おてまみ

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あらすじ
秋子(しう)がもらったおてまみ(手紙のこと)から始まる。

おてまみ
おてまみ あとがき

おてまみ

                              斎木 直樹

 それは、見る人によれば折り紙にしか見えないだろう。その、いささか複雑に折られた白い紙には、六ミリ間隔で水色の線が入っている。どうやって折ったのか、かいもく見当もつかないハート型の表面には、赤のペンで「しうへ」と書かれている。最後の「へ」の長い方の辺には、垂直に二本短い線が引いてある。「しう」へ宛てた手紙、という意味だ。宛名の周りには沢山の色でハートのマークが描かれている。
 秋子はハートを手に取ると、どこからか開き、するするともとの一枚の紙にしてしまった。無表情なまま、けばけばしい色のペンで書かれた文字を目で追っていく。
 秋子は「あきこ」と読むのだが、それが「しゅうこ」になり、「しう」となった。秋子のグループでは、あだ名を縮めて最後に「う」をつけることが、最近はやっている。
 このようなノートを切り取ったものや便せんに文章を書き、折って手紙にすることは、中学全体ではやっていた。授業中や家で書いたものを休み時間や始業前に渡し、また返事を書くことは、どの中学でも女の子の間では広まっているらしい。内容は、ごくつまらないものが多い。先生がどうだとか、先輩がどうだとかのうわさ話や、昨日あったことの報告、あのCDは買ったかとか。大人が見たら一笑に付してしまうものばかりだが、彼女たちにとっては、極めて重要な日常の情報源だった。
 秋子が一文に目を留めて薄く笑ったとき、部屋のドアがひとりでに開いた。秋子はむっとした顔を上げた。
「進、ドアはノックしてっていってるでしょう」
 へへー、とにやけた顔を、弟の進が戸口から覗かせる。
「また手紙なんか読んじゃってよ。そんなくだらねえゲーム、面白いのか?これだから女はやだよなー」
「まだ小五のくせに、生意気言ってんじゃないよ」
 秋子は立ち上がり、一階に聞こえそうなほど足を踏みしめて扉を閉めに行った。進は負け惜しみににっとすると、逃げだした。
 秋子はドアにかけた手にぐっと力を込めたが、静かに閉めた。
 階下からは、テレビと母親に話しかける進の声が聞こえてくる。進も、あれで悪い弟ではない。ただ、何かあるとすぐ母さんのところに逃げていく。マザコンにならなきゃいいけど。
 秋子は、くくと笑いを洩らした。ゲームなんかじゃないのよ、進。
「さて、手紙の返事を書かなくちゃ」
 秋子は机の上の、折り目が何本も入った紙を取り上げ、もう一度文面に目を通した。



  しうへ。

 きーてよお。昨日ね、部活休んで歯医者行ったでしょ、そしたらさ、歯を抜くんだったんだけど、ちょーちょー痛かったのー。それがさ、歯を抜くんじゃなくって、ますいの(ますいって、どうかくんだっけ??)注射が痛くってさー。もー。すっごかったんだからねー。もー死にそー。
 あ、今日もあたし部活休むんだ。今日は、いつものバイオリンのおけいこ。やんなっちゃうよー。もう行きたくないっていっつもママに言ってるんだど、もったいないからって止めさせてくれないの。
 そうそう。今日からターゲット、みうに変わったの?ま、どーせあたしもともとあの子って好きじゃなかったんだけどさ。かわいいの鼻にかけて、やなやつだよねー。びんぼうのくせに。かはは。そこまで言っちゃ、かわいそうかな?うふふ。
 じゃね、ばいばい。

              ふろむ あいみ



「ちょっと、しうっ」
 学校の廊下で、愛美は秋子を呼び止めた。秋子はトイレに行くところだったらしく、チェックのハンカチを手に持っている。秋子は愛美に目の焦点を合わせたが、口は開かない。
「あんた、どういうつもりよ。みんなに言って、あたしにターゲットあわせて。あたし、なんもしてないよ?」
 秋子は、制服のポケットから折った紙を出した。一番簡単な、長方形の折り方で折られている手紙だ。秋子はこれ以外の折り方を知らないのだから、変わったことではない。手紙を差し出された愛美は、とまどったような顔で受け取る。秋子は振り向きもせずに、すたすたとトイレへ入ってしまった。
 取り残された愛美は、がさがさと手紙を拡げた。



  あいみ

 昨日から、ハブになってるやつの悪口言ったらそいつがハブになることにしたんだよ。



 これは、ゲームなんかじゃない。
 秋子は、立ち尽くしている愛美の側を通り過ぎた。
 これは、ゲームなんかじゃない。あたし達にとっては、生き残りをかけた真剣なかけ。
 どんどんターゲットは代わっていく。次は誰がなるか。あたしかもしれない。しかとされるのは、無視されるのはどんな感じだろう。愛美は、登校拒否になるかしら。
 秋子は口の端を上げた。
 愛美には、おしおきが必要だ。みんなそう思っていた。だから、仕掛けた。おばかなかわいいお金持ちの愛美ちゃんは、気づいているのだろうか。気づいていない方に、秋子は賭けられる。
 いじめられ役だったみうも、昨日は結構楽しそうだった。だったら、今度はみうにしようかな。
 秋子は、上機嫌で教室に戻っていった。今の愛美の様子をおてまみに書こう。きっとみんな、喜んでくれるわ。

 

     おわり


おてまみ postscript

 このお話は、東京BBSという草の根パソコン通信ネットで、「注射」「弟」「手紙」という三つのものを出してお話をつくる、という三題話という企画で作ったお話です。
 Green-Blueのような平和平和したお話とはいささか離れた系統ですが、これもまた私のものです。
 このお話は、絶対に、いじめを助長するものではありません。私は、いじめは嫌いです。くだらないから。
 私もしかとされたことくらいならあります。当時でさえ、やる方の幼稚さにあきれてましたけど。

 では、このへんで。
 あなたが、一時楽しい時を過ごされたら(って、これで楽しむ人もいるのたろうか(笑))、そして何か心に残るものを得られたら、幸いに思います。
 感想・批評・批判等いただければ、大変嬉しく思います。


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Last modified 2007.6.12.
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