三 行頭字母の書き分け

 国語学者・小松英雄氏は、「定家筆の諸本をつうじて、同一字形の隣接を回避するという顕著な傾向が認められる」と指摘した(注1)。池田亀鑑氏が触れなかった青表紙原本の特徴の一つである。

 小松英雄氏が指摘したことは、青表紙原本の各巻の書写者を考えていく上で重要な指摘である。

 ところで、「同一字形の隣接を回避する」とは、同一の文字が行頭に並んだ場合に、異なった字母を使用するということであるが、同一の字母であっても、その崩し方を変えれば、例えば「の」と「乃」や「つ」と「川」のように、回避することが可能である。

 しかし、従来の翻字のし方では「の」も「乃」も同じ「の」に翻字されてしまう。それでは、「乃」は「乃」、また「川」は「川」などと万葉仮名の表記にしたら解消されようが、しかし、「な」のように崩し方を変えて「隣接を回避」している場合には対処できない。

 そこで、本稿では、仮名字体に関して、一般的な字形を基準にして、元の漢字の字形に近い字体は「1」とし、一般的な字形とも異なった字形は「2」として対処する方法を用いた。
 
 そうすると、「乃」は「の」、「川」は「つ」と表示され、平仮名「な」とは異なった崩し字体は「な」と表示されることによって、字形の違いによる同字母も表示し分けることが可能になる。

 なお、字母で翻字すると漢字との区別がつかなくなるので、漢字はその当て字使用をも含めて太字表示することによってその差別化を図った。

 青表紙原本(4帖)において、行頭に同じ文字が並んでいる箇所は、以下のとおりである。

「花散里」(3箇所)

@堂まひてのちいよ/\あ者れなありさ満を
  多ゝこの大将殿御心尓もて可くされてすくし
  堂まふなるへしをとうとのきみうち(1オ7・8・9)

Aなれ者む可し可堂りも可きく徒すへき春く
  なうなりゆくをましてつれ/\も満きれなくお(4ウ3・4)

Bなれ盤徒ら佐もわすれぬへしな尓や可やとれいの
  なつ可しく可堂らひ堂まふもおほさぬことにあ(5オ6・7)

 以上、「花散里」では、「た」と「な」の2文字について、字母「堂」と「多」、字形「な」と「な」とに書き分けられている。特に、「な」では同じ字母ではあるが、その字形を替えることによって差別化を図っているのである。

「行幸」(17箇所)

@遣さや可なるてなしなとのあらむ尓つ
  个て者おこ可満しうもやなとおほし可へ(1ウ1・2)

Aきもあれなとおほしめくらすにおやこの
  き里堂ゆへきやうなしおしくハ我心ゆる(9オ3・4)

Bひ可てらわ多り多ま婦い万ハましてしの
  ひや可尓布る万い多まへとミゆき尓をと(10オ3・4)

Cもハへめれとあやしくおれ/\しき本上尓そふ
  ものうさ尓なむハへ累へきなときこえ給とし(11オ5・6)

Dもあらすおこ可ましきやう尓可へりてハよ
  もい日もら春那る越なとものしはへれハ堂(13オ4・5)

Eてせうそこまうしゝ越やミにことつけ
  てものうけ尓春まひ多まへりし个尓(16ウ2・3)

F尓はやす可らすさるへきついてあらハ御事
  尓なひき可本尓てゆるしてむとおほし御心(18ウ8・9)

Gきふるまひとハおもふ多まへな可らし堂し
  き本と尓ハそのいき本日をもひきしゝめ多(22オ6・7)

H尓をよひておほや遣尓つ可うまつ里
  尓そへてもおもふ多まへし羅ぬ尓者ハへら(22ウ7・8)

Iし可多くてさす可尓むす本ゝれ堂る
  したまう个り古よひもともにさふら(24ウ4・5)

J个り十六日ひ可んのハし免尓ていとよきなり
  遣里ち可うよきしとかう可へ个る(26オ4・5)

Kうちによろしうおハしませハいそき堂ち多ま
  うてれいのわ多り多まうてもおとゝ尓(26オ6・7)

L堂まうてよくも堂満くし个尓万つ者れ
  多る可な卅一字のな可尓こともし者すく那く(28オ2・3)

Mし多なくおもひなむちゝみこのいと可な
  しうし多まひ个るおもひいつれ者尓(29ウ9・10)

Nま者てこのう多よミつらむ本とこそましてい
  万者ち可らなくてところせ可り个むといとおし(30オ9・10)

Oまふれいのまうけをハさる尓てうちのお
  万しいと尓なくしつら者せたまうてさ可那
  まいらせ多ま婦となふられいの可ゝるより者(31オ8・9・10)

Pなくさめ个る女御もてあ可みてわり
  なうみくるしとおほし堂りとのもゝ(37ウ5・6)

 以上、「行幸」では、「け」「た」「ま」「な」の4文字について、字母「遣」と「个」、「堂」と「多」、「ま」と「万」、「な」と「な」とに書き分けられている。そのうち、「遣」「个」及び「ま」「万」の書き分けはそれぞれ2回ずつ見られる。

 一方、同じ字母・字形が並んでいるのは「き」「ひ」「も」「て」「尓」「し」「う」の7文字である。そのうち、「き」「も」「し」はそれぞれ2回並んで見られる。

 字母字形の書き分け分布を見ると、初め@(1オ)と後半のJ(26オ)以降に集中して見られ(例外的にK「う」とM「し」が書き分けられていない)、前半のA(9オ)〜I(24ウ)は書き分けられていない。ただ、同じ文字で書き分けられたり、またそうでなかったりするようなものはないので、書写者の前半と後半との意識的な違いではなく、あるいは字母そのものに起因する書写者の問題であるかも知れない。

「柏木」(16箇所 うち定家筆部7箇所・非定家筆部9箇所)

@いてきなんなと徒れ/\尓つゝくるもうち可へし
  伊とあちきなしなと可く本ともなく志なしつ(3オ3・4)

A堂えぬおもひのやのこらむ あ者れと
  た尓の多万者せよとめてやりなら(3ウ6・7)

B連者志ふ/\尓かいとりて志の日てよゐの万き
  れ尓かしこに万いりぬおとゝかしこきをこな日(5オ1・2)

Cあらゝか尓おとろ/\しく堂らによむをい亭
  阿な尓くや徒みの布可き尓やあらむたら(6オ1・2)

Dいてやこの个ふり者可りこそ者このよのおもひ
  伊てならめ者可なくもあり个る可那といとゝ(8ウ8・9)

Eかと万りましきなめりときこえてみつ
  可らもな給宮者このくれ徒可多よりなや(10ウ6・7)

Fかろみなんやとお本す者多志らぬことなれ者
  可くとな者ら尓てすゑ尓いておハし多る(11ウ2・3)

Gさのみこそろし可なれとさてな可らへぬわ
  佐ならハこそあらめときこえ給御心のいちにハ(15オ6・7)

Hあま尓なさせてよときこえさる御本
  阿らはいと多うときこと那るを佐す可に可きらぬ(18ウ2・3)

I可くなむの堂まへと佐遣なとの多ふろ
  かして可ゝるか多尓てすゝむるやうも者へなるを(19オ1・2)

J多まへる本とよりハことにい多うもそこなハれ
  堂満者さり个りつねの可多ちよりも/\(27オ1・2)

Kな可す尓ハおほしいれさり个免とい者け
  なう者へしよりふ可く堂のみしを(28ウ6・7)

Lなることに可あり个むすこしほえ多るさ満
  ならまし可ハさ者可りうちいてそ免多りしにいと(35ウ7・8)

Mしゐてつようさ満し者へるをさらにお
  志いり多る佐まのいとゆゝしきまてし者しも(39ウ6・7)

N堂いめんしへりふり可多うきよけな
  多ちい多うやせおとろへてひ个なともと(43オ8・9)

Oなることをとりそへておほすらむとも多ゝ
  ならね者い多うとゝめてありさ満もとひ(48ウ1・2)

 以上、「柏木」では定家親筆部(@〜F)、非定家筆部(G〜O)を通して、行頭に同じ文字が並んだ場合、すべてそれぞれ異なった字母・字形に書き分けられている。

 定家が書き分けている文字は、「い」「た」「れ」「あ」「か」の5文字で、それぞれ字母、「い」「伊」(2回)、「堂」「た」、「連」「れ」、「あ」「阿」、「か」「可」(2回)と書き分けられている。

 一方、非定家では、「さ」「あ」「か」「た」「な」「し」の6文字で、それぞれ字母、「さ」「佐」、「あ」「阿」、「可」「か」、「多」「堂」(2回)、「な」「な」(3回)、「し」「志」と書き分けられている。

 そのうち、定家の書き分け方と重なるのは、「あ」と「か」の2文字(「あ」「阿」、「可」「か」)で、その使用されている字母も同じである。その一方で、定家の書き分け方と違うのは「た」である。定家は「堂」「た」と書き分け、非定家は「多」「堂」(2回)と書き分けている。

 なお、定家と非定家との書き癖の相違について、「か」の書き分けにおいて、定家は前行「か」、後行「可」の順で書いているのに対して(EF)、非定家筆では前行「可」、後行「か」の順で書いている(I)。

「早蕨」(6箇所)

@堂まりてハな可お者しますらむいのりハ
  多ゆみなくつ可うまつりりいまはひとゝころの(1ウ6・7)

Aしさりな可らもえ多まひてな个か
  志きのうちもあきらむ者可り可つ者なく(5ウ4・5)

Bき可多み尓も个尓佐てこそ可やう尓もあつ可ひ
  きこゆへ可り个れとくやしきことやう/\まさ(6ウ2・3)

Cあらましさてもい可尓ふ可く可多らひきこえて
  阿ら満しなとひと可多ならすおほえ尓この(13ウ2・3)

Dつ可らよらせておろし多てまつり給御
  つらひなとあるへき可きりして者うのつ本ね/\(18オ5・6)

Eなきやと能まつやられ多まへハやすくや
  なとひとりこちあまりてもとにまいり(20ウ3・4)

 以上、「早蕨」では、「た」「し」「あ」「つ」「な」の5文字が、それぞれ字母・字形、「堂」「多」、「し」「志」、「あ」「阿」、「つ」「つ」、「な」「な」と書き分けられている。

 しかし、「き」については書き分けられていない。

 以上、青表紙原本(4帖)における行頭に並んだ同文字について、それらの異字母・字形と同字母・字形の数と(%)にしてまとめると、次の表のとおりである。

 (表3) 行頭字母の書き分け率(%)

   行頭同文字  異字母  同字母
 花散里  3  3(100)  0
 行幸  17  6(35.3) 11(64.7) 
 柏木定  7  7(100)  0
    非  9  9(100)  0
 早蕨  6  5(83.3)  1(16.7)

 以上、青表紙原本(4帖)における、行頭に同じ文字が並んだ場合、「行幸」以外の「花散里」「柏木」「早蕨」(ただし1例、書き分けていない事例が見られる)は字母字形を書き分けていると考えられる。

 「行幸」は17例中、6例が異なる字母字形で書き分けられているが、10例は同じ字母字形で書写されている。青表紙原本の4本の中でも、他とは筆跡が明瞭に相違すると共に、行頭字母の書き分けはなされていないのである。

 なお、「早蕨」については、6例中1例、「き」が同じ字母字形で書写されているが、これは書写者のうっかりミスと見做せようか。

 藤原定家の書写方法の一つである、「同一字形の隣接を回避する」という行頭字母の書き分けは、青表紙原本の書写作業に参加している書写者、例えば「花散里」「柏木」(非定家筆部)「早蕨」においても守られているのであるが、しかし中には、「行幸」のように守られていない巻もあった。定家は、見直しの際にも、それは訂正せず看過していた。

 行頭字母の書き分けという視点からは、書写者に関して、「行幸」だけが区別されて、残り他の巻は同列である、という結果である。

 さらに字母の書き分け方を見ると、「た」について、定家は「堂」「た」と書き分けているのに対して、「花散里」「行幸」「柏木」(非定家筆部)「早蕨」では「堂」「多」と書き分けている。すなわち、定家は「た」を使用し、他の巻では「多」を使用している。

  また、「か」の書き分けにおいて、定家は前行「か」、後行「可」の順で書いているのに対して(EF)、非定家筆では前行「可」、後行「か」の順で書いている(「柏木」I)。

  そして、「な」の書き分けにおいて、「花散里」(2例)「行幸」「柏木」(非定家筆部2例、しかし1例は「な」「な」の順)「早蕨」では、いずれも前行「な」、後行「な」の順で書かれている。

 以上、書写者の字母の書き分けと書き癖という視点から見て、「花散里」「柏木」(非定家筆部)「早蕨」は同じような傾向であるといえそうである。

 注

(1)小松英雄「藤原定家の文字づかい」(『言語生活』第272号 昭和49年5月)