第3節 親本が全文別人筆であろうと推定される巻――「帚木」「若菜上」「若菜下」(2021年7月28日稿)

  はじめに

 本稿では、その親本が全文別人筆であろうと推定される巻、すなわち「帚木」「若菜上」「若菜下」の3帖について、その書記法・書き癖から考察する。

 問題は、これら3巻の別人筆者がこれまで考察してきた他の別人筆者グループとどういう関係にあるかということである。

 すなわち、青表紙原本における別人筆者として、「行幸」の別人甲、「若紫」「花散里」「柏木(別人筆部)」「早蕨」を別人乙として押えてきた(注1)

 そして、第1節においては、明融臨模本の親本が全文定家筆であろうと推定される巻、すなわち「桐壺」「花宴」「橋姫」について、一面書写行数、行頭字母の書き分け、和歌の書写様式、字母の種類と使用傾向、漢字表記語から検証してきた。

 第2節においては、明融臨模本の親本が定家と別人に依る寄合書であろうと推定される巻の「柏木」と「浮舟」の帖を考察してきたが、「柏木」は措き、「浮舟(別人筆部)」の別人が、その書記法や書き癖に、「帚木」や「若菜上」、「若菜下」等との関連性が見られることを指摘した(注2)

 本稿の第3節では、「帚木」「若菜上」「若菜下」の書写者について、「浮舟(別人筆部)」との関係を含めて、定家親筆や別人甲、別人乙グループとの違いを中心に考察していく。

 そして結論として、それらグループとも異なる、新たな別人丙グループ、あるいは更に別人丁グループもあるか、という考えを提起する。

  一 「帚木」「若菜上」「若菜下」の一面書写行数

 「帚木」は全丁一面9行の定数書きである。定数書の巻は、青表紙原本5帖及び明融臨模本8帖中に、他に同例はなく、この「帚木」巻が唯一である。

 全117面。すべて9行書(100%)である。

 定数書は意図的な書写様式である。よって、無意識な書き癖に由来するものではない。この巻に限って意図して定数書きにしたとすれば、別人甲・乙に関係なく、書き得るものであるが、やはり独特のものとして留意しておきたい。

 「若菜上」「若菜下」は共に長大な巻である。「浮舟」もまた長大な巻である。書写する際に紙数への配慮という共通した無意識性が排除できない。

 「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」は、いずれも一面9行書から12行書で、しかもその山は10行書に集中している。そして最多の12行書はいずれも1~3面以内のいわば例外的少数である。
 10行書にこれほど集中している巻は、青表紙原本5帖にもまた明融臨模本8帖にも他にはない。一番多い巻でも「柏木(別人筆部)」の45.3%である。0.5ポイントの差である。
 詳細に見れば、「若菜上」が9行書が多い(41.3%)というのが、やや特異な点である。他の「若菜下」「浮舟」はいずれも1桁台である。
 また「浮舟」の10行書が77.7%というのも異常に高い数値である。

 とはいうものの、「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」はいずれも長大な巻ということで、そうした巻を一面10行書を軸にその前後の9行書又は11行書で書き上げようとする考えは、共通している。

表1 一面書写行数の面数と比率(%)(ただし最終面に余白のある面は除く)

 巻名  面数  9行  10行  11行 12行 
 若菜上  218  90(41.3)  114(52.3)   13(6.0)  1(0.4)
 若菜下  227  11(4.8)  114(50.2)  100(44.1)  2(0.9)
 浮舟(別)  139   5(3.6)  108(77.7)   23(16.5)  3(2.2)


  二 「帚木」「若菜上」「若菜下」の行頭字母の書き分け

 藤原定家は行頭に同字が並ぶ場合、目移りに依る誤写を防ぐ目的から、字母や字形を変えて書く方針を執っていた。

 たとえば、「柏木(定家筆部)」では、7箇所中7、全て字母を変えて書写していた。100%であった。

 一方で、別人甲筆の「行幸」の場合は、同字17箇所中、異なる字母は6箇所で、残り11箇所は同じ字母で書かれ、その書き分け率は35.3%であった。
 書き分け意識は低い、あるいは偶々に異なる字母であっただけということも考えられる。

 しかし、別人乙グループの書き分け率は、「花散里」(3箇所)「柏木(別人筆部)」(9箇所)が異なる字母で書かれており、定家筆と同じく100%であった。
 一方、「若紫」においても、31箇所中、27箇所が異なる字母で書かれており、書き分け率87.1%。「早蕨」でも6箇所中、5箇所が異なる字母で書かれており、書き分け率83.3%で、いずれも80%以上であった。
 よって、別人乙グループは、4巻において、字母の書き分け率は83.3~100%で、書き分け意識は、非常に高いと言える。別人甲の「行幸」との違いは歴然である。
 
  第1節で考察したように、明融臨模本においても、その親本が全文定家筆であろうと推定される「桐壺」「花宴」「橋姫」では、「桐壺」の11箇所中1箇所の例外を除いて(90.9%)、他は100%であった。
 そして、第2節で見てきたように、定家と別人に依る寄合書の「浮舟」は、その書き分け率は20箇所中13箇所で、65.0%ということで、同じ定家と別人に依る寄合書の「柏木」とは大きく異なり、別人乙とは別の筆ではないか、ということを指摘しておいた。

 それでは、その「浮舟(別人筆部)」を含めて、明融臨模本の親本が全文別人筆であろうと推定される「帚木」「若菜上」「若菜下」の行頭字母の書き分け率はどうであろうか。

 「帚木」は、全22箇所中、異なる字母は10箇所(45.5%)で、同じ字母が12箇所(54.5%)である。同じ字母数が異なる字母数に勝るのである。
 「若菜上」は、全37箇所中、異なる字母は26箇所(70.3%)で、同じ字母は11箇所(29.7%)である。
 「若菜下」は、全44箇所中、異なる字母は28箇所(63.6%)で、同じ字母は16箇所(36.4%)である。
 そして、「浮舟(別人筆部)」は、既に述べたように、全20箇所中、異なる字母は13箇所(65.0%)で、同じ字母は7箇所(35.0%)であった。

 「帚木」の書き分け率(45.4%)は、これらの4巻の中でも異常に低く、「行幸」の35.3%と同様に、書き分け意識も低く、偶々の数値というふうにも考えられるものである。

 それに対して、「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」は、書き分け率63.6~70.3%というある一定の幅の中に収まっている。

 これら3巻は、別人乙グループ(若紫・花散里・柏木別人筆・早蕨)の書き分け率83.3%~100%とも一線を画したグループを形成しているように見られる。

 以上、「帚木」「若菜上」「若菜下」そして「浮舟(別人筆部)」における行頭同字の書き分け意識は、「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」で、書き分け率63.6~70.3%ということで、別人乙グループ(83.3~100%)とも一線を画して一つのグループを形成している。
 しかし、「帚木」の書き分け率は45.5%で、「行幸」の書き分け率35.3%とは10ポイントの差がある。したがって、「行幸」と同一グループとは為すには躊躇される。よって、「帚木」は独立させて捉えたい。

 「帚木」は一面書写行数及び行頭同字の字母の書き分け意識においても独自性を持っている。

表2 行頭同字の字母の書き分け率(%)

巻名   行頭同文字  異字母  同字母
 帚木  22  10(45.5)  12(54.5)
 若菜上  37  26(70.3)  11(29.7)
 若菜下  44  28(63.6)  16(36.4)
 浮舟(別)  20  13(65.0)   7(35.0)

 
  三 「帚木」「若菜上」「若菜下」の和歌書式

 次に、「帚木」「若菜上」「若菜下」3帖の和歌書式について見ていこう。

 ところで、第2節の「浮舟(別人筆部)」において、21首中、19首はⅠ型(上句と下句との間で改行し、下句は地の文と同じ位置から書く)であるが、2首はⅢ型(上句と下句の境以外の箇所で改行される)であることを指摘した(注3)

 Ⅲ型は改行された歌の続きの位置が、地の文の高さ位置から書かれるもの(Ⅲ‐Ⅰ)と1、2字下げられた和歌の位置から書かれるもの(Ⅲ‐Ⅱ)とに分けられ、さらに和歌の末尾に、地の文が直接続ける形(A類)、1字程度の空白を設けて続ける形(B類)、和歌のしたを余白とし、改行して地の文をつづける形(C類)に分類される。

 定家は、和歌を改行する際には、必ず上句と下句との境で改行する方針をもっていて(注4)、このⅢ型というのは、定家の和歌書式とは大きく異なった和歌書式である。
 
 それでは、上記の3帖の和歌書式はいかがであろうか。

 「帚木」は、全14首中9首は、上句と下句との境で改行され、その改行された下句は、上句と同じ位置から書かれる、Ⅱ型である。
 うち、和歌の末尾に地の文が続く形(ⅡA)が3首、和歌の下を余白とし、改行して地の文を続ける形(ⅡC)が6首である。
 そして、残りの5首は、上句と下句の境以外で改行しているⅢ型である。そして5首すべて和歌の下を余白にしている(Ⅲ‐ⅡC)。それは全体の約三分の一相当である。
 「浮舟(別人筆部)」に続き、「帚木」にもⅢ型が出て来るのが注目される。

 「若菜上」は、全24首、うち冒頭の1首がⅠ型A類である。残り23首はすべてⅢ‐Ⅰ型である。
 うち、和歌の末尾に地の文を続ける形(Ⅲ‐ⅠA)が22首、和歌の末尾を余白とし、改行して地の文を続ける形(Ⅲ‐ⅠC)が1首である。
 Ⅲ型が圧倒的に多数を占めている。

 「若菜下」は、全18首中、12首は上句と下句との境で改行し、地の文と同じ高さから書き、歌の末尾に地の文を続ける形(ⅠA)である。
 残りの6首は上句と下句との境以外で改行し、地の文と同じ高さから書き、歌の末尾に地の文を続ける形(Ⅲ—ⅠA)である。三分の一を占める。

 「浮舟(別人筆部)」は、全21首中、19首は上句と下句の境で改行しているが、和歌の末尾に地の文を続ける形(ⅠA)が13首で、和歌の末尾と地の文との間に約1字分の空白が認められる形(ⅠC)が1首、そして和歌の下を余白とし、改行して地の文が続く形(ⅠC)が5首ある。
 残りの2首は、上句と下句との境以外で改行し、和歌の末尾に地の文を続ける形(Ⅲ‐ⅠA)が1首と、和歌の下を余白とし、改行して地の文を続ける形(Ⅲ‐ⅠC)が1首である。

 以上、4巻における共通性として、いずれもⅢ型という、和歌の上句と下句の境以外の箇所で改行しているという特徴が見られることである。
 ただ、その占める割合は、さまざまである。「帚木」と「若菜下」は全体の約3割程度であるのに対して、「若菜上」はそのほとんどがⅢ型で、「浮舟(別人筆部)」は逆に極少数で、そのほとんどはⅠ型であるという具合である。

 そうした中で、「帚木」はⅢ‐Ⅱ型という、途中改行して上句と同じ位置から書くという和歌書式であるが、他の「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」はすべてⅢ‐Ⅰ型、即ち、途中改行して地の文と同じ位置から書くという和歌書式である。

 要するに、「帚木」の和歌書式は、Ⅱ型とⅢ‐Ⅱ型であるのに対して、「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」は、Ⅰ型とⅢ‐Ⅰ型である。
 よって、和歌書式においても、「帚木」の特異性が見られる。

表3 和歌書式(数字は歌数)

 巻名  歌数  Ⅰ型  Ⅱ型  Ⅲ型
 帚木   14    A(3) C(6)  ⅡC(5)
 若菜上   24  A(1)    ⅠA(22) ⅠC(1)
 若菜下   18  A(12)    ⅠA(6)
 浮舟(別)   21  A(13) B(1) C(5)    ⅠA(1) ⅠC(1)

 (注)
 Ⅰ型 改行した下句は地の文と同じ位置から書く
 Ⅱ型 改行した下句は上の句と同じ位置から書く
 Ⅲ型 上句と下句の境以外の所で改行する
     そして改行した歌句の位置について、Ⅲ‐Ⅰ型(地の文の高さ)とⅢ‐Ⅱ(和歌の高さ)の2つに分けられる
 A類 和歌の末尾に地の文が続く
 B類 和歌の末尾の下に空白を設けて地の文を続ける
 C類 和歌の下は余白とし改行して地の文が続く



  四 「帚木」「若菜上」「若菜下」の字母の種類と使用傾向

 次に、「帚木」「若菜上」「若菜下」及び「浮舟(別人筆部)」における字母の種類と使用傾向について見ていこう。

 書写者が使用する字母の種類とその使用傾向は、一面書写行数や行頭字母の書き分け、和歌書式の特徴以上に、書写者の無意識的な書き癖が反映していると考えられるものである。

 (1)「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」の共通字母字形

 それでは、「帚木」「若菜上」「若菜下」と「浮舟(別人筆部)」の特有の共通字母字形について見ていこう。

 本稿では、特に定家筆、別人甲、別人乙グループとの対比のもとに、これら4巻の特徴について見ていく。

 結論として、これら4巻が別人乙グループとは一線を画すもので、別人丙グループ、あるいはさらに区分して、別人丁を設ける必要があるかも知れない点を指摘する。

 まず、字母字形の延べ総数129字中、4巻共通して使用されている字母字形は、「尓」「里」「見」の3字である。
 次いで、1巻を除く3巻共通となると、「帚木」を外した形で、3例。「若菜上」、「浮舟(別人筆部)」をそれぞれ除外した形で、各1例ずつある。
 以上、延べ8文字が掲出される(下表4参照)

 一見数少ないようであるが、定家筆(「柏木」定家筆部)及び全文定家筆であろうと推定される「桐壺」「花宴」「橋姫」においてでも、その定家筆の固有字母は「飛」「伊」「地」「具」「盈」「亭」「起」の7文字であった。

 また別人甲「行幸」の固有字母は、「曽」「衣」「天」「羅」「二」「尓」「古」「見」「留」「悲」「耳」「登」「年」「支」「新」「母」の16文字であった。これは異例に多い。

 そして別人乙グループ「若紫」「花散里」「柏木(別人筆部)」「早蕨」における共通字母(一部に別人甲とも共通する字母を含むので、固有ではなく共通という)は、「盤」「井」「三」「婦」の4文字であった。

 よって、特に数少ないという程ではない。

表4 「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」の字母の種類

 字母 帚木   若菜上  若菜下  浮舟(別)  定家(推定含む)  別人甲 別人乙 
 尓   8    18   228    5   0   11   0
 遍   2    0    5    2  桐1    0   0
 登   3    1    4    0  宴1    1   0
 里  133   142   883   12  柏14桐47宴27
橋19浮8
  54   0
 連   0   22    4    1  柏2橋8    1   0
 所   0    5    3    2  桐1宴1    0   0
 見   5   37   45    1   0    3   0
 新   0    2   18    1   0    1   0 


 ①「尓」は、「尓」が1筆であるのに対して、漢字の字形に近い4筆の字形である。
 「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」及び別人甲筆の「行幸」に見られ、対して定家筆(推定を含む)と別人乙グループには見られないというパターンである。
 ⑦「見」もこれと同じパターンである。

 ④「里」は、「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」及び定家筆(推定を含む)」、別人甲筆「行幸」に見られて、別人乙グループには見られないというパターンである。

 ⑤「連」⑥「所」⑧「新」は、「帚木」を除く3巻と定家筆(推定を含む)と別人甲筆、あるいはそれぞれを含まない形で、共通して、別人乙グループには見られないというパターンである。

 ②「編」は「若菜上」を除外した形で、また③「登」は「浮舟(別人筆部)を除外した形で、定家筆(推定を含む)や別人甲筆と共通していて、別人乙グループには見られないというパターンである。

 とはいえ、「帚木」は8文字中、3文字において用例が0というのが気にかかる。
 他の巻でも用例0は、「若菜上」と「浮舟(別人筆部)」に、各1文字あるが、それらは全体的に見ても1桁台の用例数の少ない文字においてであった。
 それに対して、「帚木」の用例0は、他の巻では2桁台の用例数があるような文字においてである。

 (2)「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」の字母の使用傾向

 最後に、字母の使用傾向(順位)から、これら4巻の共通性について見たい。
 一つの仮名に複数の字母字形がある場合、頻繁に使用する字母とそうではない字母とがある。
 そこには時代の一般的傾向と、またそれとは異なった個別的な傾向とがあるが、一般的な傾向は措き、個別的な傾向、すなわち、「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)が定家筆や別人甲、別人乙グループとは対立するような事例から、このグループの特性を検討する。

 たとえば、仮名「ま」について、定家は「柏木(定家筆部)」において、

  「万」(71)—「末」(15)—「満」(14)

 という順位で使用されていた。( )の数字は使用数を表す。

 そのことはまた、明融臨模本の親本が全文定家筆であろうと推定される「桐壺」「花宴」「橋姫」においても、
 
 「桐壺」…「万」(71)—「末」(15)—「満」(14)
 「花宴」…「万」(64)—「満」(45)—「末」(21)
 「橋姫」…「万」(362)—「末」(81)—「満」(47)

というように、「花宴」では「末」と「満」の順位が入れ替わるが、「万」が最も多く使用される点では同じであった。

 対して、別人甲(行幸)では、

 「末」(402)—「万」(42)—「満」(40)

という具合に、「末」が最も多く使用され、定家が最も頻用する「万」は第2位でその差は大きい。

 また、別人乙グループ(若紫・花散里・柏木(別人筆部)・早蕨)でも、

 「若紫」…     「末」(748)—「満」(52)—「万」(8)
 「花散里」…    「末」(37)—「満」(9)—「万」(0)
 「柏木(別人)」… 「末」(342)—「満」(60)—「万」(1)
 「早蕨」…     「末」(264)—「満」(23)—「万」(1)

というように、「末」が最も多く使用され、定家が最も頻用する「万」は最下位の第3位で、しかもその使用数は僅かであった。
 そして、各グループとも第一位使用の字母は同じであった。

 以上から、定家と別人甲・別人乙グループとの顕著な書き癖の違いが窺えたのである。

 ところが、「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」では、ある一定のまとまりはあるようだが、第一位使用の字母において、常にいずれかの巻に例外が出て来るような様相を示すのである。

 以下、その事例を7例挙げよう。

 ①「は」:「者」「波」「八」「盤」
  「帚木」…   「者」(645)-「波」(113)-「八」(50)-「盤」(1)
  「若菜上」…  「者」(789)-「八」(717)-「波」(255)-「盤」(49)
  「若菜下」…  「者」(1217)-「波」(335)-「八」(283)-「盤」(7)
  「浮舟(別)」…「八」(564)-「者」(442)-「波」(89)-「盤」(18)

 ②「つ」における「川」「川」「徒」の使用順位
  「帚木」…   「川」(212)-「川」(183)-「徒」(3)
  「若菜上」…  「川」(648)-「川」(290)-「徒」(4)
  「若菜下」…  「川」(836)-「川」(79)-「徒」(8)
  「浮舟(別)」…「川」(402)-「川」(125)-「徒」(10)

 ③「な」における「奈」「奈」「奈」「那」の使用順位
  「帚木」…   「奈」(442)-「那」(163)-「奈」(126)-「奈」(98)
  「若菜上」…  「奈」(1193)-「奈」(283)-「那」(255)-「奈」(55)
  「若菜下」…  「奈」(1508)-「奈」(137)-「奈」(21)-「那」(6)
  「浮舟(別)」…「奈」(611)-「奈」(150)-「那」(127)-「奈」(79)

 ④「ま」:「末」「満」「万」
  「帚木」…   「末」(325)-「万」(121)-「満」(9)
  「若菜上」…  「万」(744)-「満」(245)-「末」(128)
  「若菜下」…  「末」(1018)-「満」(72)-「万」(12)
  「浮舟(別)」…「末」(738)-「満」(56)-「万」(13)

 ⑤「け」:「个」「遣」「計」「氣」「希」
  「帚木」…   「遣」(204)—「个」(104)—「計」(51)—「氣」(1)—「希」(0)
  「若菜上」…  「个」(334)—「遣」(263)—「計」(156)—「氣」(0)—「希」(1)
  「若菜下」…  「計」(600)—「个」(156)—「遣」(34)—「氣」(0)—「希」(0)
  「浮舟(別)」…「个」(185)—「遣」(153)—「計」(108)—「氣」(0)—「希」(0)

 ⑥「め」:「女」「免」
  「帚木」…   「免」(144)—「女」(100)
  「若菜上」…  「女」(462)—「免」(62)
  「若菜下」…  「女」(415)—「免」(7)
  「浮舟(別)」…「女」(181)—「免」(91)

 ⑦「み」:「美」「三」「見」
  「帚木」…   「美」(320)—「三」(10)—「見」(5)
  「若菜上」…  「美」(514)—「三」(137)—「見」(37)
  「若菜下」…  「三」(433)—「美」(76)—「見」(45)
  「浮舟(別)」…「三」(236)—「美」(218)—「見」(1)

 ①「は」では、「浮舟(別)」が異なる。「浮舟(別)」の第1位使用の「八」(564)と第2位使用の「者」(442)の間の開きは歴然としている。「浮舟(別)」の第1位使用「八」は別人甲と同じ。「帚木」「若菜上」「若菜下」の第1位使用「者」は、定家、別人乙グループも同じである。

 ②「川」は漢字表記に近い字形である。
 「つ」では、再び「浮舟(別)」が異なる。
 「浮舟(別)」の第1位使用の「つ」(402)と第2位使用「川」(125)の間の開きも歴然としている。
 「浮舟(別)」は、定家、別人甲、別人乙グループと同じ。「川」を第1位とするのは、「帚木」「若菜上」「若菜下」のみである。

 ③「奈」は4筆書の字形、「な」は1筆書の字形、「奈」は現行の仮名「な」の字形である。
 「な」では、「帚木」が異なる。第1位使用「奈」(442)と第2位使用「那」(163)の間の開きも歴然であるが、他では「奈」を第1位とするのが「帚木」では第3位使用(126)となる。
 「な」を第1位使用とするのは、「帚木」のみ。「若菜上」「若菜下」「浮舟(別)」及び定家、別人甲、別人乙グループは、すべて「奈」を第1位とする。

 ④「ま」では、「若菜上」が異なる。「若菜上」の第1位使用「万」(744)と第2位使用の「満」(245)の間には2倍以上の開きがある。
 上に見るように、「若菜上」は、定家と同じ。「帚木」「若菜下」「浮舟(別)」は、別人甲及び乙グループと同じ。

 ⑤「け」では、「帚木」と「若菜下」とがそれぞれ異なっている。
 「帚木」の第1位使用の「遣」(204)は、別人乙の「花散里」(14、个12)と同じ。
 「若菜下」の第1位使用の「計」(600)は、「帚木」「若菜上」「浮舟(別)」では、いずれも第3位使用の字母である。
 「若菜上」と「浮舟(別)」は、「个」を第1位使用とするが、定家、別人甲、別人乙(花散里を除く)も「个」を第1位使用としている。
 よって、「け」では、「帚木」と「若菜下」がそれぞれ特異である、となる。

 ⑥「め」では、「帚木」が異なる。
 「帚木」」では「免」(144)を第1位使用し、「女」(100)を第2位使用としていて、別人乙の「花散里」(8、女5)と同じ。
 「若菜上」「若菜下」「浮舟(別)」及び定家、別人甲、別人乙グループ(花散里を除く)は、すべて「女」を第1位とする。

 ⑦「み」では、「帚木」「若菜上」と「若菜下」「浮舟(別)」とに分れる。
 「帚木」「若菜上」では、「美」を第1位使用とする。
 対して、「若菜下」と「浮舟(別)」では「三」を第1位使用とする。
 前者は、定家、別人甲、別人乙グループと同じである。
 後者は、「若菜下」と「浮舟(別)」のみである。
 よって、「み」では、「若菜下」と「浮舟(別)」が特異となる。

 以上、「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別)」における、7文字における第1位使用字母に着目して見てきた。
 すると、7文字中、それぞれに特異な字母がある。すなわち、

 「帚木」では、「奈」「遣」「免」の3字母が「若菜上」「若菜下」「浮舟(別)」とは異なる。
 「若菜上」では、「万」の1字母が「帚木」「若菜下」「浮舟(別)」とは異なる。
 「若菜下」では、「計」「三」の2字母が「帚木」「若菜上」「浮舟(別)」とは異なる。
 「浮舟(別)」では、「八」「川」「三」の3字母が「帚木」「若菜上」若菜下」とは異なる。。但し「三」は、「若菜下」と共通。

 その一方で、それらの字母は、他の筆・巻と次のような共通が見られる。

 「帚木」の「遣」と「免」の第1位使用は、「花散里」と共通する。
 「若菜上」の「万」の第1位使用は、定家(柏木(定)・桐壺・花宴・橋姫・浮舟(定))と共通する。
 「浮舟(別)」の「ハ」の第1位使用は「行幸」と共通し、「つ」の第1位使用は定家(柏木(定)・桐壺・花宴・橋姫・浮舟(定))と共通する。

 要するに、頻用字母の使用傾向から見ると、「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別)」のグループには、巻によって使用傾向が異なる字母が有るというのが、一つの特徴となる。
 使用傾向が異なることを根拠に、筆者が異なると言い出したら、すべて別人筆ということになりかねない。
 ここは、このグループの特徴として、巻毎に意図的に字母の使用傾向を変えているのではないか、と解したい。

  むすび

 以上、使用字母の種類から見て、これら4巻を1グループと見做してよいだろうと考える。
 ただ、これまで考察してきたように、「帚木」は一面書写行数が10行書という定数書であること、行頭同字の字母の書き分け意識の低さ、和歌の書写様式がⅡ型とⅢ‐Ⅱ型であること、そして使用する字母の種類においても、4巻の中でやや特殊であること、等から、あるいは独立させて1グループを考えるべきか、とも思われるが、後考に俟ちたい。
 となると、別人丙グループとして、「帚木」「若菜上」「若菜下」「浮舟(別人筆部)」を考えたい。そしてあるいは、別人丁として「帚木」を考えるべきか、という課題を残しておこう。


  

(1)拙稿「第1章 定家本」(第2節 青表紙原本)。
(2)拙稿「第2章 明融臨模本」(第2節 その親本が定家と別人に依る寄合書であろうと推定される巻」。
(3)前稿では、Ⅲ型と呼称していたが、ⅠとⅡは改行の位置が同じであるが、改行された下句の書かれる位置が異なるので、区別したものである。しかし、Ⅲはそもそも改行の境が異なるので、Ⅰ型Ⅱ型と同列には並べられないものである。そこで、Ⅲではなく、改めてⅩ型とし、その中で改行された和歌の続きがⅠ型であるか、Ⅱ型であるかと考えていくべきであった。本稿以降、この呼称分類を使用する。
(4)『下官集』(一書謌事「真名を書交字或は落字之時上句一行にたらすなれとも只如欠字其所置て次の行に可書下句之由▲之」)。