七 字母の種類とその使用傾向

 青表紙原本「源氏物語」(4帖)の筆者については、その筆跡や書写様式(一面書写行数、行頭字母の書き分け、和歌の書写様式等)から、筆者は藤原定家(「柏木(定家親筆部)」と別人の「行幸」と、さらに別人の「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3群に分かれるのではないか、と述べて来た。
 だが、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻については、なお同一人であるか、あるいは複数人か、決め難いところがあった。そこで、3群として捉えて来たのであった。
 本稿では、筆者の書き癖としての、用字表記法から、特にその使用字母・字形の種類とそれらの使用傾向の分析によって、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の筆者の問題についても明らかにしていきたい。

 従来の翻字法では作品研究には有効であったが、筆者や写本関係を追究する上では隔靴掻痒の感があった。
 近年、今西祐一郎氏によって、「表記情報学」が提唱され(注1)、写本の書承関係や位相の新しい解明が始まった。その研究プロジェクトメンバーの田坂憲二氏は新たな翻字法として「字形表示型」を提案され(注2)、大島本「桐壺」(聖護院道増筆)と同「帚木」(伝飛鳥井雅康筆)のそれぞれ一部をその翻字法によって例示され論じられた。また同じくそのメンバーでもあった伊藤鉄也氏は「変体仮名翻字」を提案され(注3)、「国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」」の全文をその翻字法で公刊された。

 しかし、田坂氏の翻字法では、例えば「の」に関して、その字形の相異から「の」と「乃」とを表示し分けるが、字母と漢字の表示法が同じになっているので見分け難い、という難点がある。
 一方、伊藤氏の翻字法では字母と漢字との違いについて、漢字は【 】括で表示して区別しているが、字形を区別しないために例えば、「乃」が「の」と同じに翻字されてしまう、という難点がある。

 そこで、私は第1に漢字と字母の違いについては、漢字は太字で表示することで区別した。第2に、仮名(平仮名・片仮名・変体仮名)の字形の違いについては、例えば「の」と「乃」の区別には「乃」には「1」を付けて「の」として表示し分けた。第3にさらに、活字では表現できない字形の違いに関しては、通常の字形とその筆数を基準にして、より元の漢字体に近い字形には「1」を付け、通常字形以外の字形には「2」を付けて区別した。例えば、「尓」(筆数1)と「尓」(筆数3)、「そ」と「そ」(逆湾曲形)、「こ」と「こ」(筆数1)などである。
 なお、翻字する際には、通読の便宜性を優先して、原則通常の仮名が存在する文字は、その仮名で表示し、それら以外は字母で表示した。ただし一覧化して表示する場合にはすべて字母表示という方法を用いた。

 一 「青表紙原本」(4帖)の字母・字形の種類

 以上の方法によって、「青表紙原本」(4帖)における「いろは47音節+ん」の字母と字形について見ると、以下のような、113種類の字母・字形が見られた。
 今、それらについて、すべて字母で表示し、異字形については数字「1」または「2」を付けて表示しよう。

 い(以・伊)ろ(呂)は(者・八・波・盤)に(尓・尓・仁・二・耳)・ほ(保・本)へ(部)と(止・登)
 ち(知・地)り(利・里)ぬ(奴)る(留・留・累)を(遠・越)
 わ(和・王)か(可・加)よ(与)た(堂・多・太)れ(礼・連)そ(曽・曽
 つ(川・川・徒)ね(祢・年)な(奈・奈・奈・那)ら(良・羅)む(武)
 う(宇)ゐ(為・井)の(乃・乃・能)お(於・於)く(久・具)や(也)ま(万・末・満)
 け(个・遣・計)ふ(不・布・婦)・こ(己・己)え(衣・衣・江・盈)て(天・天・亭)
 あ(安・阿)さ(左・佐)き(幾・支・起)ゆ(由)め(女・免)み(美・三・見)し(之・志・新)
 ゑ(惠・衛)ひ(比・日・悲・飛)も(毛・毛・母)せ(世・勢)す(寸・春・須・須
 ん(无)

 字形について、少し補説しよう。
 「尓」と「尓」:「尓」は変体仮名1筆、「尓」は字母「尓」に近い字形3筆
 「留」:1筆であるが、その入筆部に字母の形(心に近い字形)を留めた字形
 「曽」:湾曲が逆で、「う」に似た字形
 「奈」「奈」「奈」:「奈」は現行の仮名字形、「奈」は字母「奈」に近い3筆の字形、「奈」は変体仮名1筆の字形
 「己」と「己」:「己」は現行の仮名字形で2筆、「己」は1筆(一点)、「ゝ」に似た字形
 「衣」と「衣」:「衣」は現行の仮名字形で2筆、「衣」は1筆、やや大きめの「ゝ」または「く」や「天」に似た字形
 「天」:屈折があり「く」や「衣」に似た字形
 「毛」:入筆部に字母の字形を留めた字形
 「須」:右側の旁部が「欠」に近い字形

 以上、青表紙原本の筆者の特徴(書き癖)を考える上で試みた私の字母字形の分類案である。
 字形の分類に関しては、詳細に過ぎてもただ煩雑になるだけなので、当面の目的に沿った必要かつ十分な分類案でよいと考えているので、以上のような分類になったのである。
 したがって、その研究の目的や対象とする資料の性格等によっては、当然違った分類案になってよいもの、また研究者によって異なってよいものと考えている。

 次に、各巻において使用している字母字形数について見ると、

 「花散里」の字母字形:75種類
 「行幸」の字母字形:100種類
 「柏木(定家親筆部)」の字母字形:89種類
 「柏木(非定家筆部)」の字母字形:84種類
 「早蕨」の字母字形:82種類

となる。

 今、藤原定家筆の「柏木(定家親筆部)」を基準(89種類)にして他の巻をみると、明らかな別人筆の「行幸」は100種類で、定家の使用字母字形数よりも約10%増値である。
 対して、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」は75~84種類で、いずれも「柏木(定家親筆部)」よりも少なく、16~6%減値である。なお「花散里」は小さな巻なので、やや偏向性を考慮すれば、これら3巻における使用字母字形の種類数においては顕著な相異性は見い出し難い。

 以下、各巻毎にその特徴について具体的に見ていこう。

 二 「柏木」(定家親筆部)の字母・字形の種類と使用傾向

 初めに、藤原定家筆の「柏木(定家親筆部)」における字母・字形の特徴から見ていこう。
 まず最初に、他の書写者たちが使用していない定家独自使用の字母について考えてみよう。
 すると、以下のような7文字が見られる。( )の中に使用回数を記す。以下、同じ。

 「伊」(4)「地」(2)「具」(1)「盈」(1)「亭」(1)「起」(1)「飛」(8)

 「飛」8回を筆頭に、「伊」4回、「地」2回が使用されている他に、「具」「盈」「亭」「起」はそれぞれ1回ずつ使用されている。
 ところで、「伊」に関しては、その2回は行頭字母の書き分けとして使用されているものであるが、他はすべて本文中における使用である。よって、定家は行頭字母の書き分けの必要性に関係なく、随意に複数の字母を使用していることがわかる。
 そして、わずかに1度くらいしか使用しない字母をあえて交えているというところに、定家独特の書き癖が窺える。

 一方、逆に他の書写者たちがいずれも使用している字母で、定家は使用していない字母というものについて見てみよう。1例ある。

 ①「三」

 字母「三」(み)に関しては、 「花散里」(3)、「行幸」(59)、「柏木(非定家筆部)」(32)、「早蕨」(16)というように、いずれも使用している。小さな巻である「花散里」でさえ3回使用されているほどである。したがって、定家が「柏木(定家親筆部)」において、字母「三」(み)を使用していないのは、顕著な特徴といえよう。
 しかし、定家は字母「三」をまったく使用しない人というのではなく、他の作品(例えば、定家本土左日記・古今集・近代秀歌・更級日記・天福本伊勢物語)の書写においては、使用しているのである(注4)

 要するに、字母の使用に関して、有か無かということだけでは、偶然性や見落とし等も伴うことゆえ、また、他の作品では違った事例も見られるということで、そのことをもって絶対的とはいえない。あくまでも、「青表紙原本」(4帖)という限定的な範囲内においてのことでしかない。

 そこで、第2に、定家が他の書写者たちに比して、相対的に頻用する傾向の字母、また逆に比較的使用数の少ない字母、というものについて見てみよう。
 例えば、複数の字母が使用されている場合に、その使用順位が他の書写者たちの使用順位と顕著に異なっている字母を見ていこう。

 ①「万」

 「ま」の字母として、「万」「末」「満」の3種類が使用されているが、「柏木(定家親筆部)」では、その使用順位が「万」(71)-「末」(15)—「満」(14)という順位で使用されている。
 ところが、他の青表紙原本では「末」(花37・行402・柏非342・早264)-「満」(花9・行40・柏非60・早23)-「万」(花0・行41・柏非1・早1)というように、「末」が最も多く頻用され、「万」は最も使用頻度の少ない字母となっているのである。
 定家の字母の使用傾向が顕著に窺われる事例である。

 なお、定家の「万」の頻用傾向は、前出の他の作品(例えば、定家本土左日記・古今集・近代秀歌・更級日記・天福本伊勢物語)の書写においてもまったく同傾向である(注5)

 以上、青表紙原本における藤原定家の特徴(書き癖)としての字母の種類と使用傾向について見てきた。使用字母の種類よりもむしろその使用傾向の方にこそ、書写者の書き癖が顕著に反映されているといえよう。

 次に、これも他の青表紙原本の筆者とは明らかに違った別人(非定家筆)の「行幸」について見ていこう。

 三 「行幸」(別人・非定家筆)の字母・字形の種類と使用傾向

 「行幸」の使用字母・字形の種類は100種類と、最も多く多様性に富んでいる。
 そして、第1に「行幸」独自使用の字母字形数も最も多い。次のような字母字形、16種類である。

 「尓」(11)「二」(12)「耳」(1)「登」(1)「留」(2)「曽」(58)「年」(1)「羅」(16)「古」(10)「衣」(55)「天」(19)「支」(1)「見」(3)「新」(1)「悲」(2)「母」(1)

 定家と同様に、16の字母字形のうち、わずか1回使用というのが、6文字。2回使用が2文字、とその半数を占めている。そのことは、どこか藤原定家と似通ったような傾向が窺えて興味深い。

 さて、それらの字母字形の中に、第2に「行幸」書写者の特徴として、特にその字形に独特の書き癖が窺える。すなわち、字母に数字を付加させた形で表示されるものが多いということである。

 ①「尓」は字母「尓」に近い字形で3筆の字形である。「尓」(325)に対して「尓」(11)という割合で使用している。
 ②「留」も「尓」と同様で、字母「留」に近い字形で、入筆部が「心」の字形に似た波形になっている。「留」(215)に対して「留」(2)が認められる。
 ③「曽」は現行の仮名文字「そ」と同じ字形で、他の青表紙原本の書写者には見られない字形であるが、下部が逆湾曲形の「曽」(60)に対して「曽」(58)というように拮抗する割合で使用されている。
 ④「衣」は通行の仮名字体の「え」をさらに崩したような字形で、1筆の字形、そして、やや大きめの「ゝ」または「く」の途中に屈曲を入れた字形や「天」(屈曲字形)に似た字形である。「衣」(33)に対して、「衣」(55)というように、むしろ勝る使用頻度である。
 ⑤「天」は通行の仮名文字「て」の湾曲部が屈曲している字形である。したがって、「く」や「衣」などの字形に似通った字形である。「天」(368)に対して「天」(19)という割合で使用されている。

 以上、これらはまさしく「行幸」筆者の筆跡の特徴を具体的に記号化しかつ可視化して表わしたものとなろう。

 なお、逆に他の青表紙原本ではすべて使用されているのに、「行幸」では使用していない字母字形についても見ておこう。1字母である。

 ①「勢」

 字母「勢」1例が挙げられる。しかし、他の青表紙原本でも「勢」に関しては、「花散里」(1)・「柏木(定家親筆部)」(1)・「柏木(非定家筆部)」(4)・「早蕨」(2)というように、比較的少数使用の字母であるので、これは特に顕著な事例とはならないだろう。

 第3に、その使用傾向から見た顕著な特徴について、

 ①「八」…「八」(238)「者」(201)「波」(35)「盤」(0)

 ところが、他の青表紙原本では「者」(花51・柏定107・柏非327・早173)-「八」(花12・柏定14・柏非178・早83)-「波」(花7・柏定6・柏非63・早27)-「盤」(花1・柏定0・柏非14・早24)というように、「者」が最も多く頻用され、「八」は第2位使用の字母となっているのである。しかもただ第2位というだけでなく、第1位と第2位との落差に注意すれば、「柏木(非定家筆部)」と「早蕨」が「八」が「者」の半数前後の使用であるが、「花散里」と「柏木(定家親筆部)」では2割前後の使用程度であることだ。

 すなわち、「行幸」では字母「八」と「者」とが近い数値にあるとはいえ、やはりこの書写者は好んで字母「八」を使用する傾向の人であるということはいえよう。

 以上、「行幸」の書写者が「花散里」「柏木(定家親筆部)」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の書写者からは区別されるところの字母・字形の種類とその使用傾向である。

 四 「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の字母・字形の種類と使用傾向

 次に、同じ筆跡に見られる「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の書写者は果して同一人であるのか、それとも別人が含まれているのか、という問題意識に立って以下検証をしていきたい。

 まず最初は、同一人説に疑義をはさむような事例がないか、という視点から、各巻毎に検討してみよう。

(1)「花散里」の固有性

 まず、 「花散里」にのみ使用されていて、他の巻には使用されていない字母字形について見ると、そのような字母字形は無い。

 その逆に、「花散里」にのみ使用されていなくて、他の巻ではすべて使用されている字母字形について見ると、以下のような2字母字形がある。

 ①「万」…「花散里」(0)「行幸」(41)「柏木(定家親筆部)」(71)「柏木(非定家筆部)」(1)「早蕨」(1)
 ②「毛」…「花散里」(0)「行幸」(46)「柏木(定家親筆部)」(19)「柏木(非定家筆部)」(14)「早蕨」(11)

 ただ、「万」に関しては、「柏木(非定家筆部)」と「早蕨」においても、その使用回数はそれぞれ1回ずつということであるから、ほとんど「花散里」と大差はないものである。

 次に、「花散里」における字母の使用傾向について見ると、以下のような3字母が挙げられる。

 ①「堂」
 ②「遣」
 ③「免」

 「花散里」では、「た」に関して、「堂」(40)-「多」(24)-「太」(0)の順位で使用されているが、しかし他の巻では、「行幸」では「多」(349)-「堂」(177)-「太」(23)、そして「柏木(定家親筆部)」でも「多」(89)-「堂」(15)-「太」(3)、さらに「柏木(非定家筆部)」でも「多」(408)-「堂」(102)-「太」(0)や、「早蕨」でも「多」(246)-「堂」(87)-「太」(0)、という具合に「多」が最も多く使用されている。「花散里」における第1位「堂」(40)と第2位「多」(24)の使用差違についても留意しておきたい。

 また、「け」に関しても、「遣」(14)-「个」(12)-「計」(6)の順で「遣」が最も多く使用されているが、他の巻では、「行幸」では「个」(103)-「遣」(72)-「計」(36)、そして「柏木(定家親筆部)」でも、「个」(36)-「遣」(14)-「計」(6)という順で、ただ「柏木(非定家筆部)」と「早蕨」では、それぞれ「个」(136)-「計」(69)-「遣」(65)、「个」(71)-「計」(46)-「遣」(24)、と若干の違いもあるが、いずれも「个」が最も多く使用されているのである。

 さらに「め」に関しても、「免」(8)-「女」(5)の順位で使用されているが、しかし他の巻では、「行幸」では「女」(99)-「免」(29)、そして「柏木(定家親筆部)」でも「女」(29)-「免」(2)、さらに「柏木(非定家筆部)」でも「女」(89)-「免」(40)や、「早蕨」でも「女」(67)-「免」(13)、という具合にすべて「女」が最も多く使用されているのである。

 「花散里」は小さな巻であるので、使用字母の有無に関してはその点を勘案しなければなるまい。しかし、字母の使用傾向に関しては3字母が、「柏木(非定家筆部)」や「早蕨」とは異なった傾向を示している。これをどう判断すべきか、である。
 
(2)「柏木(非定家筆部)」の固有性

 まず、「柏木(非定家筆部)」にのみ使用されていて、他の他では使用されていない字母字形について見ると、そのような字母字形は無い。

 逆に、「柏木(非定家筆部)」にのみ使用されていなくて、他の巻では使用されている字母字形というものも無い。

 次に、「柏木(非定家筆部)」における字母の使用傾向について見ると、特に顕著な使用傾向を示すような字母は無い。

 総じて、「柏木(非定家筆部)」は固有性の無い巻部ということができる。

(3)「早蕨」の固有性

 続いて、「早蕨」にのみ使用されていて、他の巻では使用されていない字母字形について見ると、そのような字母字形は無い。

 逆に、「早蕨」にのみ使用されていなくて、他の巻では使用されている字母字形として、

 ①「奈」…「花散里」(2)「行幸」(26)「柏木(定家親筆部)」(55)「柏木(非定家筆部)」(2)「早蕨」(0)

 以上のように、「奈」1字の字形が使用されていない。ただ、「花散里」と「柏木(非定家筆部)」もそれぞれ使用回数2回ずつという少数回なので、先に見てきた「花散里」の「万」の場合と同様に、ほとんど大差のないものである。

 次に、「早蕨」における字母の使用傾向について見ると、特に顕著な傾向を示すような文字は特に無い。

 以上、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」のそれぞれの固有性を見てきた結果、「柏木(非定家筆部)」と「早蕨」は特に顕著な固有性は見られない。ただわずかに「花散里」にその字母の使用傾向に固有性(顕著な傾向)が窺えた。
 「花散里」に見られる固有性を、「柏木(非定家筆部)」や「早蕨」の許容範囲ないし多少のバリエーションの幅の内として認められるか否かということになろう。

 そこで、次に「花散里」「柏木」(非定家筆部)」「早蕨」の共通性という視点から検証してみよう。

(4)「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の共通性

 はじめに、「青表紙原本」(4帖)において使用されている字母字形113字中、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」が共通して使用している字母字形が73字(64.6%)あり、また逆に共通して使用していない字母字形が28字(24.8%)あり、両者を合わせると101字(89.4%)となり、実に90%弱の共通性が見られる。

 とはいえ、これは3巻のみで使用されている、またされていない字母字形というわけではなく、他の巻と共にというのも含むものではあるが。

 ちなみに青表紙原本(4帖)すなわち「花散里」「行幸」「柏木(定家親筆部)」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」のすべてにおいて使用されている字母字形は70字(61.9%)である。その逆のすべてにおいて使用されていない字母字形というものはそもそも掲出しようがないので、存在しない。

 それでは初めに、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」では共通して使用されているが、「行幸」と「柏木(定家親筆部)」では共に使用されていない字母字形というものについてみると、

 ①「盤」…「花散里」(1)「柏木(非定家筆部)」(14)「早蕨」(24)⇔「行幸」(0)「柏木(定家親筆部)」(0)

 字母「盤」1字が挙げられる。「花散里」の数値は低いが、小さな巻であるにも関わらず、「は」中の第4位使用字母なので、数値以上に重視してよいだろう。

 次に逆に、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」では共通して使用されていないで、「行幸」と「柏木(定家親筆部)」では共に使用されている字母字形というものについてみると、


 ①「里」…「花散里」(0)「柏木(非定家筆部)」(0)「早蕨」(0)⇔「行幸」(54)「柏木(定家親筆部)」(14)
 ②「太」…「花散里」(0)「柏木(非定家筆部)」(0)「早蕨」(0)⇔「行幸」(23)「柏木(定家親筆部)」(3)
 ③「連」…「花散里」(0)「柏木(非定家筆部)」(0)「早蕨」(0)⇔「行幸」(1)「柏木(定家親筆部)」(2)
 ④「於」…「花散里」(0)「柏木(非定家筆部)」(0)「早蕨」(0)⇔「行幸」(34)「柏木(定家親筆部)」(1)
 ⑤「江」…「花散里」(0)「柏木(非定家筆部)」(0)「早蕨」(0)⇔「行幸」(5)「柏木(定家親筆部)」(1)

 以上、「里」「太」「連」「於」「江」の5字母が見い出せる。ただしかし、字母「連」に関しては、「行幸」1回、「柏木(定家親筆部)」2回といういずれも少数の数値である。そして、他の「於」や「江」においても「柏木(定家親筆部)」では1回という少数の数値である。とはいえ、5字母が共通して使用されていないという点は軽視できない。

 次に、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻に共通して見られる顕著な使用傾向について見てみよう。
 字母の使用順位の違いという顕著な違いは見られない。しかし、その使用頻度に関して、

 ①ほ:「保/本」

  「花散里」(29/12)「柏木(非定家筆部)」(121/71)「早蕨」(74/38)⇔「行幸」(74/74)「柏木(定家親筆部)」(25/21)

 字母「保」と「本」の使用傾向に関して、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻では、「保」(花29・柏非121・早74)が「本」(花12・柏非71・早38)の約2倍の使用頻度すなわち、2:1の割合で使用されているのに対して、「行幸」「柏木(定家親筆部)」では「保」(行74・柏定25)と「本」(行74・柏定21)とがほぼ同等すなわち、1:1の割合での使用である。この使用頻度の差違が「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻の共通性の特徴として挙げられる。

(5)まとめ

 以上、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻のそれぞれの固有性(単独使用字母の有無と使用傾向)と、これら3巻の共通性(3巻共通使用字母の有無と共通使用傾向)について検証してきた。
 その結果を、図表化して示すと、次のようになる。

   使用有  使用無  使用傾向
 花散里  ナシ  万・毛  堂・遣・免
 柏木(非定家筆)  ナシ  ナシ  ナシ
 早蕨  ナシ  奈  ナシ
 3巻共通  盤  里・太・連・於・江  保/本

 結論として、「花散里」に固有性は認められるものの、それ以上に「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻の共通性が勝る。
 よって、「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3巻の書写者は同一人物と考えられる。
 以上、青表紙原本「源氏物語」における使用字母字形の種類とその使用傾向から見たところ、その筆者(書写者)は藤原定家(「柏木(定家親筆部)」と別人甲(「行幸」)、別人乙(「花散里」「柏木(非定家筆部)」「早蕨」の3人である。

 

(1)今西祐一郎「「表記情報学」事始め―序文にかえて―」(研究代表者今西祐一郎『日本古典における【表記情報学】の基盤構築に関する研究Ⅰ』科研基盤(A)2011年度研究成果報告書 2012年3月)
(2)田坂憲二「字形表示型データーベースの提案――大島本桐壺巻から――」(研究代表者今西祐一郎『日本古典における【表記情報学】の基盤構築に関する研究Ⅲ』科研基盤(A)2013年度研究成果報告書 2014年3月)
(3)伊藤鉄也『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(新典社 2015年4月)
(4)植喜代子「藤原定家の変体仮名の用法について」(広島大学『国文学攷』第82号 昭和54年6月)
(5)植喜代子氏、前掲論文。