陶磁器としての火魅子たち

熱き炎と古代の風を閉じ込め色彩々の衣装をまとい、時を隔てて立ち現れる、だけど落としたらあっさり割れちゃったりして、はかなくて…そのう…まあポエムはこれぐらいにして、ともかく火魅子伝キャラクタの名前と焼き物との関係。

九峪

これは、石川県の「九谷焼」ですね。17世紀までの古九谷は独特な力強い様式美、それから細密画などに特徴があるそうです。

久谷焼 [NJK CORPORATION]

石川県九谷陶磁器商工業協同組合連合会、石川県寺井町商工観光課の製作協力によるページ。現在はメンテナンスされていないようです。

姫島日魅子

「やきものくらぶ」の方が、関連するかもしれない情報をお教えくださいました。(以下、特に断りの無い引用はすべて黒川氏を始めとする「やきものくらぶ」の方がお教え下さった情報です)

[ひめたにやき] 姫谷焼

備後国深安郡広瀬村姫谷(広島県加茂町)の磁器。寛文年間(1661-1673)頃につくられた。陶工・市右衛門の名が知られているが、その没後間もなく廃窯されたため、不明な点が多い。遺品は少ないが、染付・赤絵など格調高いものが多い。

また、友人の漆黒斎氏による以下の情報がありました。

姫島で思い出すのが、大分県は国東半島沖にある島。半島の付け根が宇佐ですが、宇佐といえば弓削道鏡のスキャンダルで有名。また、邪馬台国の候補としても挙げられるところ。耶馬溪も近くです。

詳細は氏のページ、姫島と宇佐を御参照ください。

彼女は女王候補たちと違って特別な位置にあるキャラクタですから、かえって焼き物とは関係ない語源である可能性は大いにありますね。

ちなみに私は宇佐といえば豊田有恒氏の文章を思い出します。宇佐市にある家電メーカーが「MADE IN USA」と書いて出荷したとか。当然アメリカは文句を言いますが「200年ごときの歴史で何を言うか。わしらは2000年前からUSAじゃ」と一歩も譲らなかったという。…まったく関係ない話でしたね。
(でも、豊田有恒氏は古代日本SFの大御所と言っていい人です。邪馬台国関係としては要チェック)

伊万里

これはさすがに私でも知っていました。伊万里焼に関するページも多くあるようです。調べていると「古九谷伊万里論争」なるものが!どういうことなんでしょうか。この二つの窯場になにか関連があったのでしょうか。俄然興味が湧くところです。

ちなみに、ほとんど関係がありませんが(ないことはないのか)、私が前からよく利用している秋葉原LAOXコンピュータ館の向かいにある喫茶店、この店の名前が「伊万里」。ああ、伏線ばかりの人生だぜ。一応焼き物が飾ってあったりして、落ち着いた雰囲気のいい店です。みなさんそれぞれのコミュニティでオフ会とかやるんだったら候補にひとつ。

海を渡った古伊万里

充実した面白い読み物です。有田側から見ると、鍋島藩が有田焼をその財産として隠蔽し伊万里港でのみ取り引きを許したために、皆それを「伊万里」と呼んでいるのだ、本当は有田焼なのだ、ということだそうです。こうなると伊万里側の意見も聞きたいですね。

古伊万里探求

こちらも読み物として充実しています。美しい図版もふんだん。

志野

[しのやき] 志野暁

桃山時代に美濃で焼かれた陶器。天正年間後半の1580年代に創出された。技術的には中国の白磁を学んだ。灰志野・絵志野・鼠志野・赤志野などがあり、優れた茶陶をつくり出した。(岐阜県陶磁資料館参照)

やっぱり、優雅、可憐という雰囲気なのでしょうか?全然違ったりして。漢字のイメージと陶器そのもののイメージどちらをゲーム作者として優先させたかどうかの問題がありそうですね。

星華

「星」なんてモダンな名前の焼き物なんてあるのかしら、と思っていたら。

[すだせいか] 須田菁華

九谷の陶画工。現在は四代目。初代(1862-1927年)は、京都で製陶を学んだあと九谷で呉須赤絵などさまざまな色絵の写しを行った。

または青華、染め付けの代名詞。

また九谷が出てきましたね。ひょっとすると女王候補の名前は皆、九谷焼となにか関連があるのでしょうか。

藤那

[ふじなやき] 布志名焼

島取県玉湯町の陶器。明和3年(1766年)に船木与治兵衛村政が創始したと伝えられ、松江城の御用窯と民窯の二つの流れがある。緑色銅釉無地のぼてぼて茶碗で知られる。

やっぱり徳利とかそういう酒関係が得意なのでしょうか。
鳥取…石川県九谷とは越前福井を挟んで隣ですね。隣とは言わないかそういう場合。

香蘭

友人のたろ氏による「実家の母が『これ、香蘭焼よ』と口走っていた」との証言あり。

香蘭社

有田焼の産地にある陶磁器屋さんです。香蘭焼とはここの製品のことなのでしょうか。…と思っていたら「やきものくらぶ」黒川氏がまさにその香蘭社の人でした。

佐賀県西松浦郡有田町に、明治8年(1874)に発足した製陶会社。明治維新に伴い鍋島藩によって経営されていた製陶業が、民間によって行われるようになったが、そのうちの一つ。

なるほど。ほとんどオフィシャルな有田焼のひとつだったんですね。

広井氏が、サクラ大戦の「紅蘭」に触れて、かつて親戚に「香蘭」という名の人がいたので思い入れがある…とどこかに書いていたような記憶があります。だからまあ、そういう意味や「李香蘭」、そしてこの焼き物の名前、などの思い入れを含んだネーミングなんでしょうね。

只深

只深(ただみ)は、JR只見線にある会津本郷焼、たたら、畳付の3説を教えておくことにします。

[あいづほんごうやき] 会津本郷

福島県大沼郡会津本郷町で焼かれている陶磁器。陶器は、17世紀半ばに会津藩主・保科正之の命で、美濃の陶工・水野源左衛門を招き、瓦とともに茶陶をつくらせたのが始まり。磁器は 18世紀末よりつくり始めた。

[たたみつき]畳付

もともとは茶入の底の畳に接する部分を称したが、広く茶碗、水指などの高台の下部も畳付と呼ぶ。

[たたら] たたら

板状の粘土のこと。もしくは陶土を板状や帯状にしてから、成形したもの。型ものが多い。

ああ、なるほど「たたみ→ただみ」説ですか。実は私、一時期「畳屋」というハンドルを使っていたほど畳には大変縁の深い人生を。また伏線ですよ弱りましたね、どーも。

清瑞

きよみず。よく考えれば、ああそうでしたね。あれか。

[きよみずやき] 清水焼

京都市東山区の五条坂の辺りで焼かれる陶磁器。野々村仁清が開窯したのが始まりで、以後さまざまな技法により茶陶から日常雑器までつくられている。

字面だけ見ていたので、全く想像もしていませんでした。

上乃

[あがのやき] 上野焼

福岡県田川郡赤池町上野で焼かれる陶器。文禄、慶長の役(1592-1598)に帰化した朝鮮陶工尊楷を陶祖とする。初期は土灰釉、藁灰釉、鉄釉が使われ、唐津や高取に似ている。後代の上野青釉(銅緑釉)や灰釉を使ったものは、現在でも受け継がれている。遠州七窯の一つ。高田焼、八代焼とも呼ぶ。

「唐津に似ている」とありますが、伊万里とはとりあえずあまり関係がないのかな?

亜衣

染め付けの藍色のことでしょう。

三姉妹で「あい」「いお」「うえ」ですからねえ。単なる語呂合せなのかも。

夷緒

現在調査中です。

羽江

現在調査中です。
なお、以下の追加情報がありました。

羽江は上絵(うわえ)でいいかもしれませんね。新しい情報がありまして、亜 衣、夷緒、羽江は姉妹で、宗像三姉妹とのことです。だとすると、宗像→宗像 窯(会津本郷焼)と考えられます。この窯は有名ですからね。

[うわえつけ] 上絵付け

本焼した後に、赤、黄、緑、紫などの上絵の具で模様を描き、低温度(約800℃)で焼き付ける技法。赤絵、色絵などはほぼ同意義語。

[むなかたがま] 宗像窯

0242-56-2174 福島県大沼郡会津本郷町字本郷上甲3115 民芸の窯で柳宗悦、濱田庄司、バーナードリーチなども訪れた。昭和33年のブリュッセル万博でグランプリを受賞した「ニシン鉢」が有名。

音羽

毎度ありがだいことにやきものくらぷの黒川さんより、追加情報がありました。

[おとわやき] 音羽焼

清水焼の一種。江戸時代初期、音羽屋惣左衛門が清閑寺領の丸山に開窯したことが始まりといわれる。

虎桃

[ことうやき] 湖東焼

滋賀県彦根の井伊家の藩窯とその周辺で焼かれた。藩窯は1824年の14代直通亮に起こり、染付、赤絵が中心であった。次代の直弼の死後、1862年に廃窯された。

珠洲

[すず] 珠洲

12世紀より石川県珠洲市一帯で焼かれた焼締陶。還元焔焼成により黒灰色の素地肌をもつ。壷、甕、すり鉢の他に、花瓶や水指、瓶子などもつくられていた。室町時代中期頃に廃絶した。

織部

[おりべ] 織部

戦国時代の茶人古田織部正の好みにより焼いた瀬戸系の陶器。本来は志野焼も含まれるが、狭義の織部焼とは瀬戸の素朴さから、色釉、文様、形状にモダンで複雑な技巧を凝らし、一歩ぬきんでている。黒織部、青織部、絵織部など。

閑谷

[しずたにやき] 閑谷焼

岡山県備前市閑谷に寛文年間(1661-1673)、藩主池田光政が開き、伊部風の瓦や細工物を焼いた。釉を用い、焼色は白か淡黄色がほとんどで「白備前」といわれる。

土岐

岐阜県土岐市、美濃焼の産地。
[みの] 美濃

岐阜県多治見市から土岐市周辺で産する陶磁器の総称。13世紀に量産が進む瀬戸が拡大し美濃まで広がった。当初は同じ技術で「古瀬戸」を産したが、16世紀後半になると美濃は独自に黄瀬戸、瀬戸黒、織部、志野をつくり、桃山茶陶をリードした。

遠州

[こぼりえんしゅう] 小堀遠州

1579-1647年。江戸時代初期の茶人、遠州流の祖。古田織部に茶を学び、武門武正の風と公家王朝風を合わせた「綺麗さび」と称する一派を成した。茶道具に新しい骨董的価値を見出し、また「遠州七窯」に見られる国内の窯で好みをつくらせたことなど功績は大きい。

[えんしゅうごのみ] 遠州好み

江戸時代初期、茶人小堀遠州が各地の窯を指導し、中でも好んで茶入れや茶碗などをつくった遠江(静岡)の志戸呂(しとろ)、近江(滋賀県)の膳所(ぜぜ)、豊前(福岡県)の上野(あがの)、筑前(福岡県)の高取(たかとり)、山城 (京都)の朝日(あさひ)、摂津 (大阪)の古曾部(こそべ)、大和 (奈良)の赤膚(あかはだ)を遠州好み七窯と呼んだ。

伊雅

[いがやき] 伊賀焼

伊賀国(三重県)阿山郡で天平年間(729-749)につくられた陶器の総称。地理的に近い信楽とは、技術的にも花崗岩系の原料も同系に属する。焼締め陶で青ビードロ釉薬や石はぜが、伊賀焼の特徴といえる。

砥部

[とべ] 砥部

愛媛県伊予郡砥部町で焼かれる磁器。藩主・加藤泰候の命により、杉野丈助が3年の歳月をかけた後の1775年、磁器焼成に成功。有田の技術が導入され、染付が中心。

兎華乃

[とがのお]栂尾

京都市左京区にある清滝川上流の景勝地。高雄(高尾)、槇尾とともに三尾(さんび)と呼ばれ、紅葉の名所。真言宗御室派の高山寺がある。

[おむろやき] 御室焼

江戸時代初期、野々村仁清が京都御室仁和寺の門前に開いた窯。智や仁金森宗和の指導で好みの茶碗、茶入、茶碗などを焼いた。仁清没後も継続され、永楽和全もここで焼いたという。仁和寺焼ともいう。
# 無理矢理のこじつけ…

愛宕

京都市愛宕山頂にある神社。各地の愛宕神社の総本山。防火の神して信仰を集める。東京にある愛宕神社の祭神は、火産霊命(ほむすびのみこと)。愛宕火(あたごびは)近畿・山陰地方で6月24日または7月24日に愛宕の縁日で行われる火祭りの行事。
# 火の神様みたいね…

忌瀬

黄瀬(きのせ)の土

滋賀県甲賀郡信楽町黄瀬に産する信楽焼(焼締陶)の土。

紅玉

ルビーのこと、和名が紅玉。アルミナの結晶であるコランダムのうち、赤色透明のものをルビーといい、その他の色はすべてサファイアの名称で呼ばれる。赤色は少量の酸化クロム(VI)Cr03の含有による。中世以前においては、赤色透明の宝石はすべてルビーと称されていた。ルビーの真っ赤な色は、不滅の炎と信ぜられ、燃え上がる情熱や深い愛情を象徴するものと考えられていた。また、血の色を思わせるその赤さは、出血や炎症の病に効果あると思われ不死身の力を授けるものして戦場での傷よけの護符であり、また婦人の出産のお守りとして貴ばれてきた。熱情、仁愛、威厳を象徴し、7月の誕生石である。

重然

古田織部のこと。桃山時代の武将であり茶人として知られる。美濃に生まれ、通称を左介、名を重然といった。また、景安、古左、古織とも称した。徳川秀忠や遠州の茶の指導にあたり、利休亡き後の茶の湯の世界の中心人物であった。また、桃山時代を代表する斬新な意匠の織部焼も、彼が指導したといわれている。

嵩虎

※以下はやきものに関係してないかも
[とうどうたかとら] 藤堂高虎

安土・桃山時代から江戸初期の武将。藤堂藩初代藩主。浅井長政、羽柴秀長に仕え軍功をたてた。のち秀吉に招かれ、その死後家康につき関ケ原の戦い・大坂の陣で功をたてた。(一五五六〜一六三〇)

兎奈美

[となみし]砺波市

富山県西部、砺波平野の中央部にある都市。1954年(昭和 29)市制施行。面積は96.24km2、人口は3万9599人(1997年)。農業を主とするが、戸数、就業人口ともに減少をつづけ、ほとんどが兼業化している。特産物は米、花卉 (かき)などで、水田の裏作として栽培されるチューリップ球根は日本一の生産高をほこり、カナダやアメリカへ輸出されている。工業は電気、金属、窯業がおこなわれ、伝統的な陶芸の三助焼が知られる。古代から耕地化されていたが、江戸時代に加賀藩が新田開発に力をいれ、出町は農産物の集散地・市場町として発展した。屋敷林にかこまれた農家が水田地帯に点在する散居集落は、近世以前からとされ、「砺波の散村」として、その景観がチューリップ公園とともに観光の中心となっている。

鋼雷

高麗(こうらい)

918〜1392年に朝鮮半島を支配した王朝。英語の Koreaは高麗の朝鮮語音コリョがなまったものである。10世紀初めの朝鮮半島は、新羅の支配が弱まり、後百済(ごくだら)、後高句麗(ごこうくり)がたつという、いわゆる後三国の動乱の中にあった。後高句麗はその後、泰封(たいふう)と改称したが、その部将だった王建が国王をたおして高麗王朝をたて、他の豪族を次々に征服、 935年には新羅を降伏させ、翌年に後百済をほろぼして朝鮮を統一した。

[こうらいやき] 高麗焼

朝鮮産の陶磁器の総称。高麗時代の青磁や白磁、また、李朝時代のもので日本に渡来し茶器とされたものをいう。こうらい。

紫香楽

紫香楽は信楽の別(古)名。742年(天平14)、聖武天皇が当地に紫香楽宮(しがらきのみや)を造営し、翌年には大仏建立(こんりゅう)の詔(みことのり)をここで発したが、745年遷都への反対が強く廃止され、天皇は平城京にもどった。

[しがらきやき] 信楽焼

滋賀県甲賀郡信楽町一帯でつくられるやきもの。日本六古窯の一つ。常滑焼の影響を受け、12世紀後半に開窯。室町時代、明るい赤色の焦げと流れる自然釉が特色の焼締の壷や甕がつくられた。桃山時代以降は、茶陶も多く備前焼とともに詫道具の双壁をなした。江戸時代には、施釉陶もつくられるようになった。

帖佐

[ちょうさやき] 帖佐焼

鹿児島県姶良郡姶良町のかつての帖佐村宇都にあった。文禄・慶長の役に出陣した島津義弘が伴った朝鮮人陶工の1人、金海が開窯して宇都窯といい、薩摩藩窯の根元である。茶碗・茶入・水指などが多く、原土と釉薬を朝鮮からもって来て製作したといわれる「火計り」がある。加治木移城とともに 7年で終わったが、加治木で御里窯をはじめ、古帖佐の茶陶にはこの窯の製品が多いといわれている。

天目

[てんもく] 天目

喫茶用の茶碗。中国浙江省天目山がその名の由来といわれる。中国の宋時代に福建省の建窯で焼かれた建盞は、天目形の特徴をよく表している。素地は堅く、黒褐色か紫褐色。形状はやや浅くて開き、高台は低くて小さい。碗のロ縁はスッポンロといわれる形状の曲線になっている。わが国の天目茶碗には瀬戸天目・白天目・菊花天目などの名がある。普通、天目茶碗は口が開き、高台が締っているので天目台にのせて使用する。

雲母

[うんも] 雲母

珪酸塩鉱物。花崗岩に含まれている。耐火性に優れ、弾力性に富む。英名micaは、きらきらかがやくという意味のラテン語micareがもとになっている。日本でも、古くは「きらら」とよばれた。重要な造岩鉱物のひとつで、30種類近くが知られている。層状のケイ酸塩鉱物(→ケイ素)。代表的なものに、黒雲母、金雲母、白雲母、リチア雲母などがある。単斜晶系 (→ 結晶)の薄板状から短柱状結晶で産し、完全な劈開(へきかい)(→鉱物学)があるので、うすく紙のようにはがれやすい。真珠光沢を持つ。黒雲母は、褐色から緑黒色で、カリウム、マグネシウム、鉄、アルミニウムをふくみ、花崗岩、ペグマタイト、片麻岩、結晶片岩などにみいだされる。金雲母は、黄褐色から淡褐色で、カリウム、マグネシウム、アルミニウムをふくみ、接触変成岩 (→変成岩)、片麻岩、火山岩、キンバーライトなどに多くみられる。白雲母は、無色から灰色で、カリウム、アルミニウムをふくみ、花崗岩、ペグマタイト、結晶片岩、などに多く存在する。リチア雲母は、紅雲母とか鱗 (りん)雲母ともいい、淡紅色から紅紫色で、カリウム、リチウム、アルミニウムをふくみ、ペグマタイトに産する。
金雲母や白雲母は、絶縁材としてつかわれる。白雲母のひじょうに細かいものを絹雲母といい、粘土として利用される。リチア雲母は、リチウムの原料として採掘される。硬度2.5〜4。比重2.7〜3.4。

朱泥

[しゅでい] 朱泥

酸化鉄を多く含み可塑性に富む、赤粘土製のせっ器。急須に多く見られ、常滑や萬古、伊部産のものがある。中国華東区江蘇省宜興窯で産出する赤褐色の焼物で急須が多い。比較的多量の酸化鉄を含んだ粘土を用いてせっ器質になるまで焼成。無釉であるが原料の可溶性が強いため、製品の表面は溶けはじめて光沢を呈し、美麗である。

回青

[かいせい] 回青

中国明の時代に、ペルシャ人やアラビア人によってもたらされた回教地産の陶磁器用の呉須青料。磁器においては青料模様の上に施釉するので釉裏青、または青花白磁と呼ばれた。

東山

[みやながとうざん] 宮永東山

1868-1941年。京都の陶芸家。青磁を得意とした。また、国内外に京焼を紹介した。

蛇渇

蛇渇釉というのがあったような…

平八郎

大塩平八郎か東郷平八郎か?

ふう。力尽きたので、各人に対するコメントはまたのちほどです。

総合情報

焼き物の世界は予想通り深い。なんだかものすごくたくさんのページがあって皆さん熱いです。

やきものくらぶ
これを充実と言わずしてなんと呼ぶのでしょうか。メーリングリストもあります。今回、随分お世話になりました。

やきもののおはなし
こちらも情報量が豊富です。しかし情報が多すぎてどこから調べれば良いのやら…。

日本の陶芸データベース
私のような目的には大変役立つはず…と思ったのですが、なんだか今は動作していないようです。

織部コム
リンク集。オンライン通販などに力を入れているようです。

どなたか、関連する焼き物の名前や参考ページなど御存じでしたらお教えください。

火魅子伝 〜恋解〜 キャラクター
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Last modified:99/01/12