First updated 09/20/1996
Last updated 02/10/2026
渋谷栄一校訂(C)

  

空 蝉


 [凡例]

 大島本「空蝉」(「大島本源氏物語」影印版・DVD-ROM版 角川書店)を底本とした。
「空蝉」は、他の巻には存在する校了注記を欠く(化粧断ちの際に削り落とされたものと推測される)が、定家本と同様に引き歌を付箋(朱書2枚)に貼付している巻である。
大島本の本行本文と見直しの際の訂正と考えられものを基に本文整定した。
底本を同じくする『新日本古典文学大系本』(岩波書店)・『新編日本古典文学全集本』(小学館)との本文の異同を補注に記した。

 [主要登場人物]
 光る源氏(ひかるげんじ)
呼称---君、十七歳 近衛中将
 空蝉(うつせみ)
呼称---いもうとの君・女・姉君、故中納言兼衛門督の娘、伊予介の後妻
 軒端荻(のきばのおぎ)
呼称---西の御方・紀伊守の妹・碁打ちつる君・西の君、伊予介の娘、紀伊守と兄妹
 小君(こぎみ)
呼称---若君・小さき上人、故中納言兼衛門督の子、空蝉の弟
 光る源氏十七歳夏の物語
 
  1. 空蝉の物語---寝られたまはぬままには、
  2. 源氏、再度、紀伊守邸へ---幼き心地に、いかならむをりと待ちわたるに、
  3. 空蝉と軒端荻、碁を打つ---灯近うともしたり。
  4. 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る---女は、さこそ忘れたまふを
  5. 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る---小君、御車の後にて、二条院に
【注釈】
【校訂付記】

 

光る源氏十七歳夏の物語

 [第一段 空蝉の物語]

 寝られたまはぬままには(補注01)〔源氏〕「我は、かく人に憎まれてもならはぬを、今宵なむ、初めて憂しと世を思ひ知りぬれば、恥づかしくて、ながらふまじう(補注02)こそ、思ひなりぬれ」などのたまへば、涙をさへこぼして臥したり。いとらうたしと思す。手さぐりの、細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさまかよひたるも、思ひなしにやあはれなり。あながちにかかづらひたどり寄らむも、人悪ろかるべく、まめやかにめざましと思し明かしつつ、例のやうにものたまひまつはさず。夜深う出でたまへば、この子は、いといとほしく、さうざうしと思ふ。

 女も、並々ならずかたはらいたしと思ふに、御消息も(訂正跡01)絶えてなし。思し懲りにけると思ふにも、「やがてつれなくて止みたまひなましかば憂からまし。しひていとほしき御振る舞ひの絶えざらむもうたてあるべし。よきほどに(補注03)、かくて閉ぢめてむ」と思ふものから、ただならず、ながめがちなり。

 君は、心づきなしと思しながら、かくてはえ止むまじう御心にかかり、人悪ろく思ほしわびて、小君に、〔源氏〕「いとつらうも、うれたうもおぼゆるに、しひて思ひ返せど、心にしも従はず苦しきを。さりぬべきをり見て、対面(訂正跡02)すべくたばかれ」とのたまひわたれば、わづらはしけれど、かかる方にても、のたまひまつはすは、うれしうおぼえけり。

 [第二段 源氏、再度、紀伊守邸へ]
 幼き心地に、いかならむ折と待ちわたるに、紀伊守国に下りなどして、女どちのどやかなる夕闇の道たどたどしげなる(付箋①)紛れに、わが車にて率てたてまつる。

 この子も幼きを、いかならむと思せど、さのみもえ思しのどむまじければ(補注04)、さりげなき姿にて、門など鎖さぬ先にと、急ぎおはす。

 人見ぬ方より引き入れて、降ろしたてまつる。童なれば、宿直人などもことに見入れ追従せず、心やすし。

 東の妻戸に、立てたてまつりて、我は南の隅の間より、格子叩きののしりて入りぬ。御達、

 「あらはなり」と言ふなり。

 〔小君〕「なぞ、かう暑きに、この格子は下ろされたる」と問へば、

 〔女房〕「昼より、西の御方の渡らせたまひて、碁打たせたまふ」と言ふ。

 さて向かひゐたらむを見ばや、と思ひて、やをら歩み出でて、簾のはさまに入りたまひぬ。

 この入りつる格子はまだ鎖さねば、隙見ゆるに、寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屏風、端の方おし畳まれたるに、紛るべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。

 [第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ]

 火近う灯したり。母屋の中柱に側める人やわが心かくると、まづ目とどめたまへば、濃き綾の単衣襲なめり。何にかあらむ上に着て、頭つき細やかに小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、差し向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。

 いま一人は、東向きにて、残るところなく見ゆ。白き羅の単衣襲、二藍の小袿だつもの、ないがしろに着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭つき額つきものあざやかに、まみ口つき、いと愛敬づき、はなやかなる容貌なり。髪はいとふさやかにて、長くはあらねど、下り端、肩のほどきよげに、すべていとねぢけたるところなく、をかしげなる人と見えたり。

 むべこそ親の世になくは思ふらめと、をかしく見たまふ。心地ぞ、なほ静かなる気を添へばやと、ふと見ゆる。かどなきにはあるまじ。碁打ち果てて、結さすわたり、心とげに見えて、きはぎはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、

 〔空蝉〕「待ちたまへや。そこは持にこそあらめ。このわたりの劫をこそ」など言へど、

 〔軒端荻〕「いで、このたびは負けにけり。隅のところ(補注05)、いでいで」と指をかがめて、「十、二十(補注06)、三十、四十」など数ふるさま、伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ。すこし品おくれたり。

 たとしへなく口おほひて、さやかにも見せねど、目をしつけ(補注07)たまへれば、おのづから側目も(補注08)見ゆ。目すこし腫れたる心地して、鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず。言ひ立つれば、悪ろきによれる容貌をいといたうもてつけて、このまされる人よりは心あらむと、目とどめつべきさましたり。

 にぎははしう愛敬づきをかしげなるを、いよいよほこりかにうちとけて、笑ひなどそぼるれば、にほひ多く見えて、さる方にいとをかしき人ざまなり。あはつけしとは思しながら、まめならぬ御心は、これもえ思し放つまじかりけり。

 見たまふかぎりの人は、うちとけたる世なく、ひきつくろひ側めたるうはべをのみこそ見たまへ、かくうちとけたる人のありさまかいま見などは、まだしたまはざりつることなれば、何心もなうさやかなるはいとほしながら、久しう見たまは(訂正跡03)まほしきに、小君出で来る心地すれば、やをら出でたまひぬ。

 渡殿の戸口に寄りゐたまへり。いとかたじけなしと思ひて、

 〔小君〕「例ならぬ人はべりて、え近うも寄りはべらず」

 〔源氏〕「さて、今宵もや帰してむとする。いとあさましう、からうこそあべけれ」とのたまへば、

 〔小君〕「などてか。あなたに帰りはべりなば、たばかりはべりなむ」と聞こゆ。

 〔源氏〕「さもなびかしつべき気色にこそはあらめ。童なれど、ものの心ばへ、人の気色見つべくしづまれるを」と、思すなりけり。

 碁打ち果てつるにやあらむ、うちそよめく心地して、人びとあかるるけはひなどすなり。

 〔女房〕「若君はいづくにおはしますならむ。この御格子は鎖してむ」とて、鳴らすなり。

 〔源氏〕「静まりぬなり。入りて、さらば、たばかれ」とのたまふ。

 この子も、いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば、言ひあはせむ方なくて、人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり。

 〔源氏〕「紀伊守の妹もこなたにあるか。我にかいま見せさせよ」とのたまへど、

 〔小君〕「いかでか、さははべらむ。格子には几帳添へてはべり」と聞こゆ。

 さかし、されども(補注09)をかしく思せど、「見つとは知らせじ、いとほし」と思して、夜更くることの心もとなさをのたまふ。

 こたみは妻戸を叩きて入る。皆人びと静まり寝にけり。

 〔小君〕「この障子口に、まろは寝たらむ。風吹きとほせ」とて、畳広げて臥す。御達、東の廂にいとあまた寝たるべし。戸放ちつる(訂正跡04・補注10)もそなたに入りて臥しぬれば、とばかり空寝して、灯明かき方に屏風を広げて、影ほのかなるに、やをら入れたてまつる。

 〔源氏〕「いかにぞ、をこがましきこともこそ」と思すに、いとつつましけれど、導くままに、母屋の几帳の帷子引き上げて、いとやをら入りたまふとすれど、皆静まれる夜の、御衣のけはひやはらかなるしも、いとしるかりけり。

 [第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る]

 女は、さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど、あやしく夢のやうなることを、心に離るる折なきころにて、心とけたる寝だに寝られずなむ、昼はながめ、夜は寝覚めがちなれば、春ならぬ木の芽も、いとなく嘆かしきに、碁打ちつる君、〔軒端荻〕「今宵は、こなたに」と、今めかしくうち語らひて、寝にけり。

 若き人は、何心なくいとようまどろみたるべし。かかるけはひの、いと香ばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、単衣うち掛けたる几帳の隙間に、暗けれど、うち身じろき寄るけはひ、いとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣を一つ着て、すべり出でにけり。

 君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心やすく思す。床の下に二人ばかりぞ臥したる。衣を押しやりて寄りたまへるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、思ほしうも(補注11)寄らずかし。いぎたなきさまなどぞ、あやしく変はりて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれど、「人違へとたどりて見えむも、をこがましく、あやしと思ふべし、本意の人を尋ね寄らむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ」と思す。かのをかしかりつる灯影ならば、いかがはせむに思しなるも、悪ろき御心浅さなめりかし。

 やうやう目覚めて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、何の心深くいとほしき用意もなし。世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは、さればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず。我とも知らせじと思せど(補注12)、いかにしてかかることぞと、後に思ひめぐらさむも、わがためには事にもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを、いとよう言ひなしたまふ。たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若き心地に、さこそさし過ぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。

 憎しとはなけれど、御心とまるべきゆゑもなき心地して、なほかのうれたき人の心をいみじく思す。「いづくにはひ紛れて、かたくなしと思ひゐたらむ。かく執念き人はありがたきものを」と思すしも(補注13)、あやにくに、紛れがたう思ひ出でられたまふ。この人の、なま心なく、若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情け情けしく契りおかせたまふ。

 〔源氏〕「人知りたることよりも、かやうなるは、あはれも添ふこととなむ、昔人も言ひける。あひ思ひたまへよ。つつむことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。また、さるべき人びとも許されじかしと、かねて胸いたくなむ。忘れで待ちたまへよ」など、なほなほしく語らひたまふ。

 〔軒端荻〕「人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ、え聞こえさすまじき」とうらもなく言ふ。

 〔源氏〕「なべて、人に知らせばこそあらめ、この小さき上人に伝へて聞こえむ。気色なくもてなしたまへ」

 など言ひおきて、かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ。

 小君近う臥したるを起こしたまへば、うしろめたう思ひつつ寝ければ、ふとおどろきぬ。戸をやをら押し開くるに、老いたる御達の声にて、

 〔老女〕「あれは誰そ」

 とおどろおどろしく問ふ。わづらはしくて、

 〔小君〕「まろぞ」と答ふ。

 〔老女〕「夜中に、こは、なぞ外歩かせたまふ」

 とさかしがりて、外ざまへ来。いと憎くて、

 〔小君〕「あらず。ここもとへ出づるぞ」

 とて、君を押し出でたてまつるに、暁近き月、隈なくさし出でて、ふと人の影見えければ、

 〔老女〕「またおはするは、誰そ」と問ふ。

 〔老女〕「民部のおもとなめり。けしうはあらぬおもとの丈だちかな」

 と言ふ。丈高き人の常に笑はるるを言ふなりけり。老人、これを連ねて歩きけると思ひて、

 〔老女〕「今、ただ今立ちならびたまひなむ」

 と言ふ言ふ、我もこの戸より出でて来。わびしければ(補注14)、えはた押し返さで、渡殿の口にかい添ひて隠れ立ちたまへれば、このおもとさし寄りて、

 〔老女〕「おもとは、今宵は、上にやさぶらひたまひつる。一昨日より腹を病みて、いとわりなければ、下にはべりつるを、人少ななりとて召ししかば、昨夜参う上りしかど、なほえ堪ふ(訂正跡05)まじくなむ」

 と、憂ふ。答へも聞かで、

 〔老女〕「あな、腹々。今聞こえむ」とて過ぎぬるに、からうして出でたまふ。なほかかる歩きは軽々しくあやしかりけり(補注15)と、いよいよ思し懲りぬべし。

 [第五段 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る]

 小君、御車の後にて、二条院におはしましぬ。ありさまのたまひて、〔源氏〕「幼かりけり」とあはめたまひて、かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ。いとほしうて、ものもえ聞こえず。

 〔源氏〕「いと深う憎みたまふべかめれば、身も憂く思ひ果てぬ。などか、よそにても、なつかしき答へばかりはしたまふまじき。伊予介に劣りける身こそ」

 など、心づきなしと思ひてのたまふ。ありつる小袿を、さすがに、御衣の下に引き入れて、大殿籠もれり。小君を御前に臥せて、よろづに恨み、かつは、語らひたまふ。

 〔源氏〕「あこは、らうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひ果つまじけれ」

 とまめやかにのたまふを、いとわびしと思ひたり。

 しばしうち休みたまへど、寝られたまはず。御硯急ぎ召して、さしはへたる御文にはあらで、畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ。

 〔源氏〕「空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな」

 と書きたまへるを、懐に引き入れて持たり。かの人もいかに思ふらむと、いとほしけれど、かたがた思ほしかへして、御ことづけもなし。かの薄衣は、小袿のいとなつかしき人香に染めるを、身近くならして見ゐたまへり。

 小君、かしこに行きたれば、姉君待ちつけて、いみじくのたまふ。

 〔空蝉〕「あさましかりしに、とかう紛らはしても、人の思ひけむことさりどころなきに、いとなむわりなき。いとかう心幼きを、かつはいかに思ほすらむ」

 とて、恥づかしめたまふ。左右に苦しう(補注16)思へど、かの御手習取り出でたり。さすがに、取りて見たまふ。かのもぬけを、いかに、伊勢をの海人のしほなれてや(奥入01・付箋②)、など思ふもただならず、いとよろづに乱れて。

 西の君も、もの恥づかしき心地して渡りたまひにけり。また知る人もなきことなれば、人知れずうちながめてゐたり。小君の渡り歩くにつけても、胸のみ塞がれど、御消息もなし。あさましと思ひ得る方もなくて、されたる心に、ものあはれなるべし。

 つれなき人も、さこそしづむれ、いとあさはかにもあらぬ御気色を、ありしながらのわが身(奥入02)ならばと、取り返すものならねど(奥入02)、忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、

 〔空蝉〕「空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな」


【注釈】
 定家の注釈として、巻末の奥入と本文中の付箋を掲載した。
 自筆本奥入については本文中に記した。
 ( )の中に、その出典名と先行指摘の注釈を記した。

奥入01 すずか山いせをのあまのぬれ衣しほなれたりと人や見るら(後撰集718、源氏釈・自筆本奥入)
奥入02 とりかへす物にもがなや世中をありしながらのわが身とおもはん(出典未詳、源氏釈・自筆本奥入
注 奥入01と02は明融臨模本「帚木」奥入に竄入、今正しい位置に戻した。


付箋① 夕やみは道たどたどし月待てかへれわがせこそのまにもみん(古今六帖371、源氏釈・自筆本奥入)
付箋② すずか川いせをのあまのすて衣しほなれたりと人やみるらん(後撰集718、源氏釈・自筆本奥入)

注 「空蝉」の奥入には、「帚木」の注記が竄入しているが、正しい位置に戻した。

【校訂付記】
 他本との校合はせず、本文書写時中の書者自身の訂正及び書了後の書き本(親本)との見合わせの際の訂正のみを本文校訂の対象とした。
 書写者自身による訂正は、主に脱字を細字で補入した訂正4箇所と墨筆で元の文字をミセケチにしてその傍らに細字訂正した1箇所のみである。なお、擦り消した上に訂正された箇所については省略した。
 後人による訂正跡(朱書2箇所)が存在するが、明らかな誤写については参考にしたが、それは無かった。あくまでも原文の形を尊重した。

訂正跡01 御消息も--うそこ(+も) 墨筆細字で「も」を補訂、本文一筆と目される。
訂正跡02 対面--た(+い)めむ 墨筆細字で「い」を補訂、同じく本文一筆と目される。
訂正跡03 見たまは--み多ま($ハ) 元の文字「ふ」をミセケチにして、墨筆細字で「は」と訂正。書写中に活用形の誤りに気付いた書写者の訂正であろう。
訂正跡04 童--ハら(+ハ)遍 墨筆細字で「は」を補訂、書写者の訂正であろう。
訂正跡05 え堪ふ--え(+多)ふ 墨筆細字で「た」を補訂、書写者の訂正であろう。

以上訂正跡01~05まで、すべて本文一筆と見られる墨筆細字による訂正跡である。

補注01 ままには―ままに 底本「まゝ尓ハ」とある。『新大系』も同じ、『新編全集』は他本に拠って「ままに」と、「は」を削除する。誤写とするには当たるまい。
補注02 まじう―まじく 底本「ましう」。『新大系』も同じ、『新編全集』は他本に拠って「まじく」と校訂する。会話文中のウ音便形である。
補注03 ほどに―ほどにて 底本「ほと尓」。『新大系』も同じ、『新編全集』は他本に拠って「て」を補訂する。
補注04 まじければ―まじかりければ 底本「まし个れ者」。『新大系』は「青表紙本他本「ましかりけれは」。底本の誤記と認めて訂正。『新編全集』も他本に拠って「かり」を補訂する。助動詞「けり」は連用形に接続するから、ここは「かり」の脱字と考えられる。
補注05 ところ―所どころ 底本「所」。『新大系』も同じ、『新編全集』は他本に拠って「所どころ」と校訂する。
補注06 はたち―二十 底本「者多〔朱〕)」 『新大系』『新編全集』は漢字表記で「はた」と振り仮名を付ける。朱でミセケチにするが、後人筆であろう。
補注07 しつけ―しつとつけ 底本「しつけ」。『新大系』も同じ、『新編全集』は他本に拠って「しつとつけ」と校訂する。「し」は副助詞、強調の意。「着け」。
補注08 側目も―側目に 底本「そ者めも(=にイ〔朱〕)」、「も」の右傍らに「にイ」と朱書する。『新大系』は「側目も」。『新編全集』は他本に拠って「側目に」と校訂する。朱書によるイ本対校は後人筆であろう。
補注09 されども―されどもと 底本「されとも」。『新大系』は「青表紙他本により下に「と」を補って訂正」、『新編全集』も他本に拠って「されどもと」と校訂する。「さかし、されども」は源氏の心内、それを受ける引用の格助詞「と」があると分かりやすい。
補注10 童―童 底本「ハら(+ハ)遍」とある。本文の「童」の訓は「わらはべ」である。『新大系』は仮名で「は(わ)らはべ」とする。『新編全集』は他本に従って「童」に「わらは」の振り仮名を付ける。
補注11 思ほしうも―思ほしも 『新大系』は「他の多くの青表紙本により「う」を衍字と認めて削除」、『新編全集』は他本に拠り「思ほしも」と校訂する。底本の「思ほしう」は形容詞「思ほし」の連用形。
補注12 思せど―思ほせど 底本「おほせ登」。『新大系』も「おぼせど」、『新編全集』は他本に拠って「思ほせど」と校訂する。
補注13 思すしも―思すにしも 底本「おほ春しも」。『新大系』も「おぼせど」、『新編全集』は他本に拠って「思ほせど」と校訂する。
補注14 「わびしければ」―「わびしけれど」 底本「わひし个連者」。『新大系』も「おぼせど」、『新編全集』は他本に拠って「思ほせど」と校訂する。
補注15 「あやしかりけり」―「危かりけり」 底本「あやし可りけり」。『新大系』も「あやしかりけり」(けしからぬことであった)、『新編全集』は他本に拠って「危(あやふ)かりけり」(危険なことだった)と校訂する。
補注16 「苦しう」―「苦しく」 底本「くるしう」。『新大系』も「苦しう」、『新編全集』は他本に拠って「苦しく」と校訂する。

以上、青表紙本の本文は定家本グループと鎌倉期写本グループとの本文に分類されるが、大島本「空蝉」の本文は、定家本と同様に引き歌を付箋(朱書2枚)に貼付している巻で、その本文内容も瑕疵の少ないものである。他本に拠って校訂しなくて十分に味読できる本文である。

源氏物語の世界ヘ
ローマ字版
現代語訳
大島本
自筆本奥入