凡例
1 本書の底本には定家自筆本系の最善本とされる実践女子大学図書館蔵「むらさき式部集」(『紫式部集大成』影印版 笠間書院 2008年〈平成20年〉5月)を用い、『私家集大成』中古1所収「むらさき式部集」、南波浩著『紫式部集の研究 校本篇伝本研究篇』、山本利達『新潮日本古典集成 紫式部日記・紫式部集』付録「翻刻」を参照した。
2 次に和歌の冒頭には0001から0126まで4桁の数字で記した。
3 振り仮名は〈 〉に括って記した。
4 本文の校訂跡は( )に入れて記した。$ミセケチ、#削除、+補入を表す。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
「むらさき式部集」(題箋)
はやうよりわらはともたちなりし人
にとしころへてゆきあひたるか
ほのかにて十月十日のほと月に
きおひてかへりにけれは
0001 めくりあひて見しやそれともわかぬまに
くもかくれにし夜はの月かけ
(一行空白)
その人とをきところへいくなりけり
あきのはつる日きたるあかつきむし
のこゑあはれなり」1オ
0002 なきよはるまかきのむしもとめかたき
あきのわかれやかなしかるらむ
さうのことしはしとかひたりける人
まいりて御てよりえむとある返事に
0003 つゆしけきよもきか中のむしのねを
おほろけにてや人のたつねん
かたゝかへにわたりたる人のなまおほ
/\しきことありとてかへりにける
つとめてあさかほの花をやるとて
0004 おほつかなそれかあらぬかあけくれの」1ウ
そらおほれするあさかほの花
返し てをみわかぬにやありけん
0005 いつれそといろわくほとにあさかほの
あるかなきかになるそわひしき
つくしへゆく人のむすめの
0006 にしのうみをおもひやりつゝ月みれは
たゝになかるゝころにもあるかな
返し
0007 にしへゆく月のたよりにたまつさの
かきたえめやはくものかよひち」2オ
はるかなるところにゆきやせんゆかす
やとおもひわつらふ人のやまさとより
もみちをおりてをこせたる
0008 つゆふかくをく山さとのもみちはに
かよへるそてのいろをみせはや
かへし
0009 あらしふくとを山さとのもみちはゝ
つゆもとまらんことのかたさよ
又その人の
0010 もみちはをさそふあらしはゝやけれと」2ウ
このしたならてゆくこゝろかは
ものおもひわつらふ人のうれへたる
返ことにしも月はかり
0011 しもこほりとちたるころのみつくきは
えもかきやらぬこゝちのみして
返し
0012 ゆかすともなをかきつめよしもこほり
みつのうへにておもひなかさん
かもにまうてたるにほとゝきすなか
なんといふあけほのにかたをかのこすゑ」3オ
おかしく見えけり
0013 ほとゝきすこゑまつほとはかたをかの
もりのしつくにたちやぬれまし
やよひのついたちかはらにいてたるに
かたはらなるくるまにほうしのかみを
かうふりにてはかせたちをるをにく
みて
0014 はらへとのかみのかさりのみてくらに
うたてもまかふみゝはさみかな
あねなりし人なくなり又人のおとゝ」3ウ
うしなひたるかかたみにゆきあひて
なきかゝはりにおもひかはさんといひけり
ふみのうへにあねきみとかき中の君
とかきかよはしけるかをのかしゝとをき
ところへゆきわかるゝによそなからわかれ
おしみて
0015 きたへゆくかりのつはさにことつてよ
くものうはかきかきたえすして
返しはにしのうみの人なり
0016 ゆきめくりたれもみやこにかへる山」4オ
いつはたときくほとのはるけさ
つのくにといふ所よりをこせたりける
0017 なにはかたむれたるとりのもろともに
たちゐるものとおもはましかは
かへし
(二行空白)
つくしにひせんといふところよりふみ
をこせたるをいとはるかなるところにて
見けりその返ことに」4ウ
0018 あひ見むとおもふこゝろはまつらなる
かゝみのかみやそらにみるらむ
かへし 又のとしもてきたり
0019 ゆきめくりあふをまつらのかゝみには
たれをかけつゝいのるとかしる
あふみのみつうみにてみをかさきと
いふところにあみひくを見て
0020 みをのうみにあみ引たみのてまもなく
たちゐにつけてみやこゝひしも
又いそのはまにつるのこゑ/\なくを」5オ
0021 いそかくれおなしこゝろにたつそなく
なにおもひいつる人やたれそも
夕たちしぬへしとてそらのくもり
てひらめくに
0022 かきくもりゆふたつなみのあらけれは
うきたる舟そしつこゝろなき
しほつ山といふみちのいとしけきを
しつのおのあやしきさまともして
なをからきみちなりやといふをきゝて
0023 しりぬらむゆきゝにならすしほつ山」5ウ
世にふるみちはからきものそと
水うみにおいつしまといふすさきに
むかひてわらはへのうらといふいりうみの
おかしきをくちすさひに
0024 おいつしま/\もるかみやいさむらん
なみもさはかぬわらはへのうら
こよみにはつゆきふるとかきたる日
めにちかき火のたけといふ山のゆき
いとふかう見やらるれは
0025 こゝにかくひのゝすきむらうつむゆき」6オ
をしほの松にけふやまかへる
かへし
0026 をしほやままつのうは葉にけふやさは
みねのうすゆき花と見ゆらん
ふりつみていとむつかしきゆきを
かきすてゝ山のやうにしなしたるに
人/\のほりてなをこれいてゝみた
まへといへは
0027 ふるさとにかへるやまちのそれならは
こゝろやゆくとゆきもみてまし」6ウ
としかへりてからひと見にゆかむと
いひける人のはるはとくゝるものといか
てしらせたてまつらむといひたるに
0028 春なれとしらねのみゆきいやつもり
とくへきほとのいつとなきかな
あふみのかみのむすめけさうすと
きく人のふたこゝろなしなとつねに
いひわたりけれはうるさくて
0029 水うみのともよふちとりことならは
やそのみなとにこゑたえなせそ」7オ
うたゑにあまのしほやくかたをかき
てこりつみたるなけきのもとにかきて
かへしやる
0030 よものうみにしほやくあまの心から
やくとはかゝるなけきをやつむ
ふみのうへにしゆといふ物をつふ/\
とそゝきかけてなみたのいろなと
かきたる人のかへりことに
0031 くれなゐのなみたそいとゝうとまるゝ
うつるこゝろのいろに見ゆれは」7ウ
もとより人のむすめをえたる人
なりけり
ふみちらしけりときゝてありし文
ともとりあつめてをこせすは返
事かゝしとことはにてのみいひや
りけれはみなをこすとていみしく
ゑんしたりけれはむ月十日はかりの
ことなりけり
0032 とちたりしうへのうすらひとけなから
さはたえねとや山のした水」8オ
すかされていとくらうなりたるに
をこせたる
0033 こち風にとくるはかりをそこ見ゆる
いしまの水はたえはたえなん
いまはものもきこ江しとはらたち
たれはわらひてかへし
0034 いひたえはさこそはたえめなにかその
みはらのいけをつゝみしもせん
夜中はかりに又
0035 たけからぬ人かすなみはわきかへり」8ウ
みはらのいけにたてとかひなし
さくらをかめにさしてみるにとり
もあへすちりけれはもゝの花を
見やりて
0036 おりてみはちかまさりせよもゝの花
おもひくまなきさくらおしまし
返し人
0037 もゝといふ名もあるものをときのまに
ちるさくらにもおもひおとさし
花のちるころなしのはなといふも桜」9オ
もゆふくれの風のさはきにいつれと
見えぬいろなるを
0038 花といはゝいつれかにほひなしとみむ
ちりかふいろのことならなくに
とをきところへゆきにし人のなくな
りにけるをおやはらからなとかへり
きてかなしきこといひたるに
0039 いつかたのくもちときかはたつねまし
つらはなれけんかりかゆくゑを
こそよりうすにひなる人に女院かく」9ウ
かく(かく$)れさせたまへるはるいたうかすみ
たる夕くれに人のさしをかせたる
0040 くものうへも物おもふはるはすみそめに
かすむそらさへあはれなるかな
返し
0041 なにかこのほとなきそてをぬらすらん
かすみのころもなへてきる世に
なくなりし人のむすめのおやの
てかきつけたりけるものを見て
いひたりし」10オ
0042 ゆふきりにみしまかくれしをしのこの
あとをみる/\まとはるゝかな
おなし人あれたるやとのさくらの
おもしろきこととておりてをこせ
たるに
0043 ちるはなをなけきし人はこのもとの
さひしきことやかねてしりけむ
おもひたえせぬとなき人のいひける
ことを思ひいてたるなり
ゑにものゝけつきたる女の見にくき」10ウ
かたかきたるうしろにおにゝなりたる
もとのめをこほうしのしはりたるかた
かきておとこはきやうよみてものゝ
けせめたるところを見て
0044 なき人にかことはかけてわつらふも
をのかこゝろのおにゝやはあらぬ
返し
0045 ことはりやきみかこゝろのやみなれは
おにのかけとはしるくみゆらむ
ゑにむめの花見るとて女つまとをし」11オ
あけて二三人ゐたるにみな人/\
ねたるけしきかいたるにいとさた
すきたるおもとのつらつゑついてなか
めたるかたあるところ
0046 春の夜のやみのまとひにいろならぬ
こゝろにはなのかをそしめつる
おなしゑにさかのにはな見る女くる
まありなれたるわらはのはきの花に
たちよりておりたるところ
0047 さをしかのしかならはせるはきなれや」11ウ
たちよるからにをのれおれふす
世のはかなきことをなけくころみち
のくに名あるところ/\かいたるをみ
てしほかま
0048 みし人のけふりとなりしゆふへより
なそむつましきしほかまのうら
かとたゝきわつらひてかへりにける
人のつとめて
0049 世とゝもにあらき風ふくにしのうみも
いそへになみはよせすとや見し」12オ
とうらみたりけるかへりこと
0050 かへりてはおもひしりぬやいはかとに
うきてよりけるきしのあたなみ
としかへりてかとはあきぬやといひ
たるに
0051 たかさとの春のたよりにうくひすの
かすみにとつるやとをとふらむ
世中のさはかしきころあさかほ
を人のもとへやるとて
0052 きえぬまの身をもしる/\あさかほの」12ウ
つゆとあらそふ世をなけくかな
世をつねなしなとおもふ人のおさな
き人のなやみけるにからたけといふ
ものかめにさしたる女はらのいのり
けるをみて
0053 わか竹のおいゆくすゑをいのるかな
この世をうしといとふものから
身をおもはすなりとなけくことの
やう/\なのめにひたふるのさま
なるをおもひける」13オ
0054 かすならぬこゝろに身をはまかせねと
身にしたかふは心なりけり
0055 こゝろたにいかなる身にかゝなふらむ
おもひしれともおもひしられす
はしめてうちわたりをみるにも
ものゝあはれなれは
0056 身のうさはこゝろのうちにしたひきて
いまこゝのへそおもひみたるゝ
またいとうゐ/\しきさまにてふる
さとにかへりてのちほのかにかたら」13ウ
ひける人に
0057 とちたりしいはまのこほりうちとけは
をたえの水もかけみえしやは
かへし
0058 み山へのはなふきまかふたに風に
むすひし水もとけさらめやは
正月十日のほとにはるのうたゝてまつ
れとありけれはまたいてたちも
せぬかくれかにて
0059 みよしのは春のけしきにかすめとも」14オ
むすほゝれたるゆきのした草
やよひはかりに宮のへんのおもと
いつかまいりたまふなとかきて
0060 うきことをおもひみたれてあをやきの
いとひさしくもなりにけるかな
返し
0061 つれ/\となかめふる日はあをやきの
いとゝうき世にみたれてそふる
かはかり思う(う$そ)しぬへき身をいといたう
も上すめくかなといひける人を」14ウ
きゝて
0062 わりなしや人こそ人といはさらめ
みつから身をやおもひすつへき
くすたまをこすとて
0063 しのひつるねそあらはるゝあやめくさ
いはぬにくちてやみぬへけれは
返し
0064 けふはかくひきけるものをあやめくさ
わかみかくれにぬれわたりつる
つちみかととのにて三十講〈かう〉の五巻〈くはん〉五」15オ
月五日にあたれりしに
0065 たへなりやけふはさ月のいつかとて
いつゝのまきのあへる御のりも
その夜いけのかゝり火にみあかしの
ひかりあひてひるよりもそこまて
さやかなるにさうふのかいまめかし
うにほひくれは
0066 かゝり火のかけもさはかぬいけ水に
いくちよすまむのりのひかりそ
おほやけことにいひまきらはすをむ」15ウ
かひたまへる人はさしもおもふこともの
したまふましきかたちありさま
よはひのほとをいたうこゝろふかけに
おもひみたれて
0067 すめるいけのそこまてゝらすかゝりひの
まはゆきまてもうきわか身かな
やう/\あけゆくほとにわたとのに
きてつほねのしたよりいつる水を
かうらんをゝさへてしはし見ゐたれは
そらのけしきはる秋のかすみにも」16オ
きりにもおとらぬころほひなり
こせうしやうのすみのかうしをうち
たゝきたれはゝなちてをしおろし
たまへりもろともにおりゐてなかめ
ゐたり
0068 かけ見てもうきわかなみたおちそひて
かことかましきたきのをとかな
返し
0069 ひとりゐてなみたくみける水のおもに
うきそはるらんかけやいつれそ」16ウ
あかうなれはいりぬ長きねをつゝみて
0070 なへて世のうきになかるゝあやめくさ
けふまてかゝるねはいかゝみる
かへし
0071 なにことゝあやめはわかてけふもなを
たもとにあまるねこそたえせね
うちにくひなのなくを七八日の夕
つく夜にこせうしやうのきみ
0072 あまとのとの月のかよひちさゝねとも
いかなるかたにたゝくくひなそ」17オ
返し
0073 まきの戸もさゝてやすらふ月かけに
なにをあかすとたゝくゝゐなそ
夜ふけて戸をたゝきし人つと
めて
0074 夜もすからくひなよりけになく/\そ
まきのとくちにたゝきわひつる
かへし
0075 たゝならしとはかりたゝくゝひなゆへ
あけてはいかにくやしからまし」17ウ
あさきりのおかしきほとにおまへの
はなともいろ/\にみたれたる中に
をみなへしいとさかりなるをとの御らん
してひとえたおらせさせたまひてき
ちやうのかみよりこれたゝにかへすなとて
たまはせたり
0076 をみなへしさかりのいろをみるからに
つゆのわきける身こそしらるれ
とかきつけたるをいとゝく
0077 しらつゆはわきてもをかしをみなへし」18オ
こゝろからにやいろのそむらむ
ひさしくをとつれぬ人をおもひいて
たるおり
0078 わするゝはうき世のつねとおもふにも
身をやるかたのなきそわひぬる
(四行空白)
返し」18ウ
0079 たかさともとひもやくるとほとゝきす
こゝろのかきりまちそわひにし
みやこのかたへとてかへる山こえける
によひさかといふなるところのわりなき
かけちにこしもかきわつらふをお
そろしとおもふにさるのこの葉の中
よりいとおほくいてきたれは
0080 ましもなををちかた人のこゑかはせ
われこしわふるたこのよひさか
水うみにていふきの山のゆきいと」19オ
しろく見ゆるを
0081 名にたかきこしのしら山ゆきなれて
いふきのたけをなにとこそみね
そとはのとしへたるかまろひたうれつゝ
人にふまるゝを
0082 こゝろあてにあなかたしけなこけむせる
ほとけのみかほそとはみえねと
人の
0083 けちかくてたれもこゝろは見えにけん
ことはへたてぬちきりともかな」19ウ
返し
0084 へたてしとならひしほとになつ衣
うすきこゝろをまつしられぬる
0085 みねさむみいはまこほれるたに水の
ゆくすゑしもそふかくなるらん
みやの御うふやいつかの夜月のひか
りさへことにくまなき水のうへのはし
にかむたちめとのよりはしめたて
まつりてゑひみたれのゝしりたまふ
さか月のおりにさしいつ」20オ
0086 めつらしきひかりさしそふさかつきは
もちなからこそ千世をめくらめ
又の夜月のくまなきにわか人たち
ふねにのりてあそふを見やるなか
しまの松のねにさしめくるほとおかし
くみゆれは
0087 くもりなくちとせにすめる水のおもに
やとれる月のかけものとけし
御いかの夜とのゝうたよめとのたまは
すれは」20ウ
0088 いかにいかゝかそへやるへきやちとせの
あまりひさしき君か御世をは
とのゝ御
0089 あしたつのよはひしあらはきみか代の
ちとせのかすもかそへとりてむ
たまさかにかへりことしたりけり人
のちに又もかゝさりけるにおとこ
0090 おり/\にかくとは見えてさゝかにの
いかにおもへはたゆるなるらん
返し 九月つこもりになりにけり」21オ
0091 しもかれのあさちにまかふさゝかにの
いかなるおりにかくとみゆらん
なにのおりにか人の返ことに
0092 いるかたはさやかなりける月かけを
うはの空にもまちしよひかな
返し
0093 さしてゆく山のはもみなかきくもり
こゝろもそらにきえし月かけ
又おなしすち九月々あかき夜
0094 おほかたのあきのあはれを思ひやれ」21ウ
月にこゝろはあくかれぬとも
六月はかりなてしこの花をみて
0095 かきほあれさひしさまさるとこ夏に
つゆをきそはん秋まてはみし
ものやおもふと人のとひたまへる返事
になか月つこもり
0096 はなすゝき葉わけのつゆやなにゝかく
かれゆく野へにきえとまるらむ
わつらふことあるころなりけり
かひぬまのいけといふ所なんあると人」22オ
のあやしきうたかたりするをきゝて
心みによまむといふ
0097 世にふるになそかひぬまのいけらしと
おもひそしつむそこはしらねと
又心ちよけにいひなさんとて
0098 こゝろゆく水のけしきはけふそみる
こや世にへつるかひぬまのいけ
ちしうさいしやうの五せちのつほねみや
のおまへいとけちかきにこうきてんの
うきやうかひと夜しるきさまにてありし」22ウ
ことなと人/\いひたてゝ日かけをやる
さしまきらはすへきあふきなとそへて
0099 おほかりしとよのみや人さしわきて
しるき日かけをあはれとそみし
中将せうしやうと名ある人々のおなし
ほそとのにすみて少将のきみをよな
/\あひつゝかたらふをきゝてとなり
の中将
0100 みかさ山おなしふもとをさしわきて
かすみにたにのへたてつるかな」23オ
返し
0101 さしこえていることかたみゝかさ山
かすみふきとく風をこそまて
こう梅をおりてさとよりまいらすとて
0102 むまれ木のしたにやつるゝむめの花
かをたにちらせくものうへまて
う月にやへさけるさくらのはなを
内にて
0103 こゝのへにゝほふをみれはさくらかり
かさねてきたるはるのさかりか」23ウ
さくらのはなのまつりの日まてちり
のこりたるつかひのせうしやうのかさし
にたまふとて葉にかく
0104 神世にはありもやしけん山さくら
けふのかさしにおれるためしは
む月の三日うちよりいてゝふるさとのたゝ
しはしのほとにこよなうちりつもり
あれまさりにけるをこといみもしあへす
0105 あらためてけふしもゝのゝかなしきは
身のうさや又さまかはりぬる」24オ
五せちのほとまいらぬをくちおしなと
へんさいしやうのきみのゝたまへるに
0106 めつらしときみしおもはゝきて見えむ
すれるころものほとすきぬとも
かへし
0107 さらはきみやまゐのころもすきぬとも
こひしきほとにきてもみえなん
人のをこせたる
0108 うちしのひなけきあかせはしのゝめの
ほからかにたにゆめをみぬかな」24ウ
七月ついたちころあけほの成けり
返し
0109 しのゝめのそらきりわたりいつしかと
秋のけしきに世はなりにけり
七日
0110 おほかたにおもへはゆゝしあまの川
けふのあふせはうらやまれけり
返し
0111 あまの河あふせはよそのくもゐにて
たえぬちきりし世ゝにあせすは」25オ
かとのまへよりわたるとてうちとけたらん
を見むとあるにかきつけて返しやる
0112 なをさりのたよりにとはむひとことに
うちとけてしもみえしとそおもふ
月見るあしたいかにいひたるにか
0113 夜こめをもゆめといひしはたれなれや
秋の月にもいかてかは見し
九月九日きくのわたをうへの御かた
よりたまへるに
0114 きくのつゆわかゆはかりにそてふれて」25ウ
花のあるしに千世はゆつらむ
しくれする日こ少将のきみさとより
0115 くまもなくなかむるそらもかきくらし
いかにしのふるしくれなるらむ
返し
0116 ことはりのしくれのそらはくもまあれと
なかむるそてそかはく世もなき
里にいてゝ大なこんのきみふみたま
へるついてに
0117 うきねせし水のうへのみこひしくて」26オ
かものうはけにさえそおとらぬ
返し
0118 うちはらふともなきころのねさめには
つかひしをしそ夜はに恋しき
又いかなりしにか
0119 なにはかりこゝろつくしになかめねと
みしにくれぬるあきの月かけ
すまひ御らんする日内にて
0120 たつきなきたひのそらなるすまゐをは
あめもよにとふ人もあらしな」26ウ
返し
0121 いとむ人あまたきこゆるもゝしきの
すまゐうしとはおもひしるやは
あめふりてその日は御らんとゝまりに
けりあいなのおほやけことゝもや
はつゆきふりたる夕くれに人の
0122 こひわひてありふるほとのはつつきは
きえぬるかとそうたかはれける
返し
0123 ふれはかくうさのみまさる世をしらて」27オ
あれたるにはにつもるはつゆき
こせうしやうのきみのかきたまへりし
うちとけふみのものゝ中なるを見つ
けてかゝせうなこんのもとに
0124 くれぬまの身をはおもはて人の世の
あはれをしるそかつはかなしき
0125 たれか世になからへてみむかきとめし
あとはきえせぬかたみなれとも
返し
0126 なき人をしのふることもいつまてそ」27ウ
けふのあはれはあすのわか身を」28オ
本云
以京極黄門定家卿筆跡本不違
一字至小行賦字賦隻紙勢分
如本今書写之于時延徳二年
十一月十日記之
癲老比丘判
天文廿五年夾鐘上澣書写之」28ウ