二 一面書写行数

 池田亀鑑氏は「青表紙本」の行数・字詰について、「行数・字詰等は必ずしも一様ではないこと」(第5項)と述べていたが、確かに青表紙原本4帖に関してはそのとおりである。

 太田晶二郎氏は、尊経閣蔵本の「花散里」と「柏木」について、「行款を、二帖を通じて観察すると、定家親筆部分と他筆部分とで差異が有つて、概括すれば、比較的に、定家親筆部は放大で、他筆の方が細密である、と言へる」(注1)と言って、一面行数については、「かしハ木に於て、定家親筆部分は一面八行が多いのに対し、他筆部分では面九行・十行が多い。他筆である花ちるさとも、大体、一面九行である。」と述べ、一行字数については、「かしハ木の、定家親筆部分は一行二十字を中心として次に多いのは十九字であるが、他筆は、行二十字の次に、のぼって廿一字が多い。花ちるさと(他筆)は、一行二十一字が最多である。」と述べて、注の中で、その行書の面数や一行字数のパーセンテージ数値を掲示している(注2)

 関戸家本の「行幸」は、明らかに他の青表紙原本とは異なった筆跡であるが、比較的大振りの筆跡で、一面行数は8行書が最も多く、次いで9行書である。一行字数は、18字と19字が最も多く、定家親筆部分よりもさらに放大であるといえよう。

 保坂本「早蕨」は、一面9行書が最も多く、一行字数も20字から21字が多いので、「花散里」や「柏木」の他筆部分と同じような傾向である。

(1)一面行数

 だがしかし、「青表紙原本」を臨模した「明融臨模本」の中には、たとえば「帚木」のように、一面9行の定数書きの巻が存在している。また「花散里」も10行書が1面存在するが、その他の面はすべて9行書である。わずか1面のみ存在するというものを例外的なものと考えれば、他の青表紙原本の中にも、同じく定数書きの巻が存在していたかも知れないことを考えに入れておいてよいだろう。

 いずれにせよ、全体的にみれば、「青表紙原本」の行数・字詰等は統一性はなく、巻によってばらばらなものである。

 以下に、「青表紙原本」(4帖)の各面数と行詰めについて、それぞれの行数の面数と%を表示する。

(表1)一面書写行数の面数と比率(%) 但し、最終面に行余白のある面は除く

   面数  8行  9行  10行  11行
 花散里   9   0   8(88.9)   1(11.1)   0
 行幸  74  37(50.0)  19(25.7)  11(14.9)   7(9.5)
 柏木定  21  14(66.7)   7(33.3)   0   0
    非  75  1(1.3)   35(46.7)  34(45.3)   5(6.7)
 早蕨  45   0  34(75.6)  10(22.2)   1(2.2)

 定家親筆「柏木」(21面 1オ〜11オ)は、8行〜9行書の2行幅書きを基本とし、2:1の割合で8行書が9行書にまさるという特徴である。

 青表紙原本の中でも明らかに別人筆とされる「行幸」は、8行〜11行書の4行幅にわたり、8行書が約半数を占め、行数が増えるに従って、徐々に少なくなっていくが、11行書でも7面(9.5%)存在するという特徴である。

 残る「花散里」「柏木」(非定家筆75面 12オ〜50オ)「早蕨」は、一面書写行数からは共通性は見い出し難い。

 「花散里」(9面)は1ウのみ10行書であるが、これを例外と見做せば、基本的には9行書の巻といえよう。
 「柏木」(75面 別人筆)は、「行幸」同様に8行〜11行にわたっているが、8行書は1面のみ(1.3%)、これを例外とすれば、基本的には9行から11行書の3行幅で、9行書が最も多い(35面 46.7%)が、10行書もほぼ同数で(34面 45.3%)、拮抗する。
 「早蕨」(45面)は、9行〜11行にわたっているが、11行は1面のみ(2.2%)、これも「花散里」「柏木」のように例外とすれば、基本的には9行書と10行書の巻を見做せよう。

 以上のように、「花散里」「柏木」(別人筆)「早蕨」は9行書を最も多くし、その前後では巻によって幅があるという点では共通してもいるが、「柏木」定家親筆や「行幸」のような顕著な共通性は見い出し難い。

 なお、定家筆の勅撰集(古今・後撰・拾遺)4点が、いずれも1面11行書き(ただし、拾遺には10行書きが混在)の定数書きであるのと比べると、源氏物語の一面行数は一様でなく、定家自身も8行と9行書きで、勅撰集を書写した場合とは大きく違っている。これは勅撰集と物語とに対する態度の相違か、あるいはまた、青表紙原本の作成段階に起因する問題か。否、両方に関わる問題であろうか。
 
 つまり、青表紙原本の1面の行数書きに関わる書写方法は、各巻を担当した書写者の自由裁量によってなされていったもののようである。

(2)一行字数

 次に、併せて青表紙原本(4帖)における1行の字詰めについても見ておこう。

 すべての面について見るのも煩雑になるだけなので、「花散里」については全丁(9面)見るが、「行幸」「柏木」「早蕨」については、それぞれの首5丁(10面)と尾5丁(10面)について見ることにする。なお、例えば和歌等による改行がなされ、余白のある行については除外した。
 すると、次の表2のとおりである。

(表2)首尾各5丁の一行字数(%)但し、改行等により余白のある行は除く
    16  17  18  19  20  21  22  23  24  25 
花散里   全      2.7 12.0 17.3 36.0 20.0 12.0    
 行幸  首   14.1  28.2  28.2  15.4  14.1         
   尾  1.0  0  4.9  9.8 17.9  26.5  26.5   4.9  5.9  2.9
柏木 定  首    5.0 10.0  40.0  22.5  17.5   3.8  1.2    
    非  尾  2.6  5.1 20.5  33.3  21.8  15.4   1.3      
 早蕨  首    2.4  4.3 23.2  32.9  23.2  12.2   1.2    
   尾  1.2  2.4 16.3  24.1  24.1  19.3  10.8   1.2    

 まず、明らかに別人の筆とされる「行幸」は、首5丁では1行18字・19字詰めを多くし、尾5丁では1行21字・22字詰めを多くして、後半ではやや字数を詰め込んで書き写している。そして、1行16字から25字詰めまで最も幅広い。こうした点が他の巻とは異なった特徴となっている。

 次に、「柏木」(首5丁)は、定家親筆部である。定家の文字は大ぶりであることが特徴であるが、1行字詰め数について見てみると、1行19字詰めが40%という、その前後の字詰め数に比して大きく際立っているのが特徴である。そして1行の字詰め数は、17字から23字という7字幅である。

 それに対して「花散里」(全)は、21字詰めが最も多く、定家よりも多く詰め込んで書き写しているのが窺える。
 「柏木」非定家筆部(尾5丁)は、寄合書きという性格もあろうが、定家とおなじく19字詰めを最も多くしているが、その比率は定家程高くはなく、その前後に分散している。
 「早蕨」では、首尾を通じて20字詰めが最も多いが、やはりその前後に分散している。特に尾5丁はその字詰めが、16字〜23字まで8字幅にわたっている。

 よって、青表紙原本(4帖)の1行の字詰め数という視点からでは、特にこれといった特徴は見い出いしがたい。
 しいて言えば、 「花散里」「柏木」(別人筆)「早蕨」は、最も多い字詰め数の比率値(36.0〜24.1%)といい、字詰め数の幅(6字〜8字)といい、「柏木」定家筆と「行幸」との中間的存在である。

 以上、青表紙原本(4帖)の書写様式についてまとめると、次のとおりである。

 1.書写様式(一面書写行数と一行の字詰数)は、それぞれ書写者の自由裁量によって書写されているもののようである。
 2.その書写者については、
  「柏木」(1オ1〜11ウ5):藤原定家
  「行幸」(全):別人(仮に非定家Aとする)
  「花散里」「柏木」(11ウ6〜50ウ2)「早蕨」:別人(仮に非定家Bとする)
 以上の3グループに分類される。しかし、「花散里」「柏木」(11ウ6〜50ウ2)「早蕨」は、同一人か複数人かは未詳、現段階では保留とされる。

 

(1)太田晶二郎『原装影印古典籍覆製叢刊 源氏物語(青表紙本)』(「解題」9頁 前田育徳会尊経閣文庫 昭和53年11月)
(2)太田晶二郎、注1、19〜22頁。