ひかしづきたまはむゆゑは、ほとりまでもにほふ例こそあれと、心得ざりしを、まして、かく末に、すずろなる継子かしづきをして、おのれ古したまへるいとほしみに、実法なる人のゆるぎころあるまじきをとて、取り寄せもてかしづきたまふは、いかがつらからぬ」

 と、言ひ続けののしりたまへば、宮は、

 「あな、聞きにくや。世に難つけられたまはぬ大臣を、口にまかせてなおとしめたまひそ。かしこき人は、思ひおき、かかる報いもがなと、思ふことこそはものせられけめ。さ思はるるわが身の不幸なるにこそはあらめ。

 つれなうて、皆かの沈みたまひし世の報いは、浮かべ沈め、いとかしこくこそは思ひわたいたまふめれ。おのれ一人をば、さるべきゆかりと思ひてこそは、一年も、さる世の響きに、家よりあまることどももありしか。それをこの生の面目にてやみぬべきなめり」

 とのたまふに、いよいよ腹立ちて、まがまがしきことなどを言ひ散らしたまふ。この大北の方ぞ、さがな者なりける。

 大将の君、かく渡りたまひにけるを聞きて、
 「いとあやしう、若々しき仲らひのやうに、ふすべ顔にてものしたまひけるかな。正身は、しかひききりに際々しき心もなきものを、宮のかく軽々しうおはする」
 と思ひて、君達もあり、人目もいとほしきに、思ひ乱れて、尚侍の君に、

 「かくあやしきことなむはべる。なかなか心やすくは思ひたまへなせど、さて片隅に隠ろへてもありぬべき人の心やすさを、おだしう思ひたまへつるに、にはかにかの宮ものしたまふならむ。人の聞き見ることも情けなきを、うちほのめきて、参り来なむ」

 とて出でたまふ。

 よき上の御衣、柳の下襲、青鈍の綺の指貫着たまひて、引きつくろひたまへる、いとものものし。「などかは似げなからむ」と、人びとは見たてまつるを、尚侍の君は、かかることどもを聞きたまふにつけても、身の心づきなう思し知らるれば、見もやりたまはず。

 [第五段 鬚黒、式部卿宮家を訪問]

 宮に恨み聞こえむとて、参うでたまふままに、まづ、殿におはしたれば、木工の君など出で来て、ありしさま語りきこゆ。姫君の御ありさま聞きたまひて、男々しく念じたまへど、ほろほろとこぼるる御けしき、いとあはれなり。

 「さても、世の人にも似ず、あやしきことどもを見過ぐすここらの年ごろの心ざしを、見知りたまはずありけるかな。いと思ひのままならむ人は、今までも立ちとまるべくやはある。よし、かの正身は、とてもかくても、いたづら人と見えたまへば、同じことなり。幼き人びとも、いかやうにもてなしたまはむとすらむ」

 と、うち嘆きつつ、かの真木柱を見たまふに、手も幼けれど、心ばへのあはれに恋しきままに、道すがら涙おしのごひつつ参うでたまへれば対面したまふべくもあらず。

 「何か。ただ時に移る心の、今はじめて変はりたまふにもあらず。年ごろ思ひうかれたまふさま、聞きわたりても久しくなりぬるを、いづくをまた思ひ直るべき折とか待たむ。いとどひがひがしきさまにのみこそ見え果てたまはめ」

 と諌め申したまふ、ことわりなり。

 「いと、若々しき心地もしはべるかな。思ほし捨つまじき人びともはべればと、のどかに思ひはべりける心のおこたりを、かへすがへす聞こえてもやるかたなし。今はただ、なだらかに御覧じ許して、罪さりどころなう、世人にもことわらせてこそかやうにももてないたまはめ」

 など、聞こえわづらひておはす。「姫君をだに見たてまつらむ」と聞こえたまへれど出だしたてまつるべくもあらず。

 男君たち、十なるは、殿上したまふ。いとうつくし。人にほめられて、容貌などようはあらねど、いとらうらうじう、ものの心やうやう知りたまへり。
 次の君は、八つばかりにて、いとらうたげに、姫君にもおぼえたれば、かき撫でつつ、

 「あこをこそは、恋しき御形見にも見るべかめれ」

 など、うち泣きて語らひたまふ。宮にも、御けしき賜はらせたまへど、

 「風邪おこりて、ためらひはべるほどにて」

 とあれば、はしたなくて出でたまひぬ。

 [第六段 鬚黒、男子二人を連れ帰る]

 小君達をば車に乗せて、語らひおはす。六条殿には、え率ておはせねば、殿にとどめて、

 「なほ、ここにあれ。来て見むにもやすかるべく」

 とのたまふ。うち眺めて、いと心細げに見送りたるさまども、いとあはれなるに、もの思ひ加はりぬる心地すれど、女君の御さまの、見るかひありてめでたきに、ひがひがしき御さまを思ひ比ぶるにも、こよなくて、よろづを慰めたまふ。

 うち絶えて訪れもせず、はしたなかりしにことづけ顔なるを、宮には、いみじうめざましがり嘆きたまふ。

 春の上も聞きたまひて、

 「ここにさへ、恨みらるるゆゑになるが苦しきこと」

 と嘆きたまふを、大臣の君、いとほしと思して、

 「難きことなり。おのが心ひとつにもあらぬ人のゆかりに、内裏にも心おきたるさまに思したなり。兵部卿宮なども、怨じたまふと聞きしを、さいへど、思ひやり深うおはする人にて、聞きあきらめ、恨み解けたまひにたなり。おのづから人の仲らひは、忍ぶることと思へど、隠れなきものなれば、しか思ふべき罪もなし、となむ思ひはべる」

 とのたまふ。

 

第四章 玉鬘の物語 宮中出仕から鬚黒邸へ

 [第一段 玉鬘、新年になって参内]

 かかることどもの騷ぎに、尚侍の君の御けしき、いよいよ晴れ間なきを、大将は、いとほしと思ひあつかひきこえて、

 「この参りたまはむとりしことも、絶え切れて、妨げきこえつるを、内裏にも、なめく心あるさまにこしめし、人びとも思すところあらむ。公人を頼みたる人はなくやはある」

 と思ひ返して、年返りて、参らせたてまつりたまふ。男踏歌ありければ、やがてそのほどに、儀式いといまめかしく、二なくて参りたまふ。

 かたがたの大臣たち、この大将の御勢ひさへさしあひ、宰相中将、ねむごろに心しらひきこえたまふ。兄弟の君達も、かかる折にと集ひ、追従し寄りて、かしづきたまふさま、いとめでたし。

 承香殿の東面に御局したり。西に宮の女御はおはしければ、馬道ばかりの隔てなるに、御心のうちは、遥かに隔たりけむかし。御方々、いづれとなく挑み交はしたまひて、内裏わたり、心にくくをかしきころほひなり。ことに乱りがはしき更衣たち、あまたもさぶらひたまはず。

 中宮、弘徽殿女御、この宮の女御、左の大殿の女御などさぶらひたまふ。さては、中納言、宰相の御女二人ばかりぞさぶらひたまひける。

 [第二段 男踏歌、貴顕の邸を回る]

 踏歌は、方々に里人参り、さまことに、けににぎははしき物なれば、誰も誰もきよらを尽くし、袖口の重なり、こちたくめでたくととのへたまふ。春宮の女御も、いとはなやかにもてなしたまひて、宮は、まだ若くおはしませど、すべていと今めかし。

 御前、中宮の御方、朱雀院とに参りて、夜いたう更けにければ、六条の院には、このたびは所狭しはぶきたまふ。朱雀院より帰り参りて、春宮の御方々めぐるほどに、夜明けぬ。

 ほのぼのとをかしき朝ぼらけに、いたく酔ひ乱れたるさまして、「竹河」謡ひけるどを見れば、内の大殿の君達は、四、五人ばかり、殿上人のなかに、声すぐれ、容貌きよげにて、うち続きたまへる、いとめでたし。

 童なる八郎君は、むかひ腹にて、いみじうかしづきたまふが、いとうつくしうて、大将殿の太郎君と立ち並みたるを、尚侍の君も、よそ人と見たまはねば、御目とまりけり。やむごとなくまじらひ馴れたまへる御方々よりも、この御局の袖口、おほかたのけはひ今めかしう、同じものの色あひ、襲なりなれど、ものよりことにはなやかなり。

 正身も女房たちも、かやうに御心やりて、しばしは過ぐいたまはまし、と思ひあへり。

 皆同じごと、かづけわたす綿のさまも、匂ひ香ことにらうらうじうしないたまひて、こなたは水駅なりけれど、けはひにぎははしく、人びと心懸想しそして、限りある御饗などのことどもも、したるさま、ことに用意ありてなむ、大将殿せさせたまへりける。

 [第三段 玉鬘の宮中生活]

 宿直所にゐたまひて、日一日、聞こえ暮らしたまふことは、

 「夜さり、まかでさせたてまつりてむ。かかるついでにと、思し移るらむ御宮仕へなむ、やすからぬ」

 とのみ、同じことを責めきこえたまへど、御返りなし。さぶらふ人びとぞ、

 「大臣の、『心あわたたしきほどならで、まれまれの御参りなれば、御心ゆかせたまふばかり。許されありてを、まかでさせたまへ』と、聞こえさせたまひしかば、今宵は、あまりすがすがしうや」

 と聞こえたるを、いとつらしと思ひて、

 「さばかり聞こえしものを、さも心にかなはぬ世かな」

 とうち嘆きてゐたまへり。

 兵部卿宮、御前の御遊びにさぶらひたまひて、静心なく、この御局のあたり思ひやられたまへば、念じあまりて聞こえたまへり。大将は、司の御曹司にぞおはしける。「これより」とて取り入れたれば、しぶしぶに見たまふ。

 「深山木に羽うち交はしゐる鳥の
  またなくねたき春にもあるかな
 さへづる声もとどめられてなむ」

 とあり。いとほしう、面赤みて、聞こえむかたなく思ひゐたまへるに、主上渡らせたまふ。

 [第四段 帝、玉鬘のもとを訪う]

 月の明かきに、御容貌はいふよしなくきよらにて、ただ、かの大臣の御けはひに違ふところなくおはします。「かかる人はまたもおはしけり」と、見たてまつりたまふ。かの御心ばへは浅からぬも、うたてもの思ひ加はりしを、これは、などかはさしもおぼえさせたまはむ。いとなつかしげに、思ひしことの違ひにたる怨みをのたまはするに、面おかむかたなくぞおぼえたまふや。顔をもて隠して、御応へもえ聞こえたまはねば、

 「あやしうおぼつかなきわざかな。よろこびなども、思ひ知りたまはむと思ふことあるを、聞き入れたまはぬさまにのみあるは、かかる御癖なりけり」

 とのたまはせて、

 「などてかく灰あひがたき紫を
  心に深く思ひそめけむ

 濃くなり果つまじきにや」

 と仰せらるるさま、いと若くきよらに恥づかしきを、「違ひたまへるところやある」と思ひ慰めて、聞こえたまふ。宮仕への労もなくて、今年、加階したまへる心にや。

 「いかならむ色とも知らぬ紫を
  心してこそ人は染めけれ

 今よりなむ思ひたまへ知るべき」

 と聞こえたまへば、うち笑みて、

 「その、今より染めたまはむこそ、かひなかべいことなれ。愁ふべき人あらば、ことわり聞かまほしくなむ」

 と、いたう怨みさせたまふ御けしきの、まめやかにわづらはしければ、「いとうたてもあるかな」とおぼえて、「をかしきさまをも見えたてまつらじ、むつかしき世の癖なりけり」と思ふに、まめだちてさぶらひたまへば、え思すさまなる乱れごともうち出でさせたまはで、「やうやうこそは目馴れめ」と思しけり。

 [第五段 玉鬘、帝と和歌を詠み交す]

 大将は、かく渡らせたまへるを聞きたまひて、いとど静心なければ、急ぎまどはしたまふ。みづからも、「似げなきことも出で来ぬべき身なりけり」と心憂きに、えのどめたまはず、まかでさせたまふべきさま、つきづきしきことづけども作り出でて、父大臣など、かしこくたばかりたまひてなむ、御暇許されたまひける。

 「さらば。物懲りして、また出だし立てぬ人もぞある。いとこそからけれ人より先に進みにし心ざしの、人に後れて、けしき取り従ふよ。昔のなにがしが例も、引き出でつべき心地なむする」

 とて、まことにいと口惜しと思し召したり。

 聞こし召ししにも、こよなき近まさりを、はじめよりさる御心なからむにてだにも、御覧じ過ぐすまじきを、まいていとねたう、飽かず思さる。
 されど、ひたぶるに浅き方に、思ひ疎まれじとて、いみじう心深きさまにのたまひ契りて、なつけたまふも、かたじけなう、「われは、われ、と思ふものを」と思す。

 御輦車寄せて、こなた、かなたの、御かしづき人ども心もとながり、大将も、いとものむつかしうたち添ひ、騷ぎたまふまで、えおはしまし離れず。
 「かういと厳しき近き守りこそむつかしけれ」
 と憎ませたまふ。

 「九重に霞隔てば梅の花
  ただ香ばかりも匂ひ来じとや」

 殊なることなきことなれども、御ありさま、けはひを見たてまつるほどは、をかしくもやありけむ。

 「野をなつかしみ明かいつべき夜を、惜しむべかめる人も、身をつみて心苦しうなむ。いかでか聞こゆべき」

 と思し悩むも、「いとかたじけなし」と、見たてまつる。

 「香ばかりは風にもつてよ花の枝に
  立ち並ぶべき匂ひなくとも」

 さすがにかけ離れぬけはひを、あはれと思しつつ、返り見がちにて渡らせたまひぬ。

 [第六段 玉鬘、鬚黒邸に退出]

 やがて今宵、かの殿にと思しまうけたるを、かねては許されあるまじきにより、漏らしきこえたまはで、

 「にはかにいと乱り風邪の悩ましきを、心やすき所にうち休みはべらむほど、よそよそにてはいとおぼつかなくはべらむを」

 と、おいらかに申しないたまひて、やがて渡したてまつりたまふ。

 父大臣、にはかなるを、「儀式なきやうにや」と思せど、「あながちに、さばかりのことを言ひ妨げむも、人の心おくべし」と思せば、

 「ともかくも。もとより進退ならぬ人の御ことなれば」

 とぞ、聞こえたまひける。

 六条殿ぞ、「いとゆくりなく本意なし」と思せど、などかはあらむ。女も、塩やく煙のびきけるかたを、あさましと思せど、盗みもて行きたらましと思しなずらへて、いとうれしく心地おちゐぬ。

 かの、入りゐさせたまへりしことを、いみじう怨じきこえさせたまふも、心づきなく、なほなほしき心地して、世には心解けぬ御もてなし、いよいよけしき悪し。

 かの宮にも、さこそたけうのたまひしか、いみじう思しわぶれど、絶えて訪れず。ただ思ふことかなひぬる御かしづきに、明け暮れいとなみて過ぐしたまふ。

 [第七段 二月、源氏、玉鬘へ手紙を贈る]

 二月にもなりぬ。大殿は、
 「さても、つれなきわざなりや。いとかう際々しうとしも思はで、たゆめられたるねたさを」、人悪ろく、すべて御心にかからぬ折なく、恋しう思ひ出でられたまふ。

 「宿世などいふもの、おろかならぬことなれど、わがあまりなる心にて、かく人やりならぬものは思ふぞかし」
 と、起き臥し面影にぞえたまふ。

 大将の、をかしやかに、わららかなる気もなき人に添ひゐたらむに、はかなき戯れごともつつましう、あいなく思されて、念じたまふを、雨いたう降りて、いとのどやかなるころ、かやうのつれづれも紛らはし所に渡りたまひて、語らひたまひしさまなどの、いみじう恋しければ、御文たてまつりたまふ。

 右近がもとに忍びて遣はすも、かつは、思はむことを思すに、何ごともえ続けたまはで、ただ思はせたることどもぞありける。

 「かきたれてのどけきころの春雨に
  ふるさと人をいかに偲ぶや

 つれづれに添へてうらめしう思ひ出でらるること多うはべるを、いかでか分き聞こゆからむ」

 などあり。

 隙に忍びて見せたてまつれば、うち泣きて、わが心にも、ほど経るままに思ひ出でられたまふ御さまを、まほに、「恋しや、いかで見たてまつらむ」などは、えのたまはぬ親にて、「げに、いかでかは対面もあらむ」と、あはれなり。

 時々、むつかしかりし御けしきを、心づきなう思ひきこえしなどは、この人にも知らせたまはぬことなれば、心ひとつに思し続くれど、右近は、ほのけしき見けり。いかなりけることならむとは、今に心得がたく思ひける。
 御返り、「聞こゆるも恥づかしけれど、おぼつかなくやは」とて、書きたまふ。

 「眺めする軒の雫に袖ぬれて
  うたかた人を偲ばざらめや

 ほどふるころはげに、ことなるつれづれもまさりはべりけり。あなかしこ」

 と、ゐやゐやしく書きなしたまへり。

 [第八段 源氏、玉鬘の返書を読む]

 引き広げて、玉水のこぼるるうに思さるるを、「人も見ば、うたてあるべし」と、つれなくもてなしたまへど、胸に満つ心地して、かの昔の、尚侍の君を朱雀院の后の切に取り籠めたまひし折など思し出づれど、さしあたりたることなればにや、これは世づかずぞあはれなりける。

 「好いたる人は、心からやすかるまじきわざなりけり。今は何につけてか心をも乱らまし。似げなき恋のつまなりや」

 と、さましわびたまひて、御琴掻き鳴らして、なつかしう弾きなしたまひし爪音、思ひ出でられたまふ。あづまの調べを、すが掻きて、

 「玉藻はな刈りそ

 と、歌ひすさびたまふも、恋しき人に見せたらば、あはれ過ぐすまじき御さまなり。

 内裏にも、ほのかに御覧ぜし御容貌ありさまを、心にかけたまひて、

 「赤裳垂れ引き去にし姿を

 と、憎げなる古事なれど、御言種になりてなむ、眺めさせたまひける。御文は、忍び忍びにありけり。身を憂きものに思ひしみたまひて、かやうすさびごとをも、あいなく思しければ、心とけたる御いらへも聞こえたまはず。
 なほ、かの、ありがたかりし御心おきてを、かたがたにつけて思ひしみたまへる御ことぞ、忘られざりける。

 [第九段 三月、源氏、玉鬘を思う]

 三月になりて、六条殿の御前の、藤、山吹のおもしろき夕ばえを見たまふにつけても、まづ見るかひありてゐたまへりし御さまのみ思し出でらるれば、春の御前をうち捨てて、こなたに渡りて御覧ず。
 呉竹の籬に、わざとなう咲きかかりたるにほひ、いとおもしろし。

 「色に衣を

 などのたまひて、

 「思はずに井手の道隔つとも
  言はでぞ恋ふる山吹の花
 顔に見えつつ

 などのたまふも、聞く人なし。かく、さすがにもて離れたることは、このたびぞ思しける。げに、あやしき御心のすさびなりや。

 かりの子のいと多かるを御覧じて、柑子、橘などやうに紛らはして、わざとならずたてまつれたまふ。御文は、「あまり人もぞ目立つる」など思して、すくよかに、

 「おぼつかなき月日も重なりぬるを、思はずなる御もてなしなりと恨みきこゆるも、御心ひとつにのみはあるまじう聞きはべれば、ことなるついでならでは、対面の難からむを、口惜しう思ひたまふる」

 など、親めききたまひて、

 「同じ巣にかへりしかひの見えぬかな
  いかなる人か手ににぎるらむ

 などか、さしもなど、心やましうなむ」

 などあるを、大将も見たまひて、うち笑ひて、

 「女は、まことの親の御あたりにも、たはやすくうち渡り見えたてまつりたまはむこと、ついでなくてあるべきことにあらず。まして、なぞ、この大臣の、をりをり思ひ放たず、恨み言はしたまふ」

 と、つぶやくも、憎しと聞きたまふ。

 「御返り、ここにはえ聞こえじ」

 と、書きにくくおぼいたれば、

 「まろ聞こえむ」

 と代はるも、かたはらいたしや。

 「巣隠れて数にもあらぬかりの子を
 いづ方にかは取り隠す

 よろしからぬ御けしきにおどろきて。すきずきしや」

 と聞こえたまへり。

 「この大将の、かかるはかなしごと言ひたるも、まだこそ聞かざりつれ。めづらしう」

 とて、笑ひたまふ。心のうちには、かく領じたるを、いとからしと思す。

 

第五章 鬚黒大将家と内大臣家の物語 玉鬘と近江の君

 [第一段 北の方、病状進む]

 かの、もとの北の方は、月日隔たるままに、あさましと、ものを思ひ沈み、いよいよ呆け疾れてものしたまふ。大将殿のおほかたの訪らひ、何ごとをも詳しう思しおきて、君達をば、変はらず思ひかしづきたまへば、えしもかけ離れたまはず、まめやかなる方の頼みは、同じことにてなむものしたまひける。

 姫君をぞ、堪へがたく恋ひきこえたまへど、絶えて見せたてまつりたまはず。若き御心のうちに、この父君を、誰れも誰れも、許しなう恨みきこえて、いよいよ隔てたまふことのみまされば、心細く悲しきに、男君たちは、常に参り馴れつつ、尚侍の君の御ありさまなどをも、おのづからことにふれてうち語りて、

 「まろらをも、らうたくなつかしうなむしたまふ。明け暮れをかしきことを好みてものしたまふ」

 など言ふに、うらやましう、かやうにても安らかに振る舞ふ身ならざりけむを嘆きたまふ。あやしう、男女につけつつ、人にものを思はする尚侍の君にぞはしける。

 [第二段 十一月に玉鬘、男子を出産]

 その年の十一月に、いとをかしき稚児をさへ抱き出でたまへれば、大将も、思ふやうにめでたしと、もてかしづきたまふこと、限りなし。そのほどのありさま、言はずとも思ひやりつべきことぞかし。父大臣も、おのづから思ふやうなる御宿世と思したり。

 わざとかしづきたまふ君達にも、御容貌などは劣りたまはず。頭中将も、この尚侍の君を、いとなつかしきはらからにて睦びきこえたまふものから、さすがなる御けしきうちまぜつつ、

 「宮仕ひに、かひありてものしたまはましものを」

 と、この若君のうつくしきにつけても、

 「今まで皇子たちのはせぬ嘆きを見たてまつるに、いかに面目あらまし」

 と、あまりのことをぞ思ひてのたまふ。

 公事は、あるべきさまに知りなどしつつ、参りたまふことぞ、やがてかくてやみぬべかめる。さてもありぬべきことなりかし。

 [第三段 近江の君、活発に振る舞う]

 まことや、かの内の大殿の御女の、尚侍のぞみし君も、さるもののなれば、色めかしう、さまよふ心さへ添ひて、もてわづらひたまふ。女御も、「つひに、あはあはしきこと、この君ぞ引き出でむ」と、ともすれば、御胸つぶしたまへど、大臣の、
 「今は、なまじらひそ」
 と、制しのたまふをだに聞き入れず、まじらひ出でてものしたまふ。

 いかなる折にかありけむ、殿上人あまた、おぼえことなる限り、この女御の御方に参りて、物の音など調べ、なつかしきほどの拍子打ち加へてあそぶ。秋の夕べのただならぬ、宰相中将も寄りおはして、例ならず乱れてものなどのたまふを、人びとめづらしがりて、

 「なほ、人よりことにも」

 とめづるに、この近江の君、人びとの中を押し分けてでゐたまふ。

 「あな、うたてや。こはなぞ」

 と引き入るれど、いとさがなげににらみて、張りゐたれば、わづらはしくて、

 「あうなきことや、のたまひ出でむ」
 と、つき交はすに、この世に目馴れぬまめ人をしも、

 「これぞな、これぞな

 とめでて、ささめき騒ぐ声、いとしるし。人びと、いと苦しと思ふに、声いとさはやかにて、

 「沖つ舟よるべ波路に漂はば
  棹さし寄らむ泊り教へよ

 棚なし小舟ぎ返り、同じ人をや。あな、悪や

 と言ふを、いとあやしう、

 「この御方には、かう用意なきこと聞こえぬものを」と思ひまはすに、「この聞く人なりけり」
 と、をかしうて、

 「よるべなみ風の騒がす舟人も
  思はぬ方に磯伝ひせず」

 とて、はしたなかめり、とや。

 【出典】
出典1 思ひつつ寝泣くに明くる冬の夜の袖の氷は解けずもあるかな(後撰集冬-四八一 読人しらず)(戻)
出典2 君が住む宿の梢の行く行くと隠るるまでに顧みしはや(拾遺集別-三五一 菅原道真)(戻)
出典3 百千鳥さへづる春は物ごとに改まれども我ぞ古り行く(古今集春上-二八 読人しらず)(戻)
出典4 春の野にすみれ摘みにと来し我ぞ野をなつかしみ一夜寝にける(古今六帖六-三九一六)(戻)
出典5 須磨の海人の塩焼く煙風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり(古今集恋四-七〇八 読人しらず)(戻)
出典6 君見ずて程のふるやの庇には逢ふことなしの草ぞ生ひける(新勅撰集恋五-九四五 読人しらず)(戻)
出典7 雨止まぬ軒の玉水数知らず恋しき事のまさるころかな(後撰集恋一-五七八 平兼盛)(戻)
出典8 鴛鴦 たかべ 鴨さへ来居る 藩良の池の や 玉藻は真根な刈りそ や 生ひも継ぐがに や 生ひも継ぐがに(風俗歌-鴛鴦)(戻)
出典9 立ちて思ひ居てもぞ思ふ紅の赤裳垂れ引きいにし姿を(古今六帖五-三三三三)(戻)
出典10 くちなしの色に心を染めしより言はで心にものをこそ思へ(古今六帖五-三五一〇)(戻)
出典11 夕されば野辺に鳴くてふ顔鳥の顔に見えつつ忘られなくに(古今六帖六-四四八八)(戻)
出典12 秋はなほ夕まぐれこそただならぬ荻の上風萩の下露(和漢朗詠上-二二九 藤原義孝)(戻)
出典13 堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ帰り同じ人にや恋ひ渡りなむ(古今集恋四-七三二 読人しらず)(戻)

 【校訂】
備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△
校訂1 思ふ--思ひ(ひ/$<朱>)(戻)
校訂2 引き返し--ひきかつ(つ/$へ<朱>)し(戻)
校訂3 三日--三る(る/$日<朱>)(戻)
校訂4 絶え--たへ(へ/$え<朱>)(戻)
校訂5 あらぬ--*あかぬ(戻)
校訂6 ことども--こと(と/+と<朱>)も(戻)
校訂7 いと--は(は/$い<朱>)と(戻)
校訂8 たまへる--給つ(つ/$へ<朱>)う(戻)
校訂9 なりや--なれ(れ/$り<朱>)や(戻)
校訂10 過ぐい--すく(く/&く、=すイ<朱>)い(戻)
校訂11 べし--つ(つ/$へ<朱>)し(戻)
校訂12 たまひつれば--給へ(へ/$つ<朱>)れは(戻)
校訂13 みづからを--身つからは(は/#を)(戻)
校訂14 容貌--かたち(ち/$ち<朱>)(戻)
校訂15 までは--さ(さ/$ま<朱>)ては(戻)
校訂16 しめゐ--*しゐ(戻)
校訂17 圧さるれ--おさな(な/$る<朱>)れ(戻)
校訂18 たまへれど--(/+給)へれと(戻)
校訂19 あべかめれ」と--あへる(る/$か<朱>)めれと(と/&と)(戻)
校訂20 桧皮色--ひは(は/$<朱>)わた色(戻)
校訂21 たまへれど--給つ(つ/$へ<朱>)れと(戻)
校訂22 ゆるぎ--*ゆき(戻)
校訂23 たまへれば--給つ(つ/$へ<朱>)れは(戻)
校訂24 こそ--こう(う/$<朱>)そ(戻)
校訂25 たまへれど--給つ(つ/$へ<朱>)れと(戻)
校訂26 見むにも--み(み/=んイ<朱>)にも(戻)
校訂27 たまはむと--給はむこ(こ/#)と(戻)
校訂28 さまに--ま(ま/$さ)まに(戻)
校訂29 にぎははしき--(/+に)きわゝしき(戻)
校訂30 所狭し--所を(を/$せ<朱>)し(戻)
校訂31 ける--けに(に/$る<朱>)(戻)
校訂32 からけれ--かゝ(ゝ/$ら<朱>)けれ(戻)
校訂33 面影にぞ--おもかけ(け/+に<朱>)そ(戻)
校訂34 添へて--そへても(も/#)(戻)
校訂35 いかでか分き聞こゆ--いかてかは(は/&わ)きこ(こ/&ゝ)こゆ(戻)
校訂36 かやう--*かや(戻)
校訂37 井手の--いて(て/+の<朱>)(戻)
校訂38 見えつつ--みゝ(ゝ/$へ<朱>)つゝ(戻)
校訂39 親めき--おやめに(に/$き<朱>)(戻)
校訂40 取り隠す--とりかへ(へ/#く)す(戻)
校訂41 にぞ--にて(て/$そ<朱>)(戻)
校訂42 はらからにて--はらから(ら/+に)て(戻)
校訂43 皇子たちの--みこたち(ち/+の<朱>)(戻)
校訂44 ものの--*をゝ(戻)
校訂45 押し分けて--(/+を)しわけて(戻)
校訂46 これぞなこれぞな--これそなゝ(戻)
校訂47 棚なし--(/+た)なゝし(戻)
校訂48 悪や--はるやい(い/#)(戻)

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