第一節 定家自筆本『奥入』所載「源氏物語」(枡型六半本)の巻尾本文と抄出本文(2023年2月23日修訂)

 

  はじめに

 

藤原定家(11621241)が書写校勘に関わった「源氏物語」は少なくとも2種類ある。

一つは尊経閣文庫蔵に所蔵されている「花散里」「柏木」や保坂家旧蔵「早蕨」、関戸家蔵「行幸」そして新出の「若紫」(大河内家蔵)等の縦長本形態の「源氏物語」(四半本型)である。現在はそれら5帖のみが現存している。

いま一つは国宝に指定されている藤原定家筆『源氏物語奥入』(大橋家蔵)の本体である枡形本形態の「源氏物語」(六半本型)である。そこにたまたま切り離されるときに一緒に切り出された巻末の本文と併せて注釈のために抄出された本文とが残っている。

なお、伝藤原定家筆の「野分」(天理大学図書館蔵)があるが(注1)、これは定家本原本とは言い難く、これらからは除外される。

一般に藤原定家が校訂した「源氏物語」は「青表紙本」源氏物語ともいわれるから、「青表紙本」の原本と言ってもよいものであるが、このように本の形態を異にする「定家本」が2種類存在しており、しかも「青表紙本」という呼称が後世に付けられたものであれば、「縦長本・定家本原本」「枡形本・定家本原本」と呼称するのが適切であろう。

そして「定家本」の呼称について、「古今和歌集」や「伊勢物語」等では原本のみならず広く「定家本」系統の写本の意味で使用していることもある。同様に、源氏物語においても「青表紙本」の呼称が「青表紙本系統」の写本をさして使用されることがあるが、しかし「定家本」という呼称が「定家本」の原本を言っている場合と「定家本」系統の写本を言っているようでは極めて曖昧で、時に混乱が生じてしまう。

「青表紙本」という名称は、「源氏物語大成」においても使用されており、それなりに定着している。また「青表紙本系統」の概念も定家が校訂した源氏物語の本文としての共通認識がゆきわたっている。しかし、「定家本系統」と言った場合には、こと源氏物語においては定家本原本が2種類存在するのであるから、そのいずれの系統をさして言っているのか、それとも両方を含めて言っているのか、曖昧なところが生じてしまう。両方を含めて言うのであるならば、従来の「青表紙本系統」の呼称で十分であろう。今後はその「青表紙本系統」の中から定家の「縦長本・定家本原本」系統の青表紙本とそれ以外の青表紙本とを区別し、後者のそれ以外の青表紙本が定家の「枡形本・定家本原本」とどのような関係にあるのかが考究されていく必要があろう。

ところで、池田亀鑑氏は縦長四半本型の「源氏物語」の定家本原本とその系統の明融臨模本「源氏物語」そして大島本「源氏物語」の奥入と枡形六半本型の「源氏物語」の奥入すなわち「自筆本奥入」とを検討して、前者を「第一次」、後者を「第二次」と捉えて、それを本文についても、「第一次」の縦長四半本型の「源氏物語」は本文的に原本とその忠実な写本が多く残っているのに対して、「第二次」の枡形六半本型の「源氏物語」は本文的にも量が少なくしかも他本との混成が生じているので、「青表紙本」の根本資料とは為し難いと考えて、第一次奥入を有する縦長本「源氏物語」(四半本型)とその系統の大島本を「校異源氏物語」「源氏物語大成校異篇」の底本としたのであった。

近年、片桐洋一氏は2の「定家本」について、「第一次」から「第二(X)次」への定家の校勘の軌跡を考うべきではないか、という新たな研究の視座が提案された。

しかし、両定家本原本の位置づけについては、その根拠となった「奥入」の成立に関して、当初よりその逆ではないか、すなわち枡形六半本型の「源氏物語」所載の奥入が第一次で、縦長四半本型の「源氏物語」所載の奥入が第二次である、という見解が存在していて、むしろその見方の方が正しいと考えられるのである(注2)。となると、片桐洋一氏の池田亀鑑説に準拠しながら「校勘の軌跡」という視点を問題提起したが、そのまま裏付けることができるものであるか、再検討を迫られるのである。

本章では、定家本原本「源氏物語」本文について、第1、枡形本「源氏物語」(六半本型)の本文が縦長本「源氏物語」(四半本型)の本文に先行するものであることを、枡形本の本文の校訂跡と縦長本の本文とを比較検討することによって明らかにし、結果、枡形本から縦長本へという定家本原本の生成過程を追証する。そして第2に、鎌倉・南北朝期書写の「青表紙本」が定家自筆本「奥入」所載の本文と関係する理由について述べる。3に、縦長本「源氏物語」(四半本型)の本文とその性格について、定家本原本及びその臨模本である明融臨模本の本文を再検討することによって、これまで通説とされてきた池田亀鑑氏の「源氏物語大成研究資料篇」の諸説を修正する。

第一節では、定家自筆本『奥入』所載の枡形本「源氏物語」(六半本型)について考察し、次の第二節では、縦長本「源氏物語」(四半本型)について考察する。