First updated 09/20/1996
Last updated 08/04/2026
渋谷栄一校訂(C)

  

明石

 [凡例]
 大島本「明石」(「大島本源氏物語」影印版・DVD-ROM版)を底本とした。
「明石」は、「二校」の校了注記がある。引き歌は、付箋に朱筆で2首指摘されている。
 大島本の本行本文と見直しの際の(一校了)「二校」の本文訂正跡を基に本文整定した。
 底本を同じくする『新日本古典文学大系』(岩波書店)と『新編日本古典文学全集』(小学館)との本文の異同を補注に記した。

 [主要登場人物]

 光る源氏(ひかるげんじ)
呼称---源氏の君・君・男、二十七歳から二十八歳
 頭中将(とうのちゅうじょう)
呼称---三位中将・宰相、故葵の上の兄
 桐壺院(きりつぼのいん)
呼称---故院・帝王・父帝・帝・院の帝・院、光る源氏の父
 朱雀帝(すざくてい)
呼称---主上・帝・当代・主上・内裏、光る源氏の兄
 弘徽殿大后(こきでんのおおぎさき)
呼称---后・宮・大宮、朱雀帝の母后
 藤壺の宮(ふじつぼのみや)
呼称---入道の宮、東宮の母
 紫の上(むらさきのうえ)
呼称---二条院・二条の君・女君、光る源氏の妻
 明石の君(あかしのきみ)
呼称---娘・女・明石、明石入道の娘
 明石入道(あかしのにゅうどう)
呼称---前の守新発意・明石入道・入道・主人の入道、明石の君の父

光る源氏の二十七歳春から二十八歳秋まで、明石の浦の別れと政界復帰の物語

第一章 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語

  1. 須磨の嵐続く---なほ雨風やまず、雷鳴り静まらで
  2. 光る源氏の祈り---「かくしつつ世は尽きぬべきにや」と思さるるに
  3. 嵐収まる---やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆるに
  4. 明石入道の迎えの舟---渚に小さやかなる舟寄せて、人二、三人ばかり
第二章 明石の君の物語 明石での新生活の物語
  1. 明石入道の浜の館---浜のさま、げにいと心ことなり
  2. 京への手紙---すこし御心静まりては、京の御文ども聞こえたまふ
  3. 明石の入道とその娘---明石の入道、行なひ勤めたるさま
  4. 夏四月となる---四月になりぬ。更衣の御装束、御帳の帷子など
  5. 源氏、入道と琴を合奏---入道もえ堪へで、供養法たゆみて
  6. 入道の問わず語り---いたく更けゆくままに、浜風涼しうて
  7. 明石の娘へ懸想文---思ふこと、かつがつ叶ひぬる心地して
  8. 都の天変地異---その年、朝廷に、もののさとししきりて
第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語
  1. 明石の侘び住まい---明石には、例の、秋、浜風のことなるに
  2. 明石の君を初めて訪ねる---忍びて吉しき日見て
  3. 紫の君に手紙---二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは
  4. 明石の君の嘆き---女、思ひしもしるきに、今ぞまことに
第四章 明石の君の物語 明石の浦の別れの秋の物語
  1. 七月二十日過ぎ、帰京の宣旨下る---年変はりぬ。内裏に御薬のことありて
  2. 明石の君の懐妊---そのころは、夜離れなく語らひたまふ
  3. 離別間近の日---明後日ばかりになりて
  4. 離別の朝---立ちたまふ暁は、夜深く出でたまひて
  5. 残された明石の君の嘆き---正身の心地、たとふべき方なくて
第五章 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語
  1. 難波の御祓い---君は、難波の方に渡りて御祓へしたまひて
  2. 源氏、参内---召しありて、内裏に参りたまふ
  3. 明石の君への手紙、他---まことや、かの明石には

【注釈】
【校訂付記】

 

第一章 光る源氏の物語 須磨の嵐と神の導きの物語

 [第一段 須磨の嵐続く]

 なほ雨風やまず、雷鳴り静まらで、日ごろになりぬ。いとどものわびしきこと、数知らず、来し方行く先、悲しき御ありさまに、心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし。かかりとて、都に帰らむことも、まだ世に許されもなくては、人笑はれなることこそまさらめ。なほ、これより深き山を求めてや、あと絶えなまし」と思すにも、「波風に騒がれて(訂正跡01)など、人の言ひ伝へむこと、後の世まで、いと軽々しき名や(補注01)流し果てむ」と思し乱る。

 夢にも(補注02)、ただ同じさまなる物のみ来つつ、まつはしきこゆと見たまふ。雲間なくて(補注03)、明け暮るる日数に添へて、京の方もいとどおぼつかなく、「かくながら身をはふらかしつるにや」と、心細う思せど、頭さし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る人もなし。

 二条院よりぞ、あながちにあやしき姿にて、そほち参れる。道かひにてだに、人か何ぞとだに御覧じわくべくもあらず、まづ追ひ払ひつべき賤の男の、むつましうあはれに思さるるも、我ながらかたじけなく、屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に、

 〔紫君〕「あさましく小止みなきころのけしきに、いとど空さへ閉づる心地して、眺めやる方なくなむ。
  浦風やいかに吹くらむ思ひやる袖うち濡らし波間なきころ」

 あはれに悲しきことども書き集めたまへり。いとど(訂正跡02・補注04)汀まさりぬべく、かきくらす心地したまふ。

 〔使〕「京にも、この雨風、あやし(訂正跡03・補注05)物のさとしなりとて、仁王会など行はるべしとなむ聞こえはべりし。内裏に参りたまふ上達部なども、すべて道閉ぢて、政事も絶えてなむはべる」
 など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せばいぶかしうて、御前に召し出でて、問はせたまふ。

 〔使〕「ただ、例の雨のを止みなく降りて、風は時々吹き出でて、日ごろになりはべるを、例ならぬことに驚きはべるなり。いとかく、地の底徹るばかりの氷降り、雷の静まらぬことははべらざりき」
 など、いみじきさまに驚き懼ぢてをる顔のいとからきにも、心細さ(補注07)まさりける。

 [第二段 光る源氏の祈り]

 「かくしつつ世は尽きぬべきにや」と思さるるに、そのまたの日の暁より、風いみじう吹き、潮高う満ちて、波の音荒きこと、巌も山も残るまじきけしきなり。雷の鳴りひらめくさま、さらに言はむ方なくて、「落ちかかりぬ」とおぼゆるに、ある限りさかしき人なし。

 〔供人〕「我はいかなる罪を犯して、かく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、かなしき妻子の顔をも見で、死ぬべきこと」

 と嘆く。君は御心を静めて、「何ばかりのあやまちにてか(訂正跡05)、この渚に命をば極めむ」と、強う思しなせど、いともの騒がしければ、色々の幣帛ささげさせたまひて、

 〔源氏〕「住吉の神、近き境を鎮め守りたまふ。まことに迹を垂れたまふ神ならば、助けたまへ」

 と、多くの大願を立てたまふ。おのおのみづからの命をば、さるものにて、かかる御身のまたなき例に沈みたまひぬべきことのいみじう悲しき(補注08)、心を起こして、すこしものおぼゆる限りは、「身に代へてこの御身一つを救ひたてまつらむ」と、とよみて、諸声に仏、神を念じたてまつる。

 〔供人〕「帝王の深き宮に養はれたまひて、いろいろの楽しみにおごりたまひしかど、深き御慈しみ、大八洲にあまねく、沈める輩をこそ多く浮かべたまひしか。今、何の報いにか、ここら横様なる波風には溺ほれたまはむ。天地、ことわりたまへ。罪なくて罪に当たり、官、位を取られ、家を離れ、境を去りて、明け暮れ安き空なく、嘆きたまふに、かく悲しき目をさへ(訂正跡06)、命尽きなむとするは、前の世の報いか、この世の犯しか(補注09)、神、仏、明らかにましまさば、この愁へやすめたまへ」

 と、御社の方に向きて、さまざまの願を立てたまふ。
 また、海の中の龍王、よろづの神たちに願を立てさせたまふに、いよいよ鳴りとどろきて、おはしますに続きたる廊に落ちかかりぬ。炎燃え上がりて、廊は焼けぬ。心魂なくて、ある限り惑ふ。後の方なる大炊殿とおぼしき屋に移したてまつりて、上下となく立ち込みて、いとらうがはしく泣きとよむ声、雷にも劣らず。空は墨をすりたるやうにて、日も暮れにけり。

 [第三段 嵐収まる]

 やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆるに、この御座所のいとめづらかなるも、いとかたじけなくて、寝殿に返し移したてまつらむとするに、
 〔供人〕「焼け残りたる方も疎ましげに、そこらの人の踏みとどろかし惑へるに、御簾などもみな吹き散らしてけり」
 〔供人〕「夜を明してこそは」
 とたどりあへるに、君は御念誦したまひて、思しめぐらすに、いと心あわたたし。

 月さし出でて、潮の近く満ち来ける跡もあらはに、名残なほ寄せ返る波荒きを、柴の戸押し開けて、眺めおはします。近き世界に、ものの心を知り、来し方行く先のことうちおぼえ、とやかくやとはかばかしう悟る人もなし。あやしき海人どもなどの、貴き人おはする所とて、集り参りて、聞きも知りたまはぬことどもをさへづりあへるも、いとめづらかなれど、え追ひも払はず(訂正跡07)

 〔供人〕「この風、今しばし止まざらましかば、潮上りて残る所なからまし。神の助けおろかならざりけり」
 と言ふを聞きたまふも、いと心細しといへばおろかなり。

 〔源氏〕「海にます神の助けにかからずは潮の八百会にさすらへなまし」

 ひねもすにいりもみつる雷の騷ぎに、さこそいへ、いたう困じたまひにければ、心にもあらずうちまどろみたまふ。かたじけなき御座所なれば、ただ寄りゐたまへるに、故院、ただおはしまししさまながら立ちたまひて、

 〔故院〕「など、かくあやしき所に(補注10)ものするぞ」

 とて、御手を取りて引き立てたまふ。

 〔故院〕「住吉の神の導きたまふままには(補注11)、はや舟出して、この浦を去りね」

 とのたまはす。いとうれしくて、

 〔源氏〕「かしこき御影に別れたてまつりにしこなた、さまざま悲しきことのみ多くはべれば、今はこの渚に身をや捨てはべりなまし」

 と聞こえたまへば、

 〔故院〕「いとあるまじきこと。これは、ただいささかなる物の報いなり。我は、位に在りし時、あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふる(訂正跡08)ほど暇なくて、この世を顧みざりつれど、いみじき愁へに沈むを見るに、堪へがたくて、海に入り、渚に上り、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことの(補注12)あるによりなむ、急ぎ上りぬる」

 とて、立ち去りたまひぬ。

 飽かず悲しくて、「御供に参りなむ」と泣き入りたまひて、見上げたまへれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢の心地もせず、御けはひ止まれる心地して、空の雲あはれにたなびけり。

 年ごろ、夢のうちにも見たてまつらで、恋しうおぼつかなき御さまを、ほのかなれど、さだかに見たてまつりつるのみ、面影におぼえたまひて、「我かく悲しびを極め、命尽きなむとしつるを、助けに翔りたまへる」と、あはれに思すに、「よくぞかかる騷ぎもありける」と、名残頼もしう、うれしうおぼえたまふこと、限りなし。

 胸つとふたがりて、なかなかなる御心惑ひに、うつつの悲しきこともうち忘れ、「夢にも御応へを今すこし聞こえずなりぬること」といぶせさに、「またや見えたまふ」と、ことさらに寝入りたまへど、さらに御目も合はで、暁方になりにけり。

 [第四段 明石入道の迎えの舟]

 渚に小さやかなる舟寄せて、人二、三人ばかり、この旅の御宿りをさして参る(補注13)。何人ならむと問へば、

 〔舟人〕「明石の浦より、前の守新発意の、御舟装ひて参れるなり。源少納言、さぶらひたまはば、対面してことの心とり申さむ」

 と言ふ。良清、おどろきて、

 〔良清〕「入道は、かの国の(訂正跡09)得意にて、年ごろあひ語らひはべれど(訂正跡10・補注14)、私に、いささかあひ恨むることはべりて、ことなる消息をだに通はさで、久しうなりはべりぬるを、波の紛れに、いかなることかあらむ」

 と、おぼめく。君の、御夢なども思し合はすることもありて、「はや会へ」とのたまへば、舟に行きて会ひたり。「さばかり激しかりつる波風に、いつの間にか舟出しつらむ」と、心得がたく思へり。

 〔入道〕「去ぬる朔日の日(補注15)、夢にさま異なるものの告げ知らすることはべりしかば、信じがたきことと思うたまへしかど、『十三日にあらたなるしるし見せむ。(補注16)装ひまうけて、かならず、雨風止まば、この浦にを(補注17)寄せよ』と、かねて示すことのはべりしかば、試みに舟の装ひをまうけて待ちはべりしに、いかめしき雨、風、雷のおどろかしはべりつれば、人の朝廷にも、夢を信じて国を助くるたぐひ多うはべりけるを、用ゐさせたまはぬまでも、このいましめの日を過ぐさず、このよしを告げ申しはべらむとて、舟出だしはべりつるに、あやしき風細う吹きて、この浦に着きはべる(補注18)こと、まことに神のしるべ違はずなむ。ここにも(訂正跡11)、もししろしめすことやはべりつらむ、とてなむ。いと憚り多くはべれど、このよし(訂正跡12)、申したまへ」

 と言ふ。良清、忍びやかに伝へ申す。
 君、思しまはすに、夢うつつさまざま静かならず、さとしのやうなることどもを、来し方行く末思し合はせて、

 〔源氏〕「世の人の聞き伝へむ後のそしりもやすからざるべきを憚りて、まことの神の助けにもあらむを、背くものならば、またこれよりまさりて、人笑はれなる目をや見む。うつつざまの(訂正跡13・補注19)人の心だになほ苦し。はかなきことをもつつみて、我より齢まさり、もしは位高く、時世の寄せ今一際まさる人には、なびき従ひて、その心むけをたどるべきものなりけり。退きて咎なしとこそ、(補注20)、さかしき人も言ひ置きけれ。げに(訂正跡14・補注21)、かく命を極め、世にまたなき目の(訂正跡15)限りを見尽くしつ。さらに後のあとの名をはぶくとても、たけきこともあらじ。夢の中にも父帝の御教へありつれば、また何ごとか(訂正跡16・補注22)疑はむ」
 と思して、御返りのたまふ。

 〔源氏〕「知らぬ世界に、めづらしき愁への限り見つれど、都の方よりとて、言問ひおこする人もなし。ただ行方なき空の月日の光ばかりを、故郷の友と眺めはべるに、うれしき釣舟をなむ。かの浦に、静やかに隠ろふべき隈はべりなむや」
 とのたまふ。限りなくよろこび、かしこまり申す。
 〔供人〕「ともあれ、かくもあれ、夜の明け果てぬ先に御舟にたてまつれ」
 とて、例の親しき限り、四、五人ばかりして、たてまつりぬ。

 例の風出で来て、飛ぶやうに明石に着きたまひぬ。ただはひ渡るほどに(補注23)片時の間といへど、なほあやしきまで見ゆる風の心なり。

 

第二章 明石の君の物語 明石での新生活の物語

 [第一段 明石入道の浜の館]

 浜のさま、げにいと心ことなり。人しげう見ゆるのみなむ、御願ひに背きける。入道の領占めたる所々、海のつらにも山隠れにも、時々につけて、興をさかすべき渚の苫屋、行なひをして後の世のことを思ひ澄ましつべき山水のつらに、いかめしき堂を建てて三昧を行なひ、この世のまうけに、秋の田の実を(訂正跡17)刈り収め、残りの齢積むべき稲の倉町どもなど、折々、所につけたる見どころありてし集めたり。
 高潮に怖ぢて、このころ、娘などは岡辺の宿に移して住ませければ、この浜の館に心やすくおはします。

 舟より御車にたてまつり移るほど、日やうやうさし上がりて、ほのかに見たてまつるより、老忘れ、齢延ぶる心地して、笑みさかえて、まづ(訂正跡18)住吉の神を、かつがつ拝みたてまつる。月日の光を手に得たてまつりたる心地して、いとなみ仕うまつること、ことわりなり。

 所のさまをばさらにも言はず、作りなしたる心ばへ、木立、立石、前栽などのありさま、えも言はぬ入江の水など、絵に描かば、心のいたり少なからむ絵師は描き及ぶまじと見ゆ。月ごろの御住まひよりは、こよなくあきらかに、なつかしき(訂正跡19・補注24)。御しつらひなど、えならずして、住まひけるさまなど、げに都のやむごとなき所々に異ならず、艶にまばゆきさまは、まさりざまにぞ見ゆる。

 [第二段 京への手紙]

 すこし御心静まりては、京の御文ども聞こえたまふ。参れりし使は、今は、
 〔使〕「いみじき道に出で立ちて悲しき目を見る」
 と泣き沈みて、あの(訂正跡20)須磨に留まりたるを召して、身にあまれる物ども多くたまひて遣はす。むつましき御祈りの師ども、さるべき所々には、このほどの御ありさま、詳しく言ひ遣はすべし。

 入道の宮ばかりには、めづらかにてよみがへるさまなど聞こえたまふ。二条院のあはれなりしほどの御返りは、書きもやりたまはず、うち置きうち置き、おしのごひつつ聞こえたまふ御けしき、なほことなり。

 〔源氏〕「返す返すいみじき目の限りを尽くし(補注25)果てつるありさまなれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさりはべれど、『鏡を見ても』とのたまひし面影の離るる世なきを、かくおぼつかなながら(訂正跡21)やと、ここら悲しきさまざまのうれはしさは、さしおかれて、
  遥かにも思ひやるかな知らざりし浦よりをちに浦伝ひして
 夢のうちなる心地のみして、覚め果てぬほど、いかにひがこと多からむ」

 と、げに、そこはかとなく書き乱りたまへるしもぞ、いと見まほしき側目なるを、「いとこよなき御心ざしのほど」と、人びと見たてまつる。
 おのおの、故郷に心細げなる言伝てすべかめり。
 を止みなかりし空のけしき、名残なく澄みわたりて、漁する海人ども誇らしげなり。須磨はいと心細く、海人の岩屋もまれなりしを、人しげき厭ひはしたまひしかど、ここはまた、さまことにあはれなること多くて、よろづに思し慰まる。

 [第三段 明石の入道とその娘]

 明石の入道、行なひ勤めたるさま、いみじう思ひ澄ましたるを、ただこの娘一人をもてわづらひたるけしき、いとかたはらいたきまで、時々漏らし愁へきこゆ。御心地にも、をかしと聞きおきたまひし人なれば、「かくおぼえなくてめぐりおはしたるも、さるべき契りあるにや」と思しながら、「なほ、かう身を沈めたるほどは、行なひより他のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに(訂正跡22)違ふと思さむも、心恥づかしう」思さるれば、けしきだちたまふことなし。ことに触れて、「心ばせ、ありさま、なべてならずもありけるかな」と、ゆかしう思されぬにしも(訂正跡23)あらず。

 ここにはかしこまりて、みづからもをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋にさぶらふ。さるは、明け暮れ見たてまつらまほしう、飽かず思ひきこえて、「思ふ心を(補注26)叶へむ」と、仏、神をいよいよ念じたてまつる。

 年は六十ばかりになりたれど、いときよげにあらまほしう、行なひさらぼひて、人のほどのあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれぼれしきことはあれど、いにしへのことをも(訂正跡24・補注27)知りて(補注28)、ものきたなからず、よしづきたることも交れれば、昔物語などせさせて聞きたまふに、すこしつれづれの紛れなり。
 年ごろ、公私御暇なくて、さしも聞き置きたまはぬ世の古事どもくづし出でて、「かかる所をも人をも、見ざらましかば、さうざうしくや」とまで、興ありと思すことも交る。

 かうは馴れきこゆれど、いと気高う心恥づかしき御ありさまに、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出できこえぬを、「心もとなう、口惜し」と、母君と言ひ合はせて嘆く。

 正身は、「おしなべての人だに、めやすきは見えぬ世界に、世にはかかる人もおはしけり」と見たてまつりしにつけて、身のほど知られて、いと遥かにぞ思ひきこえける。親たちのかく思ひあつかふを聞くにも、「似げなきことかな」と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。

 [第四段 夏四月となる]

 四月になりぬ。更衣の御装束、御帳の帷子など、よしあるさまにし出でつつ(補注29)、よろづに仕うまつりいとなむを、「いとほしう、すずろなり」と思せど、人ざまのあくまで思ひ上がりたるさまのあてなるに(訂正跡25)、思しゆるして見たまふ。

 京よりも、うちしきりたる御とぶらひども、たゆみなく多かり。のどやかなる夕月夜に、海の上曇りなく見えわたれるも、住み馴れたまひし故郷の池水(補注30)、思ひまがへられたまふに、言はむかたなく恋しきこと、何方となく行方なき心地したまひて、ただ目の前に見やらるるは、淡路島なりけり。
 「あはと、遥かに」など(訂正跡26)のたまひて、

 〔源氏〕「あはと見る淡路の島のあはれさへ残るくまなく澄める夜の月」

 久しう手触れたまはぬ琴を、袋より取り出でたまひて、はかなくかき鳴らしたまへる御さまを、見たてまつる人もやすからず、あはれに悲しう思ひあへり。
 「広陵(奥入05)」といふ手を、ある限り弾きすましたまへるに、かの岡辺の家も、松の響き波の音に合ひて、心ばせある若人は身にしみて思ふべかめり。何とも聞き(訂正跡27)わくまじきこのもかのものしはふる人どもも、すずろはしくて、浜風をひきありく。

 [第五段 源氏、入道と琴を合奏]

 入道もえ堪へで、供養法たゆみて、急ぎ参れり。
 〔入道〕「さらに、背きにし世の中も取り返し思ひ出でぬべくはべり。後の世に願ひはべる所のありさまも、思うたまへ(訂正跡28)やらるる夜の、さまかな」
 と泣く泣く、めできこゆ。

 わが(訂正跡29)御心にも、折々の御遊び、その人かの人の琴笛、もしは声の出でしさまに(補注31)、時々につけて、世にめでられたまひしありさま、帝よりはじめたてまつりて、もてかしづきあがめたてまつりたまひしを、人の上もわが御身のありさまも、思し出でられて、夢の心地したまふままに、かき鳴らしたまへる声も、心すごく聞こゆ。

 古人は(補注32)涙もとどめあへず、岡辺に、琵琶、(訂正跡30)の琴取りにやりて、入道、琵琶の法師になりて、いとをかしう珍しき手一つ二つ弾きたり(補注33)

 箏の御琴参りたれば、少し弾きたまふも、さまざまいみじうのみ思ひきこえたり。いと、さしも聞こえぬ物の音だに(訂正跡31)、折からこそはまさるものなるを、はるばると物のとどこほりなき海づらなるに、なかなか、春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭ども、なまめかしきに、水鶏のうちたたきたるは、「誰が門さして」と、あはれにおぼゆ。

 音もいと二なう出づる琴どもを、いとなつかしう弾き鳴らしたるも、御心とまりて、
 〔源氏〕「これは、女のなつかしきさまにてしどけなう弾きたるこそ、をかしけれ」
 と、おほかたにのたまふを、入道はあいなくうち笑みて、
 〔入道〕「あそばすよりなつかしきさまなるは、いづこのかはべらむ。なにがし、延喜の御手より弾き伝へたること、四代(補注34)になむなりはべりぬるを、かうつたなき身にて、この世のことは捨て忘れはべりぬるを、もののせちにいぶせき折々は、かき鳴らしはべりしを、あやしう、まねぶ者のはべるこそ、自然にかの先大王の御手に通ひてはべれ。山伏のひが耳に、松風を聞きわたしはべるにやあらむ。いかで、これも(訂正跡32・補注35)忍びて聞こしめさせてしがな」
 と聞こゆるままに、うちわななきて、涙落とすべかめり。

 君、
 「琴を琴とも聞きたまふまじかりけるあたりに、ねたきわざかな」
 とて、押しやりたまふに、
 〔源氏〕「あやしう、昔より(訂正跡33)は、女なむ弾き取るものなりける。嵯峨の御伝へにて、女五の宮、さる世の中の上手にものしたまひけるを、その御筋にて、取り立てて伝ふる人なし。すべて、ただ今世に名を取れる人びと、掻き撫での心やりばかりにのみあるを、ここにかう弾きこめたまへりける、いと興ありけることかな。いかでかは、聞くべき」
 とのたまふ。

 〔入道〕「聞こしめさむには、何の憚りかはべらむ。御前に召しても。商人の中にて(奥入03)だにこそ、古琴聞きはやす人は、はべりけれ。琵琶なむ、まことの音を弾きしづむる人、いにしへも難うはべりしを、をさをさとどこほることなうなつかしき手など、筋ことになむ。いかでたどるにかはべらむ。荒き波の声に交るは、悲しくも思うたまへられながら、かき積むるもの嘆かしさ、紛るる折々もはべり」
 など好きゐたれば、をかしと思して、箏の琴取り替へて賜はせたり。

 げに、いとすぐしてかい弾きたり。今の世に聞こえぬ筋弾きつけて、手づかひいといたう唐めき、ゆの音深う澄ましたり。「伊勢の海(奥入01)」ならねど、「清き渚に貝や拾はむ」など、声よき人に歌はせて、我も時々拍子とりて、声うち添へたまふを、琴弾きさしつつ、めできこゆ。御くだものなど、めづらしきさまにて参らせ、人びとに酒強ひそしなどして、おのづからもの忘れしぬべき夜のさまなり。

 [第六段 入道の問わず語り]

 いたく更けゆくままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに、澄みまさり、静かなるほどに、御物語残りなく聞こえて、この浦に住みはじめしほどの心づかひ、後の世を勤むるさま、かきくづし聞こえて、この娘のありさま、問はず語りに聞こゆ。をかしきものの、さすがにあはれと聞きたまふ節もあり。

 〔入道〕「いと取り申しがたきことなれど、わが君、かうおぼえなき世界に、仮にても、移ろひおはしましたるは、もし、年ごろ老法師の祈り申しはべる神仏のあはれびおはしまして、しばしのほど、御心をも悩ましたてまつるにやとなむ思うたまふる。

 その故は、住吉の神を頼みはじめたてまつりて、この十八年になりはべりぬ。女の童(補注36)いときなうはべりしより、思ふ心はべりて、年ごとの春秋ごとに、かならずかの御社に参ることなむはべる。昼夜の六時の勤めに、みづからの蓮の上の願ひをば、さるものにて、ただこの人を高き本意叶へたまへと、なむ念じはべる。

 前の世の契りつたなくてこそ、かく口惜しき山賤となりはべりけめ、親、大臣の位を保ちたまへりき。みづからかく田舎の民となりにてはべり。次々、さのみ劣りまからば(訂正跡34)、何の身にかなりはべらむと、悲しく思ひはべるを、これは、生れし時より頼むところなむはべる。いかにして都の貴き人にたてまつらむと思ふ心、深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人の嫉みを負ひ、身のためからき目を見る折々も多くはべれど、さらに苦しみと思ひはべらず。命の限りは狭き衣にもはぐくみはべりなむ。かくながら見捨てはべりなば、波のなかにも交り失せね、となむ掟てはべる」

 など、すべてまねぶべくもあらぬことどもを、うち泣きうち泣き聞こゆ。
 君も、ものをさまざま思し続くる折からは、うち涙ぐみつつ聞こしめす。

 〔源氏〕「横さまの罪に当たりて、思ひかけぬ世界にただよふも、何の罪にかとおぼつかなく思ひつる(補注37)、今宵の御物語に聞き合はすれば、げに浅からぬ前の世の契りにこそはと、あはれになむ。などかは、かくさだかに思ひ知りたまひけることを、今までは告げたまはざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行なひより他のことなくて月日を経るに、心も皆くづほれにけり。かかる人ものしたまふとは、ほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ捨てたまふらめと、思ひ屈しつるを、さらば導きたまふべきにこそあなれ。心細き一人寝の慰めにも」
 などのたまふを、限りなくうれしと思へり。

 〔入道〕「一人寝は君も知りぬやつれづれと思ひ明かしの浦さびしさを
 まして年月思ひたまへわたるいぶせさを、推し量らせたまへ」
 と聞こゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆゑなからず。

 〔源氏〕「されど、浦なれたまへらむ人は」とて、
 「旅衣うら悲しさに明かしかね草の枕は夢も結ばず」

 と、うち乱れたまへる御さまは、いとぞ愛敬づき、言ふよしなき御けはひなる。数知らぬことども聞こえ尽くしたれど、うるさしや。ひがことどもに書きなしたれば、いとど、をこにかたくなしき入道の心ばへも、あらはれぬべかめり。

 [第七段 明石の娘へ懸想文]

 思ふこと、かつがつ叶ひぬる心地して、涼しう思ひゐたるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文つかはす。心恥づかしきさまなめるも、なかなか、かかるものの隈にぞ、思ひの外なることも籠もるべかめると、心づかひしたまひて、高麗の胡桃色の紙に、えならずひきつくろひて、

 〔源氏〕「をちこちも知らぬ雲居に眺めわびかすめし宿の梢をぞ訪ふ
 『思ふには』」

 とばかりやありけむ。
 入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に来ゐたりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。
 御返り、いと久し。内に入りてそそのかせど、娘はさらに聞かず。恥づかしげなる(補注38)御文のさまに、さし出でむ手つきも、恥づかしう(訂正跡35)つつまし(補注39)。人の御ほど、わが身のほど思ふに(訂正跡36)、こよなくて、心地悪しとて寄り臥しぬ。
 言ひわびて、入道ぞ書く。

 〔入道〕「いとかしこきは、田舎びてはべる袂に、つつみあまりぬるにや。さらに見たまへも、及びはべらぬかしこさになむ。さるは、
  眺むらむ同じ雲居を眺むるは思ひも同じ思ひなるらむ
 となむ見たまふる。いと好き好きしや」

 と聞こえたり。陸奥紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。「げにも、好きたるかな」と、めざましう見たまふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。

 またの日、
 〔源氏〕「宣旨書きは、見知らずなむ」とて、

 「いぶせくも心にものを悩むかなやよやいかにと問ふ人もなみ
 『言ひがたみ』」

 と、このたびは、いといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書きたまへり。若き人のめでざらむも、いとあまり埋れいたからむ。めでたしとは見れど、なずらひならぬ身のほどの、いみじうかひなければ、なかなか、世にあるものと、尋ね知りたまふにつけて、涙ぐまれて、さらに例の動なきを、せめて言はれて、浅からず染めたる紫の紙に、墨つき濃く薄く紛らはして、

 〔明石君〕「思ふらむ心の(訂正跡37)ほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きか悩まむ」

 手のさま、書きたるさまなど、やむごとなき人にいたう劣るまじう、上衆めきたり。
 京のことおぼえて、をかしと見たまへど、うちしきりて遣はさむも、人目つつましければ(訂正跡38)、二、三日隔てつつ、つれづれなる夕暮れ、もしは、ものあはれなる曙などやうに紛らはして、折々、同じ心に(補注40)見知りぬべきほど推し量りて、書き交はしたまふに、似げなからず。
 心深う思ひ上がりたるけしきも、見ではやまじと思すものから、良清が領じて言ひしけしきもめざましう、年ごろ心つけてあらむを、目の前に思ひ違へむもいとほしう思しめぐらされて、「人進み参らば、さる方にても、紛らはしてむ」と思せど、女はた、なかなかやむごとなき際の人よりも、いたう思ひ上がりて、ねたげにもてなしきこえたれば、心比べにてぞ過ぎける。

 京のことを、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひきこえたまひて、「いかにせまし。たはぶれにくくもあるかな。忍びてや、迎へたてまつりてまし」と、思し弱る折々あれど、「さりとも、かくてやは、年を重ねむ」と(補注41)、「今さらに人悪ろきことをば」と、思し静めたり。

 [第八段 都の天変地異]

 その年、朝廷に、もののさとししきりて、もの騒がしきこと多かり。三月十三日、雷鳴りひらめき、雨風騒がしき夜、帝の御夢に、院の帝、御前の御階のもとに立たせたまひて、御けしきいと悪しうて、にらみきこえさせたまふを、かしこまりておはします。聞こえさせたまふことも(補注42)多かり。源氏の御事なりけむかし。
 いと恐ろしう、いとほしと思して、后に聞こえさせたまひければ、
 〔大后〕「雨など降り、空乱れたる夜は、思ひなしなることはさぞはべる。軽々しきやうに、思し驚くまじきこと」
 と聞こえたまふ。

 にらみたまひしに、目見合はせたまふ(補注43)と見しけにや、御目(訂正跡39・補注44)患ひたまひて、堪へがたう悩みたまふ。御つつしみ、内裏にも宮にも限りなくせさせたまふ。

 太政大臣亡せたまひぬ。ことわりの御齢なれど、次々におのづから騒がしきことあるに、大宮もそこはかとなう患ひたまひて、ほど経れば弱りたまふやうなる、内裏に思し嘆くこと、さまざまなり。

 〔帝〕「なほ、この源氏の君、まことに犯しなきにてかく沈むならば、かならずこの報いありなむとなむおぼえはべる。今は、なほもとの位をも賜ひてむ」
 とたびたび思しのたまふを、

 〔大后〕「世のもどき、軽々しきやうなるべし。罪に懼ぢて都を去りし人を、三年をだに過ぐさず許されむことは、世の人もいかが言ひ伝へはべらむ」
 など、后かたく諌めたまふに、思し憚るほどに月日かさなりて、御悩みども、さまざまに重りまさらせたまふ。

 

第三章 明石の君の物語 結婚の喜びと嘆きの物語

 [第一段 明石の侘び住まい]

 明石には、例の、(補注45)、浜風のことなるに、一人寝もまめやかにものわびしうて、入道にも折々語らはせたまふ。
 〔源氏〕「とかく紛らはして、こち参らせよ」
 とのたまひて、渡りたまはむことをばあるまじう思したるを、正身はた、さらに思ひ立つべくもあらず。

 〔明石君〕「いと口惜しき際の田舎人こそ、仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふわざ(訂正跡40)をもすなれ、人数にも思されざらむものゆゑ、我はいみじきもの思ひをや添へむ。かく及びなき心を思へる親たちも、世籠もりて過ぐす年月こそ、あいな頼みに、行く末心にくく思ふらめ、なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「ただこの浦におはせむほど、かかる御文ばかりを聞こえかはさむこそ、おろかならね。年ごろ音にのみ聞きて、いつかはさる人の御ありさまをほのかにも見たてまつらむなど、思ひかけざりし御住まひにて、まほならねどほのかにも見たてまつり、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御ありさまおぼつかなからで、かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまることなれ」
 など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近きことは思ひ寄らず。

 親たちは、ここらの年ごろの祈りの叶ふべきを思ひながら、
 「ゆくりかに見せたてまつりて、思し数まへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」
 と思ひやるに、ゆゆしくて、
 「めでたき人と聞こゆとも、つらういみじうもあるべきかな。目にも(補注46)見えぬ仏、神を頼みたてまつりて、人の御心をも、宿世をも知らで」
 など、うち返し思ひ乱れたり。君は、
 「このころの波の音に、かの物の音を聞かばや。さらずは、かひなくこそ」
 など、常はのたまふ。

 [第二段 明石の君を初めて訪ねる]

 忍びて吉しき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに立ちゐ、かかやくばかりしつらひて、十三日の月(補注47)のはなやかにさし出でたるに、ただ「あたら夜の(付箋①)」と聞こえたり。

 君は、「好きのさまや」と思せど、御直衣たてまつりひきつくろひて、夜更かして出でたまふ。御車は二なく作りたれど、所狭しとて、御馬にて出でたまふ。惟光などばかりをさぶらはせたまふ。やや遠く入る所なりけり。道のほども、四方の浦々見わたしたまひて、思ふどち見まほしき入江の月影にも、まづ恋しき人の御ことを思ひ出できこえたまふに、やがて馬引き過ぎて、赴きぬべく思す。

 〔源氏〕「秋の夜の月毛の駒よ我が恋ふる雲居を翔れ時の間も見む」

 と、うちひとりごたれたまふ。

 造れるさま、木深く、いたき所まさりて、見どころある住まひなり。海のつらはいかめしうおもしろく、これは心細く住みたるさま、「ここにゐて、思ひ残すことはあらじ(補注48)」と、思しやらるるに、ものあはれなり。三昧堂近くて、鐘の声、松風に響きあひて、もの悲しう、岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへあるさまなり。前栽どもに虫の声を尽くしたり(訂正跡41)。ここかしこのありさまなど御覧ず。娘住ませたる方は、心ことに磨きて、月入れたる真木の戸口、けしきばかり(訂正跡42・補注49)押し開けたり。

 うちやすらひ、何かとのたまふにも、「かうまでは見えたてまつらじ」と深う思ふに、もの嘆かしうて、うちとけぬ心ざまを、「こよなうも人めきたるかな。さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、いとかくやつれたるに、あなづらはしきにや」とねたう、さまざまに思し悩めり。「情けなうおし立たむも、ことのさまに違へり。心比べに負けむこそ、人悪ろけれ」など、乱れ怨みたまふさま、げにもの思ひ知らむ人にこそ見せまほしけれ。

 近き几帳の紐に、箏の琴の弾き鳴らされたるも、けはひしどけなく、うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、
 〔源氏〕「この、聞きならしたる琴をさへや」
 など、よろづにのたまふ。

 〔源氏〕「むつごとを語りあはせむ人もがな憂き世の夢もなかば覚むやと」

 〔明石君〕「明けぬ夜にやがて惑へる(訂正跡43)心にはいづれを夢とわきて語らむ」

 ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとようおぼえたり。何心もなくうちとけてゐたりけるを、かうものおぼえぬに、いとわりなくて、近かりける障子の内に入りて、いかで固めけるにか、いと強きを、しひてもおし立ちたまはぬさまなり。されど、さのみもいかでかあらむ。

 人ざま、いとあてに、そびえて、心恥づかしきけはひぞしたる。かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。御心ざしの、近まさりするなるべし、常は厭はしき夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、「人に知られじ」と思すも、心あわたたしうて、こまかに語らひ置きて、出でたまひぬ。

 御文、いと忍びてぞ今日はある。あいなき御心の鬼なりや。ここにも、かかることいかで漏らさじとつつみて、御使ことことしうももてなさぬを、(訂正跡44)いたく思へり。

 かくて後は、忍びつつ時々おはす。「ほどもすこし離れたるに、おのづからもの言ひさがなき海人の子もや立ちまじらむ」と思し憚るほどを、「さればよ」と思ひ嘆きたるを、「げに、いかならむ」と、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただこの御けしきを待つことにはす。今さらに心を乱るも、いといとほしげなり。

 [第三段 紫の君に手紙]

 二条の君の、風のつてにも漏り聞きたまはむことは、「たはぶれにても、心の隔てありけると、思ひ疎まれたてまつらむ(補注50)、心苦しう恥づかしう」思さるるも、あながちなる御心ざしのほどなりかし。「かかる方のことをば(訂正跡45)、さすがに、心とどめて怨みたまへりし折々、などて、あやなきすさびごとにつけても、(訂正跡46)思はれたてまつりけむ」など、取り返さまほしう、人のありさまを見たまふにつけても、恋しさの慰む方なければ(訂正跡47)、例よりも御文こまやかに書きたまひて(補注51)

 〔源氏〕「まことや、我ながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれたてまつりし節々を、思ひ出づるさへ胸いたきに、また、あやしうものはかなき夢をこそ見はべりしか。かう聞こゆる問はず語りに、隔てなき心のほどは思し合はせよ。『誓ひしことも(付箋②)』」など書きて、

 〔源氏〕「何事につけても、
  しほしほとまづぞ泣かるるかりそめのみるめは海人のすさびなれども」

 とある御返り、何心なくらうたげに書きて(訂正跡48・補注52)

 〔紫君〕「忍びかねたる御夢語りにつけても、思ひ合はせらるること多かるを、
  うらなくも思ひけるかな契りしを松より波は越えじものぞと」

 おいらかなるものから、ただならずかすめたまへるを、いとあはれに、うち置きがたく見たまひて、名残久しう、忍びの旅寝もしたまはず。

 [第四段 明石の君の嘆き]

 女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。
 〔明石君〕「行く末短げなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に人並々になるべき身と(補注53)思はざりしかど、ただそこはかとなくて過ぐしつる年月は、何ごとをか心をも悩ましけむ、かういみじうもの思はしき世にこそありけれ」
 と、かねて推し量り思ひしよりも、よろづに悲しけれど、なだらかにもてなして、憎からぬさまに見えたてまつる。

 あはれとは月日に添へて思しませど、やむごとなき方の、おぼつかなくて年月を過ぐしたまひ(補注54)、ただならずうち思ひおこせたまふらむが、いと心苦しければ、独り臥しがちにて過ぐしたまふ。

 絵をさまざま描き集めて、思ふことどもを書きつけ、返りこと聞くべきさまにしなしたまへり。見む人の心に染みぬべきもののさまなり(訂正跡49)。いかでか、空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれに慰む方なくおぼえたまふ折々、同じやうに絵を描き集めたまひつつ、やがて我が御ありさま、日記のやうに書きたまへり。いかなるべき御さまどもにかあらむ。

 

第四章 明石の君の物語 明石の浦の別れの秋の物語

 [第一段 七月二十日過ぎ、帰京の宣旨下る]

 年変はりぬ。内裏に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる。当代の御子は、右大臣の女、承香殿の女御の御腹に男御子生まれたまへる、二つになりたまへば、いといはけなし。春宮にこそは譲りきこえたまはめ。朝廷の御後見をし、世をまつりごつべき人を思しめぐらすに、この源氏のかく沈みたまふこと、いとあたらしうあるまじきことなれば、つひに后の御諌めを(補注55)背きて、赦されたまふべき定め出で来ぬ。

 去年より、后も御もののけ悩みたまひ、さまざまのもののさとししきり、騒がしきを、いみじき御つつしみどもをしたまふしるしにや、よろしうおはしましける御目の悩みさへ、このころ重くならせたまひて、もの心細く思されければ、七月二十余日のほどに、また重ねて、京へ帰りたまふべき宣旨下る。

 つひのことと思ひしかど、世の常なきにつけても、「いかになり果つべきにか」と(訂正跡50)嘆きたまふを、かうにはかなれば、うれしきに添へても、また、この浦を今はと思ひ離れむことを思し嘆くに、入道、さるべきことと思ひながら、うち聞くより胸ふたがりておぼゆれど、「思ひのごと栄えたまはばこそは、我が思ひの叶ふにはあらめ」など、思ひ直す。

 [第二段 明石の君の懐妊]

 そのころは、夜離れなく語らひたまふ。六月ばかりより心苦しきけしきありて悩みけり。かく別れたまふべきほどなれば、あやにくなるにやありけむ、ありしよりもあはれに思して、「あやしうもの思ふべき身にもありけるかな」と思し乱る。

 女は、さらにも言はず思ひ沈みたり。いとことわりなりや。思ひの外に悲しき道に出で立ちたまひしかど、「つひには行きめぐり来なむ」と、かつは思し(訂正跡51)慰めき。
 このたびはうれしき方の御出で立ちの、「またやは帰り見るべき」と思すに、あはれなり。

 さぶらふ人びと、ほどほどにつけてはよろこび思ふ。京よりも御迎へに人びと参り、心地よげなるを、主人の入道、涙にくれて、月も立ちぬ。
 ほどさへあはれなる空のけしきに、「なぞや、心づから今も昔も、すずろなることにて身をはふらかすらむ」と、さまざまに思し乱れたるを、心知れる人びとは、
 「あな憎、例の御癖ぞ」
 と、見たてまつりむつかるめり。
 「月ごろは、つゆ人にけしき見せず、時々はひ紛れなどしたまへるつれなさを」
 「このごろ、あやにくに、なかなかの(訂正跡52)、人の心づくしにか(補注56)
 と、つきしろふ。少納言、しるべして聞こえ出でし初めのことなど(訂正跡53)、ささめきあへるを、ただならず思へり。

 [第三段 離別間近の日]

 明後日ばかりになりて、例のやうにいたくも更かさで渡りたまへり。さやかにもまだ見たまはぬ容貌など、「いとよしよししう、気高きさまして、めざましうもありけるかな」と、見捨てがたく口惜しう思さる。「さるべきさまにして迎へむ」と思しなりぬ。さやうにぞ語らひ慰めたまふ。

 男の御容貌、ありさまはた、さらにも言はず。年ごろの御行なひにいたく面痩せたまへるしも、言ふ方なくめでたき御ありさまにて、心苦しげなるけしきにうち涙ぐみつつ、あはれ深く契りたまへるは、「ただかばかりを、幸ひにても、などか止まざらむ」とまでぞ見ゆめれど、めでたきにしも、我が身のほどを思ふも、尽きせず。波の声、秋の風には、なほ響きことなり。塩焼く煙かすかにたなびきて、とりあつめたる所のさまなり。

 〔源氏〕「このたびは立ち別るとも藻塩焼く煙は同じ方になびかむ」

 とのたまへば、

 〔明石君〕「かきつめて海人のたく藻の思ひにも今はかひなき恨みだにせじ」

 あはれにうち泣きて、言少ななるものから、さるべき節の御応へなど浅からず聞こゆ。この、常にゆかしがりたまふ物の音など、さらに聞かせたてまつらざりつるを、いみじう恨みたまふ。
 〔源氏〕「さらば、形見にも偲ぶばかりの一琴をだに」
 とのたまひて、京より持ておはしたりし琴の御琴取りに遣はして、心ことなる調べをほのかにかき鳴らしたまへる、深き夜の澄めるは、たとへむ方なし。

 入道、え堪へで箏の琴取りてさし入れたり。みづからも、いとど涙さへそそのかされて、とどむべき方なきに、誘はるるなるべし、忍びやかに調べたるほど、いと上衆めきたり。入道の宮の御琴の音を、ただ今のまたなきものに思ひきこえたるは、「今めかしう、あなめでた」と、聞く人の心ゆきて、容貌さへ思ひやらるることは、げに、いと限りなき御琴の音なり。

 これはあくまで弾き澄まし、心にくくねたき音ぞまされる。この御心にだに、初めてあはれになつかしう、まだ耳なれたまはぬ手など、心やましきほどに弾きさしつつ、飽かず思さるるにも、「月ごろ、など強ひても、聞きならさざりつらむ」と、悔しう思さる。心の限り行く先の契りをのみしたまふ。
 〔源氏〕「琴は、また掻き合はするまでの形見に」
 とのたまふ。女、

 〔明石君〕「なほざりに頼め置くめる一ことを尽きせぬ音にやかけて偲ばむ」

 言ふともなき口すさびを、恨みたまひて、

 〔源氏〕「逢ふまでのかたみに契る中の緒の調べはことに変はらざらなむ

 この音違はぬさきにかならずあひ見む」
 と頼めたまふめり。されど、ただ別れむほどのわりなさを思ひ咽せ(訂正跡54)たるも、いとことわりなり。

 [第四段 離別の朝]

 立ちたまふ暁は、夜深く出でたまひて、御迎への人びとも騒がしければ、心も空なれど、人まをはからひて、

 〔源氏〕「うち捨てて立つも悲しき浦波の名残いかにと思ひやるかな」

 御返り(訂正跡55)

 〔明石君〕「年経つる苫屋も荒れて憂き波の返る方にや身をたぐへまし」

 と、うち思ひけるままなるを見たまふに、忍びたまへど、ほろほろとこぼれぬ。心知らぬ人びとは、
 「なほかかる御住まひ(訂正跡56)なれど、年ごろといふばかり馴れたまへるを、今はと思すは、さもあることぞかし」
 など見たてまつる。
 良清(訂正跡57)などは、「おろかならず思すなめりかし」と、憎くぞ思ふ。

 うれしきにも、「げに、今日を限りに、この渚を別るること」などあはれがりて、口々しほたれ言ひあへることどもあめり。されど、何かはとてなむ。

 入道、今日の御まうけ、いといかめしう仕うまつれり。人びと、下の品まで、旅の装束めづらしきさまなり。いつの間にかしあへけむと見えたり。御よそひは言ふべくもあらず。御衣櫃あまたかけさぶらはす(補注57)。まことの都の苞にしつべき御贈り物ども、ゆゑづきて、思ひ寄らぬ隈なし。今日たてまつるべき狩の御装束に、

 〔明石君〕「寄る波に立ちかさねたる旅衣しほどけしとや人の厭はむ」

 とあるを御覧じつけて、騒がしけれど、

 〔源氏〕「かたみにぞ換ふべかりける逢ふことの日数隔てむ中の衣を」

 とて、「心ざしあるを」とて、たてまつり替ふ。御身になれたるどもを遣はす。げに、今一重偲ばれたまふべきことを添ふる形見なめり。えならぬ御衣に匂ひの移りたるを、いかが人の心にも染めざらむ。
 入道、
 「今はと世を離れはべりにし身なれども、今日の御送りに仕うまつらぬこと」
 など申して、かひをつくるもいとほしながら、若き人は笑ひ(訂正跡58)ぬべし。

 〔入道〕「世をうみにここらしほじむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね

 心の闇は、いとど惑ひぬべくはべれば、境までだに」と聞こえて、
 〔入道〕「好き好きしきさまなれど、思し出でさせたまふ折はべらば」
 など、御けしき賜はる。いみじうものをあはれと思して、所々うち赤みたまへる御まみのわたりなど、言はむかたなく見えたまふ。
 〔源氏〕「思ひ捨てがたき筋もあめれば、今いととく見直したまひてむ。ただこの住みかこそ見捨てがたけれ。いかがすべき」とて、

 〔源氏〕「都出でし春の嘆きに劣らめや年経る浦を別れぬる秋」

 とて、おし拭ひたまへるに、いとどものおぼえず、しほたれまさる。立ちゐもあさましうよろぼふ。

 [第五段 残された明石の君の嘆き]

 正身の心地、たとふべき方なくて、かうしも人に見えじと思ひ沈むれど、身の憂きをもとにて、わりなきことなれど、うち捨てたまへる恨みのやる方なきに(補注58)、たけきこととは、ただ涙に沈めり。母君も慰めわびては、
 〔母君〕「何に、かく心尽くしなることを思ひそめけむ。すべて、ひがひがしき人に従ひける心のおこたりぞ」
 と言ふ。
 〔入道〕「あなかまや。思し捨つまじきこともものしたまふめれば、さりとも、思すところあらむ。思ひ慰めて、御湯などをだに参れ。あな、ゆゆしや」
 とて、片隅に寄りゐたり。乳母、母君など、ひがめる心を言ひ合はせつつ、
 「いつしか、いかで思ふさまにて見たてまつらむと、年月を頼み過ぐし、今や、思ひ叶ふとこそ頼みきこえつれ、心苦しきことをも、もののはじめ(補注59)に見るかな」

 と嘆くを見るにも、いとほしければ、いとどほけられて、昼は日一日、寝をのみ寝暮らし、夜はすくよかに起きゐて、「数珠の行方も知らずなりにけり」とて、手をおしすりて仰ぎゐたり。
 弟子どもにあはめられて、月夜に出でて行道するものは、遣水に倒れ入りにけり。よしある岩の片側に腰もつきそこなひて、病み臥したるほどになむ、すこしもの紛れける。

 

第五章 光る源氏の物語 帰京と政界復帰の物語

 [第一段 難波の御祓い]

 君は、難波の方に渡りて御祓へしたまひて、住吉にも、平らかにて、いろいろの願果たし申すべきよし、御使して申させたまふ。にはかに所狭うて(訂正跡59)、みづからはこのたびえ詣でたまはず、ことなる御逍遥などなくて、急ぎ入り(訂正跡60)たまひぬ。

 二条院におはしまし(訂正跡61)着きて、都の人も、御供の人も(補注60)、夢の心地して行き合ひ、喜び泣きども(補注61)ゆゆしきまで立ち騷ぎたり。
 女君も、かひなきものに思し捨てつる命、うれしう思さるらむ(訂正跡62)かし。いとうつくしげにねびととのほりて、御もの思ひのほどに、所狭かりし御髪のすこしへがれ(訂正跡63)たるしも、いみじうめでたきを、「今はかくて見るべきぞかし」と、御心落ちゐるにつけては、また、かの飽かず別れし人の思へりしさま、心苦しう思しやらる。なほ世とともに、かかる方にて御心の暇ぞなきや。

 その人のことどもなど聞こえ出でたまへり。思し出でたる御けしき浅からず見ゆるを、ただならずや見たてまつりたまふらむ、わざとならず、「身をば思はず」など、ほのめかしたまふぞ、をかしうらうたく思ひきこえたまふ。かつ、「見るにだに飽かぬさまを、いかで(訂正跡64)隔てつる年月ぞ」と、あさましきまで思ほすに、取り返し、世の中もいと恨めしうなむ。

 ほどもなく、元の御位あらたまりて、員より外の権大納言になりたまふ。次々の人も、さるべき限りは元の官返し賜はり、世に許さるるほど、枯れたりし木の春にあへる心地して、いとめでたげなり。

 [第二段 源氏、参内]

 召しありて、内裏に参りたまふ。御前にさぶらひたまふに、ねびまさりて、「いかで、さるものむつかしき住まひに年経たまひつらむ」と見たてまつる。女房などの、院の御時(補注62)さぶらひて、老いしらへるどもは、悲しくて、今さらに泣き騒ぎめできこゆ。

 主上も、恥づかしうさへ思し召されて、御よそひなどことに引きつくろひて出でおはします。御心地、例ならで、日ごろ経させたまひければ、いたう衰へさせたまへるを、昨日今日ぞ、すこしよろしう思されける。御物語しめやかにありて、夜に入りぬ。

 十五夜の月おもしろう静かなるに、昔のこと、かき尽くし(訂正跡65・補注63)思し出でられて、しほたれさせたまふ。もの心細く思さるるなるべし。
 〔帝〕「遊びなどもせず、昔聞きし物の音なども聞かで、久しうなりにけるかな」
 (訂正跡66)のたまはするに、

 〔源氏〕「わたつ海にしなえうらぶれ蛭の児の(奥入02)脚立たざりし年は経にけり」

 と聞こえたまへり(補注64)。いとあはれに心恥づかしう思されて、

 〔帝〕「宮柱めぐりあひける時しあれば別れし春の恨み残すな」

 いとなまめかしき御ありさまなり。

 院の御ために、八講行はるべきこと、まづ急がせたまふ。春宮を見たてまつりたまふに、こよなくおよすげさせたまひて、めづらしう思しよろこびたるを、限りなくあはれと見たてまつりたまふ。御才もこよなくまさらせたまひて、世をたもたせたまはむに、憚りあるまじく、かしこく見えさせたまふ。
 入道の宮にも、御心すこし静めて、御対面のほどにも、あはれなることどもあらむかし。

 [第三段 明石の君への手紙、他]

 まことや、かの明石には、返る波に(補注65)御文遣はす。ひき隠してこまやかに書きたまふめり。

 〔源氏〕「波のよるよるいかに、
  嘆きつつ明石の浦に朝霧の立つやと人を思ひやるかな」

 かの帥の娘五節(補注66)、あいなく、人知れぬもの思ひさめぬる心地して、まくなぎ(奥入04)つくらせてさし置かせけり。

 〔五節〕「須磨の浦に心を寄せし舟人のやがて朽たせる袖を見せばや」

 「手などこよなくまさりにけり」と、見おほせたまひて、遣はす。

 〔源氏〕「帰りてはかことやせまし寄せたりし名残に袖の干がたかりしを」

 「飽かずをかし」と思しし名残なれば、おどろかされたまひて、いとど思し出づれど、このごろは、さやうの御振る舞ひ、さらにつつみたまふめり。
 花散里などにも、ただ御消息などばかりにて、おぼつかなく、なかなか恨めしげなり。

 【注釈】
大島本「明石」の奥入と朱筆による付箋注記を記載した。
奥入(「須磨」巻から正しく移した)
01 伊勢海 律
02 しな$(へ)うらふれひるのこの
   日本世紀 故略
   二男蛭児生而體如蛭及三年
   不起其父母之乗葦船而流
03 文集 琵琶引
   今年歓笑復明年秋春風等閑度
   弟走従軍阿夷死暮去朝来顔色
   故門前零落鞍馬稀老大嫁作商人婦
   商人重利軽離別前月浮梁買茶花 又
   去来江口守空船遶船月明江水寒
   夜深忽夢少年事夢啼粧涙紅闌干
   我聞琵琶已歎息又聞此語重喞々
   同是天涯淪落人相悲何必會相識
   我従去年辞帝京謫居病臥尋陽城
   尋陽小処無音楽終歳不聞糸竹聲
   今夜聞君琵琶語如聴仙楽耳暫明
   莫辞更坐弾一曲為君翻作琵琶行
   感我此言良久 却坐促絃々転急
   悽々不似向前聲満座重聞皆淹泣
   就中泣下誰最多江州司馬青衫湿
04 まくなき
    可尋勘但凡俗之詞有之云々
05 晋書嵆康傳
   嵆康嘗遊洛西暮宿華陽中
   引琴弾夜分忽有客詣々称是
   古人与康共談音律辞致清弁
   目案琴弾之而為廣陵散聲調
   絶倫遂以授康仍誓不傳人亦不言
   其姓字

朱筆付箋注記
付箋① あたら夜の月と花とをゝなしくハあハれしれらん人に見せハや(後撰集103)
付箋② 忘れしとちかひしことの(&を〔墨〕)あやまてす(たは〔墨〕)みかさの山の神もことハれ(源氏釈所引、出典未詳)

 【校訂付記】
底本:大島本 本行本文を尊重し、書写者自身による訂正及び、監修者あるいは校閲者と思われる(一校了)「二校」の訂正跡を掲出した。
訂正跡01 騒がれて--さハ可〔朱〕)連亭 朱筆で「佐」の上に「ヒ」とミセケチする。
訂正跡02 いとど--日起あくるより($〔墨〕〔朱〕)いとゝ 墨筆で左側に二点ミセケチし、さらに朱筆で文字上に傍線引き抹消する。
訂正跡3 あやしき--いと($〔墨〕〔朱〕)あやしき 墨筆で「いと」の上に二点ミセケチし、さらに朱筆で文字上に傍線引き抹消する。
訂正跡04 吹き出でて--いて徒ゝ(+て、徒ゝ$) 墨筆で「て」を補入し、「つゝ」を二点ミセケチする。
訂正跡05 あやまちにてか--あやまち(+尓)て可 墨筆細字で「に」を補入。本文一筆。
訂正跡06 見--(+ミ) 墨筆細字で「み」を補入。本文一筆。
訂正跡07 え追ひ払はず--(+え〔朱〕)をひハ($〔朱〕)者春 朱筆補入符号を入れ、「え」と補入し、かつ朱筆で「ゝ」を二点ミセケチして、「ら」と訂正する。
訂正跡08 終ふる--越($お)ふる 墨筆で「ゝ」を二点ミセケチし、「お」と訂正する。
訂正跡09 かの国の--かの(+の) 墨筆で補入符号を入れ「国の」を補訂する。
訂正跡10 はべれど--連(+つれイ)と 墨筆で補入符号を入れ「つれイ」と異本校合する。やや薄墨色の筆で校合。
訂正跡11 ここにも--古ゝ尓(+も) 墨筆細字で補入符号を入れ、「も」を補入。本文一筆。
訂正跡12 よし--よし〔朱・墨〕) 朱筆で「を」をミセケチし、さらに重ねて墨筆でミセケチにする。
訂正跡13 うつつざまの--う徒ゝ(+さ満〔朱〕)能 朱筆で補入符号を入れ、「さま」と補訂する。
訂正跡14 げに--け($尓) 墨筆で「ふ」を二点ミセケチし、左傍らに「に」と訂正する。
訂正跡15 目の--め(+の) 墨筆細字で補入符号を入れ、「の」を補入。本文一筆。
訂正跡16 何ごとか--な尓と可(#) 墨筆で「ハ」を墨滅する。
訂正跡17 田の実--多+の〔朱〕)ミ越 朱筆で補入符号を入れ、「の」を補訂する。
訂正跡18 まづ--(+まつ) 墨筆細字で補入符号を入れ、「まつ」を補入。本文一筆。
訂正跡19 なつかしき--なつ可し(+き) 墨筆細字で補入符号を入れ、「き」を補入する。
訂正跡20 あの--あ(+の) 墨筆細字で補入符号を入れ、「の」を補入。
訂正跡21 おぼつかなながら--お本徒可な(#+な)から 墨筆で「く」を墨滅し、細字で補入符号を入れ、「な」を補入する。
訂正跡22 言ひしに―い$ひ〔朱〕)し尓 朱筆で「日」を「ヒ」とミセケチし、「ひ」と訂正する。
訂正跡23 思されぬに--おほされぬ(#〔墨〕、〔朱〕) 朱筆で「る」をミセケチ?し、「に」と訂正、後に墨で「る」を墨滅する。
訂正跡24 ことをも--($こ)と越も 墨筆で「か」を二点ミセケチし、「こ」と訂正する。
訂正跡25 あてなるに--あてなさ($る)尓  墨筆で「さ」を二点ミセケチし、「る」と訂正する。
訂正跡26 など--(+なと) 墨筆細字で補入符号を入れ、「なと」を補入。本文一筆。
訂正跡27 聞き--(+きゝ) 墨筆細字で補入符号を入れ、「きき」を補入。本文一筆。
訂正跡28 思うたまへ--(#おもふへ) 墨筆で初め二点ミセケチ?し、「おもふ給へ」と訂正し、「思ひ」を後墨滅する。
訂正跡29 わが--(#) 改行の際の衍字、墨筆で墨滅する。初めミセケチがあったか。
訂正跡30 箏--(#笙、筝歟) 元の文字、墨滅され未詳。「―のこと」とあるので、「筝」が適切。
訂正跡31 だに--(+た)尓 墨筆で補入符号を入れ、「た」を補訂する。
訂正跡32 これも--これ(#〔朱墨〕も〔朱墨〕) 初め朱筆でミセケチして右傍らに「の」と訂正、後に墨筆で「の」を墨滅して、朱書「も」の上に墨筆で「も」を重ね書きする。
訂正跡33 箏--□(&笙) 元の文字を摺り消した上に「笙」と書く。「笙」」は「筝」の当て字である。
訂正跡34 まからば--まか(#ら)は 墨筆で「ら」を墨滅し、右傍らに「ら」と訂正する。
訂正跡35 恥づかしう--者つ可し(+う) 墨筆で補入符号を入れ、「う」を補訂する。
訂正跡36 思ふに--(#尓) 墨筆で「日」を墨滅し、右傍らに「に」と訂正する。
訂正跡37 心の--こゝろ(+の) 墨筆で補入符号を入れ、「の」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡38 つつましければ―つゝ(#徒)まし个れハ 墨筆で「ゝ」を墨滅し、右傍らに「つ」と訂正する。
訂正跡39 御目--(〔朱墨〕) 初め朱筆でミセケチして、後に墨筆で墨滅する。
訂正跡40 わざ--($王)さ 墨筆で「は」をミセケチし、右傍らに「わ」と訂正する。
訂正跡41 前栽どもに虫の声を尽くしたり--(+前栽とも尓こゑを徒くし多り) 墨筆で補入符号を入れ、15文字を補訂する。本文一筆か。
訂正跡42 ばかり--こと尓(#者かり) 墨筆で「ことに」を墨滅して「はかり」と書く。この文字は他の墨筆の筆跡とは異なり、若紫巻末尾4行や宿木巻の筆跡と同筆か。
訂正跡43 惑へる―ま□($と)遍る 墨筆で□(「よ」または「と」か)をミセケチして、「と」と訂正する。
訂正跡44 胸--む(+ね) 墨筆で補入符号を入れ、「ね」を補訂する。
訂正跡45 ことをば--こと越(#)ハ(ハ&ハ) 墨筆で「を」を墨滅し、「ハ」を重ね書きする。
訂正跡46 さ--(+さ) 墨筆で補入符号を入れ、細字で「さ」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡47 なければ--な氣連(+ハ) 墨筆で補入符号を入れ、細字で「は」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡48 書きて--可起て者て尓(#) 墨筆で「はてに」を墨滅する。
訂正跡49 なり--(+なり) 墨筆で補入符号を入れ、細字で「なり」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡50 にかと--(+尓)可と 墨筆で補入符号を入れ、細字で「に」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡51 思し--おほしめし(#) 墨筆で「めし」を墨滅する。
訂正跡52 なかなかの--/\(+の) 墨筆で補入符号を入れ、細字で「の」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡53 など--な(+と) 墨筆で補入符号を入れ、細字で「に」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡54 咽せ--むせ(#) 墨筆で「ひ」を墨滅する。
訂正跡55 御返り―可へり〔朱〕) 朱筆で「可へり」をミセケチし、右傍らに「返」と書く。「へ」が「つ」に近い字形のためと、「り」が初め「し」と書いたものを「り」と書き直したために汚れが残ったのを修訂したもの。
訂正跡56 御住まひ--(#万)ひ 墨筆で「さ」を墨滅して右傍らに「ま」と訂正する。
訂正跡57 良清--よしきよ(と/#) 初め朱筆で「と」をミセケチしたものを、後に墨筆で墨滅する。
訂正跡58 笑ひ--王(+ら)ひ 墨筆で補入符号を入れ、細字で「ら」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡59 所狭うて--せう(+て) 墨筆で補入符号を入れ、細字で「て」を補訂する。本文一筆か。
訂正跡60 入り--(#)いり 墨筆で「ま」を墨滅する。
訂正跡61 おはしまし--おハし(+まし〔朱〕) 朱筆で補入符号を入れ「まし」と補訂する。
訂正跡62 思さるらむ--お1ほさるら無(#) 墨筆で「も」を墨滅する。
訂正跡63 へがれ--徒(#へ)可連 墨筆で「つ」を墨滅して右傍らに「へ」と訂正する。
訂正跡64 いかで--い可て/\(#) 墨筆で「/\」を墨滅する。
訂正跡65 かき尽くし--可き(+徒〔朱〕)く〔朱〕)し 朱筆で「かきくつし」を「かきつくし」に改める。
訂正跡66 と--(#)と 墨筆で「な」を墨滅する。

本稿本文―『新編全集』の順で、本文の異同箇所を掲出した。
補注01 名や―名をや 底本「や」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「を」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注02 夢にも―御夢にも 底本「尓も」とある。『新編全集』は諸本に拠って「御」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注03 雲間なくて―雲間もなくて 底本「万なくて」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「も」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注04 いとど―ひき開くるよりいとど 底本「日起あくるより(墨・朱)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「ひき開くるより」の語を生かす。「ひきあくるより」の語は、河内本にもあり。底本が削除した事情は未詳。『新大系』は底本の削除に従う。
補注05 あやしき―いとあやしき 底本「いと(墨・朱)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「いとより」の語を生かす。「いと」の語は、河内本にもあり。ここでも底本が削除した事情は未詳。『新大系』は底本の削除に従う。
補注06 吹き出でて―吹き出でつつ 底本「+て、徒ゝ(墨)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「出でつつ」と校訂する。河内本も「ふきいてつゝ」。ここでも底本が訂正した事情は未詳。『新大系』は底本のまま。
補注07 心細さ―心細さぞ 底本「ほそさ満さり」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「ぞ」と補訂する。「ぞ…まさりける」(係結び)の構文。『新大系』は底本のまま。
補注08 悲しき―悲しきに 底本「可なしきを」とある。『新編全集』は諸本に拠って接続助詞「に」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注09 犯しか―犯しかと 底本「を可し可神仏」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「と」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注10 所に―所には 底本「春る」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注11 ままには―ままに 底本「まゝにハる」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注12 ことの―こと 底本「ことの」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「の」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注13 参る―来 底本「まいる」とある。『新編全集』は諸本に拠って「来」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注14 はべれど―はべりつれど 底本「連(+つれイ)と」とある。『新編全集』は諸本に拠って「はべりつれど」と校訂する。『新大系』は「はべれど」。異本は採用せず。
補注15 朔日の日―朔日の 底本「つい多ち農ひ尓」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注16 舟―舟を 底本「よそひ」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「を」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注17 浦にを―浦に 底本「尓を」とある。『新編全集』は諸本に拠って「を」を削除する。『新大系』は底本のまま。「を」は間投助詞。
補注18 はべる―はべりつる 底本「ること」とある。『新編全集』は諸本に拠って完了の助動詞「つる」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注19 うつつざまの―現の 底本「う徒ゝ(+さ満〔朱〕)能」とある。『新編全集』は諸本に拠って「うつつの」と校訂する。『新大系』は底本の補入に従う。
補注20 昔―昔の 底本「昔さ可志き」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注21 げに―今日 底本「け($尓)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「今日」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注22 何ごとか―何ごとをか 底本「な尓と可(#)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「何ごとをか」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注23 ほどに―ほどは 底本「尓」とある。『新編全集』は諸本に拠って「ほどは」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注24 なつかしき―なつかし 底本「なつ可し(+き)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「なつかし」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注25 尽くし―見尽くし 底本「可起りを徒くし」とある。『新編全集』は諸本に拠って「見尽くし」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注26 思ふ心を―いかで思ふ心を 底本「おもひきこ盈ておもふ越」とある。『新編全集』は諸本に拠って「いかで」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注27 ことをも―ものをも 底本「($こ)と越も」とある。『新編全集』は諸本に拠って「ものをも」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注28 知りて―見知りて 底本「($こ)と越も志りて」とある。『新編全集』は諸本に拠って「見」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注29 しいでつつ―しいづ 底本「しいて徒ゝ」とある。『新編全集』は諸本に拠って「しいづ」を校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注30 池水―池水に 底本「池水思日」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「に」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注31 出でしさまに―出でしさま 底本「いてし佐万尓」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「に」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注32 古人は―ふる人は 底本「きこゆ流ハ」とある。『新編全集』は諸本に拠って「きこゆ。ふる人は」と校訂する。『新大系』は底本のままとし、「底本「きこゆる人」の本文不審」と注す。底本、「ゆ」の下に朱点を摺り消した痕跡あり(文を切る)、また墨筆による補入符号と数文字を摺り消した跡あり。あるいは河内本の本文の「としふ」を補入し、それを摺り消したものか。底本の形では文意不審、あるいは「ふ」の脱字があったか。今、「ふ」字を補う。
補注33 弾きたり―弾き出たり 底本「日き多り」とある。『新編全集』は諸本に拠って「出で」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注34 四代―三代 底本「イ)多い」とある。『新編全集』は諸本に拠って「三代」と校訂する。『新大系』は底本のまま。底本、「四」の右傍らに墨筆で「三代イ」とあり、その下に二、三文字摺り消し跡がある。明石入道の妻は中務宮(兼明親王)の女で、その父が醍醐天皇(延喜帝)という設定である。醍醐天皇①―中務宮②―明石尼君③―明石入道④という設定になる。
補注35 これも―これ 底本「これ(#〔朱墨〕も〔朱墨〕)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「これ」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注36 女の童―女の童の 底本「めの王らはい登」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注37 思ひつる―思ひつるを 底本「日徒るこよひ」とある。『新編全集』は諸本に拠って接続助詞「を」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注38 恥づかしげなる―いと恥づかしげなる 底本「き可す者つ可し希なる」とある。『新編全集』は諸本に拠って副詞「いと」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注39 つつまし―つつましう 底本「徒ゝまし能」とある。『新編全集』は諸本に拠って連用形に校訂して文を続ける。『新大系』は底本のまま。
補注40 同じ心に―人も同じ心に 底本「おり/\おな尓」とある。『新編全集』は諸本に拠って「人も」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注41 重ねむと―重ねん 底本「可さねんと」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「と」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注42 ことも―ことども 底本「こともおほ可り」とある。『新編全集』は諸本に拠って「ども」と複数形にする。『新大系』は底本のまま。
補注43 目見合はせたまふ―見合はせたまふ 底本「めあハせ」とある。『新編全集』は諸本に拠って「目」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注44 御目―御目に 底本「め尓(#〔朱墨〕)王徒らひ」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「に」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注45 秋―秋は 底本「秋濱風」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注46 目にも―目に 底本「め丹も」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「も」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注47 十三日の月―十二三日の月 底本「十三日」とある。『新編全集』は諸本に拠って「十二三」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注48 あらじ―あらじとすらむ 底本「あらしとおほし」とある。『新編全集』は諸本に拠って「とすらむ」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注49 ばかり―ことに 底本「こと尓(#者かり)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「とすらむ」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注50 たてまつらむ―たてまつらんは 底本「多てまつらんこゝろ」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注51 書きたまひて―書きたまひて、奥に 底本「可起て満ことや」とある。『新編全集』は諸本に拠って「奥に」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注52 書きて―書きて、はてに 底本「可起て者て尓(#)」とある。『新編全集』は諸本に拠って「はてに」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注53 身と―身とは 底本「者さり」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「は」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注54 過ぐしたまひ―過ぐしたまふが 底本「春くしひ多ゝなら須」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「過ぐしたまふが」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注55 御諫めを―御諫めをも 底本「いさめ越そむきて」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「も」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注56 心づくしにか―心づくしに 底本「心徒くし尓可と」とある。『新編全集』は諸本に拠って係助詞「か」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注57 さぶらはす--さぶらはす 底本「た万ハす」とある。『新編全集』『新大系』は諸本に拠って「さぶはす」と校訂する。文脈の主語は明石入道なので、尊敬語表現「給はす」は不自然である。諸本に拠って「さぶらはす」(準備する)とする。
補注58 やる方なきに--やる方なきに、面影に添ひて忘れがたきに 底本「屋るか多な尓多氣き」とある。『新編全集』は諸本に拠って「面影に添ひて忘れがたきに」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注59 もののはじめ--もののはじめ 底本「ハしめ」とある。格助詞「の」の脱字であろう。『新編全集』『新大系』は諸本に拠って「の」を補訂する。
補注60 御供の人も--御供の人も 底本「とのも」とある。「殿人」では不自然。「も」の脱字であろう。『新編全集』『新大系』は諸本に拠って「も」を補訂する。
補注61 喜び泣きども--よろこび泣きも 底本「よろこひなとも」とある。『新編全集』は諸本に拠って「と」を削除する。『新大系』は底本のまま。
補注62 御時--御時より 底本「ときさふらひて」とある。『新編全集』は諸本に拠って「より」を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注63 かき尽くし--かきくづし 底本「可き(+徒〔朱〕)く〔朱〕)し」とある。『新編全集』は諸本に拠って「かきくづし」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注64 聞こえたまへり--聞こえたまへば 底本「きこえへり」とある。『新編全集』は諸本に拠って「聞こえたまへば」と校訂する。『新大系』は底本のまま。
補注65 返る波に--返る波につけて 底本「可へ類御文」とある。『新編全集』は諸本に拠って「つけて」の語を補訂する。『新大系』は底本のまま。
補注66 娘五節--むすめの五節 底本「む春め五節」とある。『新編全集』は諸本に拠って格助詞「の」を補訂する。『新大系』は底本のまま。

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